吹きすさぶ風が裾をばたつかせる。 
 少女は行先を見上げる。山登りももう少しだ。遠くにうっすらと家の形が見える。流れる雲にかすみ、凍えて見える。 
「ほんとに行くの?」 
 後続から掛けられた声が少女の足取りを緩めた。 
「当たり前ですわ!」 
「行かないほうがいいと思うけどなあ。きっと怖い奴だよ、セシルあんちゃんが言ってたぜ、こーんな角が生えてるんだって!」 
パロム頭に指立てて角に見立て 
「角じゃなくて、兜の飾りでしょ!」 
吹き降ろしの風の中、弟が描く予想図に少々ビビりながらも少女は生真面目に否定する。とはいえ、かくいう少女も彼の姿をあまり覚えてはいないのだが 
あの日―― 
世界を巻き込んだ大戦役の終結よりわずか数巡週後 まだ世界のあちこちで残り火がくすぶる最中、ミシディアに一人の男が訪れた 試練の山への逗留許可を求められた長老は、その男にある称号の受諾を条件として提示した かくして、試練の山にはバロンミシディア親善大使が逗留する次第となった 
横目にちらりと見た青年の姿が蘇る。人を拒絶するような冷えた色の瞳が印象深かった 
「もー疲れたよ、荷物ここに置いて帰っちゃおうぜ!」 
「パ ロ ム 。」 
地響きを起こさんばかりの怒りオーラを発する少女に戦きながらも、少年はぶつぶつと文句を止めない 
「まったく、とんだ面倒だぜ。オイラ関係ないのに、ポロがいい子ぶったりするからさぁ……」 
パロムが腹癒せに振り回した届け物籠から手紙束が落ちる 
「だったら、パロは先に帰ればいいじゃない。そんなに呪文の書き取りがしたいなら!」 
きつく言い捨てたポロムは、落ちた手紙を拾い上げる。リボンを結びなおす 長老から返事をもらうよう言われた手紙だ 宛先は試練の山 彼らが今日ここに来た理由だ 
青年が訪れたその日より、祈りの塔にはひとつ仕事が増えた 一巡週に一度、親善大使に、船便で来るバロンの新聞や本や手紙等を配達する仕事だ 
普段は塔の書記が持ち回りでこなす役目なのだが、あいにく今日は、係りの者が流行り病を患ってしまったのだった。 
少女は祈りの塔での出来事を回想する 
「誰を代わりに行かせようかのぅ……」 
「私が参りますわ!」 
悩む長老に、少女はすかさず手を上げる。 
「ふむ……しかし、一人では危険じゃ、パロムも一緒に――」 
「えー、やだ! 面倒くさい!」 
「こらパロム! 大丈夫ですわ長老様、一人で行ってまいります。」 
少女の返答にふーむと唸った長老 
「ではお願いするとしようかの。では、パロムはポロムが帰るまで、呪文の書き取りをして待ちなさい」 
「オイラも一緒にお使い行くよ!」 
 少年は慌てて意見を翻す。連絡係に護衛を伴わせることに成功した長老は、籠の荷に加え一巻きの書簡を示した。 
「これに、大使殿の返事を貰ってきて欲しいのじゃ。」 
 恭しく渡された手紙――封の上に普段使いの赤リボンを結んだそれを後ろ手に提げた少女は山道の終点を踏んだ 
 
吹き付ける潮風にやや薄れつつある看板が双子を歓迎する。看板の文字はバロンミシディア親善大使館――だがその実態は、館と呼ぶには到底不釣合いに思われる貧相な佇まいの簡素な山小屋だ。コテージで十分と言う青年に、大使を拝したからには最低限玄関のある場所に住むよう長老が命じ、ひとまずと建てられた仮設小屋だ。 
 ノックして待つこと暫し、億劫げに扉が開き、中から金髪の長身の青年が現れた 
「……何か?」 
青年は、想像よりずっと若い顔に怪訝を浮かべ、自分の背丈の半分にも満たない子供たちを見下ろす。 
「ミシディアより参りました、大使様にお届けものですわ。」 
「ほら、これ持って!」 
弟がつっけんどんに差し出したバスケットが青年の注意を引き付けた隙に、少女は顔を見上げて青年を観察してみる 観察する視線が凍てる瞳に触れ、ポロムはぱっと顔を下げた やっぱり怖い目だ 
「ああ、そうか……ありがとう」 
簡素な言葉が籠を受け取る 青年が踵を返すのを見た少女は慌てて手紙を差し出した 
「あの、長老様よりこれを……お返事が欲しいそうです。」 
青年は書簡の口を破って開きざっと目通し 
「分かった、少し時間をくれるか。」 
言って、青年は扉を広く開ける 咄嗟に身構える双子を残し、そのまま奥へ消えた 
「入れってこと――」 
「――ですわよね?」 
双子はおっかなびっくり大使館に足を踏み入れる ほうぼうに青年の姿を探す目が大使館内の様子に触れる とても整頓されている 整頓されすぎている、というほうが正しいか 本当に彼はここで暮らしているのだろうか? 生活臭がない 
「パロム、ポロム。」 
奥の間の扉が開き、青年が姿を見せた 青年に名前を呼ばれたことに少女は驚いた そして、その声が、なぜか優しく聞こえたことにも 
無言に招かれ、食卓の椅子に座って返事待ち 双子に椅子を全て割り当てたため、対席に立って机に筆記具を広げた青年の筆の進みは芳しくない 返答に時間の掛かる内容なのだろう パロム足ぶらぶら揺らし 
「早く帰ろうよ、何もなくてつまんない。」 
「そういうこと言わないの。」 
双子声潜めひそひそ 瞬間、青年が筆を置いた カタリと高く鳴った音に双子びくっ縮こまり 青年が大股に部屋を出て行く 扉を開閉する音に再び双子はびくりと肩を震わせた 
「お……怒らせちゃったじゃない、パロムのばか!」 
「だって!」 
 ポロムの肘鉄による猛烈な非難に、パロムはだってだってを繰り返すしかない やがて現れた青年は両手に茶碗を持っていた ひとつずつ、それぞれの前に置く 
「生憎、菓子の類はないが……」 
青年の声は申し訳なさげに語尾へ向かうにつれ収束する。 気使わせちゃった ポロムぷー膨れ 
「……もう、パロムったら!」 
青年は再び筆を取る 双子はお茶を飲む ミルクの多めに入った、普段塔で飲んでいるものよりも甘いお茶 隣の少年は気に入ったようだ 恐る恐る一口確かめるやいなや、猛烈な勢いで呷り、あっという間に椀を空にした 
お茶で冷えた体が解れたか、来た時の体が固まるような感じが薄れた 
弟と手遊びをする横目に、青年の様子を見る 青年は筆を止めたまま思案顔だ 
そうこうしてるうちに魔力の気配 最初に気づいたのはポロムだった。 
「あら? 何か……」 
手遊びを止め、壁を透かして周囲を見回す 
「どうした?」 
「裏の方からだ!」 
双子外へ飛び出し 
大使館裏庭 荒れ地に見慣れぬ魔力環 
「魔力環!? 何でこんな所に?」 
少年が素っ頓狂な声を上げる。凝縮されつつある魔力が乱した風に荒れる髪を耳の上にかき上げ、少女は眉を顰める。 
「これは、まさか……でも、」 
用心深く護身用の小剣を提げた青年も駆けつける 
「心当たりがあるのか?」 
「はい、でも、……そんな筈は、」 
ごく自然に子供を庇う位置に歩み出でる青年 
「来る!」 
少年が鋭く警告を発する。 魔力環がドームを形成 その中央でしゅぱーっとゲート開き 次々と人影が転送されてくる やがて転送終了 光が収まり、ドームが消える そこに立っていたのは 
「エッジ!?」 
見覚えのある顔に青年が呼び掛ける。 
「うぉ!? お前バロンに戻ってたんか?」 
鳩が豆鉄砲食らった顔のエッジ。青年は小剣を鞘に収める 
「何の話だ……そもそも、これは一体――」 
青年の戸惑いは立て続く転送光に遮られた。 
「大使殿!?」 
「おい、試練の山じゃないか!」 
「何てことだ!」 
魔導師たちの集団から声が 何故失敗したんだわいのわいの まさか、ルートの魔力流は確かに捉えていた筈だとか そのままなし崩し外で問題対策会議に移行 
「とりあえず、中へ……」 
青年、大使館示し しかし会議に熱中する魔道士たち一瞥もせず ポロム気づいておろおろ そしてエッジも気づき 
「何だこの掘っ建て小屋?」 
率直過ぎる感想を宣うエッジに顎で看板示し 
「ああ、竜騎士小屋ね。」 
「貴様に敷居は跨がせん!」 
青年臍曲げ 
 とりあえず魔道士たちに饗しを用意するためカインは中へ 今日は来客多すぎ 
茶碗足りんから瓶に茶入れて好きずきに飲む方式 議論白熱しているようですぐ足りなくなる 青年の台所との往復が三度目を数えたところで、少女は勇気を出して席を立ち、青年の後を追って台所へ 
「お手伝いいたしますわ。」 
「ああ、すまないな、助かる。」 
青年のお手伝いポロム 
湯が沸くのを待つ青年の口を小さな溜息が吐く。 
「ミシディアでは過去技術の復興気運が高まっていると新聞で見た その一環だろうか?」 
茶葉の開き具合を見ていた少女は顔を上げる。清水のような好奇を充たした青年の瞳がこちらに向けられている。答えを求められている・独り言ではないようだ。 
「デビルロードのことですね? その通りですわ。テラ様のメテオと、魔導船が本当にあったことから、大津波以前の伝承を確かめようという研究を、今たくさんしているんですわ。」 
 魔導船浮上により大津波以前の過去技術復興の気運高まり その一環としてデビルロード 
「大規模大陸間輸送手段として、デビルロードの研究はかなり熱心に行われていたと聞く」 
「はい、作った時の資料がほぼ完全な形で残っています。更に良いものにするために、みんながんばっていますわ。」 
 勉強熱心な青年。彼がミシディアの動向に少なからず興味を持っているという事実に、なんだか嬉しくなる。 
「よく勉強されているんですね。」 
「ん? ああ、大任を拝したからには名ばかり大使ではいけない、世間の状況を知っておかなければと思ってな。」 
といえ、新聞で得られるものが大半だが 言って、青年は苦笑する。 
 青年とこんな風に話をする日が来るとは思わなかった。だが、長老は全てお見通しだったのだろう。 
 青年がミシディアの地を訪れたあの日―― 
 試練の山への滞在許可を求め傅く青年に、長老は渋面を示した 試練の山は神聖な山であり、民でさえ滅多に登頂は許されず、ましてや他国人、しかも因縁浅からぬバロンに出自を持つ青年に、二つ返事というわけにはいかない 民の反発は必須 
「かの山は神聖地ゆえ、容易に逗留許可は出せない あまつさえ他国の……バロン人ならば尚のこと」 
「事情は重々承知している しかしどうしても」 
食い下がる青年に、長老は重々しく告げる 
「ならば、条件が一つある バロンミシディア親善大使の任命を拝すよう 外交使節となれば、民の反発も避けられよう」 
青年困惑顔 明らかな動揺が見える 
「俺は……、俺などがそれを拝命してよいもだろうのか?」 
「それが出来ねば逗留許可など以ての外 明朝の船で故国へ戻られるが良い」 
常に無く随分厳しいことを言う長老 一連のやりとりの行方を、書庫整理の手を止め見守る 
「分かった 大使の命を受諾」 
「よろしい」 
長老は髭を撫でて静かに笑い、そしてポロムに片目を瞑ってみせた 目論見が成功したと言う仕草――長老の目論見とは何だったのか 
 長老は元より、試練を望む勇敢な青年の滞在を許す方向でいたのだろう 長老がわざわざ厄介をでっちあげ、青年に称号を授けたのは、彼が人里と、そして故郷との繋がりを完全に絶たぬよう案じた一計 
 称号(名前)は最も初歩的で、それ故強力な魔法の一形態 青年の故郷であるバロンと、新たに暮らす土地であるミシディア、二国の名を冠した大使の名は、長老が青年に授けた祈りの魔法 
「――それでエブラーナに協力を?」 
長老の深慮に尊敬を更に深めたポロム 青年の言葉に破顔で応じる 
「そうみたいです。調べたところ、エブラーナからバロンへは他の場所より簡単にデビルロードを作れることが分かったみたいですわ。エドワード様も協力してくださることになって、少し前から魔導師が行っていました。」 
「……で、それがなぜ俺の家の裏庭に繋がるんだ?」 
「さぁ、それは……どうしてでしょう……。」 
青年の困惑顔 無防備に参りきった様子を見せる青年に、少女は悪いと思いつつ吹き出してしまう 少女の笑みに気づいた青年も、もう笑うしかないといった風にその口元に少し笑いが浮かぶ 
沸かし足しのお茶を持って食堂に戻るとパロムがエッジにくっついてる 
「オイラ、アンタのこと知ってるぞ!」 
「おう、俺様もお前のこと知ってんぜ。」 
エッジ、パロ頭ぐりぐり撫でくり パロムむむっ口曲げ 
「コドモ扱いすんなよ! オイラはミシディアの天才魔導師様だぞ!」 
「こら、パロム!」 
戻った姉がすかさず弟の頭に拳骨を食らわす 
「奢り高ぶってはいけないと、長老様がいつも仰っているでしょう!」 
「まぁまぁ……」 
子供の喧嘩をなだめつつ 魔導師たちの議論は白熱しているようだ 半ば捨て置かれた形となった全くの門外漢二人と、研究に直接関わっていない双子 
「……さて、どうするんだ?」 
「どうすっかね?」 
 勘案するような様子を嘯きながら、この状況を積極的にどうにかする気は毛頭ないとその表情が如実に告げている 青年は大仰に溜息を吐いた 恐らく、二言三言の文句を飲み下したのだろう 
「まあいい、とりあえず塞げ。」 
「そう言うない、せっかくの縁だしよ、俺様の別荘兼青き星防衛隊基地ってことで。」 
「そんな縁は要らん! それにその――」 
「アオキホシボーエータイって何!」 
 青年の機先を制し、少年の声が会話に割り込む。 
「うぉっ、しまった、聞かれちまったか……秘密だったんだが仕方ねぇなぁ、特別に教えてやるぜ! いいか、誰にも言うんじゃねぇぞ? もし誰かに言ったらその時は――」 
「わ、分かった! オイラ、誰にも言わない!」 
 エッジの真剣な面持ちに、少年は慌てて口外しないことを誓い、ごくりと喉を鳴らす 自分は何か、世界の秘密に触れてしまったようだ 
「青き星防衛隊はな、異星の侵略者からこの星を守る使命を帯びた秘密組織よ! 正義を愛する青き星防衛隊――」 
「よくもまぁそう妙な与太話を……」 
 振り上げた拳の遣りどころを己の額に向けた青年が辛うじて呻く 
「おいおい何だよ、忘れちまったのかぁ? 月から帰ってくる時に結成したじゃねーか。隊長はオレ様で副隊長がセシル。」 
「そんな話は知らん!」 
「拗ねんなよ、お前参謀な。」 
「オイラもボーエータイなりたい、なりたい!」 
 少年がエッジの腕にしがみつく。朗らかな笑みを浮かべたエッジは、小さな入隊希望者をとっくりと眺めた。 
「蒼き星防衛隊になるのは難しいぜ~? ”防衛隊の心得”をちゃんと守れなきゃいけねぇ。お前に出来っかな?」 
「出来るよ! オイラ天才魔道師だもん!」 
「防衛隊心得その1、あいさつは元気よく!」 
「分かった! こんにちは!」 
「防衛隊心得その2、もっと元気よく!」 
「分かった! こんにちはっ!」 
「防衛隊心得その3、オレ様のことは隊長と呼べ!」 
「分かった! 隊長!」 
「よーし、合格! 蒼き星防衛隊、特別隊員に任命してやろう!」 
 入隊を認められ喜び跳ね回る弟を横目に、少女は青年を仰ぎ見る。 
「青き星ボウエイタイって、本当なんですか?」 
「奴があると言うなら、あるんだろう……」 
 青年があまりに脱力しているので、ポロムは防衛隊入隊希望を胸にしまっておくことにした 
「エブラーナ王!」 
魔導師に呼ばれエッジ 魔導師たちの合議の結果、一度エブラーナへ戻って調べることに 
「次来る時ァ土産持ってきてやら」 
「とっとと帰れ!」 
青年エッジ見送りため息 魔導師連も来たとき同様次々デビルロードに消える 
日が橙味を帯びる。議論の熱気が過ぎ、山を吹く風は涼しい 
「思わぬことで時間を食ったな……」 
傾く太陽が稜線を焦がすまで、もうほんの僅かな時間しかない 
暗くならないうちに子供たちをミシディアに帰さないと 青年麓まで護衛し 来るときは長かったはずの山道 下りであることも足が速まった理由だろうか、気づけばもう登山道の入り口に立っていた 草地を踏む小さな二対の布靴と、山肌に留まる大きな一対の革靴。山と人里の境界を越えたところで少女は振り返る。 
「ここまで送っていただければ、もう大丈夫ですわ。」 
最寄のチョコボ舎は林を三つ越えた場所だ。祈りの塔行き最終便に十分間に合うだろう。 
「そうか……すまない、返事は後日必ず届けよう。」 
「いいえ、また取りに伺います。」 
ポロムぺこり 
「今度はお菓子用意しといてね!」 
パロムの要求に軽く手を挙げ応じる青年 その視線に守られながら森に入る 
しばらく歩いて振り返るポロム 山の頂に小屋の明かりが見える。離れた場所から見ると冷たく見える光 しかし 
 襟元に残った小屋の内部の温もりを閉じ合わせる。再び青年の元を訪れる時は、手紙を結ぶリボンはお気に入りの水色にしよう。 
 
 




LastModify : October/14/2022.