・某国某所(多分足立区辺り)――閑静といえなくもない住宅街の一角に立つ月髭幼稚園。園児達は今日も元気に登園します。
「おはようルビカンテ。相変わらず掃き掃除してるんだね。」
「ウフフ、おはようルビちゃん、今日も私とダーリンの愛の巣のお掃除、ご苦労様ァン♪しっかりぴっかぴかにしておいてねン♪」
仲良く手を繋いでやってきたのはセシル君とローザちゃんです。ほうきを抱えたルビカンテ君、無言で会釈を返しました。
「フッ……毎朝ご苦労な事だな……」
口数が少ないのはカイン君です。ルビカンテ君、哀愁の光る後ろ姿を黙って見送りました。
「おはよーっ! ルビカンテせんせえに鞭攻撃ぃーっ!」
人二三倍元気な声でやぶからぼうにバックアタックしてきたのは、幼稚園のアイドルリディアちゃんです。きらきら輝くファイアビュートが今日も華麗にうなります。
「あいたーっ!! ~~~ッ、娘!! 何をするか!(▽ ▽メ)」
これには流石のルビカンテ君、黙っていられませんでした。怖い顔でリディアちゃんを叱ります。すると、
「・・・ふぇぇえぇぇん! ルビカンテのおじちゃんが怒った~(T□T)」
リディアちゃん、あまりの怖さに泣き出してしまいました。と、運悪くそこへゴルベーザ先生が通りかかります。
「……ルビカンテ……子供相手に何をしている?」
ゴルベーザ先生の声が低いときは怒っているときです。ルビカンテ君、あわてて跪きました。
「も……申し訳御座いませぬ(T T)」
「……・・・(- -)W」
スッパァァァァン。
俯くルビカンテ君の頭にハリセンが炸裂します。頭を抱えるルビカンテ君を残し、ゴルベーザ先生とリディアちゃんは手を繋いで園舎に入って行きました。
「……ゴルベーザ様……(T T)」
叩かれた痛さと、朝一番にゴルベーザ先生に怒られてしまったショックで、ルビカンテ君は立ち上がれません。するとそこへ、
「やあやあ脚君おはようヽ(´▽`)ノ」
陽気な挨拶と共にクルーヤさんがやってきました。
「蹲る脚君にナイストゥーゲッチューとサトシより入電。む、冗長。(・ ・)ρ」
「……何が言いたいやらまるで分からぬ、お父上……」
さっきとは別の意味で頭が痛くなったルビカンテ君、ほうきを片して用務員室へ脚を向けました。その後をクルーヤさんがのこのこ付いてきます。
「時に脚君、困った事が。」
「左様で。良う御座いましたな。」
「む、取り付く課長が本日欠勤にてケチャップを懐にと固く誓うものである。そうでなくてね、君に頼みたいことがあるんだ。」
クルーヤさん、突然電波のスイッチオフです。ルビカンテ君、ビックリついでにうっかり振り向いてしまいました。
「……俺に頼み?」
「そう。……実はね、昨日のアレをもう一度やって欲しいんだが、出来ないかな(´人`)」
「……は?(・ ・)」
昨日のアレと言われても、ルビカンテ君さっぱりまるきり分かりません。クルーヤさんはじれったそうにぴょんぴょこ飛び跳ねました。
「ほらほら昨日のアレ……いやね、ゴルベーザが随分気に入ったようなんだ、ほら……、脚仮め」
「別じ……ッ、ッ、ッ、~火焔流!!!!(○□○)ノξξξ」
ルビカンテ君、あろうことか自分の必殺技を噛んでいます。余程ビックリしたんですね。
「一体何の騒………………ルビカンテ!!(▽ ▽)W」
中庭に飛び出してきたゴルベーザ先生は、真っ黒焦げのクルーヤさんを見てすかさずハリセンを構えました。
「ゴ……ルベーザ様っ、申し訳――」
スッパアアアァァァァァン。
お詫びを言い終わらない内に、電光石火のハリセンが炸裂します。
「問答無用! ルビカンテ、今日は用務員室より一歩たりと外に出るな!」
「ゴルベーザ様あぁ……(T□T|||)」
主君に厳命されてしまった以上、従うより他ありません。ルビカンテ君はがっくりと肩を落としました。
・きんころかーん、もぷもぷもぷ。月髭幼稚園にお昼のチャイムが響きます。
一日の半分を用務員室でぼーっと過ごしたルビカンテ君、昼食の買い出しに行こうとしたところで思い止まりました。
「……そうだ……今日一日、此処より動けぬのであったな……。」
呟く姿に夕日が似合います。でも今はお昼なので場違いですね。
ルビカンテ君は仕方なく、机に戻って書類整理を始めました。と、そこへ、
「ハァイ木偶の坊。ゴルベーザ様に叱られたんですってねぇ~、オッホホホ、いいザマ~。」
事務員のバルバリシアさんが颯爽と現れました。ルビカンテ君の肩が当社比3cm増し落ちます。
背中を向けたまま無言を通すルビカンテ君に、バルバリシアさんはムッとしました。
「あら、木偶の分際で無視~? ナッマイキ~」
バルバリシアさんが今しもピンヒールでルビカンテ君の背中に蹴りを見舞わんとしたその時、
「うーっす!」
給食センターの配送をしているエッジ君が現れました。
「よぉバルの姉ちゃん! 今日も良い足してんな~♪」
「当然な事言わないで頂戴~、見物料!」
「っと、しっかりしてんね~(^^;)いいぜ、今夜仕事ハケたら飯奢ったら。」
「ふぅん……そうね、麻布十番へなら付き合ってあげても良くてよ?」
「何なんだ貴様らーっ!!(▽□▽;)」
大人しく寂しさに浸らせてくれない無礼な二人に、部屋主はとうとう立ち上がりました。しかし、
「るっさいわね木偶。今交渉中なんだからお黙り!」
ぴしゃっとばかりに一蹴されてしまいます。命令口調に一も二もなく従ってしまうルビカンテ君、ほとほと立場が弱いんですね。
「まぁまぁ姉ちゃん、そう言いなさんな。」
立ち上がったまま固まったルビカンテ君を見るに見かねてか、エッジ君が助け船を出してくれました。
「そうそうルビカンテよー、今日はお前さんに用があってココ来たんだったわ。」
そう言って、エッジ君は肩掛けバッグからお弁当を取り出しました。オレンジのスカーフに包まれた可愛いお弁当箱です。渡されたルビカンテ君、はてなと首を傾げました。
「……何だこれは。・・・お前が作ったのか?(- -|||)ξ」
「おいおい阿呆言いなさんな(^^;)いや~、隣町の幼稚園の保母さんにもらったんだけどな~、もう飯食っちまったんでよ、いっつもひもじそ~っなお前さんにくれてやらあ。」
思いもかけない幸運に、ルビカンテ君は目が点になりました。
「それは有り難いが……その者に悪くは無いか?(・ ・;)ξ」
「別に今日が特別ってワケでもねぇしな。手ぇ付けねーよりカラにして返した方が礼も立つってもんだろ?」
エッジ君の厚意に、ルビカンテ君はしばし立ちつくします。と、バルバリシアさんもぽんと手を打ちました。
「そうそう、アタシも木偶にお弁当あげようと思ってココ来たんだったわ~。」
手提げ袋からカラフルな布に包まれたお弁当箱を取り出したバルバリシアさん、半ば押し付けるようにそれを手渡します。
「…………如何な天災の前触れだ?;;(- -);;」
「どういう意味よそれ?(▽ ▽)勘違いしないで頂戴。ドグにお弁当作らせたら、アタシの嫌いなモンばっかり入れやがったのよ!」
二つのお弁当を手にしたルビカンテ君、施しをくれた恩人を交互に見やります。
「……二人とも、すまぬ。この恩生涯忘れぬぞ……(; ;)」
それぞれ手に余った荷物を押し付け、早速今夜の交渉に入っていたエッジ君とバルバリシアさんは、深々と頭を下げるルビカンテ君を残して用務員室を去っていきました。
「……人の情けとは斯程身に染み入るものか……」
机に二つのお弁当箱を置き、しんみりと感慨に浸っていたルビカンテ君。と、そこへ三度、今度はノックが響きました。
「……開いているが。」
「しつれえしまーす。ルビカンテせんせえ、けさはごめんなさい(; ;)」
扉を開けて入って来たのはリディアちゃんです。大きなお目目をうるうるさせたリディアちゃん、両手に大事に抱えていた小さいお弁当箱を、ルビカンテ君に差し出しました。
「ゴルベーザせんせえがね、鞭でたたいたら痛いんだよって言ったの。だからリディア、痛いのしてごめんなさいしに来たの。これ、たべて下さい。」
泣く子と幼女の哀願に敵うヤツは人間じゃねえと思います。【一部不適切な表現が入った事をお詫びいたします/脚仮面制作部】
「あ……いや、悪しき事であったと反省するならば最早咎め立てはせん。であるから、この弁当はお前が食せ。……な?」
おろおろルビカンテ君はぽろぽろ涙のリディアちゃんの頭を優しく撫でてあげました。しかし、リディアちゃんはお弁当を引き下げようとしません。
「リディアはいいの。あのね、セシルお兄ちゃんにお弁当もらったんだー。だから、これはルビカンテせんせえが食べて。」
「……さ、左様か(- -;)では、有り難く頂こう。」
ルビカンテ君にごめんなさいをした良い子のリディアちゃん、うきうきと部屋を出ていきました。……と、またしてもノックの音です。
リディアちゃんと入れ違いに現れたのは、ところどころに燻し銀な火傷の後がニヒルなクルーヤさんでした。
「脚君にやあやあヽ(´▽`)ノ今朝方は無理を言ってすまなかったね。お詫びと言っては何だが、これを食べると良い。近所の奥様にもらったのだが、私にはゴルベーザのお弁当があるのでな。」
「お父上……(- -;)ξ」
最後の一言さえ無ければ”いい人”であるのに……そんな事を思いながらも、ルビカンテ君はありがたくお弁当を受け取りました。
訪問ラッシュが過ぎ、ルビカンテ君はふぅと一息します。机の上には4コのお弁当。どれも女性用に作られた可愛いサイズのお弁当箱なので量は少な目です。働き盛りの三十路なら、全部食べ切っても少し動けなくなるくらいで済むでしょう。
と、そこへ、
「ルビカンテ……今朝は誤解して悪かった。さっき調理室で作った間に合わせだが、食べてくれると……|・)」
申し訳なさそうに顔を出したのは、可愛いケーキを手にしたゴルベーザ先生でした。
「!!! ゴルベーザ様!(*V V*)」
ルビカンテ君は嬉しさのあまり飛び上がります。しずしずと用務員室に入って来たゴルベーザ先生は、ふと机の上に置かれたたくさんのお弁当に気付きました。
「お腹を空かしているのではないかと思ったが、心配する事も無かったな(^^)」
「……は?(○▽○|||)」
「これは父さんにでもあげるとするか……それじゃあルビカンテ、本当にすまなかったな。」
そんな言葉と共に、ゴルベーザ先生とお手製ケーキは去っていきました。
「…………ゴルベーザ様ああああああああ!!!!(T□T)」
大ショックに打ちひしがれるルビカンテ君。するとその時、
『脚仮面! 大変です!』
頭の中で不思議な声が響きました。ふと見ると、家に置いて来たはずの仮面が顔の真横に浮いています。
「ななな何故此処にある貴様っ!!(@□@|||)」
『そのような小さいことはどうでも良いのです! それよりも、橋の下で可哀相な親子がお腹を空かせています!!』
「知るかーっ!!」
仮面の指図を、ルビカンテ君は一周しました。……しかし、正義の脚仮面魂が不幸を黙って見過ごせません。
「……くっ(T T)」
結局、もらったお弁当全部持って、用務員室を飛び出すルビカンテ君。それでこそ正義の味方です。
「……で、その親子の居る橋は……」
『耳を澄ませてご覧なさい、貴方を呼ぶ声が聞こえるはず。』
途端、全身に脚パワーが漲ります。着ていた服は弾け、白タイツに赤マントというコスチュームに変わりました。
「余計な真似をするなあああああ!!!!」
・一方その頃……
泪橋の下では、妻と離婚したショックで有り金全部パチンコで使い果たし三日三晩たまごボーロで飢えをしのぐ親子が、寂しい身を寄せ合っていました。
「父ちゃん、お腹空いたよ……(T T)」
「我慢しろゴロー、給料日になれば、おいしいものがたんと食えるぞ(T T)」
給料日まではあと三日あります。しかし、手持ちのたまごボーロはあと一日分しかありません。
「父ちゃん……お腹と背中がくっつくよぅ……(T T)」
「ゴロー!!(T□T)」
親子が絶望に打ちひしがれた、その時です。轟くサンダル音と共に、白い美脚が現れました。
「東に白い脚あらば、行ってオイルを塗ってやり、西に長い脚あらば、厚底ブーツの底を斬る。疾風迅雷ずばっと怪傑! 脚仮面!! ¬(□Υ□)/」
輝く決めポーズの前に、親子は呆気にとられます。怯えきったゴロー君はお父さんの肩にしかとしがみつきました。この後しばらく、ゴロー君の夢に脚仮面の勇姿が現れたのは言うまでもありません。
「………………これを食うと良い。」
脚仮面は優しく告げると、4コの弁当箱を置いて疾風のように立ち去りました。
・時刻は夕方。窓から差し込む西日を背に受け、幼稚園の戸締まりを終えたルビカンテ君は、空っぽのお腹と心を抱えて園庭を歩きます。
「………………はぁ。」
赤い夕日が燃える正義の男の影を、長く長く引きました。
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