第三話

北千住、炎上!!
・某国某所(多分足立区辺り)――閑静といえなくもない住宅街の一角に立つ月髭幼稚園。
 土曜日のお昼下がりの事務室では、
「これってどっからどーっ……見ても……」
「木偶、よね。」
 バルバリシアさんと清掃員のカイナッツォさんが、一枚の藁半紙を見ながら顔を合わせて、何やらひそひそしています。
 するとそこへ、MTBに乗ったルビカンテ君が颯爽と現れました。ちなみにルビカンテ君、今日は非番なのですが、何となく仕事が気になって結局登園してきてしまったのです。
「おはよう……どうした?」
 ルビカンテ君の顔を見て何とも言えない顔をする二人。カイナッツォさんは手に持った藁半紙とルビカンテ君を交互に見て、爛れたような笑いを浮かべます。
「……その紙は何だ?」
「あ、リーダーは見ない方が良いでげす。」
 興味を持ったルビカンテ君が覗き込もうとすると、カイナッツォさんはすかさず紙を丸めました。
「さあ、仕事仕事~お掃除するっス~」
「ア……アタシも伝票整理してやろうかしらね……」
 ルビカンテ君がじっと見つめると、カイナッツォさんとバルバリシアさんは揃って事務室からいなくなってしまいました。
「……ふン。」
 二人のおかしな様子に首を傾げながらも、ルビカンテ君は自転車を担ぎ用務員室へ向かいます。
 するとどうしたことでしょう。廊下ですれ違う園児たちもみんな指さしてこそこそするではありませんか。子供達の手には、事務室でカイナッツォさんが持っていたのと同じ藁半紙が握られています。そして、ルビカンテ君が声を掛けようとするとそそくさとどこかへ逃げてしまうあたりまで、事務室の時と同じなのでした。
 何だかちょっと面白くない気分のルビカンテ君、愛用の自転車を扉脇に立てかけ【解説しよう! 月髭幼稚園には駐輪場が無いんだ! みんなも一緒に都会の悲しい土地事情を恨もうね!】、はてなと腕組みします。
「……皆の様子がどうもおかしい……俺が何ぞしたとでも言うのであろうか……?;(- -)ξ」
 廊下の真ん中に仁王立ちして悩むルビカンテ君。そこへ、紙束を抱えたクルーヤさんがやってきました。
「号外号外号外、オフ日出勤の脚君にもさあさあ号外。」
 問答無用で藁半紙を押し付けられるルビカンテ君。それは、クルーヤさんの手書きらしい”号外”という題字に、”脚仮面大活躍”という見出しが付けられた記事と、新聞の縮小コピーが貼り付けられたチラシでした。
「……こっ……これは……(。。|||)」
 バロンデイリースポーツニュース、略してバロスポの三面記事らしい紙面には”白昼堂々! 白タイツの変質者”という見出しが印字され、写真は、脚仮面の決めポーズがバッチリ激写されています。どうやら、正義の味方の活躍を新聞は放ってはおいてはくれなかったようです。
「新聞に載るとは脚君もなかなかの出来映え。脚君にはこれからも脚仮め」
「別人ビー……ッッッッッ流!!(@□@)ノξξξ」
 危うく「ム」まで言ってしまいそうになりながらも、何とか「流」で言い終わることが出来たルビカンテ君の炎を食らい、クルーヤさんは燃え尽きました。
「このようなチラシを作りおってからに……;;(- -メ)ξ」
 灰になったクルーヤさんの手から紙束を奪ったルビカンテ君、つい最近購入したばかりの、足場にもなる便利な収納ボックスから燃えるゴミ袋を取り出しました。
「全く……。しかし、解せん。今朝のあの態度とお父上の号外……何か因果関係でもあるのか……?」
 自分が脚仮面だということはバレていないはずです。なのに、何故、皆がルビカンテ君を指さしてひそひそしていたのでしょう。
「よもや疑われておるのか……? これよりは殊更、行動に慎重を期さねばなるまい……(- ー;)ξ」
 紙束をゴミ袋に回収したルビカンテ君、今度は一番大きな焼けゴミに取りかかりました。するとそこへ、
「ルビカンテ、聞いてくれ!」
 ぱふぽふと室内履きの音を響かせ、ゴルベーザ先生がやってきました。その手にはやはり皆と同じく、クルーヤさんの号外を持っています。
「ゴルベーザ様! お早う御座います(*^^*)」
「挨拶は良い。それより聞いてくれ!」
 にこにこ笑顔のルビカンテ君の挨拶を遮り、ゴルベーザ先生はぷんぷんと握り拳を上下させました。
「皆何も分かっていない、脚仮面は良い人なんだ! ルビカンテ、お前なら」
 途中まで言いかけて、ルビカンテ君が手にしたゴミ袋の中身に気付いたゴルベーザ先生。
「っ父さん!!(@ @|||)……ルビカンテ、お前という奴はまた……!!W(- ーメ)」
 例のチラシで即席ハリセンをこしらえたゴルベーザ先生は、じりりと間合いを詰めました。 
「ぅわ、いえっ、ゴルベーザ様、これには深い理由が!(@ @|||)」
 スパーーーーーーーーーーン!!!!
 よく磨かれた廊下はすてきな音響効果で、炸裂音を響かせます。頭から顔面を一閃両断されたルビカンテ君、鼻を押さえて蹲りました。
「何か父さんに恨みでもあるのか! お前も美脚なら、少しは脚仮面を見習え!」
 ルビカンテ君からクルーヤさん在中ゴミ袋を奪い取ったゴルベーザ先生、それをひょいっと肩に担いですたすたと去って行ってしまいました。ゴルベーザ先生、なにげに力持ちなのです。
「……ぐ……何故だ……(T T)」
 ゴミ袋からひらりと落ちた号外を片手にがっくりとするルビカンテ君。……と、
『ヒーローには宿命が付き物なのです。』
 頭に慣れたあの忌まわしい声が聞こえてきました。目の前に浮いた脚仮面仮面を素早く引ったくったルビカンテ君、用務員室に駆け込みます。
『脚仮面、乱暴に扱ってはいけません。何せボール紙製ですのでね。』
 恐るべき秘密が明かされました。スーパーフットパワーの源は何とボール紙だったのです。
 しかし、鋼の心を持つルビカンテ君は動じません。
「やかましい!! それより貴様またしても何故ここにいる!?」
『そのような小さいことはどうでも良いのです! それよりも、子供達が危機に晒されています! さあ、耳を澄ませてご覧なさい、貴方を呼ぶ声が聞こえるはず。』 
 途端、全身に脚パワーが漲ります。着ていた服は弾け、白タイツに赤マントというコスチュームに変わりました。 
「おのれーーーー!!!!(▽ ▽)ξ」
 ルビカンテ君が光り輝く美脚の戦士、脚仮面へと変身したその瞬間から、頭の中に直接声が聞こえてきます。
――やあ、春なのにまだまだ寒いねすぅいーてぃー♪
――そうねだーりん……でも私たちのラブはいつでも常夏よv
――フッ。
――そうだーっ、たき火したらきっとあったかいよーっ(^ー^)ノ
――それはグッドなアイデアぢゃのv(・w・)v
「何が起こっているやらサッパリ分からぬ上、約一名子供でないモノがおるではないか!!」
 一通り聞き終わった脚仮面は素直な感想を述べました。
『さあ行きなさい脚仮面! 輝く正義と脚のために!』
 問答無用とばかりに会話を打ち切られた脚仮面、溜め息一つでこっそり用務員室を抜け出し、廊下をそっと歩き出しました。
『その調子です脚仮面。廊下は走ってはいけません。徒歩こそ美脚の秘訣ですよ』
 緊急時でも園則を守る脚仮面に、仮面の声も弾みます。

・一方その頃……
 園庭では、今まさにリディアちゃんが薪に火を付けようとしていました。
「じゃあ、行くよーっ! ファイアーっ!」
「その焚き火、待った!!」
 高らかな声と共に逆光を受けるシルエット。
「んむ? お前さんはどなた様ぢゃな?」
 びっくり仰天した園長先生が自慢のお髭を撫でながら尋ねます。脚仮面は腰に手を当て、ハッハッハッと爽やかに笑いました。
「俺が誰かと? 知らぬば答えてやろう。」 
 風も無いのにマントがなびき、逞しい胸板が露わになります。 
「東に白い脚あらば、行ってオイルを塗ってやり、西に長い脚あらば、厚底ブーツの底を斬る。疾風迅雷ずばっと怪傑! 脚仮面!! ¬(□Υ□)/ 」
 捨て身の迫力で決まったポーズを見て、三人と一髭は思わず盛大な拍手をしました。
「……で、脚仮面殿が何用ぢゃの?」
「…………あ……、いや、その……」
 相変わらずお髭を撫でる園長先生。脚仮面は園舎の裏からバケツを持ってきて水を汲みます。
「焚き火をする時は水を用意したが良い。保護者……はいるようであるし、とかく、火の扱いにはくれぐれも気を付けよ! それではな!!」
 マントをばさっと翻す脚仮面。と、近くのスーパーでお芋を買ってきたゴルベーザ先生と鉢合わせしてしまいました。
「……貴方は……!」
「ゴ……ゴルベーザ様! そうか、貴方が付いているなら焚き火も安心だ……」
 ほっとした後、はっと何かを思い出した脚仮面、ゴルベーザ先生と逆方向へそそくさと逃げ去りました。
「まさか、セシル達の焚き火を心配して……? っ待ってくれ脚仮面!!」
 ゴルベーザ先生が後を追って走り出そうとしたその時、セシルが袖をくいっと引きます。
「兄さん、脚仮面の気持ちを無駄にしちゃいけない……。だから早く焼き芋しようよ♪」
「……ああ…………」
 ゴルベーザ先生の目には、早足で去って行く脚仮面の勇姿が焼き付きました。

・近所を一周ついでにゴミ拾いをして帰ってきた脚仮面、開いた窓から用務員室へ帰宅です。
「危うかった……」
 カーテンを閉めてほうっと一息吐くと、目の前がぴかっと光って仮面が顔から離れました。
『良くやりましたね脚仮面。今日の行いをワン脚ポイントとします。受け取りなさい。』
 ルビカンテ君の掌にひらひらとヤザマキシールが落ちてきました。10点分集めるとお皿一枚と交換できるスグレモノです。
 最早何を言う気にもなれず、宙に浮いてる仮面をがっとひっつかんでバッグに押し込むルビカンテ君。と、がらりと乱暴に用務員室の扉が開けられました。
「ちょっと木偶~、蛍光灯切れてるじゃない、とっとと取っ換え……」
 換えの蛍光灯を手にしたバルバリシアさん、上半身ハダカのルビカンテ君を見て目が点になります。
「この寒いのに何脱いでんのよアンタ。露出狂?」
「誰がだ! 大体、蛍光灯の取り替えくらい己でせんか!」
「嫌よ! 感電したらどうすんの! 信じらんない! この給料泥棒!」
 実はバルバリシアさん、ほんのちょこっとだけ自分でトライしてみたのです。でも、蛍光灯に触ったら熱かったので怖くなってしまったのでした。
 そんな冒険をしてきたとは知らないルビカンテ君、いつものように横柄な態度のバルバリシアさんを見て、ほんの少しムッときてしまいました。
「何故そこまで言われねばならん! 些細な事で俺を頼るお前こそ給料泥棒ではないか!」
「……~~~ア   ッタマ来たわ、この木偶! アンタ非番なんだったら出て来んなってのよ!!(▽□▽)/」
 お願い事を聞いてくれないルビカンテ君にとうとうキレてしまったバルバリシアさん、手に持った蛍光灯をえいっと振りかざしました。
「やめんか割れるっ;;(- -)ξ;;」
 慌ててバルバリシアさんの腕を取るルビカンテ君。と、
「ルビカンテ、焼き芋を持ってきたが食べ…… 何をしている?!」
 園庭で焼いたばかりの焼き芋を持ってきてくれたゴルベーザ先生、ぼてっと焼き芋を落としました。
「ゴルベーザ様! ……っこ、これは、違うのです!!;;(@□@||||);;」
 ぱっとバルバリシアさんの腕を離すルビカンテ君。バルバリシアさんはささっとゴルベーザ先生の横へ逃げ、これ見よがしに赤くなった腕をさすります。
「アタシ、仕事お願いしに来ただけなのに……」
 バルバリシアさんを背中にかばって、ルビカンテ君をぎっと睨むゴルベーザ先生。
「……ルビカンテ……見損なったぞ。非番なのに出勤してきた理由はそれか……?」
「断じて違います!!!!(T□T)」
「言い訳など聞きたくない。行こう、バルバリシア。」
 冷たく言い放ち、ゴルベーザ先生はくるっと背中を向けます。
「ゴルベーザ様! 後生です、私の言い分も……!;;(T□T);;」
 がっくり膝を付くルビカンテ君の言葉は、ゴルベーザ先生の背中には届かないようでした。
 

 そしてここに、そんなルビカンテ君をこっそり見守る一つの影が……
「ルビ様……不憫やぁ……|T)」