第四話

君の名は・・・脚仮面ジュニア!!
・某国某所(多分北千住辺り)――閑静と言えば言えなくもない住宅街の一角に建つデケェパレスバブイルマンション。日曜日の朝七時、ルビカンテ君はいつものように目を覚ましました。
「今日も良い天気だ。さて、洗濯でも……」
 ルビカンテ君、窓辺で大きく伸びをしてから振り返りました。そして、宙に浮く仮面と鉢合わせました。
「…………     っっぐわああ!!!!(@△@||||)」
『脚仮面、正義の味方たるもの常に臨戦態勢でなければいけませんよ。』
 よく分からない忠告です。しかし、素直なルビカンテ君はそれに従い、窓辺に置かれた鉢植えでもって仮面を叩き落としました。ぺちゃっと可愛い音を立て、ボール紙製の仮面は床に貼り付きます。
 と、そこへチャイムの軽快な音が響きました。
「ルビ様ーっ、お裾分け持って来ましてん、開けたって下さーい!」
 インターフォンに映ろうとガンバってぴょんぴょこするのは、お隣に住むマザーボムさんの子供、月髭幼稚園に通うドーン君です。一人暮らしのルビカンテ君を心配するマザーボムさんが、毎朝余ったお総菜をお裾分けしてくれるのです。
 8Fの顔役を自認するマザーボムさんは、いい年+いい男+独身と三拍子揃ったルビカンテ君を本当に何から何まで気にかけてくれるので、廊下などでうっかり鉢合わせしようものなら大変です。どんな急ぎの用事の時でも、集合住宅ヒエラルキーの最下層に位置するルビカンテ君には、マザーボムさんのお話を中断する権利など無いのですから。げに美しきはご近所付き合いですね。
「ああ、お前か。毎朝すまぬな……。」
 ルビカンテ君が扉をがちゃりと開けると、鍋を抱えたドーン君がとてててと入ってきました。マザーボムさんの好意には多少げんなりしている気後れがちなルビカンテ君ですが、素直に慕ってくれ、時にはお母さんの牽制もしてくれるドーン君とは大の仲良しなのです。げに美しきはご近所付き合いですね。
「お邪魔しまーすっ、あ、ルビ様、何ですかこれ?」
 ドーン君、床に落ちている仮面に気付いたようです。ルビカンテ君、慌ててドーン君に目隠ししました。
「何でもない!! 何でもないのだ、今見たものは即刻忘れよ!!(○ ○||||)」
『脚仮面、良い子に襲いかかるとは何事ですか。分別を持ちなさい』
「やかましいッ!!」
 ルビカンテ君、仮面を部屋の隅へ蹴り飛ばしました。
「ルビ様ぁ~、誰かいてはるんですか?;;;;」
「いや、何でもないのだ。乱暴をしてすまなんだな。」
 仮面がすっかりカーテンに隠れたのを見届けてから、ルビカンテ君はドーン君の目隠しを外しました。ドーン君はきょろきょろと辺りを見回します。
「さっき、ここらへんに脚仮面のお面落ちてませんでした?」
 ドーン君の爆弾発言です。子供の観察力を舐めてはいけません。
「!!!! 気のせいであろうっ疲れておるのだなドーン、今日は早く帰って休むが良い!!」
 哀れ真っ青になったルビカンテ君、鍋も受け取らずにドーン君の背を押しました。
「わわわちょっとちょっとルビ様っ;;これ、受け取ってもらえへんと俺怒られますねん。……それに、ルビ様が脚仮面マニアやなんて誰にも言いませんよぉ~;;」
「脚仮面などと金輪際口にするなあああ!!!!」
 と、その時またしてもチャイムがなりました。
「鍵は開いている! 用あらば勝手に入るが良い!」
 ドーン君との押し問答で手一杯のルビカンテ君、乱暴に迎えの挨拶を投げました。すると、
「すまない、取り込み中だったか……?|・);;」
 扉の影からおずおずと、旅行バッグを抱えたゴルベーザ先生が姿を現しました。
「(○ ○)~~~~~!!!! ゴルベーザ様?!?!」
 ルビカンテ君、びびびっと硬直します。
「兄氏、どないしはりました? ……ああっ、そっか! 野暮言うてすんません! 俺、もう行きますんで!!」
 何かを理解したらしいドーン君、ルビカンテ君の手に鍋を押し付け、いそいそと部屋を後にしました。ルビカンテ君、しばし呆然と鍋の温かさを確かめます。
「……ルビカンテ、熱くないか?;;」
 ゴルベーザ先生の声に我を取り戻したルビカンテ君、びびびっと姿勢を正しました。
「は、慣れておりますれば! ……しかしてゴルベーザ様、何故斯様な場所に……」
 鍋をぎゅうっと抱え、ルビカンテ君はゴルベーザ先生をわざと視界から外しました。少しでも気を緩めると、口から心臓が飛び出しそうです。
「……すまない。今朝父さんと喧嘩して……家を飛び出したは良いが、行き場所がここ以外思いつかなくて……|.);;」
 ゴルベーザ先生はしゅんとしてしまいました。
「っああ!! いえ、違うのです! 狭き部屋ですが……、っどうぞ中に入られませ、茶をお持ち致します!!」
 ばったばったと目に見えそうな程大きな音を立てて、ルビカンテ君は台所に直行しました。
「いや、お構いなく……(・ ・);;;;」
 お構いなくと言いつつ、食卓の椅子に腰掛けるゴルベーザ先生。口では謙遜しつつ態度では言葉に甘える、これこそ大人の礼儀です。
 一方台所のルビカンテ君、満杯のやかんを火にかけようやく呼吸を取り戻しました。いつものエプロン姿も素敵ですが、私服姿も負けずに素敵なゴルベーザ先生。本当は***********【大変不適切な表現を修正しました/脚仮面制作部】。
 柔らかい光の中、頬杖を付いてぼんやり顔のゴルベーザ先生と、カーテンの下の脚仮面仮面。まるで悪夢のような光景です。 
『脚仮面、ラブラブしている場合ではありません!』
 ぽわぽわとハートマークを出し続けるルビカンテ君の頭を張り飛ばしたのは、例によって例の声でした。
「すみませんっ! たたた多少買い出しへっ絶対に絶っっっ   対に着いて来ないで下さい!!」
 やかんの火もそのままに、盗塁王も真っ青な健脚で仮面を踏みつけたルビカンテ君、そのままずりずり仮面を引きずり部屋を飛び出しました。後ろ手に扉を閉め、タイガーキックで仮面を向かいの壁に蹴り飛ばします。仮面はへちゃっと可愛い音を立てました。
「おのれこの様なときに何故ーーー!!」
『そのような小さいことはどうでも良いのです! それよりも、足立銀行略してアダギンに強盗が入りました!』
「何故斯様な時にばかり重大犯罪を拾って来るのだ貴様ーーー!!!!」
 とそこへ、
「ルビ様ー!」
 小さい包みを抱えたドーン君が現れました。
「ドーン……!」
 廊下を隔てて対峙する仮面と自分。最早言い逃れできません。ドーン君の目が驚きに見開かれます。
「!! ルビ様……その仮面……やっぱりルビ様が脚仮面……!」
「ど、ドーン! 違うのだこれは……!!;;;;」
 真っ青なルビカンテ君と、ふゆふゆ脳天気に浮かぶ仮面を交互に見やったドーン君、拳をぎゅっと握りしめました。
「そんな、兄氏が来てるこないな時にまで……(T T)っせや! なあなあ! ドーンいっっっしょうのお願いや!!」
 ドーン君の必死な声が廊下中に響きます。
「俺じゃダメなん?! 俺がルビ様の代わりに脚仮面やります!! せやから、今日一日だけルビ様を自由にしたって下さい! お願いします!!」
 がばっと頭を下げるドーン君。しばしの沈黙の後、仮面がぴかっと光りました。
『……分かりました。ドーン、貴方の正義の心、確かに受け取りましたよ。』
「ちょ、な、何を勝手な! ドーンまで巻き込」
 べしゃっ
 異議を申し立てるルビカンテ君の鼻に仮面のボディアタックがクリーンヒットしました。邪魔者を一撃の下に沈めた仮面は、改めてドーン君に向き直ります。
『さあ、貴方は今日から脚仮面ジュニアです!! 耳を澄ませてご覧なさい、貴方を呼ぶ声が聞こえるはず。』
 高らかに宣言すると、仮面は独りでに真ん中から裂けました。二つに分かれた仮面がそれぞれみにょんみにょんと修復し、あっという間に増殖します。悪夢のような光景です。
 そうして分かれた仮面のうちの一枚が、ドーン君の顔にぴたっと貼り付きました。途端、ドーン君の全身が眩く輝き、脚パワーが漲ります。着ていた服は弾け、白タイツに赤マントというコスチュームに変わりました。同じ格好でも、少年か青年かで随分と印象が違います。
「やった! よっしゃ、早速現場に急行せな!! ルビ様、任したって下さい!(^^)b」
 頼もしい言葉を残し、脚仮面ジュニアはマントを翻して走り去ります。
「ドーン……(・ ・);;」
 鼻を押さえて呆然と立ちつくすルビカンテ君の目に、脚仮面ジュニアの元気な後ろ姿が焼き付きました。

・お昼下がりの足立銀行略してアダギン。給料日を迎えた今日は次から次へとお客さんがひっきりなし、ついには銀行強盗までもやって来る程の繁盛ぶりです。
「オラァとっとと金詰めろ!」
 マシンガンを構えた強盗が天井に威嚇射撃をします。受付嬢はひ、ひ、と喘ぎながら、投げ渡されたボストンバッグにお札を入れ始めました。
 すると――
「そこまでや!」
 眩しい日の光に、逞しいシルエットが浮かび上がります。ヒーローの登場に、その場を覆っていた恐怖の空気がすうっと薄らぎました。
「なな、何だお前!」
 居合わせた皆の視線が集まります。脚仮面ジュニアはぐんと胸を張りました。
「今日はルビ様が来られへんかってん、脚仮面ジュニアが参上や!! ……あっ、ヤバ! ルビ様が脚仮面やって内緒やで! 頼むな! さあ銀行強盗! 俺が相手や!!」
 お茶目にぱっちりウィンクを決めた脚仮面ジュニア。はためくマントも意気揚々と、重装備の銀行強盗に迫ります。
「こ、……この、ガキ! ふざけた真似しやがって!」
 相当に度肝を抜かれた銀行強盗。気を取り直してマシンガンの引き金に指をかけます。脚仮面ジュニア、危うし!
 その時、ジュニアの背後から伸びた一条の熱線が視界を焦がしました。
「ぐわぁっ!」
 銀行強盗が悲鳴を上げて、銃身の溶けたマシンガンを取り落とします。
「別人ビーム?! ……まさか……!」
 驚いたドーン君が振り返ると、そこには何と、視界の凶器泣く子も発狂する元祖炎の戦士、脚仮面の姿があるではありませんか。
「ルビ様!(@ @)何で……兄氏は?!」
「お前ばかり辛い目に会わせる訳にはいかん。」
 あたふたと詰め寄る脚仮面ジュニアの頭をぽんと撫でた脚仮面は、何かを諦めきったような何かを捨て去りきったような爽やかな笑みを浮かべました。
「行くぞドーン、仕上げだ。」
「あ、は、ハイ!!」
 ザッと地面を踏みしめ、二人の戦士が構えます。
「「BIKYAKUフラッシュ!!」」
 朝日もかくやと思われるほどの光が、計二対の脚から放たれました。

 警察に身柄を確保された銀行強盗は、未だに正気が戻りません。
「びきゃくがぁ、びきゃくがくるよ怖いよママ……」
 かくして、今日も町の平和は保たれたのです。

・一方その頃。マンション周りの草むしりを終えたルビカンテ君が自宅の扉を開けると、
「脚君にやあやあ(・ ・)ρ堅苦しいことは抜きにしてまずはお茶でも。」
 陰陽マークTシャツが無理無理しく若々しいクルーヤさんが、にっこりと出迎えてくれました。部屋の奥では少し頬を赤らめたゴルベーザ先生が、落ち着かない様子でジュースを飲んでいます。何があったというのでしょう。
「あちゃあ、クルパパ、来てしもたんかぁ……(T T)」
 ルビカンテ君の隣で、ドーン君がしゅんと項垂れます。通せんぼするように入り口に陣取っているクルーヤさん、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔になりました。
「すまないねボム君。お詫びに昼食をごちそうするから、脚君が。」
「お父上……(メ- -)」
 クルーヤさんの顔にばふっと掌を被せてどかしたルビカンテ君、小さく笑って振り向きます。
「何を突っ立っている、ドーン。昼食にするぞ。」
「え?! え、って、俺も……ええんですか? で、でも……」
 遠慮するドーン君の頭を撫でるようにして玄関に押し込め、ルビカンテ君は扉を閉めました。

 脚仮面仮面はただ、静かに光をたたえているのでした。