10話.Beauty&Ghost
変わらない毎日だけど私は幸せでした。
退屈な毎日だけどそれでも満足でした。
例え予想のつく未来でも、全部自分で選ぶから、決められた明日じゃないなら夢も希望も持てたから。
だから私は幸せでした。
「お父様、お母様?どうかしたの?」
長いウェーブのかかった金の髪を首の後ろで小さなフリルのついたリボンで纏めていたのだが、どうにも緩んでしまうので、諦めてほどきながら少女は両親に尋ねた。
夕食の後、いつもそのまま食卓で家族三人で談笑する。その時間は楽しかったから別にその時間を設けることに不満はない。別に話す事を強要される訳ではないし、皆話したいことだけ話すのだからむしろ少女にはこの時間があることが嬉しかった。
が、話を強要するつもりはなくとも、両親揃ってうつむいて一言も発しないとなれば気が滅入る。こんな時間は少しだって楽しくない。
「何かあったの?」
少しだけ、整った可愛らしい顔に不満を浮かべて再度両親に尋ねる。
「あ…いや、その……」
弱りながらもごもごと何かを言いかける父親を制して、母親が口を開いた。
「もうすぐあなた、十六歳でしょう?」
「ええ、そうよ」
何をわかりきったことを。そう思いながら素直に頷く。
「今まで黙っていたことがあるんだけど……十六になる時には言わなければならないことだから、父さんと話した結果、今日話そうということになったのよ」
今まで秘密にされていたこと?一体なんだろう?どうして今まで秘密にされていたのだろう?
「何?それ」
少女が促すと、母親は言い難そうに口をつぐんだ後、父親の方を見た。
父親は溜め息一つついて
「今まで黙っていたことを心から詫びよう。その……もしかしたら破棄できる可能性に賭けていたんだ。結局無理だったけど……それはひとえに私の不甲斐無さで、許してくれと言うつもりもない」
本当に、申し訳なさそうに言う。
「もうっ。とにかくその秘密ってのを教えてよ。私が怒るかどうかは私が決めることでしょう?」
苛立たしげに、少女が言うと、父親は困りきった顔で弱々しく、本当に弱々しく、その秘密を告げた。
「お前は十六になったら結婚することになっているんだよ」
長い沈黙の後、用意された決まっている未来に対して、少女はその人形のような整った愛くるしい容姿に心から不釣合いな
「……ほへ?」
間抜けな声を上げた。
メイレンファナ・シュラト・スティアレスは事態を脳が把握すると同時に、
キレた。
「何それ何それ何それ何それー!!恋愛結婚させてくれるって言ってたじゃない?!それがなぁに?!12歳も年上?!話が合うかってのよもー!!要するに政略結婚なのよね?!ウチ実はめちゃめちゃ貧乏なことくらい知ってたけど、絶対お父様が頑張ってくれるって!私も勉強してお父様を手伝って行こうって思ってたのにっ!思ってたのにーッ!!」
言いながら、メイレンファナは白いテーブルクロスを引っつかむと、勢いよくその腕を上に持ち上げ食器類を上手い具合に両親に向けて吹き飛ばした。
一体その細く小柄な体のどこにそんな力を隠していたのか、ついでに大きなテーブルを蹴倒すと「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!」と怒鳴り散らしながら自室へ向う。
「だから早い内に教えておこうといったのに!」
「だったらお前が言えよ!」
責任の擦り付け合いをしあう両親の声も耳に入らないくらいメイレンファナは怒り狂っていた。
「全くウチの両親はぁー!ああもうっ没落貴族であってもプライドの高い自慢の両親だったのに!娘を道具にしたりしないってそれが!!」
その拳を壁に打ち付ける。
「お父様もお母様も大っ嫌いよぉ…」
手の痛みと心の痛みで涙をぽろぽろ零した後、手の甲で涙をぬぐい、きっと顔を上げるとくるりと進行方向を変え、両親のいる食卓へ歩き出す。
「ちょっともーっ追ってくるとかしないわけお父様もお母様も!相手のことわかってる限り教えなさいよぉ!!」
フェザーナート・アムシエル。二十七歳。王都の南に位置する肥沃な土地の領主。穏やかな気候、忠義の厚い臣民。田舎であってもなかなか悪くない土地だろう。
がそのアムシエル伯とやらはかなり謎の人物だ。二十までは王都で暮らしていてここの土地の先代アムシエル伯の養子になったらしい。その二年後に隠居した先代の後を継いで領主となったわけだが……二年というのは短すぎる時間ではないだろうか。領主になるために取り入ったとしか思えない。大体……祭の時にも姿を表さない、誰も顔を見たことのないような男を信用できるわけがない。
「会いに行くわ」
「え、会いに行くってメイファちゃん…?」
心配そうに母親がメイレンファナに聞くが、その母親の話を聞く気もなく一方的に宣言する。
「私がいきなり行くなんて手紙を書くと断られるかしら?まぁいいわ。私の手紙の他にお父様の手紙もつけてもらいましょう。なんとしても話をつけてもらうわ。ねぇ、お父様?」
愛くるしい顔に猛禽類の笑みを浮かべ父親を威圧すると、父親はカクカクと首を縦にふった。
「メイファちゃんの頼みなら何でも…」
「じゃあ婚約破棄して」
「だからぁもうこの没落貴族なスティアレス家を救うにはメイファちゃんしかいないんだよぉおう!」
「私は金づるかーっ!」
そう叫びながらも、そうなるしかないことはメイレンファナもわかっていた。
両親や、数少ない使用人の今後の生活を考えると自分にできることはそれしかない。自分が今まで幸せだったのが自分の周りの皆のおかげなら、恩返しをするのは当然だ。恩返しと自己犠牲は別物だとは思うが……
「相手によるのよね、要するに」
家出してやろうとも思ったのだが、もしかしたら相手の男性は素敵な人かもしれない。領主になってから五年。その間に臣民の心が離れたりしていないのはその男の手腕だろう。可能性がある限り、決して無茶をする気はないのだ。
「まずは、会ってからよ」
夕陽色の瞳に強い意思を秘めて、彼女は窓から空を見上げた。