神様に乾杯 4話 - 2/7

「あの……やっぱりよくわからないんですけど」
眉を寄せながらクアラルは正面に座ったエリクを見ていた。
狭いけれどきちんと掃除された応接間。とりあえず出した安物の紅茶とお菓子を挟んで二人は向かい合っている。
「……つまり、こういうことですか?エリクさんと……今いないけどもう一人?二人は、町の会長に頼まれて、約束の日まで魔女である私を大人しくさせとく……と」
「ええ、でも無実とわかっている方を不条理な魔女裁判にかけて死刑にするだなんて私にはとても出来ません。それで私達は、貴方を無実にする証拠を集めようと思ったのですよ」
出されたお菓子をかじりつつ、エリクはにこやかに笑う。あんまり胡散臭いため、クアラルは不安げにエリクを見上げた。
「でもあの、王女……って、何ですか……?」
「それは簡単なこと」
エリクは勿体つけるように言葉を切ったが、
「貴方の父親が国王陛下であるということです」
何でもないことのように朗らかに言い放った。
………………
「……はい?」
「困ったことに、魔女狩りなんて横暴がまかり通るこの治世は、要するに神の御名よりも権力が重要なわけです」
嘆かわしいことだと溜息をついて、神父は続ける。
「先代の王の治世ならまだしも、現在、国家と教会では国家の方が大きな力を有しています。どういうことかわかります?貴方が王女であると、裁判で証明できさえすれば」
「………」
「貴方は無実です」
「………」
「聞いてます?」
「………]
「もう一度言いましょうか」
「いや、いいの!聞こえてはいた!ただ理解できなかっただけで!」
クアラルは慌てて手を振った。これ以上聞いても混乱するだけだ。とにかく頭の中を整理しなくてはならない。
「質問させて?理解できないところ」
「どうぞ」
にっこり笑ってエリクは頷いた。
「……私は自分の父親のことなんて何も知りません。エリクさん達はどこで……その、私が、ええっと、お、オウジョサマだって知ったって言うんですか?」
「依頼を受けた時点で貴方のことを調べさせていただきました。貴方のお母様はこの町に来る前、王都にいましたね?」
「え?あ、はい。大きなお屋敷の女中だったって聞いてます」
「まあ、それは事実ですけどね、お屋敷と言うのは王宮だったわけです」
「嘘でしょう?」
「いえ、先ほど話しました相棒が、当時王都にいたんです。大きな騒ぎにはならなかったそうですけど、まあ公然の秘密でしょうね。彼もその当時のことを知っていました」
「何を、ですか?」
もったいぶった言い方にクアラルがロを挟む。エリクはひょいと肩をすくめると、
「よくあることですよ。国王とのスキャンダルです」
こともなげに軽く言う。クアラルは一瞬驚いたようだったがすぐに反論した。
「証拠がないでしょう」
「彼は、貴方のお母様の名前まで記憶していましたよ。ティアトラさん……ですよね?十六年前、ティアトラさんが生まれた赤ん坊を連れて王都から消えたのと、この町に来た時期も一致しますし……」
「偶然かもっ!」
焦ったように、クアラルは声を荒げる。だって、信じられない。自分が……王女様?
エリクは面白がっているのかそんなクアラルを見て目を細めた。
「そんなに認めたくないですか?女の子って一度は憧れるでしょう?お姫様って」
「そりゃ、小さい頃は……。でも、王侯貴族なんて皆馬鹿で我侭で権力かさに着て威張ってるだけの怠け者たちじゃないですか」
「はははっ。同感ですね。相棒が聞いたら何と言うかわかりませんが」
言ってエリクはけらけらと笑う。
どうやら、相棒というのは昔王都にいたことといい貴族なのだろう。そう思って、クアラルは警戒するように上目使いにエリクを見上げた。自分の考えは偏見も入っているだろうが、事実無根ということはないために貴族は大嫌いだ。貴族の友人という時点で彼女にとっては信用するに値しないのだ。
クアラルの敵意の眼差しに気づいたのか気づいていないのか、エリクは突然彼女と視線を合わせた。
吸い込まれるような、空のように深いコバルトブルーの瞳。
「物的証拠、ありますよ」
静かに彼は言う。
「貴方の母君が王の元を去る際にあるものを渡されています。それは、王様がわざわざ母君のために作らせた物」
言いながら、彼は横に置いていた大きな鞄を膝の上に乗せ、中をごそごそ掻きまわし始めた。
「宝石細工師の記録にちゃんと残ってたんですよ。デザイン画が……」
一枚の紙がエリクの手に現れた。ひらりとクアラルの前にそれを置く。
「これです。このデザインの首飾り、持ってらっしゃいますね?」
声も出なかった。クアラルは、ただその紙を凝視していた。その紙と、自分だけしか世界にいないみたいに、他は何も目に入らない。
紙に描かれた首飾りは、確かに母の形見と同じ物だった。
自分の父親が国王だなんて、一度も考えたことはなかった。
「残念なことに、この首飾り、家紋が入ってないんですよねー。裁判で通用するかどうかは怪しくて」
その首飾りを人に見せたことは一度もなかった。母一人、子一人だったから、高価な物があると知れたら何があるかわかりはしない。もし誰かに見せていたら、今よりも早くに何か情報が入ったかもしれないが。
「なので、王都へ行きましょう。教会に通用しなくても、国王には十分な証拠になります」
王侯貴族は嫌いなのだ。否定の要素を探したい。自分にその血が混じっているなんて。それに今の話を総合すると、王というのは贈り物を贈るほど、子を作るほど母を本気にさせたくせに、いざ子供が出来るといざこざを恐れて母を捨てたということにならないか?母の愛した男が、そんな存在であって欲しくなかった。
「国王に掛け合って、貴方を王女として認知してもらいましょう」
「はぁ?!」
一人で黙々と考えている間に、何か物凄いことを言われたような気がしないでもない。
「こっ国王に掛け合って……何?」
「貴方を王女として認知してもらいましょう、と言いました」
もう何だかわからない。これは夢だろうか。
「爪を立てて頬をつねるのはあまりオススメしませんよ。痛いでしょう?そんなに私が信じられませんか?」
「それよ!」
バンッと机を叩いて立ちあがる。
「貴方が胡散臭いのよ!!」
否定要素発見。
「えー?そんなに胡散臭いですか?」
「とっても!黙ってれぱわけのわかんないことぺらぺら喋って!何が目的?!魔女を助けに来た神父なんて絶対信用しないからっ!」
指をさされてそう叫ばれ、エリクは子供のように頬を膨らませる。
「そぉですかあ?無実の罪で殺されそうになるヒロインを助け出す神父って格好良いじゃないですか」
「だって信じられないもの。貴方みたいな神父、いやしないわ」
「まあ酷い」
自信満々胸を張って主張するクアラルに、エリクが両手を頬に当て、わざとらしく傷ついたふりをする。
かと思うと、ふっと表情を改めて、
「ならこうしようか」
行儀悪く頬杖をついた状態でロを開いたのに、不思議と威厳のある演説でもするかのようなよく通る声だった。
「俺は、無実の君を助けるために来たんじゃない。君を本物の魔女にするためにやって来た魔法使いだ。本物の魔女なら、裁判なんかで負けたりしないさ」
炎のような金髪を持った彼は、歌うようにそう言った。首にかかった小さな十字架を気にとめる様子はまるでない。きっと、この男は神の名のもとでも平気で嘘をつくのだろう。
本物の魔法使いかもしれない、少しだけそんなことを考えながらクアラルは小さく溜息をついた。
「そうね、その設定の方が似合っているわ。じぁあ私はお伽話の召使いね。魔法使いにお姫様にしてもらうんでしょ?」
「その設定も良いね」
言って二人はくすくす笑う。
「騙されてくれる?」
立ったままのクアラルを見上げながらエリクは楽しそうに目を細めた。
「いいわ。騙されてあげる。このまま死ぬのを待つよりずっといいわよ」
開き直って彼女は椅子に座りなおした。
「手筈はもう決まってるんでしょ?」