声の主は逆光でよくは見えないが、勿論クーキーである。
彼女は急いで二人に近寄ると
「チェルどうしたの?!何泣いてるの?!ちょっとあんた!チェルに何かしたら許さないっていったでしょ?!」
前半はチェシリーナに、後半はエリクに向けて叫んだ。
「信用ないなあ。俺はチェシリーナちゃんを消したりしないって約束したじゃないか」
エリクはぼやいて、それから突然真面目な顔をした。
「駄目だってクーキーちゃん!夜道の一人歩きは危ないよ!変な人に会わなかった?」
「目の前にいる!それに一人歩きよりあんたと一緒にいるチェルのほうが危険!」
そう言うとクーキーはチェシリーナのすぐ前、エリクとの間に割り込んで、
「行こうチェル!あいつといたら危ないよ!」
チェシリーナに訴えるのだが、しかし彼女はクーキーと目を合わせずに
「……私……私、わからないの。どうしたら良いのかわからないの」
俯いて、スカートの裾を握った。
「チェル……?」
顔に疑問符を浮かべて、クーキーはチェシリーナの顔を覗きこむ。
「どうしたの?……わかった、あいつに何か言われたんだ!何言われたの?」
「違う、違うの!神父様は悪くないっ!悪いのは私!」
首を強く横に振って、チェシリーナが顔を上げた。
「私が逃げてたの。私、クーキーに言わなきゃいけないことがあるの」
しっかりとまっすぐにクーキーの目を見て、チェシリーナは口を開いた。
「私は消えなきゃいけない」
少しの間を置いて、クーキーが困惑した様子で聞き返す。
「なに……それ」
「神様は亡霊がここにいることを許してないわ。だから私は消えなきゃいけないの」
凛とした声で、はっきりとチェシリーナは言った。
「か……神様なんていないよ!いたとしても許してるかどうかなんてどうしてわかるの?!あいつが言ったの?でたらめだよそんなの!」
否定したクーキーに、再びチェシリーナは首を振った。
「神父様じゃない。クーキーが教えてくれたの」
そう言って彼女は側にある天使のオルゴールをクーキーの目の前に浮かべる。
「……これ……これが?これのせいなの?これのせいでクーキーは消えちゃうの?」
「綺麗な曲だと思う。でも、この曲を聞くと苦しくなるの。自分が消えていくのがわかるの」
今度はクーキーが首を振って、目に涙をためながら
「そんなの嫌だ!ずっと友達でいようって約束したくせに!いなくなるなんてやだ!そんなこと言うチェシリーナなんか知らないから!」
言って彼女は外に走り出した。
「クーキー待って!」
チェシリーナも後を追う。やがてチェシリーナが追いついて、クーキーの手首を掴んだ。
「チェル……?」
驚いた顔をして、クーキーが振り返った。
「満月の夜は実体になれるの。いつもみたいにすり抜けたりしないのよ」
チェシリーナはくすっと笑う。
「……知らなかった」
「そうよね、昼間しか遊びに来ないものね」
呆然として答えるクーキーに、チェシリーナはどこか寂しげに微笑んだ。
「っだって……」
「知ってる。厳しいパパと優しいママが心配するんでしょ?」
「チェシリーナ」
言いながら、クーキーはチェシリーナの肩を掴み、じっとチェシリーナの目を見て
「私、約束破るの認めない。消えてしまわないでよ」
「でもいけないことなの。私はここにいちゃいけないの」
「嫌だ!約束したもん!」
「………クーキーちゃん」
近くまで、エリクが歩いてきていた。
「何」
クーキーが彼を睨む。エリクは静かに声をかけた。
「約束は、一つじゃないでしょ?」
言われてクーキーがきょとんとする。
「……歌ってあげるって、言ったんでしょ?」
はっとして、彼女はチェシリーナを見た。
「クーキー、上手に歌えるようになったら歌ってくれるって言ったよね」
「でもチェル、そんなのできないよ」
うつむいて、クーキーが答える。
チェシリーナを消してしまう歌を、自分が歌うなんてできない。
「約束……したけど、でも、私が約束守ったら、結局チェルは約束破ることになる」
俯いたまま、クーキーは自分に言い聞かせるように呟いた。
その彼女の手を、チェシリーナが取り、クーキーは顔を上げる。
「クーキー聞いて」
風が吹いた。しかしチェシリーナの髪も服も少しだって揺れない。木々がさわさわと音を立てた。
「大丈夫。生まれ変わりはきっとあるから、私たちはまた会える」
星空の下の彼女は、信じられないくらい美しかった。この世のものとは思えないほど。
「何もかもを忘れてしまって、ただの心しか持っていなくても」
チェシリーナは、あるとしたら青い薔薇みたいに
「きっと友達になれるわ」
とても綺麗に笑った。
クーキーの目から涙が溢れた。視界の隅にエリクが映る。泣いているところを彼には見られたくないのか、彼女は足元に視線を移した。
満月の光でできた、自分の影。
少しだけ、視線を動かす。
チェシリーナの足元には影がなかった。
クーキーは下を向いたまま、小さな声で、
「わかった。…………約束守るよ」
それでもはっきりと答えた。
「たっだいまー」
大声でそう言うと、エリクは教会の扉を開ける。
「やーっもー凄いねフェザーナート!ブラボー!マジで改装終わってんじゃん」
言いながら礼拝堂の真中に立ち、正面にあるステンドグラスを見上げた。
「頼んでたのが届いたのかー。うん、良い出来」
月光が差し込んで、神秘的な美しさがある。
そうしているところに、バケツに水を汲んだフェザーナートが入りロから入って来た。
「ただいま」
にっこりと笑ってエリクが言うと、フェザーナートは不機嫌そうに
「掃除の邪魔だ。とっとと奥へ行って寝ろ」
「まぁつれないお言葉。久しぷりだってのに随分じゃない?ま、その言葉に含まれてる新の意味は『お仕事ご苦労様v今日はゆっくり休んでねv』ってことくらいわかるけど」
「妙な解釈をするな!!」
彼は思わず怒声を上げて、危うく水を零しそうになる。
その様子を見てエリクは顔をほころばせて、
「じゃ、疲れたから言う通りにするよ。……色々有難う」
言いながら出口に向かう。
言われたフェザーナートの方は、まさか「有難う」なんて言葉がエリクのロから出てくるとは思いもしなかったのだろう、呆然としていた。
ふと、思い出したようにエリクが声をかける。
「そうそう、ちょっと聞くけど、もし俺が君のことを全部忘れちゃって、君と会っても知らん顔で通りすぎたらどう思う?」
「は?」
唐突すぎて、間の抜けた声が返ってきた。
構わずエリクは扉を開けて、
「俺だったら嫌だな。多分傷つくと思うよ」
そう言って外に出た。
教会の裏にある住居に向かう。
頭の中にはチェシリーナの言葉があった。
”神様は亡霊がここにいることを許していない“
亡霊、化け物、人ならぬ者。
人狼、幽霊、……吸血鬼。
「わかってるさ。自分が罪を犯していることくらい」
欠けた月を仰いで、彼は小さく呟いた。
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