神様に乾杯 8話 - 2/4

人数差をものともせずに敵を全て戦闘不能にし「裏から入ってきた奴らはここに来る前にのしておいた。しばらく目を覚まさないだろう」縛り上げる。
二人の無事を確認すると、フェザーナートは二人め……エルクインを訝しげに見つめた。
「……エル……?」
愛称を呼ばれて、しかし彼女は彼を睨み付ける。
「そう呼んでいいのは貴方じゃないわ。やめてちょうだい化け物」
傷めた左肩を右手で抑えたまま、彼女はつかと彼に歩み寄る。
「クアラルはここに貴方がいると言ったわ。貴方がフェザーナート=アムシエルだとも。でも……違うでしょう?彼は死んでいるはずなのよ、五年も前に!」
まるで泣いているかのように、悲鳴みたいに叫んだ。
そして彼女は続ける。
「貴方は誰?お願い、彼の名を語らないで。彼の姿をとらないで。……お兄様を、お兄様を返して!!」
最後は、ほとんど絶叫だった。
フェザーナートとエルクインを見比べながらエリクは「なるほど、妹ね」と一人納得する。
フェザーナートは困った顔で、辛そうに微笑を浮かべ、
「君の兄は五年も前に死んだし、確かに私は化け物だ。……けれど、俺はフェザーナートであることを否定しない。十四年前にアムシエル伯爵家に養子に入ったから姓は変わったが……君の兄だよ、エルクイン=シルバーストン」
静かに告げると、エルクインは俯いた。
「兄は三十二歳のはずよ」
寂しげな声が暗い礼拝堂に響く。
「さっきの貴方の動き……まるで人間じゃなかったわ。お兄様は確かに強かったけれど、あんなの有り得ない。貴方は誰なのよ?お兄様の声で、お兄様の姿で、私の名前を呼ばないで!」
顔を片手で覆いながら、
「わかった。約束しよう、私は君の名を決して呼ばない。君も私のことは好きに呼んでくれ」
フェザーナートは溜め息とともに言葉を吐き出した。
「誰が貴方のことなんか……」
「状況が伏況のようだし、協力するほうがいいだろう?」
呼びたくもない、そう言うより早く、フェザーナートが言葉をさえぎった。
そして彼は渋面をエリクに向ける。
「で?何がどうなってる」
「そこの彼女がクアラルちゃんの友達」
エリクは居心地悪そうにエルクインを指し、
「一足先についたんだけど、当のクアラルちゃんはどうやらこいつらに誘拐されたらしいよ」
次に、縛られて床に転がる男たちを指した。
「なっ?!それでクアラルは無事なのか?!」
「それは今から聞くところ」
顔色を変えたフェザーナートから目線を手近にいる縛られた男に向ける。
「クアラルちゃんはどこ?」
「へっ。誰が言うかよ」
「そう?それでもいいけど」
馬鹿にしたようにロを開いた男に対してエリクは冷淡に告げる。
「俺が神父だから殺されないとは思わないことだね。君の他にも聞く相手はまだまだ他にいるんだ」
床に転がる他の男に目線を移しながら言うと同時に、フェザーナートがぶんっと剣を素振りした。
「ひ……」
途端に男の顔が蒼白になる。先刻のフェザーナートの人間離れした動きと相まって、自らの悲惨な最期を想像したに違いない。
「あ……アジトに……」
「オイてめぇ!!」
男がロを開きかけたところに、別の男が--声から察するに最初に宣戦布告した男が--遮るように声を上げる。
「バラすんじゃないだろうな?!この程度の脅しでロを割るつもりかよ?!」
「ゆ、許してくれよ兄貴ィーおれぁ死にたくねぇよぉ!」
カタカタ震えながら情けない声を上げる。
「……聞く相手を変えようか」
表情を変えずに、エリクは割って入った兄貴分の側に歩み寄る。
「王女様はどこにいる?」
聞かれて兄貴分はにっと笑う。
「言わねぇよ。仲間に申し訳が立たないからな」
「ふむ……」
エリクは少し考えて、今度は別の質問をする。
「質問を変えよう。どこで王女のことを知った?」
「はっはあ!魔女裁判に勝訴した王女。どこで聞こうがいいじゃねぇか。そんな話どこでも噂になってらぁ」
男は今度は笑いながら答えた。
聞いてフェザーナートが舌打ちする。やはり無理があったのだ、王女であると証明し、なおかつ住む場所も変えずに今まで通り生活するなんて。
「……んー……」
やはりエリクは少し考えて、
「取引をしない?」
にっこりと笑った。
「な……なんだ?」
男は面食らって声を上げる。
「取引をしようと言ったんだ。君たちはアジトの場所を俺たちに教えるだけで、身の自由を得、そして、雇い主から貰うはずだった金額と同額の金貨も得られる。どうする?」
にこにこと、エリクは微笑んだ。
「おいしい話と思うけど?」
「た、確かにな……」
思わず男は頷いた。
「雇い主?どこから出てきたの?」
会話の展開についていけず、エルクインが思わずロを挟む。
「簡単な話」
エルクインの方を振り返り、エリクは笑った。
「王女の話が噂になっているわけないのさ」
「どういうこと?」
「あのときの魔女裁判は権力を笠に来て秘密裏に行わせてもらったし、町の住人はクアラルちゃんが勝訴したとしか知らない。裁判のときの公式文書は俺が処分して偽の報告書を提出したし。ようするに、裁判のときの司祭たちに裏切り者がいないと彼の話はつじつまが合わないわけ」
「お前ろくなことしてないな……」
この場合責めるべきではないのだが思わずフェザーナートは呟いた。
「まあね。で、司祭が王女を手に入れてどうするかっていったら身代金でしょ。ごろつきに多少の手数料を払ってでも欲しい莫大な金額さ」
「なるほど……」
エルクインが納得したのを確認し、エリクは
「さて君たち」
ごろつきに向き直る。
「君たちがここに来たのは王女様に宝の話を間いたからだろう?雇い主の報酬とはべつに宝が手に入ると思って。そしてさっきの仲間に申し訳立たないってことはアジトにまだ仲間がいると。雇い主への引渡しは少なくともまだ行われていない」
「……そうだ……」
ごろつきは頷く。
「ここで俺たちと取引すれば、アジトにいる仲間の配分も君たちのものだよ」
先ほどから浮かべている笑みで、エリクは笑いかける。
「まあ、もちろん、嘘を教えられても困るから君たちを解放するのは俺たちがここへ帰ってきてからってなるわけだけど」
「……」
ごろつきは、しばらく考えて、
「いいぜ。取引成立だ。アンタ坊主にしとくのもったいないぜ」
交渉にオーケーサインを出した。
「そりゃどうも」

聞き出したアジトヘ向かう前に、エルクインの傷の手当てをしていると、エルクインは包帯を持つエリクを軽く睨んで溜め息混じりに言った。
「さっき言ってた取引って本気?あんな悪党にお金あげて逃がしちゃうの?信じられない神父ね」
対してエリクはさも可笑しそうに笑うと、
「まっさか。どうして神父の俺が悪党との約束なんか守んなきゃなんないの?」
逆に聞き返してきた。
「……大した役者。本当、神父にしとくのもったいないわ」
聞いてエルクインは大きくため息をついた。