「おはようっ」
「おはようございます、メイファ様」
朝、昨日宣言した通りに朝早くに起き、朝食を取りにメイドたちのもとへ向かった。
「昨日はよく眠れましたか?」
「ううん、ぜーんぜん」
泣きすぎて腫れた目を指で軽く抑え、メイレンファナはセリアに応えた。
「……あの、昨晩旦那様と喧嘩したって聞いたんですけど……その関係ですか?」
「そう。あ、また信じられないって顔してるー」
「え、あ、だって。でも私メイファ様の味方ですから。メイファ様好きですからっ」
セリアが必死に言うので、メイレンファナは小さい子にすうように彼女の頭を撫でた。
「ありがとー。じゃあこれ聞いたら私のために怒ってくれる?」
「何ですか?」
小柄なメイレンファナは撫でる為にしていた背伸びを止めて、びしっとセリアに指を突きつける。
「昨日あの人が私にしようとしたことを教えてあげる。本気じゃなかったんだろうけど、そんな事で済まされる問題じゃないから」
「旦那様が、一体何を……?」
「強姦」
数十秒の間、セリアは瞬き一つしなかった。
そうしてゆっくり口を開くと、なにやら不思議な引きつり笑いを浮かべる。
「…………本当に?」
「こんな嘘つかないわ」
頬を膨らませて言うメイレンファナ。セリアは少し黙ったあと、心配そうに
「じゃあ、メイファ様は……帰ってしまわれるのでしょうか?いくら、夫婦になる相手だからって…そんなの、そんなの酷いです。婚約なんて破棄して……帰ってしまわれますか?」
真剣にそう言うのでメイレンファナは
「きゃーっ!セリア大好きー!寂しいって思ってくれるのね?!」
セリアに抱きついた。
「でも安心して。私は絶対負けないの。彼が私に謝るまでここから出て行ってあげないって決めたから」
「で、でもメイファ様、怖くないんですか?!もしまたそんな事になったら……『しようとした』ではすまないかもしれないんですよ?!」
本当に、心から心配しているセリアに抱きつくのをやめ、メイレンファナはダンスを踊るようにくるりとその場で回ってみせる。髪とスカートがふわりと広がった。
「ほら、私、かわいいでしょう?」
セリアを見上げながら自身満々に言い放つ。
「だからね、悔しくて仕方ないの。私を愛そうとしないあの人の態度が。だから、あの人に私を認めさせるまでは絶対帰らないことにしたのよ」
そう、強気に言ってのけるメイレンファナを見て、セリアは眩しそうに目を細めて言った。
「応援してますっ!」
朝食を済ますと前日と同じように手伝って午前中を過ごした。
年配のメイドが「セリアは旦那様に憧れていたから、メイファ様と仲良くなるなんて思いませんでしたよ」と言うと、セリアは「私、メイファ様を愛しちゃったんです」などと答え、皆で笑った。メイレンファナも笑いながら「私たち相思相愛なのよー」等と言ってセリアの腕にしがみつくものだから、全員大笑いで掃除どころではなくなってしまった。
そんな楽しい人たちと、昼食を取った後午後も一緒に働こうとしたのだが、昨日同様断られてしまう。仲良くなっても『お客様』なのだ。
「っもーう。暇なのにー」
今度は庭ではなく、庭の周りの塀を越えて、外を歩いてみることにした。
屋敷は彼の土地の中で、ある程度高さのある場所にある。道なりに歩いていけば、林が開け、家々や畑、彼の土地を一望できた。
「反対側は、どんな感じかなぁ?」
来たほうを降り返ると大きな屋敷と、その後ろは森になっていてなかなか容易には下の景色を見せてくれそうにない。
メイレンファナは屋敷の後ろの森のほうへ行くと。背の高い木の下で靴を脱ぎ、スカートの裾をぎゅっと結ぶとすいすいと木を登りだした。背の高い木であるから下の方には勿論枝はない。それでも彼女は多少の凹凸に手をかけ足をかけ確実に上へと登っていく。
やがて、視界が開けた。自分の上には青い空だけ。見えるのは広大な土地と美しい湖。
「すごい……」
思わず彼女は感嘆の呟きを漏らした。そしてその景色を目に焼き付けるとスルスルと木から降りていく。
「湖!近いわ。行ってみなきゃ」
結んだスカートをほどくと靴を履いて湖の方向へ向かう。
メイレンファナの住んでいる土地の方には湖がない。初めて見た湖に心躍らせて歩いた。
やがて道はなくなり、それでも歩きつづけていると急な斜面に出くわした。屋敷が高い位置にあるなら、低い位置の湖に行くにはこんな傾斜があるのは当然だろう。
迂回してもつけるだろうが、その気なら最初から道なりに進んでいる。
「木が密生してる。足場になるわ。……平気よね」
一番近い木に手をかけ、その近くの木の根に足をかける。そのすぐ下の木を探し、同じように下へ降りていく。多少次の木が遠くても枝を手繰り寄せ、斜面を滑り難なく次の木へと移って行った。
「気をつければ帰りもここから登れるかもね?」
あまりに調子がよいので、油断した、その時
バキン
「きゃっ」
掴んだ枝が折れた。とっさにしゃがんで足場の木にしがみつく。
「…あっぶなー。びっくりしたぁ」
木を取り直して、再び他の木に手を伸ばした時
「あっ」
足を踏み外した。視界が回転し、枝につかまることもできない。
「きゃあああああああ!!」
彼女は斜面を転がり落ちていった。