YJ編、独身なのに団地妻なヤン提督と昼下がりの情事シェーンコップの、おバカダダ漏れエロ。

ゆですぎそうめんえれじぃ 21

 玄関に出て来たヤンは、おとといシェーンコップがそのまま置いて──返してもらい損ねて──行ったTシャツをぞろりと着て、下は膝上の、これもぞろりとした短パンで、シャツの裾からかろうじて見えるだけの分量のせいで、一瞬シャツだけを着ているように見える。シェーンコップはぎょっとなって、ドアを開いたところで一瞬体の動きを止めた。
 「またそうめんでいいよね。」
 ヤンはもう、シェーンコップが上がって来るのを待たずに台所へ向かい、シェーンコップも慌ててその背を追う。
 シェーンコップのシャツを着ると、その中で泳ぐヤンの体の薄さがいっそう露わになる。そこで泳ぐ肉の薄い体の、皮膚の感触を思い出さないようにするのに、シェーンコップはふた拍の間必死になった。
 シェーンコップは、外の気温にも関わらず着て来た長袖の薄いシャツをまず脱ぎ、黒のタンクトップ1枚になって、別に見せびらかすつもりはなくてもそうなる、あちこち筋肉の盛り上がった体に、ヤンが見惚れているのを視界の隅に引っ掛けている。
 前の時と同じに、手にしていたビニール袋から、持って来た副菜を出す。湯を沸かす鍋をちらちら見ながら、ヤンは今日は何かと、シェーンコップの手元を覗き込んで来た。
 煮玉子。途中で買って来た豆腐。冷奴用の、甘辛いごまだれ。それから、頭を落として揚げた魚の南蛮漬けだ。甘酸っぱい匂いと、魚を覆う細切りの人参と薄切りのたまねぎに、ヤンがちょっとあごを引き、
 「南蛮漬けは苦手ですか。」
 シェーンコップが訊くのに、うんともいいやとも言わない。
 「生のたまねぎはあんまり食べないけど・・・どうかなあ、食べてみないと、好きかどうか分からないや。」
 「まあ、後で味見だけしてみて下さい。」
 ヤンが、沸騰し始めた鍋の方へ向き直る。今日はどうやら自分で茹でるつもりらしいのに、否とは言わず、ぱらぱらと放り込まれたそうめんが湯の中で踊る様を、シェーンコップはヤンの肩越しに見守った。
 どうせすり鉢もすりこぎもないだろうと思って、ごまだれも先に作って来た。ヤンの隣りで肩を縮めるようにして、煮玉子を切り、豆腐もパックから出して軽く水で流し、掌の上で4つに切る。その仕草をいちいちヤンが感嘆するように目を輝かせて見るのに、またそうめんが茹で過ぎてしまうと、シェーンコップは目配せしたけれど、ヤンにはなかなか通じない。
 差し水の間隔が少し長過ぎると思って、2度目の後に、横から手を伸ばして火を止めた。
 「もう大丈夫ですよ。」
 ヤンは素直にそうめんを湯切りし、水道の水で冷やし始めた。
 持って来た副菜を皿に出し、そうめんのつゆ──新しいのを作って来た──を出し、ヤンがばらばらとそうめんに製氷皿の氷を全部ぶちまけると、後はもう食べるだけになった。
 豆腐にごまだれを掛け、ふたりで危なっかしく皿とそうめんの器を抱え、居間へ向かう。
 そうめんより先に冷奴に手を付け、ごまだれの味が気に入ったのか、ヤンが満面の笑みを浮かべる。シェーンコップはそうめんをすすり込んで、茹で過ぎではないことを確かめると、煮玉子をひと切れ、一緒に口に放り込んだ。
 「こんなにおかずがあったら、夕飯が入らないなあ。」
 上に乗った野菜をかき分けて、ヤンが魚の身を箸の先にむしり取る。
 「ちゃんと食わないと夏バテしますよ。暑さで食欲が落ちてるんじゃないですか。」
 甘酸っぱいタレに、ヤンがぎゅっと目を閉じる。
 「・・・大丈夫、かな。酸っぱいけど、大丈夫だ。」
 「野菜もですが、タンパク質もちゃんと摂って下さい。」
 ヤンが避けた野菜をたっぷり取り上げて、わしわし口の中に放り込みながら、シェーンコップが言うと、ちょっとむっとしたようにヤンが唇を尖らせる。その間に箸を差し込んだままの、相変わらずの行儀の悪さへ、シェーンコップの心臓がひと拍跳ねた。
 慌てて視線を外し、またそうめんをすくい取り、ヤンがむしり続ける揚げ魚の、甘酢たれの垂れる白身の端を、シェーンコップもひと口むしる。いい具合につかって、ちょうど良く食べ頃だった。
 ヤンの首と肩の薄さが気になって、何となくたんぱく質をと、そう思って選んで来た副菜だったけれど、ヤンはシェーンコップの意図に気づいているのかいないのか、さっさと自分の分の冷奴を食べ終わり、残ったごまだれをちょいちょいつついて舐めている。
 片身が骨だけになってしまった魚を引っ繰り返し、ヤンがまた魚へ箸を伸ばしたのを見ながら、シェーンコップはさり気なく、まだ半分以上残っている自分の冷奴の皿を、わずかにヤンの方へ寄せた。
 「・・・いいの?」
 魚の身を口に運び、そこで箸を止めてヤンが訊く。
 「どうぞ。」
 ふたつに切った、まだシェーンコップが口をつけていない方の冷たい豆腐の、たっぷりとごまだれの掛かった辺りへ、ヤンが嬉しそうに箸を差して切り取る。
 味の好みは似ているようだと、思いながらシェーンコップはつゆにつけたそうめんを静かにすすった。
 魚を骨だけにして、もう1尾へヤンが進む。魚は食べ慣れないのか、端まできちんと身をむしり取らないヤンの食べた跡を、シェーンコップがきれいに食べて、酢で軟らかくなった骨をぽきりと箸で折り、そのまま口元へ運ぶのをヤンが驚いて見ている。
 「食べるの。」
 「食べますよ。」
 そのための酢漬けだ。ぽりぽり骨を噛み砕いているシェーンコップの口元が、案外上品に動いているのにヤンは目を丸くし、恐る恐ると言う風に、シェーンコップを真似て魚の背骨をふたつ分折って、そっと口の中へ入れてみた。
 ばきばきと、歯の方を削りそうな感触に眉を寄せ、
 「硬い。缶詰みたいじゃない。」
 「そりゃ缶詰みたいにゃなりませんよ。」
 口直しみたいに、柔らかい豆腐を食べ、そうめんをすすり、
 「・・・でも美味いよ。」
 ちょっとはにかむように言うのへ、シェーンコップもなぜかつられて、照れたように頬を赤らめた。
 煮卵の大半はシェーンコップが食べ、南蛮漬けの野菜は、ヤンが3分の1くらいは食べた。残ったのは、そうめんの氷と魚の骨が1匹分。
 今日はヤンに捕まる前に、シェーンコップはさっさと立ち上がる。皿を手早くまとめ、ヤンの方を見ずに、
 「片付ける間に、シャワー、浴びたらどうです。」
 そう言うのが、思わずちょっと早口になった。
 うん、と素直にうなずいたヤンは、シェーンコップが台所へ向かうのを見送って、皿洗いの水音が始まるとぽくぽく風呂場へ消えた。
 風呂場の水音を気にしながら、シェーンコップはシンクで水を使う。洗剤の泡でつるつる逃げようとする皿を大きな手で覆って、その白さもなめらかさも、全部ヤンへ繋がってゆく。
 魚の骨の白さは、食べなければもうただのごみだと言うのに、生ごみにまとめる直前、まるで名残りを惜しむように視線が外せない。
 台所の向こう側の風呂場から出て来たヤンは、シェーンコップのシャツだけを着て、触れなくても下着を着けていないと、シェーンコップにはすぐに分かった。
 熱いものを食べたわけでもないのに、それでも上がる体温が、ヤンに触れてさらに上がる。窓は相変わらず全開の居間へ戻り、シェーンコップは、そこへ倒したヤンの背中の下へ、忘れずに今日着て来た自分のシャツを敷いた。
 腿の内側の薄い皮膚の、かすかな青みの照り。それは皿の白さにも、魚の骨の白さにも、そうめんの白さにも似て、そこからシェーンコップに移って来る熱が、シェーンコップの白い背骨を焼いてゆく。
 熱い背骨だけになったシェーンコップは、ヤンの果てしもないほどすべらかな皮膚から、熱さを移され続けて、そうして骨は肉を取り戻し、皮膚を取り戻し、人の形を取り戻す。
 生きた人間になったシェーンコップはヤンを抱いて、反った首の後ろへ腕を回し、開いた唇へ自分の唇を押し当てて行った。
 ヤンの白い歯列が、小さくその中で踊る。行き交う舌が粘膜をなぞり、皮膚をこすり合わせるかすかな音は、振動になって口の中へも伝わる。震える全身をより近く添わせて、しがみついて来るヤンを、シェーンコップは潰したりしないように抱き返す。
 皿を洗った後の、自分の指先のざらつきを気にしながら、シェーンコップはヤンの薄い皮膚に触れて、再び汗に湿って来るそこへ、くまなく唇を這わせた。
 ぴちぴち跳ねるヤンの薄い体は、海を泳ぐ魚か、湯の中で踊るそうめんか、缶詰の魚の骨を圧力で軟らかくするみたいに、シェーンコップはふと力いっぱいヤンを抱いて、声を立てないヤンが、痛いと言うまで腕の力をゆるめなかった。
 鎖骨から肋骨をたどり、みぞおちへ下りて、そこから下腹へ下った。ゆるやかに勃ち上がったヤンのそれへ、猫にでもするように頬ずりした。ヤンの平べったい腹が震えて見え、それをもっと見たくて、シェーンコップはゆっくりと唇を開く。舌の上に誘い込んだ途端張り詰めるそれが、シェーンコップには馴染みのない感触で、喉を塞ぐように体積を増した。
 髪ほどは艶はないヤンの下草が、ちくちくシェーンコップの顔に触れる。ヤンの、どこよりも柔らかな皮膚はシェーンコップのひげにちくちく刺されて、互いに、くすぐったいのか痛いのか、それとも触れ合った粘膜と敏感な輪郭の感触が神経のすべてをさらってゆくのか、あらゆる感覚が混沌と混じり合って、自分の手足がどこでどれか、もう見極めもつかないのだった。
 犬が骨でもしゃぶるみたいに、丁寧に舐めた。ヤンの声が少し高くなって、窓から逃れたそれが、一体どこへ届くものか、目指す隣人には聞こえるのかどうか、ふたりともそんなことはもう忘れ切っている。
 ヤンは、そうするシェーンコップへ、礼でもするように柔らかい髪を撫で、耳朶や首筋にも指先を伸ばして来る。その指先に促され、シェーンコップはヤンから躯を離し、こちらをぼんやり見上げているヤンを、肩から引っ繰り返した。
 ヤンの、深海の底の底みたいな目が消えた。代わりに眼下に背中が広がり、それは、恐ろしいほど時間を掛けて丁寧に紡いだ布のように、触れるのも怖いような光沢で、シェーンコップの目を突き刺して来る。
 束の間それに見惚れ、動かないシェーンコップに焦れたヤンが、自分で持ち上げた腰を押し付けて来る。
 躯を繋げるよりも、ヤンの全身に自分の勃起をただこすりつけたいような気分になって、シェーンコップは次の動きを一瞬迷う。ヤンの背中も腿の裏も膝裏も、かすかに汗に濡れて光り、骨から削がれた魚の、まだ生きている時の弾力を残した身の、歯にこりこりと当たる、飲み込んでしまうのが惜しいような味が舌の上に蘇って、首の辺りへ噛みつきたいような気持ちになった。
 そうして、誘われるままに躯を沈めれば、魚になるのは今度はシェーンコップの方だ。熱くて昏いその中へ、果てしもなくもぐり込んでゆく。深海の闇のぶ厚さに、盲いた魚は手探り──魚には腕も手もないと言うのに──で進むしかなく、皮膚の皓さと髪の黒さが、ヤンの暗色の瞳の、白目の部分ときっかり分かれた眼球そのものを思わせて、その黒い瞳に指でも差し入れれば、きっと抵抗もなく飲み込まれて、自分はそこで消滅するのだとシェーンコップはふと考える。
 今、自分を飲み込んでいるヤンの、もうひとつの熱い暗闇の、奥へ奥へ誘われながら、シェーンコップは消え失せた自分の皮膚からヤンの中へ融け込んでゆく自分を感じている。
 どこまでが自分か、どこまでがヤンか、分からなくなりながら、躯はただ自然に穿つ動きを繰り返し、ヤンのかすかな声と呼吸の音に従って、シェーンコップは、出入りの刺激に腹の奥へじき熱がほとばしるのを予感した。
 まだだと、自分を引き止めて、躯の動きをゆるめながら、そっとヤンの背中へ自分の胸を重ねる。なめらかなそこへ触れると、自分の皮膚に浮いた汗の塩のざらつきが露わになって、ヤンの肌を傷つけないかとぎくりとする。
 体の重みを気にして、たたみについた手で全身を支えながら、そのシェーンコップの掌の下へ、ヤンが自分の手を滑り込ませて来る。重なり切らない体の代わりに、両の掌が潰し合うように重なって、シェーンコップは思わずヤンの手指を握り込み、そうして、少しだけ躯の動きを激しくした。
 揺れて、触れ合って、繋がったままになろうとする躯が、そうはできずに熱だけを混じり合わせる。
 果てて、躯が外れてもまだ離れがたくて、シェーンコップはヤンを抱きしめたままでいた。
 噛みつくように唇を重ねたのは、また満たされ切らない飢えのせいだったかもしれない。胃は満ちていても、別の渇きは残ったままだった。
 冬眠明けの動物みたいな自分の飢えの際限のなさを知っていて、シェーンコップはいつだってそれはそういうものだと諦めている。それを満たそうとしても、相手が先に音を上げる。例外はないと悟ったのは、まだもっと若い頃だった。物足りなさは自分の一部と思って、それを正そうと無理をするほど、それに対して情熱もなく、自分の底なし加減を見極めるつもりなどなかったのに、今ヤンを抱いて、ヤンの暗色の瞳の底のなさに、もしかしたらとふと思った。
 今である必要はないけれど、いずれと、自分の中でささやく声がする。
 この薄い、貧相な体が、そのなめらかな皮膚でシェーンコップのすべてを包み込んでくれるかもしれない、そう夢を見るのは自由なはずだ。
 ヤンの肩へ額をこすりつけると、ヤンの両手がシェーンコップの頭を抱え込んで来る。その手が汗に湿った髪を滑り、あごを包んだ。撫でるその指先が、シェーンコップのひげの固さで遊んでいるのが分かる。
 奇妙に幸せそうに、ヤンが顔の位置を落として来て、シェーンコップのあごへ頬をすりつけた。
 「痛いなあ。」
 のんびり言うその声に、甘い馴れ馴れしさを聞き取って、シェーンコップも同じように、不思議な親しみをこめた笑みをヤンへ送った。
 広げたシャツの上に横たえた体をまだ互いに離さず、窓から流れ込む微風に、熱い皮膚は撫でられるままだった。

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