YJ編、独身なのに団地妻なヤン提督と昼下がりの情事シェーンコップの、おバカダダ漏れエロ。

ゆですぎそうめんえれじぃ 26

 実際にホテル街に入り込むまでしばらく歩いた。
 近づくにつれ、酔っているのか妙に騒がしい若い服装の組み合わせや、残業の後にひっそりと言う風な誰からも顔を背けている組み合わせや、やや落とし気味の照明の薄闇に溶け込んだ影のような組み合わせや、手を繋いでいたり肩を組んでいたりあるいは数歩距離を置いて歩いていたり、互いをくっきりと周囲から区切っているくせに、これから向かう先ですることは同じと言う、奇妙な連帯感のような一体感のような、犯罪の共犯者と言うのはこんな気分になるものかと、学生の頃には思いもしなかったことを、シェーンコップはヤンの隣りを歩きながら考えている。
 悪いことをしているわけではなしと、顔は上げて、ヤンはさすがに物珍しさ丸出しにきょろきょろはしないものの、駅前とはまるで違う少し異様な雰囲気に気圧されたように、いつの間にか十数センチ、さらにシェーンコップへ近寄って歩いていた。
 「どこにします。」
 「全然分からないから君に任せるよ。知ってるとこある?」
 「知ってるかと言われても──最後に来た時のことも覚えてませんよ。」
 「その時誰と来たの。」
 「・・・そういう話は中に入ってからしましょう。」
 他意のある質問ではなかったのか、ああそうとヤンは黙り、見た目だけは清潔に、けれど隠微な薄暗さは隠さないある1軒に、シェーンコップは適当にヤンの背中を押して入った。
 できるだけベッドが広そうな部屋を選んで、宿泊の料金を払って部屋へ向かって進む。
 記憶にあるより──違うホテルの話だ──部屋は明るく、装飾の空疎な印象は変わらなくても、目的はそれただひとつと言った雰囲気は以前に比べればやわらいでいるように、シェーンコップには思えた。
 それに少し安心していると、ヤンは真っ直ぐベッドに向かって行って、飛び込むように腰を下ろす。
 「ベッド、広いね。」
 しわひとつなくメイキングされた上掛けの表面を、ちょっと愉快そうに撫でた。
 「まあそりゃ、ふたり用ですからね。」
 シェーンコップがひとりでも手足のはみ出すヤンのベッドに比べれば、どんなベッドだって広いだろうと思いながら、そっとヤンの隣りへ一緒に腰を下ろし、
 「シャワー、先に──。」
 「あ、うん、じゃあお先に。」
 手にしていた、飲み物の入ったビニール袋を放り出し、入って来たドア付近にある、バスルームへぽくぽく向かって行った。
 この部屋は幸い、浴室の壁がガラスで中が丸見えだとかそんな造りではなく、まあそんなのが楽しかったこともあったなと、シェーンコップはちょっと昔を思い出していた。
 ヤンの立てる水音を聞きながら、手持ち無沙汰にビニール袋を取り上げ、中から自分の分のはずのコーヒーを取り出し、もうそろそろ自動販売機のコーヒーも熱いのに変わる頃だなと、何となく次の工事のスケジュールのことを思い浮かべた。
 卓袱台もたたみもない、生活感のかけらもない部屋が何となく薄寒くて、たまにはこんな場所もいいだろうと思いながら、すっかりヤンの団地の部屋に馴染んでしまっている自分に気づく。
 手の中の冷たいコーヒーに、あそこの台所でヤンに熱い紅茶を淹れる時のことを思い出して、もう自分はこんな場所にわざわざ来たいとも思わなくなっていて、それは別に、憚りなくヤンのところへ通えるからだと言うだけではなく、ヤンの馴染み切った空気の中に、自分が思った以上にひたり切っているからだと言うことをシェーンコップに思い知らせて来る。
 ヤンが、ぶ厚いバスローブを埋もれるように着て、脱いだ服をぶら下げてバスルームから出て来た。
 シェーンコップは物思いを中断して腰を上げ、飲み掛けのコーヒーをサイドテーブルへ置き、ついでの上着のポケットからコンドームの箱を出してそこへ放って、今度は自分がバスルームへ向かう。
 まだ湯気の残る浴槽へさっさと入って、妙にいい匂いのするボディーソープを泡立てたところで、やっと気分が”ここでする”モードへ傾き始めた。
 世間から切り離された、非日常の空間。部屋に入り、ドアを閉めて、外へ出るまではすることはただひとつだ。そうめんを茹でるために沸かす湯はなく、ヤンの紅茶を淹れる湯もなく、ヤンが手放さない本もなく、伸ばした爪先でうっかり蹴飛ばす卓袱台の脚もない。
 そう言えば、ヤンの素肌をこすって赤くなるたたみを心配する必要もない。
 ここは、そんな心配をせずに、それだけに集中させてくれる場所だったなと、そうして初めて、さっき買ったコンドームの箱を意識した。
 ここの駅から始発は何時だろうなと、思いながらシェーンコップは、もう1枚のバスローブを羽織って外へ出る。
 出た途端に、耳に入って来る女の喘ぎ声と、ベッドの上にあぐらをかいて、ぼんやり発光するテレビの画面に向かっている、ちょっと放心した風のヤンの横顔。
 「あんたでも、そんなの見るんですか。」
 シェーンコップはちょっと驚いて、ヤンに声を掛けた。
 「見ないけど・・・テレビつけたら始まったから。」
 自分の服を、手近な椅子の上に置いて、シェーンコップはまたヤンの隣りへ腰を下ろす。
 画面で、若い女が盛大に喘いでいた。男の方は手足くらいしか見えない。
 「君はこういうの見る? 好き?」
 シェーンコップは無表情に首を振った。
 「最近はあんまり・・・。」
 ああそう、とあっさり言って、ヤンはテレビを消す。部屋から物音が失せて、シェーンコップは途端に照れ臭い気分に陥った。何もなくヤンと差し向かいになって、他にすることが何ひとつなく、もちろんそのためにここに来たのだと思って、そのことが不意に気恥ずかしくなる。
 ヤンが、あまりに突然するりとシェーンコップの日常に入り込んで来て、それを自分が許した不思議に今さら思い至って、壊れたと思っていたエアコンやらきこきこ首を振る扇風機やら声の少々大きい金魚飼いの隣人やら、そしてヤンに取られたままの自分のシャツの、すっかりそこにあるのが当たり前になってしまった薄茶の染みやら、目の前に見る自分の日常の風景に、もう取り込まれてしまっているそれらのことを思いながら、シェーンコップは自分に近づいて来るヤンの唇をちょっとぼんやり眺めていた。
 「しよう。」
 首にヤンの腕が巻きつき、そのまま押し倒された。
 いつもはするかと訊いて来るのに、今夜はさすがに、改めて確かめる必要もないせいか、ヤンがむやみに押し付けて来るだけの唇を少しずらして、きちんと重ね直しながらシェーンコップは体の位置を入れ替える。膝と一緒にローブの裾が割れ、ゆるく合わせただけの前はすぐに開いて来る。シェーンコップが出て来るのを待ちながら、買った紅茶を飲んだのか、ヤンの唇からその香りがした。
 シャワーで使ったボディーソープの匂いは、ヤンのところで使う石鹸とは当然香りが違う。それに戸惑いながら、シェーンコップは脱いだローブをベッドの外へ放り、そこで一瞬下にいるヤンへ目を凝らして、シーツの白さに目を突き刺されるように思った。
 今夜は、ヤンの膚を痛める心配だけはない。つい調子に乗って、シェーンコップはごしごし自分のあごをヤンの首筋にこすりつける。ヤンが喉の奥でくぐもった笑いを立て、そうしてゆるんだ唇をまたシェーンコップへかぶせて来る。
 ヤンを抱き込んで、その下でベッドがぎしぎし鳴った。シーツの感触も、ことさら清潔さを強調する風のローブのまだ引っ掛かったヤンの手足も、ベッドの脚が床をこする音も、何もかも初めてで、シェーンコップは調子が狂って先へ走ろうとする自分の指先を抑えるのに、少しだけ苦労した。
 そうする間に、ヤンのくすくす笑いは短く吐く息に変わり、それが間遠になると、喘ぎがいっそう深くなる。シェーンコップが、耳の後ろにあごをこすりつけてももう痛がる様子もなく、そうされているとも分からない風に、ヤンがぼんやりした視線をシェーンコップへ当てて来る。
 シェーンコップは、べたべたとヤンに触れた。指をいっぱいに伸ばし、日焼けの様子のまるきりない、それでもシーツの白さとはまた違うヤンの素肌のすみずみへ、ごつごつした掌を当てて、シェーンコップの手指の滑るごとにヤンの息が湿りを増してゆく。
 シェーンコップにしては珍しい手際の悪さで、ヤンから体を離さずに腕を伸ばし、コンドームの箱を取ろうとして、先に包装のフィルムを剥いでおかなかったことに気づく。思わず小さく舌打ちして、仕方なく体を起こした。
 どれもこれも、別に初めてと言うわけではないのに、ヤンとは初めてだと言うだけで奇妙に上ずっている自分を、今は笑い飛ばす余裕もなく、シェーンコップはヤンに背を向けてやっと取り出したコンドームを着け、その少し丸まった背中をヤンがつついて来るのを、肩越しに振り返った。
 とろんとした目と、早くと形だけ動く唇と、そうして、何だかいつもと調子が違うのは自分だけではないと悟ると、少しだけ気分が楽になった。自分を引き寄せようと、急かすヤンの腕に従って、シェーンコップはまたヤンの上へ戻り、ヤンの鼻先へまたあごをこすりつけてやる。ヤンが子どもみたいに笑って、シェーンコップへしがみついて来る。
 ベッドが、壊れそうにきしんだ。
 いつもより少し高いヤンの声に、さっきの、若い女のわざとらしい喘ぎ声を思い出して、シェーンコップはヤンの声ではなく自分の声を抑えるために、ヤンの唇を覆う。舌より先に歯列がぶつかり、けれど痛みに構うこともなく、繋げた躯を揺らして、息苦しくなったのかヤンがシェーンコップから顔を背け、塞がれていた声を無理に耐える代わりに、引き寄せた枕の端を噛む。合わせた歯がきりきり鳴り、鳥肌の立ちそうなその音を止めるために、シェーンコップは親指でヤンの唇を割ろうとした。
 ヤンの舌と歯が、シェーンコップの親指に触れて来る。血の巡りを妨げはせずに歯が立ち、指の腹と爪の際を、舌の先がなぞってゆく。ヤンの口の中は熱くて、そうして包まれているシェーンコップの指と、もうひとつの場所と、ヤンは明らかに自分が何をどうしているのか定かではない風に、ただ熱さと、押し込まれていっぱいに満たされている感覚で、脳の容量は限界のように見えた。
 限界なのは、実のところシェーンコップも同じだった。
 ヤンの様子を窺う余裕はないまま、思ったよりずっと早く果ててしまった自分を少し不様に感じながら、熱の一向に引かないヤンの内側が名残り惜しくて、シェーンコップはまだ躯を引かずにいる。
 重いよと、シェーンコップの下で体でもよじるかと思ったのに、ヤンはじっとしたまま動かずに、動きの止まった、今は呼吸に上下するだけのシェーンコップの背を撫でている。
 いつもならシェーンコップがそうするのを真似たように、ヤンは汗に湿ったシェーンコップの額と髪の生え際に、ねぎらいのために唇を滑らせる。
 そんなつもりはなく、ヤンの舌先が軽く触れて、シェーンコップの汗を舐め取った。そうされて、どくっと、シェーンコップの心臓が鳴った。
 繋がった躯を外さないまま、シェーンコップは不意に体を起こし、ヤンを抱き込んだ姿勢も変えずに、また奥へ入り込んだ。
 シェーンコップの動きに戸惑ったヤンが逃げる間も見つけられずに、力の抜けていた脚を泳がせる。そうして、その動きにつられて触れる角度の変わったヤンの内側で、これも馴染みのない位置で締め付けられる羽目になったシェーンコップは、思惑以上の刺激に、再び張りつめた輪郭を取り戻した。
 シェーンコップはみっともなく声を上げて、それでも躯の方はゆったりと構えたまま、抱き込んだヤンを再びゆっくり揺さぶり始めた。
 ヤンの声の調子が少し変わる。今はがむしゃらではなく進みながら、ヤンの様子を見下ろして、シェーンコップは自分のためではなくヤンのために動き、最初よりもやわらいでいるヤンの躯をそっと穿ち、ヤンの皮膚がまた赤らんで来ると、ヤンの下腹へも静かに手を伸ばした。
 内側に比べると、いつもよりも反応の鈍い気のするそれは、そう言えば酔った様子はなくてもヤンは飲んでいたのだとシェーンコップに思い出させて、それでも親指をぬるつく先端へ押し付けると、ヤンの声が甘ったるく耳に掛かって来る。
 シェーンコップが躯を引くと、ヤンの方がすがりつくように絡んで来て、そうと自覚もないらしい腰の揺れが、シェーンコップの下腹に伝わって来る。
 どこか開けっ放しみたいなヤンの反応に、シェーンコップの方が引きずられ気味に、手加減しようと言う理性は擦り切れつつあった。
 一体どこへ届いたのか、突然ヤンが高く叫んで、体を大きくねじった。腹から上は向こうを向き、放り出した両手でもうしわだらけのシーツを握り込んで、シェーンコップはこの辺かと、ヤンの声の調子を読み取りながらまた躯を進めると、今度は肩が大きく跳ねる。
 正確な場所へ落ち着くために、シェーンコップはヤンの片足を、肩の方へ持ち上げた。もう一方のヤンの腿をまたぐようにして、そうして、少し違う形に、さらに近く繋がった躯を、もっと深く押し込んで、ヤンが両腕の間に顔を隠して、思う存分叫ぶのを聞く。
 団地中に響くなと、その声を聞いて、ここがホテルの部屋で良かったと思う。思いながら、もっとと、シェーンコップはそそのかすように躯を動かした。
 唯一自由になるヤンの両腕が、シーツの上で波打ち続ける。魚のひれみたいに、ふわふわ浮いたり沈んだり、時々こっちに向かって来るのは、シェーンコップを止めたいのか、あるいは抱きしめたいのか、もがくように動く指先を眺めて、シェーンコップはわざとヤンへはそれ以上上体を近寄せずに、代わりに、意地悪く顔の傍に抱え上げたヤンの足を噛んだ。
 えぐれたような足首の骨の辺りや、小さくてシェーンコップなら噛みちぎってしまえそうな小指や、案外筋肉の固さを伝えて来るふくらはぎや、最後に土踏まずのゆるいアーチへ歯を食い込ませた時、部屋の壁が揺れるかと思うような声で、ヤンの黒い頭が枕を叩いた。
 空気に溺れて瀕死の魚みたいに、それきりぐったりと動かなくなって、シェーンコップはやっとヤンから躯を外し、やり過ぎたと早くも後悔しながら、ヤンの頬へ手を伸ばす。
 ひりひり喉が渇いて、そして腹の底がひどく熱かった。コンドームの後始末をしてから、シェーンコップはコンドームの箱の傍へあったビニール袋へ手を伸ばし、ヤンが買ったウーロン茶を取り出す。急いた風にふたを開け、少し苦い中身をごくごく飲んで、ひと口たっぷり口に含んで、まだ身じろぎしないヤンの方へ顔を伏せてゆく。
 半開きの呼吸の浅い唇は、強いて割ろうともしなくても、シェーンコップの唇が触れた途端開いて、流れ込んで来るぬるい液体をさっさと飲み干し、濡れたシェーンコップの唇を舐めさえした。
 「もっと。」
 案外しっかりした声が言うのは、唇のことだったのか水分のことだったのか、シェーンコップは分からないまま、ウーロン茶の大きなペットボトルを差し出してやった。
 体を起こして喉をそらして音を立てて飲むのに、骨張った首によく目立つ喉仏の上下するのへ、シェーンコップはちょっとまぶしげに目を細め、やっと生き返ったと言わんばかりのヤンからそれを取り上げて、さっきの荒々しさとは真逆に、長い腕の中にそっとヤンを抱き寄せる。
 シェーンコップが触れると、そこから萎えた力を取り戻しでもするように、ヤンは自分からシェーンコップへ腕を巻きつけて来て、そうして、取ったシェーンコップの手を自分の下肢へ引き寄せてゆく。
 ヤンが自分から開いた両腿の、内側をなぞってから、シェーンコップは求められた位置に自分の掌を置いた。
 指先で強弱をつけて、あらゆる輪郭をたどって、時折触れる膨れ上がった血管を見失うまで追い掛けて、そうしながらシェーンコップはヤンの首筋や後ろ髪や耳を噛んで、ヤンが終わるまで根気良く手指を使った。
 さっきまで自分のいた、ひそやかなヤンの深奥へ、迷った振りで指先を浅く沈ませて、そうしてまた欲深くヤンが躯を揺らし始めるのに、シェーンコップの方が指では足りなくなって来る。
 ヤンは首をねじり、シェーンコップの唇を探しにやって来て、届かずに伸ばす舌を、シェーンコップも差し出した舌先ですくい取った。
 唇の内側も舌の奥も、ヤンの躯の流線もその奥も、何もかもまだ沸騰したままだ。足りないと思い続ける自分に驚いて、それを止められずに、シェーンコップはヤンの躯を自分の下へ引きずり込むと、ヤンの開いた両脚の間に大きな体を縮め込む。
 水でも飲むみたいにヤンを飲み込んで、喉の奥で、舐めた。
 ぬるつくのが、ヤンのそれか自分の唾液か分からず、ヤンが背中を反り返らせるのを、腰を抱え込んで離さずに、シェーンコップはそうしてヤンを食む。
 串から焼いた肉を噛み取っていたヤンの、脂に濡れた唇を思い出し、それを正面から見ながら、ヤンに食われる自分を想像していたことを突然思い出す。
 皮膚も汗も混ぜ合わせて、手足の境界など今はものともせずに、融かし切った躯を互いにすすり合って、内臓から血肉へ変わる互いの、体液やら何やら、ヤンにもっと肉を食えと言いながら、ヤンの肉を食らいたいのは自分の方かと、シェーンコップは内心で呆れている。
 肉を頬張るヤンの、その開いた口の中の、緋く熱を孕んだ粘膜に、噛み切った肉片がこすれる様の、それで一体自分が何を考えていたのか、思い出しながらシェーンコップはまた兆していた。
 熱い躯を粘膜に包んでこすり上げて、ようやくヤンが吐いたそれをさすがにすぐには飲み込めずに、シェーンコップはこぼさないように用心しながら唇を外した。
 「え、飲むの。」
 吐き出さないシェーンコップに驚いて、ヤンが黒い目を見開いてから眉を寄せる。
 唇を拭ったシェーンコップへ、なぜか怒ったような表情を浮かべて、ヤンは普段にない素早い動きでウーロン茶のペットボトルを取り上げると、中身を口に含んでからシェーンコップへ飛びついて来た。
 強引に合わせた唇から差し入れる舌と一緒に、ウーロン茶が苦くシェーンコップの口の中に流れ込んで来る。きちんとは重ならない唇の間からたらたらと液体がこぼれて、それでもシェーンコップの口の中を、洗い流しはしてくれた。
 ごくっと、喉を鳴らすと、まつ毛の触れ合いそうな近さでヤンがシェーンコップを覗き込んでいて、ウーロン茶で濡れた唇を舐め、濡れたひげのあごを舐め、喉を舐め、垂れたウーロン茶の跡をたどってすべて舐め取ってゆく。
 下腹へたどり着いたのは、ヤンの手指の方が先だった。
 確かに果てたはずなのに、まだ物足りないと形を保っているシェーンコップのそれへ両手を添えて、今度はヤンがそこへ顔を伏せてゆく。
 放っておけばじきにおさまると、そう思っていたのに、ヤンの頬裏の熱さに触れて、それはますます質量を増し、とは言え、熱さと柔らかさ以外には巧く刺激もできないヤンの口の中で、中途半端に熱は上がるばかりだった。
 舌の先が、ごつごつと走る血管に、時々引っ掛かって止まる。口の中ではあごが疲れるのか、外した唇と舌を、見せつけるように裏の方へ添わせて、それ越しにシェーンコップを見上げて来る。唾液の濡れた感触よりも、ヤンのその視線の方がシェーンコップには刺激的だった。
 舌と唇が何往復かして、改めて口の中に戻り、喉をうまくは開けずに、そこまでしてヤンもこれはきりがないと悟ったのか、やっとそこから顔を上げた。
 ヤンが必死に口を使うのを、眺めているだけでも十分だったけれど、それはそれとして生殺しの状態が終わったのに安堵して、シェーンコップはさてこれをどうするかと、ねぎらうようにヤンの唇の辺りを撫でながら考えている。
 「コンドーム着けて。」
 ヤンが短く言う。自分の腿を撫でているヤンに素直に従って、シェーンコップは横たわったまま、言われた通りにした。
 ヤンの手が、またそこへ伸びて来る。どうするのかと見ていると、ヤンはシェーンコップの腰をまたぎ、手を添えて、上から躯を繋げようとして来る。
 「無理は──」
 しなくていいと、続けようとして、少し強くヤンに握り込まれて、シェーンコップは口を閉じた。
 自重で脚の開かれるのがすでに辛いのか、ヤンは眉を寄せて、それでも何とかシェーンコップに躯を添わせて来て、潤滑ゼリーでぬるぬる滑るコンドームに覆われたそれを、指先で先導する。
 すでに一度、正確には2回分開かれているヤンの躯は、きしみながらもシェーンコップを受け入れて、ヤンは肩を喘がせながらシェーンコップの上腰を落としてゆく。
 シェーンコップはさり気なく体をずらしてヤンへ合わせながら、ヤンのペースを乱さないように、ただ下からじっと見守った。
 シェーンコップの腹に置いたヤンの手が、かすかに震えている。無理はしなくていいと、その手首を掴んで言おうかどうか迷って、ヤンがはあっと息を吐いたのに、何もかも紛れてしまった。
 丸めていた背を伸ばして、ヤンがゆっくりと、手探りの動きを始める。こうかと、シェーンコップを下目に見て来るのに、薄い腰に両手を添えて支えて、シェーンコップはただヤンの動きと自分の呼吸を合わせようとした。
 リズムもへったくれもない、ただむやみに動こうとして、ヤンが何度もバランスを崩すのに、こういうことにも慣れとセンスと言うのがあるものだと、シェーンコップは久しぶりに思い出している。
 不思議と、だったら俺が教えてやると言う気持ちにはならず、こうやって互いに互いのことを学んでゆくのだと、ヤンとはまだ馴染んでいない触れ合い方に、シェーンコップも何となく無我夢中で自分の躯を添わせて行きながら、少しずつふたりの動きが合って、ヤンの声の調子の変わる瞬間を聞き逃すまいと耳をそばだてる。
 丸まっていた肩が広がり、シェーンコップが支えているからか、ヤンは次第に背を反らして、いつの間にか自分が動いているつもりでシェーンコップが動くのに躯を揺すり上げられていた。
 胸も脚も開いて、シェーンコップから何もかも丸見えなのも覚えがないように、ヤンのそこもまたゆるく勃ち上がっている。
 きしんでいたヤンの躯は、今はなめらかにシェーンコップを飲み込んで、体の重みでいつもより深く繋がるのに、ヤンの喉が何度か伸びて声が割れた。
 反った体は、薄い腹筋の線を露わにして、荒い呼吸にそれが大きく動いている。
 ヤンが不慣れ過ぎて、シェーンコップを最後まで導くことはできずに、1キロ走った後みたいに息を切らしてシェーンコップの上へ倒れ込んで来た。
 姿勢を変えていいかとシェーンコップが真っ赤な耳元に訊くと、ぼんやりうんうんうなずいたから、シェーンコップはそっとヤンを抱えて体の位置を入れ替え、投げ出されたヤンの手足を右や左に置き換えて、一度するりと躯を外し、うつ伏せにしたヤンの背に改めて重なってゆく。
 悲鳴みたいに上がった声の底は、その割にただ甘ったるく響き、シェーンコップが後ろから押し込むと、躯は柔らかく受け止めて来る。平たく伸びたヤンの、胸の前へ腕を回して、シェーンコップは空いた方の手でヤンの腿の辺りを撫でながら、ヤンの耳朶を噛んで舐めた。
 探るヤンの内側が、底なしにシェーンコップを飲み込んで来る。うわばみなのは酒だけではないと、初めて知りながら、酔っているのは今はシェーンコップの方だった。
 ヤンから熱を移されて、進んだ後に引くのが惜しくて、ヤンへ送る波の間がつい短くなる。ヤンは良くはないのだと、今では声の調子に聞き取れるシェーンコップは、ヤンのうなじへ歯を立てながら、性急になる自分を抑えた。
 そうして、どこかへ届いたのか、聞きたかったヤンの声をやっと聞き、シェーンコップはそのリズムを保とうとした。
 隙間なく合わせた背中と胸が、汗で滑る。今ではベッドのきしむ音よりもヤンの声の方が大きく、嵐の後みたいに、床に落ちた上掛けや放り出したローブやベッドから外れそうになっているシーツで、部屋の中は乱れ切っている。
 同じくらいふたりとも乱れて、頭の中を蜜色の靄で満たされながら、自分たちの手足がどんな風に絡まっているのか、引き寄せたのが一体自分の腕だったのかどうか分からず、ヤンはシェーンコップの腕にぎりぎり歯を立てて、どうして痛くないんだろうと考えている。シェーンコップは、ヤンが噛んでいるのは自分の腕だと伝えるために、もう一度ヤンのうなじを少し強く噛んだ。
 上がる熱に際限はないように、シェーンコップはヤンに融かされて、ヤンが立てた声に震えた皮膚の内側のうねりに、やっと負ける気になった。
 届いた最奥へ白く吐き出して、最後にもう一度、シェーンコップの下でヤンの躯がひくりと跳ねる。それきり、息も止まったように動かない。
 シェーンコップはそっとヤンから離れ、動けないらしいヤンの体を、ベッドの端にずり落ちた毛布を引き上げて覆う。
 ふたりで一緒に散々暴れて、体中べたべただった。このまま少し眠るにせよ、シャワーで汗くらい流したいと思って、シェーンコップはヤンの肩をつつく。
 「シャワー、浴びますか。」
 「・・・動けないよ。」
 ヤンのかすれた声が、半ばはシーツに吸い取られながら、やっとシェーンコップの耳に届いた。
 「シャワーは、いい。」
 言いながら体を返して来て、シェーンコップの腕を引く。どこにも行くなと引き止められているのだと悟って、シェーンコップはシャワーを諦め、ヤンの隣りへ体を横たえた。
 毛布の中へもぐり込み、額をくっつけ合うように体を寄せると、ヤンがすぐにシェーンコップの肩口へ頭を埋め込んで来る。
 そこから首筋へ唇を押し当てて、あごを滑り上がった後で、小鳥がついばむように唇を触れ合わせて来た。
 「寝る?」
 シェーンコップはちょっと呆れたと言う表情をわざとらしく浮かべて見せてから、ゆっくりとうなずいて見せる。続けて、ヤンがまた口を開いた。
 「・・・目が覚めたらまたする?」
 「あんたに殺されそうですね・・・。」
 「それはわたしの台詞じゃないかなあ。」
 どの口が言うかと、シェーンコップは思った。
 有無を言わせずヤンを抱き寄せて、もう動けないようにする。
 「寝ましょう。」
 そうされると、ヤンはおとなしくシェーンコップの腕の中に収まり、しばらくしてぼそりと言った。
 「・・・あったかいね。」
 部屋の中は寒くはなかった。けれど汗が冷え始めて、体の熱が下がったのかもしれない。シェーンコップはもう少し腕の輪を縮め、それから、音を立ててヤンの髪に口づけた。
 今年の冬はどんな寒さだろうと、ふと思って、あまり寒くはなさそうだと根拠もなく思う。
 ヤンを抱きしめて、あの団地の部屋の居間で、ヤンが自分の上で動いている夢を見て、けれど目覚めた時にはもう覚えていなかった。

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