パラレルコプヤン。天涯孤独のヤン少年の異種同種恋愛譚。ヤンと獣。
* リアル獣姦展開含 *

変化たちの森 19

 父親の部屋に移るとか、父親の使っていたベッドを自分のベッドと取り替えるとか、考えてはいても実行しないまま、ヤンは相変わらず狭いベッドをワルターと分け合っていて、シングルベッドに、ヤンとそれほど大きさの変わらないワルターと一緒に寝るのは、窮屈を通り越して時々拷問のようになる。
 それでも、秋も深まるとベッドの中のぬくもりには替え難く、シーツもカバーもワルターの毛だらけになるのに耐えながら、ヤンは毎晩ワルターに抱きついて眠っている。
 一緒にいると安心するのはお互いさまなのか、どちらが先に眠りに落ちたと常に定かではなくて、ワルターの寝息を子守唄に寝入っているつもりのヤンは、もしかするとワルターも同じことを考えているのかもしれないと、訊いて確かめることもできずに、今夜もゆっくりと上下するワルターの腹へ腕を置いて、ワルターの背中に額をこすりつけるようにしながら、もううとうとと微睡み始めていた。
 ワルターが身じろぎすると、首輪の金具が小さく音を立てる。名札と、正式の登録証の札が触れ合う音。それを耳にするたび、ヤンは自分がきちんとワルターの飼い主──そして家族──であることを思って、ひとりひそかに胸を張る。
 無責任なことはしていないと、そう思っているうちに、すっかり眠りに落ちていた。
 ワルターの毛並みは、それほど粗くはないけれど、元々が太くて硬く、毛並みに逆らって撫でると指の腹に突き立って来るように感じられる。
 暇を見つけてはブラシを掛けて毛並みをきれいにして、秋の早い時期に風呂に入れて洗ってやるべきだったなと、もう冬もそこまで来ている今、ヤンは少し後悔している。
 でも、暖房が入ってる間の方が、部屋の中はあったかくていいかもなあと、思いながらブラシを掛ける手を止めず、ヤンはワルターがブラッシングに飽きないように、時々もう一方の腕を伸ばして耳の後ろやあごの下をかいてやった。
 ワルターはヤンの方へ首を振り向け、はっきりと笑顔を浮かべた。
 人間以外の動物に、こんなに分かりやすい表情があるとヤンは知らず、ワルターにつられてヤンも微笑むと、ブラシを置いて、いつものようにワルターを抱きしめた。
 ヤンの開いた両足の間に背中を預けるようにして、ワルターはじっと動かずに、ヤンが少し伸び上がって首筋と首筋をこすりつけるようにすると、上体だけをひねって、ヤンの方へ振り向いて来て、ヤンの顔を舐めた。
 大きな濡れた舌が、頬や額や唇や首筋を、ところ構わず舐めて来る。
 そのうちワルターは、がふがふ言いながら全身をくるりとヤンの方へ向けて、前足をヤンの肩へ掛け、全身の重みで乗り掛かって来た。押されてヤンは後ろに倒れ、自分の上にかぶさったワルターの大きな体を構わずに抱いて、首と首が重なると、大きく脈打つ血管の震えが皮膚と毛並みに一緒に伝わって来た。
 あったかいなと、ヤンは目を細め、瞬きもせずに灰褐色の瞳がじっと自分を見つめて来るのに、その耳元まで開く大きな口が、自分にも分かる言葉を発してくれたら、あるいはワルターの声を、自分がきちんと理解できたらと、思いながらそれぞれの手の中に大きな耳を握り込む。
 ぴんと立った耳をたたんで、わざとそうして耳を塞ぐようにすると、くすぐったいのかワルターは首を振り、ヤンにもお返しにか、同じことをしようと爪のある前足のそれぞれで、ヤンの耳を覆いに来る。
 ざらついた硬い肉球が、そこは皮膚の薄く柔らかい、ヤンの耳の後ろに触れ、前足が動くと爪が走り、少し痛んだ。
 「痛いよワルター。」
 笑いながら言うと、上でワルターが、長い舌をだらりと垂らしてはっはっと荒い息を吐いている。
 そろそろ爪も切らなきゃなあと、ヤンは思いながら喉を伸ばし、急所の首をワルターの牙の前にこんな風に晒す危険など考えもせず、ワルターがそこへ、舐めるために鼻先を近づけて来るのに、まるで誘うように目を閉じた。
 ふと、耳朶に触れたそれが、ワルターの前足ではなく人間の手指の感触になり、驚いて目を開けると、ヤンの目の前にラップがいた。
 ラップの柔らかい指の腹がヤンの耳朶に触れて、指先を追うように、唇が落ちて来た。ヤンは床に放り出していた両腕をラップの背中に回し、自分が森で出会ったのは、ワルターだったのかラップだったのか、どちらだったのか思い出そうとする。
 足の怪我は、とヤンは訊いた。もう治ったよと、ヤンの鎖骨へ顔の位置をずらしながらラップが答える。そうか、そうだったなとヤンはつぶやいた。
 なめらかな人の膚。何の隔てもなく重なる皮膚。同じ体温。ヤンが何か言うと、理解できる言葉が返って来る。
 どこに触れても、傷などないラップの体に、ヤンは思う存分掌と指を伸ばし、脇腹から腿の裏側へ移りながらその脚を自分の方へ引き寄せて、ヤンは体の位置を入れ替えた。
 下になったラップの両頬へ手を添えて、ヤンは金色の髪の散ったその額へ、自分の額を重ねる。ごしごしこすり合わせるようにして、さりさり前髪が絡んで音を立てるのに、ああこれは確かにラップだと、ヤンは安心したように息を吐く。
 半開きの唇が触れ合って、ラップはヤンの首に腕を巻きながら体を起こして来た。向かい合う形に床に坐り込んで、脚が絡み合い、胸と肩がこすれ合い、腕が肩や背中を走り、ヤンがラップを呼ぶと、きちんとラップの声がヤンを呼び返す。
 ラップの汗の湿りがヤンの掌に心地好く、するする動くラップの手指が、ヤンの皮膚に見えない手型を残してゆく。ヤンは動き回るラップの手を取り、そっと自分たちの両脚の間へ導いた。
 こんな風に触れ合って、そうならないはずもなく、勃ち上がったそれを一緒に握り込んで、後は忙しなく唇の中で舌も一緒に絡み合う。
 息継ぎのためのように唇が離れると、必ず唾液が細く糸を引いた。それが切れる前にまた舌が先に触れ、濡れた音が、絡み合った指の間で聞こえるのか、それともふたりの唇の間からなのか、次第に速度と激しさを増す手指の動きの合間に、浅い喘ぎが挿し込まれて、息苦しさにラップが伸ばした喉へ、ヤンは思わず牙を立てるように噛みついていた。
 掌の中に果てた感触は、ラップだったのかヤンだったのか、大きく脈打つ動きが肩まで伝わったと思った時、ヤンはベッドの中で跳ねるように目覚めていた。
 一瞬、目の前の背中が、裸の人のものではないことに合点が行かず、毛布からはみ出している四つ足の、黒い影を認めてから、ヤンは一緒に寝ているのがラップではないことを思い出した。
 そっと体を起こすと、勃起がまだ治まっていないことに気づいて、ヤンは何となくワルターの傍らにこのままいることができず、ワルターを起こさないように気をつけながらベッドを出る。
 狭いベッドはこういう時に不便だと、八つ当たりのように考えながら、バスルームへ行ってしっかりとドアを閉めると、シャワーの下へ飛び込んだ。
 自分の肩や腕に、ラップの手の跡が残ってはいないかと、間違いなくただの夢だった感触を思い出しながら、その頼りない記憶を頼りに、自分の勃起に触れ、こすり上げる。ラップが触れたように、自分に触れる。
 人の手指。柔らかな指の腹。平たい爪。夢の中で、ラップがどんな声で自分を呼んだか、もう二度と現実には聞くことのできないその響きを、ヤンは必死で脳の襞に刻みつけようとする。ヤンの名前の形に動く唇。その奥で、一緒に動く舌。
 手指を動かしながら、ヤンはラップを呼んだ。返事はないと分かっていても、シャワーの音に紛れて、タイルの壁に反射する自分の声がどこかに届くことを祈って、ヤンはラップを呼び続けた。
 自慰の時とは違う虚脱感。ヤンは浴槽の中に手足を投げ出して、それがひとり分しかないことを、何度も何度も眺めて確かめて、泣きたい気持ちが喉の奥へせり上がって来るのに、泣くには至らないことを、ラップに対してすまないと思った。
 ごめん。
 あんな風に、久しぶりに会えたのに、あのまま一緒に行ってしまいたかったとか、あのまま覚めなければよかったとか、そう思う気持ちは確かにあっても、そうなっては困ると、現実的に考える自分がいる。
 ごめん、まだ一緒には行けない。
 ラップが、確実に遠ざかっている。一緒にいたい気持ちは同じだ。けれど、本気でそれを求める気持ちは、確かに薄らいでいる。
 ごめんラップ。またヤンは思った。
 好きだよ。でも、まだ行けない。
 ラップを、自分の家族には選べない。ヤンの家族は、今はワルターだから。ヤンが今一緒にいるべきなのはワルターだから。
 自分のベッドを、我が物顔で半分占領する、四つ足の獣。物を掴む指先のない、鋭く伸びる爪を始終気にしなければならない、あの獣。人肌とは似ても似つかない毛並みの、生き物。ヤンが喉を伸ばせば鼻先を寄せて来て、匂いを移し合おうと自分の首筋をこすりつけて来る、あの生き物。
 自分の血はきっと、他の人たちのそれよりも薄いのだろう。だからその分、ワルターの、あの温度の高い血がちょうど良いのだろう。
 ひどく冷静に、自分を薄情だとか冷血だとか思いながら、ヤンは下着だけを着けて、脱いだパジャマは手にしたままバスルームを出た。
 部屋に戻ると、ワルターは床に坐ってヤンを待っていて、違う形に盛り上がった毛布の抜け殻が、ベッドの上に巣穴のように残っていた。
 「別に起きて来なくてもよかったのに。」
 ヤンはバスルームからの表情を苦笑で覆い隠し、いつものようにワルターを正面から抱きしめる。裸の腕や肩にちくちくとワルターの毛並みが刺さり、その小さな痛みが今はちょうどいい気がして、ヤンはパジャマをそこに放ったまま、ワルターを促してベッドに戻った。
 水で洗い流されてしまった匂いを気にするのか、ワルターはベッドに入ると、下着姿のヤンに全身をこすりつけようと毛布の間で騒々しく動き回る。
 「もう寝ようよワルター。」
 起き出してしまった自分が悪いのだけれど、ヤンはワルターを落ち着かせようと頭を撫でたり抱き寄せたりしながら、自分もワルターへ裸の皮膚を精一杯こすりつけた。
 じきに、ワルターの匂いがヤンへ移り、それに安心したように、ワルターはヤンの胸に額を当ててやっとおとなしくなった。
 ヤンのざわめいていた胸も今は鎮まって、抱き寄せるワルターへラップが重なって、それでもラップと間違えるはずのない感触に、ヤンは今胃まで絞り出すようなため息をこぼして、感謝していた。
 剥き出しの脚の間にワルターを挟み込むようにして、素肌に触れる硬くてあたたかい毛並みに、再び眠るために目を閉じる。
 ヤンの目尻に、かすかに涙が光った。

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