パラレルコプヤン。天涯孤独のヤン少年の異種同種恋愛譚。ヤンと獣。
* リアル獣姦展開含 *

変化たちの森 21

 進まない書き物の方は相変わらず進まないまま、それでも捨てたページ分くらいはやっと書き直して、深夜過ぎにヤンはベッドへ入った。
 ヤンが自分の部屋へ行くと、もちろんワルターは一緒について来て、ヤンが先にベッドに入って毛布を持ち上げて場所を作ってくれるのを待つ。同じ毛布の下に体を並べて、ふたりはそうやって一緒に眠る。
 今夜は、ワルターの体からシャンプーの匂いがして、ワルターはそれが気に入らないらしく、しきりにヤンへ自分の体をこすりつけて来る。
 狭いベッドの中で騒ぎはなかなか収まらず、ヤンは枕を床に落とされそうになったり、自分が一緒に落ちそうになったりしながら、何度も何度もワルターの頭を撫で、体を軽く叩き、落ち着けと小さくささやいて、四つ足の生きものを寝かしつけようとしていた。
 ワルターが目の前で首を振り、ぱたぱたと大きな耳が頬に当たる。耳の付け根はあたたかいのに、耳の先は冷たい。ヤンはそれに唇を押し当てて、時々噛む素振りで口の中へ入れたりしながら、洗ったせいで少しふかふかの毛並みへ、何度も頬を滑らせてシャンプーの香りに目を細めた。
 毛布の中で、突然ワルターが立ち上がり、ヤンの上へのし掛かって来る。ヤンは抗わずにワルターの下へ体を伸ばし、大きな前足が肩を押すのに従って、ワルターに背中を向けた。
 パジャマの襟をワルターが軽く噛んで来る。ヤンは枕の上に顔を伏せ、枕の端を両手で掴んで、そこにごしごし額をこすりつけた。
 ワルターが体の重みを落として来て、それから、ヤンを後ろ足で何度も踏み、戸惑う風にそれでも体の位置を定めて、その間にヤンのうなじを噛み続ける。
 じきにパジャマの襟はぐっしょりと唾液で濡れ、その冷たさと、ワルターの吐く息の熱さに交互に襲われて、ヤンは声を出さずに繰り返し身震いした。
 ワルターにうなじを噛まれるたび、ヤンは枕を噛む。ワルターが立てる牙の強さの何倍も、きりきりと生地へ歯列を食い込ませ、背中に乗る重みと熱さと、そうして、今でははっきりとワルターが自分に躯をこすりつけて来るのに、手助けするように脚を軽く開いて、パジャマ越しに触れて来るワルターの輪郭を感じながら、ヤンはそれの先端の鋭い形がパジャマを切り裂かないかと、ありえない心配をしていた。
 ヤンの手指よりはましなのか、人間の皮膚とは違う、それでも繊細さには変わりのなさそうな濃い紅色のそれは、不器用に強弱をつけながらヤンのパジャマに触れて、ヤンがする自慰とはまったく違う摩擦の動きで、時々滑り損ねてヤンの薄い肉へ先端が突き立つと痛むのかどうか、ワルターはその時は少し情けない声で鳴いて、また飽きずにヤンのうなじを噛んだ。
 獣の交尾の形は、ヤンが知っている人間のそれ──ラップとジェシカとの──とは違い、真っ直ぐに射精を目指して、目的はただひとつ生殖なのだろうけれど、自分相手ではそれはまったくの無意味だと獣の本能は教えないのかと、ヤンはワルターの下で自分も知らず喘ぎながら考えていた。
 ワルターに、無駄だよと教えるべきかどうか、他に仲間もいず、それなら交尾の相手もいるはずもないワルターが、これからずっと発情を持て余して過ごすのを可哀想に思って、ヤンはじっとワルターが終わるのを待った。
 ヤンにはラップがいた。自分のそれを、発情期と思ったことはなかったけれど、ラップに触れたい気持ちを重ねれば、ワルターが今必死に自分の上で動いているのがそれと同じだと理解はできて、ヤンはただ、これも良い飼い主の義務なのだと心の中でつぶやいている。
 ワルターの体の重み、熱さ、首筋に掛かる息の湿り、触れる形は違っても、ヤンには覚えがあるそれ。抱きしめるだけでは足りなかったのは自分の方なのだと、枕を噛みながら気づくのに、ヤンは知らん振りをする。
 ワルターと、噛んだ歯列の間で小さく呼び、そのかすかな声が聞こえたのかどうか、首の後ろでワルターも小さく吠えた。
 生身ではない触れ方にもどかしげに、ワルターは前足でヤンのパジャマの背中を引っかき、何とか素肌を晒そうとして果たせずに、ヤンもそれに気づいてもワルターのためにパジャマを脱ごうとはしなかった。
 ようやく、ワルターが細かく躯を震わせて、ヤンのパジャマの腿の辺りへ射精する。ワルターはヤンの上で背をやや丸め気味に、その辺りが失禁でもしたように濡れたのを、不思議と不快には思わずに、ヤンはすぐには動かずにワルターが遠のくのをじっと待った。
 最後にもう一度うなじを噛み、やっとヤンの上から下りたワルターは、ずれ切った毛布をさらに蹴散らすように狭いベッドの上でごそごそと動き回り、射精の感覚に慣れないせいなのか、自分の体とヤンを不思議そうに交互に見る。
 ヤンは、あやすようにそんなワルターの頭を腕を伸ばして撫で、それからシーツを汚さないようにベッドから降りると、その場で汚れたパジャマを脱いだ。
 ワルターは後始末に、自分の体を舐め始めていた。
 うなじが痛む。掌を当てると、後ろ髪も濡れているのが分かる。
 ヤンは脱いだパジャマを手にバスルームへ行き、明かりの下で襟元の傷み具合を調べると、牙のせいで穴だらけになり、そこからすでに生地が裂け掛けているのが見え、ズボンの方も今すぐ洗う気にならずに、両方とも空の浴槽の中に投げ込んだ。
 明日見たら、多分そのまま捨ててしまうだろうなと思いながら、下着姿で部屋に戻る。
 終わってしまえば落ち着くのか、ワルターはもうおとなしくベッドの上でヤンを待っていて、ヤンはワルターを一度床に追い出し、のろのろと毛布と枕を整え直した。
 毛布の中にはまだシャンプーの香りが残り、けれど今は別の匂いもそれに混じって、それに安心するのか、ワルターは子どものようにヤンの胸に頭を押し付けて、さっきまでの騒々しさなどすっかり忘れたように、ひとりさっさと眠る姿勢に入る。
 ヤンはワルターを正面から抱いて、素肌に触れる毛並みのぬくもりに、中途半端にかき立てられた何かを持て余していた。
 ワルターの、薄い柔らかい耳に触れ、冷たい鼻先へ意地悪するように指先を押し付け、互いに、求めるものは得られないまま、それでも離れがたい気持ちでベッドを分け合って、狭さを口実に触れ合う近さで一緒に眠る。
 ワルターの寝息を聞きながら、ヤンはワルターの体のあちこちを撫で、そうして、ゆっくりと兆して来る自分のそれへ、そっと取ったワルターの後ろ足──偶然、怪我をしていた方だ──をあてがった。
 ゆるく始まった勃起に、下着の生地越しにワルターの大きな肉球の丸みが触れ、ヤンはワルターを起こさないように自分の掌もそこへ重ねて、短い息の終わりを切り上げるようにしながら、明らかに足りない強さでこすり上げる動きを始める。
 ワルターがヤンにそうしたように、ワルターの体のどこかへ、剥き出しの勃起をこすりつけたい気持ちになっても、今夜はワルターに素肌を晒さなかった罪悪感で、ヤンは下着越しのもどかしい刺激に耐えた。
 息を殺しながら、具体的に思い浮かぶのは昼間見たワルターの性器と、何度も触れてまだ掌が覚えているラップの勃起の感触だった。少し違う体温と形、自分への触れ方も違ったそれを、ヤンは両方一緒に思い出して、どちらがどちらと混じり合っても案外頭の中では区別のつくそれらが、それでも手の動きが少し激しくなると、ヤンの頭蓋骨の中でぐちゃぐちゃに混じり、ふとワルターの足の先がずれると、その爪で傷つけられる自分の性器を想像して、ヤンの気持ちが一瞬だけ正気に戻る。
 自分の勃起が、一体何に向かって起こっているのか混乱しながら、ヤンは手を止めず、触れさせたままのワルターの足を遠ざけることもせず、時々軽く握るワルターの足のふわふわとした毛並みに目を細めて、自分の視線の先に、ラップの面影を混ぜ込んでもみる。
 ラップと分け合った秘密が、ワルターへスライドしてゆく。すでに終わっているワルターの勃起を、ヤンはふと恋しく思って、見慣れた自分たちのそれとは違う形の、あの驚くほど紅かった性器の、生々しい熱さを素肌に手繰り寄せたい気持ちになった。
 ただ本能でそうするワルターは、できる相手なら誰でも良かったのだろう。ヤンである必要はなく、外に仲間がいるなら、そこからつがいの相手を選ぶはずだった。ここにヤンとふたりきりで閉じ込められ、そうする相手はヤンしかなく、ワルターにとって、それはただそうだと言うだけのことだ。
 明確に、ラップを相手に選んだヤンと、ヤンを相手に選んでくれたラップと、そんな自分たちとは違うのだと、ヤンはワルターのことを考える。本能で発情し、本能で交尾する。誰と交尾をすべきなのか、本能が教えてくれる。つがう相手よりも、交尾と言う事態がより大切と言うのは、動物の本能に違いなかった。
 おれたちだって動物だけど。
 自分も発情しているのだろうか、とヤンは思いながら、ついワルターの足へ自分の勃起を押し付け、射精さえできれば、相手も場所もどこでもいいのかもしれないと、案外いい加減な雄の本性を自分もさらけ出して、そのことへの罰のように、射精の瞬間に下唇を血の出るほど強く噛んだ。
 射精の後の虚脱感の中に、"正しい"つがいの相手をワルターに選ばせない自分へ向かう自己嫌悪が混じる。ワルターをこんなところに閉じ込めずに、あのまま放してやっていれば、ワルターはいずれ自分のつがいを見つけて、子どもを作るために交尾ができたのだろう。
 交尾の真似事をヤン相手にする必要もなく、"正しい"相手ときちんとつがって、自分の家族を作れたのかもしれない。
 生き物すべてが交尾にたどり着けるわけではなく、誰もが必ず子孫を残せるわけでもないと、まだ幼いヤンには分からず、自分が恐らく間違いなく子孫など残せない側の生き物だとすでに自覚しているくせに、ワルターもそうかもしれないとは思いつけない自分の想像力のなさにはまた思い至れない。
 互いに、少しずれた本能とやらが、環境がそうさせたせいかどうか、こんな風に繋がってしまった運命だと結論できないヤンの妙な現実主義は、フィクションの世界をもっぱらにしているにも関わらずではなく、しているからこそ成長の遅いままのヤンの、未成熟で、識っていること以外は案外無知のままの偏った空想世界と、両親を早々と亡くして、リアルな現実と常に現実的に向き合わなければならなかったヤンの、いびつに成長せざるを得なかった精神とのずれが生じさせるものかもしれなかった。
 こんな結びつきもあると、あっさり認めてしまえば楽になれるのに、ヤンはそうせずに、ワルターに無理を強いていると思い込んで、自己嫌悪と罪悪感のまま、眠りにつこうとしていた。汚れた下着の不快感も、自分への罰のように、着替える手間を省いてしまった。
 そうして自分を痛めつけて、ジェシカとラップのいないこの世の空しさから目を背けようとしているのだと、ヤンはまだ気づけずにいる。

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