* リアル獣姦展開含 *
変化たちの森 22
ワルターとヤンの発情期は続いていた。ヤンは学校にいる昼間もワルターのことばかり考え、ワルターはヤンが帰ると、外から持ち込んだ匂いをすべて消すためのように、執拗に体をこすりつけて来る。
おかげでヤンの書き物の方はほとんど進まず、ノートを見てはアッテンボローは何か言いたげにヤンを見て、ヤンはそこから目をそらして、理由を訊いて来ないアッテンボローにひそかに感謝する。
ヤンはまた秘密をひとつ抱え込んで、それでもそれが、学校で少なくとも噂になるような恐れがないことには安堵していた。
うなじの傷を隠すために、しばらくTシャツも着ていない。寒さの増す頃、ヤンが少々体を隠すように服を着込んでいたところで誰も不思議には思わず──誰も、ヤンのことなど見ていないのだし──、ちょうどいいと、伸びた髪もヤンは放っておいた。
ワルターを抱きしめて、ラップとの感触とまるで違うせいで、記憶が混じってしまうこともなく、うっかりヤンがラップの名を最中に呼んでも、声のトーンが違うことは分かっても責める術を持つワルターではないから、ただ悲しげに、どこか淋しげにヤンを見て、またうなじを強く咬むだけだった。
つくろうための毛並みもないのに、ワルターはヤンの体を舐める。時々つく自分の爪の痕を気にするように、ヤンの背中や腰や脚を丹念に舐めて、時々、皮膚の上にスイッチでもあるように、ヤンはぞくっと全身を震わせて、お返しに両手でワルターの体を強く撫でた。
ヤンは、自分の薄い腹に、ワルターが勃起をこすりつけて来るのに脚を開いて応えて、自分もまた、ワルターの体へ勃起をこすりつけて、時々勃起同士が触れ合うのに、掌を添えて射精を促した。
ワルターはあまり手の感触が好きではないのか、ヤンが触れると小さく吠え、その吠え声を聞くと、ヤンはワルターの下で体をずらし、下腹の方へ顔を近づけてゆく。
真近に、いつまで経っても見慣れないそれを見ると、ヤンはいつも少しだけ怯みながら口を開く。唾液と粘膜の感触に、ワルターが鳴くのをやめ、喉へ突き上げて来ようとするのを、ヤンはワルターの体を押さえて止めた。
先細りのそれは思ったよりも鋭く、先端はざらざらして舌に痛い。舌の這わし方もよく分からずに、それでもワルターの動きに合わせて、言葉の通じないワルターの、かすかな鳴き声や体の震えで求めるところを読み取って、ヤンは必死にワルターに応えようとする。知識もないまま、何とか懸命に、ひとりと1頭はつたなく触れ合い続けている。
ヤンは手指と唇でワルターに触れ、ワルターは長い舌でヤンの全身を舐める。獣の匂いがヤンの膚に移って染みつき、ヤンもまるでワルターと同じ四つ足の毛深い生きものになったように、それでもヤンの皮膚は相変わらずつるりとしたまま、ワルターはそのどこにも引っ掛かりのないヤンの体を、不思議がりながらも毛づくろいの仕草で舐め続ける。
ヤンは喉を伸ばして晒し、牙を立てられると言う恐怖はもうどこにもなく、時折ワルターの大きな爪が皮膚を引っ掻くのにも、ヤンはもう痛みよりもそれをワルターの、少し行き過ぎた親愛の表現と受け取るだけだ。
何もかもが違うふたつの体をこすりつけ合って、勃起も射精もシンプルではあっても、そこへ至る過程を、ふたりは互いの間だけで学ぶしかなかった。
いつの間にか、うなじを噛まれると、ヤンはワルターへ向かって腰を高く上げて、自然に交尾の姿勢を取るようになっていた。それですんなりそれ以上先に進めるわけもなく、ワルターもヤンも、そこから先をどうしていいのか分からずに、相変わらず躯をこすりつけて、射精を待つだけだった。
明らかに、これでもいいけれどこうではないと言う表情で、ヤンの腿の辺りを汚した後で、ワルターが不思議そうにヤンを見つめて来る。ヤンは、後始末を終えてワルターを抱き寄せ、ごめんと、太い首筋の辺りへ鼻先を埋めて、誰にも打ち明けられないこの秘密を、一体どうしたものかと、ひとり小さな悩みの中へ落ち込んでゆく。
素肌に触れるワルターの毛並みがなければ近頃眠れないその夜も、ヤンは、自分の足をぱたぱたと叩くワルターの尻尾の感触を子守唄にして、あまり穏やかではない眠りの中へ滑り込んで行った。
ワルターのためのドッグフードを学校の帰りに買いに行き、ついでの振りで、ヤンは大きなドラッグストアに寄った。
こんなことのためにコンピューターを買ったわけではないと思いながら、こそこそと調べて、男と女ではない場合の"やり方"と言うのを何とか見つけて、少なくともその手順の途中まではラップの時で覚えがあったから、ワルターとだって大丈夫だろうと先へ進んで、ヤンはそこから逃げ戻る羽目になった。
ろくにポルノ画像すら見たことのないヤンには生々し過ぎて、こんな画像やら映像やらを使って自慰をすると言うことが信じられずに、むしろ全身が萎える気分を味わい、ジェシカとの記憶の淡々しさを手繰り寄せてあれはこんな風ではなかったと、現実のそれと娯楽用のそれとの違いのまだ分からないヤンは、ただ混乱するばかりだった。
アッテンボローの話すあれこれがいかに可愛らしいものか、突然本物のポルノの海に放り出されて思い知り、アッテンボローもこっそりこんなの──多分、男と女のそれ──を見てるのかなと、深くは考えないようにしながらヤンは思った。
もう少し辛抱強く検索を続け──ワルターのためだと思って──て、やっと丁寧な指南書らしき文章を見つけ、それを薄目になりながら読む。
おれ、何してるんだろう。
こんなに必死になるべきことなのかと思いながら、ワルターのためワルターのためと頭の中で呪文のように唱えて、恐ろしく親切にあれこれ書いてあることを読み進める。
必要だと思われることだけ読み取るうち、そんな気になるどころかどんどん白けて、男と女ならこんな"勉強"は必要ないのかと、それが思い違いとは分からずに、ヤンはすでにうんざりしていた。
ジェシカとラップはどうだったんだろう。あのふたりなら、きっと最初から戸惑いもなく、何もかも流れるように進んだのだろうと想像しながら、改めて、ラップと自分との時の稚拙さに顔から火の出るような思いで、ラップは自分とするたびに、内心で苦笑を噛み殺していたのかもしれないと、自己嫌悪の底で、自分をいじめるようにヤンは思った。
ごめん、と、一体誰に向かってかヤンはぼそりとつぶやき、ワルターは自分でいいのだろうかと、また考える。
こんなことをする前に、"正しい"つがいの相手を探す手を貸す方が、飼い主の"正しい"行いなのではないかと、すでに飼い主の域などとうに逸脱しているヤンは考える。
ワルターがもう、ヤンを自分の"正しい"つがいの相手なのだととっくに思い決めているのだと言うことに思い至れず、言葉の通じない悲しさで、ヤンはひとりで答えのあるはずもない自問を繰り返す羽目になる。
ワルターに言葉があれば、ヤンを真っ直ぐ見て言ったろう、おまえがいいのだと。ヤンも同様に、ワルター以外の誰かと、こんなに必死になるはずもなく、それを伝え合う共通の言葉を持たないふたりは、だからこうして"正しい"つがいのやり方を模索するしかない。
ヤンは店の中を歩き回って、何とかコンドームと潤滑用のローションを見つけて、レジで何か訊かれないかとひやひやしながらそれを買って帰った。
自慰の頻度は恐らく人並みだろうけれど、その類いのことに興味の薄いヤンは、他人の体──ラップとジェシカ──以上に自分の体に興味がなく、ゆっくりと触れて自分の反応を確かめると言う段階をすっ飛ばして、いきなりワルターとの"交尾"の準備をすると言う無茶ができたのは、明らかにヤンの無知ゆえだった。
ほとんど無邪気な律儀さで、調べて覚えている手順をひとつひとつ踏み、ラップの時とはまるで違う、何か小難しい料理の準備でもしているような気分で、それは愉しいとか気持ちいいとか言う感覚とは程遠かった。
いつもよりずっと早い時間にベッドに入り、ヤンの素肌を舐めるワルターは、もう見慣れた姿で勃起していて、ヤンはそれにそっと──もたもたと──買って来たコンドームをかぶせて、ローションを自分の躯に塗りつけた。
ぬるぬるとしたゴムの膜の感触に、ワルターが異物感に負けてそこを舐めようとするのに、ヤンは何とかワルターを抱き寄せて気をそらせ、仰向けに開いた脚の間でそれをこすり上げるように動くと、ワルターはやっといつものようにヤンの上で動き始めた。
シャワーの最中に、もう自分の指で開くようにはしてある。躯の中に触れる感覚には鳥肌しか立たず、ワルターが入り込んで来たら一体どうなるのかと、想像もできない。
喉を咬まれると思う時よりもずっと怯みは強く、ヤンは必死で我慢しながら、ワルターへ向かってうつ伏せの腰を高く上げた。
その姿勢に、ワルターがヤンのうなじを噛んで来る。そうされると、ヤンも反射のように勃起が始まり、それに励まされるように、ヤンはワルターのそれを、自分の中に導いて行った。
粘膜に触れる感覚に、本能的に応える仕組みがあるのか、細い先端が入り込むと、ワルターはためらいもせずに躯を進めて来る。
躯を強引に押し拡げられ、内臓を突き上げられる感覚に、ヤンは思わず高く呻いて、ワルターの重みを普段の倍にも感じながら、両足が吊るほど全身を強張らせた。
無理だと思っても、ワルターがやめてくれるはずもなく、ヤンは血の出るほど強く唇を噛んで、萎えてしまった自分のそれへ手を伸ばす余裕もないまま、躯の中でワルターが動き始めるのに、同じ間隔で声を上げた。
明らかに苦痛のそれを、ただ純粋に苦痛と感じて、目尻に涙さえ伝うのに、不思議とつらいとは思わなかった。
ワルターはヤンの中で動き回るのに夢中で、恐らく初めてだろう感覚に、ヤンの耳元でずっと唸り続けている。
長い舌がヤンの耳を舐め、大きな肉球が肩を押す。ヤンとの交尾に、ワルターの勃起は粘膜の内側で大きさを増すばかりで、滑らかとは言えない動きも、繰り返すうちにそれなりにスムーズに、ヤンはローションの滑りに心底感謝しながら、ただ腰の高さだけを保って、ワルターの終わるのを待った。自分の射精になど構う余地もない。
内臓と粘膜に散々突き立てられて、戦車にでも轢き潰されたようなありさまで、ヤンはワルターが離れても、しばらくは手足を投げ出して動かずにいた。
ヤンからやっと躯を外したワルターは、コンドームを自分で取り去ってしまい、ヤンの方の後始末に手を貸すつもりか、腿の辺りや平たい腰をしきりに舐めようとして来る。
ヤンは、ワルターが放り出したコンドームそっくりの情けない姿で、ようやくワルターを満足させた達成感などまだ微塵もなく、ただ終わった安堵で大きな息を吐き、それすら体に響いてつい隠しもせずにうめいた。
ヤンを心配するように、ワルターが鼻先をこすりつけて来る。唇へ触れる冷たい濡れた感触に、ヤンは力なく笑って見せて、起き上がる気にならないまま、ワルターを腕の中に抱き寄せた。
ヤンは疲れ切っていた。文字通り骨身を削った思いがけない消耗で、甘い気分などかけらも湧かず、生きものの交尾が命がけと言う意味を思い知っている。
死ぬかと思った、と心の中では案外な軽口を叩き、体の痛みに閉口しながら、ヤンはワルターの毛並みに慰められるように、ともかくも初めての交尾は終わったのだと、そのまま気絶するような眠りに落ちて行った。