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* 閲覧注意 *
☆ R18

☆ やってるだけエロ(通常運行)
☆ 微拘束描写
☆ アルコールの乱用描写

戯れ

 ウォッカムは錆朱のローブ姿で、キリコを見下ろしていた。
 裸になれと言われてもキリコは青い眉をぴくりとも動かさず、言われた通りに動くことが習い性になっている兵士らしく、全裸を恥じて隠す素振りも見せなかった。
 なるほど、調査の通りだ、こういうことには随分と慣れているらしい。ウォッカムは別に鼻白むことも落胆することもなく、それならそれでいくらでも愉しみようがあると、いつも淡く微笑んでいる──微笑ではなく、冷笑ではあるけれど──ように見える表情のまま、内心でだけ舌なめずりをした。
 自分の態度を下品だと思っても、それはこのキリコと言うAT乗りに合わせているだけだと、尊大に思うことは忘れない。
 それでも、ウォッカムが革の拘束具を目の前に出してやると、さすがに片方の眉の端をわずかに上げて、キリコは不興の態度を隠しはしなかった。
 「いい趣味だな。」
 声の平坦さで皮肉を示して、キリコはぴんと伸ばされたシーツの上にうつ伏せになり、促されるまま両手を背中へ回す。
 巻いたところに傷をつけないように、内側へ柔らかな布の当てられた、無駄に金と気遣いの掛かった道具だ。手首を束ねて、そのままそこから伸びた長くはない鎖は、足首を繋ぐ輪へ続いている。ちょうど体の裏側の真ん中へ手足の先を集めた形に、仰向けになれば、膝を折り畳んだ姿勢で坐ることのできる程度に、鎖の長さには余裕があった。
 「おまえのような者とふたりきりだ、用心するに越したことはない。」
 冷血の爬虫類を思わせる容貌そのままの、細い舌先が全身に絡まって来るような声としゃべり方だった。
 まるでそうして縛っておかなければ、キリコが暴れて何をするか分からないとでも言うように、こんな状態の責任はキリコに押しつけて、ウォッカムは身動きの取れなくなった獲物の、まだ狼狽も不安も見せない様を満足そうに傍らから眺めている。
 「おまえの医療記録を読んだ。」
 言いながら、やたらと目立つ肩胛骨の間へ指を滑らせた。背骨の連なりの波が、わざわざ触れなくてもきちんと分かる。さり気なく筋肉を隠した、薄くは見えても意外とそうではない、否応なく鍛えられた下級の兵士の体だ。
 「戦闘中の怪我は当然だが、基地にいる間の怪我も多いようだな。」
 ウォッカムはそこで一度わざと言葉を切り、肩越しにこちらを片目で見ているキリコを、瞳を動かして見返した。
 「むしろ──命に別状のない軽傷ならそちらでの方が多い。打撲、擦過傷、捻挫、脱臼、兵士間の小競り合いによるものと、おまえを診た医者は書いている。上官による制裁と言う記録もあった。」
 ウォッカムが粘りつく声で話し続ける間、キリコは知らず拳を握りしめていて、あごをシーツにこすりつけるようにして、後ろへ引かれてすでに痛み始めている肩を何とか楽にしようと、無駄な努力をしている。
 それを止めるつもりか、ウォッカムはキリコのその拳へ自分の掌を乗せ、まるで子どもをなだめるように薄気味悪い笑みをいっそう深くする。
 「どの連中もおまえで楽しんだようだが、私が知りたいのは、おまえも楽しんだのかどうか、だ。どんなことを、どの程度に──。」
 束ねられたキリコの手足を通り過ぎて、ウォッカムの指先がさらに先へ進む。円みなどろくにない線の、その狭間へ滑り込んで、
 「酷くされるのと優しくされるのと、どっちが好みだ? おまえの相手どもは優しく扱う能もないようだったが。」
 言葉と一緒に突然侵入して来た指先は、同じほどの唐突さで引き抜かれ、次にはくすぐるように静かに触れて来る。
 「私は紳士ではない。だが、血を見るばかりが能でもない。人を貶めるのが苦痛だけとも限らない。」
 明らかに気遣いの指使いが、次の瞬間には押し入った中で束ねた指先を開いてかき回して来る。
 快と苦痛の間を行ったり来たりしながら、キリコは声を殺して、ただ呻いた。
 全身が硬張るたび、曲げっ放しの膝が痛み、肩から首筋が痛んで来る。同じ姿勢のまま身動きが取れないのは、それだけで十分拷問だった。
 力づくの強姦は、嵐のようなものだ。向こうが力尽きるのをただ待てばいい。それまでに命が持てば自分の勝ちだ。こちらを侵して勝った気になるなら、勝手になればいい。キリコの知ったことではなかった。
 体を明け渡すことになったとしても、それはどうせ一時のことでしかない。どの手合いも、キリコの体を踏みにじったところで、心の端には波すら立てられない。
 けれどウォッカムのやり方は、殴打の延長のそれではなく、キリコの反応を引き出すためのものだ。快と不快に小刻みに振れて神経を麻痺させ、野生の動物でも躾けるように、誇りや尊厳を捨てさせて自分へ懐かせるやり方だ。
 支配するのはこちらだ。おまえはただ、言うなりに、こちらの求める反応を返す人形であればいい。ただの人形とは違い、少なくともこの人形には、立てと言えば立ち、ひざまづけと言えばそうする、その程度の知性を備えている。抱き人形なら、それで十分だった。
 ウォッカムはまだキリコを玩ぶように、穏やかな出入りと、やや乱暴な抜き差しを交互に繰り返して、次第にキリコが苦痛だけではない声を漏らし始めるのを聞きながら、埋め込んだ指先にも拒むだけではないうねりの伝わるのに、キリコには見えない位置で改心の暗い笑みをこぼす。
 腿の裏側へ掌を乗せて、指先の跡の残るほど強く掴んだ。それを弾く筋肉の固さに、キリコの男らしさよりも先にその育ちの賤しさを見つけて、ウォッカムは、このAT乗りの兵士は、自分がわざわざ貶めてやる必要もない存在なのだと言うことを思い出したけれど、キリコに実際に会ってみたいと思ったその理由の方に一瞬心が引きつけられて、知らず笑みの端に柔和な色が刷かれた。
 キリコの呻く声が十分湿った辺りで、ウォッカムは骨張ったキリコの肩を取り、無造作に体を裏返す。手足を背中側に敷き込んだ姿は不様で、ウォッカムはわざとそれを笑い、開いた脚の間で、すでに薄赤く染まった皮膚とは対照的にしんと静かなままな雄のそれへ、もうひとつ嘲笑を重ねる。
 「これでは、充分に楽しむこともできんな。私の知ったことではないが。」
 強姦の際に勃起が起こるとは限らないし、起こらないからと言って反応がないと言うことではない。起これば反応したことを嘲笑い、起こらなければ不能を言い立ててやればいいだけだ。どちらでも、キリコを貶めるためには有効だった。
 この男だけではない、とウォッカムは思った。それを笑われても、今キリコがそうであるように、眉ひと筋動かさなかったあの男も、いまだウォッカムに負けを認めてはいないままだ。
 だから、キリコに直に会うことにした。会って、こうして苛んで、一体誰が勝者か、思い知らせてやる必要があると考えた。
 このウォッカムが、情報次官──じきに、違う呼ばれ方になる──のフェドク・ウォッカムが、薄汚いAT乗りをわざわざ自分の寝室へ呼び寄せて、そうまでしてあの男を屈服させなくてはならない自分の、それは誇りの根拠の脆弱さだとウォッカムは自覚はしない。
 むしろ、こうしてあの男のひそかな想い人を探り出して、自分の手の内へ静かに取り込んだ手管を、自分の有能さだと自負して憚らない。ウォッカムは、また暗く笑った。
 自分を舐めるように眺めているウォッカムへ、キリコは精一杯不遜の視線を返し、自分の躯の反応と自分の内心はまったく別物だと言いたげに、それでも腿の内側のかすかな慄えが、何もかもをあっさりと裏切っている。
 「あの男を、殺そうとしたそうだな。」
 言いながら、キリコの目立つ鎖骨のすぐ下へ掌を広げ、ウォッカムは、不気味な笑みを耳元まで刻む。
 「ペールゼンの首は、どんな感触だった? 絞め上げられて骨のきしんだ音を、聞いたか?」
 指の長い、きちんと爪の整えられた掌が滑り、キリコの喉を覆った。絞めはせず、ただ指先をそこに遊ばせ、キリコの行動を形だけそこに写そうと、ウォッカムは、空気を求めて青黒く染まったペールゼンの、死に掛けの面影を脳裏に手繰り寄せる。
 「あの男を、自分の手で殺し掛けた気分はどんなものだった? 殴られ犯されるのと、あの男を素手で絞め殺すのと、おまえはどっちを選ぶ?」
 ペールゼンのことを言うたび、キリコの瞳の色が変わる。淡い緑の光が差し、その次には黄みの強い茶色がよぎり、なるほど、躯の内側を踏みにじられることには耐えられても、心の中を土足で踏み荒らされることは死ぬほど嫌らしい。
 「あの男の首には、痕が残っていた。おまえの指の跡だ。まるで、首輪のようにな。ヨラン・ペールゼンの首に、おまえは永遠に外れない首輪を着けたようなものだな。」
 「──それが、どうした。」
 ウォッカムの語尾に、キリコが奇妙な鋭さで反駁をかぶせる。瞳の色は黄みを増したまま、平たく言えば言うほど、声音に感情の高ぶりが隠せない。
 キリコはペールゼンの弱点であり、ペールゼンもまた、キリコの触れられたくない傷口のようなものらしい。自分への抵抗や反抗の態度がそっくりなこのふたりは、まるで血の繋がらない父子(おやこ)のようだと、思いついてウォッカムはそれを胸の中で笑う。
 少将から、果ては元帥へと望まれさえした男が、一介のAT乗りの青年に、全身を投げ出すように恋をした。その恋のつたなさは、それがペールゼンのものでなければ微笑ましく眺めていられたろう。ギルガメス宇宙軍第10師団メルキア方面軍第24戦略機甲歩兵団特殊任務班X-1、通称レッドショルダーの創始者であるペールゼンではなく、相手が、そのペールゼンの発見した異能生存体とやらの、このキリコと言う兵士でなければ、この恋はもう少し平和に、長続きすらしたかもしれない。
 あまりに不器用な恋はただ純化するしかなく、その果てで狂気に変わった。よくある話だ。けれどペールゼンは普通の男ではなかったし、このキリコもそうだ。戦いの中にしか存在意義のない、才能に恵まれた男がふたり、穏やかな日々に埋もれるような恋に落ち着けるはずもなかった。
 求めて、そして打ち捨てられるなら、自分から壊して捨てることをペールゼンは選び、キリコは、壊されることを拒んだ。狂気の後の殺し合いなど、ペールゼンに似つかわしいはずもない。狂気の沙汰で、死んだのはキリコの方だ。そして息を吹き返し、図らずも、ペールゼンの異能生存体の存在の主張を支持する証拠のひとつとなった。
 キリコは死なない。ペールゼンはそう言う。それなら少々痛めつけても構うまいと、ウォッカムは思った。もっとも、流血沙汰はウォッカムの好みではなかったし、そんな風に、芸のないやり方でキリコの"能力"とやらと試すつもりもなかった。
 死なないなら、どれだけ貶めても自死もないと言うことだ。それを心配しながら、手加減を加える必要がない。思う存分辱めて、死んだ方がましだと思う目に遭わせて、それでもキリコは死ねはしない。
 面白い、とウォッカムは思う。
 あの男は、ウォッカムに敗北はしても結局屈服はせず、勝ちとは言い切れない状態にウォッカムを放り出したままだ。その誇りの強靭さを、さすが自分の求める男だと思いながら、それでもせいぜいが引き分けと言うのはウォッカム自身が満足はできず、しかもキリコとは違い、手加減を間違えればさっさと死んでしまうほど弱っているあの男は、このままではウォッカムに勝ちを譲らないまま逝ってしまいかねない。
 それなら、別の方法で勝つだけだ。あの男が、死んでしまう前に。
 「おまえには、私が着けてやろう。このフェドク・ウォッカムが、手ずからな。」
 言葉と一緒に立ち上がり、ウォッカムはベッドから数歩の小さな卓へゆき、そこから何か取り上げて戻って来る。キリコは奥歯を噛んで怒りを押し殺し──それを見せれば、ウォッカムを歓ばせるだけだ──、わざとらしくため息を吐く。
 「趣味の悪さと地位の高さには、何か関係でもあるのか。」
 こんな姿勢にされても、キリコの気の強さは変わらず、首にそれを当てられた時も、キリコは真っ直ぐウォッカムから視線をそらさなかった。
 それの裏側はわざとざらついたまま、素肌に触れると言う気遣いの加工はない。思ったよりもきつく締められて、キリコは思わずウォッカムを睨みつけた。
 優雅に動く指先が音もさせずに金属の留め具を扱い、指先どころか爪の先すら入る隙間もなく首筋に食い込ませて、予想よりも少し多く余った端を馴染ませるように撫でると、その革の首輪は禍々しくキリコの首に巻かれ終わった。
 「あの男によれば、おまえは死なない兵士だそうだからな、少々のことは──構わんだろう。」
 キリコに訊いているようでいて、決してそうではない口調で、ウォッカムは首輪の端を指先で玩びながら、それを時々引っ張る仕草をする。キリコは視界の端にそれを見て、そうされるたび声を立てないために歯を食い縛った。
 「おまえの強情さは、まったくあの男そっくりだな。」
 ペールゼンのことを口にするたび、キリコの眉の端がはっきりと動き、ウォッカムを気丈に睨みつけ続ける目つきに憎悪の色が濃くなる。キリコがそうやって反応すればするほど、ウォッカムの笑みは不気味さを増して歪んだ。
 呼吸はできる程度に、それでも首を締められて、どこで終わるか分からない苦痛──程度はあくまで軽い──に苛まれて、額に冷たい汗が浮く。そのキリコを満足そうに眺めてウォッカムは、キリコを繋いだ見えない鎖の感触を、掌の中に確かに味わっている。
 キリコは、自重に押し潰されている自分の手足の、血の流れの滞る苦しさに、狭められた気管からの酸欠のせいだけではなく、皮膚がいつの間にか赤みを失い、奥行きのないのっぺりとした白さを上塗りされていた。
 殴る蹴るの、分かりやすい痛みには慣れている。けれどこんな風にじわじわと、体の端から薄く肉を削ぎ落とされるような苦痛は、神経の方をより深く苛んで来る。強姦された後の、痺れた手足を集めて自分の体を洗う時の、あの鈍麻した感覚の、それなのに一点冴え返ったままキリコを苦しめ続ける、踏みつけられた尊厳とやらの、それがなければこうして苦痛を抱えたまま生き続けることはできなかったと知っていて、それでもそれを大事に抱え込めば抱え込むほど、踏みにじられる苦しみは大きくなるばかりだ。
 捨ててしまえればいちばんいい。けれどそれを失えば、キリコはほんとうにただの人形になってしまう。ウォッカムがそう今求めているように、体温のある、言われる通りに足を開く、ただの抱き人形になってしまう。
 少なくとも、キリコは戦場での自分の能力を信じていた。それは決して過信などではなく、このウォッカムやあのペールゼンが言うように死なないから生き延びて来たのではない。これは、生き延びるように、キリコが行動し続けた結果だ。
 だから、とキリコは再び考える。躯の内側をどれだけ踏みにじられたところで、傷はいずれきれいに治る。時間が苦痛を薄れさせる。だからこそ、生き延びなければならない。致命的でない苦しみなら、時間がいずれそこからキリコを逃がすだろう。生きてさえいれば、今日よりもましな明日にたどり着けるはずだった。
 そうやってまた、キリコが増えるばかりの苦痛の底で不思議なほど高潔な意志を取り戻したところで、再びウォッカムの手がキリコの体に掛かる。首輪と皮膚の境目をなぞるようにして、耳元から頬へ指先を滑らせ、キリコの唇に触れた。
 合わせ目を割り、歯列を割り、差し入れた親指の先でキリコの舌を押さえつける。力いっぱい噛まれることなど思いもしないように、ウォッカムはさっき別のところでそうしたように、その指先を、今は少し青みを増した唇の間で抜き差しする。
 舌を滑り、最奥までは届かずに、それでも軽く開いた口の中を、あふれる唾液の湿りを借りて侵しながら、いつの間にか差し込む指が変わり、数が増える。重ねた指の間にぬるつく舌を取り上げて、舌の裏側へ入り込み、頬の内側へも触れる。喉を塞ぐ体積はなくても、好き勝手に動いて口の中をかき回す指先に吐き気を誘われて、キリコは喉を震わせてえずいた。
 動けば動くだけ、手足と肩と首が痛む。声を出すと、通る空気が粘膜を切り裂いてゆく。そして首輪の裏が皮膚にこすれて、確実に跡を残し始めていた。
 ウォッカムはまた立ち上がり、同じ卓へ行った。キリコの唾液に濡れた指先をわざとらしく振って見せながら、同じ手でそのまま取り上げたのは、細身の背の高い脚つきのグラスだ。入れる中身に寄って食器の形も変わると言う知識などろくにないキリコは、そこへ注がれるのがシャンペンだとは知らず、透き通る金色の液体が甘い香りを立て、小さな泡を次々と生み出しているのに、今度は何をされるのかとじっとしたまま身構える。
 半ばを過ぎて満たしたそのグラスをやや高い位置へ掲げるようにして、ウォッカムは片腕だけで器用にキリコの体を起こすと、その背を自分の胸に預けさせる形に、ベッドの上に一緒に坐り込む。
 そして、背中の方へ引っ張られ、さっきよりも痛み始めたキリコの足を、これも片手だけでベルトを外し、左足だけは自由にしてやった。
 少なくともこれで、無理に引き起こされた体を自分で支えることが何とかできるし、片足だけは好きに動かして、全身の苦痛をやわらげることができる。
 まるで馴染み切った恋人同士のような姿勢で、ウォッカムはキリコを軽く抱き寄せさえしながら、キリコの肩の上でひと口、香り高いシャンペンを口に含んだ。
 そのグラスの縁を、今度はキリコの唇の合わせ目にあてがって、指先に優雅につまんだ華奢な脚を持ち上げる。
 香りへは素直に目を細めて、けれど突然唇へ触れた液体の冷たさと、炭酸の刺激に、キリコは目を剥いてあごを振り、注がれたほとんどを口の端へこぼしながらむせる。
 体を曲げて咳き込むキリコへまた冷笑を送って、
 「これの味が分からんとは、育ちの悪さはどうしようもないな。」
 キリコの飲み込み損ねた分を自分で飲んで、キリコの吐き出すような咳が終わると、ウォッカムは改めてキリコを自分の胸へ引き寄せ、キリコの目の前で、口の狭いグラスの中へ指先を浸す。
 このシャンペン1本で、キリコたちAT乗りの数ヶ月分の給料が吹っ飛ぶのだと言ったら、この異能生存体とやらはどんな顔をするかと、ウォッカムが冗談めかして思った。
 濡らしたその指でキリコの唇を撫でる。撫でながら唇の合わせ目を割り、キリコの口の中へ入り込むと、今度はもっと深く喉へ向かって指先を送る。吐き気の震えが指先へ伝わるたび、ウォッカムは指を抜き、またシャンペンに浸し、そして再びキリコの口の中へ押し込んだ。
 グラスの口の狭さに、入る指の数には限界があると言うのに、ウォッカムはいつの間に、かえずき続けるキリコの喉の波打ち具合へ横からの視線を当てたまま、気がつくと掌までシャンペンで濡らして、何度も何度もキリコの口の中へ、束ねた指を乱暴に差し入れている。
 唯一自由になる左足がシーツを蹴り、しわひとつなかったシーツは今はひどく乱れて、キリコが苦しげに呻くのは絶えず強いられている吐き気のためだ。
 「これでは酔えんな。」
 やっと指が遠のき、キリコはまともな呼吸を久しぶりに肺に満たすことに夢中で、ウォッカムの声など聞いていない。
 わずかずつ喉の奥へ塗りつけられたアルコールは、それでも喉と気管を焼き、その熱さはじわじわとキリコの神経を鈍麻させている。キリコはまだそれに気づいてはいなかった。
 ウォッカムはまた指先をシャンペンで濡らし、その指先を見せつけるようにゆっくりと下へ下ろすと、キリコの内腿へ滑らせた。
 すでにぬるくなった酒は、ひときわ薄いその皮膚を冷やすこともせず、キリコの上がった体温でさっさと蒸発する。再び濡れたウォッカムの指先が同じように動いて、けれど今度はもっと際どくその奥へ触れた。
 キリコが体を硬張らせるよりも早く、酒に濡れた指先がキリコの中へ侵入して来る。ウォッカムの細い指はすんなりと飲み込まれ、拒むための全身の硬張りが、逆にそれをもっと奥へ誘い込む。
 キリコのその躯の反応を、キリコの肩越しに覗き込むようにして、ウォッカムは鳥肌の立つような声で笑った。
 中へそのまま憩うことはせず、ウォッカムはすぐに引き抜いた指をまたシャンペンで濡らす。その指をまた、キリコの中へ挿し入れる。
 粘膜に直に吸収させるアルコールは、驚くほどの速度で血管へ入り込み、全身へ回る。キリコはもう体を自力で支えることもできずに、ウォッカムの胸へだらしなく上体を預け、背中に不自然に集められた手足が痛むのに意識すら向かない。
 投げ出された左足は、ウォッカムの指先を歓迎でもするように大きく開かれたまま、内腿が、次第に大きくなる喘ぎと同じリズムで慄えていた。
 「こちらの方が、味は分かるようだな。」
 ウォッカムが、指を動かすのに合わせたように、キリコの耳朶を噛みながらささやく。
 束ねた指を中で開いて閉じ、開いたままかき回し、押し返すような反応のくせに、実際には閉じ込めるように締めつけてウォッカムの指を離さないキリコの躯の、アルコールのせいで焼けるように熱いのが、ウォッカムには小気味良かった。
 半ば開いた唇の間で、真っ赤な舌が動くのが見える。ウォッカムの指先の抜き差しされるのに合わせて、いつの間にかキリコの腰は揺れて、犯してくれとねだるように左足がもがいている。
 自分を襲った手合いにも、こんな姿を見せたのかとふと思った。こんな風に、無自覚に誘ったのか。
 いや、そうではあるまい、とウォッカムは続けて考える。あの男を掌の上で踊らせたように、キリコがこんな様を見せるのは自分だからだと、まるで言い聞かせるように思う。
 その証拠に、今ではキリコのそれは薄い腹へ向かって勃ち上がり、そこにも触れてくれと言わんばかりに、先走りに濡れている。
 その先端へ、ウォッカムは薄笑いを浮かべて、シャンペンの残りをそっと注ぎ掛けた。
 室温にぬるんでも、体温よりははるかに冷たいそれが、キリコの喘ぎをほんものの悲鳴に変える。
 自分の胸と膝でキリコのうねる体を抱き支え、ウォッカムはキリコの下腹へ、まだ炭酸の刺激の残る液体を満遍なく注いだ。
 酔いの上がった首筋や胸元が、まだらに赤い。恐らく、自分に触れているのが誰か、キリコには定かではない。
 眠気に耐えているような表情が、自分を斜め下から見上げて来るのに、ウォッカムは満足の笑みを向けようとした。
 そしてキリコが、半開きの唇の、ろくに動きもしないまま、のろのろと舌だけを動かして呼ぶ。
 「・・・ヨラン・・・。」
 シャンペンの香りの高さも甘さも、あっさりと叩き潰すような、キリコのその声だった。
 ウォッカムはすっと表情を消し、能面のようになると、手にしたグラスがすでに空なことに気づいて、目から上へ激しい怒りを刷く。
 おまえを抱いているのは、私だ。
 キリコの躯の上にも中にも、そして脳髄の襞の隅々へ刻み込まれた、あの男の記憶。それを上書きしてしまえると思ったのがひどい自惚れだったのだと思い知らされて、ウォッカムは一瞬で全身の凍るような冷たい怒りに満たされる。
 それを、怒りだと自覚することが許せずに、ウォッカムは無理矢理に怒りの表情を消すと、ふんと、キリコの背中を突き飛ばした。
 こんな卑しいだけの人間を、わざわざ辱めるために抱いてやる必要もない。すでに貶められている存在を、ウォッカムが自ら手を下して、さらに貶めてやる必要はない。
 ねじ曲げられた体のまま、抵抗する術もない無力さだけで十分だと、ウォッカムは喉の奥でつぶやいて、キリコの左足の傍へ空のグラスを放り投げる。
 「後始末の人間を呼んでやる。」
 最初からこうするつもりだったのだと、ウォッカムは声音に必死に言わせて、放り出したキリコへくるりと背を向けた。
 欲しがらせて、与えはせずに、そうして辱めるつもりだったのだ、最初から。抱いてやるつもりなどなかった。浅ましい姿を晒させて、それを嘲笑うだけのつもりだった。
 抱いて、あの男と比べられるなど──。
 勝てると思ったのは一体何が根拠なのか、もうウォッカムは思い出せなかった。
 怒りで、全身が溶岩のように沸き立っている。それを悟らせず、無表情はあくまで涼しく保ったまま、ウォッカムは寝室から続く私室へひとりきり、足音もなく歩を進めて、冷えたシャンペンと冷たい水のシャワーを求めていた。
 キリコのせいで生まれた熱が、そして何もかもあの男のせいの怒りが、そうしても醒めることなどないと知っていて、それでもウォッカムは今は酒に酔い、冷たいシャワーで昂ぶった全身を冷やすことしか思いつけなかった。
 殺してやる。おまえを殺してやる、ヨラン・ペールゼン。そしてあのキリコとやらは、手足を全部失うまで、最前線に送り続けてやろう。
 掌の上でただ玩ぶだけのふわふわと実体のなかった殺意が、今はっきりと、手に取れるほど確かな形を持って、ウォッカムの胸の中を満たす。
 キリコがペールゼンの首に残した跡へ、羨望の眼差しを向けたことにウォッカムは自覚はなく、キリコの首にしばらくの間は残るだろう自分の着けた革の首輪の跡は、無意味にすらならなかったことにも、ローブを脱ぎ捨てながらウォッカムは気づかないままだった。

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