きっかけ(非エロ)
-2-
藤川一男×冴島はるか


シニアドクター陣がこんな話をしている頃…


「へっくション!!誰か患者さんが俺の事呼んでるのかなぁ」
「藤川先生大丈夫ですか?運転変わりましょうか?」

私は助手席でカーナビを操作しながら尋ねる。

「大丈夫。それにしても冴島さんごめんね。車2台に別れちゃってさぁ。」

彼は申し訳なさそうに頭を下げる。

「良いんですよ。藤川先生。
藍沢先生とお婆ちゃんを少しでも一緒に居させてあげたいんですよね」

むしろ私としては非常に好都合だ。

「あら大学教授のお嬢様に車の運転なんて出来るのかしら?車庫入れとかできるの?」

彼女さえ居なければ。

「緋山は運転得意なんだっけ?」
「私はいつも病院までスポーツカーで来てるから!実家にもフェラーリあるし」
「ああ・・・思い出したこの前一緒に病院に来た白石が、私不良になっちゃったって言ってたよな」
「野蛮な人ってどこにでも居ますよね?
そんな人をお婆ちゃんのいる車に乗せなくて良かったですね。藤川先生GOODJOBです。」
「あれは寝坊したからしょうがなかったの!!三井先生のオペも見たかったし」
「見ててオペが出来るようになるなら、看護師は全員スーパードクターですよ。」
「さ・冴島さん?」

いけない。いけない。今日は藤川先生もいるんだ。

「ドクターも大変ですねぇ〜。緋山さん頑張ってくださいね。」
「いえいえ看護師の皆様のサポートあってのことですよ。
冴島さんこれからもよろしくお願いしますね。」

彼女も同意見のようだ。

「ところでさぁ、
温泉に着いて荷物降ろしたら、俺実家の仏壇に線香上げに行こうと思うんだ。
晩御飯の材料も何か畑から調達できるかもしれないから、どっちか付いてきてくれないか?
あ・ヘリに乗ってないことは内緒な。」

そうだった。彼はお母さんが病院に来たときのことを知らないのだ。

「嘘はつき続けると、ばれた時に困りますよ?」
「一応地元では期待の星って言われてるからさぁ。頼むよ。」
「それは良いけど、夕飯自分達で作るのは聞いたけど、料理できるの?」
「俺はもっぱら外食だよ。冴島さんは?」
「私は嗜む程度ですよ。お菓子とかは得意なんですけど。」

この日のために寝る間を惜しんで練習に練習をしてきたのだが、
ハードルは低い方が成功した時のポイントは高いはずだ。

「え〜、冴島さんお菓子焼けるんだ。」
「私だってお菓子くらい焼けるわよ。」

せっかくの良い雰囲気に割り込んでくる彼女の声
何か不機嫌そうだが私には関係ない。

「お菓子くらいってことは、お料理なんてお手の物なんですね。頼もしいです!」
「え?う…うん、そ…そ…うね。楽しみにしててよ」
「そっか緋山って意外と女の子っぽいこと出来るんだなぁ。意外だなぁ。」
「そ・そんなに意外かしら?」

彼女は焦っているのか・照れているのか分かりにくい顔色をしている。

「次のドライブインで昼でも食べながら休憩しようか?」

彼はそういうと左折のウインカーを出した。

「ねぇねぇ、車内ではどんな話をしたの?」

恵が私の顔を心配そうに見つめる。

「大丈夫、喧嘩とかしてないよ。それよりもね。大変なことになっちゃったの」
「どうしたの?」
「料理得意な事になっちゃった…。」
「むしろ不得意な方だよね?」
「いや、冴島の卑劣な手に嵌められたというか…その場の流れというか」
「何でもかんでも、冴島さんのせいにしちゃ駄目だよ。」

そうだ。そもそも私が夕飯の事なんか話題にしなければ…

「どうしよう?」
「大丈夫だよ。レシピはたくさん印刷してきたし!」

恵はポケットを指さす。

(医学書だけじゃないんだ)


一方こちらは…


「藤川先生運転中何か飲みたいですか?」
「あのさぁ、病院じゃないんだから先生は止めてくれない?」

彼が笑いながら頭をかく。

「先生は私にとって先生ですよ?」
「じゃ、せめて病院とは違う呼び方にして欲しいなぁ」

私としては藤川なんて呼び捨てには出来ないし…

「じゃ私も病院とは違う呼び方にしてください」
「え?名前くらいしか無いじゃん?」
「私もこれから名前で呼ぶからおあいこです。」

名前で呼び合うなんてまるで本当のカップルのようだ。
まだ目的地についても居ないのに、これだけの収穫があるとは思わぬ誤算だ。
今年の夏は私にとって一生の思い出になるのかもしれない。


「ごめんなさい…ごめんなさい…許して…。」

後部座席で寝ているスヤスヤと寝息を立てながら、たまに冴島の寝言が車内に小さく反響する。

「この旅行に行くために大変だったらしいよ。」

藤川はポツリとつぶやく。
女の敵は女とは誰の言葉だったろうか。
この旅行に行くために、冴島は先輩に頭を下げ、夜勤を自発的に入れ雑用を引き受け
なんとか休みを確保したのである。
元々そんなに先輩受けが良くない冴島が、フェロー二人と温泉旅行に行くので
休みが欲しい等と言えば、先輩看護師達からどんな仕打ちを受けたかは聞くに及ばない。

遂に力尽きたのか。先程女子トイレにて冴島に席を変わって欲しいといわれたのだ。
彼女としては断腸の思いだったのだろう。ちょっと悔しそうだった。
それでも助手席で寝るという失態を演じるよりはマシという事なのだろうか。

「ところでさぁ、白石って彼氏っているの?」
「え?キー」
「うわぁ。」

唐突な藤川の質問に思わずアクセルとブレーキを間違えてしまった。

「危ないなぁ。本当に目的地までつくんだろうなぁ?」
「アンタが急に変な事言うからでしょ!!ここ高速道路なんだからね!」

ずれた眼鏡を直しながら、藤川が後部座席の冴島の様子を確認する。

「そんなに変な事聞いた?」
「なんでそこで恵の名前が出てくるのよ!」
「いやぁ、彼氏いるのかなぁと思ってさ」
「一度恵の家に泊まりに行ったことあるけど、断言する絶対居ない」

ココだけの話だが、恵の家は付箋のついた本が几帳面に並べられているだけの
飾り気のないそっけない部屋だ。
よくドラマで教授の部屋が本だらけというシーンを見るが、
まさにそんな感じであった。

「好きな人とかはいるのかなぁ?あ・これココだけの話な。」

(当たり前でしょ。)

私はアクセルを強く踏み込み一気に車を加速させた。
タイヤと地面がこすれる音は、まるで私の叫びのようである。

「特に私は聞いてないわよ。」

私はぶっきら棒に返事をした。

「そうか。そうなのか。」

藤川はちょっと嬉しそうにCDをあさり始める。

ガシャガシャというCDをBOXから出す音が車内に響く

「あ・・・もうイライラする!アンタ恵のこと好きなの?」

私は頭を掻きながら思い切って尋ねてみることにした。


静寂が車を支配する。

私にはこの沈黙が耐えられそうもない。

何かを口にしてしまいそうだ。

でも今は我慢だ。

心臓が止まりそうである。

ヘリは高速道路にも来てくれるのだろうか?

「俺が?何で?」
「はぁぁぁ!!勿体ぶってないでさっさと言いなさいよ。
こっちは必死なんだからね。」
「緋山前!前見ろ!」
「危ないなぁ、どこみて運転してんのよ!」

横の車はクラクションを鳴らして警告してきた。

「どう考えてもお前のよそ見運転だろ。
だいたい何で俺が白石好きになってんだよ?」
「今の流れで行くと普通にそう思いますよ。一男さん?」
「わぁ、起きてたのか。」
「いつから聞いてたのよ?」
「一男さんが目的地に着くのか心配したあたりからです。
非常に興味深い話でしたので…」
「殆ど全部じゃないのよ!」

彼女は悪びれる素振りもなく答えた。

「それで一男さんは白石先生のこと好きなんですか?」
「そうよ。ドサクサにまぎれて逃げんじゃないわよ」

これが女の連帯感なのか。困るね。先生・・・

あまりにタイムリーな曲に彼がシドロモドロになる。

「いやぁ、こればっかりは言えない。」
「何よ言えないって?」
「何ですか?それでも医者ですか?はっきり言ってください。
告知になれてるはずでしょ」

私達から見ればこれは告知のようなものである。

「絶対ここだけの話だぞ?
もし誰かに言ったら俺のアッペの練習か献血の練習代になってもらうよ?」

彼は二人に詰め寄られた迫力がよほど怖かったのか
ようやく重い口を開いた。

「藍沢がさぁ…何か気になってるっぽいんだよね」
「ふぅーん。」
「まぁそれは向こうの車両でやってもらうとしようか」

私と彼女は一気に興味を失った。

「なんだよ、それ〜。そういう訳だから内緒だぞ。」

(それにしてもあの藍沢先生がねぇ。)

「人って自分に無いものを求めるって言うものね。」
「優等生と挑戦者って感じかしら?」
「弱気と強気じゃないですか」
「今日だって藍沢のお婆ちゃんのために、
休みを潰してきてくれる位だろうから脈はあるのかなと思ってさ。」
「今度どんな人が好きか聞いとくよ。」

緋山先生は面倒そうに答える。

「そういえば、二人は今好きな人とかいるの?」
「え?×2」

二人の声が思わずハモル。

「私はついこの前別れたばかりですから…あまり大きな声で言えないのですが…」

公然の話になっているので、私がこういうことに二人は特に反応しない。
緋山先生はモゴモゴと口篭っている。

「そういうそっちはどうなのよ?好きなタイプとかあるの?」

緋山先生は溜まりかねたのか、ちょっと慌てたように質問で返している。
彼の好きなタイプというのは、前にもちょっと聞いたことがある。
なんでも初恋の人は年上の家庭教師の先生だったとか
ようはビシッと導いてくれる人か好きらしい。

「アンタまさか三井先生のこと言ってるの?バツ一子持ちよ?」

唖然としたように緋山先生は尋ねる。

「俺別に三井先生に導いてもらってないし、ビシッと言ってもらってないし」

まぁ彼女としては当然心配だろう。
尊敬する指導医が恋敵というのは、今後の医師生活にも支障をきたしかねない。

「やっぱり年上が好きなんですか?」
「う〜ん、今は同い年とか一歳上とか良いかなぁと思ってるんだ。」
「へ?」

二人の背筋がキュンと伸びる。

「なんつうの?俺って守ってあげたいとか思うタイプじゃないんだわ」

彼は照れくさそうに鼻を掻く

(とりあえず白石先生は消えた)

「ところで緋山次の右で高速から降りるよ。」

そんな話をしていると、いつの間にやら目的地へと到着した。

「で部屋割りなんだけどどうする?3部屋あるみたいだから…」

チェックインの手続きを藤川先生がしにいっている間に、部屋割りの相談である。

「俺は婆ちゃんと一緒にいるよ。あとは任せるよ。」

藍沢先生は車椅子を押しながら後ろを振り返る。

「女性陣はどうしましょう?」
「そもそも3部屋っていうのはどういう考えなのかしら?」

緋山先生と私は顔を見合わせる。
冷静に考えれば少なくて二部屋、多くて4部屋無いとおかしい筈なのである。
私は両手を上げ「さぁ?」と付け加えた。

「藤川先生咳してましたし、私一緒の部屋の方がいいでしょうか?」
「いやいや看護師じゃ、いざって時に挿管できないからここは私が責任を持って」
「いざって時が来ないようにするのも、看護師の腕の見せ所なんですよ。」
「でも看護師じゃ診断できないわよね?」
「ええまぁ、それはそうですけどね。」

緋山先生も一歩も引くきわないようである。

『だったら公平にじゃんけんにすれば?』

藍沢先生が珍しく機嫌よさそうに提案する。

「一応聞いておくけど、アンタ身を引く際無いわけよね?」
「身を引くってどういう意味ですか?
そういう緋山先生こそ外資系とかそういうのが好きなんでしょ?」
「アンタねぇ、合コンとか誘われないからわかんないでしょうけど、あれはあ・そ・びなの」

結局のところ、私と彼女の考えていることは同じのようである。
彼女も藤川先生に気があるようである。
どうやら本人はまだあまり自覚はしてないようではあるが…

「おーい、何やってるんだ?」

手続きを終えた藤川先生が戻ってくる。

「女性陣は二部屋に別れるけど、繋がってる部屋だから行き来は出来るし、

障子を外せば一部屋になるから。」

「藍沢はお婆ちゃんと二人でいいよな?孝行しろよ〜」

「お前(アンタ)(藤川君)はどうするんだ?(どうすんの?)(野宿するの?)」

三人の声がハモルが私は出遅れてしまう。

「あ・俺?寝るときくらいは実家に帰ろうかなぁと。
飯とか花火大会とかはちゃんとこっちでするよ。
温泉は泊まってなくても入れるしな」

彼は何を今更と言った顔で答えた。

「そうならそうと先に行っときなさいよ!」
「え?この前の夜勤のときに緋山には言ったぞ!」
「そういう重要なことは、昼間昼ご飯食べてるときとか、
エレベーターの中とか私の聡明な頭が冴えてるときに言いなさいよ!」
「だいたい3部屋しか取ってない時点でわかるだろ。
どうして俺がそんなことすると思うんだ?」

「このやりとり、たまに夫婦喧嘩に見えるんだよな…」

藍沢先生はボソリとつぶやく。

フロントにいる他の観光客もこちらを見ている。

「あのお二人とも?お婆ちゃんもお疲れでしょうし、部屋に入りませんか?」
「藤川君は部屋を一部屋にするの手伝ってよ!」

白石先生も周りの視線に居たたまれなくなったようである。

扉には青の間・赤の間・黒の間と書かれている。

「じゃ、俺は黒の間にするよ。

車椅子から上手くおろせると良いんだけどな。」

「私達も先に荷物置いちゃいましょうか。」
「じゃぁ、ボーイさん、部屋入れちゃってもらえますか?」

緋山先生はからかうように藤川先生の方を見る。
こういう自然なやり取りができるのは、やはり気の置けない関係なのだろうか。

「お…大きな家ね。」
「そうか?ここら辺は田舎だから、どこもこんなもんだぜ?緋山の実家程じゃないだろ?」
「何で見てきたように語ってるのよ。こんなに横に広くはないわよ。」
「アンタんちはどうなのよ?」
「ウチは五人家族でしたから、まぁ人並みの広さよりちょっと広いくらいです…」

私はもう一度「藤川」と筆で書かれたいかにも表札を見ながら答える。

「何か日本映画で悪商人が住んでそうなお屋敷だね。あ…庭に池がある。」

白石先生は何故か少しはしゃいでいる。
藍沢先生を除いた私達は藤川先生の実家に旅行のお礼と、夕食の材料を貰いに来たのである。

「頼むから何も余計な事言わないでくれよ。特に緋山。思わずポロっと言うなよ。」
「わかってるわよ。しつこいわねぇ〜。しつこい男って最っ低」

そもそも藤川先生のお母さんとは、既に一度会っていて嘘はもうばれているのだが…
そうとは知らない彼は車の中で何度も念を押していた。
特に緋山先生は重点的に確認され、模擬回答までさせられていたのは見ていて笑うしかなかった。

「ただいま〜」
「おかえり〜」
「藤川先生にはいつもお世話になってます。はじめまして…冴島と申します。」
「貴方が冴島さん…息子の手紙にいつも貴方には良くしてもらってるって、患者さんからのお礼も僕だけにくれるって…」

静子さんは私の手をギュッと握り締めると私の目をジッと見つめる。
このデジャブなようなやりとりは、白石先生と緋山先生にも行われた。
ちなみには手紙には白石先生はよく勉強を教えあっているとか、
緋山先生は話が合うんだとか書いてあったらしい。

「これ藍沢から。お婆ちゃん連れて行くのは忍びないってさ。」

藤川先生は藍沢先生から預かったお土産の袋を床に置いた。

「ところでさっきから妙に視線を感じるんですけど?」
「アンタも感じてた?私もなのよ。何か見定めるような。」

私と緋山先生がヒソヒソと話していると白石先生が嬉しそうに指をさす。

「見てみて鯉がいるよ!」
「白石さんは初めて鯉見るんですか?」
「いえ、あの鯉はあるんですけど、

家に池があってこんなに一杯鯉を飼ってらっしゃるのはじめて見たもので」
白石先生は恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「素敵なお庭ですね。」
「私が嫁にきたときは、殆ど何にも無かったから畑仕事無いときに植えてみたんです。」
「私も患者さんの病室に花を置いたりするので、お花は大好きなんです。」

緋山先生も何か褒めようとキョロキョロしているが、どこをどう褒めていいのか分からない様子だ。

「ちょっと先行っててくれよ。俺は線香あげてくるから」
「線香は吹き消すんじゃないよ。」

お母さんか。看護学校の受験を決めたときから口も利いていないので、何となく懐かしい。

「あの子が花火大会に行くから、浴衣を探しといてくれって言ってたんだけど、
ちょうどいいサイズあるかしら。」

静子さんはタンスから浴衣を取り出すとハンガーにかけた。

「ずんぐりしたの二つと、ちんちくりんの一つって手紙にあったから探してはおいたんだけど。」

「え?浴衣あるんですか?嬉しいです。一度着てみたかったんです。」

緋山先生は洋服などにもこだわりが強いので嬉しそうである。
かくいう私も浴衣は初体験。
成人式の振袖くらいしか和服は着た記憶はない。
にしても藤川先生は
緋山先生にわざわざピッタリのサイズを指定しているところは流石である。
ちんちくりんという表現はどうかと思うが…。
帰りの車の中はひと騒動ありそうである。

「さっきは冴島さん…はじめましてって言ってくれてありがとね。私も忘れてたのよ。」

静子さんは先程と同じように私の手をギュッと握る。

「い・いえ…あの…その…」

私は思わず照れる。

(静子さんの手って温かいなぁ)

「な〜に話してるんだ?」

取り合っている手を見ながら、突然藤川先生が尋ねる。

「うわぁ、ビックリした。女同士の話ですよ。ちゃんとお祈りしましたか?」
「何かお袋みたいな喋り方だなぁ…。そこの二人も行くよ。」

鏡の前では二人が浴衣を合わせている。

「なんか娘が出来たみたいだわ。」

静子さんは何だか嬉しそうである。

「こら押すな!」

そのときドカっという音と共に襖が倒れた。

「え?」
「お前等何やってんだ?」

襖の奥には大人や子供が何人もいる。

「いやぁ、静子さんが一男がえらいべっぴんな嫁さん連れてくるっていうもんだから」
「はぁぁ?」

緋山先生の顔が一瞬引きつったのを私は見逃さなかった。

「いやぁ、俺はそんな手紙に書いてないぞ?」

藤川先生の様子からどうやらそれは本当のようだ。

「まぁ良いじゃないか。そんなもんだ。」
「納得いかねぇ〜。どうりで旅館でも注目を集めるわけだ。」

私達が観光客だと思っていたのは地元住民が、
地元の期待の星である彼の恋人は誰か見ていたのである。

「たく勘違いするなよ。タダの職場の同僚だよ。」

藤川先生は申し訳なさそうに私を見る。
さっきまでの静子さんへの強気な態度(いつもがいつもなだけに)は消えうせ
その様子はシニアドクターにエレベーターで鉢合わせたときの様である。

「そういえば、三人もお嬢さんいるなかで、誰が好きなんだ?」

ふいには静子さんは、藤川先生に尋ねる。

「あのなぁ。お袋、手紙にも書いたろ。

白石と冴島さんは大学教授のお嬢様だぞ。緋山だってお医者さんのお嬢さん。住む世界が違うの」

「なんだ〜そうなのか。つまんねぇの」

ギャラリーは拍子抜けと言わんばかりに去っていった。

「ごめんなさいね、変なことになっちゃって…」

静子さんはすまなさそうに謝る。

「お気になさらないで下さい。
私の兄のときもそうですけど、長男だとどこもそうですよ。」

まぁウチの場合は特にこんな大騒ぎにはならなかったけど…。

「冴島さん…お兄さんいるんだ?」

なんだ。目が一瞬光ったような。

「じゃさっさと畑で野菜とか調達して帰ろうぜ。藍沢も待ってるしな」
「夕飯はどうするんだい?」
「いやぁ、みんなでキャンプみたいにしてみる予定なんだ。
タダなのに飯までご馳走になるのも悪いしなぁ。緋山が料理得意らしいんだよ。」
「う…うん…。道具あればだけどね。」
「緋山さんはお料理が得意なのね。」
「えぇぇまぁ…」
「遠慮せず必要なものは持ってっておくれ。
どうせ近所だからいつでも取りにいけるから。」
「はぁぁぁ、ありがとうございます。」

緋山先生は変な汗をかいている。

結局、一通りの野菜と米を頂戴しトランクに詰め込む。

「またいつでもいらっしゃい。」

見送る静子さんに手を振り、一同旅館へと車を走らせる。

「さぁ説明してもらいましょうか?」

緋山先生が運転席のシートを蹴る。
やっぱり始まってしまったようだ。
白石先生はまだ振り返っている。そんなに鯉が気に入ったのだろうか。

「痛いなぁ、なんだよ。説明って?」
「ちんちくりんって何よ?どういう意味よ?」

ああ…まずはそこからなんですね。

「誰も緋山の事ととは言ってないじゃないか。」
「よく言うわよぉ。100人居たら99人が私のことだと思うわよ。」
「残りの1人ってもしかして…」
「私よ。何か文句ある?女はスタイルじゃないのよ…」

どこからその自信が沸いてくるのか…私にはよくわからない。
藤川先生も何か言いたそうだが、経験上火に油なのが分かっているのだろうか
(火にニトログリセリンか?)

「まぁスタイルのことはいいわ、それしか取り得が無い人も居るわけだし、
完璧なのもつまらないしね。ねぇ冴島さん?」
「何で私なのかしら?流石料理が得意だと言葉が違いますね。
私だってこれでも料理くらい出来るんですよ?」

二人とも被っていた猫は完全に脱ぎさってしまったようである。

「じゃぁこうしましょう。私と緋山先生で料理対決しましょう。」
「え?良いわよ。良いけど…力作になる予定だから、藤川にも手伝ってもらって良いかしら?」

(あら?珍しい。いつもならここで白石先生の名前を挙げるはずなのに…)

彼女も彼女なりに考えているということなのだろうか。それともただの思いつきか

「わかりました。じゃぁ私は白石先生とペアーです。」

私が白石先生をジッと見つめる。

「が・頑張りまーす」

白石先生が小声で酒つぶやく。

「せっかくの旅行なんだし、仲良くしようよなぁ」

藤川先生のトホホという声が聞こえる。

「緋山先生はどうして藤川先生とペアーになったんでしょうか?」

私が丁寧に野菜を洗っている白石先生に尋ねる。

「ええっとですね。あのですね。」
「白石先生普通に喋ってもらえませんか?」
「すみません。」
「同い年なんですからこういうときくらい、敬語は無しにしませんか?」

白石先生の肩がビクッと震える。
嗚呼・・・藤川先生の言っていた通りだ。
あの手術室での会話がトラウマになっているようだ。
会話が弾まない。
仕事とプライベートの区別くらいは付けてもいいと思うのだが、融通が利かないというか。

「白石先生?ところで何の料理作るんですか?」
「え?冴島さん料理できるって…」
「看護学校で介護食とか病気の人に作る食事は習ったんですけどね。

藤川先生の前だったんで嘘ついちゃいました。」
野菜を切る白石先生の手がピタッと止まる。

「藤川君の前だから?どういう意味?」
「そういう意味ですけど?」

白石先生の手はまだ止まっている。

「やっぱり冴島さんも藤川君のこと好きなの?」

ほぉ普段は鈍いのに、こういうときには敏感なようである。

「私もってことは、白石先生も好きなんですか?」

正直私としてはノーマークだった。

「わ・私は違うよ。そんなんじゃないの」

白石先生は顔を真っ赤にして否定した。

「じゃぁ、誰か他に好きな人でもいるんですか?」
「え?私はそういうんじゃないけど、とある知り合いがそうみたいなんだよね。」

(なんだ。そういうことか)

「知り合いねぇ〜」

私が目を細めると白石先生が慌てて目をそらす。

「え・・・ええ。知り合いよ。」
「白石先生の知り合いって緋山先生くらいしかいないでしょ?」

パカっという音と共に大根が真っ二つに切れる。

「例えそうでも私は言わないよ。親友だもの。」

ここまで言ってしまうともう言ったも同然なのだが、
彼女としては親友の秘密を守ったことになっているようである。
私は皿を拭きながらさらに尋ねる。

「その親友のために情報収集とはお優しいんですね。まぁ私も何も言いませんけど。」
「そんなんじゃないよ、私は親友の味方だけど出し抜いたりとか、騙したりとか好きじゃないし。」

空気は読めても相変わらずの正論尽くしである。

「冴島さんも約束してくれない?

相手を傷つけたり足の引っ張りあいじゃなくて、正々堂々と藤川君にアタックするって」

「何で私が白石先生とそんな約束しなければならないんでしょうか?」

水道の蛇口に付けたボールからは水があふれている。

「友達だから…冴島さんも…私にとっては大切な。そういうの見たくないって言うか…」
「私がいつ白石先生と友達になったんですか?」
「ごめんなさい。でも友達じゃなかったら職場の仲間って言うか…その…」

白石の足はプルプルと震えている。
私に背を向けてはいるが顔はだいたい想像できる。

「職場恋愛はチームワークを乱すとおっしゃりたいわけですか?」
「ううん。全然。そんなこと思ってないよ。私達年頃だもん、恋くらいするよ。」

白石先生の震えが止まる。

「先生って本当に綺麗ごとが好きですね。」

私は手を上げるとフっとため息をついた。








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