きっかけ(非エロ)
-3-
藤川一男×冴島はるか


一方その頃


「緋山…米は洗剤で洗うな。野菜を切る前に包丁を洗え」
「何よ!洗えって言ったり洗うなって言ったり、男ならハッキリしなさいよ!」

まぁ見ててと格好をつけたは良いが…。
如何せん料理をした事が無いわけだから、何をどうしたら良いのかサッパリわからない。
私の中で何かがプチっと切れた。

「そんなに言うならアンタやってみなさいよ!」
「貸してみろ。よく見てろ。」

彼は私の手からボールを取ると慣れた手つきで米を研ぎ始めた。

「米って言うのはこうやって研ぐんだよ。緋山もこれくらいできないと将来困るぞ?」
「ごめん…」

私が思わず呟く。

「ど・どうしたんだよ。今日はやけに素直だな。」
「ごめん…実は私…」
「料理なんてしたことないんだろ?冴島と張り合ってて引っ込みつかなくなったんだろ?」

彼はクスクス笑いながらザルで水をしっかり切った。

「う…うん…。嘘ついてごめん。」

冴島と張り合ったのも事実だし、
引っ込みが付かなくなったのも事実だが、彼にはその理由までは分かっていないようである。

「安心しろって内緒にしておいてやるから。ちゃんと見て覚えておけよ。」
「ありがとう。」

私は彼の肩に手を乗せ爪先立ちして手元を見せてもらう事にした。

「将来結婚して子供が出来てもこれじゃ心配だな。」
「それにしても、アンタ慣れてるね。本当に自炊してないの?」
「これでも農家の長男だから忙しいときは俺が夕飯作ったりしてたし。」

思えば両親とも勤務医だったのに、私が自分で料理作ったことなど無かった。

「ねぇ、私もやってみて良い?横で見ててよ。」

私が彼の肩を揺すると、バランスが崩れたので慌てて胸に腕を巻きつける。

「台所は危ないから気をつけろよ」

不意に彼の顔が私の鼻先1cmのところに現れる。

「う・うん」

私は頬が赤くなるのを隠しきれない。

「別に料理出来ないのは恥ずかしいことじゃないし、そんなに気にするな。」

彼は私の赤面の理由を勘違いしているらしい。

「こ・こんな感じかしら?」
「そうそう、そんな感じ」

こんなに自然に彼と話せると思わなかった。
いつもは何故かお互い見栄を張ってしまうのが嘘のようである。

「慣れると簡単ね、今度お弁当作って来てあげようか?」

気を良くした私は思わずこんな提案をしてしまった。

「お弁当ってもしかして、おにぎりのこと言ってないか?」
「え?…」

(何か変なこと言ったかしら?)

自分の発言を振り返ってみてもわからない。

「楽しみにしてるよ。お弁当!」
「う・うん。期待してるよ。」
「どっちが早いかな?」
「え?」
「俺がヘリに乗るのと、お前が弁当作ってくるの。」

彼がポツリと呟く。

(やっぱり気にしてたんだ。)

普段は明るそうにしているが、実はとても繊細なのだ。

「梶さんにも言われたんでしょ?アンタは亀だって。」
「だけどさぁ…」

思わず彼をギュッと抱きしめる。

「一緒に頑張ろう。今は恵や藍沢に遅れをとってるけど…大丈夫…だから頑張ろう…」
「緋山痛い痛い」

思わず抱きしめる力が強くなる。

「ご・ごめん」
「気・気を取り直して魚を捌こうぜ。」
「そ・そうね…。オペは大好きなの任せて。」
「お・おう。」

思わずお互いに顔をそらす。

「アンタ機械出ししてよ。」
「あ・ああ…」

米でさえ洗ったことがない私が魚なんて捌けるわけがない。
それはお互い分かっている。
でも黙ってしまうと今は心臓が飛び出そうなのである。

「バイタルと脈拍は?」
「バイタル121と脈拍90です。」
「これより、魚解体を行う。」
「よろしくお願いします。」
「メス。ガーゼ。ハサミ。ピンセット。開胸器」

とりあえず思いつくだけの手術器具の名前を挙げる。




「あははは・・・」

二人が同時に笑い出す。

「なんだよ、魚の解体って」

彼がお腹を押さえて笑う。

「い・良いじゃない。雰囲気出したかったのよ。」
「にしてもさぁ…ハハハ」

彼はまだ笑いを引きずっている。

「アンタはいつもそうやって笑ってて欲しいのよ。

しけた顔する男は藍沢一人で充分なのよ。」

「どういう意味だよ。」
「そういう意味よ。ところでさぁ、今更なんだけどさぁ。」
「なんだよ?」
「せっかく病院以外のところでこうしてるんだからさぁ…。

美帆子って呼んでくれない?」

「お前もかよ!今日はいったいどうしたんだよ?」
「私も一男って呼ぶからね。」
「そういうことは、外資系の男にでも頼むんだな。」

彼はプイっとソッポを向いてしまった。

「そんなこと頼むわけ無いじゃん。

私は特別な人じゃきゃ、名前でなんて呼ばせないわよ。」
私が腕組みをして洗面台にもたれ掛かる。

「本当かよ・〜」

彼が再び私の方を見る。

「じゃ呼んでみて。美帆子って呼んで。練習してみよ。」
「わかったよ。今だけだからな。病院帰ったら戻すからな。料理に戻るぞ。美帆子」

彼は照れくさそうに私の名前を呼んでくれた。
例え旅行の間だけでも良い。
一時でも彼と近い関係でありたい。
今ようやくわかった。恵の言うとおり私は藤川の事が好きだ。

「いよいよ、温泉ですね。」

食事を終えた私達は一度温泉に入ることにした。

「わぁ、広〜い。男湯もこんなのかなぁ?」
「明日は男湯とチェンジするよ。」

更衣室には私達以外の姿はなく、どうやら貸しきり状態のようだ。

「早い時間に来て良かったですね。」

私はタオルを巻くと大浴場のドアを開けた。

「お二人も早く来てくださいね。」

体を簡単に流すと、さっさと湯船に入る。

(それにしても、緋山先生本当に料理出来たのね。)

私としてはまた嘘をついていて、藤川先生から失望されるというのを狙っていたのだが…
しかも何故か名前で呼び合うようになっているし…。
鼻先まで湯船に浸かりながら外の夕焼けを眺める。

(これも日ごろの行いかしら?)

「冴島さん?溺れてないよね?」

後から来た緋山先生と白石先生も湯船に入る。

ブクブク…ブクブク…

空気の泡が水面に浮かぶ。

「この温泉飲んで大丈夫なの?」

緋山先生は効能に興味があるようだ。

「●腰痛・神経痛・リウマチ●やけど・外傷●皮膚病・アトピー・痔病●シミ・ソバカス・美肌
●打ち身・骨折・交通事故後遺症●ストレス解消・病後の回復●貧血●婦人病・不妊症だって」

白石先生が効能読み上げる。
生活が不規則なせいで肌が荒れやすかったり、ストレスが溜まりやすい私としては嬉しい効能だ。

「ところで私にアンタに言っておくことが出来たんだ。」

緋山先生は私の視界にフッと現れた。

「なんですか?」

私は水面に顔を浮かべると睨み付ける彼女を睨み返す。

「さっき一緒に料理してて分かったんだけど、私は藤川の好きなんだ。」

(ようやく自分の気持ちに気づいたのか。バレバレだったのに。)

「そうなんですか。それを何で私に言うんですか?」

出来るだけ冷静をよそおう。

「アンタも藤川好きなんでしょ?」
一体あの短い時間で何が彼女をこんなに変えてしまったのだろうか?
恐らくそれを永遠に知る機会は私にはこない。
「もし私の見込み違いなら邪魔しないで。」

私が黙っていると彼女はさらに続ける。

「もし私と同じ感情を彼に抱いてるんなら…」
「なら?どうするんですか?このまま温泉に沈めますか?」

取り繕うように笑みを浮かべた。

「そんなことしないわよ。彼が悲しむもの。」
「悲しみますかね?小うるさいの居なくって清々するんじゃないですか?」

心にも無い様なことをつぶやく。

「とりあえず、私が言いたいのは…」
「何ですか?夕焼けを見て和みたいのでさっさと言ってください」
「良いわよ。確かにアンタは今リードしてるわよ。でも私は負けないから。
フライトドクターも藤川も諦めないから!」

ザババ…

私は思わず湯から立ち上がる。

「欲張りな緋山先生には、二兎を追うもの一兎を得ず。という言葉を教えて差し上げましょう。」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず。とも言うわよね。私はもう逃げない。」

にらみ合う私と彼女…お互い全く視線を逸らさない。

(ここで逸らしたら負けよ。)

(どっちと付き合っても藤川君大変そう…。絶対尻にしかれるな。)

白石は汗をタオルで拭きながらその光景を眺めている。
結局この二人は似たもの同士なのである。
なので自分が一線を越えないようにコントロールしないといけないのは、
行きの車内で藍沢に言われるまでもなく分かっているのだが…

(ここに割って入る勇気はないよ。
前方の冴島さん、後方の美帆子って感じだもの)

二人の睨み合いはまだ続いている。

「言っておきますが、私だって負けるつもりはありませんからね。」
「お嬢様ナースに世の中の厳しさを教えてあげるわ」
「できるんですか?ヘタレの緋山先生に。」
「そうよ、私はヘタレよ。出来ないことを認めることが出来なかった。」
「お酒でも飲んでるんですか?飲酒後の温泉は危ないですよ?」
「茶化さないで。とにかく私は負けないから」

「ところで二人はどんな所が好きなの?藤川君の魅力を教えてよ。」

彼女が恐る恐る手を上げる。

(恐る恐るというか泣いてない?)

私と緋山先生は邪魔が入ったこともあり、一気にしらけた。

「温泉で大騒ぎするのもあれですし、今日はこの辺にしておきましょうか。」
「そ・そうね…。恵。もう喧嘩しないから泣かないの。」
「泣いてないもん。ちょっと二人の般若みたいな顔が怖かっただけだもん。」
「誰が般若ですって?」

私が悪ふざけで彼女の顔を湯船に押し込む。

「そ・そういうところよ。もう美帆子どこ触ってんのよ。いやらしい」
「ちょっとまた大きくなったんじゃない?羨ましい。」

緋山先生は胸の感触を確かめている。

「あんまり意地悪すると藤川君に言いつけるからね。」

彼女は胸を両手で押さえながら私達を見る。
もしかしてちょっと怒ってるのだろうか。

「せっかく旅行に来てるんだから、仲良くしなきゃ駄目じゃない。」
「何で私が…」

お互いの顔を指差す。

「あんまり騒いでると男湯に聞こえても知らないからね。」

彼女は湯から上がると、さっさと出て行ってしまった。

(花火大会かぁ。)

今年はシフトの関係もあり、花火大会に参加することは出来なかった。
ここ数年は看護学校のときの友人と行くことも無くなってしまっている。
私は浴衣に着替えると椅子に腰掛ける。

「どうしたの?ため息なんてついて?」

向かいの席に白石先生が腰を掛けた。
緋山先生は入念に化粧直しをしている。

「この時間がいつまでも続けばいいのにと思ってたんです。」
「明日からまた忙しい日々が始まるんだね。」
「良いのよ?別にずっとここに居ても、私は藤川と帰るけどね。」

(やっぱり温泉に沈めておくべきだったかしら)

「あら私が戻らないと、現場で腕のないフェロー誰がフォローするんですかね?」

何で彼女とはいつもこうなってしまうのだろうか?
こんな時くらい心静かに過ごしたいものだ。

「それにしても、アンタ背が高いから浴衣が絵になるわね。」

緋山先生は悔しそうに羨ましがる。

「髪もあんまり茶色くないし、冴島さんって和風だよね」
「あ・ありがとうございます。」

二人から褒められると調子が狂う。

「何照れてんのよ、お世辞に決まってるでしょ!」
「まぁまぁ、それにしても休み中晴れて良かったね。」
「そうですねぇ。」

夕方になったせいか、外が俄かに騒がしくなってくる。

『三人とも準備できたかぁ〜』

藤川先生の声が廊下から聞こえる。

「行きましょう。」

私は椅子から立ち上がると下駄箱から、藤色の下駄を取り出した。

「わぁ。」

下駄はバランスを取りにくい。

「私はいつもヒール履いてるから何てこと無いわ。」

いつもハイヒールの緋山先生はスタスタと歩いて少し先行する藤川先生の隣へいく。

「手つないで良い?」
「あ・・ああ・・・まぁ」

(あの二人…何か良い雰囲気だなぁ。)

「綿菓子だぁ。お面もある。藍沢君射的やってみてよ。」

白石先生は藍沢先生の腕を引っ張っている。
藤川先生の家のときも感じたのだが、彼女はいつになくはしゃいでいる。

「藍沢君すご〜い。何でも出来るんだね。」
「射的なんて腫瘍摘出がちょっと遠くなったようなもんだ。」

藍沢先生も満更でもなさそうである。

「恵〜はぐれちゃうよ〜」

緋山先生の声が聞こえたのか…
白石先生はこちらを見てウインクすると藍沢の浴衣の袖をつかみ人混みの中へと消えていく。
消えていくというよりも、自分から紛れたように見えた…。

「アンタも金魚救いくらいやってみたら?」

緋山先生は金魚すくいを指差す。

「頑張ってください」

肩で息をしながら追いついた私も慌てて励ます。
彼は浴衣の袖を捲くると中腰になる。

「ああ・・そこそこ」

ポイが破ける。

「あの〜、良かったら私達でサポートしましょうか?」

私はおじさんからポイを3つ受け取ると、それぞれにポイを渡す。

「私と緋山先生で金魚を追い込みますから、一男さんが救いあげてください」
「どんだけ金魚すくいに全力尽くす気よ。」
「嫌なら良いんですよ?私が一男さんを支えますから」
「そんなこと言ってないわよ。負けっぱなしは性に合わないしね。」

よくよく考えると三人での共同作業なんて初めてのことかもしれない。

「…で何であそこで破れますかね?」
「ついてなかったのよ。」

彼はガックリと肩を落としている。
無理もない大の大人が三人がかりで金魚すくいに惨敗してしまったのだ。
あまりにも哀れに映ったのか屋台のおじさんは亀を一匹くれた。
スッポンのように食用ではないから、食べてはいけないという注意も受けた。

「それでその亀どうするんですか?なんとなく一男さんに似てますね。」
「やっぱり解剖の練習に使うのよね?」
「亀は万年って言うだろ?
今日のことをずっと覚えていたいからウチで飼おうと思うんだ。
辛くなったときは、この亀を見て頑張れるようにするんだ。」

亀の入った袋を両手で持ち上げると、彼はようやく肩を上げた。

どんなに願っても時が止まる事はない。
私はフライトナースなのでこの病院に居続けるが
フェローである彼等はこの研修を終えると、それぞれの道をまた歩みだす。
そしてまた来年も新しいフェローがやってくる。

「私も忘れません。思い出に何か欲しいですね。」
「確かにそうね、私達も記念になにかないかしら?」

緋山先生は出店を見渡すと頷く。
突然私達の手首をつかむと一軒の出店の前まで連れてきた。

「これならアンタでも出来る。私にとって。」

緋山先生はクイっと首をやる。

「なるほど。確かにこれなら出来そうですね」

ついた場所はヨーヨ釣りの店であった。

「よし待ってろよ。どれが欲しいんだ?」
「この大きな緋色のやつ。」
「お…おう。」

二人がヨーヨーに夢中になっている間に私もめぼしい出店を物色する。

(せっかくだし形に残るものがいいわよね。)

怪しげなジュエリーショップが目に入る。

(流石にこれは緋山先生に悪いわよね。)

見なかったことにして、もう一方の店を見る。

(このあたりで手を打つか。)

いかにもと言ったところだが、ヨーヨーとのバランスを考えると妥当な所だろう。

「あ・いたいた。何かめぼしい物あったの?」

機嫌のよさそうな緋山先生の声が聞こえる。

「ええ…まぁ。」

私が振り返ると、彼女の指にはヨーヨーが引っかかっている。

「良かったですね。」
「1回で取ってくれたの」

彼女はニコリと笑う。
私と違って彼女は愛嬌というが感情表現が豊かである。
いつも怒ったり笑ったり泣いたり、
これは私の予想だが、彼女は冷静沈着な三井先生とは違うタイプのドクターになる気がする。

あの藤川に対する胸の高鳴りに気付いてから三ヶ月たった。
あの後からは藤川とよく話すようになった。
以前のように彼は自慢話や見栄をはらなくなり
空き時間には一人で手術の練習をしている。
なぜそうなったかは三ヶ月前になる。黒田先生の穴を埋めるために
胸部の専門医が翔陽大学附属北部病院にやってきた。
名前は佐ノ上颯獅(さのうえそうし)胸部心臓外科医だ。
この人は最初から他の先生とは違っていた。
就任初日のあいさつで彼はこう言った。

「俺のことはできれば颯先生ってよんでくれ!!これからしばらくよろしく!!」

外科医にしては軽いノリで気さくな感じだった。
この先生にいち早く仲良くなったのが藤川だった。

「何かいい物あった?」
「あれです。」

私はお面を指差す。

「お面かぁ。お祭りって感じだねぇ。俺も買おうかなぁ。」
「せっかくだからお互いに選びっこしませんか?」

アニメのキャラクターのお面なので結構種類がある。

「そうだねぇ。女の子はやっぱりミッキーとかそういうのが良いのかなぁ?」
「何を選ぶか楽しみにしてますよ。一男さんにはこれをプレゼントします。」

私はあるお面を指差す。

「ブラックジャックじゃないか。これでいいの?」
「立派なドクターになってくださいって意味です。」

私としては決して皮肉のつもりは無いのだが、彼は少し苦笑いしている。

「が・頑張ります…。じゃぁはるかさんは・・・ドラミちゃんでどうだろう?」
「どういう意味ですか?」
「ほら俺、眼鏡掛けててのび太っぽいでしょ?で看護師だからサポート役かなぁって」

彼はやっちゃったという顔をしている。

「え?怒ってませんよ?」
「怒ってないの?」

(私の顔そんなに怖いのだろうか?)

「嬉しいです。私もっともっと頑張って立派な看護師になります!」

私は精一杯の笑顔を作る。

今の私にはこれが精一杯。

お酒でも飲んだ方が、もしかしたらリラックスできるのかもしれない。
でも大切な思い出を酔って忘れてしまうのは勿体無い。
会計を終えてそんなことを考えていると、緋山先生が後ろから小突く。

「あっちにジュエリーショップあるんだけど。私ピアス欲しいんだけど。
アンタはプライベートでイヤリングとかしないの?」
「私は通勤のときにイヤリングするくらいですかねぇ」
「というわけでアンタ選びなさいよ。」
「え?」

彼はこっそり財布を覗き込む。

「ところで白石先生達はどこに行ったんでしょ?」
「奥の方まで行ったみたいだからなぁ、神社の方まで行ったのかも…」
「ちなみにここの神社って何を祭ってるの?」
「確か縁結びだったような。」

ド━━ ン !!!という音が響き渡る。
気がつけば花火が始まる時間である。

「綺麗ねぇ。」
「この花火が終わると私達の夏も終わるんですね。」

私はポツリとつぶやく。
夏が終わるということは、恐らくよっぽどがない限り藤川先生とも別れを意味する。

「そうだなぁ。俺はこの花火に誓うよ。必ずフライトドクターになる!」
「私もそうねぇ、来年も三人で花火見れるように頑張るわ。」
「私はどうしましょう?」

既にフライトナースになるという夢が、叶っている私には夢がない。
よくよく考えると私には彼等のように未来への希望が無いのかもしれない。

「無理しなくていいんじゃない?アンタは今でも充分優秀だと思うわよ。」

緋山先生は優しく私を見る。
いつもの敵意がないのは気のせいではないだろう。
彼女は意外と情に厚いのである。

「私はドクターではないので直接人を救うことはできません。
傷ついたドクターを励ますことは出来ます。
助けられなかった悲しみを一緒に背負うことも出来ます。でもそれだけです…」
「充分じゃない?」
「そうなんでしょうか?」
「俺はまだヘリにのったことは無いからわからないけど、
もし俺が乗るとはるかさんが担当だったら心強いな。」

まっすぐな瞳が私を捉える。

「あのさぁ、もし俺が…ド━━ ン !!!ド━━ ン !!!ド━━ ン !!!」

彼が真剣な眼差しで何かを語りかけたが、
その声は目玉の十六連発打ち上げ花火にかき消された。

「今なんて言ったんですか?花火で聞こえなかったんですけど…」

申し訳なさそうに私が尋ねる。

「べ・別にたいしたことじゃないから…。また今度な。」
「何よ。男らしくハッキリもう一回言いなさいよ。」

緋山先生も呆れる。

(一体何を言ったのかしら?緋山先生も聞こえなかったのよね?)

私と緋山先生は顔を見合わせ両手を挙げた。
ところで彼は先程から袋をガサガサと漁っている。

「アンタその袋何はいってるのよ?」

私と緋山先生が袋を覗き込む。

「花火だよ。花火。打ち上げ花火だけじゃつまんないだろ?」
「せんこう花火なんて風流ね。チマチマやるのはガラじゃないけど付き合うわ。」

緋山先生は5本のせんこう花火にまとめて火をつける。
私も花火を受け取ると火をつける。

「緋山のはせんこう花火っていうか松明みたいだな。」
「私はこういう全てを照らす存在でありたいのよ!」
「いつまでも長く心に残るような存在でありたいです。私は…」

それぞれは花火を通して自分を見ているようである。

「それにしても、恵の奴どこにいったのかしら?」
「携帯も通じないし、案外どっかでいちゃついてるんじゃないか?」
「今日はヤケに白石先生ハシャイでましたよね。何かあったんですかね。」
「あの子親の仕事があれであの性格でしょ?こういう仲間内旅行初めてらしいのよ。」
「確かに居酒屋以上旅行未満って友達いますもんね。」

確かに私が幹事だったら彼女を誘っていたかどうか…

「まぁ、それは良いとしてどこ行ったんだろ?」
「もしかしたら、違う花火がどこかで上がってるかもしれませんねぇ。」
「確かにねぇ、」

私はクスクス笑うと、緋山先生もつられて笑う。

「違う花火ってなんだよ?」
「アンタねぇ、惹かれあう二人が一緒に花火を見て…」
「気持ちが盛り上がって何も無いわけないですよね〜。緋山先生〜」

そんなもんかなぁと彼は首を傾げている。

(上手く頑張ってくださいね。)

実は白石先生がはぐれたのは、温泉での打ち合わせ通りなのである。

「そんなハシタナイ事無理だよ。ドン引きしてこれから話せなくなったら嫌だよ。」

と顔を赤らめて恥ずかしがる彼女も緋山先生と私が協力するならということで、勇気を振り絞ったようだ。
もちろんこれを知っているのは三人だけ。

私は夜空の星を見ながら白石先生の健闘を祈った。
こちらはどうかというと、彼の様子を見ていると今夜はもう何もなさそうである。

「花火も終わったみたいだし、そろそろ帰らない?」

気がつけば最後の打ち上げ花火が夜空に浮かんでいた。

「緋山先生?」

緋山先生の目からは涙がこぼれている。
どうかしたのだろうか?

「緋山?」

藤川先生が慌てたようにハンカチを渡す。

「ご・ごめん。何でもない」

彼女はハンカチをむしり取ると、慌てて涙を拭いた。

「キャハハ」

宿に戻ると部屋からは白石先生の甲高い声がする。

「何か入りにくいわねぇ」
「お邪魔しちゃ悪そうですよね。」
「温泉に汗でも流しに行くか?」

私達はバツ悪そうに部屋を後にする。
最悪の時にはもう一つの部屋で寝ることも覚悟しておこう。

「花火綺麗だったわね。」
「ええ…あんなに近くで花火みたの初めてです。」
「お面良かったわね。ドラミちゃんだっけ?」
「はい。藤川先生が選んでくれました。」

花火大会が終わった直後ということもあり、温泉には私と彼女以外の人は居ない。
元々そこまで仲が良くない二人である会話が弾むわけがない。

「私は今日を良い思い出にしたいと思ってます。緋山先生貴方はどうですか?」

沈黙に耐えられなくなり、私は突然緋山先生の肩を揺さぶる。

「ちょっと急にどうしたのよ?」
「今日はもう争いごと止めませんか?お互いにとって良い思い出にしませんか?」
「どうしたの?急に?珍しく熱くなってるじゃない?」
「お嬢様の白石先生ですらあんなに頑張ったんですよ?
このまま帰ったら立場逆転しちゃいますよ?」

仲の良い二人のことだ。帰ってからも藤川先生へのアプローチする方法について相談することだろう。
そのときにアドバンテージを白石先生に取られるのを彼女は耐えられるのだろうか?

「確かに最近恵が上から目線なのは、気にはなってるのよね。」
「そこでです。緋山先生湯あたりしてくれませんか?」
「は?」

突然の提案に彼女は面食らったようだ。

「誰かドクターが傍にいて欲しいって言えば藤川先生を宿に引き止めれます。
三人で夜通し話でもしませんか?」

夜勤等で二人きりになることのある彼女には、あまりメリットの無い話かもしれない。
でも私には「傍にいてください」なんていう勇気はまだない。


「アンタに協力するのも最初で最後だからね。」


ちょっと不満そうに頬を膨らませている。
でも顔は笑っているので少し安心した。
私もこんな風に素直になりたいものである。

「緋山先生大丈夫ですか?」

女湯の暖簾をくぐると私がワザとらしく声をかける。
風呂上りの牛乳を飲みながら新聞を読んでいる藤川先生が気がついて駆け寄ってきた。

「どうかしたのか?」
「あれ?アンタなんで踊ってるの?元気ね?」
「踊ってねぇし。どうした?サウナでも入ったのか?」
「緋山先生湯あたりしてのぼせちゃったみたいなんです。」

とりあえず私達は布団が敷かれた部屋に戻ることにした。

「脈とか心拍数は正常だし寝てれば大丈夫だろう。」

緋山先生を布団に寝かせると私達は椅子に腰掛ける。

「色々疲れが溜まってたんだろうなぁ」
「患者さんが急変するのを期待して、病院に泊まること多いみたいですもんね」

彼のコップにお茶を注ぐと、ささやかに二人で乾杯する。

(緋山先生ごめんなさい。)








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