きっかけ(非エロ)
-4-
藤川一男×冴島はるか


「ううう喉渇いた〜」

狸寝入りの緋山先生がワザとらしくうめき声をあげる。

「ああ・・・大丈夫かな〜」

藤川先生は頭を掻きながらポカリスエットを彼女の口に持っていく。

それを彼女はゴクゴクと喉を鳴らして吸い上げていく。

(なんか羨ましいなぁ。私が湯あたりの役の方が良かったかしら?)

普段看護しているがされることには、慣れていないのでちょっぴり羨ましい。
後ろから見ていると育児をしているようにも見える。
彼がいつか家庭を持ち、子供をもうけるとこんな光景が当たり前になるのだろうか。

「ん?」

立ち上がった彼が崩れるように倒れる。

「どうしました?」

私が慌てて彼に駆け寄る。

「足がおかしい…。」

彼は苦悶の表情を浮かべている。

「足ですか?」

足をさすると「痛い痛い」という泣き声が聞こえる。

(困ったなぁ)

「ちょっとどけて。」

耳元に頼もしい声が聞こえる。

「ちょっと足痛いけど我慢するのよ。」
「緋山起きて大丈夫なのかよ?」
「アンタが心配で寝れないじゃない!」

彼女は涙目の彼の足を伸ばすと何かやっている。

「サプリメント飲んで無いからこういうことになるのよ。」

彼の顔色がだんだん元に戻る。

「足はつると癖になるから気をつけなさいよ。」
「悪かったなぁ」
「困ったときはお互い様よ。

アンタには生理痛で夜勤がきつい時に仮眠取らせてもらったりしてるからね。
今日だって私のことなんか放っておけば良いのに…
お人よしなんだからアタシのことなんかほっとけば良いのに…」

「今日は大事を取って泊まったらどうですか?」

緋山先生がそう言えと、彼に見えないように合図している。

「そうよ。そうしなさいよ。」
「いや、お前等二人は大丈夫なのかよ?」
「何がよ?(何がですか?)」

結局布団をもう一枚ひき、彼を真ん中にして寝ることになった。

「なぁやっぱり、男の俺をどっかに隔離したほうがいいんじゃないか?
年頃の女として」

彼は一人布団に包まっている。

「アンタ何襲い掛かる勇気あるの?頼もしいじゃない。どうぞ!」

緋山先生は肉食獣の目の輝きをしている。

「一男さん、眠れないなら子守唄歌ってあげましょうか?」
「美女二人に囲まれてヘタレの藤川君は、何も出来ませんでしたって森本先生に言おうかな」
「隣に居るのは虎だ。虎だ。虎だ。」

彼は自分に暗示をかけようとしているようだ。
きっと物凄い誘惑と戦っているというのは、私達の自惚れだろうか。

「あ・そうだ。さっき患者さんが急変するのを期待してって言ってたよね?」

彼は布団から顔を出して私の目を見る。
突然顔を出したので思わずキョトンとしてしまった。

「最初は俺もそう思ってたんだけど、どうもコイツは違うみたいだよ。
だから誤解しないであげてくれよ。緋山は不器用なんだよ。」

何で彼女の味方をするんですか?
同期だからですか?
私のことももっと見て欲しい…。

「〜〜〜!」

耳元で何かの音がしている。
目覚まし時計かぁ?
私は寝返りを打ち音から離れがてら音の方を乱暴に殴りつける。

「〜〜〜」

まだ鳴り止まない。
仕方なく手元にあった枕を投げつける。
これで静かになるだろう。
後で電池を入れなおして復活させれば万事問題なし。
私は貴重な休日の睡眠を再び貪るために意識を集中しようとした。

(待てよ休日??)

考えてみると寝る前に目覚まし時計をセットした記憶など無い。
今は旅行に来ているはずである。

「〜一男〜大丈夫ですか?」
「辛うじて眼鏡だけは…」

段々頭がおきてきたのか、耳の音がクリアになってくる。

「メイクがあるから〜〜誰だよ」

声の主は呟きながらボールペン?で私の体をつついている。

「朝〜」

(だんだん昨夜のことを思い出してきた。)

私達は朝日が出るまで語り合っていたのだが、
今日は運転もあるので少しだけ寝ようということになったのである。

「起き〜」

これだけ近くで聞こえるということは、腐っても医療者狸寝入りには気がついているかもしれない。

(ここまで意地になると起きにくいのよね。こうなったら)

ガバっと人の気配の方に体を向ける。

「ガオー食べちゃうぞ〜」

薄っすら半目を開き一気に手を気配の方に伸ばすと、抱きつくように巻きつける。

「キャ━━━━━━━━!!」

耳元で静寂を切り裂く叫び声がし、唇にやわらかい感触がちょこんと当たる。

「え?」

だんだん視界が明るくなる。
目の前に居たのは…
顔を真っ赤に冴島であった…。

(しまった。間違えた。)

「藤川君!?」

恵が飛び込んでくる。

「え?」

藤川が後ろを振り返る。

「今の叫び声って??あれ?貴方藤川君?だよね?どうしたのその顔?」
「う〜ん。」

なんと説明して良いのかわからないらしい。

「あの〜緋山先生?目論見外れて残念でした。」

(やっぱり気がついていたのか。)

「な・何のことかしら?」
「それにしても間近で見ても色気とか皆無ですね。ちゃんと食べてますか?」
「うるっさいわねぇ〜」
「これじゃ夜勤で誘惑されるなんてことは無さそうですね。安心しました。」

冴島は腕を振りほどくと、私にでこピンすると立ち上がった。



それから二ヵ月後
旅行から帰ると、また忙しない日々が始まった。
藤川の顔の傷は、寝ぼけて冴島と私に抱きついて返り討ちにあった事になっていた。

(森本先生と梶さんの仕業らしい。)

まぁ確かにそっちの方がらしいといえばらしい。
運ばれてくる急患、急変する患者。これの繰り返しである。
そんなある日
私と藤川は夜勤の当直であった。
椅子には夜食のおにぎりと珍しくインスタントラーメンが置かれている。

「温泉から帰るとあっという間だったなぁ。」
「また行きたいわねぇ、恵と藍沢も良い雰囲気みたいだしねぇ。
聞いた?この前この部屋で…」
「ああ失敗した!!集中できないだろ!」

彼は縫合の練習をしていたのだ。

「オペ中に静かになんてなるわけないでしょ?やり直し!!」

私は厳しい口調でやり直しを命じる。

「お前最近三井に口調が似てきたな。」
「あらそれは光栄…あ・三井先生お疲れ様です。」
「その手は食わないぞ。」

彼は手元が狂わないように慎重に縫合をしている。

「何やってるの?」

ヌッと三井先生が藤川に尋ねる。
私は意図を察してあえて黙っている。

「あら藤川先生?無視かしら?」
「え?いや緋山?ちょっと待…」
「この分じゃまだまだね。オペのときはね、
あらゆる情報に気を配らなきゃ駄目よ。術野だけ見てたら駄目。
救急でやっていくなら忘れないように」

三井先生は布をヒラヒラさせると、静かに「頑張ってね」と肩を叩くと去っていった。

「一体何しにきたんだ?」
「ああ…ほらアンタ私に抱きついたことになってるじゃない?二人の夜勤は危険だってことになってるみたいよ。
院長がコンプライアンスは大事ですって言ってたらしいから」

最近二人での夜勤はいつもこんな感じである。
練習ひたすら練習である。
ちなみに時間の割合的には藤川8に対して私は2だ。
彼の妨害工作は妨害にならないので、冴島も夜勤のときに私は多く練習することにしている。
彼はおにぎりを口に頬張りながらポツリと呟く。

「黒田があんな事になったし、俺はヘリには乗れないのかなぁ」
「さぁ?私としてはヘリに乗る回数がこれ以上減るのは勘弁だけど…」
「だけど何だよ?」

彼は昔ほど不機嫌にならなくなった。

「アンタになら取られても良いかなぁなんて思ってたりするのよね。」
「かぁぁ、余裕だねぇ。さぁ気を取り直して練習だ。」

冷蔵庫から豚のハツ(心臓)を取り出す。

「じゃぁラーメンにお湯入れるよ?5分スタート!」

今度はバイパスの練習である。
もちろんこれも私の妨害付きである。
ちなみに5分というのは、心肺停止から5分以内が後遺症が残らないといわれるからだ。

「だいぶん上手になって来たんじゃない?」
「そうかなぁ?実は上手くいったのをそんなにマジマジみたこと無いんだよな。
まぁ緋山が言うならそうなんだろうな。」

彼が自信無さそうに腕を組む。

「ヘリいつか一緒に乗れると良いね。」
「フェローだけでかぁ?無理だろう。」
「いつかよ…いつか…」

もし自分が変わってやれるのであれば、一度変わってあげたいものである。
もちろんそんなことが許されるはずがない。

「♪♪ーー交通事故患者受け入れ願います。」

静寂を電話の音が切り裂く。

「藤川先生と緋山先生は旦那さんの手当てを。私は奥さんの手当てをします。」

三井先生がキビキビと指示を出す。
出来る女といった様子である。いずれは私もああなりたいと思う。

「黒田先生。」

遅れてきた黒田先生は看護師に聴診器を付けてもらっている。

患者の出血が止まらない。

「開胸しろ〜。この患者助けるぞ〜。」

黒田先生は腕を切断したためメスは握れない。
オペをするのは私と彼のどちらかである。

「俺がやるから、緋山はフォローしてくれ。」
「アンタ出来るの?」

黒田先生の前で醜態をさらせば、今度こそ彼はヘリに乗れなくなる。

「お前がフォローしてくれれば出来る。助けてくれ。」

ヘリに乗ることが目的だった頃の彼はもう居ない。
今の彼は一人でも多くの患者を救うための手段としてヘリを認識しているのだろう。

「必ず助けようね。」

彼がメスを手に取り患者の胸を開くと、溜まっていた血が床におこぼれ落ちる。

「落ち着け。大丈夫だ。」

黒田先生の声がする。

「吸引」

彼が私にすばやく指示を出す。


もしかしたら
私と彼はこの形なのかもしれない。

望んでいた甘い関係では無いけれど、これはこれで悪くない。
生涯医者という同じ道を選び、共に歩く仲間だからできる形である。

「ここ抑えてくれるか?」

彼の意思が伝わってくる。
次第に声を出さなくても、サポートが出来るようになってくる。
黒田先生の目つきが変わったのがわかる。
私も彼も一人では藍沢の手技や恵の知識には、決して勝てないのはもう分かっている。
センスや閃きに差が有るのである。私も彼も天才や万能ではない。
でも二人なら並べる。いや、並べるだけじゃない。必ず追い越せる。
今はまだ無理かもしれない、でもお互い切磋琢磨していけば…。
ときにはどちらかが傷つくことがあるかもしれない。
でもそのときは慰めたり励ましあえば良い。

あの花火のとき、私にだけ聞こえた彼の本当の気持ち。
彼の心を捉えていたのは、私ではなかった。
そのときは勿論悲しくて辛くてたまらなかった。
自分の気持ちに気がつくのがもう少し早ければと悔やみもした。

「縫合終了…ですよね?」

彼が黒田先生の方を見る。

「黒田先生?」
「ああ…もう大丈夫だ。」

黒田先生は初療室を出て行く。

「助かったよ。ありがとな。」

彼が私に握手を求める。

「私達で一人でも多くの悲しみを減らそうね。」
「ああ…どうしたんだ?何か変だぞ?」

私は彼の手を力強く握り締めると笑いかける。

「もう離さないからね。」
「???」

彼はしきりに首をかしげている。
そんな彼を放っておいて、私は一度更衣室に戻ることにした。

「ああ…開胸はやっぱり疲れるわ…あれ?」

フッと気を抜いてしまったためか、目から汗と涙がとめどなく流れる。

「え?何で?何でよ?」

私は軽くパニックになる。
拭いても拭いても涙が止まらない。

バタンとロッカーを閉める音がする。

(いけない…誰か来る)

「あ・お疲れ。そっちは大丈夫だったみたいね…。」
「は・はい」

私はハンカチで目を覆いながら答えた。

「どうしたの?泣いてる?」
「え、いや。これは…」
「全くしょうがないわねぇ。」

三井先生は私の顔を抱き寄せて頭を撫でる。

「何があったかは聞かない。でも更衣室までよく我慢した。
好きなだけ思いっきり泣きなさい。」

辛いこと・悲しいことも多いこの病院での生活だけれど、私は幸せ者である。
だって相棒だけでなく、こんな素敵な師匠までいるのだから。

「悲しくなくても涙って出るんですね…」

私が三井先生に尋ねる。

「私も子供産んだとき感動して泣いたわ。貴方は何に感動したの?」
「失恋したんですけど、その相手が生涯の好敵手ってわかってそれで…」
「なるほどねぇ。それって藤川のこと?」

私の胸がドキッとする。

「最初から私は分かってたわよ。
貴方自分では気づいてなかったんでしょうけど、
藤川の事話してるとき凄く良い顔してたもの。」
「え?そうですか?」
「さっきのバイパスの練習見てるときの顔も凄く素敵だったわよ。」
「え?見てたんですか?」
「私の夢は一人でも多くのフライトドクターを育てて、ヘリを降りることだから」
「どうでした?」
「よく出来てたと思うわよ。現場で使えればの話だけど。」

三井先生は優しく微笑む。

「三井先生、ありがとうございました。私行かなきゃ!」

伝えてやろう。一刻も早く藤川にこの事を…。
着実に一歩一歩一緒に歩いていこう。
私はこの形で満足だ。
迷ったらまた三井先生に相談しよう。

(さよなら一男…。これからよろしくドクター藤川)

私はドアを開けると一目散に走り出した。


最近の藤川先生は何事にもイキイキしている。
ナースステーションでも「眼鏡を外すと案外良いかも」と話題である。

(今頃魅力に気がついても遅いのよ!)

私は軽く咳払いすると、I早めに昼を済ませることにした。
温泉旅行から帰って早3ヶ月
正直私と藤川先生には何の進展もない。
一方私の唇を奪った緋山先生と彼は少し良い雰囲気である。

(病気の彼にあんな仕打ちをしたから罰が当たったのかしら?)

世間では白衣の天使なんて呼ばれているが、私達だって人間である。

神様
プライベートくらい愛する人と過ごしたり抱かれたいと思うことが、
そんなにいけないことなのですか?

最近ため息をつくことが多くなった気がする。

「ここ空いてる?」

私の正面の椅子に緋山先生が腰掛けようとしている。

「ええ、どうぞ。」

目配せする前から座っていた気がするのは気のせいだろうか?

「お一人だなんて珍しいですね。」
「藍沢はお婆ちゃんのとこ、恵はヘリ当番、藤川は知らない。」
「知らないって喧嘩でもしたんですか?」

私は心配するフリをしながらも、内心はほくそ笑んでいた。

「変なこと言うわねぇ、何で私が藤川のスケジュール管理しないといけないのよ?」

彼女はいつものサプリメントを水と一緒に飲み込みながら尋ねる。

「そ・そういう意味じゃないですけど、ただ…」
「ただ?」
「最近良い雰囲気だってナースステーションでも評判ですから…」
「良い雰囲気?私とアイツが?冗談言わないでよ。何で私があんな奴と。
私は都会育ちの外資系か年収3000万以上の高級官僚としか付き合わないの。
あんなドンくさい田舎者なんかと付き合うなんて、正気とは思えないわ。」
「でも好きだって言ってましたよね?」
「ああ。嘘よ。暇つぶしにからかって見たの。面白かった?」
「何を言ってるんですか?」

今日の何か様子がおかしい。

「藤川も馬鹿よね。ちょっと練習に付きあったらコロッと騙されて夜勤も変わってくれるようになったわ。」

バシッと乾いた音が食堂に響く。

「もう…止めてください…。」

私の手が赤くはれ痺れる。

「何で?アンタだって実家が土地持ちだから好きなんでしょ?」
「お願いだからもう…」

私の手が震える。

「ああ・・・良い事教えてあげるわ。アイツ今夜うちに来るわよ。
酔わせて一発やっちゃって出来ちゃったって言ったらいくら出すかしらねぇ?掛けない?
アイツ見栄っ張りだからそういうの弱いわよ。」
彼女はクスクスと笑っている。

(どうしてそんな事を笑いながらいえるの?)

再び乾いた音が食堂に響き渡る。

「痛ったいわねぇ。」

周りの医師や看護師達は何事かとこちらを見ている。

「貴方は最低です。」

私は彼女をにらみつけると吐き捨てると席を立つ。
こんな人に彼は任せられない。
駄目でも良い伝えようこの気持ちを…


(本気で叩くことないじゃない。午後の診療どうすんのよ?)

私が鏡を見て腫れていないか確認していると、頭の上で声がする。

「随分悪役になってたじゃない?」
「み・三井先生…見てました?」
「見てたもなにも食堂の人全員が聞こえてたわよ。」

(そんなにボリューム大きかったかしら?)

「後悔して無いの?」
「何がですか?」
「貴方凄く辛そうな顔してたわよ。」

私が舌を出す。

「辛いことも感情を表に出さずに言える様になって初めて一人前よ。」
「はい。三井先生…私今どんな顔してますか?」

(私は仕事のパートナーになるから、冴島後は宜しくね。)

エレベーターに乗ろうとすると、ゴチーンという音がして降りてくる人にぶつかってしまった。

「冴島さん大丈夫?」
「すみません、白石先生こそ大丈夫ですか?」
「なんとか。」

大丈夫と言いながらも彼女は鼻を押さえている。

「ところで藤川先生見ませんでしたか?」
「藤川君?ヘリポートに居たけどどうして?」
「ちょっと話があって…」
「そ・そう。頑張って!」

白石先生はファイトと言って私の手を握る。

「は・・・はい」

彼女の哀れみとも軽蔑とも取れる視線が白々しい。

「あ・じゃ行ってきます。」

エレベーターのドアが閉まる。

(どうしよう)

緋山先生の言葉が頭に来たのは事実だが、どうやって彼に伝えよう。
うまくいかなかったら香織にも愚痴を聞いてもらおう。

談話室の前を通ると藤川先生の姿が見える。
ドキドキドキドキ
心臓が飛び出しそうだ。
今までのフライトでもこんなに胸が高鳴ったことはない。

「藤川先生。ちょっと良いですか?」
「どうかした?407号室の佐々木さん?」
「ち・違います。」
「え?じゃ急患?」
「行かないで下さい。緋山先生の家に行っちゃ駄目です。」
「え?え?」
「私じゃ駄目ですか?藤川先生の傍にいるの。私は貴方のためならなんだって出来ます。
だからもっと私を見てください。」
「冴島さん?どうしたの?」
「今日緋山の家に行くんですよね?」
「行かないよ。俺夜勤だし。」
「え?」

彼は眼鏡を拭きながら笑っている。

「第一俺が緋山の家に招かれるなんてありえないよ。アイツ俺に好きな人が居るの知ってるもの
そんな噂になって困るようなことする奴じゃないし」

何だか私が緋山先生から聞いた話と随分と温度差があるように感じられる。

「アイツさぁ、花火大会のとき冴島さんに言った言葉聞こえてたらしいんだよ」

あのとき花火で打ち消された言葉はなんだったのだろう?
そういえば、とても真剣そうな眼差しだったのを思い出した。

「もしヘリに乗れたらデートしてくれ。
そしてフライトドクターに慣れたら結婚を前提に付き合ってくれって言ったんだ。」

彼が照れくさそうに私を見る。

「私なんかで良いんですか?私冷徹な女ですよ?」
「知ってる。でも意外と優しいことも知ってる。」

彼は不意に私との距離を狭める。

「俺じゃ駄目?」
「光栄です。」

私が目をつぶると彼はグッと私の体を引き寄せた。



「現場凄い事になってるから!」

私が真剣な眼差しを浮かべヘリに乗り込む彼に声をかける。
彼が夢にまでみたヘリである。
初フライトで一緒になるとは、もはや運命としか思えない…。


ジリリーン
目覚まし時計が鳴り響く。

「ん?夢か?」

二日続けての夜勤のため生活のサイクルが狂っているのだろうか?
それとも夢のせい?寝た気がしない。
私達フェローはレスキューの制止を無視したことで一週間の謹慎を命じられたのである。

というわけで私は実家に帰省した。
帰ってきて机の上に山積みにされたものを見て驚く。
写真…写真…写真…

「何よ?これ?」
「貴方も年頃でしょ。がんばりなさい。こっちにもあるのよ。」

正直三井先生を始めとするシニアドクターの離婚暦を見ると
とても結婚する気になどなれない。
ただ具体的な彼氏も居ないので気分的に写真だけでもっとチラッと横目でみる。
今どきお見合いなんて古臭いことでしか伴侶を見つけられない
ヘタレの面を見てやるべしと、頬杖を突きながら写真をめくる。
揃いも揃ってボンクラそうである。

(やっぱりね。こんなの外ればっかりね。)

数枚めくると飽きてしまい。手を止める。

(〜病院心臓外科外山誠二東都大学医学部教授の父親
2人の兄と共に自身も東都大学医学部を卒業しているエリート家系に育つ)

「冴島系か。」

私がボソリと呟く。

「良かった興味のある人いたのね?」
「え?」

母がこちらも見ている。

(え?今なんて言った?)

「この人が良いのね?まぁ私に似てイケメン好きね。さぁ早速手配していただかないと」

母は慌しく電話を掛け始めた。

「あれでも事故に巻き込まれないか毎日心配してるんだ。親孝行だと思って行って来なさい。」

父の「事故」という言葉が耳に残る。

(まぁ話の種に会うくらいなら良いか…)

もしかしたら、相手の男だって医者である。
幸運にも多忙で流れるかもしれない。
そもそも会って何を話すのだろうか?
合コンなら慣れているが親も居るとなると、迂闊に弾けるわけにも行かない。

(こんなことになるのだったら、三井先生にでもアドバイスを貰っておくべきだった。)

「ほお、末っ子ということは婿養子にしてユクユクはうちの病院を継いで貰うと言う手も…」

父も何だかんだ言ってもノリノリである。
普通「うちの娘は提携先に飛ばされるような奴にやる程安くない」とか言うんじゃない?
とりあえず、どんな人物なのか調べてみるため、自室のパソコンを立ち上げる。
論文でも引っかかれば、医者としての実力はわかるだろう。
どうせ論文だけのモヤシだろう。

「え?」

心臓外科医の登竜門フレッシュマンズライブのHPに名前が載っている。

(どうせ下の方にチラッとあるだけよね)

HPは意外と重いのか、表示に時間が掛かっている。

「もったいぶるんじゃないわよ。気になるでしょ!」

乱暴にパソコンの本体を叩く。
史上最年少、史上最高得点2位以下に圧倒的に差をつけての優勝
大きな画像と共に先程のお見合い写真の男の白衣姿が表示される。

「何でこんな男が系列に飛ばされてるのよ?」

優秀すぎて教授に嫌われたとか?噂に聞く大学病院の世界なのだろうか?

『美帆子明後日になったから、予定空けておきなさい。』

母の声が聞こえる。

その時私は知る良しもなかった。
まさかあんなことになるなんて。

今度は北洋病院と検索してみることにした。

(もしかしたら、栄転かもしれない。)

現在医学会で注目の明真メディカルシティ計画の中心である明真大学より格上があるとは思えないが…

「日本初の快挙!肝臓移植と心臓移植を同時に行った奇跡のチーム」

このオペは私が研修医だった頃話題になったから少しは知っている。
そのメンバーだったのなら腕は悪くないのだろう。

(後は…)

腕が良いのにお見合いを出すほどモテナイと言うことは、
余程人柄に問題があるのだろうか?
藍沢の例もあるし一応調べておく方が良いかも知れない。

(さてと聞くだけ聞いてみるか。)

ポケットから携帯電話を取り出すと、ピコピコとアドレス帳を検索する。
私にはこんなときに頼りになるネットワークが二つもある。
明宝医大と岳南大学教授の娘が居るのだ。

(白石)(冴島)

医学会は意外なところで結びつきがあったりするから、噂くらいは耳にしているかもしれない。
いやそれどころか、私にお見合い写真が来ているくらいだ。
もしかしたら、彼女達にだって来ていても不思議は無い。
むしろそっちの方が自然である。

(断ったから私の所にまで来たとかじゃないわよね。)

二人のお下がりというのは我慢ならない。








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