ニケ×ククリ
毎晩、ギップルのテントで寝てる間にそんなことを考えていたり。 …少し、エッチなことを想像してしまったり。 横に女の子がいるから? …それとも、ククリがいるから? 「…………っ!」 俺はぶんぶんと顔を振った。 本当に俺は、一体何を考えているんだろう。 どうしても、今考えていたこと…認めたくはないんだ。 何故そう思うんだろう。 …わからない。 でも… 俺が必要とされているのかも、今はわからない。 ククリが本当に必要としているのは… ………… ”――レ…イドぉ…” 一週間前聞いたククリの声。 この声は、一生忘れられないかもしれないな…― 茶色い天井にククリの姿ばかりが映し出される。 そこにいるククリは俺に向かって笑顔でいてくれる。 いつも俺の後ろに付いて歩いて。 怒っても、次の瞬間にはニコニコしていて。 俺がばかなこと言っても…ククリは許してくれる。 これからも… …いや。 これからは一体どうなってしまうんだろう。 こうやって喧嘩をしても、明日には笑っていられるんだろうか。 俺達は…まだ、一緒に旅していけるんだろうか。 『勇者様…あのね』 『ん?なんだ?ククリ』 『あ、あのね、ずっと…』 『ずっと?』 『う、ううん、何でもない』 『何だよ、途中でやめるなよ〜』 『う、うん…たいしたことじゃないの』 『なんだ、腹減ったのか?それとも、歩き疲れたか? 別にここで休憩してもいいぞ』 『う、ううん。大丈夫…』 『そうか?なら良いけど…おっ、あんな所に薬草発見!』 『勇者様ぁ…』 『うん?』 『あの、あのねぇ…ずっと一緒に…旅、しようねっ』 『…えっ、あ、うん、その…うん』 『薬草、いっぱい摘んでギップルちゃんに預けとこっか』 『そ、そうだなっ。…よし、たくさん貰っていくか』 『…えへへっ』 『ど、どうしたんだよ?』 『えへへ、何でもなーい』 『そっ、そうか…』 ………… あの後もククリはずっと笑ってた。 えーと…あれはいつだっけな。 …あれ、何でだ。…思い出せない。 ずっとずっと前のことだったのか。 それとも、最近の出来事だったのか。 こんな時になって、こんなことが思い出される。 …俺が悪いんだ。 最近ずっと、ククリにそっけない態度取ってた。 本当はそんなことしたくなかった。 けど…どうしたらいいかわからなかったんだ。 出来るなら戻りたい。 そんなことを言えたような時に戻りたい。 その度にギップルに邪魔をされたっていいから… 痒くなるような恥ずかしさだって、我慢するからさ… こんなに自分のことを嫌いになったことは、今までない。 俺はずっと、自分のことしか考えていなかったような気がする。 きっと今までの天罰が下ったんだ。 本当ばかだよな、俺も…― ………… それにしても… …さっきから、妙な胸騒ぎがする。 何なんだこの感じは。 とてつもなく、嫌な感じ…。 吐き気さえするような気持ちだ。 外はさっきから小雨が… いや、段々雨は強くなっていってる。 雨に打たれて揺れる木。 必死で雨宿りしている野良犬。 水浸しになっていく地面。 まるで、モンスターが出る時のような。 …いや、それ以上の…― 「―ククリ…っ」 お風呂、大好き。 お風呂上がりは、もっと好き。 だって、一日の汚れをすっきり流してさっぱりするから。 お風呂に入っただけで、気持ちがリフレッシュ出来るから。 …お風呂から出たあと、勇者様と…喋れる時間があるから。 でも今日は違う。 一緒なのは、体がキレイになっただけ。 気持ちも変わらない。 勇者様も…いない。 涙のあとをごまかすために、長い間お風呂に入ってたから少しのぼせちゃった。 ここのお宿は部屋が4つしかないみたい。 おばあちゃんに案内されて、一番前の部屋に入った。 「はぁ…」 少し小さなベッドに横になる。 外は小雨が降っている。 しとしとと音が聞こえるけれど、あまり心地よくない。 (ククリのココロの中みたい…) そう思ったら、雨が少しずつ強くなってきた。 そんなに降ったら…寂しくなってきちゃう。 ふっと周りを見渡してみる。 小さなスタンド。 勇者様のバンダナの色。 …勇者様の…色。 いつからだろう、こんなに勇者様のこと好きになったのは。 ずっとずっと前から、勇者様のことは好きだった。 でも、その気持ちは何となくぼんやりしてた気もする。 だけど…その気持ちが段々とハッキリしてきたの。 何をしてても勇者様の隣にいたくて、 どんな時でも勇者様のことを考えて、 ずっと、ドキドキしてた。 …一度、勇者様に、『ずっと一緒に旅しようね』って言ったことがある。 随分前のことだけど、勇者様は照れながら、うんって言ってくれた。 その時はそれが幸せで幸せで、ずーっと余韻に浸ってた。 何回もそれを思い出して、時々一人で顔を赤らめたり… 今でも…思い出したら、ドキドキする。 勇者様は…覚えてないだろうなぁ。 一緒にいる時間が長ければ長い程、気持ちが強くなったと思う。 だけど、ククリの性格上…好きなんてとっても言えない。 もし、勇者様に好きっていって、勇者様がククリのこと嫌だったら… そう考えただけで怖くて、ずっと逃げてきてしまった。 でも…―もう、わかってしまったのかな。 勇者様の気持ち。 わかりたくない。 だけどわからなくちゃいけない。 逃げちゃ駄目なんだから… 「ククリは…勇者様のことが好きで、その勇者様とずっと一緒に 旅をしてこれて…幸せ、だったんだから…」 今まで本当に幸せだったんだもん。 旅をしてきて、辛いこともたくさんあったけど…本当に幸せだった。 それなのに、勇者様とずっと一緒にいたいだなんて、ゼイタクなんだ。 「勇者様…」 ククリ、”勇者様”を卒業しなきゃいけないのかな。 「勇者様は…どう、思う?」 この一週間の間に考えていた嫌な予感。 「もう…だめなんだね…」 それが…当たってしまった。 もう泣かないでおこうって思ったのに。 せっかくお風呂入ったのに。 顔が、ぐちゃぐちゃになっちゃう。 「ひっく…っく…」 勇者様…― キィィ… その時、後ろのドアが開く音がした。 (ドキッ…) 胸が高鳴った。 もしかして… 「…………」 無言でそこにいるみたい。 …おばあちゃんじゃ、ない。 一瞬期待が胸を横切る。 もしかして…! 自分が泣いていることも忘れて、振り返った。 「久しぶりじゃないか、ピンクボム」 「レ、レイド!」 そこにいたのは、期待していた人じゃなく…レイド。 それに、クロコが3人… 「”勇者様”と喧嘩して、一人で泣き寝入りしてたって感じだな」 「!!な、何で知ってるの…」 「フッ…お前らが都に着く前に、森の中で歩いてたお前らの後ろ姿を 徘徊中のクロコが見つけたんだ。で、後を追ったって訳さ」 「…………っ」 全然気が付かなかった。 その時はその時で精一杯だったから…― 「あっ…お、おばあちゃん、おばあちゃんは!?」 「安心しろ。俺は優しいからな…少し眠って貰ってるだけだ。 明日になったら今日のことは忘れてるさ」 「ど…どうして、こんなこと…」 「フッ、知りたいか?」 レイドが部屋の中に少しずつ入ってくる。 クロコも同じようにゾロゾロと… どうしよう、どうしたら…― どうしたらいいの、勇者様ぁ… 「今、”勇者様”と喧嘩してるんだろう。良い機会だと思ってね」 レイドは近くにある机にもたれかかって髪の毛をいじっている。 どうしよう、こんなとこでグルグルは使えない… 「今が良いチャンスだと思うがね。どうだ、仲間にならないか? 役立たずの勇者と一緒にいたところでどうにもならない―」 「ゆ、勇者様は、役立たずなんかじゃないもんっ!」 「ほぅ、それではピンクボムは”勇者様”の役に立ってるとでも?」 「!!」 …そんなこと…わからない。 「お互いがお互いの力を求め合ってこそのパーティだ。 ピンクボムの気さえ変われば、俺達は良いパーティになれると思うがね…」 「そっそんなの、絶対に嫌!」 「ぜ、絶対に…」 「おいっ、口が過ぎるぞ、レイド様に対して!」 クロコが口を挟む。 そんなこと…聞いてられない。 レイドとなんて…嫌。 勇者様じゃなきゃだめ、なの。 …もし、もう勇者様と旅が出来なくても。 ククリは…勇者様とだけ、旅をしたいんだからっ…! 「フ、フン…。まぁ、最初っから承諾してくれるとは思ってないさ。 だが、こっちにはこっちの考えがあってここまで来てるんだ」 「えっ…」 レイドがそう言った瞬間、クロコが変な粉を振り掛けてきた。 その粉はククリの周りだけを覆って… 「!!けほっ、けほっ…」 「これは今考えていることと逆の考え方になる効果のある魔法の薬だ。 効果は一日と持たないが、こっちの手にかかれば…―」 「レッ、レイド様!」 「何だ?」 「すっすいません!これは”神様”の薬でしたっ! 間違って持ってきてしまったようであります!」 「な、何ぃ!?何の効果があるんだ”神様”の薬って…!」 「えーと…そ、”その効果は神のみぞ知る”…」 「何だとぉ!?ま、まずい!何が起こるんだ!」 何だか、目の前がふわふわしてる。 やわらかくって、あったかくって… 何だろうこの気持ち。気持ちいーい… だけど、それに加えて何か変なキモチ。 ククリおかしくなっちゃったのかな…変なの… 体が熱くなってきちゃった。 「大体、お前が間違ったんじゃないか!」 「いいや、お前が最終確認したんだぞ、俺じゃない!」 クロコ同士で何か言い合いしてる。 そこで喋ってるのに、遠くで喋ってるみたいに聞こえる。 「え〜いうるさいっ!!とにかく、今回は退散だ! いいか、ピンクボム覚えておけ!次こそは…―」 「…レイドぉ」 「つ…次こそ、は…」 「ねぇ、何か…変、なの」 どうしよう、とめられない。 頭はふわふわしてるけど、体が熱くって…。 あれっ、やだ。 やだぁ…こんなキモチ。 やだ…けど… 「クッ、クロコ、とにかく、お前らは先に帰って報告しとけっ」 「ええっ、レイド様、でもどうやって帰るんですか?」 「どうにかして帰る!と、とにかく、早く帰れ!命令だ!」 「はっ、はいっ!!」 クロコ達が足早に帰っていく。 その足音は遠のいていった。 「…レ、レイド、あの…ククリ…」 「ピンクボム…」 レイドはククリの顔をじっと見つめている。 さっきからククリはベッドの上に座ったまま。 …ココロの中がぐちゃぐちゃにかき回されている気分。 勇者様が好き。勇者様に会いたい。 …なのに、体が変。 すごく、すっごく… えっちなキモチに…― (勇者様じゃなくても、いい?) ううん、そんなことないよ…! ククリは勇者様が好きなの。勇者様じゃなきゃ嫌だもん。 だけど、体がゆうこと聞かない。 じーっと、レイドの顔を見続けている。 レイドが段々、近づいてくる。 「…い、嫌…」 「何が…嫌なんだ。そんな顔しておいて」 「う……」 「神様の薬か…なるほど。確かに何が起こるかわからないが… 今回ばっかりは、面白い効果が出たようだ」 レイドが、ククリの肩を強引につかむ。 やだ…やっぱり嫌だ。 嫌だって気持ちはあるのに、どうしても動けない。 「ピンクボム、お前を勇者から奪える時が来たみたいだな…―」 ピカッ ゴロゴロ… うわっ、雷まで鳴ってきたぞ… 雨に打たれてめちゃくちゃ寒いし、こりゃあ絶対風邪引くな。 泊まっている宿からはかなり離れた所まできた。 というか、さっきいた場所ってどこだっけ。 広すぎて帰り道がわからんかも…― でも、胸騒ぎが止まらない。 嫌な緊張が続いている。 とにかく… ククリに会わないと駄目だ。 …駄目なんだ。 本当は、ずっと前からわかってたはずだったのに。 ずっとずっと目をそむけてきた。 やっぱり俺はククリのことを…― 嫌われてもいい。 もう嫌われてるかもしれないけど。 それでも自分の気持ちを伝えなきゃいけないって思った。 伝えなきゃ、駄目だ…。 さっきから知らない場所を闇雲に走っている。 どこの家や宿も電気が消えて、真っ暗だ。 その上この雨じゃなぁ… 「―いてっ!」 その時、小さな石につまずいて転んだ。 「っ……はぁ…」 ………… 何やってんだよ俺は… 何でこの雨の中、こんなドロドロになって走ってんだ。 何だか急にむなしくなって、その場にしゃがみ込む。 ククリ… 「はぁ…ククリ…」 『ずっと一緒に…旅、しようねっ』 「…………」 ずっと…一緒に。 俺だって、旅してぇよ。 あの時、言っとけば良かった。 俺も…ククリと一緒にいたい、って― 「ククリに…会いたい」 …ん? ぼんやりと、光が見える。 あの家、まだ誰か起きてんのかな。 俺は重い腰を上げると、その光に向かって歩き始めた。 だいぶ先なのに、やたら目につく光。 ―窓の光か? とにかく、ここでこんなことをしてても仕方が無い。 この街について聞けることがあるなら聞いてみようか… 何の手がかりもなく走ってるよりマシだろう。 SS一覧に戻る メインページに戻る |