道明寺司×牧野つくし
「逆らえば、あなたを消す」 もしヤツの脅迫がこうだったら、オレは絶対屈しなかった。 「牧野つくしを消す」 あっさりと言い放ったその顔には迷いも罪悪感もなかった。多分、今までもそうやって思い通りに生きてきたんだろう。 ババアがオレたちを引き裂こうとしていた時は、どこかでまだ余裕があった。 なんだかんだ言ったってオレの母親だし、父親の方は結構マトモだしな。 でも今回は違う。あのババアが涙ながらにオレに頼んだ。 「牧野さんと貴方には本当に申し訳ないと思うわ。でも道明寺グループが揺らいだら一体 何千万人の人間に影響を及ぼすか、想像もつかないわ。牧野さんのお父様と家族であるつくしさんの苦労を見たでしょう?」 「司・・・。すまない。いくら私でもあの一家からは牧野さんを守りきれないよ。頼む、彼女のためにもあきらめてくれないか」 父親が誰かに頭を下げるのをオレは初めて見た。 それでも俺はなんとか牧野といっしょに歩きたいと道を模索していた。 もともとヤツは別にオレを好きなわけじゃねえ。 要するに、道明寺グループとの縁談によって動く票が欲しいだけだ。 結婚以外の道を見つけられないか・・・それがみつかるまで牧野にも話せなかった。 好きな女がいると言った時、ヤツはあっさりと言った。愛人にすればいいじゃない。 そんな簡単なこと、という目。 日陰を歩かせられる女じゃねえ。そのときヤツは冷たい目で言い放った。 なんだかその女をうろつかせるとやっかいな事になりそうね。あたし、面倒なことは嫌いなの。共同出資?あたしと貴方が結婚するのが一番強固な絆だとどうして分からないのかしら ?・・・そして。 「すぐに婚約して。あたしの思い通りにならなければ、その女を消すわ。それでもダメなら ・そうね、綺麗なお姉さまかしら?」 こんな女と結婚して幸せになれるわけがねえ。大体結婚後もこうやって何もかも脅されて 生きていくなんてまっぴらだ。 「そうね、貴方がどうしても嫌ならお姉さまがうちの弟に嫁いでくれてもいいのよ。」 「ふざけんな!姉ちゃんは赤ん坊を産んだばっかりなんだぞ?」 「道はいくつか示したわ。お好きなのをどうぞ。でも忘れないで。その女を消すくらい・・」 ヤツはパチンと指を鳴らす。 「あたしにとっては簡単なことなのよ」 牧野!なんでここに!?・・・類が連れてきたのか! パーティー会場で牧野を見つけたオレは心底驚いた。 オレがプロムの時に贈ったドレスを着て胸元には土星のネックレスが光っている。 少し髪が伸びて綺麗になった・・。類が牧野に何かささやく。牧野が笑う。 ・・・なんてことない風景なのにたまらなくなる。 牧野!ちくしょう・・! 抱きしめたい、キスしたい。このまま牧野の手をとってどこかに逃げたい! 「あれがマキノ?へえ、ただのオンナノコじゃない」 いつのまにかヤツが後ろに立っていた。牧野を調査済みのヤツは牧野の顔を当然のように知っていた。 「こんな場所であたしに恥をかかせたら、どうなるか分かってるわよね? 今日が彼女の命日になるわよ」 牧野がオレを見つける。類がオレに目配せして会場から出て行く。 牧野の不安そうな目。牧野、・・・今はどうしようもねえ。 オレは心を鬼にして目をそらした。 パーティーが終わり、家につくやいなや、オレは類の家に電話するために受話器をとった。こうなりゃ全部事情を話すしかない。そのうえで親父たちにも協力してもらって・・・。 「入るわよ」にっこりと笑ってヤツが部屋に入ってくる。 「なんの用だ」オレはやつを睨む。 「司にで、ん、わ」携帯をオレにさしだす。 「もしもし!?司?」 「姉貴?なんだ、そんなにあせって」 「桜がいないの!メモが残っていて、司の結婚式に返すって・・!どういうことなの!?」 ヤツが肩をすくめる。こいつは悪魔だ。根っから腐ってやがる。 「てめえ・・・やりやがったな」 「ベイビーが心配?じゃあマキノにさっさと電話して。そのあと教会に行きましょ? 結婚証明書が出て、マキノが出国したらきっとベイビーはママに会えるわ」 コイツ、いつか絶対に殺す!オレは生まれて初めて本当に人を憎んだ。 「花沢類!もー、またこんなトコで寝て。風邪ひくよ?」 牧野の声が上から降ってくる。 「お弁当作ってきたよ。いっしょに食べよ?」 ぺたりと横に座る。牧野が大学生になって一年。俺たちの会う場所は高等部の非常階段から、 大学の屋上になった。 俺と過ごすようになって、牧野は綺麗になった。 もともと色白な肌にほんのりと化粧をするようになったせいだけじゃ、ないと思う。 色気、ってヤツ?俺にはよく分かんないし、どうでもいいけど。 でも他の男にはそうじゃないらしい。高等部から上がってきて何もかも知ってる男は俺と 張り合おうなんてハナから考えてない。元カレが司だしな。 だけど大学から入ってきた男たちはなんだかんだとまとわりついているみたいだ。 牧野は鈍感だし、高等部であんな生活だったせいか友達が増えた、って喜んでるけど。 俺は正直面白くない。俺に嫉妬、なんて感情があったのかと自分が一番驚いてる。 「ね、花沢類、行くでしょ?」 話を聞いてなかった俺は訊き返す。 「ん・・・どこに?」 「もう、やっぱり寝ぼけてる!美作さんち!今日誕生日でしょ?みんなも久しぶりに集まるんだから」 「それよりさ、あんたいつまで俺のことフルネームで呼ぶの?」 「え?・・だって、もう慣れちゃったし・・それに、類ってよんでいいの、静さんだけな気がして」 そう言って牧野はちょっと困ったように笑う。 俺はなんだか嬉しくなって牧野を抱きしめる。 「牧野が俺のためにやきもち焼くなんてはじめてじゃない?」 「ちょっと、こ、こんなとこでっ!人が来るよ!」 牧野は大慌てで身体を離す。身体を重ねるようになっても相変わらず牧野は照れ屋だ。 牧野を何回抱いても、俺は牧野がいつまでも側にいる気がしない。 いつか司か、他のやつが牧野を俺から連れ去っていく気がしてならない。 類は、カンがするどいよな、とF3に言われたことがあったけど、このカンだけは当たらないでほしい。 選挙戦が終わって、半年。ようやくヤツの監視もゆるんできた。 日本に行く、と言ったらあっさりOKしやがった。 「おいたは、ほどほどにね。」ふふふと笑う。 何も知らないやつらがこいつのことを天使のような女性だの、美しいだのほざくが、オレには悪魔にしか見えねえ。 何でもいい。とにかく日本だ。牧野が今どうしてるか分からないが、とりあえす会いてえ。 全てはそこからだ。 美作さんの家のバラはまだ蕾をつけたところだ。庭の向こう側には、道明寺と閉じ込められた温室が見える。あの時、花沢類がいなくてよかった。 あたしが思い出してること、気が付かれずにすむもの。 「よおっ、牧野!元気?」西門さんがドアを開けてくれる。あいかわらず美形だわ・・。 「美作さん、おめでとう。何がいいのか分からなくて、妹さんたちにこれ買ってきたの。」 あたしはメゾピアノのバッグの包みをさしだした。 「お、サンキュ。あいつら絶対こーゆーの好きだわ」 美作さんは優しく微笑む。あのことがあって以来、あたしは西門さんとも美作さんとも会わないようにしてきた。 だけど、久しぶりに二人の明るい雰囲気に触れると心がなごむ。でも。こうやって三人揃うと、一人足りないことがどうしてもはっきりしてしまう。 道明寺、何してるの?今、幸せ? 夜が深まって、滋さんと優紀は帰ってしまった。二人とも帰り際、これからはまた元通りに遊ぼうね、と何度も手を握ってくれた。元通り?道明寺がいないのに? あたし、おかしい。なんだか今日は道明寺のことが頭によぎる。 「牧野、類寝ちまった。お前も泊まってけよ。同じ部屋でいいだろ?」 美作さんがバスタオルを手渡しながら言う。 「や、やだ!他の部屋がいいよ!」 「変なやつ・・・まあいいけど。じゃあ、温室の部屋使って」 言ってしまってから美作さんはしまった、という顔をする。あたしは美作さんに大丈夫、という意味でうなずくと、温室に向かった 温室の電気をつけると、懐かしさに涙があふれてきた。 ここで、道明寺縛られてたんだっけ。キスして、ケンカしてたらSPが・・・。 !?気のせい!?道明寺のコロンの香りがする・・・。 振り向いたあたしは、大きな胸に抱きしめられていた。 「道明寺!なんで!?」 「牧野・・・牧野・・会いたかった・・」 道明寺が・・・帰ってきた? まるでそうすることが当たり前のように、唇を求め合う。 道明寺、道明寺、あたし・・・何にも考えられない、考えたくない。 道明寺の腕の中に、あたしがいる。 どうして?なぜ?疑問が次々と浮かぶけど、そんなことどうでもいいような気がするくらい、この場所はあたしに沿う。 この手以外、なんにもいらないって思ってたのに・・どうしてこんなに遠くに来てしまったんだろう。 道明寺の手があたしの頬をはさむ。 「なんかお前、綺麗になったんじゃねえ?」 「ばっ、バカ!柄にもないこと言わないでよっ!」 あたしは急に恥かしくなって道明寺から離れようとする。 道明寺が、思い切りあたしの腕をつかんで引き戻す。 「痛っ!何すんのよっ。」見上げてその真剣な眼差しに驚く。 「お前、ふざけんなよ・・オレがあれ以来どんなにお前に会いたかったか・・・! やっとつかまえたのに、離すかよ」 あたしはその言い分に、かっとする。 「よく言うよ・・結婚、したんでしょ?いろいろ事情はあったんだろうけど・・」 「今そんな話、したくねえ。」 道明寺はあたしの顔をぐっと上に向けると、激しくキスしはじめた。 いつもは優しいキスなのに、貪るような。キス。あたしははっとして道明寺の腕から逃れる。 「あ、あたしも、もうだめなの。」 「あ?」再度身体を離された道明寺は今にもキレそうな目であたしを見る。 「言っとくけど、お前が今だれとつきあってようが、カンケーないからな。絶対奪い取る」 「やめて!」あたしは道明寺の言葉を遮る。 「あたしがあの日から、どんなに辛かったか分かってる?ずっと・・・ずっと花沢類が支え てくれたの。花沢類を裏切るなんて・・・絶対できない・・・!」 「また類かよ。」道明寺の目が怒りに燃える。 「お前、ケー番変えたろ。」道明寺がふっと自嘲気味に笑う。 「日本着いて、ソッコー電話したら、この電話は現在使われておりません、だぜ。 おまえんち行ったら、あきらんちだっつーから来た。」 そこで言葉を切ると、道明寺はベットに座った。脚の上にひじをついて、両手で顔を隠す。 「あきらんちに入るとき、窓からお前らが見えた。総ニ郎も、あきらも、類も・・・ お前もみんな笑ってた。」 あたしはたまらなくなって道明寺に近づく。 大きな手に隠れて、表情が見えない。・・・道明寺が泣いてる・・? 「道明・・」 言い終わる前にベッドに押し倒される。 「ちくしょう・・・!」 道明寺の唇が強く押し付けられる。頬に、まぶたに、首筋に。 セーターを乱暴にたくしあげて、ふくらみに手をはわせる。 「道明寺、やめて・・!」 声が震える。類の笑顔が、目に浮かぶ。今ごろきっとあの幸せそうな寝顔で眠ってる。 全てを受け入れて・・・今でも道明寺にとらわれているあたしを待ち続けてくれてるの に・・! 「あの時、俺を待ってろって言いたかった!俺を信じろってよ・・。 けど、いつヤツを倒せるかわかんねーのに、言えなかった・・」 道明寺は手を止めて、身体を起こす。 「道明寺・・あたしに、何があったか話さないで。」 あたしは顔を両手で隠す。顔を見られたくない。聞いている道明寺の顔も見れない。 「事情を聞いたら、あたしはまた・・・揺れちゃう・・。 もう、決めたの。この先どんな事が起きても花沢類と歩いていくって・・。」 「俺になんもいう資格がないのは分かってる。なんの言い訳もなく結婚しちまったんだ かんな。けどよ、俺に言わせりゃお前も類も卑怯もんだ」 「あたしのことはいいけど、花沢類を悪く言わないで!」 全身に怒りが込み上げてくる。待ってられなかったあたしはともかく、花沢類が卑怯者? 「類がどうしてもお前が好きなんだったら、オレとお前がつきあってる時に、正々堂々戦えばいいのに、そうしなかった。オレが戦線離脱したらちゃっかりいただきかよ。 おめーもそうだ。そんなに類が忘れらんないんならさっさと行きゃーよかったのに。 オレがいなくなったら、じゃあ類ってか?」 かあっとなって、道明寺に手をあげる。 ぱしん、と頬がなる。殴った手を道明寺が捕らえる。 「オレは違う」 道明寺の目が強く光る。怒っている目でも、キレている目でも、ない。 「お前の代わりはいねえ。お前が誰といよーが、そいつを好きだろうが、あきらめねえ。」 そういうと、あたしの手をそっと自分の頬に持って行く。 「バカみてえだけど、信じてんだ、オレ。・・・絶対お前もオレのこと好きだってよ・・。 オレとお前はだめになんないって・・。」 あたしはたまらなくなって、道明寺を抱きしめる。 道明寺が目を見開く。あたしは、道明寺の胸にそっと寄り添う。 ふと目が覚める。ここ、どこだっけ。 あきらんちだ。また寝ちゃったのか。・・・ねむ。 時計を見ると午前2時。さすがに邸内も静かだ。 ・・牧野はどうしたんだろう。帰ったのかな。 もう一度ベッドに戻りたい気持ちと、牧野が気になる気持ちに迷う。 ・・寝てる場合じゃないような気がする。 俺は服を直すと、部屋を出た。 リビングに行くと、あきらが一人で大きなバッグを開けていた。 「あきら、どしたの?」 「お、類。起きたのか。お前11時には寝てたぞ。ガキかよ。 なんか玄関のとこにこのカバンがあってよ。中身見てたんだけど・・・。 なーんか入ってる服のセンスがよー・・・。」 俺はあきらの持っていた服に目をやる。・・・司だ! 「牧野は!?」 「ん?離れの温室。あそこ泊まれるんだよ。ちょっと、類、どうしたんだよ」 あきらに構わず、俺は温室に向かった。 気がつくと走っていた。ほんと、最近俺らしくないよ、牧野。 温室の窓から光が漏れてくる。ドアをそっと開ける。 寝室らしき部屋から話し声がする。・・・やっぱり司だ。 牧野の声・・・なんか怒ってるみたいだ。 急に静かになる。・・・俺の中のアラームが鳴る。 今すぐドアを開けなければ、取り返しがつかなくなる。 また、司に奪われるのを黙って見てるつもりか? あんたが笑ってればそれでいい、そんな風に自分を納得させてまた身を引くのか?。 嫌だ。もう、絶対司にも、他のやつにも牧野は渡さない。 そう思うのに、どうしても足が進まない。 寝室の明かりが消えた。 俺はきびすを返すと、温室を出て行った。 道明寺のキスは優しい。行動も言葉も荒々しいのに、不思議。 額に、まぶたに、頬に、唇に・・・何回も何回もそっと触れるだけのキスが降ってくる。 そっとセーターを脱がされる。キャミのストラップをそっと下ろされる。 乳房のふくらみに、そっとキスされる。目を伏せた長いまつげが濡れている。 背中に手を回して、そっとホックが外される。 明るいところで道明寺に身体を見られるのは、耐えられなかった。 「や・・、電気、消して・・」 道明寺は、身体を起こすと明かりを消す。そして着ていたシャツを手早く脱いでいく。 窓の月明かりが、道明寺の身体を照らし出す。 花沢類の華奢な身体とは、全然違う、たくましい身体。 花沢類のことが頭によぎったせいか、あたしはまた揺らぎ出す。 あたしってサイテーだ。 類に初めて結ばれた時も、道明寺のことを考えてた。 今日は、花沢類に謝りながら抱かれるつもり? あたしはシーツで胸元を隠しながら、言った。 「道明寺、やっぱり、だめ。あたし花沢類を、裏切れな・・。」 「あ?裏切るって、何だ?」 「寝ること?じゃあキスだけならいいんか? それとも気持ちだけなら?この先、オレを心に残したまんま類と過ごすのは裏切ってねえ のか?」 あたしは言葉につまる。 「もう迷うな。さっき、気持ちは確かめた。お前はオレのモンだ。」 道明寺が胸の頂を口に含む。そっと甘噛みされ、思わず声がでる。 「あっ・・・ん・・」 牧野の白い肌をゆっくりと味わう。特に何もつけてないようなのに、甘い香りがする。 すべらかな、柔らかい乳房に、ほんのりと赤い蕾。 類も触れたのだろうか。オレの中の獣が顔を出す。 ゆっくり愛したいと思うのに、気が急く。 早く、早く!・・誰かに、何かに邪魔される前に! オレは牧野のスカートの中に素早く手を入れる。牧野の中心は、布の上からでも分かるほど 熱くなっている。 そっと布の上から茂みをなでると、牧野は焦れたように腿をしめた。牧野の顔が上気してほんのりと赤くなっている。 クロッチの脇からそっと指を滑り込ませる。溢れるようにそこはぬめっていた。 「牧野・・・」 オレは牧野の耳元で名前を呼びながら、指を動かす。 「は・・やあっ、ど、道明寺・・あたし・・」 オレは牧野の口を塞ぐ。舌の動きと指の動きをシンクロさせるように、出し入れする。 牧野の唇からもれる吐息がオレを昂ぶらせていく。 「牧野、いくかんな」 オレは邪魔な布たちをはぐと、牧野の上に重なった。 まだ迷うような瞳で見上げる牧野にオレは言う。 「よけーなこと、考えんな。お前のことは絶対守る。 牧野。オレにとって大事な女は・・・今までもこれからも、お前だけだ」 牧野の目をみつめながら、オレは牧野の中に入る。 牧野の中は狭くて、暖かい。動かす度に、強烈な快感が襲う。 「あっ、あっ、んっ・・!」 ベッドのきしむ音がやけに大きく聞こえる。 もっと長く中にいたいと思うのに、分身はもう耐えられないとサインを送る。 「牧野、いくぞ」 「うん・・・あっ、あっ、あっ、あんっ!」 頭の中に白い光が見えたような感覚が走る。オレは牧野の上で息を整える。 「牧野・・・愛してる」 「うん、・・・あたしも・・・」 その言葉を聞いて、オレは牧野を力いっぱい抱きしめた。 こいつさえいれば、なんもいらねえ。オレたちを邪魔する、誰とだって戦ってやる! かかってきやがれ! 「類?そんなとこで、何してんだ?」 温室と家の間にある、東屋で類が座っている。 月明かりの下でみる類は、今まで俺が見たどんな類より辛そうな顔をしていた。 「あきら・・。脚が動かないんだ。」 「あ、あし?どっか痛いんか?医者いくか?」 「ドアを蹴って、入らなくちゃ、って分かってるんだ。 司を殴って、牧野を取り戻さなきゃって。・・・でも動けないんだ。・・・なんでかな。」 司?司が温室にいるのか?牧野と!? 温室の方を見やると、明かりが消えている。・・・類・・・。 「類。そんなとこで座ってる場合じゃ、ねーだろ。立て。」 俺は類の腕をつかんで、ひっぱっていく。 「やめてくれ!」類が俺の腕を振りほどく。 「牧野を抱いてても、俺はいつも不安だったよ。いつか、誰かが・・いや、司かな・・。 牧野を奪ってくんじゃないか、って。」 もうすぐ3月とはいえ、夜はかなり冷える。コートを着てない類は自分の腕で自分を抱く。 「たまらない気持ちだったよ。そばにいるのに、遠いんだ。牧野が何かを見て、考え込む。 俺はいつもあいつらといたからさ、分かっちゃうんだ、司のことだって。」 何かを思い出したように、類はふっと笑う。 「先月、牧野と温泉に行ったんだ。楽しかったよ。あいつ、酔っちゃってさ、幸せそうに 眠っちゃったんだけど・・。夜中にさ、隣の部屋の夫婦がケンカし出したんだ。」 「激しいケンカでさ、しまいにはなんか割れてんの。ぱりーん、がしゃーん、って。 その音で牧野も起きてさ、・・・。」 話の行く先が俺には見えない。 「昔、大河原んちの別荘で、似たようなことがあったんだ。司と大河原が大喧嘩してさ。 あんときみたいだね、って笑い話にすればいいのに、俺もあいつも何も言わなかった」 「そのあと、あいつ泣いてたんだ。俺は寝てると思ってたんだろうね。声殺して、俺に背を 向けてさ。」 類はそのまま黙り込んでしまった。 「風邪ひくぜよ・・。中で話そう」 俺は類の背中に手を回すと、家の中に促した。 類は、一人で考えたいから、と部屋に戻っていった。こんな状況で一人にするのは忍びなかったが、この状況でかける言葉もない俺は、その背中を見送った。 牧野、これはひどいぜ。 お前も、司も悪くない。 恋愛なんか全部、幸せな二人の影で、誰か泣いてるもんだ。だけど。 類が泣かなきゃ、司が泣くことになる。それも俺は辛いけど。・・でも・・ひどいぜ。 いつの間にか、夜が明けたらしい。今にも泣き出しそうな、暗い雲。 「雨になりそうだな・・・。」 俺の気持ちに応えるように、雨がぱらぱらと降り出した。 そもそも、こんなことになったのは、俺のせいだな、と思う。 司と揉めたくなかった。当時の俺は、つきあうなんて、面倒だとも思ってた。 なるようにしかなんない、そんなふうに俺は生きてきたけど。 牧野ははじめ、司のことを好きどころか、嫌っていた。 でも司は、何があっても、何度も何度も、牧野に向かっていった。 あんなみっともないことはできないな、なんて思ってた俺の方が、よっぽど情けないな。 牧野の側に一年、いた。一緒に昼飯を食って、図書館で勉強した。(俺は寝てたけど) 手をつないで、公園を歩く。そんななんでもないことが、あんなに楽しいなんて、知らなかった。 牧野の笑顔が浮かぶ。 いつまでたっても起きない俺をくすぐる笑顔。美味いものを食べて、幸せそうに、笑う顔。 プレゼントした包みを開けて、喜ぶ顔。 悲しい顔も、浮かぶ。司を想って、泣く顔。ごめんね、と謝る顔。 働いているときの、生き生きとした、顔。俺の腕の中だけで見せる、切ない顔。 甘くもらす、ためいき。まっすぐな、黒い髪。 みんな、みんな、俺のものだ。牧野は牧野で、誰のものでもない、そんな風に思っていたけど。 雨が降るのをぼんやりと見ていた。 雨を止ませることはできないけど、牧野、あんたが司のところに行くのをこのまま黙って見 送るつもりはないよ。俺は立ち上がると、あきらに電話をかけた。 雨か。オレはカーテンを上げて外を見る。 牧野は明け方まで、寝返りをうっていた。類のことで、悩んでたんだろう。今は静かな寝息を立てている。 そろそろ親父が動き出すころだ。この一年、オレは親父たちと、ヤツを倒す計画を立てていた。油断させるために、いいなりになりながら。 ヤツの監視がゆるんで、オレもようやく日本に来れた。あとはしばらく牧野を連れて身を隠さなきゃなんねえ。 牧野の寝顔を見る。お前の気持ちの整理がつくのを、待てなくてすまねえ。 巻き込んで、これからも危険にさらすかもしれねえ。でも、絶対守るからよ。 類といたほうが、穏やかで幸せだったかもしらないな。 とりあえず、類だ。こいつの側に一年いた類があっさりあきらめるとは思えねえけど。 すまねえな、類。オレの方があきらめは悪いんだ。 熱いシャワーを浴びながら、あたしは自己嫌悪に陥っていた。 「何があっても花沢類と歩いていく」そう約束したのに、道明寺と会ったとたん、こうなっ てしまうなんて。 花沢類の笑顔を思い出す。何より大切な、あたしの宝物。 でも、もう二度とあたしには見せてくれないだろう。そう思うと、自分のせいなのに、胸が張り裂けそうになった。花沢類、裏切ってごめん、悲しい思いをさせるね。 あたしをいつもいつも支えて助けてくれたのに・・・。 花沢類とつきあってても、いつもどこかに道明寺がいた。どうしても、過去にできなかった。 でも、それは道明寺の方が花沢類より大切、というのとは違う気がする。 あたしはこれから、花沢類を忘れられずに生きていくのかな。 そう思うと、このまま自分が消えてしまえばいいのに、と思えてならなかった。 シャワーから出ると、道明寺が身支度を終えていた。 「今あきらから電話あった。オレが来てることはみんな知ってるらしい。」 え!?じゃあ、あたしと道明寺がここに泊まったことを、もう花沢類も知ってるの!? 心臓がはねあがる。花沢類が今どんな気持ちでいるかと考えると、身体中の細胞が騒ぎ出すような感覚がした。 「心配すんな。オレが類と話す。お前はここにいろ。」 道明寺があたしの頭をくしゃっとなでる。 「・・・あたしが行く。道明寺は待ってて。」 「あ!?お前一人で行かせられっかよ。いくら類でも、今はぜってー冷静じゃねえぞ」 「これは、あたしと花沢類の間の話だから。」 あたしはドアに向かう。道明寺があたしを抱きしめる。 「戻ってこいよ。」 道明寺の瞳があたしをみつめる。 「あたりまえじゃん。」 あたしは強がっていうと、家に向かって歩き出した。 リビングに入ると、花沢類が一人でロッキングチェアに座っていた。 長い脚を組んで、腕組みをしている。 「司は?」花沢類は、あたしの後ろをみやる。 「待っててもらってる。・・・花沢類、あたし・・」 「ごめんね、とか、さよなら、とかいう言葉を聞く気はないよ。」 花沢類・・・! 「一つ確認したいんだけど、司の問題は解決したの?」 意外なことを聞かれて、あたしは驚く。 「・・・分かんない・・」 花沢類はあきれた、というようにためいきをつく。 「俺は司のそういうところが理解できないな。迎えにくるんなら、解決してからくるべきだ ろ?いつもあいつは強引で、・・・短絡的だ。」 道明寺を悪く言う花沢類を見るのは、初めてだった。あたしは花沢類の静かな怒りを感じた。 「牧野。俺のこと、好き?」 「・・・そんなの、答えられないよ・・!」 花沢類は立ち上がると、あたしに近づいてくる。あたしはどうしていいか分からなくて、背を向けた。 花沢類は背中からあたしを抱きしめた。 花沢類の繊細な手がみえる。長い指だな・・。こんな時なのに、そんなことを思った。この指で紡がれるヴァイオリンの音色は、あまりしゃべらないこの人の言葉。・・・今ならどんな切ない演奏になってしまうの? 「牧野・・。行かないで。俺のそばにいて・・・?」 YESと言えたら、どんなにいいだろう。 首筋にキスを感じる。 「花沢類っ、だめっ・・」 無理やり身体を返されて、激しくキスをされる。・・・だめ! このキスを受け入れたらあたし本当に自分が許せなくなるっ・・。 押しのけようとする腕をつかまれる。 「司に伝えて。牧野はテディベアじゃない。もう譲る気はないよ。」 そういうと、類は部屋を出ていった。 重い足取りで、温室に戻る。雨が傘を打つ音が、やけに響く。 ・・・?異様な気配を感じて、あたしは立ちすくむ。 首筋に、何かちくっという痛みを感じた。 あたしは驚いて振り向こうとする。後ろから誰かが乱暴にあたしを抱える。 英語らしき言葉が聞こえる・・誰?・・そのまま意識が遠のく。 道明寺、花沢類・・・。 SS一覧に戻る メインページに戻る |