託す
-2-
道明寺司×牧野つくし


遅い。オレは、いらいらしながら、窓の外を見た。
あきらの家に続く道に傘が落ちている。さっきは何もなかったはずだ。
オレは慌てて外に出る。激しい雨が、牧野のものらしき傘に降り注ぐ。
ふとオレは黒いモノに気が着いた。・・牧野のくつが片方落ちている。

・・・牧野がさらわれた!?

「プリシラ様。ご依頼の方を、預かりました。」

私は雇い主であるプリシラ様に報告する。

「そう、ありがとう。」

彼女はにこりと笑って、書類にサインを続ける。
こんな時でも、この人はとても美しい。
透き通る肌、柔らかな金色の髪、大きな潤んだ瞳・・。

「プリシラ様。彼女をどうなさるおつもりで?」

ふと、手を止めて彼女はしばらく考える。

「片付けるのは、待って。会ってみたいわ。」

なんとしても牧野を何事もなく、無事に返さなければ。二人の為でなく、プリシラ様のために。

初めて私・・スタンレー・ロヴェンズがプリシラ様に会ったのは、私が18歳、彼女が6歳の時だった。
当時、彼女のご家族・・ゴードンファミリーは、ワシントンDCに程近い、メリーランド州に住んでらっしゃった。
見知らぬものを威圧するような、大きな門。
どちらに向かえばいいのか、一瞬とまどう。その大きな庭で、私は小さなお姫様と出会った。

「あなたは、だあれ?」

彼女は茂みの陰から恥かしそうに、顔を出した。好奇心できらきらした瞳を私に向ける。

「私はスタンレー。今日から貴方の家庭教師になるんですよ。」

私は膝をついて、彼女の目線に高さを合わせた。

「あたしはプリシラ。あなた、迷っちゃったんでしょう。おうちはこっちよ。連れて行って
あげる。」

ふわり、とスカートを膨らませて彼女が駆けて行く。
あれから12年たって、彼女は当時の私の年齢になった。でも、私の中ではプリシラ様はずっとあの時のままだ。ちょっとおませで、天使のようにスウィートで。
司様は、プリシラ様の本当の姿をご存知ない。司様への本当のお気持ちも。
ただのわがままな、苦労知らずのお嬢様だと思われている。
司様に真実のプリシラ様を分かっていただかなければ。プリシラ様が、初めて愛された方なのだから。

ここはどこだろう。ホテルのスィートルーム?
あたしは寝かされていたソファから身を起こす。車酔いのような吐き気がする。
おそるおそる部屋の中を見渡す。大きなベッドルームと、続きのリビングルーム。
白い扉を開けると、バスルームだった。
トゥーボールの洗面所に、バスタブとは別にシャワールーム。
道明寺家の豪華なバスや、メープルホテルを見ている私でも驚くほど、豪華な造りだった。
窓から外を見ると、大きな庭が見える。ここはいったい・・?
とりあえず、出てみよう。あたしは外に出れそうなドアに手をかける。
案の定、カギがかかっている。力一杯ドアをたたく。

「開けて!開けて!」

叩いた手より、頭ががんがんする。あたし、何か首筋に刺されたんだっけ・・?
しばらくすると、ドアが開いた。

「お目覚めですか、牧野さん」

まったく見覚えのない外人に名前を呼ばれて、あたしは事態がのみこめない。

「こんにちは。わたしは・・スタンレーと言います。司様の奥様である、プリシラ様の秘書
をしております。日本語を勉強しだしたのは、司様とご縁ができた一年前からですので、お聞きぐるしいかと思いますが・・。私の日本語、分かりますか?」

とりあえず、道明寺より日本語上手だけど・・・ってなんであたし、ここにいるのっ!?

「まず、貴方には深くお詫び申しあげます。手荒な方法で、無理やりアメリカにお連れして申し訳ございませんでした。必ず無事に日本にお返しいたしますので、しばらくここで過ごしていただけますか?」

スタンレーと名乗るその人は、深々と頭を下げて言った。

「そんなの、はいそうですかって納得できるわけないでしょっ?どういう事か説明して!」

あたしは彼を睨みつけて言う。弱気なところなんか見せるもんか。
牧野つくしの雑草根性、なめるんじゃないわよっ!

よくよく私は気が強い女性に縁があるらしい。
泣いてパニックになるだろうと想像していた私は驚いた。さすが司様の好きな方だけある。

「もうすぐ、プリシラ様がいらっしゃいます。日本にいるそろそろ司様にも連絡が行くと思
いますし・・。そうですね、何から話しましょうか・・・。」

私はプリシラ様が現大統領の娘であること、嫌がる司様にありとあらゆる圧力をかけて・・・
彼女の生命の危険までちらつかせて、無理やり結婚した事を話した。
どうやら何も知らなかったらしい彼女は、一生懸命事実を理解しようとしているようだった。

「プリシラさんは、道明寺を好きなの?それとも、何かメリットがあるからなの?」

核心をついた質問だ。この質問に一言では答えられないし、プリシラ様の気持ちを考えると
私の口から、勝手に伝えていいものか・・。
私が言いよどんでいると、プリシラ様が部屋に入ってきた。

道明寺と無理やり結婚した女性・・。どんなきつそうな女性が入ってくるのかと身構えていたあたしはびっくりした。
かわいい・・ううん、そんな簡単な言葉では表わせない、際立った魅力を持った、女性。
外人さんって、みんな身体が大きいのかと思ってたのに、目の前にいるプリシラはあたしと
ほとんど変わらない。

彼女は華奢な身体を、ふんわりとした花柄のワンピースに包んでいた。
肩のあたりまである柔らかそうな金色の髪は、ゆるやかなウェーブがかかっている。
でも、瞳の奥には強い光が宿っていた。

「私、同じ事で何度もわずらわせられるのは、嫌いなの。一度だけ、訊くわ。
 日本に戻ってルイ・・だったかしら・・彼と人生を歩いてくれる?。そして司の前には
 二度と現われないで。約束していただければ、すぐにドアを開けて空港へお送りするわ。
 ただし、約束を破ったら、次は首筋に麻酔じゃないものが刺さるわよ。」

あたしは息を呑む。昔魔女に似たようなことを言われたけど、さすがにここまでは言われなかったのに!

「プリシラ様っ!・・私に彼女を説得させてください。必ず・・」

スタンレーが慌てて言う。

「これから、司も呼ぶわ。今後二度とこんなことで煩わされないように、処理して。
 どんな取引でも、貴方の裁量で決定して結構よ。司にも心から納得してもらってちょうだい。」

言い終えて、プリシラは部屋を出て行こうとする。でも、何か思いついたように振り向いて
こう言った。

「・・・ねえ、牧野さん。シンデレラは本当に末永く幸せに暮らしたのかしら?」

唐突にこう言われてあたしは訳が分からなかった。

「私の知ってるシンデレラは悲劇的な結末を迎えたわよ。・・・牧野さん。私の言う事を聞いたほうが、貴方にとっても幸せよ。・・・きっと。」

そう言ったプリシラは深い悲しみを瞳にたたえていた。

「牧野さん。少し昔話をしてもいいですか?」

スタンレーはそういうとソファに座り、あたしにも座るように促した。

「先ほどプリシラさまのおっしゃったシンデレラというのは、プリシラさまのお母様の
ことだと思います。」

現大統領であるプリシラ様のお父様は、代々続く政治家ファミリーの長男である。
そのお父様は、大学で奨学金で入学したプアーホワイト出身のお母様と出会った。
もちろん周囲は大反対したが、プリシラ様を妊娠したこともあり、二人は結婚したのだが・・。
牧野さんは真剣な顔で聞き入っている。

「どこかで聞いたような話でしょう。プリシラ様のお母様は継母に育てられて随分つらい
 少女時代を送ったみたいですよ。そんなところまで、シンデレラに似ていますよね・・」

違うのは、王子さまがいつまでも優しい王子さまのままいられなかったことである。

私は暖炉の上に飾ってある写真立てを牧野さんに手渡した。
5歳くらいのプリシラ様がお母様に抱かれている。今のプリシラ様にそっくりなお母様は
幸せそうに微笑んでいる。

「この少しあとです。私が家庭教師としてこちらに来たのは・・。そして、お母様が亡くな
ったのは・・。」

牧野さんは眉を寄せる。

「病気・・?」
「表向きはそうなってますけどね・・。自殺だというのは、周知の事実でした。」

当時州知事だったゴードン氏は次なるステージ・・大統領への野望を胸に秘め始めていた。
ここ数期、共和党に政権を奪われ続けている民主党の新たなスター・・それがゴードン氏
だった。

「牧野さんは、大統領戦のことはご存知ですか?」
「いえ・・民主党がリベラルで、共和党が保守党なことぐらいしか・・」

私は言葉を選ぶ。

「大統領戦では、政策はもちろん、相手の家族のことまでが、攻撃対象になります。
 そして・・結婚当時はただ貧しかった、というだけのお母様の父上は、そのころ・・
 犯罪にも手を染めていました。娘のご結婚によってお金が入ったのに、その立場を利用し
て詐欺や恐喝を・・。ゴードン氏は当時お金を持っては解決しに歩いたと聞いています」

牧野は悲しげな顔で聞いている。きっと、心の優しい女性なのだろう。

「もちろん、大統領戦には大変に不利な材料となります。周囲の方はお母様と離婚することを薦めました。お母様は大変嘆かれながらも、離婚には同意なさったそうです。でも、プリシラ様を手放すことだけは拒否なさったそうです。」

抱いていたプリシラ様を無理やり奪われて、リムジンに乗せられたお母様を思い出す。
今思い出しても悲しい光景だ・・。

「たくさんのお金とカナダの別荘を渡されて、お母様は追い出されました。
 亡くなったのは、ゴードン氏の再婚が発表されてすぐのことだったそうです。」

「ねえ、スタンレー。あといくつ寝たらママに会えるの?」

何も知らずにあどけなく聞くプリシラ様になんとお答えしてよいか、分からなかった。
しかし彼女は、もっとも残酷なかたちで真実を知ってしまう。
ある日彼女はうちのめされた様子で学校から戻ってきた。

「プリシラ様、どうなさったんです?お友達とけんかでもなさったんですか?」

プリシラ様の瞳からぽろぽろと涙が零れる。

「お母様、死んだんだって・・。お父様が殺したんだって・・。」
「!!誰がそんなことを!」
「学校のみんな・・お父様は、人でなしだって・・お母様・・本当に死んじゃったの?
あと、メアリーおばさまは新しいお母さんってほんと?おばさまがいらっしゃるから
お母様は家を追い出されたの?」

この日から、プリシラ様は私以外の人間の前で、違う人間を演じるようになった。
強くて、けっして誰も愛さない女性。・・・司様に出会うまでは。

「先ほど、牧野さんは、こう聞かれましたね。プリシラ様は司様を好きだから無理やり結婚
 なさったのか、メリットがあるからなのか。」

牧野さんは真面目な顔で身を乗り出す。

「はじめは、ゴードン氏が司様に目をつけたのです。もちろんメリット面でね。プリシラ
 様は嫌がっていました。誰とも結婚なんかする気はない、と」

私は当時を思い出す。なんで私がこの上お父様に利用されなきゃいけないの?プリシラ様は
司様に会うことさえ、嫌がっていた。

「プリシラ様が司様に興味を持ったのは・・皮肉なんですが、貴方のことを知ったからなん
です。」

あっ、あたし?なんでそこにあたしがでてくるの?

「縁談を持っていった道明寺家に、断られたのです。息子には婚約者がいます、と。
 普通の家のお嬢さんで、道明寺家としてはなんのメリットもない相手だが、以前、無理や
り別れさせようとしたら、家を捨てて出ようとした相手なので、残念だが、別れさせられ
ない・・と司さまのお母様がおっしゃっていました。」

魔女があたしたちのこと、認めてくれてたの?あたしは心底驚いた。
昔の魔女なら、大喜びで縁談を進めただろうに・・。あたしはこんな状況なのに、魔女に受け入れてもらえたことが、嬉しかった。

「よかったですね、プリシラ様、このお話は流れそうですよ。」

私はそう報告しに行った。話を聞いていたプリシラ様はちょっと眉を動かして、こう言った。

「その道明寺司とやらに会ってみるわ。・・・興味があるの。
 その王子さまが、どれくらいお姫さまを大切にしつづけられるか、ね」

多分、プリシラ様は、あっさりと自分になびくとお考えだったのだと思う。
今まで、プリシラ様に会って・・ましてや好意を示されて恋に落ちない男など皆無だったの
だから。
でも司様は違いました。プリシラ様の容姿にも、家柄にも心を動かさない。
そんな司様にプリシラ様はだんだん惹かれていったのですから・・皮肉ですね。

それからしばらくのプリシラ様は、本当に可愛らしかった。司様がいらっしゃるパーティに
でかけるときは、普通の少女のように、何度も鏡の前で着替えては悩んでいらっしゃった。

「ねえ、スタンレー。どっちが似合うと思う?」

二つのドレスを持ってプリシラ様は、くるりと回る。
私は微笑ましくて、どちらもお似合いですよ、と言った。

「もう、真面目に答えて!もっとセクシーな方がいいかな・・」

牧野さん、あなたには悪いけれど、このまま司様がプリシラ様を愛して欲しい、私はそう願
っていました。

「プリシラ様はプライドの高い方ですから、素直に好きです、とはおっしゃらなかったと思
います。あくまで、ゴードン家のために・・というスタンスで司様に接していらっしゃい
ました。私はプリシラ様に、もっと素直になられてはどうですか、と進言したこともあり
ます。プリシラ様は真っ赤になって、日本人なんか好きなわけないでしょ!従わないのが
面白くないだけよ!とおっしゃっていましたが・・。」

牧野さんは、ライバルの話なのを忘れてか、くすりと笑いながら聞いている。

なんだか、道明寺みたいな性格・・。あたしは話の中のプリシラになんだか親しみを覚え始めていた。さっき会ったときは怖かったけど、本当はそんなに悪い子じゃないんだ、きっと。
一生懸命話せば、分かってくれるんじゃないのかな・・・。

「とうとう司様と結婚するというその日、プリシラ様はこうおっしゃっていました。
 今日、式が終わったら自分の気持ちを伝える。きっと私が素直になれば、うまく行くと
 思う、司は本当は優しい人だもの・・。」

私はその日の出来事を思い出して悲しくなる。
礼服を着た司様と、真っ白なウェディングドレスを着たプリシラ様は、絵本から抜け出てきたような、お似合いのカップルだった。
ほんのりと頬をそめて、横目で司様の様子を伺うプリシラ様。

「司様は冷たい表情で前をまっすぐ見てらっしゃいました。
誓いの言葉を終え、司様はキスをするためにヴェールを上げました。
唇ではなく、頬にするのか・・としか、後ろの席からは分かりませんでした。
でも実際はプリシラ様の耳にこう囁いていたそうです。笑わせるな、お前が契約してんのは、悪魔だろ・・と。」

道明寺の言いそうなことだわ・・とあたしは思った。あたしが苦しんでいる頃、道明寺も苦
しんでいてくれたんだね。プリシラに少し同情を覚えながらもあたしは、彼女を受け入れずにいてくれた道明寺が嬉しかった。

「それでも結婚すれば・・とプリシラ様は思っていたようです。司様の好きな釣りに一緒に
 ついて行ったり、司様に英語を教えたり・・・。最近は随分仲良くなられた、と思って
 いたんですよ・・。」

スタンレーの顔が悲しそうに、曇る。この人は、本当にプリシラの事を心配しているんだな・・。
もしかして、彼女が好きなんじゃないのかな・・。

さっき会った牧野の顔が、頭から離れない。
前にも一度見たけれど・・本当に普通の女の子じゃない。
私のどこがあの子に敵わないの?

「オレの乳母が倒れた。もう危ねーらしい。日本に一回帰るわ。」

司はあの時、そう言った。司はきついことも平気で言うし、ちっとも優しくない。
でも、嘘はつかない。・・・私はそう思っていた。

「お痛はほどほどにね。」私はそう言った。彼女には、会わないで。そう素直に言えない

私の精一杯の言葉だった。司を日本に返すのは、賭けだった。
結婚して、一年。最近は、だんだんと心が通い始めた気がしていた。最初は絶対に触れさせてもくれなかったのに、帰国の日、司にいってらっしゃいのキスをしても、拒否しなかった。
少しずつ、封印していた私を出していこう。
日本から戻ってきたら、もっともっと司に素直に接してみよう・・。
そう思っていたのに・・。

日本へ行く司に監視をつけるかどうか迷っていた。ここしばらくは、監視も盗聴も外していた。信じたい・・でも。
私は監視をつけた。司の気持ちが知りたかった。たとえ知るのが残酷な結果でも。
司は成田からまっすぐ牧野のもとへ行った。
司・・・。やっぱり私じゃだめなの?
私は司の香りが残るシーツにくるまって泣いた。

「お疲れでしょう。今夜はお食事をなさって、お休みください。明日には司様もこちらに
 お越しでしょう。」

スタンレーが立ち上がりながら言った。

「あ、あの。スタンレーさんは私たちをどうするつもりなんですか?」

スタンレーは少し考えてから、こう言った。

「私も一年司様の側におりました。司様の性格は分かったつもりです。
 他人に言われて、従う方ではない・・。でも、私はプリシラ様の本当の気持ちを司様に
 お伝えしたいのです。それでダメならば・・・プリシラ様をなんとしてもあきらめさせま
す。決してあなた方を傷つけたりはしません・・安心してください。」

そう言ってスタンレーは目を伏せた。

「本当は、プリシラ様も分かっていると思うんです。たとえこのまま無理やり司様を側に置
いても、もうどうにもならないことは・・。ただ、初めて愛した方だから、忘れるのに時
間が必要なだけなんだと思います。」

あたしはこの言葉を聞いて、すっかり安心して眠った。
そのころ、プリシラがどんな決心を固めていたかも知らずに・・。

翌日の夜、道明寺が来た。プリシラの指定でたった一人で日本からきたらしい。
ドアが開いて道明寺の顔を見たあたしは、ほっとして、涙が出てきた。

「牧野・・!無事だったか?乱暴なこと、されなかったか?」

道明寺があたしの身体をつかんで、調べる。

「大丈夫・・・気がゆるんだだけ・・」
「良かった・・」道明寺はぎゅっと目をつぶってあたしを抱きしめた。

そこへ、スタンレーが入ってきた。

「失礼します、司様。」
「スタンレー、てっめえー」道明寺が殴りかかる。

スタンレーが道明寺の拳を手で受ける。この人、インテリっぽく見えるけど、案外強いん
だ・・・。

「司様、落ち着いてください。」
「あ?こんなことされて落ち着いてられっか!プリシラはどこだ!。」

道明寺はスタンレーの手を振りほどきながら叫んだ。

「今日はもうお休みになってます。明日、お会いしたいそうです。それでは。」

スタンレーはそういい残すと、ドアに鍵をかけて、出て行った。
道明寺があたしの髪をなでる。抱き寄せて頭のてっぺんにキスされた。

「お前のくつを見つけた時・・マジで心臓止まるかと思った・・」
道明寺が深いためいきをついた。

「巻き込んで、すまねえ。こうなる前に、お前と身を隠すつもりだったんだけどよ、
 こんなに早くあいつが動くとは思わなかったぜ。・・つけてやがったんだな。ほんと、
 しつけーヤツだぜ。」

道明寺はあたしを抱き上げると、ベッドにそっと下ろす。

「ちょ、ちょっと待って。こ、こんな敵地でそんな・・・あっ、それにあたしあんたに
 いろいろ話さなきゃいけないことが・・」
「お前の話ってたいてーろくでもねーから聞きたくねえ・・」

そう言いながら道明寺はあたしのパジャマのボタンをさっさと外していく。

「やだってば!そんなことしてる場合じゃ・・んっ!」

あたしの言葉をキスでふさぐ。
道明寺の熱い舌が、あたしの舌を探す。こんなことしてる場合じゃない、頭ではそう思うの
に、あたしの身体はどんどん熱くなっていく。

総ニ郎が昔、牧野のことを色気ゼロとか言ってたよな。あいつ、タラシを自認してるわりに
は見る目ないぜ。目を閉じて、声を殺して恥らう牧野は多分あいつが抱いたどんな女より色っぽい。
耳たぶが弱い、首筋も、鎖骨も。オレは一つ一つ赤い華を咲かせていく。
柔らかな胸を丸くなでる。頂きをなめ、吸って転がす。硬さを楽しみながら、下半身に手を伸ばす。
そっと下着を脱がせると、牧野は泣きそうな顔で、電気を消して、という。

「今日は明るいところで全部見せろよ・・」
「やだ、やだやだ、絶対やだっ・・・」

起き上がってスィッチに手を伸ばそうとする。

「分かったよ、・・・スタンドだけにしてやるよ」

オレンジ色の光の中に、牧野の白い身体が浮かびあがる。

「あんまり見ないで・・」そっと両手で胸を隠すしぐさに、ぞくっとくる。

道明寺があたしの膝の間に、頭を入れてくる。これからされることを予感して、あたしは恥かしくなる。
道明寺は両手の親指でそっとあたしを開くと、優しくキスをしてくれた。
びくっ、と身体がしなってしまう。

「緊張すんな。リラックスして、ただ感じてろ・・」

道明寺が襞と襞の間を、何度も舐め上げる。あたしは自分の敏感な場所から蜜が溢れ出すの
がはっきりと分かった。
道明寺の指が入ってくる。ゆっくりと出し入れされて、思わず声が漏れる。

「あっ、ああっ、・・気持ち、いいっ・・」

あたしは自分の手の甲を口にあてて声を殺す。静かな部屋のなかに、湿った音が響く。

あたしの中心が、道明寺を求めている。

「道明寺・・あたし、もう・・」
「あ?イクのはまだ早えぞ。これからだ・・」

指を増やして、道明寺はあたしの中を突き続ける。

「もう・・欲しい・・」

道明寺が指の動きを急に止めて、引き抜く。あたしは切なくなって、道明寺が来るのを待つ。

「ふっ・・今のお前、最高の表情してるぞ・・」

道明寺がベッドに横たわる。・・?

「オレの上に来いよ」
「え?」あたしは恥かしくてとまどう。
「自分で動かしてみろ・・」

そっと道明寺自身をもって自分にあてがう。その行為がたまらなく恥かしい・・。
おそるおそる腰を沈める。下で受け入れる時とは全然違う快感に思わず腰が動く。

「いいぞ・・感じる方向に・・動いてみろ・・」

もっと早くほしいのに、うまく動かせない。道明寺が焦れたように、自分から動き出す。
自分の奥に道明寺が当たっているのが分かる。
気持ち、いいっ・・。

「はっ、はっ」道明寺の息も荒くなっていく。
「あんっ、あんっ、道明寺、もうだめっ、いっちゃうっ・・!」

あたしたちはしっかりと抱き合ったまま、絶頂を迎えた。



「・・・で?お前はいったい何が言いたいんだ・・?」

道明寺は、本当に分からないといった様子でタバコに火をつける。

「だからっ・・プリシラはメリットのためじゃなくて、あんたが好きなのよ。」

いったい今まで何を聞いてたんだろう?
人が一生懸命、プリシラの少女時代からの話を再現したのに!。

「だからあいつにもっと優しくしろとでも言うのか?」
「・・・そうじゃないけど、だから、ちゃんとその・・話せば分かってくれるんじゃないか
と思うんだ。」

道明寺は、つけたばかりの火を消す。
「あきらめさせるっつーのは、スタンレーが言ってるだけだろ。あいつ自身は相変わらず別
れなきゃお前を消すっつってんのに、のん気だよなあ、お前」

道明寺は、あきれたように微笑んだあと、声を潜める。

「大丈夫だ。もう手は打った。親父が明日、動く。もうゴードン家もお終いだ。安心しろ。」
「お、お終いってどういうこと?何するの?」
「今までの悪事を一気にマスコミにバラす。もちろん、共和党の息のかかったとこばっかり
だ。一年がかりでオレと西田(魔女の秘書)が言い逃れできねー証拠集めたかんな。
ま、大統領辞任は当然として、実刑を免れれば御の字じゃねえの。こっちは経済犯罪にも
厳しいかんな。」

あたしは話の大きさについていけない。

「そんなことして、道明寺家は大丈夫なの?」
「おお。オレだけじゃなく、親父もマジであいつらのやり方にはいかってたかんな。
 親父が一年かけて周到に準備したんだ。安心しろ。」

ほっとすると同時に、プリシラのことが頭によぎる。

「そうなったら、プリシラはどうなるの?」

あたしの頭には、現在のプリシラではなく、写真の中のプリシラが浮かんでいる。
お母さんが亡くなって、泣いているプリシラが。

「はあ?お前、誰のせいでこんな目にあってると思ってんだ?アホか。
・・まあ、そういうとこが、お前のいいとこだけど。」

道明寺はバスローブをはおって、シャワールームに向かう。

「あ、そういや、なんか類から預かってきた。赤いバッグんなか入ってるから見とけよ。」

花沢類の名前を聞いて、あたしの胸はまた痛み出した。
心配してくれてる・・よね。

箱の中には、オルゴールと手紙が入っていた。
そっと、蓋を開けると聞き覚えのあるメロディが流れた。
花沢類がいつも最初に弾く、練習曲だ・・・。
懐かしくて、涙が次々と零れる。
あたしがこの曲を好きだって言ったこと、覚えていてくれたんだね・・。

薄いブルーの便箋には、花沢類の流れるような細かい字が綴られていた。

「牧野。この手紙を牧野が読んでいるってことは、無事だってことだね。
 俺のカンがあたってれば無事なはずなんだけど、やっぱり心配してるよ。

 手紙を書いたのは、牧野に話してないことがいくつかあったからだよ。
 一つは、司の結婚相手のこと。彼女、俺に一度会いにきてるんだ。
 かいつまんで言えば、俺と牧野に早く結婚してほしいってことだった。
 そうすれば、司もあきらめがつくだろうから、って。
 その必死な様子は、どう見てもビジネスのためじゃなかったよ。司が好きなんだな、って
 言ったら、それまですごくクールにしてたのに、笑っちゃうくらい動揺してたよ。
 だから、あんたは無事だと思ってる。
 あんたを傷つけたりしたら、司に愛されるどころじゃないからね。

 今日、司から親父さんと立てた計画を聞いた。道明寺家として、対立すると決定したのだ
から、俺が口を出せることではないんだけど・・・。
司によると、最近は彼女を油断させるために、敵意を潜めていたらしい。
くわしくは聞いてないけど、打ち解けたフリくらいはしてたんじゃないのかな。
だからこそ、日本に帰ってあんたに会った司に裏切られたと感じてると思うんだ。
司もそうだけど、プライドの高い人間を怒らせると、何をするか分からないよ。
この上、ゴードン家まで潰されたら・・・彼女は司を憎むよ。
好意と憎悪はとても近い場所にあるものだよ。あんたも司も、気をつけた方がいい。

もう一つは、俺たちのこと。
 司と牧野が自由になって、司を選ぶ前に、俺の気持ちを知っていて欲しいんだ。

 俺はね、ずっと上手に諦める人生を歩いてきたよ。
 昔俺は、よく、感情が欠落してるって言われてた。
でもそれは多分、違う。上手に感情を表わすことが、できなかったんだ。
厳しい親に育てられた俺は、自分で何かを選ぶことができなかった。
着る服も、食べるものも、今何をするかまで、全部。
そのうち、なにが自分の欲しいものか、したいことか、考えなくなった。
どうせその通りにはさせてもらえないからね。
感じないように、生きる。今思うとそれが俺の自衛手段だった。

そこからまず連れ出してくれたのは、静だった。
静を通じて・・・窓のようにして、ぼんやりと外の世界にももう一度興味を持てた。
F3とも親友になれた。・・・でも、相変わらず、何も欲しいと感じられなかったんだ。
そんな俺を、変えてくれたのは、牧野だよ。
どんなに押さえつけられても、負けない。そんな強さがうらやましかった。
正直に言うと、・・・多分俺は初めからあんたが気になってたよ。
それが「欲しい」という気持ちだとは、その時分からなかったけど。

この一年、あんたの側にいて、俺はすっかり生まれ変わったような気がするよ。
今までテレビの向こうのように感じてた世界が、リアルになったんだ。
今の俺は、したいことが、たくさんある。
今まで諦めてきたものを、全部取り返したいと思ってる。
嫌だけど、花沢商事を継ぐんだろうな・・と思ってた俺はもういないよ。
ヴァイオリンをもっと真剣にやるよ。プロを目指してみる。

・・前向きな俺なんて、らしくないと思ってるだろ?
ぼーっとした俺が好きだった牧野はがっかりしてる?

牧野のことも諦めないよ。司を選んだら俺からは会いにいかないけど、いつか俺の
ところに帰ってくるって、信じて待ってる。

あ、そうだ。エチュードのオルゴールを贈るよ。本物を聞かせられるまでの代わり。
中も見ておいて。メッセージを入れておいたから。   類」








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