フォーチュンクッキー
-1-
道明寺司×牧野つくし


「ねえ、NYの有名な観光地って、どこなの?」

あたしは道明寺の腕を取りながらはしゃぐ。道明寺がNYに来て5ヶ月。ようやくバイト代がたまって会いに来れたのだ。

「観光・・・?お前、まさか俺に観光地に連れてけとか言わないよな・・?」

道明寺が明らかに嫌そうに言う。

「行くに決まってるじゃん!前回はあんたに追い返されて、どっこも行ってないんだから
っ!」
「・・俺もよく知らねえけど、自由の女神とか、メトロポリタン美術館とかじゃねえの。
って、やだぞ、そんなおのぼりさんみてーなとこ行くの。ホテル行こうぜ。・・5ヶ月ぶ   
りに会ったんだぞ。早く二人っきりになりてえ。」

道明寺がじっと見つめる。あたしは真っ赤になって言う。

「ばっ、ばか!昼間っから何言ってんの?あっ、美術館、行きたい。きっとルノワールの絵、
置いてあるよね?絵なんてよく分かんないけど、あの人だけ、好きなの。行こ?」

結構厳重なセキュリティチェックを受けたあと、荷物をロッカーに入れて展覧室に入った。
今は「エジプト王・秘宝展」をやっているらしく、平日なのに、込み合っている。

「あっ、ミイラだって、あたし実物見たことない!」
「・・・声、でけえ・・・」道明寺は心底嫌そうにつぶやく。

飾られているミイラは、古代の王とのことだった。

「まさか何千年も後に、自分の死体が外国でさらされることになるなんて、思ってなかった
だろうね。若かったんだって。かっこよかったのかなあ?」
「さあ、まあ、こんなに干からびちまったら、どっちでもカンケーねーんじゃねえの。 
もういいだろ、お前の好きななんとかいうやつの絵見て、さっさと帰ろうぜ。」

その時だった。後ろの人に押されて、あたしはよろめいて、思わずミイラの入っている箱に
手をついてしまった。キュイーンキュイーンキュイーン!
アラームが鳴り響く。係りの人にこっぴどく叱られてしまったが、道明寺が間に入ってなんとか収まった。
・・・・・。その時誰もミイラの箱に書かれた言葉に気がついていなかった。

「王の眠りを妨げるもの、死の翼に、触れるべし・・」

「お前って、本ッ当に恥かしいやつだよなあ。昔俺の誕生パーティでもずっこけてたし。」
「あれはあんたがひっぱったからでしょっ!」

ようやくチェックインしたホテルで、あたしたちは相変わらずケンカしていた。

「あっ、見て!今日満月だよ。NYの夜景に、似合うね・・すごく綺麗・・」

あたしは窓に両手をついて、外を眺めた。後ろから、道明寺がたくましい腕であたしを抱きしめる。

「会いたかった・・お前のことばっか、考えてたんだぞ・・。」

道明寺がかすれた声でつぶやく。耳にキスされて、あたしはびくっと身体をこわばらせる。

首筋に熱いキスを感じる。道明寺の切なさが伝わるような、強い、唇。

「土星のネックレスしてきたんだな・・」

鎖に沿って、指を這わせる。
あたしは目をつぶって、息を止める。・・・この感覚は、なんだろう。
くすぐったいような、気持ちいいような、じっとしてられない感じ・・。
道明寺はあたしのあごを自分の方に向けると、今度は唇を求めはじめた。
はじめは、ついばむような、軽いキス。でも、その唇は、だんだん熱を帯びていく・・。
舌と舌がからまった瞬間、自分の体温が上がった気がした。

「んっ・・」

思わず声が漏れる。あたしの声に力を得たように、道明寺の右手があたしのカットソーに
滑り込んできた。

立ったまま後ろから触られている・・それがますますあたしを恥かしくさせていた。
道明寺の大きな手が、あたしのブラの上を円を描くようにゆっくりと動く。
自分でもあまり触れたことのない先端を人差し指と中指ではさまれる。

「あ・・や・・」
「今日はやめねえぞ・・」道明寺は背中のホックを外すと、今度は直接胸をなぶりだす。

襲い来る快感に、あたしは立っているのがやっとだった。
カットソーから手を抜かれて、あたしはほっとしたような、さびしいような気持ちになった。

やだ・・あたしって、みだらなのかな・・。

道明寺はあたしのスカートをまくると、ショーツの上から、敏感な場所を触りはじめた。

「あっ・・・あっ・・」声が出てしまう。あたしは恥かしくて、唇をかんで耐える。
「声、聞かせろよ・・。お前の甘い声、聞きてえ・・」

そういうと、指を薄い布の中に埋める。そっと、なでるように指が動く。

「お前・・すっげえ濡れてる・・すっげえかわいい・・」
「やだ、そんなこと言わないでよっ・・恥かしいよっ・・」

膝が、がくがくする。道明寺はあたしを抱き上げると、ベッドにそっと横たえた。

「やっと・・だな、すんげえ、長かった・・でも、待ってて良かった・・」
「たくさん、待たせちゃって、ごめんね・・?」

道明寺が邪魔な布たちをはぎとっていく。自分のも、あたしのも。
最後の一枚は自分でも恥かしいくらいに、湿っていた。

牧野の真っ白な肌が、月明かりに照らし出される。小ぶりで形の良い胸が両手でそっと隠さ
れている。
オレは牧野の横に身体を横たえると、手の甲にそっとキスをした。

「オレ以外のヤツに、触らせてねえだろうな・・。」
「ば、ばかっ!そんなこと、するわけないでしょっ。あたしは、あんたと・・」

牧野がむきになって言う。

「オレと、・・・何?」分かっていても言葉に紡いで欲しくて尋ねる。
「道明寺と、・・・結ばれたい・・。ああ、もう、やだ、恥かしいっ!何言ってるのあたし!」

もう限界とばかりに顔を隠す。ノーガードになった、胸を包み、そっと蕾にキスする。

道明寺があたしの胸を優しく愛撫している・・。目を伏せていると、端正な顔がますます美しく見える・・。長い指が、もう片方の先端をそっと刺激する。

「あ・・んっ・・」

少し収まりかけていた波がまたあたしをざわめかせる。
道明寺の舌が、だんだん下へと降りていく。おへその横、わき腹・・・脚の付け根・・。
片方の膝を立てさせられて、内腿にそっとキスをされる。

「えっ、やだっ、ちょっと待ってっ・・・」
「待たねえ・・。恥かしかったら、目ェつぶってろ。」

言われた通りにあたしはぎゅっと目をつぶる。でも、ますます神経が触れられた場所に集中してしまう。

オレはそっとクレバスに手を這わせる。そっと包み込んで、暖かなその場所を微かになでる。

「・・う・・あっ、あんっ・・」

牧野の声がオレをいっそう昂ぶらせていく。襞に指を差し込んで、前後に動かす。
初めはゆっくりと、だんだんと早く、大きく・・。
牧野の秘所はもうとろけそうになっている。オレはまだ誰も受け入れたことのないその場所
に、そっと中指を差し込む。

「・・・!」驚いて牧野が大きく息を吸い込む。オレは細心の注意を払ってゆっくりと抽送する。にちゃっ、にちゃっというみだらな音が牧野の羞恥心を呼び覚ます。

「やっ・・恥かしい・・も、もう限界・・」

オレはいきりたった自分を牧野に押し当てる。暖かな入り口が収縮するのを感じる。

「痛かったら、言えよ・・なるべく・・そっとするけど・・」

道明寺が心配そうに言いながら、そっとキスをくれる。
怖くないと言ったら・・嘘になるけど、・・でも早くつながりたい、そう思ってるのも本当だった。
痛い、とは聞いていたけど、こんなにもとは、思わなかった。きつい、というより、無理、というかんじ・・・。泣きたくないのに、涙が出てくる。道明寺はとても優しくしてくれてるのに・・・。

「今日は、やめよう。また明日トライしよーぜ。」

ぽん、とあたしの頭をたたいて、道明寺が笑う。あたしは、なぜか絶対今日しなくてはならないような、あせる気持ちで言った。

「やだ、やめないで。お願い。」
「・・・無理だったら、言えよ。」

長い時間をかけて、なんとかつながることができた。

「道明寺・・・好き・・・。」
「初めてじゃねえ?お前がオレに直接そーゆーこと言うの。」

道明寺が子供のように笑って言う。あ、この顔、好きなんだ・・。
長い、長い時間をかけてやっとひとつになれたね。
このままずっと、抱き合ってたいな・・。
あたしはそんなことを思いながら、眠りに落ちた。翌日自分にとんでもない災難がふりかかるとも知らずに・・・。

「何、これ?なんか紙が入ってる。」

翌日、あたしと道明寺は中華街に来ていた。レストランで最後に出てきた、クッキーの中に
異物を見つけて、あたしは広げてみる。何か、字が書いてある。

「何ってお前、フォーチュンクッキーも知らねーのかよ。占いがかいてあるんだよ。物知らずだなあ。」
「あんたにだけは言われたくないわよっ。えーと、・・」
「貸してみろ、読んだる。・・・」

じっと見つめていた道明寺は、くしゃっとまるめて、ポケットに入れる。

「あ、何すんのよ。返して。あっ、ほんとは英語の意味が分かんなかったんでしょ?」

あたしはからかった。

「くだらねえ・・・。帰るぞ。」

道明寺は驚くほど真面目な顔で、そう言うと、ボーイを読んで、
清算を済ませた。

「ねえ、なんか面白そうなお店あるよ。」

あたしは道端で、布を広げて雑貨を売っているお店を指差す。

「あ、これ素敵。・・・ねえ、道明寺、これいくらか聞いて。」

あたしはシルバーにレリーフの模様が描いてある指輪を指差す。ところどころに
小さな石が埋め込んである。昨日、美術館でおみやげやさんも見たかったのに、
道明寺にせかされて、寄れなかったのだ。今回来た記念に、何か買いたかったあたしは、手が届くなら買いたいなーと思ったのだ。

「何もこんなとこで・・。ブルガリ行こうぜ。指輪くらいいくらでも買ったる。」
「あたしはこれがいいの。えーと、ハウマッチ?」

店主らしき人があたしの手のひらに指輪を乗せる。
財布を出そうとするあたしの手を止めて、いらないというように、首を振る。
そして、なぜか道明寺の方を向いて、何か言った。

「指輪がお前を選んだんだとよ。きざな野郎だぜ。」

道明寺はなぜか不機嫌そうに歩き出す。あたしはありがとうと、何度も言うと、道明寺の背中を追いかけた。

「ね、つけて?」

機嫌を直してほしいあたしは、指輪と手を出す。道明寺は右手の中指に乱暴につけてくれる。

「左手の薬指には、世界一すげえ指輪、買うからな。」
「・・・もう。でも、ありがと。」あたしは道明寺の腕をとって、歩き出した。

「やっぱりブロードウェイははずせないよね!」
「・・・お前・・・NYに観光しに来たのか・・?」

オレはこの上くだらねえミュージカルまで見るはめになるのかと、げんなりする。

「あ、アイーダやってる。これ、エルトンジョンの曲使ってるんでしょ?見たい!
あ、舞台エジプトなんだ。なんだか、昨日といい今日の指輪といい、縁があるね。」

にっこり笑う牧野。オレはまあいいかとあきらめることにした。

それは一瞬のできごとだった。オレは、何が起こったのか分からなかった。

・・・いや、今でも分からない。

人ごみの中、手をつないだオレと牧野の間を、「失礼」と、通ったヤツがいた。
一瞬牧野とオレの手が離れる。そいつが通った後・・・牧野は消えていた。

オレはポケットの中にある、フォーチュンクッキーの紙切れを握り締めた。
そこには、「愛する人の手を離さないように気をつけて」と書いてあった・・。


ここ・・・どこ?気がつくとあたしはまるで洞窟のような、暗い石畳の部屋にいた。
明り取りの小さな窓には、格子がはまっている。もしかして・・・監獄?
扉の向こうから、言い争っている声が聞こえてくる。

「異国の人間など、即刻処刑すべきだ。国に災いをもたらすに決まっている。」
「・・とにかく、どこから来たのか話を聞きましょう。役に立つ情報を持っているかも
しれません。」

あれ・・この声、・・・聞いたことがある。
扉が開いてそこに立っていたのは、見慣れない格好をした美作さんだった。

「みっ、美作さんっ?何してるの、なんかの仮装?ねえ、ここどこ?」

美作さんは、綺麗な顔を少しかしげて私に近づく。

「私はミヌーエといいます。誰かと間違っているのですね。
ここは、メンフィス王の治めるエジプト・テーベの都ですよ。あなたはどこから来たので
すか?」

王!?テ、テーベ?あたしはNYにいたはずなんだけどっ!。とまどうあたしに聞きなれた
大声が聞こえてきた。

「ミヌーエ、異国の娘がみつかったって、本当かよ?」

どかどかと部屋に入ってくる。

「メンフィス王・・このようなところにいらしてはいけません。」

ミヌーエという人がたしなめる。・・・そこには「アイーダ」で見た人たちがしていたよう
な格好の道明寺がいた・・。

「ねえ、ふざけるの、やめようよ。全然面白くないよ。何、その格好。」

あたしは道明寺の着ている服をひらりと持ち上げる。

「この娘、王になんという事を!」後ろに控えていた兵士らしき人が叫ぶ。
「このオレが誰か分かってんのか・・?くくっ、まあいい。おもしれえ。ミヌーエ、この女、
もらうぞ。」

そう言うと、道明寺はあたしを荷物のように肩の上に抱き上げて、外へ連れ出す。

「いけません、その女、間者かもしれませんよ!」

ミヌーエと呼ばれている美作さんが言う。

「女なんかにこのオレ様がやられっかよ。」

道明寺が大声で笑う。・・・ねえ、一体どうなってるの!?なんなの、これ?

外に出ると、そこは大きな庭だった。沢山の兵士が道明寺の通る道の脇に立っている。
庭を抜けると、大きな宮殿があった。道明寺は大またで歩くと、ひときわ豪華な部屋に
入り、床にあたしをどさっと落とした。

「今夜の宴に出させろ。身支度させておけ。」

そう言い残すと、さっさと部屋に出て行く。どこに控えていたのか、数人の女の人がでてく
る。

「王のご命令です、湯浴みしていただきます。」

そう言うと、あたしの服を脱がせようとする。

「ちょ、ちょっとやだ!何?」あたしは必死で抵抗する。
「あなたに逆らう資格はありません。大人しくしてください。」

そう言うと、無理やり押さえつけられて服をはぎとられる。

「待って。」そこに、優しい声がした。

入り口を見ると、優紀が笑っている。

「異国の方なのよ、急に服を脱がされたら、驚くわよ。・・・こんにちは、私はナフテラと
言います。」

優紀にそっくりなその侍女は、いろんな事を優しく教えてくれた。
どうやらここは、あたしから見ると過去のエジプトらしい。
道明寺そっくりのメンフィス王が治めていて、彼は優秀な王らしい。しかし、大変激しい
性格の持ち主で、(そんなとこまで似てる)気に入らない人間は、すぐに殺してしまうら
しい。
そして、宴に出されるという事は、どうやら道明寺・・じゃなくて、メンフィス王に気に
入られた、ということらしいんだけど・・。

「なんか悪い夢でも見てるのかも・・」とあたしは頬をつねってみる。痛い・・。

三人の侍女に付き添われて、あたしはお風呂に入れられた。髪に飾りをつけられ、化粧
をされた。透き通る生地のドレスを着せられて、宴に連れて行かれた。

宴の会場に入ってきた女を見て、オレは驚く。
気の強そうな瞳、抜けるようなしろい肌、たおやかな身体。
最近気に入った女がいなくて、退屈していたところだ。今夜はこの女にするか。
オレはぐっと顎をつかむと、女にくちづける。

「な、なにすんのよっ!」

女はオレを押しのける。このオレを!?王であるオレを拒む?

「こいつ、メンフィスさまになんてことを!」

兵士たちがいきりたつ。女を押さえつけてオレの指示を待つやつらに言った。

「くっ・・気の強い女を抱くのも、悪くない。オレの部屋に連れて行け。」

だ、抱く!?冗談じゃないわっ。道明寺に似てるとはいえ、あれは別人な訳だしっ。
・・逃げなくちゃ!

あたしは閉じ込められた部屋の中で、逃げられそうなところを探す。扉の外には、兵士が
いる。窓は、随分高い場所にある。
あたしは椅子を窓のそばに置くと、窓枠によじ登った。

「・・・何してんだ、お前」

ど、道明寺!じゃなくて、メンフィスだっけ・・ってそんなことはどうでもいいんだった!

「・・・あたしは好きでもない男に抱かれるつもりなんてないから。あたしを家に帰して」

そう言いながら、あたしは気がついた。・・・帰るって、どうやって?

「オレの女になれば、宝石も服もなんだって思いのままだぞ。女はみんなオレのそばに
 はべりたいと思ってんだ。お前、変わってるなあ。」

道明寺は面白そうに言う。

「じゃあ、そういう女をそばに置けば。あたしはやなのっ。」

あたしは精一杯強がって睨み付ける。
道明寺はゆっくりと近づいて、にやっと笑う。

「・・・不思議だな。初めて会ったはずなのに、なんか懐かしい気がするぜ。
お前、名前なんてんだ?」
「・・・牧野つくし。」

懐かしいって・・どっちかっていうと、未来に会ってるんだけど。

「牧野、かみつくなよ。」

そう言うと、道明寺はあたしを軽々と抱き上げると、ベッドに下ろした。

「やだっ、やめてっ!」

あたしはのしかかって激しく口づけをする道明寺から、必死に顔をそらす。身体を押しの
けたいのに、大きな身体はびくともしない。
男の人の力って、こんなに強いんだ!
ドレスの上から、乱暴に乳房を揉まれる。昨日は甘くとろけるような快感に身をゆだねたのに、今日は痛みと恐怖しか感じない。やっぱりこんなやつ、道明寺じゃないっ!

今までも、すぐにはオレに落ちない女はいた。要するにそんな簡単な女じゃないわよ、というパフォーマンスだ。だがこの女は本気で嫌がってる。
オレは乱暴にドレスを引きちぎる。真っ白な肌に、ピンクの小さな蕾。
そこに舌をはわせ、甘く噛む。

「いやああっ!!道明寺!」

女は涙を流しながら叫ぶ。・・・男か。オレはますます昂ぶる。
こんなに抱きたいと思った女はひさしぶりだぜ。

異国の女は、こんな肌なのかよ。オレはすべらかな肌に驚く。
柔らかくて絹のような感触、まるで赤子の頬のようだ。
ドレスをめくりあげ、茂みに手を這わせる。
女はかたくなに膝を閉ざす。

「気に入った。側室にしてやるぞ。オレのもんになりゃ、一生楽して暮らせるぞ。」

手をこじ入れながら、オレが言うと、上から声がする。

「あたしは誰のものにも、なったりしない。」

牧野とやらの顔を見て、オレは動きを止める。
漆黒の瞳に強い光がきらめいている。

「あんたに犯されても、心までは渡したりしない。あんたのものになんて、絶対にならない。」
「あ!?オレのどこが気に入らねえんだ?この国のファラオ(王)だぞ。
オレの思い通りになんねーもんなんて、一つもねえ。」

オレは怒って女の顔を両手で挟んで、睨みつける。オレに逆らうヤツなんて、この国には一人もいない。目を合わせて話せるヤツさえ数えるほどなのに、この女は、目を逸らさずに、
睨みつけてくる。

もう一度口付ける。舌で唇の間をこじあけ、女の舌を探す。
女は、顔を背けると、こう言い放った。

「かわいそうね、あんた。こんな女の抱き方しか知らなくて。」
「・・・かわいそう、だと?。」
「心から大事に想う相手を抱いたこと、ないんでしょ。もしあったら、無理やり嫌がる女抱
こうとするわけ、ない。」

オレは、すっかり抱く気が失せて、身体を起こす。
扉を開けると、控えている兵士に、逃がすなと言い置いて、部屋を出た。

「王に逆らうなんて、なんて恐ろしいことを!」

優紀に似た侍女が青ざめながら、服を着替えさせてくれた。

「あの方は、素晴らしい王ですが、恐ろしい人だと話したではありませんか。
気に入らない者はすぐ、切り捨てます。その場でお手打ちにならなかったのが奇跡です
わ!このまま、何もなければよいのですが・・・。」

侍女は不安そうにつぶやく。

「ナフテラさん・・でしたっけ?あの、あたし逃げたいんです。ここはあたしの世界じゃな
いんです。みんな心配してるはずだし、あいつの側室になんて、絶対なりたくない!」

ナフテラは驚いて目を見開く。

「逃げる、ですって。そんなの無理です。宮殿には多くの兵士がいますし、もしみつかった
りしたら、今度こそ殺されますよ。」

扉の外の兵士を気遣いながら小声でささやく。

「メンフィス王は、気性は荒い方ですが、優しい心もお持ちです。あなたが従えば、きっと
大事にしてくださいます。どうか・・・」
「ずっとここにいるわけには、行かないの。いつか、絶対逃げるわ。その時は、協力して。」

ナフテラは悲しそうに、目を伏せるばかりだった。

翌朝目が覚めると、枕もとに百合の花束が置いてあった。

「いい香り・・」あたしは目を閉じて、香りを胸いっぱいに吸い込む。

目が覚めたら、元の世界に戻ってないかな、って期待してたんだけど・・。あたしどうなっちゃうんだろう・・。もう帰れないのかな・・。
涙がぽろぽろと百合の上に落ちる。

「お目覚めになられましたか。」ナフテラが続きの間から姿を現わす。

「お花は、メンフィスさまからですわ。こんなこと、初めてですのよ。真っ赤な顔をして、
照れてらっしゃいました。女はこんなのが好きなんだろ、とかおっしゃって。」

ナフテラはよほどおかしかったのか、くすくすと笑う。

「牧野さまが、気に入られたのですわ。良かったですわね。あ、お花、生けてまいりますわ。」

そういうと、あたしの手から、百合を受け取った。
もちろん殺されなかったのは良かったけど、気に入られたのは良かったと言っていいのか
な・・。あたしは道明寺がはめてくれた、右手の指輪を触りながらためいきをついた。

「遠乗りに、行くぞ!」

朝食を終えたあたしの元にメンフィスがやってきた。

「メンフィスさま、ヒッタイトのミタムン王女がお待ちです!」
「婚儀による和平しか結ばねーっつーんなら、断っとけ!」

呼び止めるミヌーエに、メンフィスが答える。

「お待ちになってください、メンフィスさま。」

一人の美しい女性が、たくさんのお供を連れて現われた。
さ、桜子に似てる・・・。あたしはもう何にも驚かなくなってきていた。

「初めてお会いしたときから、ずっとお慕いしておりました・・。
わたくしたちが婚儀を上げれば、長年争ってきたエジプトとヒッタイトのこれ以上なき和
平となるではありませんか。先日の親書では色よい返事をいただいておりましたのに・・。」

桜子は、すがるような目でメンフィスを見上げる。

「気が変わった。婚儀を伴わない和平なら、歓迎する。以上だ。」

そういうと、メンフィスはあたしの手を取って早足で歩いていく。
背中に、燃えるような視線を感じた。振り向くと、桜子が火の様な目であたしを睨みつけて
いた。

「痛いっ!ちょっと、そんなにひっぱんないでよ!」

あたしは、メンフィスに怒鳴った。
メンフィスは振り向くと、あたしを抱き寄せて、覆い被さるように口付ける。
でもそれは夕べの奪うようなキスとは違って、優しく、与えるようなキスだった。

「オレに従わねーわ、可愛くねーわ・・・」

そこまで言うとメンフィスはふっと笑った。

「恋っつーのは、不思議なもんだな。」

あれから幾日経ったのだろう。優しくキスされた日以来、メンフィスは無理にあたしを抱こ
うとはしていない。
でもことあるごとにあたしをそばに呼びつけ、自分といるように命令する。
あたしは逃げたいと思いつつも、どこに向かって逃げればいいのかも分からず、従うしかな
い日々を送っていた。

そのうちにあたしにも、少しずつ今のエジプトの状況が分かり始めてきた。
昨年メンフィスの父である前王が亡くなり、メンフィスが王の座を継いだこと。
隣国ヒッタイト王と前王には確執があり、小競り合いを続けてきたが、王の代変わりを機に、
ミタムン王女の輿入れによって和平を結ぶ約定ができていた・・・のに、エンフィスが心
変わりしてしまったこと。

「このままミタムン王女をヒッタイトに返せば、間違いなく戦になります。どうかご再考
を!」

いつも冷静なミヌーエ将軍が、メンフィスにつめよる。

「うっせーな・・。牧野、外行くぞ。供はついてくんな。馬引けっ!」
「メンフィスさまっ!」

追いかけるミヌーエ将軍を無視してメンフィスはさっさと外へ出る。
メンフィスはひらりと馬に乗ると、あたしをぐいっと引っぱって自分の前に乗せる。

「とばすぞ。しっかりつかまれ。」

言い終わらないうちに、馬を走らせる。

「きゃっ!ちょ、ちょっと、落ちちゃうわよっ!」

仕方なくあたしはメンフィスに抱きついた。

「もっと・・・しっかりつかまれ・・からみついて・・離れねーよーに・・」

そう言ったメンフィスはなぜか切なそうな顔をしていた。

ナイル河のほとりに馬をつないで、河岸に並んだ。
夕日がナイルに沈んでいく。・・そのあまりの美しさにあたしは思わずつぶやく。

「きれい・・」

メンフィスがあたしの髪をなでる。

「お前・・どっから来たんだよ。」

あたしはなんて答えればいいのか、途方にくれる。

「すごく・・すごく遠いところ・・。どうしてここに来たのか、分かんない・・。
 どうやったら、帰れるのかも・・」

あたしはみんなの顔を思い出す。道明寺、パパ、ママ・・。
みんなどうしてるのかな・・。あたし・・このままここで死ぬの?みんなにもそのうちに
忘れられて・・・。

メンフィスの前で泣きたくないと思うのに、次々と涙が零れる。

あっという間に、広い胸の中にいた。
息が苦しくなるほど、強く抱きしめられる。

「・・どっから来たんでもかまわねえ。ここはオレの治める国だ。ここで暮らせ。
 帰るのは、許さねえぞ。・・・ずっと・・オレのそばにいろ・・」

あたしの頬に落ちた涙をメンフィスが唇ですくう。
そっと口づけされる。優しく、あたしを慰めるようなキス・・。
あたしは道明寺にキスされているような錯覚に陥りそうになる。
このキスを受け入れちゃだめ・・そう思うのに・・。

「オレがこんな気持ちになったのは初めてだ・・。強く抱いたら、消えちまいそうだ。
 ・・・大事にしてえ。お前の・・心が欲しい。オレは・・望んだものは、必ず手にいれる
ぞ・・。」

「あの女は、なんなの。ミヌーエ将軍。」

ヒッタイトのミタムン王女が私を詰問する。

「彼女は・・先日、ナイルの河畔で見つかった異国の娘です。」

私はひざまずき、顔を伏せたままで答える。

「まさかあのような女のために、婚儀をとりやめたわけでは、ないでしょうね。・・もし
 そうなら、私の父は、ヒッタイトへの侮辱と受け取るわ。・・私はメンフィス王とも、
エジプトとも争いたくなどないのよ・・。二国の平和と、一人の娘、どちらが大切かよ
くお考えになることね。・・・異国の娘の一人や二人、いなくなっても誰も不思議には
思わないわ・・ねえ、ミヌーエ将軍?」

「あの・・メンフィス、あたし今日は宮殿の外に出てみたいの。・・テーベの町は栄えてい
るんでしょう?見てみたいの。」

あたしは思い切ってメンフィスに言い出してみた。いつか帰れるにしろ、このまま・・ここ
に暮らすことになるにしろ、外を見てみたかった。宮殿のかごの鳥でいるのはもうあきあき
だ。

「おう、朝の政務が終わったら連れてってやるよ。」

メンフィスは機嫌よく答える。あたしは慌てて言う。

「えっ、一人で大丈夫!あんたは忙しいんだしっ・・。」
「ばーか、お前一人で外なんか行ってみろ。あっという間に盗賊におそわれっぞ。」

メンフィスと一緒か・・・まあ、いいか。心配してくれてるわけだし。

「うん・・ありがと。じゃあ、待ってる。」

そう言って微笑んだあたしを見てメンフィスが驚いたように目を見開いて、近づいてくる。

「お前がオレを見て笑うのは、初めてだな・・。」

そう言ってそっと抱きしめる。

「もう一回笑え・・オレの腕の中で・・。」

あたしは自分の胸が高鳴っていることに驚く。・・似ているけど、メンフィスは道明寺じゃ
ないのに!・・早く現代に帰らなくちゃ!このままじゃあたし・・。


テーベの町はとてもにぎやかで活気があった。いろいろな物が、売り買いされている。
みんながメンフィスを見て、口々に声をかける。

「メンフィスさまー。今日は、お美しい方と、ご一緒ですね。これをどうぞ。」

みんなが果物や布などをお供の人に渡す。
もっと民と王の間に距離があると思っていたあたしは驚いた。
そして、案外メンフィスが民に慕われていることにも。

「どうだ、エジプトは豊かだろ。もっともっと、オレが栄えさせるぞ。」

そう言って笑うメンフィスは誇らしげで、あたしはくやしいけど、ちょっぴりかっこいいな
と思ってしまった。

その時だった。「泥棒だ!誰か捕まえてくれー!」
あたしたちの前方から、男の人の叫び声が聞こえる。と、人ごみの中から汚い身なりをした子供がエジプトのパンを抱えて逃げてきた。
メンフィスの供の兵士が子供を捕まえる。

「泥棒は、腕を切る決まりだ。」

そう言って、兵士は剣をさやから取り出す。盗みを働いた子供は、恐怖に震えている。
その手足は折れそうな程細く、空腹から犯した盗みだと、誰の目にも明らかだった。
あたしは思わず叫んでいた。

「メ、メンフィス!止めて!かわいそうよ!腕を切ったりしないで!」

メンフィスは怪訝な顔であたしを見る。

「罪を犯した人間は、罰するのが当然だろ。何言ってんだ、お前。」
「でも、まだ子供じゃない。貧しくて、思わず食べ物に手が伸びちゃっただけなのよ。
 許してあげて。」

あたしは必死にメンフィスに訴える。

「お前とは何の関係もない子供だろう。なぜかばう。」

メンフィスは次第にいらだった表情になってきた。

「国を治めるには、掟が必要だ。一つ一つに心を動かしていては、示しがつかない。」

そう言うと、兵士に向かって、やれというように手を上げた。








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