第六部 ストーンオーシャン
「グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所脱獄囚に見えます」 「お前それは知ってる情報を言ってるだけだろ。……俺は殺人犯だ。昔付き 合ってた女が浮気したから、男と共にバラしてやった。精神鑑定は異常なし。 ……こう言えば、お前はどう思う?」 「嫉妬の上で計画的に犯行。再犯を防ぐため、それ相応の罰が適当。異常が 無かったという点と、殺人がそれ一度きりだというなら、刑期は12年くらいな んじゃないですかね」 「オメーは裁判官か。まぁいい。俺は相手と女をバラした。目撃した時点で 愛は冷めたし、正直言って女が誰とヤろうがどうでも良かった。ただ、その時、 『この女の中味はどうなってんだろう』って思っただけさ」 ちらり、とジョルノを見た。金髪の青年は、黙って車を進めている。 「分かるか?あのアマは、俺の事を愛していると言いながら、別の男にも 同じ事を言っていた。どういう神経をしてやがるのかと思った。その中味を見 てみたいとね。男も同様だ。人の女に手を出す神経を見てみたかったんだ」 「……それで、何か、見えましたか?」 いいや。と、ジョルノの言葉にアナスイは答えた。 「何も分からなかったさ。ただ、人間の身体はこういう仕組みをしているん だなって事だけが分かった。それからは、俺にとって人間は単なる部品の組み 合わせに感じられた。螺子やら、歯車の代わりに骨やら筋肉やらがついている モノ。俺にとってはそれがヒトだ。俺は『人間』って生き物に対して、一気に 冷めたね。 徐倫が無実の罪で……男を庇って収監され、父を助けるために逃げずに向か って行く女が居るって事を後ろのガキ……エンポリオから聞いて、興味を惹か れた。俺とは正反対のヤツが居るってね。静観していたら徐倫はどんどん強く なり、俺を抑えていたウェザーまで手を貸すようになった。気を惹かれるなっ て方が無理な話だ。実際彼女に逢ってみて、確信した。俺は彼女と出逢う為に 此処に入ったんだってな」 「何故、彼女を『バラそう』とは思わなかったんです?」 目だよ、と、アナスイは答えた。 「彼女の眼は美しい。強い意志が其処に見られる。『中味』がどうという問 題じゃない。その目をずっと見ていたい。その目で俺を見て欲しい。だから、 彼女には生きて欲しい。彼女の力になりたい。そういうことだ」 成る程。と、ジョルノは応えた。事情は異なりますが、共通点はありますね、 と。 「共通点……?」 「僕も彼女が好きだと、そういう事です」 言った瞬間に、シートに潜行していたダイバー・ダウンが手をひらめかせ、 手刀としてジョルノの首筋につきつけた。ジョルノは表情も変えずに、運転を 続けている。どういう意味だ、とアナスイが低い声で、問う。 「其の儘の意味です。僕は彼女を手放すわけにはいかない。貴方とは違う理 由で、僕も彼女を愛している」 「神父の為か?」 「まさか、僕自身の、僕が僕であるために、です。 ……では、今度は僕が、お話しましょう。僕が、DIOの息子だという話は、 既にしたと思います」 アナスイは手を動かす事無く、聞いている。恐らく少しでも不穏な動きをし たら切り裂くのだろう。そうした空気をアナスイは放っていた。 「どうやら今まで聞いた話を纏めると、精神面は置いておいて、僕は最も父 であるDIOの血を継いでいるそうです。ここに来てから、僕が血液に対する飢 餓感を覚えたのも、恐らくはそういう事なんでしょう。 狂おしいまでの飢餓感、自分が自分では無くなる感覚というのを、アナスイ さんは分かりますか?」 沈黙が流れた。本当に、あの『繭』の中で、僕はもう駄目かと思ったんです、 とジョルノは言った。 「僕は死ぬのが嫌だった。けれども、誰かを襲うのはもっと嫌だった。僕は 人間で在りたかったですからね。あの時、徐倫が僕の前に現れ、血を分け与え てくれた時、僕は『運命』というものを信じても良いとすら思いました。 ――僕の身体には、父であるDIOの血と、肉体を奪い取られた、ジョースタ ーの血が流れている。同じ、ジョースターの血が流れている徐倫の血が、僕を ヒトとして引き戻してくれたのだと、そう、確信しました。 けれども何よりも、僕が感動したのは彼女の『優しさ』です。僕はあの時飢 えていた。どう贔屓目に見ても、ヤバい状態でした。そんな状態の僕に歩み寄 り、血を与える。並大抵のことじゃありません。彼女は強い。僕は共に歩むの ならば彼女のような女性がいい。僕は、彼女を手放すわけにはいかない」 「……なら、どうするってんだ?此処でやり合うとでも?俺は構わない ぜ?」 「神父が居なければ、それも構わないでしょう。どんな生き物だって、異性 を巡る争いには命を賭けるものですからね。だが、今は状況が違う。僕らは神 父を追っていて、神父の野望を砕くことが徐倫の願いです。 全ては神父を倒してから……そうは思いませんか?」 フン!とアナスイは息を吐いた。良いだろう、と、ダイバー・ダウンの手 を下ろす。 「だが、俺はお前を信用したわけじゃないぜ?お前を倒さないのは『怪し い動きをするまでは殺すな』という徐倫の言葉があるからに他ならない。そし て、その時が来たら俺は本当にお前を殺す」 それで良いです、というジョルノの言葉に、いやにあっさりしているんだな、 とアナスイが言った。無表情のまま、ジョルノは答えた。 「貴方が徐倫を好いているのが良く分かったからです。……出来れば何か言 いがかりでも付けて、僕を討ちたいくらいでしょう?僕も彼女を好いている ので、譲ることは出来ませんが、気持ちは分かります。だから、その条件で構 いません。 ……そろそろ、ケープ・カナベラルに近づきます。アナスイ、皆を起こして くれませんか?」 淡々と告げられた言葉に、アナスイは言葉に詰まりながらも、後ろを振り返 り、徐倫にそっと触れて、起こした。二人の男達の心を惹きつけてやまない娘 は、子供のようなあどけない表情で、友と寄り掛かり合い、寝入っていた。 △--- Chapter 4 ---△ ☆-1 <神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられた。こうして夕が あり、朝があった。第一日。 > ジョースターの感覚がした。それ自体には驚かなかった。ただ、その気配の 数に眉を顰めた。数はどうやら二つである。ひとつが徐倫であることは間違い 無いのだが、もう一つが分からない。承太郎では無い気がする。何故と言われ ても困るが、そう感じるのだから仕方ない。 『C-MOON』は未完ながらも発動した。 自分の立つ場所が地となった。頭上が全ての天となった。<初めに、神は天 地を創造された。>旧約聖書第一節を覆す己のスタンドは、間違いなく人類を 幸福へと導くための存在に思えた。発動したその時に特徴は掴めた。迫ってく るジョースターを相手に、『C-MOON』を闘わせ、完成させる。そう思い、ビジ ター・センターから奴らを確認できる位置まで移動する。 『壁』に立つ。窓が引き戸のように見えている。必死に掴まる人々の姿が見 える。横になった『道路』には、何故か糸と多くの蔦植物が這い、周りの建物 と絡み合い、足場を作っていた。その状態に目を瞬かせた。まさかと思った。 DIOの息子達は三人。だが、もう一人居ることは知っていた。だが、彼は来なか った。それならばそれで構うまい。『C-MOON』を引き上げる存在ではなかった。 それだけの事だ。 しかし、もし、彼が今、此処に居るのだとしたら……。 ちっと、プッチ神父は舌打ちした。 「どういうつもりだ……人類の救世主となる『C-MOON』にとって、『遅れて 来た賢者』となるのか、それとも『ユダ』か……。 人類に幸福をもたらす『光』である存在が、敗北するような事は、決してあ ってはならないッ!」 ☆-2 <神は、その大空を天と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第 二日。 > 背中の痛みに眉を顰めた。葉が、ちくちくする。痛む背中に手を伸ばすと、 血に触れた。出血は酷くないものの、皮膚を切ってしまったらしい。まぁ、あ のまま地面に叩き付けられるよりはマシか、とエルメェスは天を仰いだ。 否、天と言って良いのか……かつては地面であり、道路であった場所が、今 は壁となっていた。冗談じゃあない、とコロンブスの新大陸発見の年号と世界 で一番有名なネズミの誕生日を呟いていてみる。絶対正しい。つまり、目の前 の光景も現実と言うことだ。 「おいおいおいおいおい。フツー大空が『天』なんだぜ?これじゃあ太陽 昇ったらどうすんだ?『お天道様』なんて言葉も変わっちまう……」 攻撃の相手は分かっている。神父だ。間違いない。ギシ、と、ジョルノが落 ちきる直前で伸ばしてくれた『蔦』を持つ。徐倫達は神父を追っているのだろ う。自分もどうにかして、それに追いつかねばならない。 『前』を見上げる。様々なものが落下して来ている。中には人の姿も見えた。 畜生め、と舌打ちする。月齢だか知らねぇけどよ、と呟く。 「I see the moon,And the moon sees me.God bless the moon,And God ble ss me!(月がアタシを見つめりャあ、アタシも月を見上げるよ。カミサマ月を 護り給え、アタシの身も護り給え!)」 夜道は危ないからと、『おまじない』として姉から教わった文句を思い出す。 『運命』なんて信じない。姉が神父のいう『運命』なんぞのために、犠牲にな っただなんて思いたくない。そんなものの為なら、どんなに罪悪感を抱えてし まっても良い、家族である自分の至らなさが姉の死を招いた。そう思った方が ずっと良い。 『運命』だなんて、そんな物の為には命は賭けられない。けれども姉と、自 分の復讐に手を貸し、痛みを分かち合ってくれた友の為になら、命を賭けられ る。 あたしの思うカミサマは、と、蔦を引き寄せながら、ひとり、思う。 「進んで手を貸してもくれないけれど、罰したりもしない。ごく気紛れで、 たまに助ける。あたしの行いをどっか遠くで見守ってる。そーいう神だ。 待ってろよ徐倫!きっと、『天』はあたしらを見捨てたりはしない! なんたって、空で見守っているのは太陽だけでも、月だけでも、無いんだから な!」 友人の首の後ろにある痣を思い浮かべながら、エルメェスは空を仰ぎ、蔦を、 握り締めた。 ☆-3 <それで、地は植物、おのおのその種類にしたがって種を生じる草、おのお のその種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ木を生じた。神は見て、 それをよしとされた。 こうして夕があり、朝があった。第三日。 > エルメェスは無事です。徐倫。僕らは神父を追いましょう。『ゴールド・エ クスペリエンス』によって誕生させた木と蔦で、落下していたエルメェスを支 えると、ジョルノは自分達の足元にも足場として草木を生やし、そう告げた。 こいつの言葉に従うのは不本意だが、とアナスイもジョルノに同意する。ヤ ツは怪我をしている。追い詰められているのはヤツの方だ、と。二人の言葉に 僅かに躊躇した後、徐倫は頷き、遠くを見る目で、『上』を見つめた。 命綱を持つ徐倫。潜行させることが出来るアナスイ。そうして、生命を生み 出し足場を創れるジョルノにとって、『上』を目指すことはさしたる苦労はい らなかった。途中、女子トイレの近くで助けを呼んでいる女性達もいたが、大 した事でも無いので素通りした。 『感覚』による、神父の位置は、かなり近くまで感じていた。アナスイが徐 倫に神父の位置を確認したその時だった。スタンドが背後から、彼女を襲った。 「徐倫ッツ!!」 徐倫の腕が歪んでいた。アナスイが慌てて徐倫の元へと駆け寄る。触れさせ るのは危険だと、咄嗟に髪に結わえていた髪留めを解き、生命を与えて空へ放 った。元は徐倫の髪留めであったそれは、椰子の実となり、盾となり、徐倫の 身を守った。徐倫を守った椰子の実は、スタンドの攻撃を受けた。だが、『割 れる』という事は無く、奇妙な形に歪み、中の果汁を、溢れ出した。 「――『重力』だッ!!」 眼前で起こった奇妙な事象に、ジョルノは叫んだ。そうかッ!と、エンポ リオの少年特有の高い声が、それに続く。 「地球もリンゴも、万物には重力が働いていて……それは全ての『重力』の 方向に引っ張られている……!!」 睨み合う徐倫に、エンポリオをこっちへ!とジョルノは手を伸ばす。徐倫 は少年を掴み、ジョルノの方へと放り投げると、自身はスタンドと立ち向かっ た。眼を見開き、繰り出される拳を避け、攻撃を仕掛ける。神父のスタンドは 蹴りを受け、大きく仰け反った。瞬間、徐倫の足を、捉えた。 悲鳴が上がった。腕の中にいるエンポリオが徐倫に駆け寄ろうと身を動かし た。強く抱き留め、それを阻む。少年が彼女の元に行ったところで、足手纏い にしかならないのは明白だった。 周りの動揺をよそに、徐倫は冷静だった。慌てずに、再度わざと攻撃させて、 再度部位を反転、正常へと戻すと糸でもって傷口を縫合する。眼差しは逸らさ ず、臆さず、見据えたままで。 「物を『裏返し』にする、さらにの『裏返し』でッ!」 凄い、と内心感嘆の声を上げる。素晴らしい集中力と発想、行動力に判断力 だと感心する。同時に、彼女を援護しなければ、とエンポリオを上へと逃がす。 近くまで潜行していたアナスイがスタンドを急襲する。だが、それを読んで いたのか、『裏返し』にした石畳がアナスイを打ち据える。徐倫は慌てて彼へ と糸を伸ばす。背を向け、無防備となった徐倫の元へと駆け寄り、生命を生み 出しながら攻撃をかわし、徐倫を守る。攻撃の正確さに舌を巻く。自動追跡に しては正確すぎる。徐倫ッ!とスタンドを見据えたまま、声を上げた。 「攻撃が正確である点から推測して、コイツは『遠隔操作型』ですッ!つ まり、この直ぐ近くに神父が――」 「まさか君が来ていたとはね。DIOの息子、ジョルノ・ジョバァーナ……」 声は、直ぐ側で、した。 「どうしたんです神父?己のスタンドを救うために、わざわざ御身を晒し に来たのですか?」 警戒心を露わに、神父を見据える。プッチ神父は大地に立っていた。彼の周 りだけが異常だった。ジョルノの背中に居た徐倫が、怒りで目の色を染め、声 と共に殴りかかった。徐倫の身が浮いた。動揺する徐倫の腕を掴み、己の下へ と引き寄せる。貴方が『基本』ですか、と声を掛けた。 「そんなところだ。ところでジョルノ。君は人間の幸福において、『克服』 しなければならないのは何だと思う?」 「……『さだめ』、『宿業』……『運命』ですか?……」 「そうッ!その通りだ!!そして『覚悟』した者こそ『幸福』なのだッ!! 『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばすッ!!ジョルノ……DIOの息子よ。我がス タンドの能力は間もなく完成するだろう。それには其処のリリスが邪魔だ……。 此方に彼女を渡してくれ……」 神父の手が、するりと伸びた。ジョルノは沈黙し、徐倫はやや身を強張らせ て、青年を見た。僕も貴方に、聞きたいと思ったことがあります、神父。と、 小さく彼は、語りかけた。 「ひとの、進むべき道とは、何ですか……?」 掠れるような問いかけに、神父は僅かに眼を開き、怪訝そうにジョルノを見 つめた。 「ひとは『幸福』を求めるものだ。そして、『幸福』とは『覚悟』だ」 「そうですか。それでは、『運命』とは?『覚悟』は暗闇の荒野に進むべ き道を切り開く……。その点においては、確かに僕も貴方と同意です」 妙な、違和感が、其処には在った。互いの言っている事は良く似ている。似 ているが、どことなく違う。そう感じながら、口を開いた。 「『運命』とは、何ですか?僕が今、こうして貴方に問いかけていること もまた、『運命』だと?それではつまり、神父。貴方が言っている『運命』 とは、『覚悟』を持ち、『絶望』を抱かないことにより、『幸福』に、『運命』 を受け入れる事……そういう事だ。 それは果たして、『運命を克服した』と言えるのですか?」 「……それは君の持論かい?それとも、其処のリリスに吹き込まれたのか? DIOの子よ……」 アンタは自分で自分が分かっていないんだ、と、ジョルノは呟いた。 「神父、貴方は『異端』なんだ。そして、自分でその歪みに気づいていない。 成る程、確かにアンタの言うことは、一理、あるのだろう。 だが、全てを淡々と飲み込めるほど、ひとは単純に出来てはいないんだ……」 「……ちっぽけな安い感情で動かされてんじゃないぞ。お前の言動は木を見て 山を見ていないのと同じだ」 山を見ただけ安心し、木々ひとつひとつの美しさに気づかないのも愚かだ。と ジョルノは返した。 「僕は自分の仲間たちと知り合うまで、ひとを『能力』で見ていた。その人 間が『使えるか』、『使えないか』で。今のアンタはその時の僕と同じだ。僕 らを己のための『材料』としか見ていない。 僕は仲間と苦楽を共にして、己の未熟さに気付かされた。彼らの生と死は、 僕に勇気や確信、友情の確かさや信頼を。ひとは、成すべきことを成すもので ある事を教えられた。 僕は彼らと共に過ごした時を、『運命』という一言で納得できるほど、淡白 な性格はしていないんだ……」 「――小僧がッ!!知った風な口をきくんじゃないッ!」 「僕は切り開くッ!お前の言う『運命』を、『DIOの息子』という『運命 (業)』を、『克服』してみせるッ!!」 強い風が、吹き抜けた。 ☆-4 <神はそれらを天の大空に置き、地上を照らさせ、また昼と夜とをつかさどり、 光とやみとを区別するようにされた。神は見て、それをよしとされた。 こう して夕があり、朝があった。第四日> 二人の声と同時に、互いのスタンドが動いた。ジョルノのゴールド・エクス ペリエンスが神父に殴りかかり、神父のスタンドがジョルノに殴りかかる。ジョ ルノは樹木によってそれを避けると、蹴り上げた小石の一つを鷹に変えた。ひゅん! と鷹は空を舞い、爪を伸ばして、神父の肩を裂いた。 成る程、と徐倫は感心する。重力があっても、空を飛ぶものの、『飛ぶ』と いう行為は変わらない。フン!と、神父が睨んだ。 「残念だよ、ジョルノ・ジョバァーナ……君ならば、私の志すものを理解して くれると思ったのだがね……」 呟き、神父はジョルノへと駆けた。重力が逆転する。ジョルノの身が浮く。 蔦を伸ばす。浮く己の身を支えて踏みとどまったところに、神父のスタンドが 襲い掛かった。 「――オラァッ!!」 気合と共にストーン・フリーで殴りかかる。神父のスタンドは拳を受けてよ ろめき、神父もその身を動かした。『糸』でもってジョルノを引き寄せ、踏み 止まる。 「やはりお前だけは全力で始末しとくべきだった……刑務所で……初めの時 点で」 そうね。と、徐倫は答えた。 「これで一体何度目かしら?父さんが面会に来た時、サウェッジ・ガーデ ンにDISCを渡した時、アンタがFFの命を奪った時、ヴェルサスと闘った時…… 妙なものね。これだけ争っているのに、まだ、決着がつかない」 だが、これで最後だ。と神父が言った。 「私は私の道を譲ることは出来ないッ!それが、人類の『夜明け』だからだッ!」 「そうね。だから、あたしも譲る事が出来ないんだわ」 ジョルノのゴールド・エクスペリエンスが草木を創る。そこを土台として、 徐倫たちは間合いを取る。貴方は、と、ジョルノは徐倫と、互いの身体を支え ながら、神父に言った。 「分かっていないんだ。光があるから闇もあるのだと。闇があるから、光も また輝くのだと。光だけでも、闇だけでも、どちらもその概念は成り立たず、 二つは対であり、円を描くかのように繋がっているのだと。 僕は僕の『業』から逃れられないのかも知れない。けれども、僕は徐倫とな ら僕に科せられた『業』を背負いながらでも、生きてゆける。そう思うんだッ!」 髪留めを解いているジョルノの髪が風で煽られ、徐倫の頬に触れた。青年の 腕が、熱い。脈拍が強く、波打っている。流れているのは、徐倫が彼に与えた 徐倫の、彼の、血だ。 「それは『男女愛』というヤツか?それとも『友愛』か?同じ血を引く という『家族愛』か?どちらにせよ、些細なものだ。『神の愛』に比べれば なッ!」 アンタはッ!と徐倫は声を上げた。 「アンタの血と、肉は、誰から分け与えられた物なのッ?まさか神から給 わったとでも言うつもり?アンタに血と肉を分けた親は、兄弟はどうしたの? ……どうして、ウェザー(弟)を憎んだの?」 ――おかえりなさい、と、記憶の底で、声がした。―― ”おかえりなさい、お兄ちゃん。 ――ボーイフレンドが出来たの……知り合って2週間。すごく好き…… 心が通じているの……” 黙れ、と、掠れるような声が響いた。ウェザーは、と徐倫はさらに言葉を繋 いだ。 「記憶が無い間、彼には良く分からないところもあったけれど、彼は決して 悪人では無かったわ。記憶を取り戻してから混乱した。貴方に対し確執した。 つまりそれは、それほど悲しいことが、あんたたち兄弟の間であったって事だわッ! 神父、あんたは彼に何をしたのッ?何を理由に、兄弟で殺しあう……アベルと カインの道を行くことになったンだッ!?」 「黙れッツ!!わたしは、ただッ!妹を傷つけたくなかっただけだッツ!!」 叫び、神父のスタンドが、音高く徐倫の立つ足場を打った。 ぐにゃり、と草木は歪み、空へと浮き上がり、落ちて行く。足場を失った徐 倫を捉まえようと、神父のスタンドが手を伸ばす。空中で身動き出来ない徐倫 を、潜行していたアナスイが掴み、徐倫の身を避けさせる。 ジョルノは足場を失った瞬間に高く跳躍し、スタンドに向かいゴールド・エ クスペリエンスの拳を伸ばす。巻き上げられた小石を猛毒の蜂に変え、気を逸 らさせて叩き込む。神父のスタンドは蜂ごと叩き潰そうと両腕を大きく広げる。 無駄ァ!というジョルノの掛け声と共に、蹴りでもって両腕を弾き、胴体へ とラッシュを見舞いする。スタンドの体が、揺らいだ。 貴様らに、と、神父の口が、戦慄いた。 「貴様らにッツ!!このわたしの心など、分かるものかッ!!ひとの愛 では、限界なんだッ!!」 神父はそう吼えると、自ら地を駆け、『重力』で浮いたジョルノの腕を、投 げ縄でもするように、十字架の首飾りでもって捕らえると、固定させた彼の身 体を、己のスタンドに殴らせた。 「ぐァアッ!!」 「ジョルノォオオオオオッツ!!?」 青年の身が落ちる。徐倫はアナスイの身から飛び立ち、片腕をジョルノに、 もう片腕を神父のスタンドの首へと、巻きつける。二人は宙に投げ出され、二 人分の重さに神父のスタンドの身は傾いだ。 「成る程……『C-MOON』の拳を食らう位ならばと、自分で自分の腕を切断し たか。だが、大ダメージであることは変わりない……いや、それどころか、 却って状況は悪くなったと思わないか?」 静かに、仰向けになって必死に徐倫の糸を外そうとしている己のスタンドを 見ながら、神父は言った。 「『C-MOON』がこの『糸』を掴んだ瞬間……徐倫の腕はバラバラになり、そ して君達は『下』へと墜ちて行くのだから……。 分かったろう?エロス(男女愛)も、フェリア(友愛)も、ストルゲー (親子愛)も、所詮は無力なものなのだ……」 抑揚のない口調で、神父はそう告げると、己のスタンドへと、歩み寄った。 ☆-5 <神はまた、それらを祝福して仰せられた。「生めよ。ふえよ。海の水に満ち よ。また鳥は、地にふえよ。」 こうして、夕があり、朝があった。第五日。> 徐倫!そいつの手を離せ!!こっちに掴まれと、アナスイは叫んだ。徐 倫はジョルノの身を引き寄せ、しっかりと彼の腕を己の糸で繋いでいる。ジョ ルノの出血は多量だった。彼が自分で切り裂いた腕からは、どくどくと血が滴っ ていた。このままでは、どちらにせよ、彼が出血多量で死亡することは明白だった。 駄目よ、と徐倫は答えた。 「お願い。アナスイ、彼の身を安全な所へッ!!」 アナスイの言うとおりです。と、下から声が響いた。 「徐倫、早く僕の『糸』を離して、別の場所に飛び移ってください。僕は大 丈夫ですッ!」 「何言ってんのよッ!?アンタ、その出血量でッツ!!アンタが自分の スタンドで失った部位を創れることは知っているッ!でも、こうも出血しな がら何を創れるって言うの!?よしんば創れたとしても、アンタはそれと同 時に出血死よッツ!!」 徐倫ッ!と、男二人の声が重なった。うるさいッ!!と、徐倫の声が、 一喝した。 「あたしはッ!もう、これ以上ッ!!自分が助けた命を、喪いたくなん て――無いのよッツ!!」 叫びだった。咆哮だった。声と共に徐倫はジョルノをアナスイの方へと放り 渡すと、自身は神父の下へと向かう。アナスイは咄嗟に放り投げられたジョ ルノの身を掴み、顔を上げ、次の瞬間に、悲鳴を、上げた。 「徐倫の糸がぁあああああああああああああ」 ジョルノの腕に絡まっていた徐倫の糸が、バラバラと、まるで『重み』に耐 え切れなくなったかのように、千切れ始めていた。宙には血を吐き出し、身体 を歪ませた徐倫が居た。 神父は身を翻した。『C-MOON』とやらも姿を消した。傍らに居るジョルノも 眼を見開き固まっていた。アナスイはジョルノの身を支えとなりそうな手頃な 鉄柵に寄り掛からせると、さっさと、と、唾を吐くようにして言った。 「……治せよッ!テメーの身をッツ!!早くしろッツ!!」 鬼気迫る様子に、状況に、ジョルノも普段の悪舌を仕舞い、急ぎ己の身を癒 す。アナスイはじっと、徐倫が墜ち行った方を見つめる。拳を強く握り締める。 本当は、こんな男など、ましてや、恋敵など、捨て置いていってしまいたかった。 歯噛みした。徐倫の性格だ。見捨てられよう筈など、無かったのだ。懲罰房、 瀕死の重傷を負いながらも、人でさえない生き物の為に階段から飛び降り、た だ、相手を『救う』ために行動した娘だ。 分かってなかったのだ、自分は、それを。 『神父を倒す』ことよりも、『仲間を救う』ことを選択する娘であることを。 『自己犠牲』だとか、『覚悟』だとか、そんなものの範疇を超え、ただ、在 るものを助けるために身を動かしてしまう、そうした娘であることを。 分かってなかったのだ。 「……オメーは落ち着いたら徐倫を探せ。俺は、神父を殺す……」 ジョルノが腕を創り、治したのを確認すると、アナスイはそう告げ、『上』 を見た。勘違いするなよ、と、顔を上げたジョルノに、言葉を付け足す。 「徐倫の願いだ、お前が命を絶つことは俺が許さねぇ……。徐倫を探してく れ、そして、彼女の身を、出来得る限り、治してやってくれ……」 言い、立ち上がる。背を向けたアナスイに、彼女は、と、ジョルノが口を開 いた。それと同時に、場違いな携帯電話の着信音が、その場に響いた。 ☆-6 <そのようにして神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。 それは非常によかった。こうして夕があり、朝があった。第六日。 > 涙が止まらなかった。絶望感が胸を押した。頭の中がいっぱいで、電話の音 にも始め気付かなかった。ぐるぐると混乱する頭で、ごちゃごちゃしながら携 帯電話をポケットの中から引っ張り出して、画面を見る。メールの着信だ。 メールを読む。一瞬思考を停止する。出た声は、歓喜だったか、悲鳴だった か、分からなかった。ただ、二人に届くよう、エンポリオは精一杯声を張り上 げて、二人に伝えた。 「おねえちゃんはまだ死んじゃあいないッ!でも、それって、つまりッ! 神父のヤツもッ――!!」 声と共に、男達は『上』へと、駆け出した。 二人が徐倫を探すのではなく、神父の下へと向かったのを見て、エンポリオ は今度こそ、悲鳴を上げた。徐倫は生きているのだ。ならば、彼女の身の安全 が第一の筈だ。それだというのに、彼等は神父の元へと向かっている。この大 人たちは何を考えているんだ?と唖然とした。 「徐倫を守るには……神父をブッ殺すんだぜッ!」 同感です。とジョルノが続く。オメー、徐倫を探せって言っただろッ!? とアナスイが噛み付く。攻撃は最大の防御だって言いませんか?とジョル ノは『上』へと上がるスピードを緩めないまま、アナスイに答える。 「それに、男として、彼女に守られっ放しなど、断じて出来ないッツ!」 駆け上がってゆく二人に、エンポリオは口をぽかんと開いた。 何を言っているんだこの男どもは。状況が状況なのだ。男とか女だとか、 それ以前に人類の危機なのだ。それなのに男の沽券だとか、何だとか、馬鹿 じゃないか、と心から呆れた。 だが、何なのだ、彼等は。ほんの一瞬前まで、死神にでも憑かれたような顔 をしていたというのに。絶望に満ちた表情だったというのに、何故、今はああ も力を持って、振舞えるというのだ。 「……ひょっとして、それが、『男』と『男の子』との差、なのかなァ……」 だとしたら、大人の男って、とても愚かだ。だが、何故だか少し、格好良い なと、エンポリオは二人が登っていった方向を見据えながら、手すりに掴まる 己の小さな手を、強くした。 SS一覧に戻る メインページに戻る |