喪失 ミニコンサート後編21
千秋真一×野田恵


**********

最終ミーティングといっても、実際は打ち上げの前の軽い反省会という事だったから、
千秋はリラックスした気分で、用意されたミーティング・ルームに入った。

「よー千秋!」

部屋に入るとすぐに、彼は峰達から声を掛けられた。

「みんな、お疲れ。昨日は慰労パーティー、欠席してしまって申し訳なかった……。」
「いいっていいってー!その代わり、松田さん大活躍だったし!」
「あの千秋さま……。のだめちゃんは大丈夫だったんですか?」
「……ああ、大丈夫。ありがとう、薫にも色々世話になったな。」
「そ、そんな!!!(きゅーーーん……。)」←トキメキ中。
「けど、そういえば……人少なくないか?」

千秋はそう言いながら、辺りを見回した。
実際、見知った峰と鈴木姉妹意外は、ほかに数名程しか部屋の中には居なかった。

「ああ、ごめん。今日の最終ミーティング、無くなったんだ。」
「え?そうだったのか?何で?」
「千秋にはメールで連絡しておいたンだけど……。おまえ、見てなかったんだな。
実は松田さんが今朝ダウンしちゃって、今、緊急入院してンだ。」
「えっ!?松田さんがっ!?」

千秋は峰の発言に動揺した。

「なんか過労らしいぜー。あの松田さんが過労とはなー。クールで飄々とした松田さんの態度で気がつきにくいけどさー、
おまえに負けないよう、あの人はあの人なりに、色々と気苦労があったんじゃないかー?」
「そうだったのか……。オレ、昨日の慰労会も、松田さん一人に押し付けてしまって……。」
「でも入院って言っても、今日一日だけで、用心の為らしいから。
さっき高橋くんが見舞いに行ったらしいけど、松田さん点滴を打って貰ったら、もうピンピンしてたらしいぜー?」
「え、そうなのか?」
「早速、可愛いナースの女の子つかまえて、例のキラースマイルを炸裂させてたらしい。高橋くんが怒りながらそう言ってた。」

千秋はひとまず松田の病状があまり深刻な状態でなかった事に、ホッと胸を撫で下ろした。

「わたし達、今日本当は松田さんに相談したい事があったんだけど……。」
「うん、そうなの……。」
「え?何だー?何を相談したかったんだー?」
「実は二人で新しいCDを今度出すことになって…その推薦文を松田さんに書いて貰えたらと思って……。」
「松田さんに頼めば、引き受けてくれるんじゃないか?」
「そうだそうだ!あの人なら萌と薫の頼みなら断るわけねぇ!」
「そうかな?そうだといいんだけど……。」

鈴木姉妹は峰と千秋の言葉に、嬉しそうに笑いあった。

「ま、そういう事で、松田さんいないから、してもしょうがない最終ミーティングはやめたって訳だ。
おまえだけなら、次の打ち上げでそういった話も出来るだろ?だからみんなには、直接打ち上げ会場に行って貰ってる。」
「黒木君とか、真澄とかもか?」
「ああ。真澄ちゃんは今回のおまえのお別れ会の幹事だからな。ちなみに黒木君はその手伝いで。
真澄ちゃん、すっげー張り切って行ったぜー?っよ!相変わらず愛されてるな!」
「……勘弁してくれ。」

千秋が嘆息しながらぼやくと、峰と鈴木姉妹は顔を見合わせて、可笑しそうに笑った。

*****

「えー、今回、ここにいる初代指揮者の千秋真一凱旋公演と銘打ったこの二日間、みんな本当にお疲れーー!!
なんとっ!!早速アンコール公演の話がきてて、まさに大成功といっても過言ではないぜーー!!」

峰の暑苦しい冒頭の挨拶が延々と続き、オケのメンバーはビール片手に、じりじりとしていた。

「ちょっと龍ちゃん!!もうあんたの話はいいから、今日の主賓に挨拶させなさいヨっ!」

真澄が峰に突っ込むと、場の全員がそう思っていたらしく、大きな笑い声が起こった。

「っちぇ!なんだよ!わーったよ!ほら、千秋!ご指名だぞ!」

彼は拗ねたように席に下がると、一番手前の中央にいた千秋がゆっくりと立ち上がった。

「ビールの泡が消えかかってるので、なるべく手短に。みんな本当にお疲れ様、そしてありがとう。
いい公演が出来てオレもすっげー嬉しい。
次にこういう機会があったなら、またみんなと、楽しい音楽の時間を過ごせたらいいな…と思う。
では、R☆Sの公演の大成功を記念して、乾杯!!」
「乾ーー杯ーー!!」
「かんぱーーーーい!!」

あちらこちらからグラスを合わせる音が鳴り響き、打ち上げは和やかなムードで始まった。

千秋は、周りをオケの可愛い女子に囲まれて、音楽談義に花を咲かせつつ、端正な表情で微笑しながらビールを飲んでいた。
指揮をしている間は鬼・千秋でも、こういう時の彼はいつも、まさに“王子様”だ。

「くそーーーー!!千秋のヤツ、相変わらずモテモテだなっ!」

峰がムカついた表情を隠しもせず、憎憎しげに吐き捨てると、黒木が宥めるように彼の肩を叩いた。

「もう結構時間経ったし……。そろそろ千秋君、こっちの席にも来て貰う?」
「そうよっ!ここで待ってたら、いつまで経ってもあのコ達、千秋さまを離しゃしないんだからっ!」

そう言いながら真澄は串揚げに、がしっと噛み付いた。

「じゃーわたし達が呼んでくるねーー!!」
「行ってきまーーす!!」

萌と薫は立ち上がると、いそいそと千秋を囲んでる女の集団の中に入って行く。

「おい、あいつら!なんか待ってましたとばかりじゃねーか?」
「仕方ないよ。千秋君、人気者だし。」
「キーーーー!萌っ!薫っ!行ったきり帰って来なかったら承知しないわよーー!!」

暫くすると、鈴木姉妹はちゃんと千秋を連れて、峰達のテーブルに戻って来た。

「みんな、お疲れ様。」
「……おい、千秋。オレ達の事なんか忘れて、おまえ鼻の下伸ばしてただろっ!」
「はぁ!?」
「まぁまぁ……。千秋君、本当にお疲れ様だったね!」
「お疲れ様です!!千秋さま!!」
「ああ、みんなも本当にお疲れー!」

そう言って6人はお互いにグラスにお酒を注ぎあうと、乾杯をした。

「しかし……。色々あったが、とにかく無事に終わって良かったぜ……。」
「うん。本当にいい演奏会だったね。ボクもすごく楽しかった。」
「千秋さまは、明日パリに帰られるんですかー?」

薫が千秋の空いたグラスに、ビールを注ぎながら訊ねた。

「ああ。明日発つ。」
「何時のフライトなんですか?」
「えっと、確か11時20分…だったかな?」
「うわぁっ!はえーな!でもオレ、明日空港まで、見送りに行くからなー?」
「いい……。来ないでくれ……。」
「何、遠慮して照れてんだよっ!親友っ!!」

峰はそう言うと、千秋の背中をバンバンッ!と叩いた。
彼はもう相当酔っ払っていた為、いつもよりも凄い力で背中を叩かれた千秋は、思わず咳き込んだ。

「げほっ!がほっ……!」
「そういえば千秋さま……あの…のだめも一緒に…明日パリに帰るんですか?」

真澄が窺うような瞳をしながら、千秋に訊ねた。

「え?のだめ?ああ、あいつも一緒に帰る。」
「そっかー。のだめちゃん、やっぱりパリへ帰るんだー……。」

真澄と鈴木姉妹がしんみりとした表情で俯きあっているのを見て、千秋は重要な事を皆に伝え忘れていた事に気がついた。

「あっ!みんなには言い忘れてたけど、あいつ、記憶が戻ったんだ。」
「えええええーーーー!!」
「っはぁ!?のだめがっ!?何だそりゃーーーー!!」

千秋以外の全員が白目をむいて、あっけにとられた表情のまま、茫然としていた。

「ごめん。うっかり言うの忘れてた。」
「そっかー。恵ちゃん、記憶が戻ったんだー……。よかったね、千秋君……。」

一番最初にこの状況から回復した黒木が、千秋に笑顔を向けた。

「いつ、のだめの記憶が戻ったんだ?」
「えっと、それが今朝なんだ。朝起きたら、あいつの記憶が戻ってて……。
でもその代わり、記憶がなかった間の事を、今度は忘れてるンだけど。」
「えっ!?じゃあのだめちゃん、木から落ちた事も憶えていないんですか?」
「うん、そうなんだ。あいつの中じゃ、自分はまだ福岡の実家にいると思ってたらしいから。」
「キーーーー!!!あのひょっとこバカ娘ぇっ!!心配して損したわよーーーー!!」
「真澄ちゃん、どう、どう!」

例の如くハンカチを食いしばる真澄を、左右から鈴木姉妹が宥めていた。
その時、峰がすくっと立ち上がると、千秋の腕を掴んで同じように立ち上がらせた。

「峰?……な、何?」
「バカヤローーーー!!おまえ、今すぐ帰れ!!」
「はぁ?」
「のだめ、記憶が今日戻ったばかりなんだろっ!?戻ったとはいえ、色々不安なんじゃないか?
それなのに、おまえがついていてやんなくてどうする!」
「そうだね。峰君の言う通りかも……。今日はもう早く帰って、恵ちゃんの側にいてあげなよ、千秋君。」

黒木は冷酒の入ったお猪口をぐいっと飲みほすと、千秋をじっと見詰めた。

―――く、黒木君……?またその目……?

千秋は内心動揺しながらも、峰達の好意に甘える事にした。

「いいのか?オレが先に帰っちゃって……。」
「大丈夫!大丈夫!みんなもう酔っ払ってるし、気がつかねーよ。」

千秋を店の入り口まで見送りに出た峰達に、彼は申し訳なさそうに振り向いた。

「本当にごめん。じゃ、オレ先に帰らせて貰うな。」
「のだめちゃんによろしく言っておいて下さい!」
「恵ちゃんに、またパリで会おうねって、伝えておいてね、千秋君。」
「千秋さまにこれ以上迷惑かけないようにって、私が怒ってたって、あのひょっとこバカ娘にきつく言ってやって下さい。」
「ははは。わかった、伝えておくよ。みんな本当にありがとうな。」
「あ、千秋!!」

帰りかかっていた彼を引き止めると、峰がニヤニヤして囁いた。

「本当にのだめの記憶が戻ってよかったな!」
「ああ、うん。峰にも色々迷惑かけて、すまなかったな。」
「そんなのいいって!あのさ、のだめの記憶が戻って……ほら、久しぶりに積もる話とかあるだろ?
今まで出来なかった訳だし!」
「え?ああ…そうかもな。」
「それにさ……色々と…たまってるモンもあるだろ?たまってるモンがっ!!」
「っは!?」
「早くのだめにあって、全部スッキリしてこいよーーーー!!」
「っな、何言ってんだ!!このバカっ!!」
「ひひひひひっ!!じゃまた明日、空港でなーー!!親友!!」

自分の発言で千秋が顔を真っ赤にさせたのを見て、峰は大いに満足した。
そしてニヤニヤ顔のまま、バンバンッ!と彼の背中を叩くと、後ろにいた黒木達と店の中へ戻って行った。

―――ったく!峰のヤツ……。

千秋はブツブツと呟くが、内心峰の目の付け所の鋭さに舌を巻いていた。

―――っていうか…もうすでに昨日、スッキリしたんだが……。

千秋は自分の不埒な思考に赤面しながらも、のだめの待つ横浜へ帰路を急いだ。

**********

由衣子は自分の部屋から出ると、スタスタと客間の方に向かって歩いていた。


『のだめちゃん!今日は最後のお風呂だし、一緒に入ろうね!』


彼女は先程、夕食の時にのだめと交わした会話を思い出していた。


『昨日は一緒にお風呂に入れなかったから、のだめちゃんの背中に湿布も貼ってあげられなかったし。
今日はちゃんと由衣子が貼ってあげるからねー?』

『えええええっ!?の、のだめ!一人でお風呂に入れますヨ!湿布も大丈夫です!』

『え!?一人で平気なの?』

『ほ、ほら!明日からもうパリで一人でしなくちゃいけませんから!今日から練習しておきマス!』

『そう……?それならいいけどぉー?』


真っ赤な顔をして、何故か一人でお風呂に入ると、言い張るのだめが少しおかしいと思ったが……
由衣子はそんな自分の考えを頭をブンブンと振って打ち消しながら、廊下を歩いていた。
すると、客間に続く廊下の中程まで来た所で、右手前の扉がバーン!と勢いよく開いた。

「と、俊兄っ!?」
「あ、由、由衣子!」

俊彦が自分の部屋から出てくると、由衣子の腕を掴んで彼女を引き止めた。

「なぁに?俊兄!どぉ〜したの?」
「いや、その、た、たまにはボクと、い、一緒に寝ないか?」
「えぇーっ!?」

由衣子が俊彦の発言に面食らっていると、斜め先にある征子の部屋のドアも急に開いた。

「由衣子ちゃん!たまには私と一緒に寝な―――っあら!」

征子と俊彦と由衣子の3人は、お互い気まずそうに廊下で立ちつくしていた。

「……もう征子ママも、俊兄も、心配し過ぎ!!由衣子だってそんなに子供じゃないよっ!!
今日はのだめちゃんと一緒に寝ないもん!」
「やだ、由衣子ちゃん。そういう訳じゃないのよ……?ただ本当に、たまには私と一緒に寝ないかな〜?って思って!」
「そうだよ。ボ、ボクもたまには……。」
「ウソ!!二人ともどうしてすぐ分かるウソをつくの?由衣子だってちゃんと分かるんだから!
明日、のだめちゃん達は朝早いし、由衣子は学校だから、お別れの挨拶でちょっとお話しに行くだけだよ?」
「あら、そうだったの?」
「何だ…ははっ……。」

征子と俊彦は、先回り過ぎた自分達の思考を、気恥ずかしく思った。

「そういえば真兄は?もう10時半過ぎだけど……。まだ、帰ってきてないよね?」
「9時過ぎに千代さんに真一から電話があって、今から帰るって言ってたらしいけど。」
「じゃあ、もうすぐ真兄ちゃま帰って来るねー!由衣子、その前にのだめちゃんとお話してこよっと!」

由衣子は軽やかな足取りで、客間に向けて再び歩き出した。
そんな彼女の後姿を見ながら征子は照れ笑いをし、俊彦は頭を掻いた。

「由衣子も…その…気がついてるのかな?」
「そうだとは思わないけれど……。きっと由衣子ちゃん、真一に気を遣ってるのね?」
「そっか……。」

二人で肩を竦めて笑いあうと、征子と俊彦も自分の部屋へ戻った。

*****

トントントン……

「ハーーイ!」

客間のドアがガチャリと開いて、中からのだめがひょこっと顔を出した。

「あ、由衣子ちゃん!どしたんですか〜?」
「のだめちゃん達、明日パリへ帰っちゃうから、ちょっとお話に来たの。入ってもいい?」
「もちろんですヨ〜!ささ、どぞ〜!」

のだめは由衣子を部屋へ招き入れると、ソファに座るように勧めた。

「ごめんなサイ!いま荷造りの最中で、ちょっと部屋が散らかっていて……。」

のだめはスーツケースの中に、沢山の荷物を小さく畳んで押し込んでいる最中だった。
あちらこちらに、メッシュ製のポーチや洋服の山が散乱している。

「明日早い時間のフライトだったもんねー!のだめちゃん、大変だねー!」
「そなんですヨ〜!でも、もう後はこれを中に押し込むだけですからネ!何とか荷造り終わりそうでホッとしました!」

のだめは暢気にあはは〜と笑っていた。

「のだめちゃん、ありがとうね。」
「ハイ?」
「由衣子がお願いした事、守ってくれて……。」
「お願いした事?」

由衣子は俯いて呟いた。








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