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上田次郎×山田奈緒子


「それじゃ奈緒子。お母さん、明日はお昼食べて帰るから」

台所に声をかけ、山田里見は框から小さな風呂敷包みを取り上げた。

「お気をつけて。お母さん」
「あら、上田さん。お見送りなんてよろしいのに」

玄関先までのそのそとついて出てきた大男に里見は微笑んだ。

「ほんとに、慌ただしくてすみません。…『大事なお話』はまた明日戻ってから、ゆっくり、じっくり、たっぷりとうかがいますので」

「あ、いえ」

上田次郎は恐縮したように小腰を屈めた。
鴨居に遮られていた視界に、土間に立つ里見の笑顔が入る。

「突然伺った僕が悪いんですから、お気になさらず。どうぞお友達の皆さんと楽しんできてください」
「ありがとうございます。…滅多にない機会なものですから、積もる話を一晩中語り合おうねって…、もう、楽しみで。じゃ、先生、申し訳ありませんけど、留守中よろしくお願いいたします」

丁寧に頭を下げる里見に上田は愛想よく頷いた。

「勿論です。後の事はどーんとお任せください! 行ってらっしゃい、お母…」
「どけ上田!……お母さん!」

『どーんと』で反射的に拳を振りあげかけた上田の大きな図体を押しのけ、後ろから奈緒子が飛び出してきた。
里見に借りた割烹着で濡れた手を拭いている。夕食の支度をしていたのだ。
靴下の上から下駄をひっかけ、土間の隅の暗がりまでぐいぐいと里見の袂を引っ張った。

「どうしたのよ、奈緒子」

里見のけげんな顔に、奈緒子は声を潜めて囁いた。

「お母さんってば、どうして私じゃなくて上田に…」
「奈緒子」

途端に鋭くなった里見の目に奈緒子はびくっとし、渋々言い直す。

「…上田さんに留守番任せるの。おかしいでしょ」
「そうかもしれないけど。…あなたよりよっぽど頼りになりそうじゃない」
「ええっ?」
「だって、空手がお強いっていうし、何でもよくご存じだし、男の人だから力持ちだし」

里見はけろっと数え上げ、むくれている奈緒子の背中に片手を置いて引き寄せ、顔を近づけた。

「……それより奈緒子。お母さん、なんだかわかっちゃった。上田さんの『大事なお話』の中身」
「…えっ」

奈緒子はぎょっと母を見た。里見は含み笑いをしている。

「うふふ。だって今日の上田さん、すっごくおかしいんだもの…誰だってわかるわよ」
「……そう…だっけ」

奈緒子は里見の微笑から視線を逸らしつつ上田の様子を回想した。

 門から玄関に向かう間ずっと、同じ側の手足を揃えて交互に動かしていた上田。
 里見にお辞儀を繰り返し、そのたびに玄関梁に額をぶつけている上田。
 上がり框で足を踏み外し、豪快に土間へと転がり落ちる上田。
 勧められた座布団と間違えて、手土産の羊羹の紙袋に座る上田。
 熱いお茶を一気にあおり、舌に火傷を負った上田。
開口一番、現代物理学の歴史と展望、自分の研究テーマの社会的意義及び高尚さについての演説をはじめた上田。
 一時間以上もそれを続けた挙げ句、里見に外出の約束があると知ると脱力して畳に崩れ落ちた上田…。

奈緒子は口元を歪めた。
何故こうもナチュラルに怪しい行動ばかり繰り出すのだ。

「……う、上田さんはいつでもおかしいんだけどね……エヘヘヘ!」
「お母さんは賛成よ、奈緒子」

ごまかし笑いの途中で奈緒子の顔はひきつった。
じっと里見が見ている。

「上田さんなら安心してあなたを任せられるの。あの人はきっとあなたのための、強い鎖になってくれる」
「………鎖……?」

奈緒子は里見にいぶかしげな視線を返した。

「…山田─いや、奈緒子─さん。お母さんと何のお話だ?」

上がり框から上田がそわそわと声をかけてきた。

里見は目に微笑を翻し、奈緒子に一層顔を近づけた。

「大丈夫。あの人の傍にいなさい」
「…………お母さん」
「……………」
「…そんなのどうし」
「なーんて言うとどうせ奈緒子は文句を言うのよね。『そんなのどうしてお母さんにわかるのよ』って」

里見は喉の奥で笑った。

「でもね、わかるんだから仕方ないじゃない。……私は、奈緒子のお母さんなんだから」

むっと奈緒子は唇を結んだ。頬が上気していくのがわかる。
見透かされた不愉快からではない。

どうしようもなく気恥ずかしくて照れくさくて──温かい。

「おい山田!…あのですね、お母さん?…そこでひそひそと、何をお話……」

上田がつま先立ちをして躯を半身にし、こちらに耳を傾けているのがわかった。

「うるさいぞ上田。聞き耳を立てるな!」

奈緒子は染まった顔をあげ、里見の肩を掴んで押した。

「お、遅くなるわよ、お母さん。お泊まり会──楽しみにしてたんでしょ」

里見は押し出されながらふふっと笑った。

「ええ。でもね、お母さん明日の午後もとっても楽しみ。ねえ奈緒子、上田さん、明日はちゃんと──」
「お母さん、ほら。急がなきゃ」

框で上田が焦っている。

「あ、あのですねお母さん!今、僕の名を…」
「黙れ上田」

里見の躯を敷居から押し出し、奈緒子は家の内を振り返った。
上田が眼鏡の奥の目をぎょろりと光らせて声を潜めた。

「おい、…何の話をしてたんだよ」
「……暗闇虫」
「嘘つけ!今確かに俺の」
「それより、もうすぐ晩ご飯だから。お前は荷物を片付けてろ。上田、駆け足!」

号令をかけ、奈緒子は戸締まりをしようと敷居に向きなおってのけぞった。
里見がニヤニヤして立っている。

「まっ、まだいたの、お母さん」
「あらあ、ごめんなさいね。やっぱり小雨が降りそうだから、傘持って行こうかなと思って」

奈緒子は急いで傘立てから一本抜き出し、母に手渡した。

「はい。これでいい?」
「ねえ奈緒子」

傘を掴みながら、ずいと里見が身を寄せた。奈緒子は思わず後ずさった。

「あのね──お母さんの前だからって、いつまでもそんなふうに照れてちゃだめなんじゃないの」
「…はい?」
「たまには愛情をこめて優しく接してあげなきゃ。釣られた魚だってねえ、厭になって逃げちゃうんだから」
「釣…ちがう違う!あのねお母さん、どっちかっていうとそれは上田…上田さんのほうが…!」

奈緒子は慌てて背後を確認した。
上田は奥に去ったらしく、もういない。

「奈緒子」

奈緒子のしどろもどろの抗議は無視し、里見が声を潜めた。

「まさか、上田さんと二人っきりの時もその調子なんじゃないでしょうね。男の人ってね、奈緒子が思ってるほど──」
「う、うるさいっ。余計な心配しなくていいの!早く行け!」

引き戸を閉じて里見の高笑いをしめだし、奈緒子は頬を強く抑えた。

「おい、you」

奥から上田が呼ぶ声がする。

「布団はどこに敷けばいいんだ!?君の部屋、どこだ」

抑えた頬が熱い。発熱したわけではない。
奈緒子は呻いた。

「…まったく、もう…!」



夕食のカップ焼きそば大盛りを食べ終わり、上田に五右衛門風呂を沸かす任務を与え、箸や湯のみを洗い終え──奈緒子は座敷にへたり込んだ。

疲れた。

多事多端な一日だった。
朝は科技大の研究室で上田がプレゼントしてくれた特注品の装着技術の習得にかかりきり、昼は長野に向かって違法なスピードで爆走する次郎号の助手席に座りっぱなし。
実家に着いてみれば意気地なしの上田の挙動不審に心臓を悪くし、さらに『ごりっとお見通し』の里見にからかわれ──。

「……明日も…かあ……」

奈緒子は割烹着をのろのろと脱ぎ、座卓に突っ伏した。
廊下に体重ののった足音がする。

「おい。風呂沸いたぞ。ああ…焚き口暗くて怖…いや、もういつでも」
「んー。お先にどうぞ、上田さん……」

沈黙。

奈緒子はそっと顔をあげた。髪の隙間越しに、上田がこっちを見ているのがわかる。

「何?」
「……寂しいから、一緒に入らないか?」
「あのねっ」

奈緒子は躯を起こした。手間のかかる男だ。

「子どもじゃないんだから、お風呂ぐらい一人で入ってくださいよ」

上田は傷付いたように眼鏡の奥で目を見張った。

「you。こんな経験はないか。風呂場で屈みこんで髪を洗っているんだ。すると誰もいないはずなのに背後からじーっと…見知らぬ誰かが覗き込んでいる気配がする時が」
「変質者か」
「違う!」
「上田さんを覗く人なんていませんって。それじゃ」

奈緒子は立ち上がり、座敷を出た。上田が後からついてくる。

「おい、じゃ、じゃあ、脱衣所の前で俺があがるまで待っててくれよ。それならいいだろう?」
「上田、お前…」

奈緒子はちらっと振り向いた。自然に頬が緩む。

「本当に、怖いんだな…」

上田の目に一瞬焦りが浮かんだ。

「違う。ただ、さっき覗いてみたんだが、ここの風呂場は広大すぎる。迷子になりそうで、だな」
「なるわけないじゃん」
「遭難したらどうするんだ!youは世界の物理学会に取り返しのつかない損失を与えることになるんだぞ!」
「そんな事になったら、矢部さんに電話して捜索隊を出してもらいます。早く行けって」
「だがな、you」

ぐずぐず言う上田に、奈緒子はふと顔をあげた。
高い位置にあるびくついた表情を見上げる。

「上田さん」
「ん?」
「──部屋で待ってますから」

上田が立ち止まった。口が忙しく開閉した。
何かに似ている…瀕死の金魚にそっくりだ。

「…you…?」

奈緒子は声をやや小さくして、続けた。

「だから早く先に、お風呂に入ってさっぱりとしてきてほしいんです」

上田のぱくぱくがやんだ。
口を閉じ、じっと奈緒子を凝視している。
彼女は声をもっと潜めた。

「…ね。わかった?」

上田が拳を握りしめたのが見えた。
肘の内側にくっきりと血管が浮かんでいる。

「わ、わかった…完璧にな。待ってろ、you!」

そのまま着替えも持たず廊下を走り去る上田教授の後ろ姿は、カール・ルイス並にフォームが決まっていた。



「ふ。──ゾウリムシ」

見送りながら奈緒子は溜め息をついた。
案の定角を曲がりきれず、廊下の果てで柱に激突する音がした。
上田は建築物にぶつかり慣れているから放っておいても平気だろう。

「風呂の順番を待ってるって意味に決まってるじゃん、ターコ。何想像してるんだ。弱虫。巨根。ドスケベ。バカっ」

毒づきながら荷物を整理しに部屋へと向かう。
からりとふすまを開き、中を一瞥した奈緒子の膝から力が抜けた。

「……………」

部屋の中央に二組の布団がある。上田が敷いたに違いない。
ぴったりくっつき、重なりあった縁が盛り上がって見える。

枕はもっとひどい。
完全に積み重なり、笑天の座布団四枚並みの厚さになっている。

「どうやってこれに頭を置く気だ、上田っ」

奈緒子は急いで布団をずりずりと引き離した。

「な、なんでこんなに元気なんだ、あいつ?……今日は、もう…わっ!ああっ、だめだ、思い出すな私!!」

研究室で上田に苛められた今朝の出来事を思い出しかけ、奈緒子は焦って頭を振った。

最近上田はおかしいのだ。
常に発情している。奈緒子に向ける視線にしばしば濃い色気が滲んでいる。
それは確かにもともとぶっつり、ではない、むっつりスケベな男だったかもしれないが、今まで何年も一緒にいて、さほど上田に男を感じたことはなかったのに──奈緒子はふいに赤くなった。

もともとおかしかった上田がもっとおかしくなったのは、およそ一ヶ月前からだ。
正確に言うと奈緒子と寝てからということになる。
そして、奈緒子が上田にひどく男臭さを感じるようになったのも同じ頃。
つまり、上田に抱かれてから。
上田の発情をいちいち感じ取るということは、奈緒子もその手の雰囲気に敏感になっているという事であり…。

「わ、私も上田と同類でスケベって事か!?イヤだ!!」
「何がだ、you?」

背後で腹に響く声が湧き、奈緒子は本当に飛び上がった。

「きゃあっ!いやっ!う、上田だあ!」
「ゴジラか俺は!」

上田は一喝し、廊下から部屋に入り込んできた。
あの激突から復活し、超スピードでもう風呂に入って出てきたらしい。
当然裸であり、下半身はささやかな応急処置のつもりか前に普通サイズのタオルをあてがっているのみである。
奈緒子は思わず悲鳴をあげた。

「危険すぎだ上田!…か…風邪ひきますよ!」

上田はニヤリとひげ面を歪ませた。

「心配ない。ちゃんと布団で待機するから」
「えっ」
「なんだ?なんでこんなに離れたんだ、おかしいな、ネズミか……ほら、you。早く風呂に行けよ」

上田は言葉通り裸で布団に潜り込み、眼鏡を外して枕元に置くと、やがて隙間から手を伸ばしてはらりとタオルを放り投げた。

「今度は、俺がyouを待っていてやるからな」
「……上田さん」

奈緒子は枕の上でニコニコしている上田の顔を複雑な表情で見つめた。
上田の、奈緒子を信じ切って輝いている優しく純粋でスケベな笑顔が……

……バカすぎて、切ない。

奈緒子は溢れそうな涙をこらえつつ、手早く着替えを用意した。
ふすまを開けた彼女の背に、布団から上田の声がかけられた。

「灯りは消しておこうか、you?」

奈緒子は手をとめ、しばらくしてから振り返った。

「いいえ、つけておいてください」
「……」

上田が肘をついてむくりと起き上がった。

「いつも恥ずかしがるじゃないか君は。いいのか?」

奈緒子はあっさり頷いた。

「はい」

上田は信じられないという視線で奈緒子を観察している。
素直な表情は消えていた。
彼女の操るトリックに騙されまいと構えている時の、猜疑に満ちた視線だ。

「着替えるのに必要だから?」
「いいえ」

奈緒子は首を振った。長い髪が揺れ動く。

「新作手品の練習をするとか?」
「なんで、今そんな事しなくちゃいけないんですか」

奈緒子はゆっくり俯いた。
その顔はほとんど隠れてしまったが、紅潮している事だけは上田にもわかったかもしれない。

「上田さんに──い──いい事してあげますから。…待っててください」

ふすまが軽い音をたてて閉まった。

「…………おおぅ」

身じろぎしなかった上田は、胸をおさえながらようやく布団に倒れこんだ。



「うわあ、もう!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ……」

奈緒子は早口で呟きながら洗い場で、ごしごしと躯を洗った。

上田の入ったあとだから、あたりには一面濛々と湯気と石鹸の匂いがこもっている。
あまりに早く出て来たから一瞬嘘かと思ったが、してみると上田はきちんと躯は洗ったようである。
スケベ心は何事をも可能にするらしい。

「あんな事、なんでわざわざ!…」

洗い髪をタオルでまとめ、奈緒子は顔を赤らめて五右衛門風呂に飛び込んだ。

「上田…、嬉しそうだったな」

一等星のごとく輝いた上田のでかい目がフラッシュバックし、奈緒子は慌てて首を振った。

「ううっ」

優しくしろなんて、里見が余計な事を言うからだ。

「どうして、お母さんって上田のこと気に入ってるんだろ…」

奈緒子にはそれが、今ひとつよくわからない。
世間の親は娘の相手として、上田次郎のような男を果たして歓迎するものだろうか。
一見柔らかい人当たりだが、ちょっとつきあってみればその怪しさはすぐわかるだろうに──。
里見が上田に見ている本質や、ましてや自分ほど上田と深くつきあった人間はいないという事実を真剣に感じとっていない奈緒子には、それが不審でならなかった。

大学教授で、将来を嘱望されている(らしい)物理学者で、肩書きだけは立派だが──その肩書きだってたとえば、奈緒子の幼馴染みで医師である瀬戸などとそう違いがあるとは思えない。
しかも同世代の瀬戸に対し、上田は奈緒子より一回りも年上なのだ。
だが里見は娘への瀬戸のアプローチは無視していたし、瀬戸が自分を『お母さん』と呼ぶ事も厭がっていたようである。
なぜか上田がそう呼ぶのだけは最初から平然と受け入れていたが。

「上田って非常識じゃん。一度会っただけの相手の部屋で下着を取り込むし、変な事件に連れまわすし」

奈緒子は呟いた。

「器は小さいし、無神経だし自惚れ屋だし惚れっぽいし、無駄にでかいしいじめっ子だし、役立たずだし気絶するし」

数えていると止まらなくなってきた。

「いらない本押し付けるし、カメラ目線の写真飾ってるナルシストだし、危なくなったら一人で逃げるし…!」

──そのくせ黒門島みたいな辺鄙な島まで奈緒子を助けにきてくれた。
黒門島だけじゃない。名前も知らないような孤島にも。

自分を見失っていた奈緒子を、自分のいる世界につなぎ止めるために。

「………上田」

奈緒子は肩を竦め、顎までを湯に沈めた。
上田はたぶんさっきのまま、素直に布団に潜って待っているのだろう(素っ裸で)。
奈緒子の言葉に胸をわくわくさせて、期待して、ふたりで抱き合うのを楽しみにしている。
奈緒子が来ればすぐに引き寄せる事だろう(発情期だからだ)。
そして、自分は…自分は、自分も……。
ぞくりとした躯を両腕でおさえ、呟いた。

「上田さん……。って、え、ええっ?」

唇から滑りでた声の甘さに奈緒子は赤くなり、それをかき消すように急いでばちゃばちゃと湯を跳ね上げた。

「いやだ、私やっぱり変だ!」

上田次郎と抱き合えることが躯が震えるくらい嬉しいなんて。

「……ん……っんんん!ん…ん、んにゃーーーっ!」

夜更けの風呂場に飛沫の音と奇声が響く。

端からみるとただの可哀相な子であるが、幸い誰も見てはいなかった。




そっとふすまを滑らせる。
布団の端で上田の頭があがった。甲羅に隠れた亀のようだ。

「おう。遅かったじゃ、ってyou!」

上田が布団をはねのけて上半身を起こした。
その愕然とした表情から、奈緒子はさっと目を逸らした。

「な、なんですか。──黙れ。何も言うな」

奈緒子は急いでふすまを閉めた。
他に誰もいないとわかってはいても、やっぱり恥ずかしい。
素早く布団に近づき、端を掴むと一気に上田の傍らに滑り込む。
腕を伸ばして、慌ただしく枕元を探っている上田の手をびしっと抑えた。

「眼鏡は駄目!」

「you、風呂場からここまでその格好で来たのか!俺ですらタオルで局部を」
「局部って言うな。……き、着てますよ」

奈緒子は唇を尖らせ、蚊の鳴くような声で呟いた。

「これ……心の綺麗な人にしか見えないパジャマなんですよ」
「嘘つけ!パンツもか?」
「ぱ、パンツも…ですよ」
「ふうん」

上田は腕から彼女の指をほどき、するりと再び布団に潜った。

「それが……『いい事』か?」

奈緒子はこくこくと頷いた。恥ずかしさのあまり目が潤んでいるのが自分でもわかった。

(ば、ばかばか!!これじゃ、もしかしなくても…ただの露出狂だ!)

自分につっこんでいるうちに額にこつんと当たったものを感じ、顔をあげる。
寄り目になった上田が、奈緒子の額に額をくっつけていた。

「……サービスなのか?」
「うっ」

奈緒子は涙目になりそうなのをこらえ、またこくこくと頷いた。

「you……」

上田は黙った。

「………」
「………」
「………上田、さん?」
「じゃあ、なんで布団に隠れるんだよ!甘い。まだまだまだまだだだだ!覚悟が足りんわ」
「うっ」

奈緒子は声を詰まらせ、至近距離から罵声を浴びせる上田を恨みがまし気に見た。

「せっ、せめてここまでの努力を認めてください、親方!」
「だれが親方だ!──これだけじゃないんだろ。え?」
「えっ」

一転して猫撫で声になった上田の台詞に赤くなる。

「透明パジャマだよ。最後まで続けるんだろうな、当然」

奈緒子は肩で息をするように喘いだ。

「上田さん、の……意地悪っ!!」

上田はにやにやしながら額を離した。

「ほら、山田奈緒子くん。どうやるんだ、自分で脱ぐか?」
「………じゃあ」

奈緒子は頬を赤らめたまま小さく囁いた。静かに仰向けになる。

「ふ、布団。剥がして、いいですよ」
「よし」

上田はがばっと起き上がり、躊躇の素振りを見せずに布団を奈緒子から撥ね除けた。

「あっ…」

ぴくんと震えた躯から布団をおしやり、上田は肘をついて奈緒子の耳に囁いた。

「you。眼鏡かけてよく見てもいい?」

奈緒子はまたぴくんと震えた。

「………え、でも」
「嘘だよバーカ」

上田は上機嫌だった。その声の抑揚だけでも、興奮しているのがよくわかる。

躯の上をさらりと大きな掌が動き、奈緒子は慌てて首をあげた。

「──脱がせてやる」
「じ、自分で、脱げますよ」
「ええっ?心が綺麗な人間にしか見えないんだろ。youに見えてるわけがないだろうが、このたわけが!」
「お前だって心の中は真っ黒じゃないか!」
「いや、見える。見えるぞ、ボタンが…………一個」
「少なっ!」
「ものすごくでっかいボタンなんだよ!」
「そんな変なパジャマないって。ご、五個くらいはついてますよ、普通」

上田は眉間に縦じわをよせ、奈緒子の上気した顔を見た。

「いいよ。じゃあ、そういう事にしておいてやる」

背中に腕がくぐり、奈緒子は肩を引きおこされた。
その後ろに枕をあてがい、上田はにやっと笑った。

「うまく脱がしてやるから、見てろよ」

奈緒子の喉に指をおく。鎖骨にそって滑らせ、彼は呟いた。

「襟はこのあたりまでか…ちょっとひっぱるぞ」
「上田…んっ!」

ぼさぼさの髪が急に近づき、反射的に奈緒子は目を閉じた。
顔を振って開けた視界に、大きくないふくらみの半ばに押し付けられた上田の舌が映る。
明るい照明の下、濡れた赤みの影の肌の白さが眩しかった。

「そこ、ちょっとどころじゃっ…あ、ああ」

舌先が蠢く。軌跡の通りに肌が艶かしくぬめった。

「ひゃ…」

上田は舌先を柔らかく筆のように曲げ、曲線に沿って滑らせている。
舌が弾むたびに、舌打ちのような軽い水音が漏れた。

「あっ……」

じゅん、と躯の内側に滴りを感じて奈緒子はかすかに背中を震わせた。

「ひあ…あ」

上田が見せている情景は勿論いつも彼がしている事なのだが、それを彼女がまともに目にしたのは初めてだった。
恥ずかしくて顔をそむけたり、瞼を閉じたりしていたから。
あの感覚はこんな風に得ていたのだと知った瞬間、奈緒子は耐え難い違和感を覚えた。

上田が。
上田が自分に、こんな事。

濡れた肌がひろがっていく。敏感な肌の上に、さらに舌が踊る。
ちくちくとしたひげの感触を押しつけ、上田が乳房の先端を口で覆った。
間近の視界は上田の髪で隠れたが、広い肩が押し上がり、彼の躯が奈緒子の上にかぶさるのがわかった。

「はあ、あっ、…あ、はあっ……」

大きな躯の下でひどく細く見えるくびれた胴に、無駄のない筋肉をうねらせた腕が絡んでいく。

「ああ、あ、上、田…っ、さ、…ああぁ!」

痛い。吸われてる。乳房の先に舌が絡んで、強く、弱く、優しく、そして激しく。
抱かれてる。温かな強い腕で、つよく、つよく、つよく。
大きな掌がふくらみを圧し潰して捏ね上げる。
温かい。痛い。恥ずかしい。気持ちいい……!

視界が狭まった。
次々と弾けていく感覚に集中するあまり、瞼を開いている事が難しくなっている。
閉じる直前、自分の腿がゆっくりと起きあがり、上田の腰にすりつけられていくのが見えた。
跳ね回っている感覚が触れた全ての場所に集まり、奈緒子は夢中で反対側の腿を開いた。

「う、ああっ、あんっ!!」

蕩けそうな両脚の間。触ってほしくてたまらないところ。
吸われる胸から躯の芯まで、サイダーの泡のように連なっている鈍い快感。

「……おい。おい、youっ!」

くぐもった声に奈緒子は目を見開いた。
目の前に、頭を抱え込まれてもがいている上田がいた。
慌てて腕の力をほどく。

「うおうっ…」

上田が大きな息を吐き、顔をあげた。
窒息寸前だったにしてはその大きな目の潤みは涙によるものではなさそうだった。
ほとんどサディスティックなまでに活き活きした微笑を浮かべ、上田は奈緒子の手首を握った。

「パンツどころか、パジャマまですっかり濡れてるぞ。どうするんだ、一体」

そのひきしまった腹に頼りなくこすりつけられている自分の腰を見て、奈緒子は気絶しそうな羞恥に頬をさっと染めた。

「ボタンも外さないうちからいっやらしい声で喘ぎやがって…やめろよな」

わざと苛めていること確実の物言いである。
目元まで赤くなった奈緒子は上田に叫んだ。

「上田、お前!……今、実はものすごく楽しんでるだろ」
「当たりだ!」

上田は歯をむき出すようにして笑った。

「まあ、こんなにぐっちょぐちょじゃ、見えない布きれももう要らねぇな。脱げよ!はっはっは!!」
「そんな台詞で爽やかに笑うな!」

掌でもみくちゃに体中を擦られて、奈緒子は身を竦めながら上田を睨んだ。
だがその視線にてんで迫力などないことは、上田の楽しそうな目でわかる。

「──で」

上田が急に表情と手を抑えた。

「どうしたい?」
「え」

奈緒子はかすかに首を傾げた。

「どうって」

上田は唇をへの字に曲げ、ゆっくりと密着した腹を波打たせた。
奈緒子の躯がびくりとのけぞり、不意をつかれて声をあげる。

「あ、ふぁ…ああっ……!」
「ふん……や、やらしいな。すっかり準備できてるって事か。聞くまでもないが…」

ふいに、奈緒子の耳元で上田の声が深みと甘さを増した。

「……欲しくない?」
「ん…ん」
「……言えばすぐに挿れてやってもいい。どうだ…?」

くねっている奈緒子の腿と上田の躯に挟まれて脈打っている、大きな男根。
提案にみせかけてはいるが、そうしたいのは彼も同じだろう。

「んん……そんな、事、い、言わない!」

奈緒子は乱れる息の下から気力を振り絞り、きっぱりと言った。

「ま、まだ……!」

「どうしてだよ」

上田は不満げに片方の眉をあげ、躯を持ちあげた。腹ではなく、まともに腰と腰が触れた。
はしたなく濡れた腿の間にぬるりと上田の先端を押し込まれた奈緒子は全身を桃色に染めた。

「あっ、ああっ!」
「……おおぅ……。ふっ…ほぉ〜ら…まだ…入ってないぞ〜……い、言っちゃえば、楽になるぞ〜…」

嬲りながらも、上田の息が荒くなってくる。
ぬるり、ぬるりと腿の内側を刻まれ、敏感な粒の周辺を太い幹で擦られながら、奈緒子は必死に言葉を続けようとした。

「んんーっ、ああん……く…っ………やめ、ろ上田っ!まだ、『いい事』、あるんだ!」

上田が動きを止めた。

「どんな──『いい事』だ?」

奈緒子は腕をあげ、彼の手を振りほどく。
乱れて顔にかかった髪を指で掻きあげ、息を整えながら上田を見た。

「まだしてあげた事が無──」
「フェラチオか!」

上田の反応のあまりの早さに、奈緒子は溶けかかっていた思考とは別に、内心五メートルくらい引いた。

「ふぇ…ふぇ………っ、そ、そう………えっと…そういうの…」
「今か?youが?そのクチで?」
「………い、厭?」
「頼む!!」

即答した上田は奈緒子を抱き締めると、そわそわと彼女の上から滑り降りた。








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