魔術師とサッキュバスと復讐と
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シチュエーション


魂堕としの続編的作品です。
世界と時間はつながっていますが、主人公が変わります。

主題:復讐
悪堕ち:サッキュバスに堕ちちゃいます。
世界:RPG世界もの
吸い殺し:少しだけ
コメディ・ギャグ:ちょっと
残虐グロ描写:終盤に多め
エロ:多めにしたつもり
ラブ度:結構甘いけどハーレム


その世界は、魔王がよみがえった世界。
魔王によって魔が呼び出され、世界に魔が満ちた世界。
今夜は、ある魔術師の話。

女同士で濃厚なキスをしていた。唾液を吸い合い、舌を絡ませ合う淫靡なキスだ。
しかも三人で、なおかつ上半身は裸で、まちまちな大きさの胸をよせあってこすりあっている。

「……邪魔をいたしましたようで……」
「構わない」

ベナンがテントに入り返事が返ってから、さらにゆっくりと十回は息ができるほどの時間が経って、ようやく唇が離れた。
ただし、一人だけ。
真ん中にいた女騎士が唇を離しても、護衛の女戦士と女僧侶はベナンに構わず唇をむさぼりあっていた。
ベナンは、視線を虚空にさまよわせ、女達の痴態を視界にいれないようにした。
そんな彼を、女騎士は嘲笑の目で眺める。
女騎士の目に気付き、ベナンは大きく息を吐いて、気を落ち着けた。
ベナンには、これが挑発らしいことはわかったが、その理由がわからなかった。
とはいえ、当人に聞くのも愚かしい話だった。きっとまともに答えてもらえないという確信があった。
ベナンは表情を消し、脳裏に呪文と魔法陣を思い浮かべて、目の前の痴態を頭から押し出す。
魔法陣が幻視できるほどになって、ようやく頭と目に理性と冷徹さが蘇ってきた。
言うべきことを舌にのせる。

「後、二階ほど下れば、目的地だろうと思います。その下に構造物の存在は感知しませんので。
それと……」
「入るよっ……げっ!」

テントに入ってきた女盗賊が、驚きの表情をした後、不快害虫をみつけたような顔になった。

「リオン、報告だけをお願いします……」

女盗賊は彼を睨んだが、やがて苦い汁を飲み下すような顔でうなずいた。

「下に降りる階段があったよ。変な罠はなさそうだった。怪物もいなさそうだったし、降りるのなら今だと思うよ」
「そうか」

報告を聞いて、そっけない返事をすると女騎士は、キスしていた二人の女の頭を、自らの胸に抱き寄せる。
ようやく唇を離した二人は、間髪入れず女騎士の両乳首にそれぞれ吸い付いた。
ベナンはその光景を視界に入れないようにして頭を丁寧に下げた。

「……外に出てますので、出発の準備が出来ましたら呼んで下さい」

そのままローブを翻しながら後ろを向いて、テントをでようとする。
その背中に声がかかった。

「女がこれほどの姿をさらしているのに、すごすごと引き下がるとは、貴公には男のものがついているのか?」
「それは酷というもの。セルディア様のお体に男が触れたならば、例え『タワー』の魔術師とてただでは済みませぬ」
「フフフ、それにセルディア様が手を振るだけでベナンが吹き飛んでしまいますわ。押し倒すなんてとてもとても」

誹謗に構わず彼は外にでる。女盗賊はすでにでていた。
背後であえぎ声と嬌声があがり始めるのを聞いて、彼は足早にそこを離れた。

ベナンは、魔術師だった。『タワー』、魔術師協会に所属している生粋の魔術師である。
外見は、穏和な風采のあがらない青年でしかない。
ぼさっと伸ばした黒髪、並の身長に肉付きの悪いやせっぽちの体。実用本位で見栄えの悪い魔術師ローブ。
顔は、整ってはいるが、印象には残らない。
ただ、目だけは決して目の前のことだけを追っているわけではない深く遠くを見ている色があった。

「きもー!うげー!何が男のものがついているか、よ!男だって、きんもい女にさわりたくないっての。
露出癖と同性愛と乱交趣味で、女として詰んでるってーの」

そして隣で吐きそうな顔をして、嫌悪感を吐き散らしているのは、リオン・ネーズ。
盗賊ギルドより派遣された女スカウトで、実際は年若い少女である。
外見はオレンジ色の長い髪を活動に向くようにポニーテールでくくり、細く長い手足と少女特有の華奢でスリムな体をしている。
顔は、大きな丸い目とソバカス、すこし丸い鼻が、未完の美しさと、何より明るさや屈託のなさを周囲に見せていた。
性格は外見を裏切らず、陽性の気質と快活さ、真面目さがあったが、明るすぎて少しばかり演技しているような感じもあった。

「ベナン、あんたもさ、いわっれぱなしじゃなくて、あなたには一切興味ありませんってぐらい、言い返しなさいよ?」

そういうリオンの目には、いつもの明るい光とはちがって、少しばかり怒りの色があった。

「リオン、ここは迷宮です。迷宮の中で仲間と争うものは、死にます」
「そんな事はわかってるけどさ」
「それに騎士団とは団員同士の同性愛で互いの絆を強くし、戦う力を高める、そういうものです。
私達とは、違う論理があるのです」

リオンの憤懣とは対照的に、ベナンは冷静だった。事情を分析し、女盗賊の説得まで行っている。

「でも、あんなこと言われて……。おらー、男の本気見せてやるぜーって押し倒そうと思わない?」
「思いませんよ。だいたい私の腕力では彼女らの言うとおり、斬られるか、はね飛ばされるかです。
それに少なからずの不心得者の男が、仲間の女性を襲うから、聖処女竜騎士団のような集まりが出来るのです」
「うーー」

あくまで冷静なベナンの態度にやり場のない憤懣が募ったようで、リオンは唇をかんだ。

「リオン、私を気遣ってくれるその心だけで充分ありがたいのです。それと彼女達とはこの探索限りの仲間と言うことも忘れてはなりません。
探索もあと少しなのです。あなたは、無用な対立を避け、いずれ現れるあなたの魂の仲間となれる人たちのためにこの探索から生きて戻るべきでしょう」

そういうとベナンはリオンのオレンジ色の頭に、優しく手を置いた。
ベナンの茫洋とした表情が、この時ばかりは温かい笑みを浮かべ、それでようやくリオンの顔に笑顔が戻った。

「そういうベナンはさ、パーティに入らないの?」
「私には研究があります。そのためにありとあらゆる場所に行く必要があります。

危険ばかりで何の得にもならない場所、お金にならない碑文、他の人には役に立たない遺跡、遺物。
そう言うもの探すのに、他の人は巻き込めないのです。だから私はいつでも探索を行う集まりへ臨時参加をするのです。
途中で出会い、目的地が近ければ、分岐点まで道行きを共にし、分岐点につけば、笑って別れる。それが私のやり方です」

「……それってさ、なんか寂しいよね?」
「普通の人にはそうでしょう。リオンにもすすめません。ですが、私は慣れているのです」

再び遠くを見るような目に戻ったベナンを見て、リオンの目が一瞬だけ暗く翳り、それを払うように笑顔を浮かべた。

「さーってと、あの変態騎士達がそろそろ満足して準備整うころだよね。あたいも準備しよーっと」
「リオン、変態騎士ではなく、ミルドレッダ卿です。普段から言葉に気をつけなければ肝心な時に言い間違います」
「はいはい、若年寄のベナン。あんまり小言ばっかり言ってると早く老けるから気をつけなよ」

リオンは舌を出して自分の装備のところに戻っていく。
ベナンは何も言わなかった。彼は茫洋とした表情のまま、手早く出立の準備を始めていた。

「居るよ」
「こちらでも感知しました。六匹」

迷宮の通路を進んでいる時、リオンが突然ささやいたが、間髪入れずベナンも応えた。
盗賊と魔術師のささやきで、女騎士と女護衛戦士が剣を構え、女僧侶が真空魔法の詠唱を開始した。
その速さと連携は、さすがに騎士団での鍛錬をうかがわせる。

紋章が入った女騎士の美麗な鎧は、魔法合金製で、軽さと堅牢さを両立した逸品だ。
それを身につけているが騎士セルディア・デュ・ミルドレッダ。
ミルドレッダ男爵の娘にして、聖処女竜騎士団員。
なめらかな瓜実顔に豪奢で流れるような腰までの黒髪、気品と威厳と美しさが鼎立した黒い瞳。
滑らかで筋の通った鼻から、厚めの赤き唇には、成熟した色気と高貴さが同居している。
あくまでも白いのど首を越えて、胸は上品な大きさでとどまり、腰は筋肉によって絞られて戦うものとして緩みがないことを示している。
甲冑に覆われた足は長く美しく伸びており、マントを羽織ったたたずまいは伝説の女英雄とすらいえる。

その横に美しい影のように寄り添う護衛戦士がいる。
ディーナ・アルス。
夜空の星を流したような銀髪にカミソリのような鋭さを持つ碧の目。
口元も堅く引き締められていて、それでいて氷細工のような、あるいは高価な刃物のような美しさがある。
仕えるセルディアよりは大きめの胸から、やはり緩みがない締まった腰に至り、同じようにスラリと長い足がある。
輝く王者の黒と忠誠心厚き剣の銀ともいうべき、この二人が並び立つ姿は、確かにとても絵になる光景だとベナンは思っている。

そして銀の護衛戦士の反対側から輝ける黒騎士を守るのが金の女僧侶がいる。
フィリア・ノウツ。
けぶるように細く長いプラチナブロンドの髪の下に、清楚さと優しさに満ちた美貌。
目は透き通るような薄い青で、大きく美しい瞳が、それだけでも聖少女の品格をかもしだしていた。
鼻はあくまでも主張しすぎずたおやかで、唇は少女そのもののように桜色で小さい。
折れそうに細い首から、わずかに盛り上がった胸元を過ぎ、腕でつかめそうな細身のまま腰に至る。
足もまた折れそうに細く、神に仕える聖少女の印象をまったく裏切らない。
薄暗い迷宮でも目立つ女三人が駆けだしていくのを見て、ベナンはすでに始めていた詠唱を続けた。

怪物が姿を現すと同時に、ベナンは呪文を唱え終える。

「眠れ」

それは初等魔術。探索にでる魔術師がまず身につける魔法だが、力有る怪物にはなかなか効かない魔法だった。
現れた怪物、キマイラ達はその詠唱を知って、小さく嘲笑した。素人めと楽しげに罵ったキメラもいた。
そうして、驚く暇もなく意識を失った。
対抗できて眠らなかったわずか二匹のみが仲間達の昏倒を見て愕然とする。
慌てて、口から炎を吐こうとしてさらに驚くことになった。
剣を構えて突進する人間が、無数にいたのだ。
よく見れば黒髪の騎士と銀髪の戦士の幻が数限りなく作り出されているだけという事がわかっただろう。
だが影まで付けられた精巧きわまりない幻影達の突進は、キマイラ達にパニックを起こさせるのに充分だった。
炎を幅広く吐いてなぎ払ったところで、思ってもみない方向から剣が振るわれる。
一匹は驚愕のまま輪切りにされ、もう一匹は真空魔法で切り刻まれた後、事態を理解する間もなく首を全てはねとばされた。
眠ったキマイラ達もまた、永遠に目を覚ますことなかった。
幻影が消えていき、騎士と戦士の姿が一つを残して消え失せる。そして眠ったキマイラに小剣をつきたてた盗賊の姿も現れた。

「キマイラ六匹が一撃って……」

リオンは信じられないという風に首を振る。
先ほどは魔術師を挑発してけなしていた三人も複雑な表情を浮かべ、後方にたたずむベナンをそっと盗み見た。
彼らは探索を重ねているから知っている。
この幻影も初等レベルの魔法のはずだった。敵を欺き狙いを逸らす目的で光球や荒い幻影を作る魔法のはずである。
だが、ここまで精緻で数多く幻影を作り操る魔術師に、リオンも女騎士達も出会ったことは無かった。
さらに驚くべき事に、ここまでベナンは高等魔術をほとんど使わなかった。
誰もが知っていて、ちょっと学べば使える初等魔術を、類例のない精度と技術で振るってきただけである。
初等魔法のみの使用で魔力を温存しているはずなのに、騎士達も盗賊もここまでの戦闘があきれるほど容易にすすんだことを感じていた。
例えば出会ったゴーレムや巨人、巨大甲虫は、あきれるほどのろくなったあげくにバターのように切り裂けた。
またあるいは毒蜂やニンジャゾンビの危険な攻撃が、かすり傷ですんだどころか、自身でも信じられない程の素早い反撃が出来た。
無限に死者を呼ぶ死人使いは、魔法を封じられたあげく、自ら呼んだ死者をベナンに混乱させられて、その死者に食われ自滅した。
女騎士も女戦士も女僧侶も女盗賊も、この迷宮に入ってからは完全な状態の敵と死力を尽くして戦う機会を無くしていた。
ベナンによって眠り込んだり、後を向いたり、混乱したり、魔術を封じられたりした敵を屠って行くだけだったのだ。
にも関わらずベナンは、初対面の時と変わらなかった。
あくまでも低姿勢のまま、感情をあまり見せず、どこか遠くを見ているような目をしていたのだ。

「気に食わぬ」
「何かお気に障ったのでしたら、申し訳ありません」

戦闘後、女騎士の目に浮かんだ恐れや気まずさ、それを誤魔化す虚勢に気づかないふりをして、ベナンは簡単に謝った。
それはベナンの習い性だった。彼はいつも臨時雇いであり、一時のみの客人であり、『タワー』でさえ、いつかは出て行く仮住まいだった。
ベナンは誇りなど度外視して対立を避けるきらいがあった。
それを卑屈さと、ある種のよそよそしさと欺瞞、信頼に値しないという態度ととる人たちがいる。
ベナンはそのことを知っていたが、気にしなかった。そういう人間とはすぐ別れてきたからである。
ベナンにとっては、女騎士達も、女盗賊さえ、いずれ別れる、過ぎゆく風景に過ぎなかったからだ。
つまるところ、ベナンのような単独探索者(ソロ)と、同性愛まで至る友愛で結びついた騎士団の違いは埋められないとベナンは考えていた。
まして聖処女竜騎士団は、男性嫌悪の裏返しで、男を侮蔑する女尊男卑の思想に歪む傾向がある。
女尊男卑を打ち砕きながら、挑発に対しても卑屈なまでに低姿勢を保ち続ければ、女騎士達だって複雑におもうものはあるだろうことはベナンにも理解できていた。
それでもベナンもまだ若いとは言える年だった。違う自分を見せるほど世慣れてもいず、柔軟性があるわけでもない。
ベナンもまた他者に低姿勢でありながら心的交流を断つという、自分のやり方を押し通しているに過ぎなかった。
それを論理ではあらず皮膚感覚で察知したのだろうか。
謝るベナンの左頬が高く鳴る。
女僧侶が平手で張ったのだ。

「あなたはなぜそのように、セルディア様のお心を考えず、心のこもらない虚礼ばかりを行うのですかっ!

きちんと許しを乞い、どこが悪いのかをご指導いただかなければ、人の絆というものは成り立ちません!」

「申し訳ありませんでした。考えが至りませんでした」

涙を溜め、たおやかなプラチナブロンドの髪を振るわせてまで、女僧侶は怒っていた。
だがベナンの態度は代わらなかった。むしろ、女僧侶の言葉をそのまま受け取り、膝をついてさらに謝った。

「……貴公には、男として、魔術師として……いや、人として、誇りというものが無いのか?」

やはり複雑なそして不快げな顔つきで、銀の戦士は鋭い目をさらに鋭くして罵った。
ベナンはただ表情を消して、再度謝っただけだった。

「申し訳ありません」

彼に態度を変える理由は無かった。
女騎士達にも彼の心に届く言葉を持たず、何より彼女達自身がベナンとの真の交流を望んでいなかった。
女僧侶の行動は、いらだちと恐れから起こされたものに過ぎない。
だからベナンは、簡潔な謝罪の言葉のみを口にした。

「もう、いいかげんにしなよ!」
「黙れ、盗賊」
「やるっていうの?」

女盗賊は仲裁を女戦士に拒否され、憤激した。それをベナンはいさめた。

「リオン、迷宮で仲間内の争いを起こすものは死にます。私は大丈夫ですから、落ち着いてください。
ディーナ殿もセルディア様の任務を完遂させるためには、リオンの力が必要です。どうか自重を」
「くっ」
「ふん」

悔しげに唇を噛む銀の戦士と顔を背ける女盗賊を見て、さすがに女騎士も気を取り直したようだった。

「もうよい、ディーナ。フィリアもだ。……ベナン、貴公は……」

その先を女騎士は続けなかった。しばらく迷ったあげく、続けずきびすを返したのだ。

「今のは忘れよ。……先を急ぐぞ。この探索はサッキュバス討伐が目的だが、そのサッキュバスとは出会っておらぬ」

歩き出す三人を女盗賊とベナンは無言で追った。

扉をわずかに開けても、中に何も気配は無かった。
そこは迷宮の最下階、中央部あたりにある小さな部屋。
一同が扉を開けてぞろぞろと入っていく。

「行き止まりのようですね」
「隠し扉とかもないよ?」

なんの変哲もない壁が三方に続くのを見て、ベナンがつぶやく。壁を盗賊がざっと調べていき、そう宣言した。

「そうか」

その言葉と共に女騎士達はおかしな行動をした。
女戦士が剣を抜き、女僧侶もメイスを構えたのである。ベナンに向かって。

「……何をしているのですか?」
「魔術師ベナンは、迷宮の最下層で怪物に襲われ、武運つたなく死んだ。そう言うことになる」

銀の戦士ディーナが、悪意の笑いを浮かべながら、宣言した。
ベナンの目にやるせない光が落ちた。それでも表情も態度を変えないまま、ベナンの発する気だけが鋭く変化していく。

「ベナン・ヴァン・シュライデル・ルダイン殿、お覚悟を」
「……滅びた王国の王位継承権に何の意味があると……」

王族特有の四つづりの名を告げられて、ベナンは瞑目した。
美しい川の側にあった小さな王国。半年ほど前に滅んだその国の王家の血をベナンはひいていた。
ただし庶子であり、母の身分も低く、順当に行けば王位継承の目はなかった。
それでもお家騒動の暗闘があり、彼は若いうちから「タワー」に身を預けられたのである。
陰湿な悪意と差別、暗殺騒ぎ、利用しようと近づく人々から解放されて、ベナンは魔術に専念した。
ただ争いを避ける性質は、王宮で殺されないための処世術だったが、『タワー』に入る頃には既に習い性となってしまっていた。
『タワー』に生息する奇人変揃いの魔術師達との生活でも、その習い性が矯正されることはなかった。

「それにしても、私一人を殺すのに、手間をかけるものですね」
「ベナン殿の死におかしな点がありますと、困る方がいらっしゃるのですよ」

金の僧侶フィリアが、にこやかな笑いを浮かべながら言った。やはりその目には侮蔑が浮かんでいる。

「ですから、探索が困難で死体の回収も難しい迷宮の最下層でベナン殿にお亡くなりになっていただけると、万事うまく参るのです」

金の僧侶は表情でだけ悲しげな顔をしてみせた。目は変わらず笑っている。

「……なるほど、セルディア様、いろいろとなされておられたのはこのためでございましたか」

ベナンの言葉に、後ろめたさを伴った表情で女騎士はうなずいた。

「貴公は恐るべき魔術師となられていた。ゆえに誘惑して貴公が襲ってくれば正当防衛で殺そうとしたのだ。
なのに、貴公の自制は並はずれていて、正直、自分の女としての魅力に自信を失ったぐらいだ」
「……だから待ちきれなくなった?」

剣をぬかず、ただ腕を組み沈痛な表情で語る女騎士はしかし、卑劣な謀殺を好んではいなかった。

「聖処女竜騎士団もいろいろと高貴な方々からの支援を受けている。そういう方からの強いご要望には逆らえないのだ。無様なことだが。
……だが、今は言える。貴公とは真の意味での信頼に結ばれたパーティを組みたかったと心から思っている。
貴公と共に戦えたことは、騎士として大いに誇りにできることであった。
それと共に女として、貴公に行った侮辱の数々、ここにわびよう。貴公は真の誇り高き男だった。本当にすまない」

ベナンに頭を下げる女騎士に銀髪の女戦士が、不満をしめした。

「お優しすぎます、セルディア様。こやつとて、所詮は薄汚い男に過ぎません。少しばかり魔術に長けているだけではありませんか。
聖処女竜騎士団所属の正騎士ともあろうかたが、男に頭を下げるなどと……」

苦々しげに銀色の頭を振った女戦士が、目配せをした。
突然、ベナンの背中に熱い感触が走った。

振り返ったベナンの目に、嫌らしい笑いを浮かべたリオンが、刃になにか黒いものが塗られた短剣を、背中に突き立てていた。

「……あなたも……ですか」

ぐりと刃がねじられ、背中に焼けるような熱い感触が広がる。

「我慢したんだよ?あんたに媚びを売って仲間のふりするたびに寒気がするのをさ」

悪意で瞳孔が開いた目に嘲笑の光を揺らし、リオンは楽しげに喉を鳴らした。

「……だからさ、今、こうやって、おまえに刃を突き立ててねじるだけで、あたし、いきそうなんだ」

融けた顔に侮蔑と憎悪を混ぜて、リオンは唇の端をつり上げ笑い続けた。

「痛いでしょ?悲しいでしょ?悔しいでしょ?泣いて許しを請う?それとも悔しくて吠える?でも早く死んでね、負け犬」

さらに刃がひねられ、やがて嫌な音と共に引き抜かれる。
血に染められた刃はベナンのローブで拭いて、鞘にしまう。そして女盗賊は女僧侶に走り寄ると抱きついた。

「どう、フィリア?私の演技は?」
「最高でしたわ。少し嫉妬してしまうぐらい」

とても綺麗な笑顔を浮かべながらフィリアがリオンを抱き寄せ、リオンは顔を輝かせて、フィリアと口づけをする。
淫靡な音を立てながら、状況を忘れて唇をむさぼる二人を、女戦士は笑いながら、そして女騎士は憂鬱な顔を崩さず見ていた。
そんな女達の一瞬の弛緩をベナンは見逃さなかった。
彼は師にもっともしごかれた術を詠唱し始める。
それは正規の術を大胆に省略し、早さと簡便性と低魔力を追求したものである。
片手を失おうと、腰から下が無くなろうと、杖すら無くなろうと、発動できるように、かつて厳しく修練させられた呪文だ。
修行中は理不尽に思ったこともあったが、探索に出て、ベナンはその術の威力を思い知った。
詠唱に気付いた女戦士が、渾身の力と速度で、彼に突きかかる。
迫ってくる剣先を凝視しながら、ベナンは緊急転移呪文の最後の呪文を詠唱した。

「虚空よ、我をいざなえ!」

ベナンの視界に光が満ちあふれ、裏切った女達も、無慈悲な石造りの壁も、全てがまばゆい光に覆われ始める。
剣先がベナンに届いた瞬間、ベナンをなじみの浮遊感が襲い、視界はこの世のものでない暗黒に閉ざされた。

銀髪の女戦士の剣は、先端にローブの切れ端だけを残して、魔術師が消えた空間を空しくえぐった。

「おのれ!」
「往生際がわるいですね」
「これだから男って醜いよね」

悔しさを表す女戦士、機嫌を悪くする女僧侶と女盗賊を見ながら、セルディアは彼女らに気取られるぬようそっとため息をついた。
鎧の紋章を音を立てぬようにそっと抑える。
剣に純潔と正義を捧げたはずだった。なのに、これはどういうことなんだろうかと、そう思わざるを得なかった。
挑発したときに見た彼の目を思い出す。どこか遠くを見ているような澄んだ目。深い色をたたえた目。
彼女達に裏切られてもその目がそれでもなお憎しみの色を浮かべなかった事に、彼女は胸をさすような痛みを覚えていた。

「何をやっているのだろうな、私は」

慨嘆する彼女に気づかず、ディーナが話しかける。

「セルディア様、あの男を追わねばなりませぬ!」
「リオンが毒刃を使ったのであろう?それほど保ちはしないはずだ。焦る必要はない」
「しばらくすればのたうち回って泡を吹きながら死にますよ。セルディア様のおっしゃるとおり、ゆっくりと探せばいいんです」
「歩く死者になってるかもしれませんわね」

クスクスと笑う女僧侶は、再び女盗賊と抱き合って舌を絡める。
それを見てセルディアは、自分たちが酷く醜い存在であるような感じに囚われた。
こみ上げる自己嫌悪感を我慢して、セルディアは歩き始める。

「あの詠唱ではそう遠くに飛べないだろう。この階から虱潰しで探す」
「はっ!行くぞ、フィリア、リオン」

女騎士の憂鬱を知らず、女戦士は狩りの悦びを顔に浮かべていた。
女騎士は、それもまた醜く感じ始めていた。

緊急転移魔法はごく短距離のみを跳ぶ。ただ少し時間を稼ぎ、迷宮の外、土の中に飛び出さなければいいのだ。
だが運が悪いとはこの事だった。
転移先には、明らかに人でない者達が多数いた。女性の体と背中のこうもりのような羽根、そして黒く長い尻尾。
空間状況が安定し、再度の詠唱を試みようとしたときには、体が異様に暑苦しく、喉が詰まって呼吸ができず、手足がどうしようもなく震えて力が入らなくなっていた。
ベナンは詠唱の途中で芋が詰まった袋のごとく音を立てて倒れ、そのまま仰向けに寝転がる。
寄ってきたのがサッキュバスだと気付き、ベナンは毒に苦しみながらも苦笑いした。

(女に殺されかかり、女のようなものに殺される……か)

何匹ものサッキュバスが彼を取り囲んで眺めていた。
手足が意志に寄らず、勝手に痙攣し、それでも必死に胸をかきむしってあえぐ。口の端から涎とわずかに赤い泡が吹き出した。
取り囲んだサッキュバスは彼を眺めるだけ。
ベナンはとどめをさして欲しいと痛切に願いながら、意識を徐々に失っていった。
最後に、懐かしい乳兄弟だった優しい女の顔が浮かぶ。

「……エイダ」

名をぽつりとつぶやき、彼は体を痙攣させながら気を失った。

「何をしている?人間共がこの階をうろついているのだぞ!迎撃態勢に移れ!」

サッキュバスを率いるサッキュバス・クイーンのラミィは、いらだっていた。
ある国を滅ぼしたことで仲間を増やせたのだが、統制する苦労が増えたのだ。
さらに現在、キマイラを一撃で葬り去った手練れ達が侵入したのを知り、焦燥に身を焼いていた。
そんなところに、張りつめて待機しているはずの仲間達が緊張感無く一カ所に集まっているのをみて、ラミィはきれたのだ。
ラミィの怒声で蜘蛛の子を散らすようにサッキュバス達が逃げ去り、中心に必死で何かをしているサッキュバスと倒れた人間だけが残った。

「?……エイダ、おまえは何をやっている?」

そのサッキュバスはラミィの質問に答えなかった。
長く艶やかな黒髪と、それに飾られる整っているがどこか優しいが少し弱気そうな顔、目は垂れ気味で、鼻も低いが口も小さいのでかわいさがあった。
しかし今はその優しい顔に必死の決意が浮かんでいる。
人間にしては充分大きいが、サッキュバスとしては少し小さめな胸をゆらしながら、彼女は単純な動作を繰り返していた。
うつぶせになって倒れている男の背の傷に口を付けてすすっては、少し離れたところにすすったものを吐き出す、それを何度となく行っていた。
サッキュバス達がラミィに逆らうことは普通起こらない。だからラミィには分かった。
エイダというそのサッキュバスがラミィに逆らったのではなく、ただ単に必死なあまり聞いていないことに。
涙を浮かべ嗚咽をこらえて、傷口からわき出るどす黒い血をすすり、すぐに離れたところに吐き捨てる。

「ベナン!ダメ!頑張って!」

死を予感させるような痙攣を繰り返す男に、エイダを声をかけ、また傷口に口を付けようとした。
そんなエイダの肩に手をやって、ラミィは押しとどめた。

「それ以上やると、血を失いすぎてその人間は死ぬぞ?そろそろ血止めをせねばならん」

ラミィを見上げたエイダの目に、涙が盛り上がる。

「ラミィ様、お願いです!ベナンを!この人を助けてください!」

ラミィの顔に困惑が浮かぶ。
男を吸い殺す事や魅了して言いなりにすること、戦うことには慣れていたが、傷ついた人間を助けることは彼女の能力の範疇外だったからだ。
しかし幸いにも彼女には、最近獲得した頼もしい相棒がいた。

「ルース!……任せた」

入ってきた男――外見はどこにでもいるような冴えない男だった――に近寄ると、ラミィはにこやかに肩を叩く。
男は、元人間で、探索者としてラミィ達に敵対する立場の人間だった。
訳あって、ラミィの手でインキュバスロードとして堕とされたが、その境遇をルースは受け入れていた。
ラミィからやっかいごとを丸投げされたルースは肩をすくめると、倒れているベナンの前に落ち着き払ってひざまずいた。
子細に傷口を確かめると、湧き水を持ってこさせて丹念に傷を洗う。

「エイダ、髪の毛をよこせ」

引き抜いた細く長い毛を、水でしごくと、取り出した木綿針に髪の毛を通し。傷口を荒っぽくざくざくと縫った。

「メルーザ、治癒魔法をかけてくれ」

縫い終わるとルースは、後方で様子を眺めている金色の髪をもったサッキュバスを手招きして呼ぶ。
そのサッキュバスが治癒魔法を唱えている間、男はベナンのローブについた黒い汚れを注視していた。
やがて傷がふさがり、傷口からわき出る血が止まる。

「ふむ、さすがルースだ。私の目に狂いはないな」
「人を呼びつけて、何をさせるかと思ったら」

なぜか豊かな胸を反らして自慢げなラミィに、ルースはため息をつきながら小さくつぶやく。

「まあ、そういうな」

耳ざとくつぶやきを聞き止めたラミィがいたずらっぽい顔をしながら、立ち上がったルースに体をからみつかせ、胸を押し当てた。

「私はこういう事なら得意なのだが、怪我を治すとかは、苦手なんだ。……礼はこの体と楽しい奉仕でどうだ?」

ペロリとルースの頬を舐めあげ、股間をなで上げるラミィに、ルースは苦笑しながらラミィの胸に手を伸ばして揉みしだいた。

「あまり派手に吸わないでくれよ。……ところで、あの汚れ、麻子菱の毒だぞ」

表情を変えて続けたルースの言葉にどういうことだと言わんばかりにラミィは首をかしげる。そうしながら胸を這っているルースの手を谷間に挟み込んだ。

「この毒は人間しか使わない。……つまりあの男は、仲間にやられたということになる」

胸からはみ出たルースの指を舐めようとしていたラミィが、思わずルースを見上げた。

「どういうことだ?」
「それを聞き出すのは、おまえ達の仕事」

ルースの言葉でルースに向けられていたラミィの目が、倒れたベナンに心配そうに寄り添うエイダへと向けられる。

「ふむ。……エイダ、わかっているな?幸い、人間であったときのおまえとその男は縁があるのだろう?うまく聞き出せ」
「ら、ラミィ様?」
「聞き出せなければ、私が直々にその男を尋問して吸い殺す☆」

にっこりと明るく脅迫するラミィに、エイダが全身を振るわせながら肯いた。
そのエイダに小さな黒い粒が投げられ、あわててエイダは受け止めた。

「解毒剤だ。毒がぬけないことには、しゃべることも満足にできん」

ラミィの胸から手を抜いたルースが背を向けてエイダに手を振る。そして彼は、金髪のメルーザを引き寄せて歩き去った。

「吸っても良いが、吸い殺すのはできるだけ我慢しろ」

それを見送りながら、ラミィはエイダになおも注意を与える、

「す、吸い殺しません!」
「なりてたのサッキュバスは皆そう言う。だがな、顔見知りの男の精液は、キクぞ。特に……好いておった相手ならば、なおさらな」

顔を寄せてきたラミィがにやりと笑った。

「下腹がたまらなく熱くなって、止まらなくなる。男のモノが中で脈打つだけでシビレが走る。
どうにも愛しくたまらなくなって、いつまでも中に収めていたくなる。中で出される度にサッキュバスとしての喜びが湧く。
あえぐ男の唇をむさぼり、男の手足に己の手足を絡ませ、しこった胸を男の胸でほぐしながら、腹に男のものを限りなく受け止める。
……人間の女では決して味わえぬ魔界の喜びに酔いしれて、成り立てはついつい男を吸い殺してしまうのだ。
サッキュバスは、男を殺すほど愛してしまう業深き魔よ。……ゆえにどうしても吸い殺しそうなら、いきさつを聞き出した後にしておけよ」

その言葉と共に、ラミィは顔を引き、きびすを返して歩き出す。

「他の者どもは、侵入者に備えよ!気を抜くな!」








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