魔術師とサッキュバスと復讐と
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シチュエーション


他のサッキュバス達の返事が響く中、エイダは去りゆくラミィの背と解毒剤と苦悶に歪むベナンの顔を交互に見比べていた。

目が覚めると、ベナンは酷い気分に襲われた。
体の節々が痛み、喉はやたらと渇いてひりついていた。体は気持ち悪い汗にまみれていて、背中でうずくような痛みが続いていた。

「生き……延びた?」

それでもそれは現実だった。押し寄せる不快な感覚がまぎれもなく現実であることをベナンに告げていた。

「ベナン?」

彼を呼ぶ声がして、ベナンは視界の端で自分を見ている人物に気づいた。
そこはベッドが置かれただけの石造りで殺風景な部屋だった。六人入ったらちょうど良いというような広さだった。
そのベッドの横にじっと座っている人物がいる。

「エイ……ダ?」

ベナンはその優しい顔を知っている。知っているがそれは人間のはずだった。羽根を生やしていたりはしなかった。
人間の時の彼女は、ベナンより二つ下の乳兄弟の女だった。
冷たい王宮から難を逃れて移ってきた乳母の家で彼女と初めて会ったときのことを思い出す。
彼女は乳母がベナンを紹介している間、ずっと乳母のスカートに隠れていた。
引っ込み思案でおとなしくだけど優しく気だての良い黒髪の少女とは、年月と共に本当の兄妹のようになった。
ベナンが『タワー』に移されても、乳母の家だけは度々おとずれた。
そしてベナンが乳母の家に寄るたびに、エイダは美しく育っていた。
地味な少女だったエイダが、花が咲くように清楚で美しい働き者の少女になり、ベナンの目にまぶしくなっていった。
だが、ベナンに彼女と結ばれる未来はあり得なかった。
王位継承権が問題ではなかった。王位継承権が引き寄せる悪意が問題だったのだ。
ベナンは、暗殺と戦っていた。
やられる一歩手前の時も、返り討ちにしたことも、暗殺を命じた人間に剣を突きつけたこともあった。
だが、暗殺を試みられることは止まず、ベナンは、愛しき人たちを巻き込むことを怖れた。
ベナンは思いを押し込め、愛しき人からも友人達からも身を引いて、魔術に全てをうちこんだ。
婚約の便りが届き、ベナンは祝福の返信を書いて、かつての思いを心のさらなる奥の奥にしまい込んだのは最近の話だ。
そのはずだった。
なのに懐かしい少女の形をしたサッキュバスが、眼前にいて、変わらぬ声で彼を呼んだ。

「うそ……だ。エイダは……もうすぐ結婚して……幸せになる……はず」

そのサッキュバスはベナンのつぶやきに悲しげな顔をして、首を振った。

「何もかもみんな、なくなっちゃった。彼も母さんも死んで、私……サッキュバスにされちゃった」
「あ……あ……」

信じたくはなかったが真実であることをベナンの心のどこかがわかっていた。
魔に王国が滅ぼされた後、ベナンは魔の闊歩する旧領土内になんとか潜り込んだことがあった。
瓦礫と死体が転がる夜道を隠れるようにして歩み、たどり着いたなつかしき乳母の家は、完全な廃墟になっていた。
なのに死体がないから死んではいないはずと、ベナンはその時自らをごまかした。真実を知りたくなかったのだ。
知らず、ベナンの目から涙が流れ落ちる。
仲間に裏切られ、帰る場所を無くし、愛しい人々を失って、残ったのは魔術と滅んだ国の王位継承権ごときにしつこく命をつけねらう者だけ。
嗚咽もせず、まばたきもせず、ベナンはただ静かに涙を流し続けた。

そんなベナンの手がそっと握られる。
横たわるベナンの横に座っていたエイダと名乗るサッキュバスが、身を乗り出しベナンを抱きしめた。

「でも良かった。こうしてベナンにまた会えた。サッキュバスになってもベナンに会うことができた」

乳母の胸を思い出す温かさに包まれ、ベナンはただ取り返しのつかなさに泣いた。

「エイダ……ごめん。……エイダ」

魔物はずなのに、ベナンを抱きしめる腕は滑らかで、昔と変わらぬぬくもりがベナンの体を包む。

「いいの。もう、いいの」

優しい瞳でサッキュバスは首を振ると、ベナンに唇を重ねた。
舌をそっと絡める優しいキスに、ベナンはまた涙を流す。

「そうか。僕は、死ぬんだね。……でもエイダに殺されるなら……うれしいよ。
どうか、最後までエイダの姿のままで……僕を死なせてくれ」
「私は、本物のエイダよ。殺したりなんかするわけないわ。やっと思いがかなうのに」

戸惑うベナンにエイダはもう一度唇を重ねる。
サッキュバスの舌が、口の中にある全てを舐め吸い回って、ベナンの舌に絡まった。
ベナンは口からわき出る快感におののいた。
魔術と探索と孤立のみに彩られた「タワー」以降のベナンの人生に、女という要素は無かった。
女を買うこともなく、女に愛を告げることもせず、わき出る欲望は魔術と薬と意志で抑え込んでベナンは過ごした。
だから、ベナンに男としてのプライドなぞ存在しなかった。彼が求めたのは魔術師としての自分だけ。
そんなベナンが始めて与えられる感覚に、戸惑い怖れていた。
首を振ってエイダの口をもぎはなすと、ベナンは身を少し起こして後ずさった。

「エ、エイダ?」

そんな彼に、目を喜びに融かしたサッキュバスが迫った。

「ベナン、怖がらないで。ほら」

ベナンの手がとられ、サッキュバスの胸に押し当てられる。
ベナンの手から背に快感が走った。
泣き出したくなるような柔らかさ、懐かしさすら感じる弾力、そして指に優しくからみつく白い肉。
手が張り付いたように放せなくなり、そんなベナンの顔を見て、サッキュバスは誇りとうれしさを溶かし込んで笑う。

「これからは、これはベナンのだよ」

サッキュバスは凍り付いたように動きを止めたベナンのもう一方の手をとり、空いた胸に導いた。
ベナンの両手が埋まると、サッキュバスはびくりと震え、甘い吐息と声を吐き出す。

「たまらない。ベナンが私を、求めてくれている」

サッキュバスの濡れた瞳からベナンは目が離せなくなっていた。
妖しい目に突き動かされて、思わず指を動かし、その感触に白く脳髄を灼かれてベナンはうめく。
サッキュバスの手がベナンの着衣を脱がしていき、ベナンのたくましいとは言えない体が現れる。
それでもサッキュバスは悩ましい吐息を漏らして、胸をすりつけ、首筋に舌を這わせた。

「ベナン、ベナン!私のベナン。……寂しかった。いつかきっとベナンが迎えに来てくれると思ってたのに」
「……エイダ」

サッキュバスが彼の名を呼びながら、体をまさぐり、ズボンを下ろしていく。
ベナンの脳裏で小さな声が、このエイダは化け物だ、目を覚ませとささやいていた。
だが、既に彼の心は折れていた。裏切られる前から疲れてはいたが、裏切られて、何かが折れていた。
彼をつけねらうひどく粘ついた悪意、冷酷だった王宮、続けてきた隠忍自重、断ってきた人の交わり。
澱のように疲れがたまり、ベナンに対する手は込んでいるがげすな殺し方が、最後の何かを折った。

「エイダァッ!」

死の甘やかさと安らぎに心を浸らせながら、彼はサッキュバスを抱き寄せる。

サッキュバスの胸を覆うわずかな布をはぎ取り、現れた乳首に、無心に子供のごとく吸い付いた。
顔を押しつけ目を閉じて、幼くして別れた母を思い出すかのように、サッキュバスの胸を愛した。
その頭を紅潮した顔のエイダがかき抱く。
ベナンのズボンをはぎ取ると、色の薄い陰茎が立ち上がった。
青臭い匂いにサッキュバスの体が喜びに震える。

「ベナン、初めて?」
「……」

否定の答がないことに、エイダの顔が一層の喜びで輝く。
エイダは何かに突き動かされて、天をつく陰茎の上に腰を定めた。
自らの陰部を覆う布をはぎ取ることすらせず、ずらすだけで済ませて、食らうがごとく腰を一気にさげる。
ベナンと相対して座るがごとき体勢で、尻を男の腰に淫猥にめり込ませ、陰茎全てを飲み込んでなお女陰をベナンの根元の肌にこすりつける。
女の経験が無いベナンにたまろうはずがなかった。もっとも経験があっても同じだったはずだ。
熱く淫靡にからみつくサッキュバスの中が二度ほど彼の陰茎を舐めあげ締め上げただけで、ベナンはたまらず放った。
小さく叫び、射精感を感じながら、ベナンは腰を振った。
だが何より狂ったのは、エイダだった。
快楽が腹から脳にダイレクトに突き刺さってエイダの中で暴れ狂った。
だが脳だけが狂ったのではなく下腹も狂っていた。
意図せずにエイダの女陰は、ベナンを吸い続けた。膣は喜びのあまりベナンの陰茎と融合しかねないほどに巻き付いてうごめいた。
ぐにょりと下腹で子宮が動いただけで、愛液が噴いて声が漏れた。背骨を絶え間なく快感が昇降した。
足も手も勝手にベナンに巻き付けて、抱きしめた。
頭はと言えば、息をすることも忘れて絶叫し、脳裏で絶え間なく破裂する白い火花に目がくらみ、自分にはまりこんでいる陰茎がどうしようもなく愛しくなった。

「ベナン!好きぃ!放さない!絶対に放さない!」

エイダにはそれが人であった頃の感情なのか、サッキュバスとしての感情なのかわからなかった。
ただわかっているのは、この男を決して離さないことであり、こんなに素晴らしいベナンの子種を、一滴残らず自分の体に収めることだった。
今、ベナンの子種を取ろうとするものがいたら、大悪魔だってエイダは引き裂くつもりだった。
長く黒い尻尾もあますところなくベナンの体に巻き付かせて、意識せぬままベナンの肛門をつつき、優しくもぐりこませる。
萎えかけていたベナンの陰茎が、前立腺をつつかれて、中で硬さを取り戻し、エイダの体はさらなる喜悦にたたき込まれた。
震えるように内臓を突き上げるベナンの動きが愛おしかった。
胸に吸い付いて懸命に吸いたてるベナンが、たまらなく愛おしかった。

のしかかってくるベナンにあわせて、エイダは下になって背中を付け、羽根を精一杯伸ばした。

「エイダ……ごめん……また……また……」

くぐもった水音を響かせながら腰を打ち込んでいたベナンが、顔をしかめて、体を震わせる。
中で出される感覚とともに、またもや下腹部に熱い快感が爆発的にわき起こって、脳天まで揺すられる。

「ベナン、ベナン、ベナーーーーーーーーーーーン」

エイダは手をベナンの背中にまわして全力で抱きつき、足をベナンの足に蛇のように絡ませた。
そしてその大きく広げた羽根でベナンを余すところ無く包み込み、二人は黒い固まりになった。
下腹が自分の意志とは無関係に蠢き、ベナンの精を吸い、陰茎を絞っては嬲り、喜びにうねっていた。
吸われていくベナンの目が焦点を失い、声を失った口はただエイダの名の形に動かすのみとなる。
その口が欲しくなって、また自分の体を這い回っていないことにかすかな不満も覚えて、エイダはまた口づけをした。
ベナンの全てはエイダのものだった。
ベナンが苦しげに腰を動かし、体を震わせて精を放つのをみて、魂の底から満足を覚えた。
自らの皮膚という皮膚がベナンの体に吸い付くのを感じて、自らの中にベナンを溶かし込みたいと思った。
だからベナンの全部を吸おうと思った。
体も命も魂も感情も快楽も、全部を腹の中に吸い込んで、永遠にベナンと共に生きようと思った。
青白い顔で震えながら射精するベナンに、エイダは魂からの喜びに震える笑顔をみせた。

「ベナン、私の中に来て」

その言葉と共にひときわ強く、エイダの肌が、胸が、唇が、子宮が、膣が、尾が、羽根が、手足が、ベナンを吸った。
エイダの中でごぼりという感触がすると共に、ベナンが白目を向いて、体から急速に力が抜けていく。
対照的にエイダの体には、はじけそうな喜びと快楽が走り、その中で一つになれるという達成感がわき起こった。

「ベナン、愛しているよ」

それは意志ではなく、体と魂が言わせてつぶやきだった。
紛れもないサッキュバスの笑いを浮かべて、エイダはもっとも愛しい男の残り全てを吸い始めて……

頭を全力で殴られ、目から火花が散った。間をおかず誰かにベナンを引きはがされて、エイダの腕の中に冷たい空気が流れ込む。

「馬鹿者!吸い殺す前に事情を聞き出せと、あれほどいったであろうが!」

頭に残る鈍い痛みと引きはがされた寂寥感に戸惑いながら、エイダは己を殴った人物を見上げた。
怒りと呆れをない交ぜにしたラミィが、腕を組んで憤然とエイダを見下ろしていた。

「あー、ラミィ様、こりゃ駄目です。逝っちゃってこそいませんけど、根こそぎ吸われて、重症です」

お供のサッキュバスが引きはがされたベナンを調べて報告するのを聞いて、エイダは弾かれたように体を起こした。

「え?そ、そんな、まさか」
「何がまさかだ。おまえが自分でやったのであろうが」

二人の視線の先で、死人同様の肌色でピクリとも動かない魔術師が横たわっていた。かろうじてしている息ですら時々止まりかけている。

「ベ、ベナン!しっかりしてぇぇぇぇ!ごめんなささーーーい」

ベナンに駆け寄って揺すぶるエイダにラミィは肩をすくめる。

「まったくこれだから成り立ては目が放せん」
「どうだ?……その様子では失敗したか」

声と共に扉を開けて、ルースが入ってくる。

「ああ。案の定だ」
「何が案の定だ。淫魔というのは、吸い殺すしかできん馬鹿揃いなのか?」

ラミィの言葉に、ルースでも他のサッキュバスでもない、しゃがれた老人のような声が悪態をついた。

「ルース?」
「キマイラ達だ」

ルースの目配せと共に、のっそりと小山のような大きさの獅子と山羊と蛇の合成生物が入ってきた。
それだけでいきなり部屋は狭くなった。

「言っておくが、まだ殺してはおらんぞ」

見上げるラミィの抗弁にキマイラは鼻で笑った。

「口がきけぬのであれば同じことじゃろが」
「いずれ時間がたてば、回復する。それよりもこんなところまで来るとは、どうかしたのか?」

非を認めず傲岸に言い返すラミィにキマイラは獅子の顔を歪ませた。
それを見て、ルースが助け船をだした。

「侵入者がかなり弱体化した。今はコカトリスに手間取っている。キマイラ殿は理由を知りたがっている」
「それで?」
「同胞を六人も一気に屠ってくれたときと、今との違いは一つ、魔術師が居ないと言うことなのじゃ」

そう言うと、キマイラはエイダに抱き起こされた魔術師をみた。

「あれが?」
「そのようじゃな」

何とも気まずい雰囲気が流れる。エイダが怯えた顔でキマイラとラミィとルースを交互に見た。

「ま、仕方あるまい。死んではおらんのだからなんとでもなる」

ラミィの鉄面皮な放言に、キマイラは嫌みで返した。

「わしらとしては、早く理由をはっきりさせたいのじゃ。魔術師が原因と決め込んで、またあんな被害を出すのはごめんなのじゃよ。
ま、お主らができんというのなら、吸血族に頼むわい」
「なんといった、キマイラ殿?」
「お主らにできんのなら、あの死にかけの魔術師をわしらに渡せ。吸血族にしもべにしてもらえば死にかけでも問題はないからな」
「……あのきざったらしい「蚊とんぼ」どもに出来るのは、トマトジュースの味見と貴族ごっこだけだ。
どうせ頼んでも、まずい人間を吸いたくないとか、美少年しかいやだとか、いけ好かない貴族言葉とでかい態度で戯言抜かすだけだろう
それともキマイラ殿はいぬっころのように奴らのわがままの相手するのが好きだとでも?」

ラミィの口からすらすら出てくる吸血族への罵倒に、キマイラはすこしたじろいだ。
彼らから見れば、サッキュバスもヴァンパイヤも似たような生きものだったのだ。

「まあ、キマイラ殿、まるきり手がないわけでもない。それで我らが駄目ならば、キマイラ殿の思うようになさればよいと思うが?」
険悪な雰囲気になったラミィとキマイラにルースが割って入った。

「ふむ、インキュバスに堕とす?死に近い今なら出来なくはないか。だが枷はどうする?」
「エイダを斎主にたてればそれが枷になるだろう?幸い、侵入者の進みは相当に落ちている。儀式をやっても間に合うんじゃないか?」

キマイラが引き下がって去った後、ルースとラミィで手早く打ち合わせが行われた。
きらりと目を光らせたラミィが、エイダに向いた。

「……失敗を取り返してもらうぞ?出来なければ、あの男を私直々に吸い殺す。私への愛を誓わせて、おまえの記憶なぞ快楽で彼方に吹き飛ばしてな」
「は、はい、ラミィ様」
「ふん、運が良かったな。あれをインキュバスにすれば、おまえ達は滅びるまで共にいられる。……そう言うのを魔界の絆というのだ。
全てに見離され、魂が魔に堕ちてもなお、やさしい闇でつながる愛のことだ。……魔界の女なら誰でもあこがれる」
それだけを言うと、ラミィはエイダに背を向けた。
「儀式補助を行うものをこれから呼ぶ。手が離せないものはその旨を申告しろ!」

指示を出しながら、去っていく後ろ姿を見て、エイダは深々と頭を下げ、そして膝の上に横たえたベナンに長い口づけをした。


マンティコアが屍をさらしたその側で、女達は荒い息をついていた。
金髪の僧侶が苦痛に顔を歪ませながら、全員に治癒魔法を掛けていく。
銀髪の女戦士は剣にすがって、水を飲んでいる。
オレンジ色の髪の女盗賊が、重い足取りで矢と投げナイフを拾い集めていた。
そして黒髪の女騎士は呆然とマンティコアを眺めている。

「たった一匹でこれとはな……」

しくじりがあったわけでも重大な不運があったわけでもない。
ただひたすらに相手が固く敏捷でやっかいな魔法を唱えてきただけだった。

「撤退が必要か……」
「しかし……セルディア様、……奴の死体を……確認……しませんと」

息を整えようとしながら上申するディーナは、しかし誰がどう見ても限界だった。
セルディアを見る女僧侶フィリアの顔も、魔力が残り少なくなっているために、青くやつれ気味だ。
明るく快活な女盗賊リオンですら、口数が少なく重苦しい表情をしている。
パーティの誰もが痛感していながら、あえて口に出さない事があった。
それをセルディアは、少しだけ喜ばしく思うと共に、大いに悔いてもいた。

(ベナン、貴公がいてくれればな)

謀殺までしておいて勝手すぎるその思いにセルディアは自嘲の笑みで唇を歪める。
迷宮内で仲間と争う者は死ぬ、そんなベナンの言葉を痛切に思いだした。
依頼主はベナンの首を要求していた。
だがそれを求めてこれ以上このフロアをさまようのは危険だった。
セルディアの心が決まる。

「……残念だが、これ以上は無理だ。この扉を開けて見つからなければ、一旦ここを出よう。
そして魔術師を加えて、もう一度探索に来ようではないか」
「……このフロアのレベルに対応できる魔術師に心当たりあるのですか?」

リオンの言葉に、セルディアは首を横に振った。

「それも残念だが、今は無いな。しかしこのままでは全滅する」
「仕方ありませんね。撤退すべき時に撤退する勇気も必要です」

金髪の女僧侶がため息をつきながら言うと、銀髪の女戦士が唇をかんだ。

「よし、小休止を四半刻。その後に扉を開け、結果がどうあれ、帰る」

 セルディアの指示に誰もが肯き、次の瞬間、背を向けていたセルディアを除いた三人が目を見張った。
振り返ったセルディアの視線の向こう、薄暗い通路にローブをまとった魔術師がいた。

やぼったい黒髪、高くも低くもない背に、やせぎすな体。
そして茫洋としてとらえどころのない目。それは確かに少し前まで彼女達の後ろにいた魔術師だった。
悠然と魔術師は歩み寄って、彼女達はさらに驚くことになる。
翼をはやした女達、サッキュバスが魔術師を取り巻き、迷宮の闇の向こうから爛々と目を光らせていたのだ。

「……ベ、ベナン!」

女騎士の驚きの叫びに、魔術師は立ち止まり、無言で深々と一礼をした。その所作は以前と何ら変わらない。

「それは、その魔物達はなんなのだ!」

二十は超える数、おそらく三十も超えようとする人数のサッキュバスが嘲笑の笑いを浮かべて女騎士達を取り巻いていた。
詠唱をするでなく、爪をのばして振るうわけでもない。
サッキュバス達は緊張を全く見せずに腕を組み、壁にもたれ、仲間に寄りかかっている
およそ敵対しているものが遭遇したとは思えない弛緩した態度だった。
一つだけ共通しているのは、目に玩弄の光を浮かべていること。
どのサッキュバスも女騎士達をいつでもどうにとでもできるといわんばかりににやついていた。
茫然自失から立ち直り、女騎士の一行がそれぞれ武器を構えても、サッキュバス達はなんら態度を変えなかった。

「ベナン!答えよ!これはどういうことだ!」
「……セルディア様、お選び下さい」

ぼそっとつぶやくベナンの声も以前と変わらない。胸元の鈎裂きはディーナの突きによるものだろう。

「武器を捨てて降るか、それともここで死ぬか」

驚愕が女騎士達を打ち、すぐに怒りが取って代わった。

「この死に損ないの裏切り者がぁ!」

剣を振り上げて渾身の突進を、銀の女戦士は敢行した。
女騎士達に息を飲ませた突撃速度は、だがベナンの手で光球が輝くのを見て、悲鳴と絶望にかわった。
ディーナの姿が光球に飲み込まれ、中空に跳ね上げられる。
迷宮の天井に激突して、ボロクズのように地面に落ち、動きを止めた。

「……ディ、ディーナぁぁぁぁ」

女僧侶が悲鳴を上げながら、神罰の呪文をつむぐ。それは習得にかなりの修行を必要とする僧侶攻撃呪文だった。
だが、詠唱は突然とぎれた。
それに気付かず、金髪の女僧侶は声なきまま唱えきり、当然発動に失敗した。
驚きで声を上げようとして、ようやく自らだけ音を無くしたのに気付く。
女僧侶は呆然とした顔で何かをつぶやいたが、それも誰にも聞こえなかった。
女盗賊が姿を消しても、サッキュバスも魔術師も、なんら変わった動きをしなかった。
だからリオンは嗜虐の笑みを浮かべ、陰に隠れて魔術師に背後から近寄っていた。
バックアタックは彼女の師にあたる男に、もっとも褒められた技術だった。
やがて眼前にローブ姿の背中が迫り、リオンの笑みが深くなる。
けれどもその笑みはすぐに消えた。あとわずかというところで足が動かなくなったのだ。

「そう、あなたがベナンを刺したんだ?」

魔術師の側にいた黒髪で優しい顔のサッキュバスが、女盗賊に振り返った。浮かんでいたのは優しく邪悪な闇の微笑み。
近寄ってきたサッキュバスの細く白い指が動けない彼女のオレンジ色の髪をもてあそび、手櫛ですいていく。
恐怖に駆られ、短剣を振り回そうとして、リオンは手まで動かなくなっていることに気付き、腕をみた。
凍り付いていた。
足から肩まで白く濁った氷が分厚く張り付いていた。その氷が彼女の肩を這い昇り、鎖骨を埋め、首を取り巻いた。

「た、助けて……寒いよ、……助けて、ベナン」

白い息を吐き、引きつった笑顔を浮かべながらあがった命乞いが、唐突に終わる。氷が頭の先まで覆い尽くしていた。
サッキュバスが、凍り付いて中空で固定されたリオンの髪の毛をピィンと指で弾いた。

「ベナンの優しさに感謝してね?つららで串刺しもできたのよ?」

その間、魔術師は一切振り返らなかった。
そして仲間達がやられていくのを、セルディアは呆然と見ていた。
呪文を封じられた女僧侶が、メイスをもって駆け出し、極太の雷撃呪文に直撃され、静かに倒れ伏した。

「……ふ、復讐だと……言うのか」

セルディアの声が、構えた剣と同様に、だらしなく震えた。
だが魔術師の言葉は淡々とつむがれた。

「武器を捨てて降るか、それとも死か」

暫時の沈黙後、セルディアは叫びだした。

「頼む!ディーナやフィリアは助けてやってくれ!私はどうなってもいい!」

感情を見せなかった魔術師が、戸惑ったような沈黙を返す。それをセルディアは好意的反応ととった。

「私はこの者達を愛している!初陣から共に戦ってきた者達なのだ!復讐というなら私を好きにするが良い!」

セルディアは剣を捨てた。魔法合金製の鎧を外し、籠手も具足も外した。
下着同然の姿になって、魔術師がなんの反応も示さないのを見て、彼女はさらに手を動かした。
服を全て脱ぎ、局所も胸も隠さず、ベナンの前に立ちはだかる。
その顔には女としての計算と好意と捨て身が入り交じっていた。

「私をおまえのものにするがいい!戦場で負けた女の処遇を知らぬほど子供ではない」

誇らしげに胸を持ち上げ、淫靡な表情を作ってから、魔術師のほうを見て、セルディアは衝撃を受けた。
魔術師が既に背を向けていたのだ。
彼女に興味を示したふうもなく、その手に黒い髪のサッキュバスを抱き寄せて、去っていくところだった。

「ベナン!」
「ベナンくんはこれからエイダちゃんとしっぽりお楽しみタイムなわけ」

叫んだセルディアの前に、サッキュバス達が押し寄せる。

「女の子が大好きなんだって?」
「女の子は射精してくれないからつまんないだけど、まあベナンくんが言うから遊んであげるよ」
「ね、おちんぽ付ける気はない?ふたなりになって男も女も楽しむのって面白いよ?」
「馬鹿ねぇ、この娘はちんぽ嫌いなんだから、女の子といちゃついてるんでしょ」
「ひぃ!」

悲鳴をあげて下がろうとして、セルディアは柔らかい肉に押し返された。
振り返ると、そこにもサッキュバスがいた。

「まあ、まずは指でたのしもーよ」

その言葉と共に、胸がつかまれ、膣に持ち主が別々の人差し指が数本差し入れられた。
肛門にも複数の指が入り込み、口にも指が突き入れられ、へそにも指が押し入れられる。
濡れていないから痛いはずなのに、複数の手で胸が揉みしだかれ、体の中で縦横無尽に指を動かされ、セルディアは瞬時に達した。

「やだー、おしっこもらしてるー」
「やっぱ、女の子大好きなんだねー」
「女の子同士はいっぱい楽しめるんだから、これぐらいで終わりじゃないよね」

目を魔性の光で光らせてセルディアを嬲るサッキュバスに囲まれながら、セルディアの意識はとぎれていった。

暗いが少しばかり広めの部屋には、毛足が長い獣毛のカーペットが敷かれ、ばかでかいベッドがあった。十人はゆうに寝られる大きさである。
そのベッドの上で女の肉の塊がうごめいていた。暗い中で蝋燭の光に、汗が浮いた女の肌が照らされ影を作る。
複数の尻、複数の乳房、複数の太腿に複数の腕。十数人はいるサッキュバスが四人の女に体全てを密着させてひたすらに犯していた。
指を入れ、乳房を押しつけてこすり、太腿で挟み、足で刺激した。
舌はサッキュバスも人間も区別せずに舐めあげ、唇は吐息とよがり声をひっきりなしにあげている。
人間の女達は悲鳴をあげ、体を震わせ、小便をもらしては、のけぞって絶頂に何度もたっした。
それを何度も何度も続け、失神しても新たな快楽で起こされることを繰り返す。
射精が無い永劫の快楽がなおも続くかと思われたとき、変化が起こった。
部屋の扉が開いたのである。
魔術師が入ってくると、サッキュバス達は鳥が一斉に飛び立つように舞い上がり、魔術師に群がった。
ベッドには愛液と唾液で顔も体も濡れ光らせ、髪の毛まで濡れそぼった、女騎士達が取り残される。
放り出された彼女は、安堵の表情を浮かべて、力なく自らの体を横たえた。
サッキュバス達は、魔術師を取り囲んで、体をこすりつけながら口々に訴えた。

「ベナンくん、ごほうび!ラミィ様の命令で媚薬も塗り込んどいたよ」
「そうそう、頑張ったんだから、エイダばっかりかわいがってないで、私もごほうび」
「ねぇ、せめてあの娘達にちんぽつけてよ。精液ないと、欲求不満でおかしくなるよ。いつまでも終わらないし」
「私は作り物のちんぽよりベナンくんの生ちんぽでどくどくだしてくれたほうがいいなぁ」
「うん、それ賛成」

口々に訴えるサッキュバスにベナンは優しい笑顔を見せ、頭をなでてていった。

「すいません。なんかキマイラさん達と調整が手間どっちゃったらしくて」
「おまえ達!ろくに働きもしないくせに、精液ねだろうって根性がさもしいぞ」

相変わらず謝るベナンの後ろからラミィがやってきて、群がってくるサッキュバス達を一睨みした。

「だってぇ、精液もらえないとしんじゃいますぅ」
「もー、力でませーん」
「女の相手って退屈ですぅ。男プリーズ!」
「えーい、うるさい!もう少しまたんか!」

きれたラミィの一喝に、サッキュバス達が散り散りになり、遠巻きにラミィとベナンをうかがう。
それを完璧に無視して、ラミィはそのままのびてしまった女達の前に歩み寄った。

「で、どうするつもりだ?これ」

ラミィは入り口のベナンを見ると、顎で女達を指し示す。

「殺したくはないのですが……」
「殺されかかったのに?おまえも酔狂な奴だ。それともこの女達の誰かに、惚れておるのか?」
「いえ。ただ、やり残した事があるのです。そのために彼女達には手伝ってもらえるとありがたいだけで」

にやつくラミィにベナンは真顔で否定した。

「やり残したこと?」
「ええ」

ベナンがセルディアに歩み寄って助け起こす。
目から光を失い半覚醒の状態でセルディアはベナンのなすがままに抱き起こされた。

「それで迷っているのですが、堕とさないならば、この人達をキマイラに譲らなければいけないのですね」
「奴らは犯して奴隷にして引き回して見せしめにしたいと言っておった。
しかし別に生かしておくことにこだわる必要はないぞ。復讐で殺しても問題はない。
新鮮で損壊が少ない死体は人気が高いのだ。霊を喚んで死姦で遊べるからな」

ベナンがため息をついた。

「やはり、堕としたほうがいいのですか?」
「するのは構わんが、私とルースは手伝わないぞ。こいつらを堕とすことは、今、必須ではないからな」

ラミィのすげない言葉にもう一度ベナンはため息をついた。

「つまり、やるなら私が彼女達を引き受けろと」
「当たり前だ。最近、私も忙しくて、ルースとあまり楽しめてないのだ。なのにどうして必要のない『娘』を増やさねばならん?
ルースや私の『娘』はもういらん。さっきの通り、手も回らんしな。
むしろ、おまえをインキュバスにしたのだから、おまえの『娘』にしてもらわんとこっちが困る」

ラミィはそういうとウィンクした。。

「まあ、インキュバスに成り立ての男は、皆臆病だよ。人間の考え方が抜けないからな。だがおまえはもはや人間ではない。
望むならこの女どもにおまえをインキュバスの力で焼き付けてやればいい」
「ラミィ様?」

にやりと笑いながら、ラミィは寝転がる女達をみつめた。
話ながらも手を休めないベナンによって、彼女達はベッドの端に寄せられ、着ていた衣類を上から掛けられて、局所と胸を隠されている。
「男が醜い、男が嫌いと言っておった女達だ。二度と人間の男と出来ないようにインキュバスの呪いを刻め。
そうすれば、少なくとも、人間の男相手の処女は、守られるぞ?それでこやつらの望みも叶うというものだ」
「無茶苦茶ですよ、ラミィ様」
あきれながら言うベナンにラミィはあざ笑った。
「無茶苦茶なものか。なんなら魔界の雌ナメクジをあそこに入れてやってもいいんだぞ?
そうすれば男相手の処女を守るのも簡単なものだ。尻の穴にいれておけば水代わりの女の液と餌になる糞があるしな。
休みなく楽しめて、男いらずで、文句も言わずに奉仕してくれる。人間なら干涸らびるまでナメクジと遊べるな」
なにげにひどすぎることをさらっと語るラミィを、ベナンは驚きの目で見守り、やがて顔を引き締めた。
「……それがサッキュバス流の解決法というわけですか?」
「ああ。男いらずの女が増えれば、我らのところにより多くの男がまわってくる。ベナンもそこにいる奴らの相手をしてやることができる。
すると欲求不満の『娘』が減り、命令を聞いてくれるようになり、私は楽になるというわけだな」
ラミィはそういいながら四方からベナンをうかがうサッキュバスをぐるっと眺め回した。
ベナンもまた彼を遠くから物欲しげに眺めるサッキュバス達をしばらく見て、やがてポツリとつぶやいた。

「すみません、彼女達をどうするか、もう少し考える時間を下さい」
「ふふっ、まあそんなに真面目に考えずに、インキュバスの力、存分に楽しめ。やればわかるものだ」

ラミィはにやつきながら、悩むベナンの肩を力強く叩く
ベナンはただ困ったような顔を続けた。








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