シチュエーション
![]() なんだ…と、美香はほっと胸をなで下ろしている自分に気づく。 この男なら、妻がいようが子がいようが、美香のような女を身体で縛り つけるくらい、平然とやってのけるだろうと思ったから……。 「知りたければ、いくらでも答えてやるよ。ただし、わかる範囲でな。 ……身長は180。体重は76。年収は、一定しない。 一千軽く越える年もあれば、700くらいの年もある。 ……スリーサイズと、なんならあそこのサイズも教えてやろうか?」 最後の一節は、声をひそめて美香に囁く。 美香はそれを聞いた瞬間、目を剥いた。 「ばか……!」 思わず、手に持っていた紙ナプキンを投げつける真似をする。 「怒るなよ…冗談だよ」 ははは、と明るく黒澤は笑った。 今まで見たこともないその顔に、美香は胸を衝かれる思いだった。 この人、こんな笑顔もできるんだ……。 これじゃまるで、ほんとうの恋人同士みたい……。 食事はあらかた終わり、デザートの段階になる。 「ところで…これから、どうする?」 黒澤は、いつもの笑い顔に戻って美香に言った。 「帰るか?このまま……」 え…と、美香は内心不満に思った。 さっきは、手でいかされただけでセックスには至っていない。 その前に一度抱かれてはいたけれど、二度目の時にも、この男のものは 猛り狂っていたはず。 「そんなのは、いやだろう?」 にやにやと笑いながら、黒澤は畳みかけた。 「また、ホテルにでも行くか?」 「…………………」 ここで即答はしたくなかった。 美香は黙って、黒澤の次の言葉を待つことにした。それによって返答を考える。 「それとも……俺の部屋に、来るか?」 低く、甘くそう囁かれて、美香の胸は急速に高鳴りだした。 意外な誘いだった。 「……どこに、住んでるの?」 とっさにこんな言葉を返してしまう。 「知りたいか?それなら来いよ。…来るか?」 こっくりと、うなずく。 「ようし…じゃあ、決まりだ」 食後のエスプレッソを啜っても、美香の胸のざわめきはおさまらない。 飲み口がよくて、美香にしてはついつい飲み過ぎたワインのせいかもしれない。 「行くか……」 席を立つと、彼はさっさと会計に向かって行く。 美香が財布を取り出そうと鞄を探ると、「いいから」とその手を押しやった。 ……領収書を切るという野暮な真似でもしてくれたら、少しは幻滅できるのに。 さすがと言うべきか…この男は、そんなことはしない。 肩を抱かれながら、駅まで向かう。 「あの…さっきは、ごちそうさま。」 律儀にお礼を言う美香に、黒澤は微笑しながら言った。 「いいんだよ。……お返しに、これからたっぷり美香をご馳走になるからな」 二人の熱く長い夜は、まだこれからが始まりだった。 新宿に出て、中央線に乗り換える。 彼は自宅はどことは言わずに、美香を黙ってリードしていく。 まだ夜の9時前、週末の人混みで溢れかえる電車へ乗り込む。 朝の通勤ラッシュほどではないが、新聞を広げる人も少ないほどの 混雑ぶりだった。 それを避けるように、車両の連結部近くに寄って立つ。 ぐっと右腰に黒澤の左手が回される。 美香を抱きしめるような形をとりながら、彼女のコートのボタンを外す。 右手が、彼女のワンピースのウエストの部分を撫でる。 まさか…こんな、電車の中で愛撫を仕掛けてくるなんて。 黒澤の顔を見つめて、やめて、と口の動きだけで伝える。 彼は黙ったまま、唇の端で笑った。 美香の困った顔を見ても、やめてはくれない。 右手がだんだんと背中の方に廻り、ヒップの上の方で止まる。 そこで止まったままかと思うと、手はゆっくりと下へ移動する。 そろそろと、引き締まったお尻のふくらみへと下りてくる。 いや………! 美香は拒否する意味で頭を振るけれど、黒澤の手の動きは止まらずに ワンピースの裾へともぐりこむ。 相変わらず黙ったまま、彼は美香の困惑顔を見下ろしながら、猛ったものを 彼女の股間へ押しつけた。 ピクッ、と美香の身体が揺れる。 ぐっとそのものが下腹部を擦ると、美香は熱い吐息を漏らしながら、黒澤の 胸にもたれかかった。 こんなところで……。 ……恥ずかしい……… ここが電車の中でなければ、たまらなく感じる行為なのに。 今、それでも疼いてしまっている。濡れはじめている。 ……こんなことを、どこに行くまでされるのか。 まさか、はじめて会ったときのように、電車内セックスはないと思うけれど。 中野を過ぎたあたりから、ぎゅうぎゅう詰めだった混雑が少し解消された。 黒澤の手は、美香のコートの下、ワンピースの裾をめくって太ももを撫でている。 男の固い怒張が、美香の下腹をつつく。 思わず、ひそやかに溜息をつく。 そうでもしないと、息がつまって苦しくなってしまう。 黒澤の、服の上からでもわかる逞しい胸板に頬を寄せてうつむく。 どれほど、こんなふうにじわじわと責め続けられるのか……。 ふと気がつくと、美香は左の腰あたりに違和感を感じた。 黒澤の手かと思ったが、彼の手は美香の右のウエストのくびれ部分を しっかりと掴んでいる。 美香の後ろにいる、小太りの中年サラリーマンの鞄を持つ手が、その 違和感の原因らしかった。 その手が美香の左側の腰近くにあり、電車の振動によって、ときおり 手の甲がかるく触れる。 はじめは偶然だと思い、気にしないようにしたが、だんだんとその 動きが意図的なものに思えてくる。 手の甲を、美香の尻に押しつけるようにする。 さらに鞄の持ち方を変えて、手の指を彼女に向かって突き出し、指先で なで上げるようにもされた。 美香があまりのことに驚き、声も出せずにいるのをいいことに、小男の 手は大胆になっていく。 美香が息をつめて身体を固くしているのに気づいた黒澤は、彼女の耳元で 「どうした?」 と小声で言った。 長身の黒澤から見ると、ドアの連結部、美香とほとんど背丈が変わらない 中年男は死角になって見えづらいようだった。 「私のお尻…私の後ろにいる人が、触ってくるの……」 美香も極めて小さな声で、黒澤にそう囁く。 瞬間、黒澤の目がすっとすぼまり、たちまち鋭い眼光を放つ。 見る間に険しい目つきに変わり、酷薄な印象の顔つきに見える。 「美香の後ろにいる、あのチビハゲか?」 うなずく美香の背後で、中年男の指が美香のコート越しにまだ撫で続けて くる……。 「ずいぶん、面白いことしてくれるな」 黒澤が口の中で小さくそう呟くのを聞き、美香は耳を疑った。 思わず下から彼の顔を仰ぎ見る。聞き違えたかと思った。 だがその表情はいつになく真摯で、なにかただならぬ気配を感じさせる。 「もうすぐ高円寺だな…。もう少し、辛抱するんだ。そうしたら……」 ……そうしたら? 怖くて、聞くことができない。 そんな二人の密やかな会話も知らずに、まだ小男は美香の尻を触る。 嫌だ……。 あのとき、黒澤に痴漢をされた時には、最初こそ恐怖感はあった。 けれど、彼の巧みさに負けて身体を許した時は、こんなにも嫌な思いは なかった。 生理的に嫌悪感を持つ相手ではなかったからこそ、あんなにも燃える ことができたのか……。 恋人同士ではなく、痴漢されている女が、それを仕掛けている男に 感じて抱きついていると思われたのかもしれない。 複数の痴漢が同時に女性を狙う、というのも聞いたことがある。 この中年男は、そう思って美香に悪戯しているのかも、と思えた。 それもいやな気分だった。 「次は、高円寺、高円寺……」 アナウンスを聞くが早いか、黒澤は美香の身体の後ろに手を回して その男の手を捉えた。 まだその手は、美香の尻を撫で回していた最中だった。 「この野郎…この手はなんだ?…ホームへ下りろ」 黒澤は痴漢の中年男を睨み据えると、思いきり低くドスの効いた声で 男を威嚇した。 中年男は目を白黒させて、引きずられるようにホームへ下ろされていく。 慌てて、美香は多くの乗降客をかきわけてあとをついていく。 ホームの階段の陰、ベンチの近くに中年男の体を叩きつける。 「俺の女の尻に、汚ねえ手で触りやがって」 「あ……あんたも、お仲間じゃなかったの?」 小太りの中年は、目をきょろきょろさせながら、卑屈な調子で尋ねた。 「あの子に、触ってただろ。だから、てっきり…OKの子だと……」 この男の言うOKの子とは、痴漢に触られても暗黙のうちにそれを 許す女性のことを指す言葉だった。 激烈な怒りが、黒澤の身体から立ちのぼっていくのが見えるようだった。 「てめえと一緒にするんじゃねえよ」 吐き捨てるようにそう言うと、中年男の横のベンチに左拳で突きを叩き込む。 頑丈そうな木製のベンチは、まるでベニヤ板のようにあっさりとヒビが入る。 「ひいいっ……」 情けない、獣じみた悲鳴が中年男の口から漏れる。 掴んでいたその男の右腕をぐいっとねじりあげる。 「ご、ごめんなさい…すす、すいませんでした…あ、わわ……」 「二度とできないように、叩き折られてえか?」 黒澤の狂暴な底光りのする目が、まるで視線自体に圧力があるかのように 男を射すくめていた。 「今夜は時間がないから、これで勘弁してやるがな。 ……次にそのツラ見たら、鉄警隊にご厄介になる方がマシな目に遭わせて やるからな」 黒澤はそう言い放ち、踵を返す。 男は腰が抜けたようになりながら、這々の体で走り去って行った。 あっという間の出来事だった。 美香は二人から数メートル離れたあたりで見ていた。 時折足を止める人もいるにはいたが、黒澤は直接男を殴りつけたりは していないので、はたからはただの小競り合いに見える。 それでもやはり、人が少なくなったホームから駅員がやってくる。 「なにかありましたか?」 駅員が訝しがって黒澤に尋ねる。美香が黒澤の近くに駆け寄る。 「彼女が、さっきの男に痴漢されてると思ってたんですが… どうやら、こちらの勘違いだったようです。…どうもお騒がせしました」 黒澤の顔から、さきほどまでの昏く凶暴な表情は払拭され、平然とそう 言って駅員に頭を垂れて見せる。 「そうですか……」 駅員はそういうとその場を離れていった。 すべてを横で見ていた美香は、なぜか黒澤の近くに寄ることもできずに ただ男を責める彼を見ていた。 美香が痴漢されていたのを知って、激しい憤りを露わにして木のベンチまでも 叩き壊した彼の激情に、なぜか胸が熱くなっていった。 これでも多分、彼は抑えに抑えた結果なのだろう。 きっと、空手やなにかの心得があるに違いない。 男を殴りつけたいのを我慢して、ああしたのだと思った。 こんな恐ろしげな一面を見せつけられたばかりでも、それが自分を護る ためだと思えば、頼もしく思える。 けれど、男を恫喝する堂に入った調子は、一朝一夕で身に付くものではない。 これまでの黒澤の過去の行状の一端を、容易に想像させうる。 この力を、女には向けないだろうとも思った。 黒澤は美香の肩を抱くと、高円寺の駅の外に向かって歩く。 「気が殺がれたな。…電車はやめだ。タクシーで行こう」 タクシー乗り場に着いている一台に乗り込み、運転手に美香にはわからない 地名を告げる。 車に乗って暫くすると、美香の身体は小刻みにふるえていった。 自分でも、なぜなのかわからない。 「怖かったのか?」 美香の頬を自分の頬に寄せるようにして、彼は囁く。 こわい…とか、多分そういうことじゃない。 強いて言うのなら、自分が興奮状態にあるのは確かだった。 こわいのは、痴漢されたことか、それとも黒澤のことか。 それとも…美香自身に対してなのか。 震える手を握りしめられ、肩を抱きしめられる。 「もう、大丈夫だからな。」 美香は何も言えずに、うつむいているだけだった。 「……俺が、怖いのか?」 黒澤は美香の顔を横目で見ながらそう問いかけた。 「すまなかったな…つい、カッとなっちまった。俺も他人のこと言えた義理じゃ ないのにな」 それきり、黒澤は美香の身体をぐっと抱きしめると無言になった。 どれだけ走ったのか、タクシーが止まる。 「ここでいいですか?」 「ああ、はい。ここで結構です」 黒澤が料金を支払う間に、美香は降りるように促された。 降りたった先は、瀟洒なマンションが建っていた。 美香の住んでいる小規模なマンションなどとは、格が違う。 いうなれば、億ションとでもいうべき豪華さが外観からも窺える。 エントランスのロビー一面に張られた大理石も、当然本物に違いない。 大きなエレベーターがある中央へ向かう。 10Fを押す黒澤の顔を、美香は不思議な思いで見つめた。 今日一日で、あまりにも多くのことがありすぎた。 初めて黒澤の事務所に行き、刺激的なセックスをする羽目になった。 そして二人で外で食事をとり、さっきの痴漢プレイの最中に本物の 痴漢に遭い、それが黒澤の逆鱗に触れたこと。 黒澤とプレートに書かれた部屋の鍵を開けて、扉が開かれる。 どんな部屋に住んでいるんだろう。 彼が玄関の電気を着けて、中へ入る。 「入れよ…」 中の灯りを次々に着けて、黒澤は奥へと入っていった。 中は広々としていて、男が一人きりで過ごす部屋としては贅沢すぎた。 きちんと片づけられた書斎らしき部屋、そして大きな革張りのソファと テーブルのあるリビング。 オーディオやビジュアル関係の機器の充実ぶりと、さまざまな種類のソフト。 ダイニングキッチンは、ほとんど自炊をしていないんじゃないかと思うような そっけなさだった。 一番奥の突き当たりには、寝室らしき部屋がある。 それを見たとき、美香の胸の高鳴りがいっそう激しくなる。 男の部屋に招かれるなんて、数えるくらいしかない。 前までつきあっていて別れた恋人は、社員寮に入っていたから ほとんど外で会っていたし、セックスもラブホテルか普通のホテルだった。 ましてこの男の部屋に誘われるなんて、予想もしていなかった…… 黒澤はどんどん奥へ入っていって、寝室の灯りをつけた。 コートを脱いでハンガーに掛けると、美香にも脱ぐように示した。 美香がコートを彼の手に渡すと、左の拳に血が滲んでいるのを見た。 「血が……」 思わずその手を取って、見つめる。 「このくらい、大丈夫だ」 「だって……」 拳には、俗に言う「拳ダコ」……空手などの打撃系格闘技を実践する者 特有のタコができている。 人差し指と中指の付け根の関節部分が、他の部位よりも明らかに 盛り上がっている。 そこの皮膚が破れ、血が止まりかけている状態だった。 「心配してくれるのか?」 黒澤はベッドの端に腰を下ろし、美香の瞳を真顔で見つめた。 「それは…だって、痴漢から助けてくれたし……」 美香はいたたまれない気分で、彼の視線を外すように顔を伏せた。 「水で洗って、消毒した方がいいわ」 「こんな傷、大丈夫だから。…板の試割りとは要領が違ったからな」 「空手とか…やってたんですか?」 美香はそのことを訊いてみたかった。 「……ああ。昔、な……」 返答に、一瞬の躊躇が窺えた。 何か、触れてはいけない部分に迫ってしまったのか。 「凄いのね。あんなこと……」 「今は、なまっちまって駄目だな。咄嗟のことで、力を入れすぎた」 それは、嫉妬の感情からきたものなんだろうか。 キスマークで示された通りに、美香に対する黒澤の支配欲、独占欲ゆえの 行動だったのか。 「そんなこと、いいから……」 立っている美香の腰を抱き寄せ、あっという間にベッドに寝かせる。 「あっ……!」 すぐに身体の上に、彼が覆い被さってくる。 視線が絡まりあうと、黒澤は美香の唇を奪いにきた。 「ん………」 最初は唇を軽く合わせるだけの、柔らかなキス。 でもそれが、だんだんと深い口づけに変わっていく。 美香の唇を男の舌が割り、待ち受けている彼女の口を開かせる。 今日も、すでにこのキスだけで美香は立てなくなるほど感じさせられた。 どうして、この人は…こんなにすごいんだろう。 こうして舌が唇の中に入り込み、蠢くだけで……腰の奥、美香の身体の 深い部分を甘くとろけさせ、蜜を湧き起こさせる。 もともと敏感な美香の身体を、刺激的な性行為の連続で責め苛んだ。 黒澤自身がセックス巧者なのだということと相まって、途方もない 快楽の渦の中で溺れていきそうになる。 抜け出せない、甘美な罠のただ中にいる。 快いと思えるものの誘惑を断ち切るのは、まだ美香には難しすぎた。 唇が離れると、美香はうつぶせにされた。 長い艶やかな髪をかきわけられ、首のすぐ下に位置するワンピースの ジッパーを探り当てられる。 黒澤はそのジッパーの金具を唇にはさみこむと、器用に下に引っ張っていく。 ジーッという小さな音とともに、彼の唇が背中に触れていくことで、美香は そのことを察した。 背中も感じやすい彼女は、そんなことをされていると知って思わず声を 漏らしてしまう。 「ああ……。あっ………」 いちいちこんな技巧を使われただけで、美香は自分の知っている 性行為との違いを見せつけられる思いだった。 もっと感じたい。 もっと……知りたい。 美香の背中から、ゆっくりとワンピースの布が引き下げられていく。 脱がせやすくなるように、美香も身体を浮かせる。 「こっちを向けよ」 言われた通り、起きあがって仰向けになる。 「俺の服も、おまえが脱がせろよ」 「……………」 黒のブラジャーとショーツ、そしてガーターベルトとそれに吊られている ストッキングの下着姿にされた。 ベッドに膝立ちになっている黒澤に、美香も膝立ちで近寄り、スーツの 前ボタンを外す。 両脇から手を入れて、ジャケットを脱がせる。 次にネクタイに手をかけ、結び目をほどき始める。 こんな風に、男の服を自分の手で脱がせるということも、美香には初めての ことだった。 なぜか美香はこのことに興奮を覚えて、手がかすかに震えていく。 ワイシャツのボタンを、丁寧にひとつひとつ外していく。 胸元から、素肌の逞しい胸がのぞく。 シャツを脱がせるために、スラックスから裾布を引っぱり出す。 完全に上半身裸にさせたあとは、どこから手をかけようかと美香は迷った。 靴下は、シャツを脱がせている間に黒澤が自分で脱いでいたのに気づく。 すると、あとに残るのは……。 美香は唾を呑み込むと、唇を噛んだ。 うつむいていた顔を上げると、ひざまずく形でベルトのバックルに手をかける。 すでに彼の股間のものは、布を持ち上げて起きあがっている。 バックルを外そうとしても、なかなか外せない。 女性用のベルトとは、明らかに違う構造だった。 焦れたのか、黒澤が美香の手を握って「こうやって外すんだよ」と導いた。 「男の服を、脱がせたこともないのか?」 美香はその言葉にうなずいた。当たり前よ、と言いたかった。 「そうなのか。…初物尽くしだな。それじゃ、俺が教えてやるよ……」 黒澤はそう言うと、美香の顔を自分の股間に近づけた。 何を…… 「しゃぶれよ。服の上から」 なんてことを、要求してくるんだろう…… 美香は呆然として彼の顔を見た。 「……口紅、つけてるのよ。汚れちゃう……」 美香の想像の範囲を遙かに超える卑猥な性戯を強制する彼に、恐ろしい ほどの高ぶりを感じる。 「いいから。しゃぶれ」 やや強い口調で命じる黒澤に従い、美香は股間の膨隆に唇を寄せた。 先端に口をつけると、布を通しても熱さと固さが伝わる。 どうしたらいいかわからないままに、布とともにそれを含む。 紺色の布地に、暗紅色の唇の跡がつく。 分厚い冬用の仕立てのスラックスに唾液を塗り込めながら、美香は 懸命に口唇愛撫の真似事をする。 こんなことで、感じるんだろうか……? 服の上からの淫らな行為というだけで、快感を得られるのだろうか。 「もう、いい。……ボタンを外せ」 美香は、次にスラックスのボタンを…… 外して、ジッパーに手をかけようとする。 天を仰ぐ怒張が布を持ち上げていて、美香の白い手がジッパーを引いて 下ろそうとしても、そこにひっかかる。 股間の布には、美香がつけた口紅の赤色がついている。 思い切ってジッパーをすべて下ろすと、スーツと同じ色の濃紺のブリーフが 現れた。 美香の唾液のせいなのか、それとも彼自身の先走りの液でか、先端に 染みができている。 そのまま黒澤が腰を浮かし、スラックスを脱ぎ去る。 互いに下着姿になったところで、黒澤の手が美香のブラジャーを外しにかかる。 小さな音とともに、美香の形よく盛り上がったCカップの乳房が揺れる。 大きな彼の手のひらにほどよくおさまる大きさ。 黒澤は美香を膝立ちさせたまま、ガーターストッキングを吊っているシリコン ゴムを外す。 ストッキングを脱がせるために彼女の足を前に伸ばさせ、ゆっくりと片方ずつ 脱がせていく。 ガーターベルトのホックを外して取ると、あとはショーツただ一枚になる。 つい胸を手で覆ってしまうけれど、ただちに「隠すな」と手をどけられる。 美香の腰に手をやると、黒のシースルーのショーツの尻から手を入れて、 ゆっくりと押し下げていく。 全裸に剥かれていく途中、美香は恥ずかしさで目を閉じる。 今日は、さきほど一度抱かれてはいたけれど、服を着たままでのことだった。 先週、黒澤につけられたキスマークのほとんどは消えかけている。 今夜もまた、つけられるに違いない…… 熱い溜息をつきながら、美香は生まれたままの素肌を男の目にさらしていた。 「俺のも、脱がせろ」 彼女の右腕を掴み、自分の下着を指さす。 美香は小さく首肯すると、濃紺のビキニタイプのブリーフを下ろしていく。 獰猛なほどに反り返ったその姿は、とても30の男のものとは思えない 角度を保っていた。 若者と比べても遜色のない……別れた恋人は23歳だったが、それにも 勝るほどの角度と硬度、そして回復力。 これが美香の感じる膣内の襞を的確に突き、途方もない快楽をもたらす。 その快美な記憶を思い出すと、見ているだけで濡れてきてしまう。 美香は突然横抱きにされて、そのままベッドから床へ運ばれる。 「シャワーを浴びよう」 美香は抱き上げられたまま、浴室へ連れられていく。 まるで下手なラブホテルよりも広くできていて、青系統の色で統一されていた。 シャワーと同時に湯船にもお湯を溜めて、もうもうと湯気がたちこめる。 黒澤は、美香の身体をボディーソープで丁寧に洗ってくれる。 乳房を念入りに手で愛撫され、つい声が出てしまう。 「あんっ……。あ……」 その下の黒い翳りの部分にも、男の手が近づいていく。 黒澤は美香の足元に座り込み、彼女を仰ぎ見る。 「あ……いや。そこは……」 恥じらって隠そうとした手をどけられて、両膝を広げられる。 指先が、恥毛をかき分けてピンク色の襞の奥に触れる。 「はぁっ……。ああ……」 顔を反らして喘ぐ美香を見上げながら、黒澤はくく、と笑った。 「もう、濡れ濡れだな…。かわいそうに……」 手の指で秘所の襞をめくり、さまざまに指先を使って拭われる。 そのたびに美香はきれぎれに声をあげ続けた。 シャワーをかけて洗い流されても、彼女はまだ息を乱していた。 美香を洗い終えると、黒澤は湯船の縁に腰掛けて彼女の方を向いた。 どういう意味かは、わかっている。 美香は黙って男の身体を洗い始める。 厚い胸板、弾力のある筋肉質な腕。 触っているだけで、美香の情欲を刺激してやまない。 見れば見るほど、長身でバランスよく鍛えられた、肉体美というべきものを 持っている。 そして…美香を狂わせる源、男を示す逞しいもの。 そこも、よく丁寧に泡立てたスポンジで拭ってみせる。 こんな中にいてもそこは熱く息づいて、美香の手の動きにときおり震える ような動きを見せる。 シャワーでよく洗い、それが終わってふと黒澤の目を見る。 真顔でいた彼が、唇の端に笑みを浮かべた。 その笑いが意図するところは…… ああ……もうだめ。 美香は彼の広げた膝の間に顔を近づけ、怒張の先端に口づけた。 躊躇いがちに唇に含み、吸ってみせる。 はじめて自分から、積極的にフェラチオを仕掛けてしまった。 しゃぶりたい……と、思ってしまった。 これでいいんでしょう、と言いたげに彼の目を見上げた。 相変わらず、黒澤は笑みを湛えたまま彼女を見下ろしている。 彼の目に見つめられていると、どうしようもなく淫らな自分になる。 心底までを、美香のマゾの性癖を知られてしまってもいる。 黒澤に命じられるまでもなく、自分から奉仕を望んでしまった。 どうせなら、思いきりいやらしい女になってしまいたい… そんな密かな思いも抱いてしまう。 強く吸いながら、右手で陰嚢部分も刺激するのを忘れない。 裏筋の根元から舌を這わせていき、歯を軽く立ててこする。 「うっ……」 黒澤の唇から、快感の呻き声が漏れる。 それこそが、美香の望むことでもあった。 もっともっと、感じさせてあげる…。もっと声をあげるほど、よくさせてあげるから。 幹の部分を奥までくわえて、口全体で締め付けるようにする。 彼の、アナルのすぼまりにも指を伸ばす。 さっきの、お返しよ……。 そう思いながら、指先でそこをこする。 「くっ………」 男のこらえきれない声が、美香の耳を心地よく刺激する。 上目遣いで黒澤の表情を見ると、顔を歪めて感じ入っているように見える。 まだよ。もっと、気持ちよくさせてあげる……。 口から男根を一旦引き抜くと、手でしごきながらアナルに舌を這わせる。 舌先を使って、小刻みにそこを突つくようにする。 「……うっ……。う………」 溜息混じりの、掠れた声が彼の快楽の強さを示しているようだった。 こんなことを、自分から積極的にしているなんて…… 誰にもしたことのない行為を、この男にはしてみたくなる。 美香の髪を、黒澤の手が確かめるように撫でてくる。 「ああ……もういい。危うく、出しちまいそうになる」 どことなく照れたような笑顔になって、彼は立ち上がった。 「フェラは、凄くうまいな…。誰に仕込まれたんだ?」 にやにや笑いに変わって、美香の乳房に手を伸ばす。 「あ……」 せっかく優位に立てていたのに、ここでまた美香は屈服を強いられる。 「言えよ。どんな男に、どんな風にやるように言われた?」 「……そんな……。そんなこと、ありません……」 「年上の男か?そうだろう?いちいち口で、こうしろ、ああしろって 言われたのか?」 乳房を揉みしだかれ、乳首をつままれながら訊かれる。 たまらなくなって、美香はとぎれとぎれに答え始めた。 「……あ…そんな……ふうに、です……」 「何番目の男なんだ?」 「…二人目……です……」 「年上だったのか?」 「……そうです……私より、4つ上の……先輩……」 美香の性遍歴を訊くことで、より一層興奮度を高めるつもりなのか。 「飲むようになったのは、いつ頃からだ?」 「……三ヶ月くらいして……飲んで欲しい、って…言われて……」 「嫌だったんじゃないのか?」 黒澤の声も、次第にうわずっていくように思える。 「……ええ……。いや、でした……」 「なのに、なんで飲んでやったんだ?」 美香を責めるような口調で畳みかけ、そうしながら乳首への刺激も続ける。 「……喜んで、くれるから……。それが、嬉しくて……」 「どんな味だったんだ?言ってみろ」 「……苦い……すごく、苦くて……でも……」 「でも?でも、なんだ?」 「……好きだった、から……」 そこで、黒澤は唐突に美香への愛撫をやめた。 美香は浴室内の熱さと、責めの激しさで頭がくらくらした。 「顔が、真っ赤だな……湯当たりしたか?……出よう」 美香を脱衣所に立たせると、バスタオルで拭いてくれる。 確かに、黒澤に指摘されたように湯に当たったのかもしれない。 「そこで待ってろよ」 彼はそう言うと寝室に行った。 少しして、手に服を持ってこっちにやってくる。 「シャワー浴びたのに、着替えないんじゃ嫌だろう。俺のシャツでも 着てろよ」 リーバイスの、青のデニムシャツを渡される。 Lサイズのそれを着てみると、太ももまでを覆う形になる。 ちょうどミニ丈のワンピースのような感じだった。 着古したような感じの色合いと、布の柔らかさがよかった。 洗濯洗剤の匂いと、それとはまた違う匂いがする。 彼の…黒澤の匂い、なんだろうか。 「ソファに座ってろよ。何か飲むか。ポカリスウェットでいいか?」 「あ……はい」 グラスに氷を入れて、飲み物を持ってきてくれる。 手渡されたそれを、いっきに飲み干す。 浴室での戯れは、予想以上に美香を消耗させていた。 なんだか、眠気が差しかけてきてしまう。 はじめて来た家…しかも、黒澤の住む自宅へ誘われて来たのに。 今日一日だけでも、あまりにいろいろなことがありすぎた。 黒澤の探偵事務所に行き、そこで抱かれた。 電話で黒澤の部下の青年に絶頂の声を聞かれ、そのあとに食事。 そして電車内での痴漢プレイに、本物の痴漢に対しての黒澤の激高ぶり。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |