虜囚 三章
-6-
シチュエーション


その右手は、既に大きく膨らみきった男の怒張を握っている。
しごいている。
喘ぐ美香の口許に、それは近づけられた。

「いや……」

小さく首を振る美香の顔を、濡れ光る先端に向けさせた。

「見ろよ。……おまえがあんまりいやらしいから、こいつもおまえを
欲しがって、困るんだよ。ほら、見ろ。先走りの汁が、こぼれてきて
止まらないんだよ」

口調からして、美香に何をさせようとしているのかは明らかだった。

「しゃぶって、きれいにしろ」

横臥する美香の唇の上に、ぬらぬらと亀頭部分が押しつけられた。

「んっ………」

せつなげな美香の声とともに、その愛らしいピンクの唇を男のものが
犯しにくる……。

亀頭の先、鈴口の割れ目から、とめどもなくその半透明の粘つく液が
こぼれ落ちてくる。
それを美香は舌で受け止め、飲み込む。
ねっとりとからみつく感触と、少し塩気のある味がたまらなかった。
黒澤のものの味が、美香の好みに合っているのか、いつしか口を
犯されるたびに好きな行為へと変わっているのを自覚した。
先だけでなく、幹の部分にも粘液が垂れて伝い落ちていた。
こんなにも、この男が興奮しているなんて……。
それは男の欲情を、抑えきれない興奮を如実に示す証拠だった。

「……きれいにできたか?」

さすがの黒澤も、どこかうわずっている声をあげる。
美香はうなずくと、それは唇から引き抜かれた。

しゃぶらされていたことと、男の性器の淫猥な現象を見せつけられていた
ことで、美香はまたもや熱い蜜液が湧いてしまうのを感じた。
黒澤の腰が、どういうわけか美香の上体をまたいで、黒いストッキングで
縛られた美香の腕に寄せられていく。
手のひらを合わせるような形でいるところに、熱く固いものの感触。

「握れ」

命じられて、両方の手のひらで包み込むようにそのものを握らされた。
まさか、こんなことをされるとは思ってもいなかった。

美香からは見ることができない位置に黒澤は回り込み、そんな卑猥な行為を
彼女に強制させる。
自分から腰を数回動かすと、すぐに離れた。
それからすぐに、頭上にまとめられている手首から下へ、柔らかい皮膚の
内側に沿って勃起したものが擦りつけられる。

「ああ………!」

未知の快感が、腕に与えられた。
それは肘のあたりにも同じようにこすられ、なんともいいがたいおぞましさと
相反するように性感を刺激されていく。

本来こんなところに与えられるべくもない、男根での愛撫。
それが背徳感とともに、まったくの新しい愉悦を美香にもたらしていく。
縛られて、拘束されていることがそれに拍車をかける。
自然と、息が荒くなっていってしまう。
男にさらしている脇の下の部分に、それがつついてくる。

「あっ……!いやっ!」

美香は思わず叫ぶが、すぐにそこを通り過ぎて乳房へ、腹部へと下りていく。
男の勃起で、身体をこすられる屈辱。
そして確かに湧き起こる快感。
汚される、という感覚が美香のマゾの歓びを誘いだしていた。
太ももの間に、黒澤の腰が割って入る。
まだコンドームをつけていないままの男根が、太ももの内側を擦る。
感じやすいその部分を責められて、つい快感の声を放ってしまう。

「ああっ……!あん……」

「感じるか……?」

わかっているはずのことを、わざと確認する意味で聞き返してくる。

「あっ……。あ……。……感じ……ます……」

美香は興奮のあまりに声をうわずらせて、男の問いに応じた。

「そうか……そうだろう。ふふ、じゃあ……ここはどうだ?」

美香の濡れそぼった秘裂に、亀頭があてがわれた。

「ああっ……!あっ!!」

今までの、あまりに卑猥な責めに興奮しきり、感じ入っていた美香の
そこは蜜を溢れさせて、男を迎えるために待ち受けていた。

通常の性行為でも、感じる部分なのに……
普通ではない異様な責めを受けた彼女の感覚は鋭敏になっていた。
また、いきそうなほどに高まっている……。

「……凄い濡れ具合だな。そんなに、こうされてるのがいいのか」

黒澤に、侮蔑の意味がこもったような声を浴びせられる。
彼の視線にも、彼女を見下しているという印象がある。
それさえも、美香の性感を引きだしていく効果でしかない。

ふっ、と黒澤が鼻先で笑った。

「気持ちいいんだろう?また、いきそうなくらいになってるんじゃないか?」

美香の欲情で潤んだ瞳を見下ろしながら、黒澤は言った。

「……………」

美香は、黙ったままゆっくりとうなずいた。

「どうしてほしいんだ?お願いしてみろ」

またも、言葉責めを始められる。

「……こすって……。こすって、ください……」
「どこを。何でだ」
「……わたしの、あそこを……あなたの、で……」
「それじゃ、わからないだろうが。ちゃんとはっきり言ってみろ」

声に冷たく、突き放す調子が加わった。

美香は懸命に恥辱をこらえて、男性器と女性器の卑称を口にした。
それでも、声が小さいと言われてもう一度言い直させられた。
こうしている間にも、高まっているクリトリスの快感が遠ざかっていって
しまいそうな焦りを感じる。
言い終えると、黒澤はようやくそこへ勃起を当てた。

「ほら……これがいいんだろう?いけよ。声を出せ」

そう言いながら、ゆっくりと濡れきった部分に上下に擦りはじめる。
すぐに、美香の腰に鋭い快感が突き刺すようにして戻ってきた。

「あっ……あ!ああっ……あ、ああ……」
「ほら!見ろ。おまえがされてることを、よく見ろ。ちんぽでおまんこ
こすられて、それが気持ちいいんだろうが。見ていろ。自分が何を
されてるか、ほら、よく見ろ!」

激しく美香を責め立てながら、黒澤の声にも興奮の色が隠せない。

美香の声が、せつなげに鼻にかかってくる。
頂点が近いしるしだった。

「いけよ。ほら、いけ。何度でも、いかせてやる。腰が立たなくなるまで、
何度でもな!」

この言葉を聞かされた途端、美香は頂上に突き上げられた。

「ああっ!あっ!あ、あああっ……!いくぅ……っ!」

全身を波立たせて、美香は高処へと昇っていった。
膣口を何度も締め付けながら、快感を味わい続ける。

立て続けに、3回もいかされた。
美香の全身は汗にまみれ、黒澤の攻撃に耐えていた。
あの日、初めて犯された時以来の、ゴムなしでの性器の接触だった。

美香は息を整えていると、黒澤がコンドームを着けているのを知る。
ようやく、入ってくる……。
期待に、美香の胸はうち震えた。

美香の身体は、軽々とひっくり返され、うつぶせにされる。
自分から尻を上げて、男根の侵入を待つ。
そこに、熱いものが当てられた。

「入れてほしいか?」
「…入れて…入れて、ください……」
「犯してください、と言え」
「……犯して、ください……」

言い終わると、すぐに怒張がぐっと奥までひといきに突き込まれた。

「……ああっ……!」

何度か、激しく出し入れをされる。

「ああっ!あっ!あっ!」

突かれるたびごとに、美香は歓喜の声をふり絞った。

唐突に、美香の内部を満たしていたものが引き抜かれる。

「ああっ!いやぁっ!!」

美香は、思わずそう叫んでしまった。

黒澤は美香を仰向けにさせると、M字開脚をさせて、両足を抱え上げた。
そして再び、突き入れられる。

「ああ…!ああっ!あっ!ああんっ!あっ!」

早いスピードで奥まで突き、そして入り口まで戻される。
一度また引き抜かれ、そして入れられる。
今度は角度を変えて、Gスポットのあたりを念入りに擦られる。
腰遣いも、ゆっくりとしたものに変わる。
膣奥とはまた違った快感に、美香は歓びの声をあげて応えた。

すると、またしても唐突に怒張が引き抜かれてしまう。

「あ、あんっ…いや、やめないで!」

これが美香の正直な心の内だった。
クリトリス性感が限界にまで達せられたそのあとは、膣内の快感がどんどん
湧き起こってしまっている。
入り口を、Gを、奥を、突きまくってほしい。
膣内の全体が感じる状態で、どこをどうやって刺激されても、暫く入れられて
いるだけで、いきそうに思えていた。

また、今度はゆっくりと入れられる。

「あ……!」

そして、少しずつしか内部へ入り込まず、入り口の浅い部分で微妙に動く。
それでも美香の快感は、充分に呼び起こされていった。

「お願い…!もっと…もう少し、早く……」
「こうか?」

少しずつ、スピードアップしていく抽送に、美香は素直に喜んだ。

「あっ……あ!そう、ああ……あ、もっと…もっと……」

美香は感じ入って、目を閉じていた。

突然、美香の腰が大きく持ち上がった。
ベッドの脇に追いやられていた枕が、美香の尻の下に押し込まれた。
挿入の角度も当たる位置も変わる。
より深く、Gスポットのそのまた奥へと侵入されていく。
結合がいっそう深くなるとともに、美香の膣内も自然と締め付けがきつくなり
黒澤のものとの密着感、一体感が強まっていく。

「ほうら…見えるぞ。ここから、おまえと俺が繋がってるところが。
……おまえからも見えるだろう。ほら。よく見ろ」

彼の言うとおり、美香の目にも黒澤の男根が、彼女の膣に出入りしている
卑猥な光景が映る。
目をそらそうとしても、強い口調で「見ろ!」と叱責される。
それを彼女自身に見せつける意味で、腰の下に枕を入れたのだろう。

「どうだ。感じるか。おまえのおまんこが、俺のちんぽに犯されてるんだぞ。
腕を縛られて、括られて、犯されて。それでも何度もイって、イキまくって。
おまえは淫乱な女だ。こんなことを言われても、感じるマゾ女なんだ」

興奮のためか、矢継ぎ早にまくし立てる黒澤の口調にも余裕がなくなっている。

彼の言うことは、なにもかもすべてが美香の性癖を的確に突いてくる。
蔑まれても、罵られても、それがすべて被虐の快感に繋がっていく。
自分はほんとうに、彼の言う通りのマゾだと思った。

「美香は、マゾ女です、と言え」
「……み……かは、マゾ……おん、な、です……」

焦らすように、男根の動きが緩慢になる。

「縛られて、犯されて、それでも感じる淫らな女です。言え」

美香は、黒澤の言う言葉をとぎれとぎれに復唱した。

「よし。…次にも縛ってほしいか?」

美香の内部の動きを完全に止めて、黒澤は美香の目を見た。

「ああっ……あ!……縛って……縛って、ください!」

美香は誘導されるがままに、そんなことを口走ってしまった。

「縛られたまま、犯されたいか?」

淫猥な笑いを浮かべながら、黒澤が畳みかけた。

「……はい。縛ったまま、犯して……くだ、さい……ああ……」
「ようし…忘れるな。次はそうしてやるからな。
……そろそろ、いかせてやろうか?」

そう言うと、黒澤は急激に激しく出し入れを始めた。

「ああっ……あ!あああっ、あ、ああ!」

美香は、迫り来る絶頂感に、声を出すのも精一杯になってしまった。

「ああ……」

黒澤が、大きく快感の溜息をあげた。
美香の耳元に、それが響くと同時に、彼女はようやく昇りつめていく。

「……あ……ああ〜〜〜〜っ!!」

美香の膣が黒澤のものを思いきり締め上げると、彼も呻き声をあげて
内部へ精を解き放った。

大量の精液が、幾度も脈打ちながら注ぎ込まれてくる感覚。
暗い愉悦が、美香の胸を重く塗りつぶしていく。
今夜の最初のセックスとはまったく違う、禍々しさに囚われていく……

美香は興奮と疲労の極限状態にあった。
両手を縛られ、頭上に拘束されて犯されるという異常な状況に
確かに高ぶりを感じていた。

黒澤のサディスティックな物言いも、その口から出る蔑みも罵りも
美香の性的な快感を増強させるものでしかない。
幾度も焦らされ続け、それこそ何度も繰り返しイかされて……
……自分でも、いったい何度イキまくったのかわからなくなっていた。

いつのまにか黒澤は、彼女から離れてシャワーを浴びていた。
美香の腕を縛っていたストッキングはほどかれていたが、薄赤い
痕跡が手首と肘の下、上膊部に残されている。
疲れきっていて、犯された姿勢のまま仰向けになっていた。
身体を動かすことさえも、億劫で仕方ない。
全身のあらゆる部分……腕も、足も、腰も……ひどく重く感じている。
力が抜けてしまっているので、自分で自分の身体が、これほど
頼りなく思えたことはなかった。

黒澤が出てくる気配を感じた。
キッチンで、冷蔵庫を開けているらしい物音が聞こえる。
美香も喘いで、叫んで……エアコンの空気のせいもあるが、喉が
いがらっぽくなっている。

なにか飲みたい……
そう思って、横を向いて、ベッドに手をついて起きあがろうとする。
ただそれだけの動作をするのに、じれったいほどの時間がかかる。

「起きたのか?」

黒澤が、美香の気配に気づいて声をかけてくる。

彼は水割りを作って飲んでいた。

「飲むか?」

グラスを上げてそれを美香に向けるが、とてもアルコールを摂ることなど
できない。

「いえ、それは……。さっきの、ポカリスエット…もらえる?」
「ああ、いいよ。ちょっと待ってろ」

黒澤は、新しいペットボトルを取り出してグラスに注いでくれた。
それを渡されるかと思ったら、彼がそれに口をつけた。

美香に近づくと、また……
口移しで、飲まされる。

美香は驚きながらも、それを飲み干すしかなかった。

なぜだろう……。
美香はこんな風にされるまでは、口移しで飲み物を分け合うという
ことには嫌悪感を持っていた。
でも、実際に黒澤にこうされると、まるでそれがごく自然なことの
ように思えてくる。
もうなにもかも、恥ずかしいことも、それこそ知られたくもない
身体の奥の奥まで見られて、知られてしまったからだろうか。

「身体、大丈夫か?」

美香は弱々しく首を振った。

「そうだろうな。あんなによがり狂ってたんだ……
また、感じすぎて腰が抜けちまったのか?」

黒澤はからかうような調子で、美香の顔をのぞきこむようにして言った。
あなたがそうさせたくせに、と美香は言いたくなった。

黒澤がグラスを美香に渡し、自分は水割りを飲み干した。

「寝ようか?」

と彼は美香に囁いた。

彼女は少なからず動揺した。
確かに、このまま家に帰り着くのも難しい。
今までのホテルでの連続したセックスの時にも、眠ったりして
インターバルを置かないと、身体が辛くなるほどに責められ続けていた。

「今、何時なんですか?」

美香は我に返って黒澤に訊いた。

「もう、夜中の一時だぜ」
「そんなに……」

美香はそれほどに時間が経過していたことにも驚く。
長く、激しい責めは美香の身体と心の均衡を奪い去り、時間の感覚
さえも失くさせていた。

「俺は飲んでるしな…飲酒運転する訳にはいかない。これでも優良探偵
だからな。つまらないことで免許汚すのはご免だ」
「……………」

泊まっていけ、というのか。

「タクシーも、この辺はあまり来ないぜ。ハイヤーでも呼ぶか?
どうしても帰りたければ、だけどな」

美香の目を見て、薄く笑っている。
どうするつもりだ、いまさら帰るつもりなんかないんだろう?
そういうように言われている気がする。

美香はそれを聞かされると、急にいやな記憶を蘇らせて、胸が騒いだ。

黒澤に相談しようと思っていた、繰り返しかかってきていた非通知と
公衆電話の件について、今頃思い出したからだった。

「あなたに、相談があったの」

美香は黒澤の顔を真剣に見つめてそう言った。

「俺に?……事務所での用だけじゃなかったのか?
こいつを、返しにきたってことだけじゃなく、か?」

そう言いながら、美香の胸に煌めくダイヤを指で弄ぶ。

「今、思い出したの…あなたに、探偵としての黒澤さんに相談がしたくて」

なぜ、今まで思い出しもしなかったんだろう……。
一日に起きた事柄が多すぎて、刺激が強すぎて、かき消されてしまっていた。

「探偵として?」

黒澤は、真顔になって美香に向き直った。

「イタズラ電話っていうか…非通知で、電話が何度もかかってくるの」
「いつ頃から?」
「先週のはじめから……」

それから美香は、これまでの概要を黒澤に話した。


「ふうん……なるほど」

黒澤は、聞き終えると考え込んでいる様子だった。

「どうしたらいいと思う?私……」

美香はすがるような目と口調で、黒澤に訴えた。

「身に覚えはないのか?」
「……覚え、って……」
「嫌がらせされたりするような覚えだよ。おまえが振ったりした男とか
喧嘩したとか、そんなことは思い当たらないか?」

美香は頭の中で、これまでの恋人関係や、友人関係を思い浮かべてみた。

「……特に、思い当たることなんて……」
「おまえはそうでも、向こうにとってはそうじゃないのかもしれないぜ。
ちょっとした言動を悪意に受け取ったり、曲解する人間なんてごまんといる。
傷つけるつもりもなく言った、ふとした一言が相手に意外な精神的ダメージを
与えてるかも、ってことさ」

そんなことを黒澤に言われると、不安感が増してきてしまう。
それでは、自分の電話番号を知っている、あらゆる人たちに疑いの目を
向けてしまいそうになる。

「……もっとも、この場合はちょっとつっこんで調査しないと、まだ今は
なんとも言えないな」
「こんなケース……実際に相談されたこと、ありますか?」
「電話ストーカー、って奴だな。あるさ、この手の話は多いもんだ。
犯人が恋人を奪われた女からだったり、悪徳興信所を使って調べた
変態ストーカーだったりな……まあ、多種多様だよ。ひとくちに言えない」

黒澤の言う悪徳興信所、という言葉に意外な響きを感じた。
自分からそう言うには、少なくとも自分自身はそうではない、という
自負する意識によるのだろうか。
そして彼が仕事上の知識に関して饒舌に語るのを、これまた美香は
意外な思いで聞いていた。
彼女の困り果てたような顔を見て、黒澤は笑って美香の頭を撫でた。

「不安なのか?……気持ちはわかるけど、そんな顔するな。
なんなら、俺が明日にでも調べてやるよ」

「本当……?」

美香は顔を上に向けて、黒澤の顔を正面から見つめた。

「ああ。もしかして、盗聴でもされてるかも知れないしな。探知してやるよ」

「お願いしてもいい?……怖いの。今、黒澤さんに言われたこと……
考えてるだけで、怖くなってきちゃった……」

美香は自分の身体を自分で抱きしめるようにして、ぶるっと身体を
震わせた。

「いいよ。……名刺を渡した時に、言っただろう?困った時には
何でも言ってくれって」

黒澤は、また明るい笑顔になって美香にそう言った。

あんなに激しくされたあとで、またこんな風に優しくされる。
この話題を美香がふらなくても、そうされていたのだろうか?
本当に、なんて……この男は、女を操ることに長けているんだろう。

「シャワーでも、浴びて来いよ。疲れただろう」
「……身体が、ふらつくの。お願い、一緒に……来て。怖い……」
美香は、自分から大胆にシャワーに誘ってしまった。

不安感が強くなり、この男に素直に頼ってしまいたい気持ちだった。
すがりついてしまいたい。
強く、抱きしめていて欲しい。
この漠然とした不快な気持ちと恐怖感に、胸が締め付けられるような
気がする。

「わかったよ。抱いていってやろうか」

美香を最初にシャワーに入れた時のように、身体を軽々と横抱きに
して運び入れる。
美香を湯船の縁に座らせると、黒澤はボディーソープを手で泡立てて
彼女の身体に塗りつけた。

「くすぐったい……」

美香は脇腹のあたりを手で撫でられて、思わずくすっと笑ってしまった。

「ようやく、笑ったな」

黒澤も笑いながら、美香を見ている。

「俺と一緒にいても、笑わないだろう。距離がある。……もっとも、あんな
レイプまがいのことしてきた男に対して……当たり前だな」

彼は自嘲気味にそう呟いた。

「ねえ………」

美香は思いきって、今まで聞きたかったことを尋ねようとした。

「……あの日、私にいやらしいことしてきたのは……どうして?
私が無防備になるのを狙ってたの?……私のこと、尾行してたの?」
「前にな……何回か、おまえのこと見かけたんだよ」

やっぱり……と、美香はなんだか胸がすうっと冷たくなっていくような感覚に
襲われた。

「はじめに見たのは、3ヶ月くらい前だったか……。
おまえ、ずっと電車の中で泣いてただろ。うつむいて、涙こぼして。
新宿で乗ってきてから、吉祥寺まで…ずっと、そうして泣いてたな」

美香は、息を飲んだ。
それは、恋人と別れたとき。
ボックス席の中で、一人きりでずっと顔を伏せて泣いていた……。
悲しさがこらえきれなくて、声を殺してただ涙を流していた。
まさかそれを、黒澤に見られていたなんて。

「その時のことが妙に印象に残ってて、なぜかよく覚えてるんだよ。
しばらくして、またおまえを見かけたんだ。車両をあまり変えて乗らない
だろう。三回くらい、夜に見かけたことがあった。
でも……尾行したりはしてないぜ。あの夜は……たまたま、おまえの
近くに乗り合わせたんだ。眠ってるのを見て……」

「眠ってた時に、私が抵抗できないのを承知で触ってきたんでしょう?」

美香の声に多少の棘が混じる。

「悪かったと思ってるよ。…脅したりもしたな」
黒澤は目を伏せて美香の非難を避けるようにうつむいた。

「ほんとうに、悪かったなんて思ってるの?」
「おまえは、Mの雰囲気を醸し出してるんだよ」

黒澤は急にそうきっぱりと言った。

「なに……なに、言ってるの!」

突然話題を変えられたことに怒りもあって、美香は狼狽した。

「触れなば落ちん、って感じで…隙があって、どこか危なっかしいんだ。
俺以外にも、危ない目にも遭ってるんじゃないか?」

美香はぐうの音も出なかった。
ほんとうに、黒澤に出会う以前に…痴漢に感じさせられて、きっぱりと
拒むこともできずに危うく犯されかけていた。

「いやな目に遭っても、拒否しきれないところがあるだろう。
そういうタイプ、時々いるんだよ。それで、俺のような男に目をつけられる」
「私が、悪いっていうの……?」

美香は黒澤をきっと見据えながら弱々しくそう言った。

「そう言ってるんじゃない。もっと毅然としなくちゃ駄目だ。
……俺が言えることじゃないな。……何を言ってるんだろうな……」

ふう、と深く大きな溜息をついて黒澤は黙り込んだ。
まるで恋人同士の喧嘩のような雰囲気になっていた。

「今度、護身術でも教えてやるよ。まったく、危なっかしくて見てられん」
「狼が、赤頭巾に狼の倒し方を教えるかしら?」

美香は精一杯の皮肉を込めて言ってやった。

黒澤は一瞬目を見張ると、美香の拗ねたような表情を見つめた。

「……ほんとに、時々……なかなか言うな、おまえ。頭の回転が
いいんだな。驚かされるよ」
「自称、優良探偵さんには負けるわ」

くっくっ、とおかしそうに黒澤は笑いをこらえきれない様子だった。

「自分で悪徳行為を働いてる、なんて言わないものよね。
今までに、何人私みたいな女を手込めにしてきたのかしら?」

そこで、黒澤は声をあげて笑った。

「手込め、って……おまえ、幾つなんだよ。俺は時代劇の悪代官かよ」

ははは、と大きく笑い声をあげて笑う彼に、美香はそんなにおかしい
ことを言ったのかと不思議だった。

「おまえ、面白いな…さっきまで泣きそうになってた女とは思えないぜ。
ベッドでのたうち回ってたマゾ女とも違う」

黒澤は美香の身体を抱き寄せると、そっと彼女に頬を寄せた。

「本気になっちまいそうだ……」

小さく、そう呟く。

…………え?
いま……なんて?

「出よう……もう、寝るぞ。明日、またゆっくりしよう」

美香の身体を抱きかかえて、脱衣所に出る。
身体を拭ってもらうと、黒澤がシャツパジャマを持って来た。

「これ、着ろよ。大分大きいかもしれないけどな」

水色の爽やかなストライプ模様の、パジャマの上下。
黒澤は、Tシャツとぴったりしたズボンのタイプのものを着ている。

「客用のだけど、これ使えよ」

と未使用の歯ブラシを渡される。
わざわざ客用の、と言うけれど…女のために用意してあったんじゃないかと
気持ちが騒ぐ。

「お客さんが泊まるなんてこと、あるの?」
「たまにな……大学の友達とかな。八巻も時々泊まるくらいか」

大学、というのにちょっと驚いた。
この人が大学生をやっていたなんて、想像がつかない。

「どんな学生だったの?」

「真面目だったよ。ごくごく真面目な。授業にもちゃんと出てたし、悪い
遊びもまったくやらなかった」
美香は疑いの目で彼を見ていた。

「疑ってるな?……ほんとだぞ。今の俺とは結びつかないか」

美香は素直にうなずいた。

「まあいいさ。昔のことだからな」

そう言う彼の表情に、一瞬暗い影が差したように見えたのは気のせいか。

美香は歯磨きを終えると、黒澤の寝ているベッドに入り込んだ。
美香が洗面所にいる間に、汗に濡れたシーツは取り替えられていた。
彼が、美香の乳房に触れてくる。

「や………」

その手を押しのけようとするが、耳元で優しく「触るだけだよ」と言われる。
お互いに抱きしめ合うような形になる。
暖かい広い胸、がっしりとした腕に包まれていると…さっきまでの怯えが
嘘のように安心する。
美香もいつしか眠気がさしていった……

どれくらい眠っていたのか……
部屋の中が、薄明るくなっているのがわかる。
美香は、まだ重い瞼をようやく開けてみた。
部屋の中に、薄日が差し込んでいるのが見える。
遮光カーテンをも突き通す、冬の朝の眩しい光。

ベッド近くの時計を見ると、もう朝の8時を過ぎていた。
まだ、黒澤は美香の隣で寝息を立てている。

この人は、鼾をかかない人なんだ、と美香は少し驚いた。
美香の兄も、父も…そしてつきあっていた恋人達も、程度の差こそ
あっても鼾をかくし、特に父と兄はひどい。

美香は眠っている彼の顔を見つめる。
まさか昨日は、ここでこんなことになるだなんて、夢にも思っていなかった。
……昨晩一夜が、長い夢の中での出来事のようにも思える。
優しく抱かれたあとでの、拘束され、言葉で嬲られながらの激しいセックス。
昨日は、あのまま抱かれ続けていたら、いくらなんでも気が狂って
しまいそうなほどの高ぶりを感じていた。
黒澤の激情と、それに応えてしまう自分自身の貪欲な性への欲求に
そら恐ろしくなるほど……。

美香はそっとベッドを下りると、大きなパジャマのズボンを脱ぐと
顔を洗って歯を磨く。
キッチンの方へ向かうと、静かに冷蔵庫の中身を見てみる。
案の定、生鮮食料品は少なかった。
生野菜の類も少なく、かわりに冷凍庫の中に冷凍野菜が多く入っている。
ここら辺は、美香も同様なものでもあった。
たぶん、ほとんど自炊をしていないと思われるいやに片づいた調理台。

あれだけの肉体を維持するのに、どうやって食事を摂っているのだろう。
やっぱり外食が多いのだろうか。
美香は自分自身ではあまり頻繁に食事は作らない。
せいぜい友達が遊びに来たり、泊まりにくる時くらいは作るけれど
それ以外の時には、自分の食べたいと思ったものを衝動的に作るくらいだった。
相手がいれば、やっぱり作ってあげたいと思うんだろうか。
押しつけがましいと、思われないだろうか。
でも……

美香は、恋人の部屋で朝を迎えたら、朝食を作ってあげて、それを目覚まし
代わりにして相手が起きる…そんな願望を持っていた。
今までの相手には、それはできなかった。
でも今、黒澤に対してそんな思いを抱いている。

思い切って、このまま作ってみることに決める。
冷凍のほうれん草とコーンを解凍させて、バターでさっと炒める。
卵を溶いて、オムレツもどきにしてみる。
手早くそれらを片づけていくと、部屋の中にも芳香が漂っていくのがわかる。

まもなく、彼が起きてくるのがわかった。
美香がキッチンにいるのを見て、驚いた様子を見せる。

「ああ…悪いな、そんなことまでしてくれたのか」

なんとなく照れたように頭を掻きながら言う。

「何もなかっただろう。時々しか自分では作らないからな」
「ごめんなさい…勝手に入るの、悪いなって思ってたんだけど。なんだか
したくなっちゃったの。…自炊、あまりしないの?」

美香もなんだか気恥ずかしくて、黒澤の顔を正面から見られない。

「自分ですごく食いたい、と思ったものしか作らないな。それ以外は外食って
ことが多い」

まるで、同棲を始めたばかりのカップルみたい。
なぜか美香はそう思うと、照れくささと嬉しさを感じてしまう。
黒澤が新聞を手にして、テレビのニュースを見る。
数紙の新聞を持っているのに美香は驚いた。

「いつも、そんなにたくさん読んでるんですか?」
「ああ。比較して読むと面白いんだ。新聞によってまったく事件の取り扱いや
論調が違ったりしてな。Aは大きく扱ったと思うと、Bは完全無視とか。
内容も批判的、好意的、中立と立場が違うと見方も違う。」

そういえば、学生時代に政治経済や現代社会の教師が似たようなことを
言っていたのを思い出した。
確かにそうかもしれない。







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