シチュエーション
![]() 「私は許したつもりだけど、体も調べないのはどういうことかしら」 許されているのはそれだけではないらしい。固定された彼の顔は、 どうしても服の間を目の当たりにしなければならない。合わせ目は彼が 手を差し入れたことで更に開いており、僅かに揺れる度に、白い膨らみが 見え隠れしている。その下へ差し入れているのは己の手であった。 恐らく、これ以上何かされたら、彼はまたあられもない声を発してしまうだろう。 しかしうなじを掴んでいる手は、そこから動かない。 すると微かに、うなじを掴まれる力が強まり、また元に戻った。 しかし彼の方は思わず、それに答えるように手が少し、動いた。指の節で、 背骨を撫で上げてしまったらしいのに、目を閉じた人は、今度は自分の方が顔を背けた。 肩が震えている。何かあったのかと、彼は背にあった手を返して、 手の平で肩を掴んだ。王はすぐに目を開けるとまた彼を覗き込んで、 「それで、続きはどうしたの」 言いながらうなじから手を離し、腕から脇腹、脚へと移り、腿で手を止めた。 肩にある手を思う。今更また甲に返すのも情けない。彼の指は大きく、 王の肩にあってもまだ余った。乱暴にならぬようそれで軽く引き寄せると、 王は抵抗もせず、彼の肩に己の頭を預けた。固い腿の上にある手と、 体に押しつけられている熱をもった存在はなるべく考えまいとしながら、 手を背に回した。 王の体は着やせする方なのだろう。服をつけているときは華奢だったが、 体の弾力は鍛えられた者の持つそれだった。それでも力を抜いているからか、 手の平に感じたのは彼の固い体とはまったく違っていて、しかもそこにある肌は、 やはり湿り気もないのに彼の手に密着してくる。手を動かすと、心地よく滑っていった。 同時にうなじに息をかけられながら、腿を指が伝わるのを感じた。 鎖こそあるものの左手で己の身を支え、歯を食いしばり、 どうにか背を掴んだりせぬよう、調べていく。 やはり、背に鍵はないように思えたが、それを確認することは 背の形を調べ尽くすことでもあった。王は肩に顔を伏せたまま、何も言わない。 ただ、彼の手の動きに合わせるようにして息を吐き、指を動かしている。 彼もそれに合わせるように息を吐く。背は柔らかでなだらかなばかりではなく、 二、三、明らかにそれと分かるほど肉が斜めに盛り上がっているところがあった。 幾度もその後を撫でると、首が揺れ、髪が彼の首や肩を撫でた。 しばらくすると下半身を覆っている服の布地に手が当たり、 背ではそれ以上調べるところはないと分かって安堵した。 しかしそこで手が止まってしまう。次は腕を見なければならないからだ。 王の服は腕にゆるやかな作りになっていたが、更に彼の腕を入れられるほどでもなく、 調べるならば脱がせるしかない。先ほどは必死に、服の間からちらつくものを 見まいとしたが、脱がせば見ることになってしまう。 彼が手を止めたままでいると、その意を自然と汲んだのか、王が手を止め、 上半身をまた起こした。彼の腕を取ると、手を無造作に引き抜いて、 服の襟に置く。少し引けば、ちぎれそうなまでに繊細な作りの襟を彼につまませる。 何か言葉を発するのは今日を削ぐことになるのは、彼もさすがに 分かってきたので口をつぐんでいたが、そうすると今度はどう、 指の中のものを引けばいいのか分からなくなる。 どうにか気力を出して少し、横に引いてみる。肩ならば目に入っても 大丈夫かと思ったが、灯りの中でさえ顔や手よりも白いそれを見ると、 かぼそい望みはあっさりと潰えた。それ以上ずらすと肩以外のものも見えてしまうだろう。 自分から、王の顔を見上げる。王が小さく頷いたのを見て、左手を支えに 身を起こした。見るのを恐れるなら見なければいい。目を閉じて肩口に唇をあてると、 腕の中に己の手を入れ、何もないのを確かめながらずらしていく。 彼の背に手が回り、強く支えられた。 何もないまま、腕から服が脱げたのを感じて、目を開ける。腕の肉は、 極端に盛り上がっていない代わりに無駄もない。目を開けたとき、 真っ先に見えたのは腕の内側で、知らず知らずの内に肩から口を離すと、 そこにも吸いついていた。彼の手の中で小さく動いた手首は固く、 やはりここも長い道を歩いてきた人のそれなのだと思った。 手が一度離れて、今度は彼の手首が固く掴まれた。 半分だけはだけた体に、彼の手の平では完全に隠れてしまいそうなほど 慎ましい膨らみが片方、晒されている。生々しいものを覚えながら 魅入られていると、王は彼の手を握った手の力を、きつくした。 そのまま自身の唇までゆっくりと運び、指先を一つ一つ吸う。彼がうめき、 手首にしびれが走るのを覚えるほどの力を入れてなお、その動作は優雅だった。 含んでいる指を唇から離し、 「もう半分もなさい」 と言って、爪と肉の間を細かく舌でくすぐっていく。 しびれを覚えているためか、覚えているにも関わらずか、彼の指は正確に 舌の動きを感じていた。しかし、今は命じられたことをしなければならない。 右手はこの有り様なので、口を少し開いて、顔をもう一方の襟に 近づけようとしたときである。もう一つの手が顎にかかり、親指が下唇を 撫でてきた。身じろぎすると指は離れ、今度は上唇を撫でられる。 手も口も封じられて、ただ、されるがままになっているしかない。 少し腫れた唇は過敏になっており、指にかけている息を押さえようとしても 余計に荒くなる結果になっていた。 王は指先の一つ一つをくわえていた。最後に中指の先を軽く噛んだ後、 払うように彼の手を離した。 手がしびれていた彼はとっさに何もできず、物のように王の肩へ落ちていくのを見る。 むき出しの肩から、その下の膨らみに滑り落ちかけたところで我に返って引いた。 しかし離す直前に、手の甲は自分が何に触れたのか、正確に彼に教えていた。 また反らそうとした顔を、唇にあてられた手が顎にかかって、向き直される。 服の上からでも凝視など思いも寄らなかった彼にとって、たとえ片方だけでも 晒された胸の先端が、目の前で震えている光景は、ある想像を抱いてしまう。 どうにか意識すまいと思っていても、できなかった。できずに息をかけている。 すると先端は、吐く息に呼応するように震えていた。 意識から反らせぬままに、解放された手に探索を再開させる。しかし右手では 王の体の左側を探るとなると、もう一度引き寄せなければならない。 強ばっている手を開いては閉じ、しびれを引かせてから、肩に指先をかけた。 しかし、引くことを告げる必要はなくなった。王は身を傾けると、彼の体に己の体を、 はだけている左側だけ隙間なく擦り寄せた。先程と違い、今度は間に布などない。 そして今度は、擦り寄せられていることで、彼の胸に押しつけられている 膨らみが動いていた。更に熱くなっていた膨らみの中に、固くなっていく 小さな先端があるのが分かる。そして、唇は執拗に弄ばれている。 考えまいとしながら、手を動かすしかなかった。体に挟まれていることも ないので脱がすことはできるだろう服は、しかし独りでに外れることもなく、 彼の指を待つように王の体から動かないでいる。鍵らしき物に触れることもなく、 何とか腕を伸ばしてずらしていく。まるで密着している側を きつく抱き寄せているかのようだった。 そして擦り寄せられた膨らみの先端が、彼のむき出しのままの胸の先を とらえると、止まった。 動いているのは彼の腕だけではなかった。体を密着させているからだろう、 それぞれの胸の鼓動がよく分かる。 「分かるでしょう」 どちらについて言ったものかは分からないが、彼は口に出して肯定して、 腕から服を離していった。やはり体勢から多少、先程より調べきれない。 調べなかった箇所に鍵がないのを祈りながら、最後まで袖をずらせた。 手の中に、完全に王から離れた服が残る。背にあてながらどうすべきか 悩んでいると、一度、大きく震えてから王が身を起こす。震えた際に、 胸の先を大きく擦られていったため、合わせて彼の体も震えだしたが、 どうにかおさまった。 背にあてた手はそのままに、後を追うように少し、身を起こした。 不思議と目の前の二つの先は、片方は固く尖っているのに、今晒された側は 柔らかく丸みを帯びている。また、想像が過ぎったが、 今度は目をそらすことができなかった。 口を弄んできた手が離れ、頭を引き寄せられたが、本当はそれより彼が顔を 近づけた方が早かったのは、自分でも分かっていた。 長い間晒されていた側に頬をあてると、これまでにないほど頭を優しく撫でられる。 「好きなの?これ」 返答に詰まると、小さな笑い声が降ってきた。 「男の人はみんな好きだ、という話は本当なのね」 体が熱くなったが、違和感を覚えた方がより強かった。しかし何が引っかかるのか 今は考えられない。心のどこかが後々まで覚えていることを自分に願いながら、 現状に目を向ける。 背や腕は柔らかい中にもはっきりと弾力に富んでいたが、頬が受けた 胸の質感はひどく頼りなく、指で触りでもしたら傷つけてしまいそうだった。 それでいて彼が顔を離すと、何事もなかったかのように元の曲線に戻る。 先端の側に唇で触れる。彼が唇をつけるというより、 唇が胸に擦られるような心地だった。指よりも遠慮ない擦られ方は、 その柔らかさのために指のときとはまた違った感覚が与えられたのを感じながら、離れる。 次いでもう片側にも頬をあて、やはり先端の側に唇をつけたが、 今度は短く吸いついた。胸だけでなく、手も震えているのを感じる。 目の前にある存在はこの上なく意識していたが、それ以上何かするのは はばかられて、顔を離した。 頬に手をあてられて見上げ、息を飲んだ。明らかに先程より王の目が潤んでいる。 そして、王にそう促したのは自分なのだ。 しかし目の前の人は、楽しそうに微笑んで、 「上手ね」 一言囁いてきただけで、彼の頬を更に熱くさせてしまった。 「残りを調べます」 自然と口早になりながら、胸の下へと視線を走らせる。身を横に傾げると、 彼の横に寄り添っている体の腰から下はやはり服に覆われており、 裾からは靴が覗いていた。 やはり、靴からの方がいいだろう。手を伸ばしたが、さすがに届かない。 左手の鎖も伸びきっている。 どうするか。まさか、腿から探すのか。 胸にした行為だけでも胸が痛いほどに高鳴っているのにと、 うめいた彼の手を握られると、前触れもなく微かにあった灯りが消え、 息苦しさに襲われた。 すぐに、何かを被らされたと気付いたので混乱には陥らなかったが、 自分の頭を覆っている、彼の細部にまで張りつくように柔らかくまとわりつく、 何ともいえぬ芳香を漂わせているものの正体に気付くと、 「陛下、これは」 と口走っていた。外そうとしたが、王が服を手で押さえつけているのだろう、 その思いは叶わない。 「しばらくはこのままでいなさい。みだりに見るようなお前とも思えないけれど、 これ以上肌を見せるのは恥ずかしいのよ」 耳元に語りかけられながら、口調は羞恥とはほど遠い。王が肌を見られる程度で 恥ずかしがるとは思えぬ逸話を、彼の頭を十余りも過ぎったが、 残りの調べる箇所を思うと、このままの方が良いと思えた。 全くの闇にいたことが今まで無かった訳ではない。幼い頃は寝込むことが 多かったからか、何の光も射さない中で目覚めることが多かった。近衛になる前は 内乱や戦で闇に乗じた進撃に参加したことも、逆に仕掛けられたこともある。 近衛になってからも賊を追いつめるために、闇夜の中を一人で後を追ったこともあった。 今は布越しではあるが灯りがあり、完全な闇とは正しくは言えない。 側にいる人も彼を殺そうとしていない。ただ、その人こそが、闇にまつわる これまでのどの事態よりも彼を戸惑わせている。 吐いている息が、そのまま自分に跳ね返ってくる。耳にはその息の音と、 布がこすれる音が絶え間なく続く。少し首を動かせば口と鼻に布が密着することは 避けられるが、それでもやはり軽い息苦しさは覚える。 王は立ち上がったようだった。耳と肌が、彼の右側、頭の真横へ移るのを感じ取る。 「分かる?お前の顔の右に立っているから」 真上から声がかけられる。ではやはり横にいるのだ、と思ってから、気付いた。 まるで目に見えているかのように鮮明に、王がどういう姿勢で彼を見ているか、 想像していた。闇の中の為、頭が自然とそうしているのだろう。 追い払おうとしても、頭を布に包まれる前のように目をそらしてみても、 幻は依然として消えない。 目が自由になったときは顔を少しの間だけ見るのがやっとだったというのに、 浮かび上がる像は彼に凝視を迫る。首から肩にかけての線や、 腰を覆う布の厚みなどを、出来るだけ見ないようにしていた筈が、 細部に渡って浮かび上がらせている自分に、随分と覚えていたものだと呆れた。 しかし腰から足にかけての線が浮かび上がったところで、強引に意識を、 顔の横にあるらしい靴へと向けた。 手を自分の顔の前までずらし、少しずつ床をはわせると、指先が固い物体に 行き当たった。手を軽く添えると、彼の熱くなっている指をなめした皮は 丸みをもって受け入れた。 手の平も使ってどう外せばいいのか調べる内に、ある事実に行き着いた。 王の靴は一見、夜会にふさわしい形をしていたが、その実、飾りに見せかけられた 金具で強固に留められており、しかもその金具はどう触っても、彼が兵として 履く靴でなじみのものだった。 服もそうだが、王の身につけているものはどれも奇妙な仕掛けが施してある。 理由は近衛である彼にはすぐに察せられたが、このようなものを作らせなければ ならないほど、窮地に陥りやすいのかと思うと、いたたまれず、また悲しい。 「どうしたの」 思いを馳せる内に手が止まってしまったらしい。王は屈み込んだのか、 今だ服を押さえたまま、彼の腕にもう一つの手を置いたが、強く握られず、 本当に手を置かれただけだった。ふと、彼が答えるまで、王はいつまでも 彼の腕に手を置いているのでは、と思った。 「いつから、このような靴を履かれているのですか」 頭の上で、王が「さすがに気付くか」と笑ったのが聞こえた。 「お前は何でも話してくれたことですし、国と私を護ってくれる者の問いに 答えないわけにはいかないでしょうね。そう、私が世に対して目を開き始めた頃、 この城では普通の靴を履いていてはいけないと思った時からよ。 今はお前のような近衛や、卿が身近にいてくれるから滅多にこれが役に立つことも なくなったけれど、今度は普通の靴が合わなくなってしまった」 王の言葉に合う時といえば、彼の聞き知った中では一つしかない。 近衛の中でも、長年任にあった人から聞いた話だが、戦もほぼ負けを知らず、 僅かずつだが財政が立て直されてきた今とは違い、昔は大きな声では言えないが 王庫の財は底を尽きかけており、近衛の数も今よりずっと少なかったという。 しかも今は近衛は王一人を守ればよいのだが、かつては王家は直系も傍系も 残らず城に滞っていた。そして不安定な政情が、誰が誰を殺しても不思議では ない状況を生みだしていたという。 王家の誰が生き残っても、その人物は恐れをもって人々に仰がれただろう。 その役割が、全てに終止符を打ったとされる一つの死の噂をつれて、 目の前の人に回ってきたというだけの話だ。 その、役割と噂を引き受けた人物は、腕にあった手を離し、手の甲で 軽く叩いてきたので、靴にあった手をそれに弾かれるようにして動かすと、 また、楽しそうに笑った。 金具の外し方は、本当に兵の靴のものと同じだったので、習い性が幸いしてか、 本来ならば両手でも苦労しただろうものも、片手で外すことが出来た。 全ての金具が外れたことを、手の平で靴を撫でることで確かめる。 踵に手をかけて動かすと、何かが引っかかる感触と共に、靴が脱げたようだった。 先程の引っかかりが気になりながらも、もう一方の靴も同様に金具を外し、 脱がせる。それから先に脱がせた足を求めて指をさまよわせるが、 どこへ行ったのか見つからない。途方に暮れたところへ、手の甲を何かが擦った。 つい、手首を返して掴んでしまった。王の足先は逃げるように左右に動いたが、 すぐに彼に掴まれるままになった。 足先は下履きに包まれており、布を被った状態でなおも手の平をくすぐる。 手の力を緩めると、より活発にくすぐってきた。手の平を押しつけたい気持ちを 堪えながら、足の形を確かめる。かかとから土踏まずにかけての線は丸く、 くぼみに指を伝わせながら、足首に移る。 少なからず、彼は手に力を入れまいと己に命じていたが、手の中にあるものを 思うと今にも指先が命令に背きそうだった。 これまでの彼が生きてきた中で、女性の何かしらの動作に対し、 精神と全く関係ないところで軽い動揺を覚えた、というような機会は少ない。 そもそも女性の体を服の上からでも見るということは、かなりの無礼にあたる。 無意識の内に、彼も出来る限り目の中に入れずに済むようにしてきた。 自分でも驚くほどの憧憬を持っていたらしい胸でも、それと意識して 見るようなことは決してなく、腰やうなじについても同様だった。 唯一の例外が、裾から足首が覗いたときだった。 勿論、見てきた足首は下履きに包まれていて、素足などではないが、 どの女性の持つそれも細く、まだ見たことのない、異性の身体への畏敬を 喚起させるには十分だった。仲間に無理に見せられた、男女の他愛ない 戯れを綴った話の中で、女が男を誘惑するときには必ず、裾をさばくことで 足首をちらつかせて見せる下りがあったのも、動揺の勢いを強めた。 そして今、足首はくびれて彼の手の中で存在していた。もっと握りしめたら どうなるのか、という想念を止めて手を回すと、場違いなまでの固いものが 指に触れた。 一度手を離してしまった。どこが尖っているか分からないので慎重に、 その物体があると思われる箇所をつつき、さすることで形状を調べる。 間違いはなかった。大きさといい、左手の枷の鍵になり得るほどの物である。 摘もうと触れると、固い金属ではなく、布の滑らかさが彼の指をとらえた。 叫びたい衝動に襲われた。先程から散々王が動かしている足に、鍵が普通、 何も無しで肌に密着したりはしない。鍵をそこに留めている下履きは、 ゆるみなく王の足を覆って、服の中へ消えている筈だった。 彼には選択肢が二つある。下履きを破るか、外すかだ。そして前者は考えられない。 布を被っていると、自分の息が荒くなるのがすぐに分かり、どうにかおさめては また荒くなるのを繰り返す。目を開けては閉じ、息を飲み込んでは吐き出す。 手の中の足は、彼が手の平で撫でると細かく動き、手の平を撫で返してくる。固い金属から少しずつ移動させていくと、また、足が動いた。 目を開けては閉じ、息を飲み込んでは吐き出す。指が足を押しすぎないよう 念じながら、ふくらはぎの上へと滑らせる。 盛り上がった箇所に辿り着き、そこで指を止めた。腕には既に服を まくり上げている感覚があり、指は布がまだ終わっていないことを告げている。 手の平に、膝の皿をあててみる。手の平と指で確かめた形は思いの外小さい。 指を進めると、それまでとはまた違った感触を指が受けた。ふくらはぎよりも 柔らかく、豊かになっている。それに指が回せそうだった足首と違い、手の平を 這い回らせそうな広さがある。そして指を動かすと、逃げるようになった。 服越しに頭に載っている手に力が入ってくる。それで彼はこれまで以上の遅さで 手の平を動かした。足の上に何があるのか、考えるだけで手を引いて帰してくれと ひれ伏す方が良いように思っていた。しかし王は許さないだろうことと、 本当のところは彼も手を引かないことは分かっていた。 手を上げていくと、上から何かがあてられた。服越しに、王が手を置いたようだった。 彼の手を、そのまま上げていく。服は更にまくられて、脚が露わになっている筈だ。 指が布とはあきらかに違うものに触れた。指を往復させてみると、滑るような感覚と 吸いつくような感覚との、明確な違いがある。少しずらすと、どうにか布が めくれたようだった。何とかつまみ、引こうとすると更に手が押さえつけられる。 無言の問答の後、 「陛下、あの」 と呼びかけると、頭上かしら「何かしら」と返ってくる。 「手が、手を、上げていただかないと」 「そうね。お前がもっと他のことを口にしたら上げましょう」 手を動かそうとすると、握りしめられて、もはや指一本動かせなくなっていた。 「私が今、望んでいることをお前に命じられたら手を上げます。一旦、手は 離しますけれど、鍵を取ろうとはしないように」 言葉が終わると、本当に、手を握られていたものが消え失せた。額に汗が 浮き出るのが分かったが、決して布を被っている為だけではない。王の存在が 絶対であることを己の身に叩き込んできた彼にとって、王に何かを命じるということは あり得ないことである。 「それだけはお許し下さい」 口にした時、王が身をずらしたのを感じたのは束の間のことだった。 「なら、命じやすくします」 何かが押しつけられてくる。体の中へ、正確には腹へめり込んできたものは、 身をよじるとよりめり込ませる結果となり、声をあげようにも声を発するところが 押さえつけられたかのようで、布をかけられて息苦しかった彼の胸は、息を詰まらせていく。 鎖が鳴っている。己でも知らぬ間に体がもがいているらしい。しかし全てが 遠くのこととなっている。どうにか頭が、腹の急所に王の拳が入っていることを 推測する。手を払えば、当然のことながらこの苦痛から解放されるだろう。 しかし声が出ない。 「・・・、・・・っ」 喉の奥から声を絞り出そうとしても、息を吐くのと何ら変わりなく、しかも 吐いた息の分までをも奪うように、拳は入ってくる。 布を被せられているので元から目の前は闇しかないが、恐らく布がなくても 同じだろう。押さえられているところは最悪でも気を失うだけだということは 分かっている。しかしそれは王が望んでいることでもないのもまた、分かる。 その気なら彼はとうに気を失っている。 もがく内に、痛みが、内部へ、より内部へと、拳のあるところから彼の体の すべてに行き渡っていく。何度か経験がある。この痛みが、あるところより 上になった時、意識が途切れるのだ。そうなることを選ぶのは楽だろう。 選んでも良い道ならば。 思考を巡らそうにももはや意識を奪おうとする力は強く、彼は後少しで その瞬間がくるのを感じた。 意識が閉ざされかけた、時だった。 呼吸が再開できたことに気付いた。腹の痛みもなく、彼は自分が布を 被っていることも忘れて大口を開けて息を吸い、布ごと吸い込んでむせた。 すぐに王の笑い声が降ってくると思われたが、それもない。思い返せば、彼の 意識は途切れていない。かといって、王の意図を理解して何かをした覚えもない。 そして右手に、宙をさまよっているのとは異なる感覚が伝わってくるのは 何故かと訝る。 頭を大きく降って衣を払いのけた先で、彼は、王が彼の右手を 見下ろしているのを見た。自身の右手を、熱くなっている頬に触れてくると、 微かに冷たい。 「上手よ、とても。きっと素養があるのね」 微笑みながら、右手を彼の右手に持ってきて、指を一本ずつ開かせてくれるまで、 彼は右手を開くことを思いつけぬほど、動揺していた。 三本目で、ようやく残りの二本を自分から動かすべきであることに気付き、 指を開くと、手の中にあったものは彼の手にあったところだけが赤黒く変色して、 動かないでいた。他の箇所が白い分、その変色はよりむごいものとなっている。 しかし王は気にする様子もなく、それを彼の手から引き上げると、変色した箇所に 唇を落とす。 「そんなに驚くものではないでしょう。骨もひび一つはいった様子はないから、 心配することでもない。ほら、こんなに熱くなった」 そう言って、もう一度、彼の右手の上に置く。王の左手は、手首の変化を 気にせぬかのように、指で彼の手の平をくすぐってきた。 「何か言いなさい」 何も言えなかった。変色した箇所を調べて、王の言葉が本当か確かめたかったが、 とてもそんな気になれない。彼はかけがえのない存在、彼にとっての指針、 何よりもう十分に傷ついている人を更に傷つけてしまったのだ。一番辛いのは、 彼にとって己の体をかきむしるに等しい行為が、王はどのように受け止めたのか、 まるで分からないことだった。 言葉では表せそうにない代わりに、手を取って、手の甲に額を押しつけた。 何度も指に口づける。昔、王の手を想像し、触れられればどんな心地が するのだろうと思っていた。その手に触れられたばかりか、自分から触れている。 もう一度、ため息と共に口づけ、その指を手に取って軽くつまむと、王は 何事か言って彼の髪に唇を落としたが、何と言ったのかは分からない。 王の指で、服をまくり上げる。指の下に王の爪がある。滑らかでいて、 しっかりと形作られていたそれを指先で感じながら、腿を探る。 最初の一すくいだけは自分の指ですることにした。重ねていた手の平をずらし 足の上に指を這わせ、布と肌との境を見つけ、指で布をめくった。王の指を、 めくった為に出来た隙間へ差し入れる。続いて、自分の手を布の中に入れて、 王の手に重ねる。 手の下にある王の手の感触を、その下の足の感触を思いながら、時間を かけてめくっていった。めくりながら、露わになった王の足を想像すまいとした。 手の甲が感じている絹の感触は固まりのようになっていき、やがて彼の指先に、 尖った物体があたった。行き着くと、布を掴み、引きながらかかとを外し、 すべて外す。絨毯に鍵が落ちて、弾んだ。 それを拾ったのは王だった。いつの間にか彼の左側に立っていた王は、 鎖のところで座り込み、鍵を差し込んだ。重い音と共に、錠が落ちる。 「赤い」 言葉が彼自身の手首を差しているのに気付いたとき、唇を押しあてられ、 軽く歯を立てられた。すぐに離れると手を引かれる。 床には絨毯が敷かれ、横になっていたとはいえ、やはり上半身だけでも 起き上がり、両腕が自由になるのは喜びがあった。王は下履きを片方脱いだ姿で 鎖を部屋の隅に放る。白いそれが、絨毯の色をすかして落ちていた。 目を向けていると、まだ広げたままの足の上に何かが乗った。あまりに軽やかに 乗った人へ、彼は頭の布を剥がすと、改めて肩からかけた。そして、自分から ためらいながらだが、腕を回して引き寄せる。両腕の中で王はおさまる。 細すぎない為、丁度良いぐらいだ。 「どうして」 顔を近づけ、目を覗き込んでくる。 「服を掛けてくれたの」 「見られたくないのではないのですか」 先刻の言葉をそのまま返すと、王は口元を上げた。 「好きなように触りなさい。触られたいから」 手を取られ、王の肩の上に置かれた。右手だけでその丸い肩に触れた時も 思ったが、鍛えられた体であるにも関わらず、その肩は柔らかく、小さい。 首筋の方へ両手を動かす。うなじに指が届くと、足の上の体が強張った。 指を動かして髪に手をあて、撫で下ろした。息を吐きながら目の前で晒されている 喉や唇を触れる程度に吸うと、身じろぎするのを押さえる。 王が彼の肩を掴む。服が揺れる度に、目の前に白い体が現れる。手を伸ばし、 両手で膨らみに手をのせる。少し、手を動かしてみると、髪にかかる息が 詰まったのが聞こえた。指先だけ力を入れてみると、入れたままに彼の指を 受け入れる。一度手を離し、その曲線を指でなぞる。そしてまた手に取る。 手の平に固い感触がしたので、そのまま軽く手の平を押しあて、転がすと、 肩にかかってくる指に力が込められていく。手の力を緩めるとすぐに元に戻る。 そして熱をもって、彼の手を受け入れた。彼の指は固かったので、指を 滑らせるだけで肌を傷つけはしないかと思ったが、それもないと気付いても、 下手に力を入れたくはなかった。僅かずつ力を入れて揉んでいく。 かかってきた息も揉むようにしていくと、指で揉んでいるというより、 胸で指をなぶられているようだった。王の体が揺れて、手の平におさまり切るには 少し小さいために自在に動く胸が指先をかすめる。やっととらえたかと思うと 又逃れ、擦られる。 離すと、震えだしたその先端が固く尖っているのを彼は見た。あまりに固く、 掠めた線がすべて、手の中に残っているかのようだった。顔をかがめる。 舌先に確かな固さを感じながら、唇に胸をふくませる。すると腕が絡まってきて、 固く抱き寄せられ、胸が口に入り込んでくる形になる。歯形がつくのではと 思うほどの強さに身を引こうとすると、今度は彼の方が動きを押さえられた。 自然としゃぶる形になる。何度も舌を這わせている内に、足りない思いで先端から、 なだらかな曲線の途中も口に含み、舌を這わせてはまた別のところに移り、 を繰り返した。 もう一度、先端を舐める。王の震えは跳ねるほどだった。 「気持ちいい・・・」 不意に耳に入った言葉に、彼の方からしがみつくようにきつく抱き寄せてしまい、 そのまま離すのも妙なので、うなじに吸いついてから離れる。顔を密かに 見ると、白い頬に赤みがさして、何かに耐えているかのようだった。それとも、 もどかしさを覚えているかのようなものかもしれない。 もっと触れたらどうなるのだろう、という欲求がわき上がるのを感じ、 それを腹の辺りを唇で覆い尽くすことで示し始める。特にくびれた脇腹の辺りを 覆うと、王はされるままになり、彼の肩に指を食い込ませる。下方へと移るにつれ、 自然と王はそれに合わせて立ち上がり、髪で体を擦ってくるのが分かる。 彼も手に服をまとわりつかせた。今更、意識して避けるのも情けないと、 腰の辺りと脚の辺りに腕を回す。 手の平でそっと服の上から撫でると、腰から脚にかけての柔らかな曲線に 手が受け止められた。顔は、布に包まれているとはいえ脚に埋めるように もたれかかって、ただ、手の平だけを動かす。弛みのない肉付きに手を 這わせながら息を吐きかけるようにして呼吸していると、脚が微かに動いては 止まるを繰り返す。顔を布がなぶっては引く。彼自身の手に合わせているのが 分かってくると、更に回数を増やしてしまう。 ふと、その手を止められた。手を一旦どかされて、王が身をかがめるのを 目にする。難なく膝も曲げずに、衣の裾をほんの少しつまみ、顔を上げ、 髪で半分隠れた目を彼に向けて言う。 「見たいかしら」 頷けば、例え時間をかけて焦らされた末のことだったとしても、恐らく寛容に 彼の願いを聞き入れてくれるのだろうことが、彼にも段々と分かっていた。 だから頷けないのだ、と口にしても、王の側からすれば理解できない、 少なくとも理解できるとは返せないだろうことも、だ。 「陛下が見せたくないと思われていないのならば」 口からこぼれた言葉にも目をあてるように、王の目が細くなる。 「お前の方こそ、見せたくないものを見せてくれているのに」 唇を軽く舐められる。 「私は見られるのが少し恥ずかしいだけ」 裾の端を手渡された。意味は分かっている。ためらったのは、あまりに多くの 種類の感情と思考が渦巻いたからだ。もう、戻れないだろう。だが、どこからならば 戻れたというのか。 戻る気などなく、この機をつけ込んでいるのではないか。 「陛下、私がこれから何をしようとしているかはお分かりになっているかと 思いますが、正直申しまして、良い結果をもたらすとは・・・」 言葉を詰まらせた彼に、王は答えた。 「いいのよ」 あくまで鋭さは消されていたが、それは否定を許さないものだった。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |