イワナ
-1-
シチュエーション


それは、一週間前のことだった。
イワナの父、マコト・タイラーがネット取引でその美しい物体を手に入れた。

「イワナ、見てごらーん!」

ふすまを開けて、イワナが出てきた。
混血三世のイワナは、顔が小さく理知的で肌つやが桃のような、健康な女性だった。
大学を卒業してから、研究者の父のマネージャーと、バイトで暮らしている。

「お父さん、また怪しいもの手に入れたの?」
「素晴らしいんだよ。ほんものの宇宙船から出てきたコインだよ。地球のMDとかメモリースティックみたいなものさ。出所も今度は大丈夫だ」

父の手のひらには、見るだけなら美しいルビー色の、500円玉くらいのコインの形のものが乗っていた。
父はしわの奥の目を輝かせて話していた。

「ロズウェル事件のころからの友人が、危ないけど確かなルートをさんざん使って手に入れたんだよ。でも胃潰瘍になって入院しなくてはならなくなったかから、昔からの友達のお父さんに、預けてくれたのさ」
「そう・・・。でも、放射能とか出ない?その辺の検査はお友達がやってくれたの?」
「いや・・・」

父は言葉を濁した。

「出てるらしい。でもいい。お前さえあたらなければ」
「もう!」

イワナは、これまで幾度となく聞かされてきたきわどい開き直りに、やれやれと呆れながらまたふすまの向こうへ戻った。

イワナはバイト先へ向かっていた。
あれから父の体調が見るからに悪くなっていった。
関係なければいいと思いつつも、一週間前のことをついつい思い出してしまう。

父は、ルビー色の物体に宇宙人、いわゆる未確認生命体の情報が入っているはずだと、あらゆる方法を試して、情報を取り出そうとしていた。
父の母校である大学の大学院に行き、研究室の機材を使わせて貰うこともあった。
日に日に食欲は減り、微熱があがることが増えた。

イワナのバイト先は、合気道空手教室である。
そこで師匠のアシスタントとして、10歳以下の子供たちのグループを教えていた。
父のように未確認飛行物体研究への興味は持てないが、イワナは合気道の目に見えない「気」の世界にはとても神秘を感じていた。

イワナはいつも子供たちに教えている。
格闘技技は己を鍛えるために身につけるもの。自信をつけ、自分の心のバランスを上手に保ち、傲慢にも卑屈にもならない自分を育てるために身につけるもの。どうしても技を使うときというのは、正義のため、弱者を守るためであるということ。
イワナの受け持つグループは人気があった。
親が働ているなどして、まだまだ大人が恋しい子供たちが、イワナに褒めてほしくて教室に通ってきていた。

教室の帰りは、天気予報が大はずれした、大荒れの天気だった。

地下鉄に乗ったイワナの、胸ポケットの携帯が震えた。

「!?」

イワナの脳裏に父の倒れた姿が浮かぶ。救急車が頭をよぎる。
急いで止まった駅に途中下車をすると、地下鉄ホームの柱に隠れて携帯を開く。
着信はやはり父からだった。胸が高鳴った。

「・・・お父さん!?」
「イワナ、すまんな。あのなあ、お父さんにあのルビーをくれたアメリカの友達が、そこの若いもんに聞かせたいっていうんだけど、お前、アニメCDのCDラック、どこだっけ」
「私の部屋に入っているの?」
「今朝掃除してただろ。部屋はきれいだから怒るなよ」

イワナは安堵のため息をついた。

「なんのCD」
「え・・えば、えばげりおん」
「あ・・アメリカの日本アニメオタクの子なのね」

イワナは安堵と呆れと疲れを抱えて家路についた。

イワナが大学のころはエヴァの話をよく父とした。
宇宙の中の地球、人類の成長力などの観点から、父はイワナの話に真面目に応えてきた。
周りの同級生が、父親に対して粗大ゴミとか臭い、バカ、ウザイ、しつこいなどのぐちをこぼしている歳頃にも、イワナと父はいいディベート仲間の関係も作っていった。
病弱で変わり者の母親が他界してから、ずっとそうしてきた。

「ただいま」

リビングに明かりがない。イワナは電灯のひもを引きながら、もう一度父を捜した。

「お父さん」

イワナは父の話を思い出してまず自分の部屋を開けた。
暗かった。父はいなかった。
もう一度リビングを振り返ったとき、リビングの電気が突然消えた。

「お、お、落ちたの?」

ブレーカーを見に玄関へ行くべきか、父を捜しに父の部屋を開けるのが先か、どちらも後回しにしたくない!
イワナはパニックになった。

「お父さん!」

その時父の部屋のふすまの間から、赤い光がもれてきた。
光は赤い帯になってリビングにまっすぐ差してきた。

「ああ・・あ・ああああーー!」

イワナの決心は早かった。
脇を締め両手を握り、丹田に気を溜める。意を決して父の部屋のふすまを開けた。

部屋が赤くなっていた。
濃い赤い光の中に、父親が仰向けになっていた。
ただの仰向けとは違い、その身体は宙に浮いていた。
イワナの脳裏に、葬儀の母親の最後の姿がよぎった。
父と一緒になったときの花嫁衣装を着て、人形のように美しく棺桶に眠る母に、「お父さんは私が守るからね」と言ったことを一瞬のうちに思い出した。

イワナは光の中へ突進した。父の身体をつかみ、力任せに部屋の外に向かって引きずり出そうとした。
でも動かない。
父の意識はあった。かすかにあった。
父はイワナに気づくと、黙ってエヴァのCDを渡してきた。
イワナがそれを受け取ると、途端に父の身体はするすると水平に動き出し、窓が開き、今度はまばゆいばかりの白い光の中に吸い込まれていった。

「お父さん!」

イワナの目の前で、窓が大きな音を立てて閉まった。
家の中を暗闇がおおっていた。

イワナは放心していた。
どのくらい経ったのか。
手の中のCDを見つめながら、今後のことを考えた。

宇宙人のアブダクションは、日本の警察に普通に110番して知らせても、真面目に相手にしてくれそうもない。
父の話では、ロズウェルの件で、昔宇宙人はケネディと契約をしたから、むやみに日本には来ない、大丈夫だよと言っていた。

だのに何故?
そのとき、手元のCDケースがカタカタ音を立てるのに気が付いた。
イワナはケースを開けた。
そこには、あのルビー色の美しいコインが入っていた。

イワナは考えた。
長い、長い、長い時間が経った。

イワナはピザの出前を頼んだ。
ピザが来る間にシャワーを浴び、全身をくまなく手入れした。
ルビー色のコインを、張りのある胸の間に、ガムテープで貼り付けた。
それからもう一度考え直して、ルビー色のコインを外し、ラップで二重に包んだ。
胸の間には、ほんものの500円玉に、オレンジのマジックで色を塗って、またガムテープで貼り付けた。
ルビー色のコインを取り返しにきた者を、捨て身でおちょくりたいという、地球人としての意地を見せるつもりであった。
ラップで二重に包んだコインを持って、再びイワナはしばらく考えこんだ。

そして、意を決するとコインを、女体の大切な通路に静かに沈めた。
放射能が出ていたら、自分は一生子供を産んではいけないかもしれなくなる・・・・。
イワナの口からうめき声が漏れた。
このコインのサイズは痛かった。

イワナは下着をつけ、自分が持っているスーツの中でも一番お気に入りのパンツスーツを着た。
ピザが来た。
イワナがここ一番にスタミナを着けたいときに食べる、ウナギやほうれん草の乗ったメニューであった。
次はいつ食事が出来るかわからない。
父がコインを持っていないことが分かったら、たぶん自分のところにも来るかもしれない。
そう思うと、喉がつまりそうだった。

でも、イワナは必死でピザをフルーツジュースと一緒に喉に流し込み、ビタミン剤も飲んだ。
ピザの空き箱と一緒に家の中のごみをまとめ、玄関に出し、父が帰ってきたらごみ置き場に運ぶだけにした。
自分の洗濯物は物干しから全て取り込んだ。
身体を動かしていると、コインを沈めた場所がぐりぐりして鈍く痛んだ。
たぶんもう病院へ行かないと取れないだろうという深さまで沈めたはずだ。
でも、だんだん降りてきている。

少し、落ち着いてあと何をすべきか考えよう。
リビングに座り、合気道の師匠に電話をかけ、来週は休むことを申し出た。
携帯を握りしめ、友達にしばらく用が出来たことをメールした。
携帯を握りしめる手が汗びっしょりになった。
そこで、携帯の充電が足りなくなったことに気が付いた。

充電器に向かってイワナは立ち上がった。
足が床から離れた。イワナは宙に浮いた。来た。やつらが来た。
イワナの意識は一瞬だけ真っ白になった、ように感じた。
実際にはどのくらい経ったのだろう。
イワナは、家とは違う場所に立っていた。
白い壁に六方を囲まれていた。

イワナが立っている床に、父親が横たわっていた。

「お父さん!」

父はかすかに目を開けた。意識がある。
イワナはしゃがんで父に笑いかけた後、再び丹田に気を溜めて、戦闘態勢を取った。
深い深呼吸をして、白い壁に向かって口を開いた。

「父を、家へ帰しなさい!」

返事があった。

「今、帰したら危険だよ」

聞いたことがない、くぐもった若い男の声だった。金属音が混じらないので、不快感は無い。

「何故?」

イワナは聞き返した。

「肝臓かどこかに重い癌がある。転移もどこにしていてもおかしくない」

イワナは息を飲んだ。
三年前の人間ドックでは、良性腫瘍だと言われたできものが見つかっただけなのに。
でも、サラリーマンではない父は、歳を取っても毎年は健康診断をしない。父にもやる気がない。
根っからの宇宙生命体オタクで、仕事をしながら死ぬなら本望なくらいなのだ。

「早く病院に・・・」
「ここで治していく?」

再び青年の声だけがした。

イワナは浅い呼吸と一緒に、思わず言った。

「お願い・・・!」
「じゃあ」
「何?早く条件を言って」

イワナは度胸を据えて言った。
壁から答えが来た。

「仲間と話し合った。君がここに残るか?」
「私?私の持ち物じゃなくて、私?」

壁は沈黙しながら答えを待っている。

「父の身体を治して、なおかつ家へ帰してくれるのね?」
「君がこのままここに残ればだ」

コインを駆け引きに使う道は絶たれた。イワナが考えていた最悪の展開になった。
でも父の身体が治る。

「わかりました。残ります」

父の瞳がゆっくりと開いた。しわがいっそう深く、赤黒さが増した、病気の顔。
イワナは再びしゃがんで話しかけた。

「お父さん、具合悪いの、治るよ」

父の口は開いている。でも言葉にならない。

「何も言わなくていいよ。お母さんが私でも、きっと同じことをしたよ」

微笑みを浮かべ、父の顔をなで、手を握った。壁が訪ねてきた。

「もういい?治療室を作るから3歩後ろへ下がって。中は見えるから」

父はイワナの手を離さなかった。イワナは不思議と涙が出なかった。永遠の別れかもしれないのに。

「ほらほら、入院無し、お金無しで病気が治るんだよ。お母さんの仏壇に手を合わせる人がいなくなったらダメだよ」

イワナは震える手に力を入れて、父の手をはずした。

父とイワナの間に透明な壁が出来、その向こうが集中治療室になった。
地球よりずっと進んだ科学を見せられた。身体を切ること無しにレーザーなどで治療が進んでいく。
漫画や映画で見た、空想上の光景がそのままに繰り広げられた。麻酔が素晴らしいのか、父はとても穏やかな顔をして眠っていた。
イワナは一部始終を、透明の壁に立って張り付いたり、座って眺めたりした。
腕時計はとっくの昔に止まっていた。治療室は当然無人だった。
この複雑な手術を遠隔操作でやっているということだった。
どうやら終わったらしい。壁から声がした。

「安静にする」

父はこんこんと眠り続けていた。
赤黒かった顔が、こころなしか少し白くなったように見える。
気が付くとイワナは透明の壁に添って身体を横たえ、眠っていた。
目覚めると壁は消え、驚くほど血色の良い父が隣に寝ていた。
イワナは感嘆のため息をもらした。しわは歳相応にあるが、肌が明らかに健康になっている。
脈を取った。心臓の鼓動を聞いた。口に指先を近づけ呼吸を確認した。
穏やかに眠っている。「素晴らしいわ・・・・」
思わずつぶやいた。

「お母さんにもこんな治療が欲しかった」

イワナは、壁の声に向かって、静かに駆け引きをこころみた。
地球外生命体への興味、病気の治療、全てが満たされた父との時間が一秒でも長くほしかった。

「捕虜にも完璧な仕事をしてくれたのね。優しいのね」
「仲間が、もう時間は十分だろうと言ってる」

イワナは彼らの立場になって考えた。自分が彼らで、地球におっことしたのが秘密物件で、地球人はまだ未熟で好奇心でわいわい騒ぎやすい。
それならとっとと返してくれ、と、こういう手段にでるのもいたしかたないことなのかもしれない。
でもなんで私が?
イワナは、アメリカの農家の牛が、出血もなく身体を切り取られている写真を思い出した。

「牛の次は、人間のサンプルが要るの?」

しばらくしてから返事があった。

「違う。自分たちは彼らとは違う。彼らは任務」

彼らとは、牛を切り取った連中のことを指している。ほかの宇宙人がなにをやっているかも知っているのだ。

「連れて行く」

父の身体は宙に浮いた。そして、立体画像が消えていくように、すうっと薄くなって、消えた。

「お父さん・・・・」

イワナは床にへたりこんだまま、目を閉じて宙をあおいだ。
してほしいことは全てして貰った。

「父は家に寝かせてくれましたか」
「間もなく目覚める。脳波を読んだ」
「ありがとう・・・・・後は、好きにしてください。でもお願い。苦痛だけは無くして」
「苦痛・・・・?無いよ」

イワナは正座をしていた。そのまま宙に浮き、丸で優しいナースか恋人にいたわられるように、四肢を伸ばして仰向けに横たえられた。
イワナの閉じた両目から、涙が一粒ずつ流れた。
その涙をぬぐう指を感じた。
目を開けても指の主はいなかった。

「姿を見せて。誰が私の側にいるのか分からないと、怖くてたまらない。あなたたちの捜し物がある場所は、私たちにとっては、命がけで守る、デリケートな場所なの」

イワナは冷静に、地球人の特徴を精一杯理性的に説明した。

「やむなく人目にさらすときも激しいプレッシャーを伴うから、あまりの恐怖の中で行われた場合、心の病気が残ることもあるのよ」

「姿、見せられない。でも明かりを消してもっと室温をあげる」

目を開いたイワナの視界が真っ暗になっていた。
そして、身体が丸で羽布団の中にいるように暖まってきた。
暗闇と思っていたのは目の錯覚だった。目が慣れてくると、イワナの周り360°に、宇宙空間があった。

「ここはもう宇宙なの?宇宙船は透明になれるの?」

イワナの今の立場を除けば、それは素晴らしい眺めだった。
地球の大気を通さずに見る、ありのままの星空。
昔、母と飾り付けをしたクリスマスツリーランプのように、色とりどりの星々が、光の大合唱をしているようだった。
イワナの服がゆるやかに取れていった。服に意志があるかのように、身体を一切動かさなくてもするりと抜けていき、イワナは現実に戻された。

「お願い!真っ暗にして!」

誰もみていないかもしれないが、野外であられもない姿をさらすような気がしてならなかった。
要望はすぐ聞き入れられた。

「プレッシャー?拒否・・・身体が無意識に拒否反応するということ」

壁の声は、イワナの状態を理解したらしい。
イワナはすでに一糸まとわぬ姿になっていた。四肢も細かく震えていた。

「・・・・深いね」

声が言った。やはり、胸にはりつけたダミー500円には目もくれず、イワナの身体のどこにコインを沈めてあるかがわかっていた。

「すぐ取れるから」

さして開いていない両脚の間に、管のようなものが入ってきたかと思うと、その奥に温かい液体を注入してきた。
イワナの口からため息がもれた。
管はコインをつかんだらしい。あっという間にコインは引っこ抜かれた。イワナは感覚を感じただけで、痛みはぜんぜん無かった。
でも、そこに注入された感覚が、後を引いている。
女体の通り道の柔らかい壁が、何かを訴えるようにひくつき始めた。ひざに力が入った。

イワナは2〜3度身体をよじって引きつらせた。そうしないではいられなかったのだ。
やがて、柔らかい壁を伝って、女体に注入された温かい液体が、身体の外にあふれ出た。

「あ・・・・んん・・・あ・・」

脚を閉じようとしていた。でも、身じろぎくらいなら出来ても、完全に体位を変えることはできなかった。
コインに巻かれたラップがはずされる音がした。
誰か側にいる気配は確実にある。
どんな宇宙人なのかしら。軟体動物みたいのかしら。昆虫みたいのかしら。父の収集している写真にあったような、手二本足二本の「グレイ」ってやつかしら・・・。

コインを取り出した口からは、溢れてきた液体が、肌に張り付いて溜まっていた。
ぬぐいたい。脚を閉じたい。イワナがそれを訴えようとしたとき、意に反して、イワナの脚は更に広く開かれた。

「あっ」

脚を持っている手がある。イワナは訴えた。

「少しだけ明るくして。あなたがどんな容貌でも構わない。後悔しないから」

脚を持っている二本の手の内、一本がはずれた。

「そして、何をしたいのか教えて!納得できないと頭が怒りや拒否でいっぱいになるのよ!」

イワナの家の電灯の、オレンジの常夜灯の半分くらいの明かりが静かについた。
イワナは自分の身体と、文字通り、声の主の手だけがうすらぼんやりと見えた。

「コレクション」

声は言った。

「宇宙の、生物の、いわば、性感の、コレクション」

イワナは息をのんだ。

「脳波情報、脳の活動情報の収集、面白い。仮想体験、できる」

声は続けた。

「この君が持っていた物質は、仮想体験の、システムの、開発情報を、いれた」

更に説明は続いた。

「自分の仲間が発明、開発したもの。自分はその試作品を使って、宇宙を回ってる」
「その赤い物質は、アメリカに降りたUFOから見つかったのよ」
「自分たちの宇宙船は、最近でもときどき降りたり、事故で不時着したりしている。アメリカの歴代大統領の側近たちとも、交代するたびに会っている」

「これを持っていた仲間は、死亡した」
「形見ってわけね」
「日本語ならそういうらしいね」

寂しい?と言おうとしたイワナの身体が、縦に傾いた。頭が30センチほど下に落ち、下半身がその分上を向いた。

「スキャンだけでは調べられないこともあるから、性器の形を知りたい」

脚が更に開かれた。

「ああ、あぁ、あぁ、いきなり、あぁ・・・」
「まだ心拍数が少し高いけど、もう落ち着いてきてると思う。生殖器官を、よく見ておかないと。脳情報の分析にも使う」
「あっ、見るなんて、あっ」
「筋肉の緊張状態は極力取るから」

室温が少しだけ上昇した。イワナの首から下にオイルのようなものが塗られている。
手ではない。いよいよ機械作業になってくるのか?

イワナの全身は、少し熱めのオイルの上からマッサージされ続けた。
四肢は相変わらず動かせない。

「あ・・あ・・もっと、身体を、自由にして。お願い・・・」

イワナの身体は、意志に反して、あちこちに小さな官能の火が点火してきた。

「力を抜いて、もっと抜いて」

声が指示をしてきた。彼の手は、500円玉を貼り付けていた胸の、左右のふくらみも一定のリズムで揉んでいた。
ふくらみの麓からすくい上げるように、ゆっくりと・・・。
開かれたままの脚は、快感で引きつり、止められなくなってきた。
イワナの性器の口も、あとからあとから体液を溢れさせ、ひくついてきた。
イワナの首筋が熱くなったのが、イワナにもわかった。
彼の手は、マッサージを繰り返しながら太股に移っていった。
イワナの息が荒くなった。理性が揺らぎ、このまま快感に身をゆだねてしまおうかと迷い始めた。

「何も考えるのやめて。快感と一つになりなさい」

イワナの口は、もはや顔も知らない彼の手が、刺激してくれるのをもう心待ちにしていた。
イワナは、心の中だけで降参した。お願い、触って・・・して・・・・・。

・・・・して・・・・して・・・・お願い・・・・。
・・・・して・・・・して・・・・。

「よし、いい子だね」

脳波が変化したのだろうか。彼の両手が、性器の口の唇にすべり移ってきた。

両陰唇が力強くリズミカルに押された。
イワナの全身の内臓が喜んでいるのが嫌でもわかった。
ここを触った男性は、二人目・・・・・。イワナは、意識を真っ白にすることを、再び自分に許した。
陰唇が左右に大きく開かれた。

「たくさん充血して張りつめてる。いい眺めだよ。いつまででも眺めていたい」

イワナは、心の中だけでこの変態!と毒づいた。
そして、口から彼の指と思われるものが入ってきた。イワナの全身が一回だけ細かく飛び跳ねた。
イワナの予想外のことが起こった。柔らかい壁をまさぐっている指は、人間よりも異常に長かったのだ。
それが軟体動物のような動きをしながら、うね、うね、うね、うね、とのたくり、奥へ進んでいく。

「んー、んー、ぁ・・・」

その奥は、イワナ自身も触れたことが無い場所であった。子宮口の入り口の空間を、隅々までくまなくなでまわす。
通路の中でぶどうのようにふくらんでいる壁をひとつひとつなで回し、ふくらみとふくらみの間もなで回す。
イワナは、穏やかな快感の中をたゆたっていた。
永遠のような長い時間が経った。

「ここ?」

彼の片手が、元気よくふくらんだ、口の上の芽をつまんだ。
片手はまだ通路の中で、うねり続けている。
イワナは悟った。知っているんだ・・・・イクって・・・・・当然か。収集家だもんね。
一旦止まっていたマッサージが、胸のふくらみに降りてきた。そして適度に力強く再開された。

「長くじらしたけど・・・いい子だったね」

乳房、芽、柔らかい壁、三カ所が休みなく揉まれ続けた。
イワナは高みへ昇るしか、すべがなかった・・・。

「ああ・・・ああ・・・ああ・・・ああ・・・」

イワナのあえぎ声もいつしかリズミカルに出ていた。

性器の奥が燃えるように熱くなった。
イワナはリズミカルに声をあげつづけた。
熱さがせりあがってきた。イワナの全身に、ついにけいれんが来た。
同時に四肢の拘束がゆるんだ。身体を弓なりに反らせても、脚をばたつかせても、自由になった。

終わった。すくなくとも、彼の言っていた検査は終わった。

「これからどうなるの?」

イワナは息が整ってから尋ねた。まだ身体は横たわったままだった。

「休んで。君が安心するバーチャル空間を見つけた」

まだ生かして貰えるのか・・・・。イワナは複雑な気持ちでため息をついた。
しばらくして気が付くと、イワナは和室にいた。四畳一間の、見覚えのあるアパートだった。
どこの部屋か思い出した。
大学時代、片思いしていたクラブの先輩の部屋であった。処女をあげてもいい、襲われてもいいと思ったほどの、片思いの人であった。

「今日は疲れているから休んで」
「今日はって!?」
「まだ探求の余地があるんだろう?まだ続くよ」

声は冷静に言い放った。

しばらく考え、イワナも覚悟が決まった。この変態を再教育して、地球人のラブあんどピースを教える。
知りたいっていうんだから、教えなきゃ。
窓を開けると、また満点の星空が見えた。

イワナは四畳の部屋で、混乱した頭を整理していた。
私の記憶を読んだのか?何故この先輩の部屋なのか?
エッチがしやすいとでも考えたのだろうか。
それとも、先輩を心で追いかけていたあの十代の季節に戻った気分にさせてくれて、先輩との恋愛の疑似体験でもしろって言いたいのか?
だとしたら笑止千万だわ♪と、イワナはくすりと笑いたくなった。
男の人は抱きたい人を夢想しながら、風俗でプロの女の子を抱けるものという。
人形でもいい、ゲームの女の子でもいい男の人もいっぱいいる。

あ・・・でも女の子でも一部の子はビジュアル系ミュージシャンに狂ったように入れ込む子もいるか・・・。
そういう子なら、好きなミュージシャンに「様」つけて、テーマパークとかイベントみたいの用意すれば来るのかな。
いわゆるゴシックロリータとか呼ばれてる子たちは、お城の姫のようなシチュエーションでも用意すれば、喜ぶのかな。

でも、私はノーマルなのに!
見誤ったな、変態っ!

ここまで考えて、イワナは、声と手しか出さない青年が、なんという名前なのかも知らないことに気づいた。

(明日、聞こう。教えてくれるまでコレクションデータ取らせてあげないって言おう)

そこまで思ってから、自分の性を駆け引きに使うなんて、なんて私はみだらになったんだろう、と少し落ち込んだ。

押入には京友禅明るい色合いの素晴らしい浴衣と、真新しい羽布団が入っていた。

「ああ素敵!この浴衣、地球へ帰るときに貰っていい?」

浴衣を羽織り、窓のガラスに自分の姿を写してイワナは大喜びした。
少し待ってみても、返事は無かった。

(私を家へ帰せるかどうかはまだ決まってないということね。自分の意志かしら。仲間の合意も要るのかしら)

そしてもう一つ苦情を言った。これは驚きによる独り言にも近かった。

「ノーパンで寝れって!?」

そんな健康法やったこともない。やろうと思ったこともない。
みじめさがこみ上げてきた。

浴衣を着て羽布団にくるまると、すぐ眠くなった。
眠りに落ちながらイワナは考え続けた。

(彼も眠るんだろうか)
(私のデータはどんな形になって残ったんだろうか。頼めば見せて貰えないんだろうか)
(でもこんなテータを見せて欲しいと思う私って、もうノーマルじゃないかも)
(ところで、なんでトイレ行きたくない?シャワー行きたくない?のどかわかない?)

腕時計が止まっていることから、もしかして身体の循環器官の「時間進行」が止まっているのだろうか?
でも全身の神経細胞と生殖器官にかかわるところだけは動く。今後もまだ使うという。
神経系統が疲労コンバイしたらどうやって栄養補給する?生理のなんたるかは彼は知ってるのか?
まだまだ心配事はつきない。
生理も睡眠・覚醒リズムもホルモンがつかさどっているはず。
長時間働かせる気なら、もっと栄養をとらせてくれないと話にならないんじゃないのかしら?

ここは、人間である自分の理解を超えた場所なのかもしれない・・・。

イワナは眠りの中で夢を見た。
物心ついたかつかないかの頃に聞いた、母の歌だった。

『しんじー、られないー、ことでしょーうけれど、うそじゃないのうそじゃないの〜・・・♪』

子守歌ではない。

『ちきゅうの、おとこに、あきたところよ!Ah!』

こんな歌を私は聴いていたんだ・・・。

母は病弱で変わり者の、お嬢様だった。
母が父のもとへお嫁入りしたあとも、家事ができない母の手伝いにきている人が居た。

(ノノギさん、ノノギのおばちゃん・・・・)

母の実家には数え切れない人数の従業員が居た。
ノノギは、従業員の一人の妻である。
なぜそんな身内のような深い手助けをしてくれたのかというと、イワナは大きくなってから知った。
家族ぐるみで忠誠を誓っていた従業員たちは、あるときは「身内」と表現された。
またあるときは「組員」とも表現されていたのだ。

空想が好きで、身体が弱い母は、複雑で超難解な家業についていけなかった。
危険で険悪な空気を読めず、誰にでも懐いていった。
ある者は天使のようだと褒め称え、またある者は陰で母の父親を哀れんだ。
昨日一緒にままごとをしてくれた従業員のおにいさんが、翌日には居なくなることもあった。
血まみれの死体になって、仲間にかつがれて帰宅することもあった。
ショックな場面は見なくて済むように、幼い母には厳重な配慮がされたが、この世界は展開が速い。
誰もが一人娘の母親を愛おしいと思う反面で、いつまでこの家に置いておけるのかという危惧も持っていた。
そんな母は、大学に入ってすぐに超常現象研究会に入った。

そこで、大学院生の父と出会った。
実際には父も浪人したり、生活費のために工場などで働いたりしてから大学に入った。
そのうえ留年もぎりぎり8年していたので、歳はかなり離れていた。
母は、天使や精霊や奇跡の話に興味を持っていたが、父はUFO一筋で、融通が利かない奥手な学生だった。
そんな接点がない二人なら、今の時代ならすれちがって終わりだが、接点は意外な展開の中で作られた。
安保反対の学生運動があったのだ。


「おはよう」

懐かしい夢を見てまどろんでいたイワナは、爽快な気分で起こされた。

「脳波を見てるとね、いいタイミングが見えてくるから」

イワナは笑顔で挨拶をかえした。

「おはよう」
「元気?」
「ええ。ノーパンにはまだ慣れないけど。あなたは?」
「眠い!」

イワナは気づいた。彼の会話が昨日よりもうち解けてフランクになってきている。

「勉強した。日本のカルチャー、コミュニケーションの歴史」

一晩で、何をどれだけ習得したのだろう。話し方からぎこちなさを確実に減らしていっている。
彼は想像以上の学習能力を持っているのだろう。このままおだてて自信をつけさせれば、姿を見せて名前を教えてくれるだろうか。

「ねえ、どんなこと勉強してたの?」

イワナは布団に横たわったまま、布団だけはだけて聞いた。
上品であでやかな京友禅の浴衣の、前あわせの間から、形のいい膝が顔を出している。
この私の姿態を見て、どんな表情をするのか知りたい。

彼の興味は何にあるの?
女の子の身体?それともバーチャル感覚体験で自分が美味しい思いができる、脳情報?
今までの宇宙旅行で知り合った女の子とは、どんなコミュニケーションを取ったの?

「ねえ、あなたのことを知りたいわ。一度、普通に向かい合って話をしない?」

イワナは、駆け引きに出てみた。みだらなこととは思うが、この際仕方が無い。

「話をするときね、話がでてくるところ・・・いわゆるスピーカーが無いと、どこに目や気持ちを向けて話していいのかわからない」

イワナは浴衣の前を合わせ直しながら頼んだ。

「何か、花瓶でも、ラジオでもいいから、あなたの声がでてくる場所を一カ所決めて欲しいの」

しばらく経った。彼はまだ壁から応えてきた。

「いいよ。自分の代わりになるものを一つ置く。その代わり、一つ、応えてほしいことがある」
「何?」

面倒くさい。ひと仕事を提供することになりそうである。取引が好きなのか、ビジネスライクな合理主義が、違う星では常識なのか。








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