館もん。3
-2-
シチュエーション


あーあ、そんな興奮しなさんなって。でも、仕方ないじゃん。

「だって、知らない奴と入籍するなんて死んでも嫌だもん。でも、誠司の事だっ
て好きな訳じゃないし…第一、持ち掛けたのは誠司なんだから…とりあえず」

なんとなく。なんとなくだけど、嘘付いたらバレるような気がした。それでな
くても、私は嘘がすぐバレるタイプだ。だから、浩司も巻き込む形で、イチかバ
チかで言ってみた。

「…あのさ、お前こんなんに本気なのか…?」

へなへなしながら、誠司に尋ねる。まぁ、そりゃそうだろうな。私だってまだ
疑ってるもん。

「ええ、こんなんがいいんです」

うわぁ、誠司もこんなん扱いだ。私は苦笑しながら全然似てない兄弟を見た。

ていうか、本当に誠司、こんなんでいいのか?

「…別に、今は千佐子さんの望まない婚約を破棄出来れば良かったんですよ」

じーーーーっと誠司をみつめる浩司に、言った。

「まぁ、こんな人を好きになってしまったのは、本当にもう仕方が無いんですけ
どね」

行きましょうか、と誠司は私を手招きする。

「…がんばれよー」

完全にやる気無さそーな声で、応援してくれた。誠司もやる気の無さそーなガ
ッツポーズで応えた。

浩司の部屋を出ると、誠司は少し足早に自分の部屋らしき所へ向かう。が、私
はまだ杖つきだ。頑張って歩いていると、厄介な奴がやって来た。

「お、千佐子様。脱走失敗して誠司坊ちゃんにブチ込まれちゃったんだって?痛
くなかったですかい?」
「だから、お前はどうしてそんなに―――」

―――あ。

ここで、私は何かが引っ掛かった。でも、何が引っ掛かったのか、わからない。

「?どうした?お前、そういえば杖も使ってるし…」
「…千佐子さん?」

誠司も、近寄って来る。なんだっけ、えっと、なんか、鈴原が、どうしたんだ?
鈴原…

「……悪い、お前、えと、下の名前、どっち?」

なんだか、支離滅裂な質問をしてしまう。

「は?どっちって…まず何と何で?とりあえず、俺の名前は葵ちゃんだけど」

―――葵?

そうだ。それだ。けど、なんで葵で引っ掛かったんだ?私は首を傾げる。

眼の前には、心配そうな表情の誠司と、鈴原。

「大丈夫ですか?やっぱり、無理をさせてしまいましたか?」

そう言うと、誠司は倒れそうな私を支えてくれる。

「なんだよ、お前具合悪いなら俺様に言っとけよ。ったく、信用ねぇなぁ」

鈴原も、今ばかりは冗談も言わずに怒ってくれる。大丈夫だよ。鈴原に気を付
ける事なんか、何も無い。

一瞬そう思って、またなんでそう思ってしまったのかわからず、またくらくら
して来る。あ、そうだ、どっちかって…

「2人共、『シンゴ』って名前に覚え、無い?」

唐突にそんな事を聞いて、2人共訝しげな顔をする。

「…SM○P?」
「…警察無線?」

完全に覚えは無いみたいだ。ていうか、その名前もどこから出て来たんだか。
頭がなんだかすっきりしない。

「まぁ、後で頭痛薬でももって来るわ。じゃ、俺は浩司坊ちゃんの所に行くから、
なんかあったら呼べよ」

そう言って、鈴原は行ってしまった。誠司は私の肩を抱いて。

「話があったんですけど…戻りますか?部屋に」

心配そうな顔をして、優しく言ってくれる。話?なんだろうか。私は首を横に
振って、誠司の部屋に付いて行った。

「…さっき、どうしたんですか?」

お茶を淹れながら、誠司は聞いて来た。

「わかんない…なんか、急に…なんでかな」

理由が、本当にわからないだけあって…ちょっとおっかなくなって来た。私、
電波系だったんだろうか。やっぱり、まだ現実逃避なんだろうか。

「…やだな、なんか怖いわ。」

昨日1人になった時みたいに、自分で自分の身体を抱き締める。寒気がする。
怖くて、俯いてしまう。馬鹿みたいに怖がってると、誠司が横に…それも、ほと
んどくっついてるくらいの位置に座って来た。
びっくりしたけど、それだけで、何かをして来るって訳じゃないんだけど…で
も、やっぱり隣に誰かいるっていうのは…ちょっと心強い。

「貴方は、1人じゃないんです。安心して下さい」

…私の頭の中、見透かしたみたいに言う。それが少し嬉しくて、ちょっと…ど
ころか大分恥ずかしくて、少しだけ離れてしまう。

「…意識してくれるという事は少しは進歩したという事ですかね」

誠司が、苦笑して言った。ぺち、と叩いてやった。あ、そうだそうだ。

「あのさ、話って、何」

照れ隠しと、本当に疑問だったので聞いてみる。誠司もちょっと忘れていたみ
たいであ、という顔をする。そして、小さな声で、言った。

「…こういう事、言いたくないんですけどね」

はあ、と溜息。どういう事?

「俄かには信じ難い話だと思います。出来れば、僕だって嘘だと笑い飛ばしたい
です。でも…笑わないと約束して下さい」

ま、回りくどい…私はこの時点でうんざりしながら、約束はした。

「…父さんは、貴方を姪ではなく女性として見ていると思います」

―――え?

え?え?父さんって事は…あの、叔父さん…だよね?え?あの人?あの人が、
私を…ですか?

「まぁ、信じ難いでしょうね。こういう事は」

うん、非常に信じ難いっす。馬鹿馬鹿しい話だ。けど、当の本人は大真面目。
なんだか否定するのがはばかられた。

「…気を悪くしないで下さいね。しかも、父さんは…貴方の母親を貴方に重ねて
見ているようなんです」

誠司は、心底同情するような表情になり、そして、頭を抱える。こんな誠司を
見てしまうとその考えを笑い飛ばす事が出来なくなってしまう。

「知っての通り、あの人は僕たちの本当の父親ではありません。でも、母さんや
貴方の―――理佐子叔母さんとは旧知の仲で、父さんはずっと、理佐子叔母さん
を好きだったらしいと、聞いた事があるんです」

…誰に?と聞こうとして、止めた。誠司の顔を見て、それは多分、誠司のお母
さんからだったんじゃないか、と思ったから。即ち、叔母さんも、お母さんを重
ねて見られていたんじゃないか、って。

俄かには、信じ難い。だって、あの叔父さんが。あの、一見脳天気でずっと笑
っている、あの人が。

「あの人は、僕や兄さんを本当の子供のように可愛がってくれましたし、尊敬出
来る人だと、理屈ではわかっています。けれど、あの人は、母さんを悲しませて
いた。そう思うと…」

はぁ、と深い溜息。

基本、こいつって頭がいい。結構気の付くタイプだと思う。だから、余計な事
も色々考えてしまうと思う。

でも、子供って案外親の事わかるらしいからな。私はわかんなかったけどさ。
見てしまったんじゃないかなー、と。もしかして、叔母さんが泣いてるのとか。
早い話が、夫婦仲良くなかった、みたいな。再婚の割に。

「もしかして、父さんは貴方に手を出すかもしれない。そう思っているんです。
まぁ、とりあえず牽制球は投げましたけど」

牽制…ああ、結婚云々か。

「手荒な真似はしないと思いますが、父さんには気を付けて欲しいんです。勿論、
僕が貴方を守ります。だから―――」
「うわっ…!?」

凄く、必死だった。ううん、必死っていうより、あの、恐がって…?いるのか
な。私を抱き締めるってより、縋り付く、みたいな。

…なんとなく、思い過ごしみたいなもんだと思うんだけどなぁ…だって、いく
らなんでも歳も大分違うし、誠司もちょっと過敏過ぎだと思う。けど。

「…千佐子…さん?」

誠司の事、抱き締め返す。まぁ、勘違いするなよ?これはどっちかというと…
家族としての気持ちの方が強いからな。

「ほれ、お姉ちゃんが付いてるから、大丈夫だよ」

誠司も、寂しいっていうか…1人が恐かった…ていうか、どう言えばいいんだ
ろう。寄り掛かれるものが、無かったんじゃないかな。

父親も母親も亡くして、継父と上手く行かないで、たった一人の兄は病弱で逆
に自分が守ろうとでも思っているんだろう。その上また私って荷物まで守ろうと
しやがって。私より、年下のくせに。

「…千佐子さん…」
「お姉ちゃんとお呼び」
「あ、それは断ります。ていうか、さらっと恋愛対象から外させないで下さい」

割と、ちゃっかりしてやがる。こちらとしては出来の悪い姉のつもりだけど。

「わかったよ、叔父さんには気を付けるから。だから安心しろ」

ぽふぽふと頭を撫で叩く。少し、不満そうな感じで頭を上げる。

「…ですから、弟扱いは困るんです」

むっ、と割と歳相応の表情をする。あ、可愛い。いいなぁ、年下。誠司から離
れると、置いてあったお茶(玄米)を取って、誠司に渡す。私も、一服。んまい。

「…好きです」

少し溜めて、誠司は言った。

「そ?なんか、改めて言われると照れるわ。私、そんな事言われるの、誠司が初
めてだから」
「もてそうにありませんしね」

…その通りなんだけど、すっげぇむかつく。この野郎、仮にも婚約者になんて
事言いやがる。

「そぉですよぉおおおだ。誠司さんはさぞかしおモテになったんでしょうね」
「ええ、モテますよ。この顔と外面の良さですからね」

い、言い切りやがった。うわああああああああああああ。私が口をぱくぱくさ
せながら誠司を見ると。

「ヤキモチですか?」
「ごめん、お前一回死んで?」

イイ性格してやがる。まぁ、でも、元気になったんなら…いいか。


「…しかし、この部屋落ち着くなぁ」

この館は洋風なのに、誠司の部屋は結構な和風テイストだ。惜しむらくは寝具
ベッドな所か。

「いたいなら、いつでも…いつまでもいていいんですよ」
「あらら、それはどうも」

こたつの上に突っ伏して軽く流す。

なんだか、うやむやの内に和んでしまっている自分がいる。

「少しでも、落ち着ける場所が増えて行くといいですね」
「…まぁね。家、ここだもんね」

色々、受け入れちゃったけどまぁ、3年もいりゃ住み慣れた我が家になるだろ。

「そうですね」

みかんの薄皮をきっちり剥く誠司。私はそのまま食べる。

「父さんも兄さんも、意外にここに来る事多いんですよ。日本人だからですかね」
「…来るんだ」

うわー、叔父さん浩司誠司の3人で団欒かいな。

「来ますよ。まぁ、楽しいといえば楽しいんですけど…2人共勝手に棚を開けた
り僕がいない間に入ってずっと寝てたり、日記とか見たりするのが…」

…あ、だから戸締り万全なんだ。ちょっとおかしいや。

「本当の家族になれますよ、その内」

誠司は笑って、そう言ってくれる。確かに、楽しいかもしれない。親1人子3
人。こたつを囲んで紅白とか…お母さんが死んじゃってから、あんまりそういう
事、してなかったからなぁ。

…誠司の話が全部本当なら、ちょっとイヤな関係の家族だけど。

いいのかもしれない。

「幸せに…なれるかな」
「なれますよ」

あったかい部屋。みかん一杯食べて、お腹もいい感じ。なんだか眠くなって来
た。

「…誠司、私、ちょっと眠たい」

こたつを布団代わりに、寝転がる。

「…そうですね、僕も、少し」

誠司も、同じように寝転がる。見えなくなった。けど、足が当たった。面白半
分に蹴ってやる。誠司が、やり返して来る。

「ふへっ」

つい、笑ってしまう。本当の姉弟みたいな遣り取りをして、寝ちゃおうか、と
いう事になった時、邪魔が入った。ノックをする音。誠司が返事をして、鍵を開
ける。訪問者は…鈴原だった。

「よう、持って来たぞ頭痛薬。後、朗報だ」
「…朗報?」

ずかずかやって来て、靴脱いで、堂々とこたつの中に入る。

「…おい」
「まぁ、聞いて下さいよ。俺なりに頑張ったんですから」

にこーーーー、と子供のような笑顔。みかんの皮を剥いて、3等分してから口
に放り込む。こいつも大雑把だな。

「なんですか?」
「ん?ああ、さっきのシンゴの件。なんとなく気になったから屋敷中の人間に聞
いてみたけど…一位がSMA○、二位が山城、三位が無線で次点で風見、実の祖
父。まぁ、普通に考えて俺等と同じ反応だわな。祖父って言ったのは最近就職し
たばっかの、酒屋の兄ちゃんだから一応除外な。でもって、その名前で過剰反応
したのが、2人いた」

なんか、色んな意味でありがとう。私はその2人が気になって、身を乗り出す。
鈴原は真剣な眼差しで。

「1人は、いとっち…あ、コックの伊藤千尋。もう1人は不二子ちゃんだ」

あらら、共通点無いなぁ。

が。

「2人共、聞いた途端に皿落として割ったり、いきなり殴ったりした」
「な―――!?」

誠司が、驚く。聞けば、2人共穏やかで、割合冷静な人間だそうで。確かに、
聞いただけでそうなるとは…怪しい。

「な?おかしいだろ、2人共聞くと同時に後ろから抱き付いてほっぺにちゅーし
たくらいで…」
『それだーーーーーーーーーーーーーー!!!』

真面目にアホな事を言い放つ鈴原に向かって、私も誠司も全力でみかんを投げ
る。ひとつは顔面クリティカルで眼鏡が吹っ飛んだ。

因みにそれをやったのはその2人だけで、反省して後全部は普通に聞いたそう
だ。最初からそうしたれや。気の毒な2人だ。

早々に鈴原を追い出し、なんだか体力を根こそぎ奪われたような気分になった。

間も無くしてごはんの時間になって、食堂へ行くと、今日は浩司しかいなかっ
た。子供3人の食卓だ。今日のメインはロールキャベツだ。しかし、ロールキャ
ベツをナイフとフォークで食うってのは、なんか微妙だ。私が作る時はかんぴょ
う巻いてたけど、伊藤のはベーコンで巻いてある。
…この家に住んでる限り、料理作る事ってもう無くなるのかな。


考えながらも完食し、おなか一杯になって部屋に―――自分の部屋に戻る。

途中、なんか憔悴しちゃった感じの叔父さんとすれ違った。気の無い挨拶され
ちゃって、なんだか、本当に…そうなんだろうかと思ってしまう。

部屋に入ると、なんとなく鍵を掛けてベッドに寝転がった。

「…うううう」

不意に、誠司の事が頭に浮かんだ。

…なんだかなぁ。よく考えれば、結構イケてる、外面のいい金持ちの次男坊に
告白されたんだよなぁ。

これがもし、全然私が普通の家の子だったら…駄目だ、想像もできん。

しかし、これって…酷い話なんだよな。誠司の方からとはいえ、利用してる事
に変わりはないんだし。

誠司を好きになれれば、万事解決なのに、どうして誠司を好きになれないんだ
ろうか?まぁ、日が浅いってのがあるだろうし。

一度会っただけの元婚約者と、紆余曲折あったものの現在は好きだと言ってく
れる従兄弟。頭で考えれば、絶対に好きになるのは誠司だと思う。けど、私自身、
子供作成に励む云々よりもキスどころか男の人と―――

「…あれは、違うよな…」

誠司と―――男の人と、抱き合った。後、お姫様抱っこされた。乳も見られた。
相手は全部…誠司。あ、鈴原に押し倒された事もあったっけ?まぁ、除外除外。

意識は、してる。そりゃするさ。でも、わからない。きっと、近い将来、好き
になると思う。誠司の事。きっと、私の事、大切にしてくれる。私も、大切にし
たい。

誠司は、背負い込むタイプだから。それで、さっきだって結構、怖がって、私
なんかに縋って来たし、私でいいなら、って思うし。

けど、今一生懸命探した『好き』の理由は、わざわざ恋人にならんでもいいん
じゃないかって事だ。それは恋人でなくたって、家族でも友達でもいい訳だ。

…私、どうしたいんだ?

起き上がり、とりあえず誠司の事だけを考える。

好き、だけど、好きじゃない。けど、多分近い将来好きになると思う。だって、
誠司と結婚する事になったんだから。だったら。

ベッドから下りて、杖をつく。ゆっくり歩いて、鍵を外して、戸を開く。

…最終的に、結婚するなら…じゃあ、もう少し恋人らしくすれば、少しはわか
るんじゃないだろうか。

なんとなく、そうすれば万事解決するような気がして、私は誠司の部屋へ向か
った。




「いらっしゃいませ」

いつでも来ていいみたいな事言ってたから、本当に来た。誠司はちょっと驚い
たような感じだったけど、嬉しそうにもしてたから、本当に好かれてるんだなー、
と思った。

「いらっしゃいました」

誠司は何か本を読んでいたみたいで、さっきのこたつの上にお茶と何冊かが置
いてあった。どうぞ、と誠司はさっき私が座った場所に座るよう言ったが、私は
入らなかった。誠司は気付かずに自分の場所に入り、すかさず私も誠司の横に座
ろうとした。

「…狭いですよ?」
「うるさいな」

戸惑いを隠し切れない顔と、声。

「この場所が良かったんですか?」
「誠司の側が良かったの」

自分でも、思わずぞっとするような事を言ってしまう。誠司も、相手が相手だ
けにすっげぇ不審人物見る眼になってるよ。

「熱…は無いですよね」
「お前動揺してる?」

額でなくて頭のてっぺんに手を当てて熱をはかる。

「…千佐子さん、どうしたんですか?さっきから、少しおかしいですよ。」

首を傾げる。さっきから…ってのは、シンゴ云々か。確かに、これは私もおか
しいとおもう。けど、本当にわかんないんだから仕方が無いんだよな。

「…そりゃおかしくもなる状況だとは思うけどな…まぁ、それはいいんだよ。そ
れより、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

やっぱり狭いし、近すぎるけど…まぁ、まぁまぁ。好きにならなきゃいけない
んだから、まずは理解だよなぁ。

「あのさ、お前が私を好きな理由が知りたいんだけど」

じっ、と誠司を見る。誠司はキョトン、とした顔になるけど、次第に赤くなっ
て来て、眼が泳ぎ始めた。

「…好き、だけじゃ駄目ですか…?」

誠司、頑張って視線は逸らさずに言う。すげぇ恥ずかしがってる。でも、疑問
なんだよ。誠司が私みたいなもんを好きだって言ってくれるの、どうも信用出来
ない。いや、信用出来ないってより…信じられない。真珠られない。

「駄目…だよ。だって、わからないから。私だよ?浩司だって、さっき…」
「兄さんの意見は、別にいいじゃないですか」
「浩司に言われたからじゃなくて、だから、ただ、私があの…私なんか」

結論を言えば、それなんだけどさ。

「…可愛いからですよ」
「うもごっ!?」

嘘だぁ、と言う前に口を塞がれる。今度こそ、嘘だ。あまりにも嘘臭い。

「いいですから、黙って大人しく聞いていて下さい」

せっかく説明してくれるんだから、と大人しくする。誠司は咳払いをして、真
面目な顔になる。

「最初は、失望…というより、何がこの人をここまで変えたのかって考えるばか
りでした」
「お前等だよ」

普通に言って頭をぐぐぐ、と下げられる。すげぇ重力in頭だけ。

「…悪い事をした、という自覚はありました。けれど、交渉した―――まぁ、父
さんから聞いた話だと、家で…その、あー、あまり、幸せではないと、思って…」

んー、まぁ、そういう心配はありがと。おっきなお世話だけど。まぁ、いくら
貧乏でも最近ちょっとすれ違いばっかでも、それでも、いてくれるだけで、私は
幸せだったんだけどさ。あっちからは疎まれてたんだし。まぁ、これは環境と考
えの違いだ。

「本当は、上手く説明出来れば良かったんですが、結局ああいう形にしかなれな
くて…本当に…すいませんとしか…」

まぁ、さらった後に事情言われても絶対信じなかっただろうし…まぁ、これも
すれ違っちゃったけど、私の為を思ってくれてたんだろうしなぁ。

私は、出来るだけ好意的に受け取ってる自分自身に少し驚いてしまう。ま、そ
れだけ自分を守りたいんだろうな、というのもわかるんだけど。

「いいよ、過ぎた事は。それより、脱線してない?」

そう指摘したけど、誠司は首を横に振る。

「昨日も言い掛けましたけど、やはり貴方が落ちた時ですかね。頭が真っ白にな
ってしまいましたよ。まあ、これは理由とは少し違うと思いますが」

まぁ…ね。アレは、正直見てた方も辛いだろうし。

「その後、貴方は身体にも心にも傷を負って、今まで溜めていたものが全て流出
してしまったような…言ってしまえば、凄く弱そうに見えてしまったんです。今
までは素手で熊でも倒せそうな勢いだっただけに」

言いたい事言ってくれるじゃねぇか。ちょっと不満そうな顔をしてやるが、動
じない。

「…でも、熊が倒せそうな時の方が、嘘だったんですよね?」


―――う。

ずびし、とストレートに指摘される。別に、故意にそう見せてた訳じゃないん
だけど。やっぱり、泣き過ぎたのが悪かったんだろうか。

「どちらかと言うと、貴方結構な寂しがりですよね」

…それは、どうなんだろう。自分の事、自分が全部わかっている訳じゃないか
ら。それに、どうして誠司はそんな事思うんだろう。外れてる訳じゃないけど。

「僕は、貴方が悲しそうにしているのを見たくないですし、出来る限り幸せにな
って貰いたいんです。そして、出来れば貴方を守り、幸せにするのが僕でありた
いんです。これが全てという訳ではないですが、大まかな『理由』です」

そう、誠司は言った。少し前までの、丁寧な割に気のちょっと短い坊ちゃん、
という印象は無くて、寧ろ、凄くかっこいい…

「―――可愛いですねぇ、千佐子さん」

ボーっとして、なんだか身体中が熱くなってる私を見て、笑う。いつまでも呆
けていたのが悪かったのか、誠司は眼を閉じて、ちゅ、と軽いキスをして来た。

「…馬鹿」

予想外過ぎて、そんな私が馬鹿みたいな言葉しか出ない。

どうしよう、嬉しい。誠司にかっちり口説かれて、嬉しがってる自分がいる。
やだな、簡単だ。私、すっげぇ騙されやすいタイプかもな。誠司が結婚詐欺だっ
たら、暫く立ち直れそうもない。

「馬鹿…誠司の馬鹿」

さっきから、発した言葉の6割くらい、馬鹿だ。馬鹿は私だよ。

「馬鹿にもなりますよ」

ぽそ、と何故か寂しそうに呟く誠司。なんだか不安そう。考えてみればそうか、
私は未だ何も返事してないし、ときめいてる訳だけど、まだわかんないから。生
殺しなんだよな…

はぁ、とお互い溜息をつく。

「ごめんね、もう少し、待ってくれる?でも、私、多分―――」
「嬉しい結果を待っていますよ」

もう一度、言葉を唇で遮られて、そう言われた。さっきので攻撃しなかったの
いい事に、ちょっと調子乗りやがったな。

「…テレビでも、見るか」

恥ずかしくて、ドキドキして、こたつの上にあったリモコンを取る。チャンネ
ルを変えるけど、見たいような番組は無い。

「なんか、面白いビデオとか、無い?」

「…そうですね、僕、金田一○介しかありませんけど」
「あ、見たい。誠司が見たいのでいいよ」

そう言うと、誠司はこたつから出て行く。ふと、リモコンがもうひとつあって、
それがDVDのものだと気付く。

「…へぇ」

貧乏だから、DVDなんてシロモノ、初めてだ。ちょっと適当にリモコンをい
じると…およ、なんか入りっぱなしだな。なんだろか?

「千佐子さん、珍しい方にします?月曜日の―――」
「……」

誠司も私も、固まった。

入れっぱなしのDVDの中身は『美人教師・由愛子の淫乱性教育―戦慄の生徒
17人レイプ・レイプ・レイプ―』だった。タイトル通り、これが浩司の言って
いた『女教師が教壇の上で生徒17人にレイプされるDVDのヤツ』か。

「ちょ、な、何を…」
「何って、あの、えと、え…」

固まっている間に、始まってしまった。私は妙にムチムチした綺麗な女の人(多
分これが由愛子だろう)が気になる。ううう、胸、でけぇ。

「ち、千佐子さん、あの、止めましょう」
「あ、あの、み、見ようか?」
「はぁ!?」

おいでおいで、とリモコン2つをこたつの中に隠し、誠司を座らせる。

エロビデオ、見た事無いし、誠司がどんな趣味かもわかるかもしれない。まぁ、

興味本位だ。誠司はしどろもどろしながらも、今度は私と違う場所に入る。

…唐突に、婚約者とのエロビデ鑑賞会が始まった。

『あ、あああ、イクぅ、イクのぉおっ!!』
「う、うわああ、あの、誠司、あの、入るの!?あの、お尻って、入れられるも
んなの!?」
「…僕に聞かないで下さい」

眼を逸らしながら、誠司はぼやく。

いやはや、すっげぇな、これ。本当に教壇上で生徒(って割には老けてる)に
レイプされてるよ。ていうか、これ既にレイプじゃない気もするけど。

口から手からもう全部使って一度に5、6人は相手してる。周り囲んでるのが、
なんかアホみたいに見える。

「…うわあああ」

開始、まだ15分。後何分あるんだろ…誠司は黙ったままだし、私もほとんど
うわああしか言っていない気がする。

結局、そのまま全部見てしまった。しかし、凄かった。最後には由愛子は身体
中白くなってた。しかし、おっぱいでかかったな。

「…誠司、こういうの好き、なの?」

私の問いに、やっぱり、誠司は答えない。私も、どうしていいかわからない。
どうしよう、どうすればいいんだ?迂闊に動けもしない。

「あの、あ、私、あの、帰る…った方が、いいよ、ね?」

私自身、後悔していた。こういうの、一緒に見るものじゃないって。後、私も
同じだ、許可無しに日記見るのと、一緒だ。馬鹿、本当に馬鹿だ。

「……」

無言で、誠司が私の腕を掴む。けど、私はおっかなくて、誠司の手を振り払っ
てしまった。誠司は、こたつから出ず、そのまま俯いてしまう。

どうしようもなくなって、私は逃げ出してしまった。

うわあああああああああああああああああああああああああ。

久々のお風呂の中で、私はそう言い続けていた。いや、心の中でなんだけどね。
ぬるめだから、傷にはあんまり染みない。が、今は胃とかの方がきりきり言って
いた。

なんで、こんな事になったんだろう。興味本位でなんかすると痛い目にあうっ
ていうのはよくある事なのに。

きっと、誠司怒ったな。寧ろ、また失望されたかもしれない。せっかく、好き
になってくれたのに。まぁ、こんなアホな女だってのに早めに気付いたのはいい
事かもしれないけど。

…しかし、金っていうのはある所にはあるもんだと、痛感した。

この風呂、私専用なんだもんな…結構広いし…自分の部屋に風呂とトイレがあ
るって、ここは旅館か、と最初は思った。風呂も、バスタブでなくてどう言えば
いいものか…床がへこんで、風呂があるっていう、本当に旅館みたいな風呂。

最初か…逃げ出すって息巻いて、誠司も浩司も嫌いで、ホントは、不安で怖く
て仕方が無かったけど…

こつこつ、とノックをされる。びっくりして『おゎいっ!?』と、返事なんだ
か叫びなんだかわからない声を上げる。

「え、な、だ、ふ、不二子ちゃん!?」
『僕です』
「僕さん!?」

いや、声でわかるけどさ。誠司だ。私は何故か手近にあったタオル(でかい)
を身体に巻いてから、改めて返事をする。

「…さっきは、すいません」

とりあえず、謝った。誠司はこの場にはいないけど、コメツキバッタのように
謝った。

『別に、貴方が謝る事じゃないでしょう』

緊張したような、声。どうしたんだろう。

「あ、謝る事、だよ。ごめん。ああいうの、反則だよ。ごめん。あの、あの…嫌
いに、なった?」

怖くて、聞いてしまった。

なんか、すげぇ間。うわあああ、怖い。怖すぎる。絶対、あの番組の解答者、
こんな気持ちだよ。

『…貴方こそ、僕の事、あの、軽蔑とか、してません?』

震えた声。なんと、質問を質問で返す司会者(?)。

「や、やだな、あの、誠司、聞いたの私だって。私、誠司を軽蔑なんてしない」

びしょっ、と真上に向けて水鉄砲を放つ。当然ながら、水は自分に降り掛かる。
やだな、いつの間に誠司に嫌われるのがこんなに怖くなってんだ?

まぁ、捨てられるって事の怖さは身に染みてるけどさ。

『そうですか。すいません、勝手にこんな所まで来て』
「え、ううん、いいよ、いいよ。よかったぁ」

うん、よかった、とりあえず最悪の事態じゃないみたいだ。誠司も、自分の方
が罪悪感、感じてたみたいだし、嫌われた訳じゃ、ないんだ。

「……」
『……』

会話が、途切れてしまった。よく考えれば、こんな所で長話もするようなもん
じゃないし、けど、でも、このまま別れるのも…うーん、どうしよう。

誠司も、もしかしてなにかあるのだろうか?

―――ふと、さっきまでの自分の事を思い出した。婚約者になったからって、
利用したからって、無理に誠司の事、好きになろうとしてた。けど、今はどうだ
ろう?いつの間にか、嫌われるのが怖くなってる。そういえば、さっきは何しに
誠司の所へ行ったんだっけ―――?―――あ。

お互い理解する、という事にうってつけの言葉があるじゃねぇか。どうせ乳も
半裸も見られた仲だ。日本語って最高だな。誰が考えたんだ『裸の付き合い』。

「…誠司」
『なんですか?』

誠司もどうすればいいのか迷っていたのか、先に声を掛けた私に嬉しそうに返
事をした。

「あのさ、一緒にお風呂、入らない?」

こんなん言ったら、怒られるだろうなぁと思いつつ、それで怒ってくれて出て
行けるならいいなぁ、という事も思ってしまう。来てくれるなら、それはそれで
誠司がそんなに私が好きか、と、嬉しくなってしまう。が。








SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ