OK
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シチュエーション


「あのさ、最近寺山のヤツ、サークルに来てないじゃん」

バイトの休憩時間に、先輩から電話が掛かってきた。
同じサークルであたしと同級生の男の姿を最近見ないから心配してるみたい。でも寺山君とはあんまり仲良くないし……ていうかほとんど話したことない。なんか目つ

き悪くておっかないし無愛想だし、友達の結花ちゃんから変な噂聞いてるしではっきり言って嫌いなタイプ。
ここんとこサークルに来てなくてホッとしてたぐらいなのに……、それがどうかしたのかな。

「ミュウのバイト先って梅の山の駅の近くだよな。アイツのこと見に行ってくれない?」

はぁ?なんであたしが!?
びっくりして声を出さないでいると、先輩が続けた。

「アイツのアパートも梅の山にあるんだよ。電話も繋がんないし死んでるかもしれないじゃん。心配だろ!?」

だったら自分で行けばいいのに……と思ったけど、あたしが反論するよりも早く、先輩は「じゃ、よろしく」と言って電話を切った。
……ほんっとーに嫌で嫌でしょうがないけど、進級できたのも先輩のお陰だし、そんな先輩の頼みをすっぽかせるほどずうずうしくなかった。
でも、見てすぐ帰ってくればいいんだもんね。うん。
……でもやっぱりできるなら行きたくない!

***

寺山君ちに向かう途中、結花ちゃんから言われたことを思い出して、さらに気分が重くなった。

『寺山ってさ、この前飲み会で全然飲めない子に、それ知ってて無理やり焼酎飲ませて、結局その子気分悪くなって倒れたらしいよ』
『アイツ、私が学校の階段から落ちたとき、近くに居たのに助けもしないで友達とケタケタ笑ってたんだよ』
『サークルの買出しに一緒に行こうって約束して、平気で私のこと2時間も待たせたんだよ。そんで、謝りもしないの』

……などなど。細かいけどどれも人間性を疑うものばかり。

あたしにとってもアイツはすっごい印象悪くて、それまで友達と楽しそうに話してたのに、あたしが来たら急に話をやめちゃったりとか、すれ違ったとき挨拶しようと

したら目をそらされたり。……多分嫌われてるんだよね。絶対、そうとしか思えない。
行ったところで絶対イヤな顔されるんだろうな、と思ったらちょっと意地悪したくなった。

あたしのバイト先は洋菓子屋なんだけど、見習い君が作った失敗作、売りには出せないから「持って帰っていいよ」っていつも言われてるんだ。

その中で、きょう寺山君ちに手土産としてもって行くことにしたのはエクレア。見た目はOKなんだけど、中身がすごーくすごーく甘いの。もう砂糖の味しかしないっ

てくらい甘い。お菓子が大好きなあたしでも、一口食べただけで「もういいや」って思っちゃった代物。(どうやって間違えたんだろう?)きっと寺山君なんてもともと

甘いもの好きじゃないだろうし、これは少し食べただけでも拷問に近いぞー、と少しわくわくしながら4つほど箱に詰めた。
……まぁ、食べないで捨てられる可能性のほうが高いんだろうけどさ。

『ピンポーン』

メールで教えられた住所にあった、古びたアパートの一室のチャイムを押す。
居なけりゃ居ないで会わなくて済むし、居たらあの嫌がらせができるぞーと思うとドキドキする。
しばらくしても何の反応もないので、もう一回押してみる。これで出なかったら帰ろうっと。

『ピンポーン』

すると、部屋の奥からゆっくりとした足音があって、それからドアが開いた。

「こ……、こんにちは」

久々にみた寺山君の顔は、あたしの記憶にあるよりもやつれているようだった。でも相変わらずでかくてガタイがいい。怒鳴られたりしたら絶対怖い。
及び腰になって一歩後ずさったあたしを見て、寺山君は宇宙人にでも会ったかのように驚いた表情をした。

「三浦……か?」
「う、うん」

自然と声が上擦る。あ、あたし相当びびってる。でも負けないんだから!

「あ、あのね、最近サークルこないから、畑山先輩が心配して、様子見て来いって言われて」
「あ、そーか……。すまん、ちょっと実家でゴタゴタしてて……。携帯もつながんないようなとこだからさ。……迷惑かけちまったな」
「そっか。でも元気そうで良かった。早く先輩に連絡してあげてね」
「……わかった。三浦もわざわざ来てもらって悪かったな。本当にごめん」

素直な言い方になんだか違和感がする。この人、こんな人だったっけ?

「あ、大丈夫、あたしバイト先がこの辺なんだ!ついでだから、つ・い・で!」

寺山君が俯く。あたしもつられて下を向くと、右手に持ってた紙袋が目に入った。

「あの、これ、お見舞い!バイト先でもらったから、良かったら食べて!」
「え、俺がこれ貰っていいのか?」
「うん、食べてみて!絶対おいしいから!」
「ありがとう三浦。……嬉しいよ」

差し出された袋を受け取ると、寺山君がくしゃっと笑った。

(ドキン……)

あ、あれ、あたしおかしい。なに今の「ドキン」って。違う、絶対そんなはずない!

「三浦、あのさ……」

『送っていくよ』とか言われそうな雰囲気だったので、あたしは大急ぎで大声をだした。ヤバイ、あたしこのままここにいたらきっと変なことになっちゃう。

「あー、もう遅いし帰んないと!それじゃ、また、学校でね!」

そう言うと振り返らずに駅の方へと早足で歩き出した。

(なんなの、あれ!)

見たことないような笑顔。「嬉しい」って言われてこっちのほうが嬉しかった。

(でも騙されちゃダメ、アイツは嫌なやつなんだから……)

そう言い聞かせても寺山君の顔を思い出すだけで心臓が早鐘を打つ。
ダメだダメだ……と心の中で何回もリピートしながら歩いていると、いつの間にか駅前に着いていた。
改札をくぐろうとして、ポケットの中に手をいれたとき、気がついた。

「ウソ……」

財布が、ない。定期もお財布の中に入ってるからこのままじゃ帰れない。

途端に頭の中がパニックになる。慌ててカバンの中も探したけど、やっぱりない。

「どうしよう……」

最後にお財布に触れたのっていつだっけ、と必死で思い出す。そうこうしてるうちに、最低最悪の可能性に気がついた。

寺山君にあげた、袋の中だ。


***

ものすごく気まずい思いで、もう一度寺山君の家のチャイムを押す。
今度は一回で寺山君が出てきた。

「三浦……、またどうしたんだ?」
「あのね、さっき渡したやつの中にお財布入ってなかった?」

息を切らしてそう伝えると、寺山君は呆れたように言った。

「なんだ、そんなことなら電話してくれれば確かめたのに」

だって番号知らなかったんだもん。
ちょっと待っててね、と言い残すと、みしみし音を立てながら部屋の奥の方に消えていった。
しばらくして帰ってくる。

「ごめん、やっぱ見当たらなかったんだけど……」
「ええっ、ウソ!」

思わずあたしは叫んだ。

「ちょっと、確かめてもいい?」
「え、確かめるって?」
「袋の中、あたしが直接みるから、ちょっと家に上げてもらってもいい?」

寺山君は困ったような顔をして考え込んだ。ごめん、疑ってるわけじゃなくって、もしかしたら見落としてるかもしれないでしょ?
涙目になって頼み込むと、とうとう寺山君も観念したみたい。

「……散らかってるけど、気にしないで」

大きな背中の後について部屋に上がりこむ。
簡素な台所を過ぎると、古い感じの和室に通された。

「あっ……!」

テーブルの横に紙袋が転がってる。
真っ先に拾い上げて覗き込むけど、あたしの期待はすぐに絶望に変わった。
紙袋の中身はすっからかん。何もなし。逆さにしたって何も出てこない。

「なんで……?」

泣きそうになりながらそう言ったあたしの隣に、いつのまにか寺山君が座ってた。

「三浦、落ち着いて。カバンの中もちゃんとよく探したか?」
「うん……」
「もう一度探してみて。それでもなかったらとりあえず警察いこう。帰りの交通費は俺が貸すから」

低い声でそういわれて、トートバックの中を取り出してテーブルの上に並べていく。
教科書、ペンケース、ポーチときて、お弁当入れを持ったとき気がついた。
なんか、いつもより重い。
もしかして……とおそるおそる中身をのぞきこむと、あったよ、モノグラムの財布!

「あぁ……、よかった!」

そういえば邪魔になるからって言ってこれの中にいれたんだっけ! もう、昼間のこともすっかり忘れてただなんて、あたし本当にバカだ。
でもあって本当によかった……けど、あたしはすぐには喜べなかった。

(寺山君怒ってないかなぁ……)

財布パクッたと疑われた上に、家にどすどす上がりこまれたんじゃ、あんまり……いや、全然いい気分はしないよね……。
恐る恐る横を伺うと、寺山君はもともとあんまり大きくない目を更に細くした。

「ホントにあってよかったな。俺も安心したよ」

あ、まただ。また心臓がへんな音した。今日のあたし、絶対へん。警察はいいけど病院いかないと。
慌てて目を逸らすと、エクレアの入ってた箱がテーブルに置いてあった。
ちらっと覗き込んで、あたしは「えっ!」とすっとんきょうな声を上げた。

「寺山君、これ、全部食べたの!?」
「ああ、うん。腹へってたし……、ちょうどよかったよ」

それはよかった……ってよくない!

「すっごい甘くなかった? 大丈夫? 胃とか気持ち悪くない?」
「言われてみれば甘かったかも知れないな。でもうまかった。ホントありがとな」

そう言って不器用に笑ったから、また胸がちくっとした。

「うまかった」ってそんなはずないのに……。やっぱり気を遣って言ってくれてるのかな。でももしかしたら味覚異常って線も捨て切れないし……。よくわからない。今まで避けて来たのが悔しい。
財布も見つかったし早く帰った方がいいのに、足が張り付いたみたいに動かない。寺山君のことをもっと知りたい。
寺山君の目を正面から見つめる。おっかない顔だけど、笑えば優しいんだ。

「どうした、三浦」

寺山君も帰れって言わない。だから居ていいんだ。もしかして言えないだけかもしれないけど。変なところで大胆なあたしは、そこにつけこむことにした。

「安心したらのど渇いちゃった。お茶一杯、もらっていい?」

***

あつあつの日本茶がテーブルに置かれる。ちびちびとすすりながら、あたしは切り出した。

「あのね、寺山君。聞きたいことがあるんだけど」

うん、と斜め向かいの寺山君が首を傾げる。

「なんで、学校こなかったの?」

そもそも寺山君がちゃんと来てればあたしもここは来なかったわけで……。これぐらい聞いてもいいよね、と思って振ったんだけど、途端に気まずそうに目を逸らされた。

「……言えないんだったら無理には聞かないけど」

ホントは気になる。でもここは我慢。

何秒か黙り込んでから、寺山君は口を開いた。

「……ばーちゃんが危篤で」
「えっ……」

思ってもいなかった打ち明け話に、あたしは言葉を失った。

「家族でかわりばんこで病院に行ったりしたけどやっぱりダメで……、昨日、初七日済ませて、こっちに帰ってきた」

何も返すことができずに黙り込んだあたしに、寺山君は苦笑いをしながら続けた。

「でもまぁ、もともと弱ってたし、覚悟はしてたからそんなにショックじゃなかったかな」



ダメだ。
ダメだダメだ。
もう、胸がつぶれそうに痛いもん。
この人、絶対にいい人だ。なんであたしあんな意地悪なんかしちゃったんだろう。

ホントはすごいショックだったはず。だってあたし、見ちゃったんだもん。

棚の上の写真立て、二つ並べてあるのの片方は去年行ったサークル旅行の写真であたしも写ってるの、もう片方はちょっと幼い感じの寺山君がのどかな風景のなかでおばあちゃんと一緒に仲よさそうに笑いながら佇んでるの。

そんな大好きだったおばあちゃんが亡くなって、こんながらんとした何もない部屋に帰ってきて、いい加減なあたしでもわかるくらい頬がこけて……

「てらやまぁ……」

気がつくとあたしは、膝立ちになって寺山君の頭を胸にぎゅっと抱きしめていた。

「……三浦、あのー……」

あたしの腕の中で硬直してしまった寺山君が尋ねてきた。普段感情をあまり表に出さない彼が珍しいくらいに動揺してる、そんな声。

「も、もうちょっとだから、じっとしてて」

言いながら寺山君の短い髪を梳いた。指にあたる硬い感触が、くせになりそうなほど気持ちいい。

「うっ」と返す言葉を詰まらせた寺山君は、素直にあたしの言葉通りおとなしくなった。

寺山君の肩が呼吸をするたびに上下してる。胸の間に感じる体温が、熱い。

「……でも、一つ質問していいか?」
「なに?」
「一体……、何やってるんだ?」

あたしは少し体を離して、寺山君の顔をこちらに上げさせた。熊みたいな印象のくせに、近くで見ると意外にいい顔な気がしてドキドキする。

「寺山君が早く元気になりますようにっておまじない」

くだらないし本当に効くかもわからない。でも寺山君は絶対バカにしたりしない。あたしにはわかる。
ちょこっと笑いながらそう言うと、寺山君は短くため息をついてから、またその頭をあたしに預けてきた。今度は腕をあたしの背中に回しながら。

「…ごめん。お前、優しいな」

『優しい』という言葉に胸が痛んだ。それはあたしじゃない、あなたの方だ。
ヤバい……。あたし、なんだかいろいろこらえきれなくなりそう。たすけて、神様。

抱き合う格好をしながら、後ろにあった大きなクッションを引き寄せて、そこに背中から倒れこんだ。
寺山君の上半身がダイレクトに圧し掛かってくる。さっきよりもお互いがくっついている感じがして、心臓が全力疾走のあとみたいに大きな音を立てはじめた。

はぁ……はぁ……と細かく息を切らしているあたしに、寺山君も気づいたよう。すこし顔を上げて心配そうな声で聞いてきた。

「どうした? どっか辛い?」
「ううん……。ただちょっとドキドキしてるの」

ホントはちょっとじゃなくて、すごく。心臓のとこにいる寺山君には聞こえてるんじゃないかな。
わからない?と聞くと、寺山君は顔を横に傾けて、あたしの左のほうの胸に耳をつけるような素振りをした。

「胸が大きくてわからないよ」
「えっ、そう? 普通じゃないかな?」

確かに小さい方じゃないけど……、巨乳よばわりされたことは一度もないよ!?
寺山君はまた胸の間に顔を埋めると、左右にイヤイヤをするように首を振った。

「普通ってよくわからないけど……、俺はこのくらいが好き」

……だからヤバいって。なにその「好き」って。しかもさっきの仕草も可愛いすぎだったんですけど。ちくしょう、寺山のくせしてあたしを萌え殺す気か。
それならこうしてやれ!と寺山君の頭をぎゅーっと胸に押し付けた。

「くるしい……、息できない……!」

最後の方は結構本気でもがいているようだったので、ぱっと手を離す。
息をととのえると、寺山君が言った。

「今ちょっとばーちゃんの姿が見えた」

あはは、天国からのお迎えか。早いぞ、寺山。
あたしがヘラヘラ笑っていると、それを見て寺山君も笑った。苦笑いでも愛想笑いでもない笑顔に、心臓じゃないもっと下の……おヘソの下らへんがきゅっとなる感じがした。
それと同時に、あたしのおっぱいが好きなら、顔を埋めてるだけじゃなくてもっと……例えば手で感触を確かめたくなったりしないのかな、と心のどこかで思った。ていうか、実はあたし自身がそれを望んでいるんだってことに気がつくのに0.1秒もかからなかった。

(どうしよう……)

『相手はあの寺山だぞー。気をしっかり持てー』という声と『何て言ったらムニムニしてくれるかなー』という声が頭の中で戦う。今のところ、後者の方が優勢。ああ、あたし、もしかして欲求不満なのかなぁ……。

そうこうしてるうちに、背中にあった寺山君の手がゆっくり引き抜かれていった。やだ、もう終わりかな。
『帰れ』という言葉を覚悟して息を止めるけど、寺山君の体はいつまでたってもあたしの上からどかない。

そのかわり、右の肋から脇の下にかけてを左手でゆっくりと撫でられた。まるであたしの反応を伺ってるみたい。

……わかる、君が何をしたいのかわかるぞ、あたしには。
手が脇の下に来たとき、その手を少し中央にずらして、寺山君の手のひら全体があたしの胸の上に乗っかった。別に嫌じゃなかったから何も言わない。あたしは息を潜めて次に起こることを期待した。

寺山君の大きな手がおずおずと動きはじめる。その手の動きが拙くて、あまりの愛おしさに動くたび全身がビリビリした。なんで? あたし、自分で自分がわからない。

最初は胸全体を柔かくほぐすように、次は根元からこねるように揉まれた。やわやわとした優しい刺激に、頭の中がだんだんボーっとなる。
時々ぎゅっと強い力で握られる。その波がいつくるか読めないから、その度にあたしは体がびくっと反応してしまう。

「ごめん、やっぱ痛い?」

何回目かに握られたときに聞かれた。体を捩ってるから、嫌がってるように見えたみたい。

「ううん、なんでもない……」

そう言うと寺山君は体の向きを変えて、今度はあたしの左の胸に右手を乗せた。大きく円を描くように手のひらを動かされると、心の中までぐちゃぐちゃにかき乱されるみたい。体中が一緒に動いてる、そんな感じ。

「んっ……」

思わず漏れたえっちな声に、自分でもびっくり。まだ服の上から……なのに、こんなことってあるんだね。

それにこっちの方が利き手だからか、寺山君の動きも細かい気がする。脇の方から細かい振動を加えられたり、下の方から持ち上げられていきなり手を離されたり。さっきの右への攻撃(?)に比べて、なんか動きがいたずらっぽくてくすぐったい。

しばらくそうやってされるがままになってたけど、あたしは気づいてしまった。

まだ寺山君が、だいぶ遠慮してることを。

「あ、そうだ。帰りの時間って……」

ふと寺山君が呟いた。
寺山君はきっと次のステップに進もうかどうかで迷ってる。きっとこれにあたしが「もうそろそろ帰ろうかな」って言えばここで終わりなんだ。でも……

「え、今何時だっけ」

あたしはちらっと腕時計をみるふりをした。フリだけでホントは見てない。

「うん、まだ平気。だから……」

ごくっと唾を飲む音が聞こえてきた。あたしの左の胸に置きっぱなしだった寺山君の右手が、ふっと離れた。

「もっと……」

熱にでも浮かされたみたいに声が途切れた。それを聞いた寺山君は、あやまたずに指先であたしの胸の頂上を弾いた。

「あッ!」

さっきまで寺山君が決して触ってこなかったあたしの敏感なとこ。そこは初めての刺激を受けるずっと前から育ってたみたい。
カリカリと爪の先で引っかかれた。ブラの内側とそこが擦れて、痛いくらいの快感が走った。

「ああっ……、て、てらやまくん……っ!」
「うん?」

泣きそうな声でそう言ったから、寺山君は手を止めてしまった。そうじゃなくて……

「あの……、もっと……」

もっと触って、もっと感じさせてほしいの、寺山君に。

***

チッ…チッ…という時計の針が刻む音以外は、微かな衣擦れの音と、たまにあたしの口から漏れ出るいやらしい吐息しか聞こえない。

寺山君の体は相変わらずあたしの上にあって、手は心臓の近くの膨らみの柔らかさを確かめ続けてる。ふにふにと弄るように、たまに力を込めて。

触られるのが気持ちよくてつい抵抗もせずにこんな状況になってしまったけど……、あたしは一体どうしたいんだろう、とふわふわした頼りない頭で考えた。
寺山君とその、え……っちしたいのかな、とか、それともこのまま服は脱がないで終わりにしたいのかな、とか。でもやっぱりこのまま終わりじゃちょっと物足りないな、と感じてる自分に気づいてそれに少し引いた。

(あたし、こんなにHだったっけ……?)

今までの彼氏に求められたときは、特にイヤじゃなかったから拒んだりもしなかったけど、でも別に自分の方からすすんでやりたいとか、それっぽいことをしたいとは一度も思わなかった。

それなのにこんな……彼氏でもない人とどうして……と戸惑っていると鎖骨の下にある頭がゆっくりと動いた。

「みう……、あのさ」

ぼーっとして返事をしないでいると、胸のてっぺんを押しつぶされるようにつつかれて、あたしは「んっ!」と声を上げた。

「な、なに?」

慌てて下を向くと、顔を上げていた寺山君と目が合う。

「俺も、他のみんなみたいに『ミュウ』って呼んでいい?」

あたしの下の名前は「優乃」で「みうら・ゆうの」で略して「ミュウ」。響きがかわいくて自分でもお気に入りのあだ名。でもあだ名なんてみんな勝手に呼んでるし、わざわざそんな風に断んなくてもいいのに……。

「もちろん」と頷くと、寺山君は照笑いをして、あたしの体をぎゅっと抱きしめた。

「ミュウ……、ミュウ」

寺山君の深く沈みこむような声でそう囁かれると、頭の中が溶けてしまいそう。あたしは残り少ない理性を必死でかき集めた。
茶化すように笑って「なーに?」なんて頭を撫でながら尋ねると、寺山君はその鼻の先をあたしの胸にこするみたいにして押し付けた。

「ミュウってなんだかいい匂いする」

なんでもないようでいてドキッとする発言。恥ずかしさもあって、あたしは寺山君の髪をわしわしと逆立てて答えた。

「うーん、ケーキ屋さんでバイトしてるからかな?」

多分言いたいのはそういうことじゃないんだろうけど……。トンチンカンなことを言ったあたしに、寺山君はフッと優しく笑った。

「なんか、うまそうだな」

何でもない風にそう言う。朴念仁のくせに意味深なこと言っちゃって……。そう思うとあたしの中でイケナイ気持ちがむくむくと頭をもたげて、口からついこんな言葉を発してしまった。

「……味見してみる?」

とたんに寺山君がオドロキの表情をしてこちらを見上げる。信じられない、ありえないことを聞いた、そんな目つき。

「あ……」

あ、あたし何変なこと言ってるんだろう!?

「ごめん、なんでもない!」

慌てて否定するけどもう遅い。顔に全身の血がカーッとあつまるのが分った。

バカバカバカ!! 寺山君超引いてる!! やっぱりそんなつもりで言ったんじゃなかったんだ!! 一人でその気になって恥ずかしい!!

もう寺山君の顔見らんないよ……と目の前を手で隠したとき、その手首をそっと握られて、耳元で低く囁かれた。

「うん、する。させて」
「え……」

(なにを……?)

恐る恐る手を外して声のほうを向くと、あたしと同じくらい真っ赤なんだろうなって顔がそこにあって……

「俺も舐めたい。ミュウの味」

あたしはさらに、耳まで熱くなるのがわかった。

すこし居住まいを正して座る。シャツのボタンに手を掛けたら「俺がやる」と寺山君に止められてしまった。
不器用な手つきで黙々とボタンを外していく。その手がたまに肌に触れるだけでも全身が波立つのに、これからちゃんと触られたりしたらどうなってしまうのか、自分で自分がちょっと怖い。
下まで外し終わるとシャツを引き抜かれた。すぐにキャミソールの下に手を入れられ、背中にあるブラのホックを外される。

そのままブラごとキャミをたくし上げられそうになったので、「ちょ、ちょっと待って」と止めた。

「なに?」

納得できないみたいに寺山君が言った。

「あ、あのね、ちょっとおなかが出てるから、見られるのが恥ずかしいの」

そう言ってあたしはキャミとブラの肩ひもを右側だけ抜いた。ますます意味が分らない、といった感じで寺山君が顔をしかめる。
まぁ、そうだよね。だってあたしやせてる方だし。もちろんウソ。

「それならそれでいいよ」

言いながら抱きすくめられた。そのままゆっくりと、また後ろの方に押し倒される。
体をクッションに預けきると、少し体を離して、寺山君が左の肩ひもに手をかけた。

「……いい?」

うん、と頷く。キャミとブラが少しずつ下げられて、胸の先のぷっくりとした部分が露わになった。
それに触れようとして伸ばされた手は、なぜか空中でとまった。早く来て、もうそこは君を待っているよ。
それでもなかなかその手は降りてこない。あたしは不安になって思わず尋ねた。

「がっかりした……?」

もしかしてもっと大人っぽい胸のほうが好みだったかな……。大きさはまぁまぁでも、なんか乳首とか子供みたいで変だよね……。
聞かれた寺山君はブンブンと頭を振った。

「想像以上。ただそのあ……味見とどっちが先がいいかなって」

口ごもりながら否定する。その顔がどんどんゆでダコみたいになっていって、とってもかわいい。

ほらやっぱりね。こっちのほうが寺山君の顔がよく見える。

「好きにしていいよ……」

あたしがそう言うと、寺山君はぎこちなくうつむいた。

「あ……、そうか……うん。わかった、ありがとうな」

なんだかあたしに負けず劣らずヘンテコな返答だと思うけど、いまのあたしからは寺山君のつむじと鼻先しか見えなくて、どんな顔をしてるかは全然わからない。
一回大きく息を吸う音が聞こえて、寺山君の頭が動いた。

「んっ……」

まずは首筋に一回。
次に鎖骨から胸元にかけて、軽く触れるようなキスをされた。
気持ちいいとか、感じてるかとかはまだわからない。ただ、全身の神経がそこに集まっちゃったみたいに、寺山君の動きひとつひとつを覚えて刻みこんでる。忘れられない、忘れたくない、そうさせるのはどっち……?
目をつぶってそんなことを考えていると、突然胸の先端をぺろっと舐められた。

「ひゃっ……!」

いきなりやって来たそれに、思わず声が出た。体をのけぞらせていると、もう片方の胸も同じように舌で濡らされた。

「あ……っ!」

おっぱいの先が唾で冷たくなる。ぴん、ともう起ってるから、それだけでもびくびくしちゃう。すぐにいじってほしいの。はやく。
足をもじもじとすり合わせていると、いよいよ胸のてっぺんに刺激がやって来た。
右の乳首をすこし深めにくわえられ、強めに吸われる。

(―――っ!! んんっ!)

おとずれたあまりの快感に声すら出せない。いいよ、寺山君、すごく……!

「……っ、はぁ……っ」

止めていた息をゆっくり取り戻すと、もう一度、今度はさっきより軽めに吸われた。

「あぁ……ん……」

おかしくなっちゃったみたいな声が口から漏れ出る。やだ、あたし、こんな声どこから出してるんだろう?

「平気?」

寺山君が心配そうに聞く。平気じゃないけど、やめてほしくない。あたしは口に手の甲を当てながら、少しだけ頷いた。
そしたらお留守になってた左の方にも、包み込むように手が重ねられた。あたしの血管が浮き出るほど白い胸に、密着した寺山君の焼けた手の色。違いすぎて、見てるだけで変な気分。
そのまま見ていると、ごそ、と寺山君の背中が丸まった。それからまた右の胸の先を口に含まれ、そこをごくごく弱めに吸い出した。

(あ……)

目を閉じて気持ちよさそうにおっぱいを吸ってる姿。まるで赤ちゃんに戻っちゃったみたい。

(かわいい……。かわいいよ、この人)

おかしいのは分ってる。でも、普段はゴツくておっかない寺山君が、今はどうしようもなくかわいくてしかたないよ。
一度そう思い始めたら、何もかもがいとおしく感じた。まっすぐ伸びたまつ毛ですら大事なもののように感じる。
お母さんみたく名前を呼んであげようと思ったとき、ふとあたしは気がついた。

「ね、あのさ」

寺山君が顔を上げる。なんかトロンとした目つき。寝起きみたい。

「下の名前なんていうんだっけ」

そんなことも知らなかった自分にびっくり。ごめんね、失礼なヤツで。それでも寺山君は気を悪くした風でもなく、あっさりと答えた。

「俺? 誠一だけど」

そういえばそんな名前だったね。あたしは寺山君の頭のうしろの髪を梳きながら微笑んだ。

「せいいち……、せいちゃん」

すると寺山君……せいちゃんの顔は一瞬で真っ赤になった。そんな反応もいちいちかわいい!!

「せーいちゃーん!」

ふざけた声で名前を呼んで、強引にその顔を胸へ抱き寄せる。

「ばか、やめろって!」

首を振って嫌がるけど、やめないもん。せいちゃん、せいちゃん。素敵な響き。

「せいちゃん……、ミュウのおっぱい、どう? 好き?」

頭を撫でながら尋ねると、せいちゃんは意外そうに眉を顰めた。

「え、いまさら嫌いとかなくない?」

恥ずかしいのはわかってるけど、そんなにぶっきらぼうに答えることないでしょ。ムッとすると、せいちゃんは耳元に顔を近づけて囁いた。
「最高」

(さいこう……って、一番ってこと? 誰のよりも好きって、そういうこと?)

その言葉だけで体中が熱くなる。なんでか涙がでそうだったから鼻をすすって耐えると、せいちゃんに「ミュウは?」と聞かれた。
潤んだ目で見ると、間近にあるせいちゃんの顔はホントにカッコよく見えた。

「うん……。あたしも……」

せいちゃん、に、されるのが……、せいちゃん、と、が、

「すき……」








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