言えずの愛言葉(プロポーズ)
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シチュエーション


今月、結婚する事になった。

別にジューン・ブライドに憧れたというわけではないんだが、結果的にそうなってしまった。

理由は色々ある。まず、あたし達は何もかもをすっ飛ばした状態で同棲に突入、それから互いの両親に結婚前提の旨を伝え話を
纏めた。

が、それから式を挙げるには何かと早急過ぎて、年が明け、相手の仕事の都合上少し落ち着くこの時期になるまで待ったのだ。

教師という職は、年度末から新年度に掛けてが一番忙しい。それに、地元に帰って式を挙げるとなると皆が帰省するに合わせて
夏休み――それもお盆前後――はいくら何でもそれはそれで忙しいし。

というわけで、期末試験前の少し落ち着いたこの時期に、創立記念日を利用して休みを取ると、帰省する友人達の事を考えて
週末に式を行うように決めた。

幼小中、下手すりゃ高まで――そんなクラス全員が幼なじみと呼べてしまうような中で育ってきたあたし達2人が再会して
そういう関係になったのがちょうど1年前の話。

区切りとしても良い時期なんだろう。

間に合わせに慌てて選んだアパートは意外に住み心地が良かったので、暫くはここに住み続けるという事にして、互いに持ち寄って
使っていたちぐはぐな超安物の家具は処分した。

それらしく形を整えられてきた部屋で、帰省の為の2人ぶんの荷物を纏めながら考える。

結婚とは、一生を懸けた契約だ。

その中でも、結婚式というものは特に女にとってはその全てを懸けてもいい位の晴れ舞台だという。

そんな一大イベントを前に

『あんたホントに結婚前の女か?』

と幼稚園以来の親友に心配される程あたしは浮かれていない。

式で着る打掛と引き出物は、春休みに忙しい彼を残して1人田舎に帰り、電話や写メをやり取りしつつ決めた。

新しく揃えた家具や家電もほぼあたしに決定権があり、不服に思う事はない――筈。

なのに、これから自分が進んで行く予定の道の先には靄がかかり、まるで見当もつかない未来への不安ばかりが身を包む。

あたしの行く先にあるのは落ちてゆくのみの道の無い断崖絶壁なのか、それとも。

どちらにしろ、戻る術は無いのだ。

***

木曜日の朝一で車を走らせ故郷に帰った。

何故今住んでいる所ではなく、わざわざそんなにまでして式を挙げるのか。それは彼の実家にあった。

地元ではなかなかの名士と言われた家で、彼はその長男坊である。

いずれこちらで教採試験を受け直し、戻って来るつもりもある。

代替わりはまだまだ先の話だが、田舎の『家』に対する考え方はまだまだ根強いものがあり、冠婚葬祭は親戚一同の顔合わせの
場という役割もある。

過疎化の進む田舎町に若い衆が、それも地元民とはいえ嫁付きで戻る気があるのだ。ちょっとした祭りだ。

ましてや、まだまだ結婚が半数以上未知のものであるあたし達の年齢(27)にとっては、友達の結婚式はイベントそのもの。

土曜日の式にあわせて前ノリで帰ってきてくれた友人達が皆浮かれるのも無理はない。

「ちょっとした同窓会だもんねえ」

そう言って昔話を懐かしむ夕子の薬指には、3年前に見たプラチナの指輪が変わらず光る。

幼稚園以来の親友の彼女とは、高校卒業後初めて離ればなれになった。

子供を親に見せてやるという名目の里帰りも、旦那の親との兼ね合いもありなかなか難しいらしい。他の友人達も似たような
もので、盆や正月の長期休暇でもなければ帰郷してくるのはなかなか大変なものなのだ。

だからこうして会って話せるのも正月以来だが、まだましな方かもしれない。

あたしや夕子だけに限らず、クラス全員そういう関係と言い切っても過言ではない。そんな小さな学校の繋がり。

招待状を出すにあたって彼と散々悩んで決めたのだが、実際えらい事になった。

――つまり、共通の人間が多すぎる。

それぞれ親しい友達だけをと考えても、誰を呼べば誰を呼ばないわけにもいかなくなるとそのうち人数が増えていき、同級生の
大半がリストに並び、そうすると今度は一部だけ声を掛けずにおくわけにはいかないと結局全員に招待状を送るハメになった。

まあ、地元から離れた人間も数多くいるため、最終的には絞られてくるだろうとあまり深く考えないでいた。

が、欠席の旨を寄越したのはほんの4、5人ばかりで、30人弱のそれに高校時代の数人をプラスしてみると最終的には友人だけで
かなりの数を占めてしまった。

それに田舎の結婚式というのは、親戚以外にも地元の繋がりの集まりの場でもあるらしい。特に今回の新郎の立場なら今時の
地味婚などとてもじゃないが言い出せない――という雰囲気がある。勿論資金はちゃんと出してくれるみたいだけど。

ああ、色々といずれにしても面倒臭いものなんだな、結婚って。

本来なら浮かれて頬を染めつつ、のろけの一つも聞かせるのが普通の話なんだろうけど。

「で、どうしてお前等が結婚しようなんてでかい冗談やらかすような話になったわけ?」

こんなふうに晒し者にされるのも避けて通る事が出来ない辛い現実。

式前日の金曜日。真っ昼間から前祝いのランチと称して、早めに帰ってきてくれた同級生数人に2人して取り囲まれるハメになった。

本来ならあたしは輪の中心にあるべき人間じゃないのだ。

なのに本日の主役だからと囲まれて、質問攻め写真攻めの波に呑まれ揉まれてくたくたの乾燥ワカメになった。

ああ、自分で言っててわけがわからん。普段壁の花と化すのが常であり居心地のいいあたしにはちと辛い状態である。

「しかし……同級生と結婚しようなんて思う奴は勇者だな。お前は立派だよ、志郎。あ、いや違う、秋穂がどうってわけじゃ
ないぞ、うん」

……フォローになってない気がする。まあ、いいけど。

そんなあたしの隣でソツなく受け答えして、際どい質問も軽く受け流している旦那――になるオトコ。

さすがは当時の生徒会長様だわ。

なんか、気が付いたら無理やり押し付けられた生徒会で数字嫌いの会計だったあたしとは、大違いだわ。

まあでも、鼻たれ小僧の頃から知ってる相手――しかもクラス中がそう――と恋愛しようなんて考え、実際はマンガかエロゲ

(した事ないけど)しか想像できないもんなのよね。現実は厳しい。

そう考えると、うちの2歳下の弟カップルは――というよりその彼女のミナちゃんはまさに女勇者だわ。

近所のお兄ちゃんだったただのアホ男子をずっと想い続けていたらしい。どこがいいのかわからん。ここらじゃちょっとした
純愛美談になっているらしいし。

弟達は5歳の年の差を考えても世代のズレがあるからかもしれないけど、そういうものを飛び越えて、何の迷いも無く一気に
関係が変わってしまった珍しいパターンだし。そりゃもう見てて恥ずかしくなる位に。

でもそんなのは稀だ。高校生位で付き合ってみる者もあったみたいだが、大概は家族みたいなもんで、変な照れや今更感が
邪魔をして結局は長続きしなかったケースが多い。そのかわり、友達に戻れるのも早いし後腐れも無い。それが良い所だと思う。

そんなだから、同級生同士での恋愛なんか、まして結婚なんか考えられやしないのが普通なのだ。

しかも。

「どっちが先に惚れたの?」
「さあなぁ。言った事無いしな俺ら」
「互いにどこが良かったの?つうか志郎、秋穂のどこがいい?」
「うん……はっきりとはわからん」
「は!?じゃ、じゃあ秋穂は?志郎のど」
「さあ」
「えっ……ちょ、おま」
「あ、ああ、じゃあプロポーズの言葉って何?」
「あっそれあたしもききたーい」

きゃっきゃ言いながら年頃の男女が6人――正確にはうち3人程だが――店の隅で愉しげに恋愛談議に花を咲かせているように
傍目には見える事だろう。

「無い」
「えっ?」
「ちょ、だから、プロポーズの言葉だよ。結婚すんだもん、無いわけないだろ」
「だよねぇ」
「無いんだから仕方ないだろが」
「……は?」

みんなの顔が一瞬にして同じになった。ハニワみたいな。いや、サボテ○ダーのが近いかも。マニアックだな。

「……なんで結婚しようと思ったんだお前ら」

そりゃそうだ。そうなっちゃうよねぇ。

当事者のあたしだってそれ通り越して能面みたいになっちゃいそうだもの。

それを誤魔化す術が見当たらない。

苦し紛れにトイレと言い訳して席を立った。

トイレでひたすら泣いていた。

追っかけてきた夕子によしよしとされながら、小学生の時スカーフ捲られパンツの色をバラされた時もこんなだったなぁと
思いながら。

「まだこれからなんだもの。ゆっくり解り合っていけばいいと思うよ?」
「そうかもしれないけど……志郎……って本当にわけわかんない奴なんだよ。あたし多分、一生、理解できない」
「うーん……けど、私から見るとあんた結構大事にされてる気がするんだけどな」

確かに、打掛の柄も家具もドレスも好きな物を、予算内という条件さえ満たせば全てあたしの好きにさせてくれたし、文句は
言わなかった。

それは見方によれば「優しい」とか「包容力がある」と好意的な印象を与えるのかもしれないが、逆に「興味が無い」「だから
どうでも良い」「面倒臭いから好きにしろ」とも取れるのではないだろうか。

「考え過ぎだよ、秋穂は」

元々朴訥で無愛想な男だ。それをクールで格好良いと言う女の子もいるだろうが、人の心に入り込むのも入り込まれるのも
苦手なあたしには合わないんじゃないだろうか。

あたしには、ミナちゃんが弟にするように好きスキ光線全開で甘えたり、怒ったりする事が出来ない。

出来たとしても、志郎がそれをすんなり受け止めてくれるのか、流され無視されるのか、それでも放置か――全く想像が
つかないんだもの。

「完っ全にマリッジ・ブルーだね」

夕子はあたしの涙を自分のハンカチで拭くと、手を引いて席へ戻らせた。

「明日に備えて2人はもう帰ったら?新婦は前日が肝心だからね」

志郎はそれを聞くと伝票を手に立ち上がる。

「ああ、いいよ。今日は俺が。……明日楽しみにしてるからな」

シンちゃんがそれをぱっと立ち上がって奪うと、あたしの頭を撫でなでわしわしとする。

昔、スカートを捲られてビンタを喰らわした。

クラスの悪戯小僧に夕子よりも力強く撫でられて乱れた頭を整えながら店を後にする。

「さて。これで3対1のハーレムになったわけだが」

背後から聞こえる明るく軽い笑い声とは裏腹に見上げて盗み見た志郎の顔は、険しい目をして遠くを見ているような気がした。

車に乗り込んで涙の跡を拭う。

志郎はそんなあたしを横目で見る事もせずに、ただ前を向いて車を走らせていた。

やっぱりどうでもいいんだろうな、あたしの事なんて。

無言でムスッとしてるから機嫌がよろしくないのは解る。

なによ、言いたい事があるならはっきりしろよ。

友達の前で泣いたりしたから面倒臭くなったのか、せっかくの集まりを追い立てられてしまったからか。何に対して腹を立てて
いるのかは理解出来ないのが苛々してくる。

それとも、男にもあるのか――マリッジ・ブルー。

「秋穂」
「……はい」

急に声を掛けられて心臓がきゅんとなった。平気な振りして返した声が不自然に裏返りそうになるのを、一瞬のうちに堪えて
息が詰まる。

「夕飯までには送るから」

志郎の家には一応挨拶には伺った。が、あたしは実家に泊まっており、文字通り明日は家から嫁に行く事になる。


――まっすぐ家に帰されるとは思っていなかったけど、こういう所に連れ込まれるとは考えが及ばなかった。

主要道路から少し外れた場所にぽつんと建っている、この辺りののどかな景色には不自然な色合いの派手な壁の建物。

遠目に見るだけで縁の無かった――いや、無いだろうと近寄る事すらなかったそれの暖簾をくぐり、薄暗い駐車場に車を停めた。

「え……と」
「ここなら邪魔が入らんからな」

他に数える程の車が数台あるものの、空いてるとはいえ客はいるというわけで。ていうか今平日だよ?しかも昼間だよ!?

「こんな機会は滅多にないだろうしな」
「はあ、まあそりゃ……」

そうだろうけど。

「おい、キョロキョロすんな。置いてくぞ」
「えっ!?マジで入るの?」

うわ、ちょっと、ホントに行っちゃったよ。やだ、こんな所に置いてかれても困る。

わあ、メルヘンチックなお部屋がいっぱいだこと。こんなキラキラした部屋じゃ、目がチカチカして寝られないんじゃないだろうか。

「寝かすか、馬鹿」

どういう意味で?とは恐くて聞けない。

最近の部屋は普通のと違わない、むしろオシャレって聞いたのに。まあなんというか、オーソドックスというのかレトロと呼ぶ
べきか。派手なベッドカバーにガラス張りの風呂、眩しすぎる照明に、か、鏡張りの天井って……。

「初めてか?」
「はあ……」

テレビは新しいな。地デジ化は済みとみた。

「あの、こういう所って時間でお金払うんだよね?だったら勿体ないから早く出」
「フリータイムというのがあってだな。気にせんでいい」
「……詳しいね」

ああそう。悪かったね知らなくて。ていうか、ふーん。へーえ。

「何が言いたい」
「別に」

せっかくだからあれこれ見ておこうと部屋をうろうろしていたら、痺れを切らしたらしい獣に羽交い締めにされてベッドに
放り投げられた。

「落ち着けお前は。子供か」
「しょーがないでしょ初めてなんだから。どうせ、どうせ……っ」

あれれ?視界が歪む。鼻が痛い。

「またか……」

大きな影が被さってきて唇が塞がれる。

甘いコーヒーの味と香りに息が乱れる。

「妬いてるのか」
「だっ誰が!」

ぷい、と背けた顔を無理やり元にもどされる。

「首、首痛い!それやめてっ」

明日文金高島田被るんだから。長時間だと結構きつそうなんだからね、あれ。

「違うならハッキリ言え。じゃなきゃ解らんと言っとるだろうが。何が不満だ、言え」
「だから別に」
「嘘つけ。お前はすぐに腹に溜め込む。それで限界値まで放っておいてキレるんだ。決壊したダムだな、言わば」

解ってるじゃん!何こいつ。そんな事夕子にしか言われたこと無い。

ちっ、と小さく聞こえた。出たよ、柄悪っ。礼儀正しい好青年(注:母談)が聞いて呆れるわ。大体昼間からラブホに連れ込んだり
するあたりが。

「教育者にあるまじき行為だと思います、先生」
「女房を連れ込んで何が悪い」

確かにそうじゃなきゃ大問題だな、違う意味で。

「それが原因で拗ねてるわけじゃあるまい」

逸らそうにもがっちり捕まえられて、真っ直ぐ見上げるしか出来ない瞳はまたすぐに閉じられ、息をする唇はそれを止めさせられる。

「話せ」

鼻をくっつけたまま、唇も微かに触れたりこすれたりしつつぼそぼそと言葉がもれる。

すっかり慣れてしまった体の重みと温もりに、しがみついてこのまま眠ってしまえたらと思う。けど、そうはいかないみたい。

「気に入らない事があるなら」

首筋に顔を埋め髪を弄りつつ聞いてくる。

「仕事辞めさせた事か?式の内容か?家具か、指輪か、それとも……」

体を起こすと、ぐいっとあたしの腕を引っ張り上げて膝に跨らせる。

「……俺か」

その一言だけが消えるように続くと、ぎゅっと強く腰を抱いた。しっかりと押さえ込むように。

「……離さないと言ったつもりだったんだがな」

それに応えるつもりで広い背中に腕を廻す。

くしゅっと掴んだシャツの匂いと硬い襟元に混じる志郎の匂いを、すうっと吸い込み身を任せる。

それだけで泣けてくる。

普段からあまりラフな服装はしない。ネクタイこそ締めないが、シャツを着る事が多いし、Tシャツを着てもパーカーより
ジャケットを羽織る。パンツもジーンズはほとんど履かない。

だから自然とあたしもそれに合わせていくうちに女らしい服装を選ぶようになった。書店員のパートはジーンズの方が都合が
良かったけど、普段はそれだとバランスが悪い気がして、今まであまり持ってなかったスカートやワンピを着るようになった。

でもそういうのは嫌じゃないみたい。志郎とこうなってから変わっていく自分は新鮮で、染まっていくのが嬉しくもある。
だから、少しくらいなら縛られてもいいとさえ思う。

「どうでもいいのかと思って……」
「何がだ」
「色々」

はぁ?と眉を下げて覗き込む志郎の顔を俯きながらこっそりと見上げる。

あー、困ってるよ。いつもは静かに熱く射るようにあたしを見下ろす細い吊り目が、泳ぎながら眉と一緒に下がりつつある。

そんなつもりはないんだけどな。

狙ってやってるわけじゃ――むしろ避けたい位なのに――あたしを泣かせるのが一番堪えて辛いらしい。俺様ワガママ坊やのくせに。

「いきなり一緒に住む事も、部屋も、けっ、結婚する事だってあっという間にさっさと決めて」

有無を言わせない勢いでそれらをやっておいたくせに。

「なのに、いざとなったら全部あたしに丸投げにしたじゃない」
「俺が忙しかったからだ。だからお前の決めた事に文句言わなかっただろうが」
「何それ。言わなきゃ良いって……そういう問題じゃない!納得いかなきゃ同じ事でしょ?そんな」

腹の中に隠すような真似されて表向きだけ整えられても、裏にある本心が解らない限り心からそれらを楽しむなんて出来ない。

「だったら相談したら良いだろう。お前1人で帰省して決めた事は写メで確認したし、家具だって式の曲や指輪の
デザインもお前の好きにさせた方が良いと思っただけだ。それの何が気に入らん」
「あたしだけが使うもんじゃない」

家具はいずれこっちに戻った時に家を建ててからも使い続けられて、尚且つ今のアパートでも使えそうな物を数点買った。

ドレスも打掛も、志郎が気に入った物を自分の意見も出しつつ選びたかったし、指輪も。

他のカップルみたいに、いちゃいちゃ……とまでいかなくても二人で納得いくまで悩んで話し合って決めたかった。

――喧嘩になったっていいから。

「……俺は、そういうもんはよくわからん。男だからか余り興味ないんでな」
「あ……そう」

じゃあやっぱりどうでもいいんじゃん。

「だが、どうでも良かったわけじゃない」

唇がまたくっつきそうになる程顔を近付けて、鼻を擦り合わせて目を伏せる。睫毛長いな……こんな時に。羨ましい。

「既婚の同僚……というかまあ先輩方がだな、結婚式、ことに衣装は勿論、インテリアなんかは嫁さんの望みをできる限り
聞いてやれと言うんだ。後からまあ、恨み言言われんようにとな。それに女が主役なようなもんだから、お前の良いようにして
やりたかったんだが……」

それがまずかったか、とごく小さく溜め息をついて肩を落とした。

「俺が見たいのは、お前のそんなしけたツラなんかじゃないんだ」

悪かったねしけたツラで。

「お前ってやつは本当に……」
「な、何よ」

――ぽすん、と音を立てて背中が布団に沈んだ。

あっという間の出来事だった。

目の前に髪をばっさりと広げたあたしと志郎の背中。てか、前じゃなくて上じゃん。天井、鏡張りですけど!?

「ちょ、まっ、待ってえぇ!?」

よく考えりゃこの状況えらいことだ。

「何だ今更。ここまできてヤらずに帰れるか」
「はぁー!?元々そんなつもりじゃ無かったんでしょうが」

さっさと胸元のボタンに伸ばしてそれをはだけてゆく志郎の手を掴もうとして、逆に頭の上にしっかりと押さえられてしまった。

「話はまだ……」
「俺は納得してる」
「あたしはしてないっ」

またそうやってうやむやにする。

「俺はお前の決めた事に納得してると言ってるんだ。気に食わんかったもんは無かった。だからお前が良ければいいんだ、俺は」

ふっと弛んだ志郎の力に、腕を振り上げて精一杯突っぱねれば逃げられたかもしれないのに。

「そうやって俺を不安にさせるなよ」

柄になくしおらしいご主人様の弱音に力が抜けて、体を投げ出したまま天井を見上げる。

武骨な精神がそのまま宿ったような妙に無駄な力の入った動きでぐしぐしと撫で回された頭は、シンちゃんの仲間を慰め元気づける
のともお母さんになった夕子の子供を慈しむそれとも違う、不器用ないっぱいいっぱいの志郎なりの優しさでむちゃくちゃだった。

式の為に伸ばしてた髪、終わったら切ろうかな。これじゃサダコさんじゃん。

鏡に映る肩まではだけた格好に半分笑えてきながら、自由になった両手で志郎の頬を挟んで見上げた。

「ばか」
「お前がな」

解れよ、って言っても無理だからね。多分あんたのわかり難い愛情は、あたしみたいな鈍感には一生懸かっても解りっこない。

だから言ってよ。

「……秋穂」

あたしのこと。

「今更、無理だからな」

志郎のココロを。

「逃がすもんか」

一度でいいから。

「……お前が……」

――最後まで聞き取れぬままに、塞がれた唇と共に暗闇に包まれた視界。

閉じた瞼の裏側に、しゅるりと音を立てて躰から剥かれてゆくワンピースの裾の刺繍の柄が浮かんで翻った。

背中を軽く起こされた後お尻を上げさせられ、お腹までボタンを外したワンピを足下から引き抜くようにして脱がされた。

「うわあぁ!?」

鏡に映る自分のとんでもない姿に我に返る。

「縮むな!ダンゴ虫かお前は」
「何とでも言って!嫌!見ないで。見るな!!」

願い虚しく、あっという間に下着一枚の格好になった志郎に跨られ、腕や脚を絡まされ乗っかられた重みに負けて押さえ込まれる。

「へ、蛇男っ!!」
「間違いじゃないな。俺は執念深いんだ」

ほんとに。獲物を捕らえたそれのように、きゅうきゅうとあたしを締め付けて離さない。躰も――心も。

苦笑いしながら慣れた手付きでブラとショーツを脱がしていく。

「婆くせぇな、おい」

飾りも柄もほとんど無いベージュの地味なやつ。ああ、だからやだって言ったのに。白いワンピだから、透け防止に着てたんだもん。

仕方ないじゃん!!……まさか、こんな所に連れ込まれるとは思わんわ、バカ!!

「すいませんね。お気に召さないようで」

ふんだ。あたしは着心地良いから好きなんだよーだ。

「別に。お前に期待などせん」
「……あっそ」

なら全部これにしたろか。

「脱がしゃ同じだ」
「何だっ……てえぇ!?……きゃっ」

いきなり両脚を広げてそこを探られた。

「嫌々言う割りに濡れてるみたいだな」

意地悪く薄笑いを浮かべて耳元に唇を寄せる。ぼそぼそと小さな声で話すのはわざとだ。だって誰も居ない、二人きり。アパートじゃ
ないから隣だって気にしなくていい。なのに。

「……はぁっ」

首筋がぞわっとする。仰け反って唸ると汗に貼りついた髪を掻き上げながら生え際に舌を這わしてくる。

弱いの、そこ。

特に今は、真っ先に触れられた躰の中心を裂け目に沿って撫で回す指の腹の感触と重なって、どちらに注意を向けても集中力が
途切れて頭が働かない。

「すっかり、俺のだ」

志郎にほんの少し何かされただけでとろんとろんになる程、あたしは骨を抜かれてしまったらしい。

これじゃあどっちが蛇だかわからない。

あたしは志郎以外に男をよく知らない。

よく、というのは、経験が1度しか無かったからだ。それもかなり前の話で、付き合った期間も短くて、志郎と再会した時の
あたしの躰は全くそれを憶えてはいなかった。

事実はともかく、あたしはこの男との行為でしか女を実感させられた事はない。

脇から掬い上げるように揉みあげられる胸の先に感じる舌の熱さや、休まず脚の付け根をさわさわと焦らしながら撫でる多少の
くすぐったさに似た焦れったさに爪先まで使ってじたばたさせる。

ちゃんと触ってって言えればいいのに。

汗ともあれとも区別のつかない何かがお尻の方までつっと流れて降りる。

そこまできても頭の一部が何とか冷静さを保とうとして、その行為に没頭させることを許さない。

唇をぐっと噛み締め、目を瞑って堪えていると、邪魔する志郎の舌が口の中に割り込んできてそれが出来なくなり力が抜ける。

「秋穂」
「な……に、んんっ」

一瞬だけ離した唇であたしを呼ぶとまた舌をねじ込み、口内をいたぶる。

「んっ……んふ、むっ……」

ぴちゃぴちゃと舐め回す動きであたしの舌を転がしながら、片手で胸を揉みつつ、一方であそこを撫で回す。

「嫌なのか?」

小さく素早く首を縦に振る。

「……俺にヤられるのがそんなに嫌か」

胸の上の手が包んだままの形で止まる。

ふう、と息を吐いて首筋に顔を埋めたせいで志郎の顔が見えない。けど、脚の間の手はそのままゆっくりそこをなぞる。

「嫌か」
「……や、じゃないけど、ちょっと……」
「じゃ何がだ」

ぬるぬるとただそこを濡らしていただけの指が、くりっと尖らせた粒の先を摘む。

「っひ……!?」
「俺に触られるのは?」
「や……じゃない」
「キスは?」
「……全然」

目尻が微かに下がり、軽く触れるだけのキスをする。

疼いて仕方の無かったそれは、ほんの少しの力で擦られただけで腰が砕けそうになる程痺れて感じて気持ちいい……。

ああ、躰は正直なんだな。

こんな事うっかり言っちゃったりしたら

『可愛いのは下の口だけか』

なんてオヤジ臭い言葉でやらしく笑うに違いない。

「なら、俺を見ろ」

小刻みに指を動かしながら低い声で囁き見下ろす。

「……っやあ、あぁぁ……いや、やだ」
「お前は俺の女房だろが」
「それとこれとは……っ」
「違わない」

鎖骨に吸い付き、少しずつ躰を曲げてずらして胸を舐める。

「ちゃんと俺だけを見ろ。お前を見る俺を」

薄目を開ける。でもまたそのあんまりな格好にぎゅっと目を閉じ首を横に振った。








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