甘い鎖・後編
-1-
シチュエーション


あれから大ちゃんとは顔を合わせていない。正確には『合わせられない』だけど。
年末にかけて仕事が猛烈に忙しかった。会社ではタチの悪い風邪が流行り、業務に支障をきたした。そのためその穴埋めに
残業が続き、やっと周囲が落ち着いた頃に遅れてあたしはそれにやられた。
同じ頃大ちゃんも体調を崩し、本当なら看病に行かなきゃならないあたしもそんな有り様だったから、互いの連絡は専ら
メールや電話で安否確認するほか無かった。
ばたばたとその後も業務に追われるあたしと同様に、天候により左右される大ちゃんの仕事もそれに振り回されて、どちらも
疲労により自分の事に精一杯だったように思う。
会いに行きたくても、のしかかる疲れの重さがそれを許さない。せっかくの土日も布団から出ることすら億劫になるくらい
あたしの身体は蝕まれていた。それは大ちゃんも同じで、色恋にかまけている余裕は無いのだという厳しい現実が減っていく
メールの回数によって思い知らされた。
せっかくのクリスマスイヴも、金曜日の夜だというのに、会社の忘年会で埋められてしまったおかげでパアになってしまった。
よりによってそんな日にしか押さえられなかったらしい……。
さすがにそれには大ちゃんも

『空気読めよ!』

って言ってたけど、仕事なんだから仕方無いとそこは大人として引くしか無かったわけで、青年団の飲み会に誘われて行って
来たらしい。それはそれで楽しかったんじゃないかと密かに思ってたり。
それから正月休みに入るまで逢瀬は諦めることにした。それぞれ抱える事情があまりにも重すぎて、自分達の感情だけでは
どうにもならないものが多すぎる。
子供のうちは大人の都合に振り回されて、自由にならない事に苛立ちを感じることが多々あった。だが、いざ世間に出てみれば
みたでその大人の都合に未だ――というより更に縛られて思うようにならないもどかしさに、疲れた心身を引きずりながら
ため息をつく。

一応大掃除という名の部屋の片付けをする。年賀状を出すために昨年の年賀状を整理しながらコタツでのろのろ筆を進める。
勤務先関係は兎も角、どうせ元旦に届かなくて良いものが大半だ。中学も高校も友達のほとんどは帰省してくるため、向こうの
住所に宛てたものは、正月休みを過ぎてあちらへ戻ってから目にする子が多い筈だ。
今年は成人式に出る予定があるから、同級生は皆余程のことがない限り帰ってくるだろう。
うちの地元では、そういう事情を踏まえて毎年2日に式を行う。それから同窓会にとなだれ込むのが定例で、あたしもそれに
参加することが決まっている。
久しぶりに会う子も多いから、どんなふうになっているのか、どういう生活を送っているのか報告が聞けるのが今から楽しみだ。
特にずっとここに残っているあたしには、余所の暮らしぶりは興味深い。
一緒に学校に通っていた頃は皆同じようなものだったのに、余所に出て行った途端皆垢抜けて綺麗になって戻ってくる。
服や靴もこの辺りじゃあまり着ている人を見かける機会がないような流行りのものを身に着けて、メイクも上手くなったから
本当に可愛くなったねって見とれてしまうこともあるくらい。
それこそ、大ちゃんがあの同級生のお姉さん達に言ってたみたいな反応だけど、その通りなんだよね。
通販を利用すれば結構物自体は手に入るけど、悲しいかなそれを着ていくような場所はあまり無い。その前に、最近の若い者は
と露出の多い服装に眉をひそめる人達もいたりするし。髪少し染めただけで……ねえ。

わかってるんだ、ほんとは。
あたしひとりが焦っていじけてじたばたしてる。
あたしだけがずっと同じ場所にいて、学校が仕事という内容に変わっただけの以前とはそれ以外変化のない生活をして、

――なにも、変われなくて。

誰もあたしをそんな目で見る事など無いのに、自分ひとり取り残された気がして。

何も変わらない。変われない。
大ちゃんだって、昔の大ちゃんのままだ。大人になっても、小さなあたしがあぜ道を全力で走って追いかけては、その都度
振り返って立ち止まって待っててくれた大ちゃんのままだ。
そんな彼が、どんなに呼んでも叫んでもその歩を緩めてくれなかった事がある。
あたしが中2の時、地方の大学に行ってしまったあの時だ。
高3になって帰ってくるまでの4年間は、夏休みや正月休み以外の長い期間は、どこをどう歩いてもその姿を目にする事は
叶わなかった。
帰省してきても、当然ながら友達や家族と過ごすことのほうが当たり前で、あたしはその輪に入ることは出来ない。会いに
行けば笑顔で迎えてくれたし、がしがしと大きな手で頭を撫でてバカ話を聞かせてくれたけど、それは皆、あたしの知らない
余所での暮らしの中で経験してきたものばかりで、そこに――あたしは居なくて。
だから手紙を書いた。携帯なんか持たせて貰えなかったから、それしか大ちゃんと繋がる術が無かった。
返事なんか貰えるとは思ってなんかいなくて、それでもいいととりとめのない出来事をつらつらと書き綴っては、せっせと
送り続けた。それで、たまに返事がくれば飛び上がって喜んでまた書いた。
今になってみれば、ほぼ一方的でしかない拙い子供とのやり取りによく付き合ってくれたものだと思う。
バイトや学校で忙しい日々だったろうに、筆まめとは言えない大ちゃんが3度に1度くらいのペースでくれた短い手紙は、
何度も何度も読み返して折り目や皺だらけになった。
日々の何気ない出来事を彼なりの言葉で綴っただけの何てことない文章に、この地に暮らしていた頃の姿を重ね見て、新しい
地での生活を頭に描きながら彼を想った。
でもそれだけだった。
あたしはあの4年間、そこにあるだけの大ちゃんしか知らない。彼がどんなふうに日々を過ごし、何を考え、何を――誰を
想い――暮らしていたのかは、知らない。
見た目には何も変わらないと思っている彼が、果たして昔のままの彼で居続けられたのか、あたしには知る由もない。

***

大晦日になって、あたしは家で1人ソバをすすってふて寝していた。
今夜からあたしを除く家族4人、親戚の家で年越しだそうだ。久しぶりに帰郷してきた親父様のいとこだかなんだかが来る
そうで、弟やら妹やらもついてった。まあ、お年玉貰えるしね。
あたしはというと、年末からの疲れがどうの、とか何とか言ってパスさせて貰った。明後日は成人式だし、お年玉だって取られる
だけだから(ああ、うまく逃げたさ)。
それだけじゃなくて、本当はずっと待ってたんだけど……。
渡しそびれたクリスマスプレゼントはまだ部屋の机の上にある。年が明けても、このままなんて事、ないよね?
ちょっとした諍いが起こると、あたし達はいつも頭を冷やすために連絡を断つことがある。そうすることでお互いの存在が
いかに大切かがよくわかるものだから。――まあ、大体が大ちゃんが2日もあけずにやってきて、あたしも禁断症状を起こす前に
丸く治まるわけ。
それが、今回は一向に事が進まない。例の飲み会から連絡が途絶えたままになった。羽目を外してぶっ倒れてるのかも、と
一応遠慮しておいたのだけれど、それで様子見しているうちに最後の追い込みで忙しくなって、一昨日休みに入るまでの間に
きっかけを失ってしまった。
本当なら、あたしらしくないとこだろう。これまでだったら押し掛け女房よろしく大ちゃん家に上がり込んであれこれやって
いるうちに、なにもかも元通りになっていたに違いない。
けれど今回はそうはいかない。うやむやに押し流してしまうには時間が長すぎた。会えない事で、会わない生活が現実になって、
それに徐々に慣れてきてしまっている。あの4年間の生活がまた蘇ってきて、その頃の麻痺した感覚に押し戻されかけていた。
会えなくても平気なわけじゃない。
でも、会えなくても生きていけないというわけでもない。
そんな自分に慣れていくのは――怖い。

部屋に戻り暖房を入れて、昼間引っ張り出して久々に読み返してみた大ちゃんからの手紙を手に布団の上に横になる。

『卵をパックごと冷蔵庫から出そうとして落とした。ブショウせんと卵ポケットに入れときゃヨカッタ(泣)。しばらくは卵焼きで
頑張るべ』

お前は某国民的海産物アニメの主婦か。

『大学の友達と祭りに行ったけど、すげー人が多くて驚いた。うちらの夏祭りみたいなのがあちこちであるんだから。ミナの
好きなりんごアメも何軒も出てたから、いたら買ってやったのに』

貧乏のくせに、って返事書いたら

『それくらいの稼ぎあるわい』

って返ってきたな。で、帰省してきた時の夏祭りで友達といる所にばったり。本当にりんご飴買ってくれた。

『バイト先の友達に赤ちゃんが産まれた。可愛かった。俺も欲しくなった』

相手はいるの?――そう書いてどきどきしながら返事を待った。でもそれに対する答えはなくて、もうそれ以上問いただす
なんて出来なかった。だから考えないようにした。
というか、怖かった、本当は。
もしかしたら言わないだけで、彼女くらいはいたのかもしれない。いずれこちらへ戻る事は決まっていたから、もしかしたら
それが原因で……とか。

あたしの知らない大ちゃんがいる。4年間の空白、それは同じだけど、あたしが経験することの無かったものを経験したで
あろう事は確かで、あたしはそれらを知らないままここで生きて死んでいく。
それじゃ何も変われない。変わらないままのあたしが変わらないまま歳だけ取って、どんどん周囲から置き去りにされていく。
秋姉ちゃんだって、志郎さんは『成長してな』いと言うけれど、やっぱり大人になって、綺麗にというか可愛くなったと思う。
それには愛(と言い切っていいのか)の偉大なる力が大きいと思われるが、それだけ得たものがあった筈だ(だから照れ隠し
にああ言ったんだろうあの人は)。
大ちゃんは高校生活を終えようとするあたしにそれを感じただろうか。
女としての眩しさや、新しい魅力を見出すことがあったんだろうか。

本当はわかってるんだ。そんなの言い訳で、あたしの言ってることは皆、単なる嫉妬に過ぎない。
当たり前のように傍にいて、いつでも同じ空気を吸って日々過ごしている自分より、たまに顔を見せる女の子達が新鮮に
映るのはそれこそ当たり前のこと。それが面白くない。いい気はしない、それだけの事、わかってる。単純すぎる我が儘。
大ちゃんがそんな事でふらふらとするような不実な男じゃないってわかってても、自分がつまらない女に思えて情けなかった。
そんな自分が情けなくてまた堪らない。
もしかしたら本当に愛想尽かされたのかもしれない。だって、いくらなんでも子供すぎるだろ、あたし。
羨ましいな、って素直に口に出したらもっと簡単に終わった事なのかもしれなかった。いいなあ、憧れちゃうなって。
妬むなんてみっともないって。
大ちゃんにも、そんなふうにさらりと聞けたら良かったのかな。普通に過去の話とか、気になる事ってあったりするよね?
誰にでも。
大ちゃんはあたしの事で知らないことなんてほとんどない筈だ。だってここから出たことないもの。どういう暮らしを送って
きたか、想像はつくだろう。逆に、大ちゃんの事はわからなかった。知りたかったから手紙を書いた。でも、待つ以外に出来る
事はなくて、ただひたすら切なかった。
会いたかった。会いたくて仕方なかった。
でも、14、5の女の子だったあたしにはそこまでの力はなくて、ただ想うしか出来ずにいた。
会いたい。

「会いたい……な」

最後に触れたのはいつだろう。
あの結婚式の前のあの夜。
冗談めかして言ったこと、本気にしてしまえば良かった?
縛ってくれても構わなかった。好きにしたいだけして、捕まえて欲しかった。
もう遅い?

ほんの少し荒れてかさかさになった柔らかな唇を想う。
陽に焼けたまま褪めない肌を、逞しく優しい手のひらの温もりを、触れられる感触と重みを、想いながら肌を自らの指で撫でる。

目を閉じて、パジャマのボタンを1つ2つ外すと間から差し込んだ手のひらで膨らみを包む。
むにむにと揉んでみて、大ちゃんのする様子を思い出しながら揺さぶるように肉を寄せ上げてみる。
大ちゃんだったらそれだけじゃ済まなくて、いつも谷間に鼻を埋めてはもふもふと枕のように顔を擦り付けて堪能してたっけか。
自分のじゃ感じない。
大ちゃんに触られたい。
こそこそと乳首の先を弄ってみる。大ちゃんだったらどう動かす?
冷たい指先に鳥肌が立つ。そのせいかきゅんと堅くつぼんだ先が痛いくらいに反応して、触るのが怖くなって、温めるつもりで
胸全体を両の手で包んだ。

――抱かれたい。触れられて壊されたい。

大ちゃんのぶつけられる腰の硬さを思い出して、腿の奥がきゅうっとなった。
妙に切ないその感触に恐る恐るパジャマの上から触れてみて、それから思い切ってその下のショーツの更に下へと手を差し込んだ。
ぬるりと指が滑り、びくんと膝が震える。そのまま自分の一番感じるとわかる場所に自ら触れて、その痺れに身を任せる。

『ミナ』

甘ったるい声であたしを呼ぶ。

『可愛いな』

天然そのものの笑顔をふりまくその瞳は、その時だけは本能剥き出しの熱を持った眼差しであたしを射る。
容赦なく追い詰める指の強さを真似て自分で自分を追い詰めてみる。

「……っあっ……」

躰の芯から熱くなる。涼を求めて空いた手で胸元を弄り肌を晒させる。はだけた胸のふくらみがひんやりした空気にあてられて
少し楽になる。でもそれはまたすぐに下半身の疼きに引きずられて、誤魔化すために掴んだ手のひらに揉みしだかれて悶えて
形を変える。
自分の躰なのに、始めてしまったらもうどうにもならない。感じるがままに駆使した中指に翻弄されて、果ててしまうまで
身を捩ってすすり泣いた。

小刻みに震えて脱力した躰が徐々に力を取り戻すと、どうしようもない罪悪感と淋しさに襲われる。やばい。

「大ちゃん……」

待ってるだけじゃ駄目だよね。告った時のあの勢いはどうした、あたし。
パジャマを脱ごうと立ち上がり、何気に窓に視線を向けた。

「ひゃあああぁぁぁ!?」

窓の外に居るはずの無い何かがこちらを……。
腰を抜かして?砕けて?とにかく足に力が入らず、布団の上にひっくり返った。あわわ。
コンコンと窓を叩く音に再び悲鳴を上げるも、そこにある見知った輪郭にふと我に返る。
寒さを訴える声がガラス越しにもわかり、半分ガクブルする膝を必死に起こして窓を開けると

「さ……さぶがっだぁぁ……」

と冷え切った身体をどさりと布団の上に転がし、捲り上げた毛布の中にすっぽりくるまる。

「あの……もしもし?」
「ああ、一緒に入る?つか暖めて。寒いの」
「ああ、はいはい……っておい!冷たああぁい!!」
「おお、ぬくぬく」

布団の中に半ば引きずり込まれるように潜り込むと、全身を氷の塊かと言いたくなるような図体に抱きつかれて、思わず
蹴り出してしまいそうになったけど、ぴたぴたと剃りたての髭の跡の残るほっぺをすりすりと擦り付けられて、一瞬にして蘇った
愛しい感触にそれを忘れてぎゅうっとしがみついた。

「急にどうしたの?こんな時間に……」
「ん。遅れたけど年越しちゃうと意味ないし。つうわけでメリー大晦日」

被っていた帽子の中からひょいと包みを取り出す。

「あ、ありがと……何?」
「首輪」
「……」

受け取りながら

「だからって……んなとこから来る?普通。びっくりするじゃん!電話ちょうだいよ」
「遅いから迷惑だろ?おじさんに睨まれてもなんだし」
「今日いないよ。言っといたでしょ?だから玄関から入ってくればちゃんと……」
「あ、そだっけ。ま、いいじゃん」
「良くない!こんなに冷え……」
「だって夜這いに来たんだもん俺」
「はぁ!?よば……」
「ミナがなかなか来ないから、溜まりすぎて我慢出来んくなった」

このエロサンタ!とふりあげかけたげんこつは力が抜けて、またあたしは大ちゃんのカイロになった。

「……ばか」

それから、ごめんなさい。
鼻を啜りながら絞り出した言葉に大ちゃん、黙って頷いて見せながら、冷たくなったサンタの帽子をあたしに被せて頭を撫でた。

「……結局さ、羨ましかったんだよね。そんで寂しかったんだ。明後日会える友達は、もうあたしが覚えてる頃の友達じゃない
かもしれない。きっとみんなが驚くくらい変わってて、大人になって。でもあたしは……って。あたし、帰ってきた大ちゃんを
見て喜んだの。今にして思えば、変わらないって感じたのが嬉しかったんだろうな。本当は知らない人みたいになったらって
不安で、怖かった。あたしの事忘れちゃってるんじゃないかって」

見た目には変化は無くとも、中身まではわからない。それを考えるのは怖くて、踏み込めずに逃げてた。それが今回よく
わかった気がする。

「忘れてなんかなかったよ。寧ろ、ミナが俺を覚えてくれたのが嬉しかったし。逆に都会へ出たところで大してでかくもなれなくて
がっかりさせるかと思ったもん。けど、お前は……待ってて、お帰りって迎えてくれたろ?そういう意味では、変わらなくて
嬉しかったし」
「がっかりしないの?そういうの」
「全然」

正直嬉しい反面ちょっとがっくし。

「大きくなったな、とは思ったけど」

そこは『綺麗になった』と言われたいものなんだけどな。

「うん、大きくなった。こんなに良い抱き枕になるとは」

もふもふと剥き出しのおっぱいにほっぺをすりすりして1人うっとりしとる。またそこかい!

「……大ちゃん。いつからいたの?」

こんなに冷え切るまで。

「そんな長い時間じゃないと思うぞ。つうか忍び込みやすくて助かる、この部屋」
「そりゃどうも」
「だからってカーテン位は閉めれ。誰が見てるかわからんぞ」

元々二階にあった部屋は今年受験生の弟に取られた。今の部屋は一階で裏山に面しているので、夏は網戸さえ閉めれば窓は
開けっ放しでも平気だ。

「誰、って……」
「おかげで良いもん見せて貰ったけど」

冷たさのまだ残る指に撫でられた肌にぞわっと鳥肌が立つ。

「いつ……から」
「ミナがこういう事し始めた時?かな」

布団から出した顔を意地悪くにやつかせて、むぎゅっと鷲掴みにされた胸に軽く痛みが走る。

そんなに前から。

「おどかそうと思ったのに、こっちがびっくりした」

いや、あたしも十分驚きましたから。つうか、サンタ帽はともかく……。

「……寒かったでしょ?そのカッコ」
「忍びは軽装でなくてはならぬ故」

たしかに動きやすさではこれが一番でしょうよ。しかし、まだあったんかいそれ。高校の校章入りのジャージ姿はどう見ても
トウのたった芸人の学生コントにしか見えん。
いや、大ちゃんは童顔ではなくとも可愛い方だと思うのよ?けど現役の弟が間近にいるとどうもねえ……。

「……あたしの事嫌いになる?」
「何で?」
「だってあんな……」
「あんな、何?」
「それは……」

言えるわけないじゃない。誰に見られる事が無くとも、全く虚しい気持ちが起こらない時ばかりではない。そんな行為を
恋人に見られて平静を装えるほど開き直る勇気はない。

「こういうコト?」
「きゃっ!?――あっ……ぅ」

ひんやりとした指先が、パジャマのパンツの中に滑り込む。

「いつもこんな事してる?」
「し……ない……んっ」
「ふうん。たまたま?」
「……んっ……」

さっきの名残の潤いが絡んだ指を下着の中でくちゃくちゃと動かす。

「なんで?」

会えなかったから。
大好きだから。
本当は愛されたかったから。――こんなふうに。

ちょっと意地悪な質問をしておきながらのしかかり、首筋に顔を埋めてくる。その躰にぎゅっとしがみついて耳元に唇を寄せ呟く。

「ごめ……さい」

パンツから指を抜き、腕を伸ばして跨がると、被せてあった帽子と包みとを脇に置き、あたしのおでこに掛かる前髪をちょいと弄る。

「何が」
「だってさすがに怒ってる……」
「別に。俺だってやりたかった事した上で今があるんだし、ミナだってそういうのに憧れたり興味持ったりすんの当然だし、
仕方無いと思うんだわ。今からでも……したい事が見つかったってんなら、それもいいと思ってる」
「別れるの!?」

やだ、そんなのやだ!

「違うよ。けど、ミナが後々後悔しないため。今ならまだそういうの間に合うからな」

「どうしてそう思うのよ」
「春姉が結婚した時の事覚えてる?」

一番上の春果姉ちゃんは、あたしが小学生の時お嫁に行ったから詳しい事情はあまりわからなかったけど、短大に行くために
地方に行って、そこで知り合った人と学生結婚した。結局姉ちゃんは学校をやめて、相手の人の卒業を待ってあちらの田舎に
帰り、おうちの旅館を手伝ってると聞いてる。
すぐに赤ちゃんが生まれた筈だったから、今思えばあれはいわゆる出来婚だったんだろう。

「あの頃、爺ちゃんが亡くなったり、春姉が結婚して子供産むのに帰ってきたり。色々あって、秋姉がそのしわ寄せを受けて
進学どころか就職活動もままならなくてさ。俺が受験生だったから秋姉が母ちゃんの代わりに家の事手伝ってるうちに、
よそに出るにはやっと見つけた会社に勤めるしかなくて。結果的に二人とも思い通りにはならなくても、いいひと見つけて
幸せにはなったけど」

二人とも、生まれ育った地を離れてみた事で新しい人生を見つけたということなのかな。

「いずれ戻るにしても、一度は別の世界を知るって事も大事だと思うんだ。だからもしミナが後々後悔しないですむように、
やりたい事やり残さないようにしてやりたい。俺は好きで出てって戻ってきた身だから、きょうだいでも一番恵まれてると
思ってるし、その分ミナにも我慢させたくない」
「あたしを……手放すの?離れちゃってもいいってこと?嫌いにな……」
「ならないよ、ばあか。俺、縛らないって言っただろ」
「捕まえて……くれないの?」
「俺ミナの事信じてるもん。だから、縛らない。お前だって、ずっと俺の事待っててくれたわけじゃん?……寂しくないわけじゃ
ないけど……俺、縛らないって言ったけど、絶対離さないから覚悟しろとも言っただろ?」

行くな、離れるなって言わないんだ、引き止めて貰えないんだ――そう思った。

「……なさい。大ちゃん、離れない。だから嫌いにならないで。あたし大ちゃんといたい。だから……ごめ……」
「それでいいの?お前」

頷くかわりに、思い切り抱き付いてキスをした。

「今だって、お互いの生活によれば案外会えない時もあったりするし。それでも一時我慢すればこうしてまた色々できる」
「平気だった?大ちゃんは」
「じゃないからこうして来てる」

意外と堅い所のある大ちゃんがこんな真似をするんだから、あたしが思う以上に我慢してくれてたのかもしれない。なんか
結局はあたしが我が儘で振り回してるような。
やっぱり大ちゃんは大人だ。時々こんな突拍子もない事をやらかすけど、ここぞという時には一歩引いて見守ってくれる。
感情に任せて突っ走るのはいつもあたしの方なんだよね。

「でもまじカーテン位は閉めような。いつ俺みたいのが覗きに来るかわかんないぞ」
「……他でもやった事あんの?」

恥ずかしさから一瞬頭が沸騰するかと思ったけど、2人のお姉ちゃん達の話から連想せずにはいられなかった。
大ちゃんにだって、あちらで誰かいたことあるかもしれない。それを匂わされた事など一度もないけど、だとしたら、何故。

「ねえ、あたしがずっと大ちゃんだけ好きだったと思う?」
「お前そう言っただろ」
「……信じてるんだ。なんで疑わないの?」
「俺お前に嘘ついてないもん。だからお前の事も信じられるよ」

――負けた。
どうしても大ちゃんには叶わない。なぜこの人はどこまで行ってもまっすぐ過ぎる男なんだろう。

「向こうで一度も彼女いなかったの?」
「いなかったねぇ。つうか戻ってくんのわかってたし、ついて来るか別れるかしかなくなっちゃうだろうしなぁ」

そういう事考えちゃうんだ。まあ、見合いしてでも嫁探ししようとしてた位だからな。しかもかなり本気で。

「好きなひとくらい……だって綺麗な娘いっぱいいたんでしょ?」
「友達はいたけど、もうその娘結婚しちゃってたんだぜ?俺より年下なのに。凄く好き同士みたいで羨ましかったな。一途で
ちょっと怒りっぽくてしょっちゅう夫婦喧嘩してたみたいだけど、今は子供もいるし。あ、年賀状はやり取りしてるしたまに
野菜送ったりしてるんだ。ミナにも見せてやるからな」

しちゃってた――て事は、少しは。

「ミナに似てると思ってたな。俺結構向こうで寂しかった時もあんのよ。楽しいこともあったけど、いずれ帰るんだしな……って。
けど住み慣れた地を完全に離れて向こうに住み着く決心もつかなくて。地味に凹んだ気分のときにミナの手紙読み返して、
あーこいつは俺の事覚えてくれてる、少なくとも“今は”俺を待っててくれるんだなって。それって結構嬉しかったし、だから
俺もお前を待っても良いと思った」
「……今も、だよ。変わらないよあたしは。大ちゃんが好きだもん。だからずっと待ってる」

戻ってきた今も、あたしはただ待ってた。大ちゃんが広げた両腕を伸ばして待っててくれるのをどこかでわかっている筈なのに、
勝手に躓いて立ち止まって、振り返ってくれてもここまで迎えに来てその手を差し出してくれるのを。

「……抱いて」
「そのつもり」

待ち望んだその腕の中に、飛び込みたくて仕方がなかった。
閉じた瞳を拭って濡れた指が、頬を撫でつつむにむにと摘む。

「もうっ!」

憎たらしいけど、それ以上に好きで堪らない。それがわかっているだけにまた泣きたくなる。

「いい子だからちょっと待ちな」

躰を起こしてジャージを脱ぐと、パンツ一丁になって素早くこちらを脱がしにかかる。

「子供じゃないって……」

むっと膨れて睨むと

「わかってるって」

と宥めてくるものの、触ってくるのは必ずそこ。

「だから大きくなったなってゆってるじゃん」

だからって何かというとおっぱいまっしぐらってどうかと思うのよ。
脱がせたパジャマと脱いだジャージをポイッと投げ捨て、ぱっと布団を被って潜り込むと、顔だけ出したあたしの首から下の
掛け布団を膨らませてもぞもぞと蠢いている。
素肌に擦れる毛布と髪の毛の 感触がこそばゆくて身を捩るけど、しっかと両胸を鷲掴んだ手のひらに押さえつけられては、
裸の躰をただじっと彼の意思に任せて漂わせるしかない。

「ほんとに……女らしくなっちゃって。……戻ってきたら結構可愛くなっちゃってるんだもの、お前」
「えっ……あっ!?」

籠もりがちな声を拾おうと聞き返したかったのに、その前に揺さぶられていた乳房に吸い付く舌の濡れた温もりに意識が
もっていかれた。

最初はいつものように“大好きな”おっぱいに顔を埋めたり揉んだりと、ソフトに楽しんでるだけなんだと気を抜いてしまって
いたから、急に強く吸いつかれて思わず声が出た。

「……――っあっ!!……んっ」

慌てて呑み込んでから気が付く。今日、誰もいないんだっけ。
その途端こんな大胆なことをしている自分が急にとんでもなく後ろめたい気がして、そんな考えをごまかすつもりでぎゅっと
布団を摘んで顔を埋めた。

「みっ……ミナ!んっ!!」

ぱたぱたともがく侵入者の抵抗に布団を捲ると、真っ赤な顔して息を吐きながら顔を上げて見下ろしてくる。

「ちょ……布団、押さえられると苦しいんだけど」
「あ……ごめん」
「まあ……乳上死なら本望だが」

何をキリッと。つうか吸いすぎなんだよ!おっぱいより酸素吸え!!そんな死因、男としてどうよ。
大ちゃんの舌でやわやわにふやけた乳首を多分その指に転がされながら、じりじりと一点から広がりつつある感覚に悶える。

「本気で……好いてくれるとは思ってなかった」
「何を……はっ……ん……っ」

答えるより先にまた反対側に唇を押し当て、存分に含んだ胸の一部を丁寧に味わっていく。時々強く吸っては持ち上げて、
離されたそれが冷たい外気に晒されて鳥肌をたてながらふるんと揺れて広がる。
それをまた押し上げて作る柔らかな頂に鼻先を擦り付けて、熱い息を吹きかけながら、渇いてきた唇を滑らせて、時には
朱い花の跡を残してその上で眠りにつこうとする。

「安心するんだよ、こうしてると。……お前、随分と年下だった筈なんだけどな。だからそのうち俺なんか忘れて、同い年位の
奴とか好きになるんだろーなと思ってたよ」
「……子供の戯言だと思った?」
「正直、な。でも嬉しかったよ。たとえそうだったとしても。けど、あの時――本気だってわかってからは、一気に見る目が
変わったよ。お前は女なんだって。可愛い妹から、モノにしたい女になった。変かもしんないけど、あれも一種の一目惚れだ」








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