魔法戦士シンフォニックナイツ「ジャミング」
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シチュエーション


「ジャミング?」

雨塚鷹佑は自身の研究室兼アジトである部屋で副官の少女の言葉を反芻した。
目覚めたばかりのせいか、上手くその言葉が脳に入らない。
だが、少女の入れてくれたブラックコーヒーを喉に流すとたちまち意識が覚醒してくる。

「言葉の響きからして何かを妨害する魔法、といったところかい?」
「はい、その通りです」

感情というものを全く浮かべていない無そのものの表情で副官の少女が答える。
少女――セラフィは掛け値ない美人である。
例え感情を浮かべなくともその美貌が損なわれることはない。
だが、と雨塚は思う。
この少女が喜怒哀楽といった感情を浮かべればどれだけ愛らしいだろう。
そう思ったのは一度や二度のことではなかった。
とはいえ、その希望が叶うことは早々ないであろうことは理解している。
彼女と出会ってからそれなりの時間が過ぎたが、だからこそ彼女が表情を崩すようなことはそう簡単にはありえないとわかってしまうのだ。

(といっても、全然感情がないってわけでもないんだろうけどな)

最初の頃はともかく、今ではセラフィを見て感情がないなどと思うことはない。
彼女は人工的に生み出されたクローンだが、一つの個であることは変わりはない。
料理や仕事を褒められれば微笑むし、怒られれば落ち込む。
自分が怪我を負えば心配してくれるし、勝利して帰還すれば喜びを見せてくる。
無論、一目見てそれとわかるほどの変化ではなく、あくまで雨塚のみが判別できる程度の微細な変化ではあるのだが。

「……局長?」

と、セラフィの怪訝そうな声が耳に届く。
どうやら知らず知らずのうちに口元を緩ませてしまっていたようだった。
何を笑っているのですか?とばかりの追及の視線が自分に向けられていることに雨塚は苦笑する。

「すまない。ちょっと考えごとをね。で、さっきの続きだけど…」
「はい。この魔法は先日ご報告したリンクシステムの遮断を可能とするものです」
「へえ、それは凄いな。それで?その魔法はすぐに実用可能なのかい?」
「勿論です。後は装備さえ終わらせれば局長は勿論、上魔たちにも使用させることは可能でしょう」
「ほう…」

雨塚はもたらされた対魔法戦士への吉報に相好を崩す。
自分と敵対しているシンフォニックナイツは魔法と科学を融合させた力で特殊な衣装を作り出し、その力を振るっている。
その原理は未だ詳しくは解明されていないが、現時点で判明していることも少なくはない。

あの変身状態は、少女自身の魔力とスーツの持つ能力だけでは維持できないのだ。
ではどうやって維持をしているかというと、ここで出てくるのが先程の会話でも出てきたリンクシステムである。
彼女らは自分たちの基地のメインシステムのバックアップを受けることによってあの魔法戦士としての変身状態を維持しているのだ。
逆を言えば、そのバックアップさえ遮断してしまえば彼女らの力は大幅に落ちることになる。

「スタビライザー、運動補正、認識補正、戦闘行動補正、魔力補正、ダメージコントロール、生体モニター。
シンフォニックナイツがその力を振るうためのこれら全ての機能がこの魔法の前では無力化されます」
「ふむ、それは素晴らしい…が、幾つか質問をしておきたい」
「なんなりと」
「まず、ジャミングの効果だが…使用からどれくらいの時間でその威力を発揮するのか。そしてその効果の度合いだな」
「効力についてはジャミングに使用する魔力量にもよりますが…基本的には効果は使用直後すぐに現れるはずです。
ただし、スーツの機能それぞれにリンクが働いているため、ただ漠然と使用したところで機能の一つが低下するだけに過ぎません」
「成程。つまり機能全てを低下、ないしは停止させようと思ったら各機能全てのリンクにジャミングをかけなければならないということか」
「その通りです。とはいえ、同時にジャミングをかけることは可能なのでそれほど問題があるわけではありません。
勿論、使用するための魔力はかかってしまいますが…」
「そこは問題ないだろう。俺の魔力も彼女らには及ばないとはいえ、かなりのものだ。
それに俺一人ならばともかく上魔にも使用可能となればそれはたいした問題にはならない。ふむ…」

今まで得た情報を元に雨塚は今後の作戦を組み立て始めた。
このジャミングという魔法は今までの対シンフォニックナイツにおける戦略・戦術を大きく変えることになるだろう。
とはいえ、不満はない。
最近はシンフォニックナイツも力を増してきて、その上人数も二人に増えた。
今のところ勝利を拾ってはいるが、このままいけばそう遠くない将来敗北は避けられなかっただろう。
だが、この魔法さえあれば勝利など容易い…とまではいかなくても、こちらの優位は圧倒的なものになる。

「そういえば…この魔法だが、視覚情報はあるのかい?」
「視覚情報、ですか?」
「ああ、サンダーやパラライズといった今までの魔法は一目見れば効果が知れた。だが、この魔法は今の話を聞く限りでは
その効果の発揮状態はわからない。無論シンフォニックナイツの動きを見ていればすぐにわかるのだろうが…」

それでは初戦はともかく、二度目以降の戦いで相手がフリをしてくるかもしれない。
相手が弱ったと思ってかかってみれば実は効果はありませんでした、ということになるのは御免だ。
無論、こちらでリンク率の状態を調べることは可能だが、そんな余裕がない場合もありえるのだから。
だが、そんな雨塚の心配を他所に、セラフィは問題ありませんと自信ありげに答えた。

「ジャミングがその効果を発揮しているかは一目見ればわかります。
何故なら、リンクが遮断されるということは、シンフォニックナイツの強化服の機能だけが維持できなくなるというわけではないのですから」
「うん?つまり…」
「強化服の展開そのものも維持できなくなるのです。つまり、ジャミングの効果が発揮されればされるほど彼女たちは」
「スーツを剥かれて裸にされていくってわけか。いいね、わかりやすい。
それに俺からすれば、彼女らを精神的に屈服させることが目的なのだからむしろその効果は好都合だ」

「理論上ジャミングがその効果を100%発揮した場合、彼女らの変身は解けるのですが…そうはならないでしょう」
「自身の魔力があるから、だね?」
「はい。といってもそれは所詮焼け石に水。精々がパーツを数点残す程度でしょう。何せリンクが途切れてしまえば
魔力は全て戦闘を継続するための身体強化にあてなければならないでしょうから」
「クッ、ハハハハッ!そいつはいい!」

新魔法の思わぬ副次効果に雨塚は喜びを露わにする。
こうなってくるとむしろシンフォニックナイツの力を低下させることよりも
恥ずかしい姿を晒す羽目になるであろう少女二人の未来のほうに期待がわいてくるというものだ。

「よし、一ついい作戦を思いついた。セラフィ、早速だが次の襲撃ポイントの選定とその準備に入ってくれ」
「了解しました。何かご希望の条件はございますか?」
「そうだな、ポイントはできるだけ人目が集まる場所がいい。後は近くに高めの建物があればなおいいな」

その指定だけでセラフィには雨塚の考えている作戦が理解できたのだろう。
一礼すると、少女はよどみない動きで部屋を立ち去ろうとする。

「あ、そうだ」
「なにか?」

ピタリ、と副官の少女の動きが止まり、無表情な美貌が自分へと振り返る。
雨塚は一瞬、こんなことをいうことに意味はあるのか、こういうのはガラじゃないんだがなぁ。
そんな言い訳を脳裏に浮かべながらも感謝の言葉を口にした。

「セラフィ。いつもご苦労様、君がいてくれるおかげで俺は随分助かっている…感謝しているよ」

それは常々思っていたことだった。
彼女がいなければ自分は未だ冷飯食らいの身分だっただろう。
彼女と出会ってからは目標ができた、新たな世界への道が開けた。
それは今までの怠惰な人生と比べて何と魅力的な世界だっただろうか。
だからこそ、雨塚は素直に感謝した。
例えそれがメッツァーなる男に命じられた結果だとしても、彼女に助けられてここまで来たのは事実なのだから。
とはいえ、こんなことを言ったところで彼女はいつもの通りクールに

「感謝されるようなことではありません」
「それが私の存在意義です」

などと冷静に好意を受け流すのだろうが。

「あ……」
(おや?)

だが、今日は違った。
てっきりサラリと流されると思っていた言葉は、意外にも少女の心に響いたらしい。
僅かに目元が潤み、頬も微かに紅潮している。
いつもは真っ直ぐにこちらをみつめてくる瞳は余所見をするように横を向き、こちらを視界に入れていない。
よく見れば、落ち着かないのか全体的にもどこかそわそわしているようにすら見える。

「あ、ありがとう…ございます」

表情を隠すように伏せ、一礼。
そうして副官の少女は逃げるようにその場を立ち去っていた。

「……意外な反応だったな」

残された雨塚はぽかんとその後姿を見送りながらもいいものを見たとばかりに唇をつり上げる。
今の一連の流れはしっかりの脳に保存できていた。
見間違いや勘違いでなければ、今のセラフィは間違いなく照れていたのである。
今度機会があれば容姿について褒めてみよう。
そんな思春期真っ盛りの男子学生のようなことを考えつつ雨塚は満足気に一人頷く。
やはり見目麗しい少女は感情がないよりもあるほうが美しい。
もっとも、今のセラフィは美しいというよりも可愛らしいという形容のほうが正しい気はするが。

「そしてそれは、君たちも一緒だ。シンフォニックリリー、シンフォニックシュガー」

二人の敵対する魔法戦士の姿を思い浮かべながら雨塚は一人ごちる。
太陽と月、動と静。
対極にありながらも根底に同一の志を宿した二人の少女。
そう、自分の現時点での最終目標は彼女らを手中に収めることだ。
物理的に、という意味ではない。
それならば今までいくらでも機会はあったのだから。
自分が望むのは完全なる隷属、すなわち彼女たちを快楽の虜に堕落させ、それによって自分の意のままに操ることなのだから。

「ククッ…さて、楽しみだな」

正義と愛を語り、どんなに酷い目に合わされようとも不屈の精神で純粋に人々のために戦う少女たち。
既に幾度となく彼女らを己の手で、あるいは魔物たちの手で陵辱してきたが、未だ彼女らが屈する様子はない。
だが、その度々に植えつけてきた快楽の記憶は間違いなく少女たちの体を、精神を犯しているはずだ。
後はそれが芽吹くのを陵辱という名の水をやりながら待てばいい。
彼女らが堕ちる時に浮かべる表情はどんなものなのだろうか。
雨塚――シンフォニックナイツからファルケと呼ばれる男はその時を思い、邪悪な笑みを浮かべるのだった。

太陽が沈み、暗闇が世界を支配する夜。
人口の星空ともいえる輝きを放つ街、エクセリウム。
その都市内部、街灯に照らされたビジネス街の道路を一台の車が走っていた。
レーシングカーとパトカーを融合させたかのようなその車体には剣の紋章が塗装されている。
また、異なる部分には『Minerva・Guard』の文字。
それはエクセリウムにおいて治安のために独自に動いている組織の名前だ。
表面的には警察と大差ない活動をしているこの組織だが、実際のところ彼ら――否、彼女らの真の目的は別のところにある。
マナと呼ばれる力に呼ばれ現れるこの世あらざる悪の怪異。
それらの敵と、世界の秩序と平和のために戦うのが彼女らミネルヴァ・ガードの真の役目なのだ。

「莉々奈さん、そこの角を右に。そして次の交差点を左です」
「わかったわ、菜々芭ちゃん」

車の運転席で胡桃色のロングヘアを背とシートに押し付けている少女がナビに従ってハンドルを切る。
百合瀬莉々奈。
エクセリウム建設を主導し、また、ミネルヴァ・ガードのスポンサーにもなっている百合瀬財団。
その九代目の当主にしてミネルヴァ・ガードの矢面で戦う主要人物が彼女だった。

「このまま行けば、接敵まで約五分です」
「了解…っ!」

荒々しく、それでいて華麗な運転技術で操られる車は深夜の道路をひた走る。
百合瀬莉々奈は今見せている運転技術を初めとして、様々な才能に恵まれていた。
明晰な頭脳、突出した身体能力、可愛らしさと美しさを同居させた可憐な美貌、抜群のプロポーション。
持ち前の明るさと生まれながらのカリスマ性に、強固な正義感と責任感をもあわせもつ強き心。
世の女性が望むありとあらゆる才能を手にしている彼女は、それでいて自身に驕る事もなかった。
それどころか、誰にでも優しく接することができる慈悲深ささえ持ちあわせていたのだ。
ここまでくれば嫌味の一つもでてくるものだが、この少女に負の感情を抱ける人間は皆無に等しい。
それはそうだろう、己の身を粉にして日々世界と人々のため働いている彼女を誰が罵倒できるだろうか。
だが、ここまで精力的に世の為人の為と働いておきながら、彼女は百合瀬財団をただ運営するだけの才女ではなかった。
自身の持つ魔力、それすらも平和のために用いたいと考えた彼女は治安組織ミネルヴァ・ガードを設立。
更には自身と親しい二人の女性との協力の下に、自らが怪異と戦うための力『M3システム』を開発。
このシステムによって魔法戦士として戦う力を得た莉々奈は戦闘用のコスチュームを身に纏い
魔法戦士シンフォニックリリーとして日夜悪と戦っているのである。

「菜々芭ちゃん、準備はいい?」
「勿論です、莉々奈さん」

莉々奈の問いに、助手席に座っていた少女が硬い表情で頷いた。

薄い紫のセミロングを僅かに揺らしながら真っ直ぐ莉々奈を見つめる少女の名は甘樹菜々芭。
彼女は莉々奈の親友にして『M3システム』の実質的な開発者といって過言ではない天才少女だった。
太陽のような明るさを感じさせ、抜群のスタイルを誇る莉々奈とは対照的に
月のような儚さと、色白の肌にやや子供っぽい体型の彼女は見た目の印象を裏切らず寡黙で冷静沈着な性格である。
菜々芭は、そのあまりにも優秀な頭脳のせいで両親が仲違い、終いには不慮の死を迎えさせてしまったという過去を持っている。
そんな彼女は自らの才能に嫌悪感を持ち、自分の存在に否定的だったのだが、その不遇な人生を莉々奈の存在によって救われていた。
菜々芭は莉々奈と出会い、その生き方に感化され、自分の頭脳を人類のために役立てることに喜びを見出すようになったのである。

(戦闘にも、慣れてきた…もう、莉々奈さん一人に負担はかけない!)

菜々芭は本来ならば科学者畑の人間、つまりバックアップ専門だったのだが
彼女にも莉々奈と同じ才能――すなわち、魔法戦士として戦うことができるだけの素養があった。
莉々奈と比べれば魔力も身体能力も劣る彼女ではあったが、彼女には誰にも負けない頭脳がある。
その優秀な頭脳を活かし、菜々芭は莉々奈に遅れながらも親友と同じ魔法戦士シンフォニックシュガーとして参戦するようになったのだ。
全ては自分を救ってくれた親友のために、正義のために。

「見えました……エンカウンター、下魔です!」

菜々芭の言葉と同時にブレーキを踏まれた車は道路の中央で停止する。
と、不審な乱入者に気がついたのか、下魔と呼称された怪異が車を包囲するように動き始めた。
アニメや漫画に出てくる怪物そのものの外見をした怪異たちは数十の群れで油断なく車を警戒する。
車のドアウイングが上に開き、その奥から二人の少女――莉々奈と菜々芭が姿を現す。

「ギギイ…!」
「グルル…!」

美しき少女たちの姿に下魔たちは喜びを露わにする。
欲望に忠実な彼らは少女たちを蹂躙したいというドス黒い本能に従って徐々に距離を詰めていく。
だが、二人の少女に恐怖はない。
むしろ、その表情に浮かんでいるのは憐れみだった。
話が通じないとはいえ、生きている者をこれから傷つけなくてはならないのだ。
それが例え一般的には悪と称される生物であっても。
二人は、特に莉々奈は相対するのが醜悪な化け物であってもその優しさゆえに相手を傷つけることを嫌う。
だが、理想だけでは結果はでないということを彼女たちは知っていた。
戦うべき時は確かにある、そしてそれは今なのだから。

「莉々奈さん」
「ええ…!」

相棒の呼びかけに応え、莉々奈はキッと自身の亜麻色の瞳で怪異たちを睨みつけ――そして

「魔法と科学の交わりによって奏でられし聖なるシンフォニーよ…私に、力を与えて…!」
「――シンフォニック・マテリアライズ・センセーション!」

二人の少女の美しい声と共に少女たちの姿が光に包まれる。
外部からの視認を妨げる光の中心で、少女たちの身を包んでいたミネルヴァ・ガードの制服が弾けた。
制服、靴、下着と身に纏っていた衣服全てが光の粒子となって消え、少女たちの裸体が露わになる。
それは一瞬の出来事だった。
全裸になった莉々奈の菜々芭の身体に別の粒子が降り注ぎ、それらが新たな衣服へと構成されていく。
それは彼女たちが魔法戦士として戦うための戦闘スーツだった。
莉々奈は白と薄桃を基調としたフリルのミニスカート、肌にピッタリと張りつくような大胆な上着というプリマドンナのような
そして菜々芭は白と深青を基調としたミニのタイトスカートにガウン状の上着というコスチュームを身に纏う。
共に頭には大きなヘッドホンと、そこから伸びる二本のケーブルらしきものがヘッドセットとして装着されている。
他の共通点としては、胸元が大きく開いている部分があるだろうか。
莉々奈は豊満な、菜々芭はその小ぶりな胸を強調するように胸元に開いた部分でリボンを遊ばせている。
コスチュームの各所に散りばめられたパーツは機械的な印象を与えつつも彼女らの美貌を損なわない。
むしろ、これから戦いに臨む少女たちの凛々しさを引き立てているようですらあった。

「魔法戦士、シンフォニックリリー」
「魔法戦士、シンフォニックシュガー」
「魔力と科学の交わりが奏でる調べと共にここに誓います…」
「この先に訪れる人々の新たな未来と、貴き理想を信じ…」
『気高き魔法戦士の名の下に、邪悪な意志からこの世界の正義を護るため、この身を捧げることを…!』

変身を終えた二人の少女が高らかに宣言を果たす。
それはまるで現代に舞い降りた戦乙女の姿だった。
その凛々しさと神々しさ、そして内から発する魔力に下魔たちは僅かに恐怖を覚える。
だが、所詮彼らは本能で生きる凶暴な生物に過ぎなかった。
彼我の戦力差を理解することなく、魔物たちは敵と認識した少女たちへと踊りかかる。

「グエエッ!」

ワニとトカゲと猿を足したような怪物が左右から魔法戦士へと飛び掛った。
振り下ろされる鋭い爪が可憐な少女たちを襲う。
ブンッ!
空間ごと断ち切るかのような鋭い一撃。
だが、その凶爪は目標を捕らえることなくただ空気を切り裂くだけだった。

「ギッ!?」

獲物の消失に慌てて周囲を見回す下魔。

だが、その目が捉えたのは既に自分から離れた場所に移動している敵の姿だった。
少女たちは何時の間にか空だった手にそれぞれ武器を構えている。
シンフォニックリリーはレイピアを、シンフォニックシュガーは球体のボールのような武器を両手に装備していた。

「行きます…!」

リリーの掛け声と同時に散開した二人の魔法戦士はあっという間に下魔との間合いを詰めると攻撃を開始する。
レイピアによる雷光のような一閃が一体の下魔の腕を深々と切り裂いた。

「ギエアッ!!」
「ごめんなさい…!」

傷つけたことを謝罪しながらもリリーの攻撃は続く。
怪物のもう片方の腕、そして両脚を切り裂き、瞬く間に一体の魔物を行動不能にしてしまう。

「やあッ!」

一方、もう片方の魔法戦士ことシュガーは両手に構えた球体を高速で打ち出し、魔物の顔面にぶつけていた。
正確無比な精度と速度によって打ち出されたボールは魔力が込められているだけに威力は絶大。
リリーと比べ、容赦などない彼女の攻撃は十秒という短い時間で二体の魔物を沈黙させる。

「莉々奈さん、大丈夫ですか!?」
「問題ないわ、菜々芭ちゃんこそ平気?」
「はい!」

計三体の下魔を倒したシンフォニックナイツは集合すると背中合わせに密着し、互いを庇いあう体勢を作る。
油断なく前方を見据えながら、菜々芭は戦況を分析する。

「索敵による敵の総数は二十二。その全てが下魔のようですが」
「指揮官である上魔がいないのは、どうしてかしら…?」
「わかりません。罠なのか…陽動、あるいは姿を隠しているのかもしれません」
「油断は出来ない、ということね」

お互いに頷きあうと二人の魔法戦士は再び散開し、攻撃を再開する。
指揮官であり、強力な力を持つ上魔がいない以上、いかに下魔が生物として強力であろうともシンフォニックナイツの敵ではない。
だが、彼女たちは油断などしていなかった。
油断こそが大敵であり、また、こうして魔物が動いている以上、その後ろには彼――ファルケが存在しているのは間違いないのだから。
しかし、彼女たちは気がついていなかった。
すぐ近くに宿敵である鷹の名を持つ男が潜んでいることに。
倒したはずの下魔がいつもよりも速い速度で回復していることに。
そして、既に自分たちが罠の中へと誘い込まれていたということに…

「やれやれ、手がつけられないとは正にこのことか」

二人の魔法戦士が戦いを繰り広げている戦場の影で一人の男が呆れたような溜息をつく。
ステルス機能で身を隠しているその男は全身を黒のスキンスーツで覆っていた。
唯一、肌が覗けている口元は楽しげな笑みを浮かべ、吊り上がっている。
ガッシリとした両腕を胸の前で組んで、男――雨塚鷹佑ことファルケは少女たちの舞踏を観察していた。

「いつもは分断して一人ずつ相手にしているからわからなかったが…二人揃うと、戦力二倍どころの話じゃあないな」

仮に上魔と自分があの中に加わっても、真正面からやりあう限りでは歯が立たないであろう。
視界の中で撃破されていく下魔を眺めながら、それでもファルケの口調は余裕を崩さない。
そう、全ては計画通りに進んでいるのだから焦る必要など一つもないのだ。

「しかしあんまりのんびりとはしていられないな…早くしないと、下魔が全滅してしまいかねない。
それに、『彼ら』ももうすぐ来てしまうだろうしな」

また一匹、致命傷を負った下魔が動きを止める光景を見ながらファルケはバイザーのデータ画面に目を移す。
刹那、画面に大表示で『complete!』の文字が浮かび上がった。
それは戦闘開始から続けていたデータの採取が終わったという証拠だった。
と同時にバイザーディスプレイの左端にセラフィの顔が映し出される。

「局長」
「セラフィか。解析は完璧かい?」
「はい、既にデータの送信も終了しています。ジャミング使用時における効果指定及び出力の調整もこれで問題ありません」
「わかった、ご苦労様だったね」
「いえ…それでは、お気をつけて」

どこか事務的な気遣いの言葉を残して、少女の画像がディスプレイから消える。
だが、気のせいかもしれないが、今日の少女は言葉に熱がこもっているようにも思えた。
それは自分の願望がそう感じさせたのか、それともセラフィが本当に自分に心を許し始めているのか…
味方とはいえ、たった一人の女の子をやたらと気にする自分に苦笑を漏らすファルケ。

「さて、そろそろ姿を現すとしようか。準備はいいな、ヘルメ?」
「勿論です。それでは、行きましょうか…」

スーツ姿のサラリーマン風に姿を映した上魔が眼鏡の位置をくいっと人差し指で調整しつつ返答する。
既にこの上魔にもデータは送信済みだった。
時刻は予定の一分前。
全身を黒で覆っている変身ヒーロー風な若い男と、四十代くらいの生真面目そうなサラリーマン風の男。
そんな見た目デコボコなコンビはゆっくりと戦場へと歩を進めるのだった。

「ギィッ!?」

ズシュッ!
レイピアから肉を切り裂く鈍い感触が伝わってくるのと同時に、正面にいた下魔が腕を深々と切り裂かれ、絶叫した。
トドメを差すべく前に踏み込むリリーは、しかし仲間を庇うように立ちはだかった二体の下魔に邪魔されて追撃を防がれる。
仕方なく後退した魔法戦士は油断することなく周囲を見回す。
倒れ伏し、完全に沈黙した下魔は十体。
残りは十二体――しかし、このスコアはかかった時間に反してはかばかしくない。
普段であれば既に敵を全滅させていてもおかしくはないのだ。
にも関わらず、傷の大小こそあれども下魔は十二体も生き残っている。

「莉々奈さん、この下魔たちはいつもとは違います」

傍に寄ってきた菜々芭の言葉に莉々奈は頷く。
今まで戦ってきた下魔とは違い、今夜の彼らは異様にしぶとい。
再生能力は通常よりも向上し、戦闘においては防御や逃走を重視して致命傷を回避しているのだ。
積極的に襲い掛かってきたのは最初の数体だけ。
残りの下魔たちはまるで戦う気がないように動き回るだけだった。

「下魔たちの再生能力の上昇は間違いありません。だけど攻撃に意欲を示さないのは何の意味が…?」

小柄な親友の思考を邪魔しないように、リリーはレイピアを構えて周囲の異形を威嚇する。
こちらは立ち止まっているというのに、やはり魔物たちはかかってくる気配を見せない。
だが、逃げ出すこともしないとなると戦闘意欲がないわけでもないようだ。
これは一体どういうことなのか。
確かにこれでは下魔を掃討するのには時間がかかる。
だが、逆を言えば時間さえ掛ければ彼らを全滅させることは余裕といっても過言ではない。

(つまり、この下魔たちの目的は――)
「時間稼ぎ…?」

思考を繋ぐように放たれたシュガーの言葉にリリーは確信を得る。
そう、時間稼ぎだ。
防御を重視し、やられないことを最優先にした下魔たちの動きは時間稼ぎのほか考えられない。
だが一体何を待っているというのか。
考えるまでもない、魔物たちが待つものなど決まっている。
それは―――

「やあ、相変わらず強いね。シンフォニックナイツ」

彼らを召喚した張本人に他ならないのだから。

「ファルケ…!」

全身を黒の戦闘用スーツで覆い隠した男の出現に、二人の魔法戦士は緊張に包まれる。
その後ろには人間体を化けている上魔ヘルメの姿もあった。
この男が姿を現したという事は、これからが本番だということ。
油断なく構える少女たちに、しかしファルケは悠然とした態度を崩さない。

「やあ、今宵も相変わらず美しいね、シンフォニックナイツ」

軽口を叩くファルケは、その態度とは裏腹に一分の隙も見せてはいなかった。
飛び掛るタイミングを窺っているうちに生き残っていた下魔たちが司令官を守るような形で密集する。
これで敵側の体勢は万全。
しかしシンフォニックナイツには動揺も悲壮もない。
多少戦った後と言えども傷一つ負っていない上に、まだまだ体力も魔力も十分。
何よりも、いつもは分断されて一人ずつ戦うのが常なのだが、今夜は魔法戦士が二人とも揃っている状態。
例えファルケと上魔が一体加わったとしても負ける気遣いはない。

「またあなたなのですか…一体、どれだけの恐怖を撒き散らせば気が済むのですか」
「さあ?俺の気がすむまでかな?」
「この世界の魔力を悪用し、人々の平和な暮らしを脅かす貴方を決して許すことは出来ません…!」

凛々しい眼差しで敵を見つめるシンフォニックリリー。
シュガーもそれに追従するようにボールを構えた状態で警戒の体勢をとっている。
だが黒衣の男は、ひょいと肩をすくめるとやれやれとばかりに首を振った。

「おお怖い。だが楽しみだね、その美しさが苦痛や恥辱に歪む様を見るのが…」
「魔法戦士の誇りに掛けて、悪には決して負けません!」
「今まで散々負けておきながらその啖呵。いいね、それでこそシンフォニックナイツだ。
二人揃っての戦闘も初めて見せてもらったが、素晴らしい連携だ。これはもうまともにやっても敵わないだろうな…」
「ならば降伏してください。私たちは好き好んで貴方たちを傷つけたいわけではないのですから」
「フッ…」

冗談だろ?とばかりに笑みを漏らすファルケにシュガーが憤怒の視線を送る。
相手が降伏勧告を聞かないであろうことは承知の上だった。
だが、ファルケのこの余裕は一体どういうことなのか。
彼の言ったとおり、このまま戦いになればこちらのほうが圧倒的に有利のはず。
なのに、男の態度はまるで自分たちの勝利が決まっていると確信しているような…
そこまで思考を巡らせたリリーの耳は、次の瞬間少し離れた後方でアスファルトを踏む足音を捉えた。

パシャッ!

「ッ!?」
「増援…っ!?」

シャッター音と共に焚かれたフラッシュの光にリリーとシュガーは警戒心も露わに振り向く。
そこにいたのは一人の小太りの男だった。
彼は携帯電話の写メをこちらに向けて構え、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべている。
新しい上魔?
そう危惧した魔法戦士たちだったが、男からは魔力反応がない。
魔力捜査で調べた限りでは、間違いなく男はただの一般人のようだった。

「おい、ここか?」
「お、来たな。こっちだこっち!本当にいるぞ!」
「マジか!?本当にシンフォニックナイツが!?」
「ああ、あの書き込みは本当だったんだ!」

男の後ろから声がしたかと思うと、どこからわいたのか妙な男の集団がぞろぞろと現れだす。
男たちは年齢も格好もまちまちだったが、一つだけ共通点があった。
彼らは一様にデジカメ等の撮影機器を手にしていたのである。

「な、この人たちは…」
「ククク、驚いたかいシンフォニックリリー?彼らはね、俺が呼んだんだ。
いや、呼んだというのは少し違うか…俺はただ書き込みをしただけだしね」
「書き込み…?」
「そうさ、シンフォニックシュガー。某巨大掲示板の正義のヒロインを嬲るスレ、そこにこう書いたのさ。
今夜0時、シンフォニックナイツがD−85地区に現れるってね!」

ハハハ、と愉快そうに笑うファルケにシンフォニックナイツは呆然とするほかない。
と同時に理解する。
下魔たちによる時間稼ぎはこのためのものだったのだ。
戦いに気を取られている隙に彼らをこの場所に呼び込む。
これこそが敵の狙いだったのだと。

「おっと、誤解しないでくれよ?俺は彼らに危害を加える気はない」
「戯言を…!」
「本当だって。別に人質にしようとか欠片も考えちゃあいない。むしろ傷つけないように気をつけるつもりさ。
なんせ、彼らは大事な観客なんだからね…」
「…観客?」

いぶかしむようにリリーは周囲を見回す。
男たちはある程度の距離をとって自分たちを取り囲むような形をとっていた。

その瞳は皆一様にギラギラと闇夜の中で輝いている。
正義のヒロインを目にしたことが余程嬉しいのか、興奮している者が大半だ。
ゾクッ…
リリーは彼らの粘つくような視線に華奢な身体を僅かに震わせる。
それが生理的嫌悪だということを彼女は理解していなかった。

「莉々奈さん…どうしますか?」

リリーと同じく、困惑と微かな嫌悪の表情を浮かべたシュガーが問いかける。
いくら危害を加える気がないと明言されたとしても、相手が悪人である以上信用できるはずもない。
一番いいのは彼らを今すぐ退避させることだが、周囲に目に付く者だけでもゆうに数十人を越える。
強制措置による彼らの退場ははっきり言って不可能といってもよかった。

(規制はちゃんと行われていたはずなのに…)

普段、魔物たちとの戦いにおいては、事前にミネルヴァ・ガードの力によって情報規制、交通規制が行われる。
一般人をできるだけ戦場から遠ざけるための、巻き込まないための当然の処置だからだ。
無論、それでもたまに規制に漏れた一般人が現れ、戦いに巻き込まれてしまうこともあるのだが…
ここまでの人数が、それも自発的に現れるなど想定外のことだった。








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