シチュエーション
![]() 平和な街にまたも巻き起こる戦い。 アルベルとガンデルが倒された後も、グノーによる人間世界への侵攻は終わる事がない。 「くそっ!!嬢ちゃん、そっちに敵が逃げた。頼めるか?」 「はい、隊長さんっ!!!」 自分に向かって飛び掛ってくる怪人を、ジャスティーブレードの一閃が切り裂く。 しかし、休む暇もなく次の怪人がジャスティアスに襲い掛かる。 乱戦。 人類側の対グノー戦のための体勢が整い始めたとはいえ、何の前触れもなく出現する怪人軍団はそれだけで脅威だった。 襲撃を受けた地点の人々を避難誘導する事さえままならず、自然と敵味方が入り乱れると戦闘なる。 それでも、ジャスティアスは、Dフォースは、警察は、懸命に戦っていた。 「ぐはははははっ!!!ジャスティアス、今日こそ決着をつけてくれるわっ!!」 怪人たちと戦うジャスティアスにに向かって、大剣を振りかぶった鎧の大男が上空から突撃してくる。 ジャスティアスはその斬撃を間一髪でかわす。 ドガァアアアアアアアアアアアンッッッ!!!! アスファルトが、周囲の道路が衝撃の凄まじさにその下の地面ごとめくれ上がる。 巻き込まれた数体の怪人が、無残な肉片になって吹き飛んだ。 「相変わらずの馬鹿力ね、ガイエン将軍……」 「くふふふ、貴様の身のこなしも、ますます磨きが掛かってきたようだな、ジャスティアス」 もうもうと舞い上がる土煙の向こうに立つ巨漢を、ジャスティアスが睨みつける。 男の名は、ガイエン将軍。 アルベルとガンデルの後任として人間世界への攻撃を行う指揮官である。 圧倒的なパワーと、巨体に似合わぬスピードで、これまで幾度となくジャスティアスを苦しめてきた。 「くっ、嬢ちゃんのところにガイエンの野郎が……っ!!」 「まずいですよ、ここからじゃロクな援護もできない……」 孤立したジャスティアスの前に仁王立ちするガイエンを見て、Dフォースの面々が焦る。 しかし、暴れまわる怪人達を相手にするのが精一杯で、今の彼らにはジャスティアスを助ける事は叶わない。 「さあ、行くぞっ!!」 ガイエンが両手で大剣を振りかぶる。 そこに込められた圧倒的破壊力を、ジャスティアスは全身でビリビリと感じていた。 ジャスティアスはブレードをしまい、拳を固めて迎撃体制をとる。 「ぐおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」 迫りくるガイエンに合わせるようにして、ジャスティアスも左拳を突き出して突撃する。 「ガイエン・ギガトンブレードぉおおおおっ!!!!!」 「バレットダェアアアアアアアアアイブっっっっ!!!!」 ジャスティアスが狙うのは、大剣の側面。 「てぇえええええええいっ!!!!!!」 刃の側面に超パワーを込めた左拳をぶつけ、ジャスティアスは大剣の軌道をずらす。 大剣と拳の間に火花が散り、左手のアーマーが砕け散った。 しかし、ジャスティアスは怯むことなくさらに加速。 そのまま左拳でガイエンの顔面を捉える。 「ぐぼぁあああああああっ!!!?」 たじろぐガイエンに向けて、ジャスティアスは残された右腕にエネルギーを込めて 「バレットォオオオオッ!!!!!」 そのアゴめがけて、渾身の一撃を解き放った。 「アッパァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」 宙高く舞い上がるガイエンの巨体。 そのチャンスをジャスティアスは逃さない。 ジャスティアスの右腕装甲が巨大な砲身へと変化する。 「フォトンバズーカッッッ!!!」 白い光の柱が上空めがけて解き放たれる。 「があああああああっ!!!ジャスティアスぅぅぅううううううっ!!!!!」 断末魔を残して、ガイエンの体は光の中に消えた。 怪人達を片付けたDレッド・赤崎はその光景を見届けて呟く。 「強くなったな……嬢ちゃん…」 激戦につぐ激戦を経て、いまやジャスティアスの強さは以前をはるかに上回るものとなっていた。 そして、心の強さもまた同じく……。 ガレキの街に立つ、威風堂々たる彼女の姿はまさに人類の希望そのものと言えた。 ジンジンと左手が痛む。 ガイエン将軍との決着の翌日、学校への道を歩く穂村あすかは包帯の巻かれた左手首をチラリと見てため息をつく。 (これじゃあ、今日の体育の授業は無理だろうな。また言い訳を考えなくちゃ……) 学生・穂村あすかと変身ヒロイン・ジャスティアスの二重生活を送る彼女には悩みの種が尽きなかった。 なにしろ、ジャスティアスはグノーと戦うのが仕事なのだ。 疲れはたまるし、生傷も絶えない。 特に、今回のような学校生活に影響が出るほどの負傷をした場合、それを皆に説明しなければならない。 無論、本当の事を話すわけにはいかない。 しかし、気が付くといつも傷や打撲などの怪我を負っている彼女を、周囲の人間は少し疑問に感じ始めているようだった。 自転車で転んで、道路に手をついて捻挫したとでも言うのが適当なところだろうか。 仕方の無い事情があるとはいえ、嘘をついてばかりの自分の生活に、あすかはウンザリしつつあった。 「はぁ…………」 思わずこぼれるため息。 気が付けば、校門まではあと少し。 学生・穂村あすかの日常が今日も始まろうとしていた。 生徒達が行き来する階段をのぼり、あすかは自分のクラスに向かう。 すれ違う友人や顔見知りに挨拶を交わしながら、廊下を進んでいく。 やがて見えてくる彼女の教室。 2-Cと書かれたプレートの前で、彼女は一旦足を止めた。 「…………」 ごくり。 少しだけ、あすかの表情が緊張の色に染まる。 教室の扉にかけようとした手が、あと一歩のところで前に出てくれない。 何故ならば、ここに、この扉の向こうに、彼女を憂鬱にさせるもう一つのものがあるからだ。 「…………」 彼女が躊躇したのは、時間にして2,3秒ほどの事だろうか。 やがて、覚悟を決めたあすかは扉を開く。 「おはよう…」 視界に飛び込んでくるのは、一見してごく普通の教室の風景だった。 「あ、おはようっ!あすかちゃん」 「おはよう、小春」 あすかの姿を見つけて、小柄な少女が駆け寄ってくる。 鈴野小春。幼稚園の頃からの付き合いとなる、あすかの大の親友だ。 ちっちゃくて、心優しく物静かで、それでいて、ここ一番の時には言いたい事をハッキリと言ってくる。 そんな小春の性格を、あすかは快く思っていた。 しかし、そんな友人にも嘘をつかなければならない現状が、あすかの心を少し憂鬱にさせる。 「あれ?ど、どうしたの、その手?」 「あ……う、うん…昨日、自転車で走ってたらちょっとね…」 今日はこんな嘘を何度繰り返す事になるのだろう? そんな事を考えながら、あすかは教室の様子を見渡す。 普通のクラスの、普通の朝の光景。 その表現に確かに嘘はない。 しかし、より正確に言うならば、普通よりはいくらか悪い。 言い換えるならば、中の下。 教室の中には何かギスギスした空気が漂っていた。 耳を澄ませば聞こえてくる、噂や陰口の類。 当然、そこにはあすかに対する悪口も含まれている。 (………嫌だな) あすかの見る限り、このクラスに集まっている人間は特別意地悪だったりするわけではない。 一人一人に対してならば、あすかはほとんどのクラスメイトに好感を抱いてすらいるのに。 しかし、人間関係の微妙なバランスが、現在の重苦しい雰囲気を作り出していた。 あすかは、そんな自分のクラスの空気が嫌だった。 ときどき起こるクラスメイト同士の激しい、だけどくだらない喧嘩。 その度にあすかは仲裁をしようとして、結果、出しゃばりの嫌な女だと言われるようになっていった。 「………かちゃん…っ!!」 と、そんなあすかの思考を誰かの呼び声が断ち切る。 「あ、あれ?」 「あすかちゃん、どうしたの、さっきからボーっとして…本当に大丈夫?」 どうやら考え事に夢中になりすぎていたようだ。 小春はどうやら少し怒っている様子だったが、その表情さえも可愛いので、あまり迫力は無い。 「ごめん、小春。このクラスの事で、ちょっと考え込んじゃって……」 「あすかちゃん……」 その事であすかがどれだけ心を痛めているかを知っている小春は、心配そうにあすかの顔を見つめる。 そんな時である。 「オーッハヨーッ!!祐樹クンッ!!」 ガンッ!! 教室中に響いた音に、クラスの全員が一瞬音のした方を向く。 自分の席に座った男子生徒が、他の数人の男子生徒に囲まれて、その頭を机に強引に押し付けられていた。 「なんだァ?元気ないなあ、こっちが挨拶してるのに、返事はなしかい?」 「ぐ………う……」 柳原祐樹。 彼は、いつもうつむきがちなその暗い性格を目の敵にされ、このクラスで酷いイジメを受けていた。 しかも、イジメグループの中心にこの学校で最悪の不良である佐倉龍司がいたために、 イジメに直接関わらない他の生徒達は、その光景を見て見ぬふりをするだけだった。 うめき声を上げて苦しむ祐樹に一度は視線を向けたクラスの面々だったが、すぐに雑談や授業の用意に戻る。 既に日常の一風景となったソレを止めようとする者は皆無だった。 ………ただ一人を除いては。 「佐倉君っ!!」 祐樹を小馬鹿にしてはゲラゲラと笑う龍司達のところへ、あすかはつかつかと歩み寄る。 小春もあすかの背後に隠れながらついて来てくれていた。 いざとなったら、あすかを身を挺しても庇うつもりなのだろう。 親友の心意気に背中を押され、あすかは龍司に向けて口を開く。 「今すぐその手を離すのよっ!!」 「ああん?」 龍司がこちらを向く。 祐樹の頭を押さえつけながら睨みつけてくるその視線を、あすかは真っ向から受け止めた。 この程度、グノーの幹部たちの放つ殺気に比べれば、どうという事も無い。 怒鳴られたなら怒鳴り返して、殴られたなら殴り返してでも、こんな事は終わらせてやる。 だが、しかし……。 「おお、悪ぃ悪ぃ、穂村さん」 「えっ!?」 祐樹の頭から、龍司はすんなりと手を離した。 「そんなにうるさかったかなァ?ごめんね、ふざけてると俺達、周りの事気になんなくなっちゃうんだよねぇ…」 「ちょ…そんな話じゃないわよっ!!あなた達、寄って集って柳原君を……」 「イジメてるみたいに、見えた?」 その言葉に、あすかは絶句する。 「いやぁ、何ていうの、男同士のコミュニケーションってヤツだからさ、コレ。優しい穂村さんが心配するのはわかるけど…」 「あ、あれのどこがコミュニケーションなのよっ!!」 「うんうん、わかってるって。今度はうるさくしないように気をつける。穂村さんに迷惑はかけねぇよ」 相手にすらされていない。 そもそも、コレがイジメである事を認めていない。 向こうは端からあすかの話を聞く気などないのだ。 「そいじゃあ、祐樹クン、今度は昼休憩にでも遊ぼうや」 そう言い残して、龍司達はゲラゲラと笑いながら、各自の席に戻った。 後に残されたあすかは圧倒的な無力感を噛み締めながら、それでも被害者である祐樹を慰めようと、肩に手を置こうとして…… 「触るなっ!!」 「きゃっ!?」 その手を、他でもない祐樹自身にはじかれた。 「柳原…くん……?」 呆然とするあすかを、祐樹は憎しみのこもった眼差しで睨みつける。 「触るなって言ってんだ、この偽善者が……っ!!」 吐き捨てるように、祐樹が言った。 「アイツらを止められもしないくせに毎度毎度出しゃばって、そんなに善人ぶりたいか?」 「そんな…柳原君…私はそんなつもりじゃ……」 「可哀そうなイジメられっ子を助けて、正義の味方ごっこでもやりたかったのか?反吐が出るんだよっ!!!」 そんなつもりはない。 そう言おうとしたが、あすかの口は彼女の思いとは裏腹に動いてくれなかった。 「消えろよ。目障りだ……」 最後にそう言われて、あすかは静かに自分の席へと戻って行った。 悔しさに、拳をぎゅっと握り締める。 この日常世界で、あすかはあまりに無力だった。 (これで正義の味方なんて、冗談みたいだな……) ジャスティアスのエネルギーは、『正しき心の力、生命の力』だという。 自分はそれを扱うに足る人間なのだろうか? 現実を変える力を何一つ持たず、そのくせ一人前のつもりで出しゃばり、結局何も出来ずに終わる。 善人ぶった偽善者。 先ほどの祐樹の言葉が胸に突き刺さる。 「あすかちゃん……」 小春も、うなだれるあすかへの慰めの言葉を思いつかなかった。 やがて、始業のチャイムが鳴り、重苦しい空気を振り払えないまま、あすかの一日が始まった。 「ぶん殴ればいいんじゃねえか?」 …と、そこまでの話を一通り聞いて、赤崎はそう即答した。 「そ、それはないんじゃないですか、隊長さん?」 ジャスティアスが呆れたような口調で言った。 二人がいるのは、自衛隊・Dフォースの基地の一室である。 あすか=ジャスティアスは今日の学校での出来事を赤崎に相談しに来たのだ。 その答が、先ほどの赤崎の言葉である。 「痛い目を見るとわかって、仕掛けてくる馬鹿はそうそういねえだろ。合理的な解決法だと思うぞ」 「恨まれて、話が余計ややこしくなって、もっとイジメが酷くなるかもしれないですよ」 「じゃあ、もっと殴ってやればいい………っていうかだなぁ…」 そこで赤崎は渋い顔をして、 「なんで、普通にここに来てるんだよっ!!」 「へっ?」 ジャスティアスが赤崎のもとを訪ねてきたのは、今日の夕方の事だった。 グノーの侵略を防ぐため颯爽と現れる正義のヒロインが、相談事のためにてくてくと歩いてやって来たのだ。 かなりシュールな状況である。 「それに、その格好、自分でおかしいと思わんのか?」 今、ジャスティアスが身に着けているのは、クリーム色のセーターに、厚手のロングスカート。 それだけ見れば可愛らしい格好ではあるが、彼女が頭に装着している白いヘッドギアが全てを台無しにしていた。 グローブとブーツも変身後のもので、服の内側にはいつもの赤いボディスーツを着ている。 アルベルとガンデルの実験を受けたのがきっかけになって、部分変身ができるようになったらしい。 「だって、素顔で来るわけにもいかないし、戦闘モードで来るのもおかしいでしょう?」 「そもそも訪ねて来るなって言ってるんだ」 「冷たいですよ、隊長さん……」 「あのなあ、嬢ちゃん、自分の立場をわかってんのか?」 ジャスティアスは人類側にとって心強い味方ではあるが、彼女を快く思わないものも多く存在している。 ジャスティアスを国家の管理下に、などと考えている人間などそれほど星の数だ。 彼女の正体を探ろうと考えれば、やってやれない事ではない。 だが、それをあえてしないのは、ただ平和のためだけにグノーと戦い続けている彼女への恩義故だった。 だというのにこの娘、ごく普通のセーター・スカートにSFチックなヘッドギアという異様なコーディネートでのこのことやって来たのだ。 「大体、誰がここまで通したんだよ?」 「基地の人にお願いしたら、どうぞどうぞって案内してもらえました。顔パスってヤツです」 「嬢ちゃんのファンが多いとは聞いてたが、何やってんだウチの連中は……」 赤崎はうんざりした様子で頭を抱えるが、それから、気を取り直した様子で話題を元に戻した。 「まあ、本題に戻るか……いじめられっ子の話だったな…」 一通り彼女の話(もちろん実名は伏せてある)を聞いた限り、それを無くす事は難しいように赤崎には思われた。 「悪いけど、そいつの責任だな……」 「せ、責任って、彼は何も悪いことは……」 「ああ、そうだな。別に俺もそいつを責めるつもりはない。ただ、自分のケツってのは自分でしか持てんのさ」 「それってどういう……」 「話を聞く限り、そいつはイジメに抵抗する事を諦めてる。現状を受け入れちまってるんだ。当人に戦う意思がないんじゃどうにもならん」 ジャスティアスは祐樹の口ぶりを思い出す。 そこに滲み出ていたのは、悲惨な現実を変える事は絶対に出来ないという強い諦めの感情。 たぶん、彼はずっとイジメと戦い続けて、耐え続けて、結局そのために心が擦り切れてしまったのだろう。 「嬢ちゃんの差し伸べた手を取っていれば、それで状況は変わっていたはずだ。 だが、そいつはソレをしなかった………いや、そんな選択肢があるとさえ思わんかったんだろう」 「それじゃあ、私、一体どうしたら……?」 「それこそ知らん。この手の事に正解があるんなら、俺が教えてほしいぐらいだ」 と、そこで赤崎は暗い表情を浮かべるジャスティアスにニヤリと笑って言った。 「ケツを引っ叩いて目を覚まさせてやるか、それとも自分で気付くまで待つか、 全部嬢ちゃんしだいだ。思うようにやったらいい。偽善かどうかなんて後で考えろ……」 「えっ…あっ、私……」 「気にしてるって顔に出てるんだよ。バイザー越しでもモロバレだ。だけど、それよりも大事な事があるだろう?」 きょとんとするジャスティアスに、赤崎は問いかける。 「なあ、嬢ちゃんはこの件、何をどうしたいわけだ?」 そして、彼女は気が付く。 今、一番大事な事。 今、彼女が最も強く願う事。 それは………。 「……私は……イジメを止めたいです!!」 「なら、それをやれ、正義の味方。……大丈夫だ、お前は間違ってなんぞいないさ……」 言い切って、赤崎はその大きな手の平で、ジャスティアスの頭を撫でる。 「あ、ありがとうございます……良かったです、隊長さんに相談して…」 「応よ、こっちはこれでも管理職だぜ」 そっと、ジャスティアスは赤崎の胸元に体を寄せた。 赤崎もそれを拒まない。 未だに結婚歴はなく、子供を持った事もない赤崎だったが、 最近の彼には、この少女がまるで我が娘であるかのように思えて仕方が無かった。 と、二人の間にいい感じの空気が流れた、そんな時だった。 「お、ジャスティアスちゃん、いたいたっ!!……って、隊長ぉ!?」 ガチャリ。 突然開いたドアの向こうからやってきた青年が、二人の様子を見て素っ頓狂な声を上げた。 「な……青海、てめえっ!!?」 「あれ、隊長がどうかしたの?……って、あああああああああああっ!!!!!」 さらに続いて部屋に入ってきた三人も、同じように叫んだ。 彼ら4人は、赤崎の部下。 つまりDフォースの隊員達である。 最悪のタイミングでの彼らの襲来に、赤崎は凍りついた。 「隊長、ジャスティアスちゃんと何してるんですっ!?」 最初にドアを開けた青年、青海が赤崎に詰め寄る。 「べ、別に何でもねえって……っ!!」 「何でもないようには見えなかったッスけど……」 「黄山、お前まで何言って……っ!?」 さらに黄山と呼ばれた青年まで加わって、赤崎は完全に追い詰められる形となった。 「怪しいな………何か変な事をされたりしなかったか?」 「そんな、緑井さん……べ、別に隊長さん、何もしてませんよ……」 呆然としていたジャスティアスにそんな事を聞いたのは、緑井という名の青年。 さらにもう一人、ショートカットに、涼しげな目元の女性がジャスティアスの肩に手を置く。 「そう、それならいいんだけど……でも、隊長、若いころは随分ヤンチャしてたみたいだし……」 「も、桃乃さん……隊長がヤンチャって一体どういう事ですか?」 くすくすと笑う桃乃の言葉の意味がわからず、ジャスティアスは素直に聞き返す。 「ええ、それはもう…のべつまくなしに、とっかえひっかえ…」 「桃乃―――――――――っ!!!」 赤崎は叫んで桃乃の言葉を遮るが、しかし、時既に遅し。 顔を赤く染めたジャスティアスは、どうやら桃乃の言っている意味をようやく察したようだった。 「じょ、嬢ちゃん……俺は…」 「本当…なんですか?」 「いや、本当って……その…」 「隊長さん、エッチな人だったんですか……?」 返す言葉などあろう筈もなかった。 さきほどまでの好印象から急転直下、どうやら彼女の中で、赤崎の株は急降下したようだった。 もはや覆しようの無い絶望的な状況に、赤崎はただうなだれる事しか出来なかった。 トボトボと夜道を歩く。 ポツリポツリと点在する街頭の光が、周囲の闇をより濃いものに感じさせていた。 人気の無くなった街を、柳原祐樹は一人さまよう。 制服のポケットに突っ込んだ手のひらは、たえずその中にある何かを弄んでいた。 「……………」 祐樹はおもむろにソレを取り出す。 チキチキチキ。 小刻みな音と共に銀色の刃が伸びる。 それはカッターナイフだった。 祐樹はそれを街灯に掲げ、輝く刃をうっとりと見つめる。 「早く楽になりたいな………」 祐樹がカッターナイフを持ち歩くようになって、どれくらいになるだろう。 最初はこれで自分をイジメる奴らを切り刻んでやろうと考えていた。 いや、本気でそんな事を考えていたのかと問われると、うん、と肯く事もできないのだけれど。 その気になれば、刃を振るい、人の血を流すことも厭わない。 そんな狂気が自分の中に存在すると思う事で、惨めな自分を少しでも慰めたかったというのが本当の所だろう。 こんな奴ら、いつでも殺す事ができるんだ。 殴られ、蹴られ、馬鹿にされるそんな学校での時間の苦痛を、祐樹はポケットの中の凶器を思う事で紛らわせた。 だが、そのいびつなプライドさえ、暴力と罵倒を一身に受け続ける日々の中で崩れていった。 そもそも、こんなチンケな刃物ひとつ振るったところで、何も変えられはしない事など祐樹自身も気付いていた。 だから、祐樹は考えた。 この小さな力で、全てを確実に終わらせる事ができる方法とは何か……。 「………くっ…うぅ…」 刃を手首にあてがう。 スッと横に一筋、まっすぐな赤い線を刻む。 ネットで見たリストカッター達はもっとえげつなく自分を傷つけていた。 今の自分にはそれさえ出来ない、こんな浅い傷が精一杯だ。 だが、その思い切りのなさこそが、自分がイジメに遭うようなツマラナイ人間である証拠のように思えた。 こんな、情けない、ツマラナイ、どうしようもない人間は、早く旅立つべきなのだと。 刃の先にうっすらと残った赤い色を見つめてから、祐樹はカッターをポケットにしまった。 そして、再び歩き出そうとしたその時だった。 彼は、前方の、街灯の光の及ばない暗がりの中に、何かがうずくまっている事に気が付いた。 「…………だ、誰かいるのか?」 問いかけても返事はない。 ごくり。 つばを飲み込み、一歩後ろに下がる。 アレに関わってはいけない。 本能が警鐘を鳴らしている。 だが、もう一歩退こうとした祐樹の足首に、しゅるるっ!!、何か細長いものが巻きついて拘束した。 「……えっ!?」 そして、驚く彼の前で、目の前の何かがゆらりと立ち上がった。 「…あ……うあぁ……」 立ち上がったその姿は、ゆうに3メートルを越えようかという巨体。 太い手足と、背中から突き出た無数のとげ。 明らかに人間ではない、まともな生物の範疇からも外れたその怪物は、祐樹に向かって二つの声で話しかけた。 「…見つけたっ!!見つけたよっ!!!すごい逸材だっ!!」 「ああ、素晴らしいね。これほどの憎悪、鬱屈した感情、まさに僕たちの求めていた最高の素材だ…」 しゅるる!しゅるり!!次々と現れる触手が祐樹の体を縛り付ける。 そして、恐怖に金縛りにされた祐樹の瞳は、ゆっくりと近付いてきた怪物が街灯の灯りに照らされたその姿を見た。 「「さあ…君のその欲望、僕たちが解放してあげよう……」」 二つの頭部を持つその異形は、祐樹に向かって、ニヤリといやらしい笑みを見せたのだった。 翌日、学校へと向かうあすかの足取りは軽かった。 (やっぱり、隊長さんに相談して良かった……) 祐樹へのイジメを必ず止めてみせる。 今はまだ、何から始めていいかもわからない。 どうやって、祐樹自身を立ち上がらせるか、見当もつかない。 それでも、今のあすかの心はやる気と闘志に満ちていた。 「おはようっ!!!」 勢い良く教室の扉を開く。 しかし、どうやらまだ祐樹は学校に来ていないようだった。 何か肩透かしを食らったような気分だったが、来ていないのなら仕方が無い。 「おはよう、あすかちゃん」 「あ、おはよう、小春」 「何だか元気みたいでホッとしたよ。昨日の事、あすかちゃんだいぶ気にしてたし……」 「うん、ちょっとあの事で相談に乗ってくれた人がいてね…」 自分の事をずっと心配していてくれたらしい親友に、あすかはもう心配ないと微笑んで見せた。 「私、決めたよ。柳原君のこと、きっと何とかしてみせる……」 どうやら迷いを吹っ切ったらしいあすかの姿に、小春もほっと胸を撫で下ろした。 後は、当事者である柳原祐樹、彼がどうするのか、それだけが問題なのだけれど……。 二人がまだ教室に姿を現さない祐樹の机に目をやった、そんな時である。 「…な、なんだあれ!?」 ブウン。 教室に設置されたテレビのスイッチがひとりでにオンになった。 そして、その画面に映し出されたのは………。 「柳原……くん…?」 そこに映る見知った少年の姿に、あすかは言葉を失う。 そして、続いてスピーカーから聞こえてきた声が、彼女を完全に凍りつかせた。 「くふふふふ、ジャスティアス……」 「この放送、見ていてくれてるかな?」 聞き間違えようの無いその声は、かつて彼女が倒した相手。 双子将軍、アルベルとガンデルのものに間違いなかった。 街中のありとあらゆるモニターから語りかけてくるその声を、赤崎も自衛隊基地の一室で聞いていた。 「なんてことだ……生きてやがったのか、あの双子の変体野郎ども…」 生きていた、というその形容が果たして正しいのかは微妙なところだった。 何故なら、画面の中、祐樹を触手で拘束するその姿は……。 「君のせいで、僕たちこんな体になっちゃったんだからね……」 「まあ、愛する双子の弟と一つになれたのは嬉しいけど、君やDフォースの連中が僕らにしたひどい事、忘れるわけにはいかないなぁ…」 機械と、得体の知れない細胞で構成された巨体。 その上に、双子の頭部が仲良く並んでいた。 見るものに生理的な嫌悪感を抱かせずにはいられない、異形の怪物に双子は成り果てていた。 「で、僕たちは君に復讐がしたいのさ」 「この場所、わかるよね?僕たちが最後に戦った街の一角さ」 双子怪物は、まだ異変を知らぬ街の人々が行き交う様子を、ビルの上から眺めていた。 「君に何をしてあげるか、それはこっちに着いてのお楽しみだ。でもね……」 「君がやって来なかったら、この子がどうなるか、それはモチロンわかるよねえ?」 怪物は気を失っているらしい祐樹の頬に、鋭いその爪をあてがう。 「「それじゃあ、僕たちはここで待ってるから、また後で会おうね、ジャスティアス!」」 最後に双子が声をそろえてそう言って、唐突に放送は終わった。 「こりゃあ、マズイぞ……」 グノーの侵攻作戦はいつも単純な破壊が中心で、こんな搦め手で迫ってきた事はなかった。 おそらく、あの二人は私情で、復讐心のために動いているのだろう。 何かとてつもない罠が張り巡らされているであろう事だけは確かだった。 赤崎は、どこまでもまっすぐに正義を信じる、あの少女の姿を思い浮かべる。 彼女がこんな時に、黙っている筈が無い。 「ちくしょうっ!!早まるなよ、嬢ちゃんっ!!」 痛いほどに拳を握り締めながら、赤崎は一人、そう叫んだのだった。 ブースターの出力を最大にし、ほとんど空を飛ぶようにして、ジャスティアスはテレビに映されていたあの街角に急いでいた。 「柳原くん………っ!!!」 罠があるとわかっていても、止まるわけにはいかない。 よりにもよって、彼を人質に取られてしまった事が、今の彼女から冷静さを失わせていた。 「見えたっ!!」 ジャスティアスはビルの屋上に立つ異形の怪人と、虜となった少年の姿を見つけた。 減速し、同じビルの屋上に着地する。 「ようこそ、久しぶりだね、ジャスティアス」 「いやいや、こうしてまた会える日が来るなんて、なんとも嬉しい事だねぇ」 双頭魔人はニヤニヤと笑いながら、ジャスティアスに語りかける。 「なぜ生きてるかって不思議そうな顔だね。全てはあの研究所にあった実験中の特殊細胞のお陰さ」 「その再生能力が僕たちの命を繋ぎ止めてくれた。……それでも、かなりの部分を機械で補わないといけなかったけどね」 その特殊細胞とやらの力が、この忌まわしい怪物を作り出し、最悪の敵を蘇らせたわけだ。 だが、今のジャスティアスにとって大切なのはそんな話ではない。 「御託はいいわ。………どうすれば、人質を、彼を解放してくれるの?」 ジャスティアスは緊張に震える体を、ぐっと押さえつけて聞いた。 彼女自身、これが罠であるという事は十分わかっていた。 そこにのこのこ出向いていった自分がどんな酷い目にあわされてもおかしくないという事も理解していた。 だが、アルベルとガンデルの答はごく簡単なものだった。 「何もしないさ。彼はすぐに解放してあげるよ」 「えっ!?」 意外な言葉に驚くジャスティアス。 しかし、この残忍な男たちが、 「ほうら、こういう風にね……」 「な、何を……っ!?」 祐樹を捕らえていた腕が伸びて、彼をそのままビルの屋上の外へと運んだ。 哀れな人質の体は、地上遥か高くに宙吊りとなった。 そして……。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |