シチュエーション
黄金の剣が暗雲立ち込める空を切り裂く。 雲霞の如く押し寄せるグノーの飛行怪人達を一網打尽にして、ジャスティアスが空を翔る。 「これで半分っ!…いつもの事だけど、すごい数ね……」 双頭の魔人として復活したかつてのグノー幹部、アルベルとガンデルの双子との戦いでジャスティアスは新たな力に目覚めた。 ハイパー・ジャスティーソード。 これまでのジャスティアスのあらゆる武器を越えた威力を誇る最強の剣である。 さらに、ジャスティアス自身も大きくパワーアップした。 彼女の力の源である生命エネルギーは爆発的に増大し、戦闘能力は大幅にアップ。 加えて背部ブースターの出力アップにより、以前は短距離の飛行やジャンプ程度しか出来なかったものが、 今では彼女の身の丈をゆうに越えるこの大剣を振るって空中戦を演じる事さえ可能になった。 だが、その彼女の新たな力をアドバンテージとして活かせる期間はあまりに短かった。 飛行可能になったジャスティアスに対抗するべく、グノーは同じく飛行タイプの怪人を大量に投入し始めたのだ。 無論、地上への攻撃の手が緩む事もない。 「隊長さんも、Dフォースのみんなも、無事なのかな?」 今頃、眼下に広がる街でも、グノーとの熾烈な戦いが繰り広げられているはずである。 パワードスーツが量産され、Dフォースはセカンドチームの発足を皮切りに戦力を充実させている。 さらに警察用の簡易パワードスーツも配備され、人間は対グノー戦の態勢は整いつつあった。 とはいえ、グノーの攻撃も日に日に激しさを増すばかりである。 できるならば今すぐにでも駆けつけたい。 しかし、ジャスティアスも目の前の飛行怪人軍団に釘付けにされている状況である。 「こぉのぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」 突撃。 爆発。 果敢に、しかしそれでいて慎重・精密に、ジャスティアスの攻撃は敵の戦力を削り取っていく。 ビームが唸りを上げ、フォトンバズーカの光条が怪人達をなぎ払う。 光の剣・ジャスティーブレード二本を柄尻で繋ぎ合わせ、ブーメランのように投擲。 追い詰められ、一箇所に終結した敵に、紫電を放つハイパー・ジャスティーソードをお見舞いする。 「はぁはぁ……これで、残り1割……っ!!!」 肩で息をするジャスティアスを囲む怪人の数は明らかに減っていた。 (これで上の戦いは終わり……っ!!) しかし、ハイパー・ジャスティーソードをぐっと握り直し、ジャスティアスが再び怪人に挑みかかろうとしたとき…… 「……そんなっ!?…増援!!」 空が歪む。 異世界へのゲート、時空の通り道が口を開き、そこから新たな怪人軍団が襲来する。 これでジャスティアスの戦いは振り出しに逆戻り。 数と勢いを取り戻した飛行怪人達は凄まじい勢いでジャスティアスに殺到する。 「……くぅ…っ!!!」 疲れきった体に力を込めて、ジャスティアスは巨大剣の柄を握り締める。 迫り来る敵に向かって一閃!! ハイパー・ジャスティーソードの放ったエネルギーが数十体の敵を一気に葬り去る。 だが、その爆発の影からさらに押し寄せる怪人の大軍勢。 消耗したジャスティアスには、先ほどの攻撃を連発できるだけのエネルギーは残されていない。 これ以上ダメージを避ける事は出来ないと覚悟したジャスティアスは、ジャスティー・シールドを張って防御体制をとる。 と、その時である。 ジャスティアスの頭上を飛び越えて、稲光のような光の矢が怪人達に叩き込まれる。 振り返ると、十数機の戦闘機が編隊を組んでこちらに向かってくる。 「あ、あなた達は……っ!?」 『こちらは対グノー戦闘機部隊・Dウイングス。あなたがジャスティアスですね?』 「は、はいっ!危ないところを助けていただいて、どうもありがとうございます…」 『いえ、こちらこそ、出撃が随分と遅れてしまって……ですが、もうこれ以上グノーの好きにはさせませんっ!!』 対グノー怪人用の武器を装備した最新鋭の戦闘機部隊。 心強い援軍と共にジャスティアスは飛行怪人軍団を蹴散らしていく。 『こちらはもう我々だけで大丈夫です。ジャスティアス、地上への援軍をお願いできますか?』 「わかりましたっ!!Dウイングスのみなさんもくれぐれも気をつけてっ!!」 怪人達の数をおよそ三分の一まで減らしてから、残りをDウイングスに任せて、ジャスティアスは地上の戦いへと向かう。 足元の街では、今も絶えず爆発が起こり、戦闘が続いているようだった。 急がなければ。 ジャスティアスはブースターを全開にして、街に向かって飛ぶ。 だがしかし、そんな彼女の進行方向を遮るように、遥か前方に黒い人影が出現する。 「……っ!?まさか、グノーの新しい幹部?」 ジャスティアスと同じく背部に装備したブースターで宙に浮く人影。 遠目で見る限り、体格はジャスティアスよりさらに小さいぐらいだが、 全身から放たれている黒いオーラが相手が尋常な存在でない事を教えてくれていた。 グノーの幹部クラスはどれも強力で厄介な敵ばかりだった。 (ただでは通らせてもらえないよね……!) ジャスティアスは右拳にエネルギーを込めて、戦闘態勢をとる。 すると、黒い人影も同じように拳を固めた。 ジャスティアスは覚悟を決め、全身全霊の力を込めて謎の敵に向かって突撃する。 「バレット・ダァアアアアアアイブッッッ!!!!」 ジャスティアスの右拳と、タイミングを合わせて繰り出された敵の拳が激突する。 凄まじい衝撃が走り、両者は弾き飛ばされる。 ブースターによる加速を加えたバレット・ダイブを受け止められた事にショックを受けるジャスティアスだったが、 眼前に立ちはだかるその敵の姿を間近で見た時、それ以上の衝撃が彼女を襲った。 「そんな……その姿は……!?」 それはジャスティアスよりも背の低い、銀髪の少女だった。 その体を覆うのは、ピッチリと体のラインにフィットした漆黒のボディスーツ。 さらにその上から、濃紺のアーマーが体の各所に装着され、頭部を鋭いアンテナを持つヘッドギアが守っていた。 背部に装備された大きなブースターはまるでカラスの翼のようだった。 目元を隠すバイザーの向こうから、突き刺さるような視線がジャスティアスに投げ掛けられる。 そして、その少女の胸元に黒く輝くクリスタルを見た瞬間、ジャスティアスは呟いていた。 「黒い……ジャスティアス…!?」 アーマーやバイザーの形状や色、相違点はいくらでも挙げられる。 だが、その全体が与える印象は、ジャスティアスのものと酷似していた。 まるでネガポジ反転した自分の姿を見せられたようで、得体の知れない感覚にジャスティアスは顔を歪める。 すると、それを見て取った黒いジャスティアスが口端を吊り上げて笑った。 「ふふ、気付いてくれたみたいだね…ジャスティアス」 首筋に氷を押し当てられたような、怖気の走る声だった。 「あ、あなたは一体、何者なのっ!?」 その気配に気おされてか、ジャスティアスの声は自然と大きくなる。 「そんなに怖い顔をしないでよ。今日はほんのご挨拶に来たまでさ……最も、君がここまで強くなっているとは思いもしなかったけど…」 黒いジャスティアスは自分の右手を見ながら苦笑する。 先ほど、バレット・ダイブを受け止めたその拳と装甲はズタズタに破壊されていた。 「…なるほど強い。強いなぁ……。ボクが呼び起こされた理由もわかる気がするよ……」 「質問に答えなさいっ!あなたは一体……っ!?」 「おや、さっき君自身が言っていたじゃないか……忘れたのかい?」 そして、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、それは自分の名前を名乗った。 「ボクはジャスティーダーク……お見立てどおり、君の同類さ」 「ジャスティー……ダーク…」 呆然とその名を呟くジャスティアスの前で、ジャスティーダークは恭しく礼などして言葉を続ける。 「さっきも言った通り、今日は挨拶に来ただけだ。いずれ戦う事になる、その前にね……」 「ジャスティーダーク、あなたもグノーの一員なの……?」 「まあ、そうなるね。君にとっては倒すべき敵だ……だけどね」 そこで、ジャスティーダークは驚くべき事を告げた。 「予言しよう。……君は、ボクには勝てない…」 「なっ!?」 「確かに君は強い。力も技も速さも、恐らくボクを上回っている。だけど、残念だね。 君はボクには勝てない。ボクだけには、絶対に勝てない。そういう仕組みになっているんだ……」 不気味な予言を告げると、ジャスティーダークは手の平を上にかざして、時空のゲートを開く。 どうやら、今日は本当に挨拶だけで、この場を去るつもりらしい。 「ま、待ちなさいっ!!」 「ふふふ、そんなに慌てなくても、いずれたっぷり相手をしてあげるさ……」 追いすがるジャスティアスの前で、ジャスティーダークの姿は時空の狭間に掻き消えた。 取り残されたジャスティアスはジャスティーダークの消えた辺りを見つめながら、呆然と呟く。 「私が……絶対に勝てない…?」 そして、翌日の学校、ジャスティアス=穂村あすかは教室の一角の自分の席に着いて呟き続けていた。 「絶対に勝てない……絶対に勝てない、か……むぅ…」 昨日の激戦に何とかケリをつけて、再び日常に戻ってきたあすかだったが、 やはりジャスティーダークの言っていた意味ありげな言葉が頭から離れない。 そもそも、あのジャスティアスを思わせる姿、気にするなという方が無理な話だ。 「やっぱり、何かとんでもない新兵器を持ってるって事なのかな……?」 ジャスティーダークの自信ありげな態度は、そうとでも考えなければ説明がつかない。 ただ、その新兵器とやらがどんな物なのか、全く見当がつかないのではどうしようもない。 あすかは結論の出ない堂々巡りの思考を繰り返しては、深くため息を吐くばかりである。 と、そんなあすかに声を掛ける人物が一人。 「どうしたの、穂村?なんだか、暗い顔をしてるけど……」 「ふあ…あ……柳原君…?」 俯いていた顔を上げると、クラスメイトの柳原祐樹が立っていた。 かつてはクラス内で酷いイジメに遭っていた彼だったが、今の明るい表情からは当時の追い詰められた様子は感じられない。 かつて、グノーの幹部、アルベルとガンデルによって怪人に改造されてしまった彼だったが、 最終的には自らの意思でその呪縛を断ち切り、ジャスティアスを助け勝利への足がかりとなった。 その経験がきっかけとなったのだろう。 戦いが終わり、一通りの検査を終えて学校に戻ってきた彼は、以前とは違う毅然とした態度で自分をいじめる人間と相対するようになった。 無論、それだけで全てを終わらせる事が出来るほど、イジメというのは甘いものではない。 だが、あすかや親友の小春、さらには祐樹と僅かながらも親交のあったクラスメイト達が彼を助けた。 それが徐々にクラス内での賛同や協力を得て、最終的に祐樹を苛める事を容認する空気はクラスの中から一掃された。 そして、その動き自体がギスギスとして居心地の悪かったクラス内の雰囲気自体までも変化させ、 あの戦いから僅か3ヶ月ほどでこのクラス、2-Cの状況は一変したのだ。 全ては、最初の一歩を踏み出した祐樹の決意のおかげだと、あすかは考えていた。 今の彼は、信頼の置ける、頼りになる少年だ。 他の悩み事であったならば、迷わず相談していただろう。 しかし、まさかジャスティアスの正体が自分である事を明かすわけにもいかない。 せっかくの祐樹の気遣いにも、あすかは言葉を濁す事しかできない。 「そ、そそそ、そんな事ないよ?ただ、ちょっと最近疲れ気味だったから……」 やはりこうやって友人に対して誤魔化しを行うのは、どれだけやっても慣れる事ではない。 まあ、ここのところの連戦で疲れている事自体は本当だったのだけれど。 「そう?ならいいけど…何かあるなら遠慮しないで言ってくれよ。穂村には、ほら、色々世話になったしさ…」 「うん、ありがとう」 ともかくも、祐樹のこの変化はあすかにとって素直に嬉しいものだった。 自分を気遣うその言葉の分だけ、あすかの心も軽くなった気がした。 未だグノーとの戦いに終わりは見えず、あすかだけでなく、社会全体が言いようのない不安に覆われている。 だけど、いつ果てるとも知れないグノーの攻撃をひたすら耐え忍んでいるだけのように思える日々も、 少しずつではあるけれど、前に進んでいる。 とてつもない困難を乗り越えた祐樹の姿を見ると、あすかも自分の戦いが無駄ではないのだと、そう信じられるのだった。 一方、そんな和やかな雰囲気に包まれた教室の片隅で、一人だけ暗い影を背負い孤立している少年がいた。 佐倉龍司。 この学校でも最悪の部類に属する不良であるが、最近の彼には覇気というものが感じられなかった。 彼のイジメの格好のターゲットであった柳原祐樹の突然の変貌。 そして、それに伴うクラス内の空気の急激な変化。 龍司にとってこのクラス、2-Cは居心地の良い場所だった。 淀んだ空気の中、クラスの全員が互いに牽制し合うピリピリとした雰囲気。 その中にだけ、龍司は自分の居場所を見つける事ができた。 「それがまあ、ドイツもコイツもお上品になりやがって……」 腐った空気の中だからこそ、腐った自分の居場所もあるのだと龍司は考えていた。 ところが、かつては龍司に歯向かう素振りさえ見せなかった柳原祐樹、彼がこのクラスに風穴を開けてその空気を入れ替えてしまったのだ。 クラスは変わった。 龍司に付き従っていた悪友たちも徐々に変化をしていった。 そして、龍司だけが一人取り残された。 もともとが龍司の悪名になびいてついて来たつまらない連中だったのだ。 風向きが変われば、いなくなるのは当然と言えた。 だが、龍司は変わる事が出来ない。 彼が、これ以外の生き方を知らないが故に……。 「くそったれ……今更、どうしろってんだよ、この俺にっ!!」 龍司の親は地元に大きな影響力を持つ代議士だった。 彼の人生は、己の価値観にほんの僅かの疑いも持たない、エゴの塊のような親に対する反抗の連続だった。 金と名誉と権力と、その他諸々の世間的に価値のあるとされるモノだけを追いかけ、他を顧みない親へのせめてもの反抗。 街角ですれ違うありとあらゆる人間に喧嘩を売って、つまらない犯罪に幾つも手を染めた。 だが、彼の親は有り余る力を以って、その反抗の事実自体を抹消した。 いつしか龍司の反抗は、他ならぬその親によって、親の権力を傘に着た最もつまらない不良行為へとすりかえられたのだ。 圧倒的な無力感は龍司の心の牙を抜き取り、彼はその倦怠の中でどこまでも腐っていった。 そんな龍司にとってかつてのギスギスとした2-Cの空気は心地よいものだった。 だが、そんな日々ももう過去の話だ。 他ならぬ彼の気晴らしの対象だった柳原祐樹がそれを打ち破った。 今の祐樹は強い。 無論、腕力ならば龍司にいくらでも分があるだろう。 だが、龍司の疲弊し切った心は、自ら困難を乗り越えた祐樹の姿を見るだけで戦う力を萎えさせてしまう。 正直、勝てる気がしない。 こんな皮肉があるだろうか。 いまやこのクラスに、進んで龍司と関わるような者はいない。 全くの孤立無援だ。 穂村あすかはそんな龍司の様子を心配しているようだったが、どう言葉を掛けて良いか悩んでいるようだった。 それでいい。 今の龍司にはそういった気遣いをされる方が苦しい。 そもそも、既に居場所の無くなったこの教室に、わざわざやって来ている自分がどうかしているのだ。 「サボるか………」 このまま、教室から立ち去って、学校からも消えて、それが今の自分にはお似合いなのだろう。 次の授業までそれほど時間はない。 出て行くなら今の内だ。 ガタン、椅子から立ち上がって、ほとんど何も入れていない鞄を肩に引っ掛ける。 そんな龍司の様子を見ても、ほとんど誰も止めようとしない。 僅かに穂村あすかと柳原祐樹が気付いて、追い縋ろうとしていたが、ここで捕まってはいよいよ自分が情けなくなってしまう。 教室の後ろの扉から外に出て、二人の追撃を断ち切るようにわざと勢い良く扉を閉める。 そして、そのまま教室を立ち去ろうとした龍司だったが……。 「佐倉くん」 「んなぁ!?」 思いもかけず、背後から掛けられた声に、つい後ろを振り返ってしまう。 そこにいたのは……。 「てめえ……鈴野…っ?」 そこにいたのは穂村あすかの親友、鈴野小春だった。 あすかから逃れたと思ったら、今度はまた嫌なヤツに出会ってしまった。 「もうすぐ授業だよ、どこ行くの、佐倉くん…?」 「どこも何も、サボるんだよ。何か文句があんのか?」 こうなれば開き直るしかない。 出来得る限り不機嫌を装って、思いっきり怖い顔で小春を睨みつける。 親の力を抜きにしても、龍司は喧嘩ではこの辺りに右に出る者のいない不良の中の不良である。 その眼光にビビらない者などいない。 その時まで、龍司はそう信じていた。 だが……。 「そっか……」 「へっ!?」 龍司より遥かに小さなその少女は、何一つ気負う事無く、彼の方に一歩を踏み出した。 自然、上目遣いに自分を見つめる少女の視線と、龍司の眼差しがぶつかり合う。 そして、事も無げな調子で、小春はこんな事を言ってのけた。 「それなら、私も一緒に連れてってくれるかな?」 「い、一緒にって……?」 「だから、一緒にサボらせてって言ってるの」 「それにしても…今日は小春、一体どうしたんだろ?」 「え〜、あ〜、聞こえてるか、嬢ちゃん?」 「急に居なくなっちゃって……電話でもメールでも連絡が取れないし……」 「聞こえてねえ。聞こえてねえんだな、つうか、聞く気がないってか?」 「そういえば、佐倉君も同じくらいに学校からいなくなったんだっけ……まさか、まさかだよね?」 「わかった、そっちがそのつもりなら俺としても容赦はしねえぞぉ……」 ポカンッ!!! 自衛隊・Dフォース基地の格納庫内に気の抜けた音が響き渡った。 「痛ってぇ〜……」 「あれ?た、隊長さん、大丈夫ですか!?」 上の空で考え事にふけっていたジャスティアスを、軽く小突いてやった赤崎。 しかし、仏心を働かせて頭を直接殴らず、ヘッドギアの方を叩いたのが拙かった。 見た目以上の強度を誇るその装甲のおかげで、赤崎のほうが悲鳴を上げるはめになってしまった。 「な、何でもねえよっ!!つうかだな、人の話はちゃんと聞くもんだぞ、嬢ちゃんっ!!」 「あっ、す、すいません……」 ここ最近、ジャスティアスがこうしてDフォースの基地を訪れる事は珍しくなくなっていた。 激化するグノーの攻撃を迎え撃つ為には、その場しのぎの連携では限界がある。 そのために、ジャスティアスと赤崎をはじめとしたDフォースの面々は度々こうしたミーティングの場を設けていた。 しかも、今回は昨日の戦いで姿を現した謎の黒いジャスティアス、ジャスティーダークについての対策が話し合われていたのだが……。 「それを唯一肉眼で確認して、しかも『君は、ボクには勝てない』なんぞと生意気な事を言われた嬢ちゃんが、その様子でどうするんだよ?」 「それはそうなんですけど……私もほんの少し話しただけですし、とりあえず強そうだな、としか……」 勢い込んで集まってはみたものの、肝心のジャスティーダークのデータが少なすぎるのだ。 バレット・ダイブを受け止めるパワーと、何やら対ジャスティアスの必勝策を持っているらしい事以外、何もわからないのだ。 「ただ、気になるのは同類って言葉ね……」 桃乃が難しい顔をして言った言葉も、気に掛かる点の一つだった。 ジャスティアスの同類、同じ存在であるといのは、一体どういう意味なのだろうか? 「でも、実は私もなりゆきでジャスティアスになっちゃったから、これがどういう力なのか、あんまり良くわかってないんですよね」 「結局、ジャスティーダークとやらが何者なのか、ヒントは全く無いわけか……」 『正しき心の力、生命の力』、それをエネルギーにして戦う戦士の力。 だが、それがどこで生まれて、何故穂村あすかに託されたのか、その辺りの事は彼女自身にも全く分かっていないのだ。 しかも、それがどうしてグノーの手先になっているのか? 分からない事を挙げればキリがない。 その後も、ジャスティーダークの能力をジャスティアスと同等であると考えて、様々な対策が話し合われたが、 敵がピンポイントでジャスティアスを狙ってきた場合、機動力で劣るDフォースがどこまで彼女を助ける事が出来るのかはかなり疑問だった。 「結局、無茶をするな、としか言ってやれんな……」 「はい。私もなるべく単独でジャスティーダークとぶつかるのは避けようと思います」 「すまんな。俺達には、この辺が限界のようだ」 心底辛そう俯く赤崎の手の平に、ジャスティアスはそっと自分の手を重ねる。 「そんな顔しないでください、隊長さん。前も言いましたよね、みんなが、隊長さんがいるから、私も戦えるんです」 「ああ、ありがとよ……」 ぎゅっと自分の手を握り返してくれた赤崎の手の平、その感触だけでどんな相手にも負けない、そんな闘志が湧いてくる気がした。 先が見えないのはいつだって同じ事、そらならば今度も何一つ変わらない。 自分の持てる力の全てをぶつけて、グノーと戦うだけだ。 ただ、ジャスティアスには一つだけ、どうしても気に掛かる事があった。 「ジャスティーダーク……あの声、どこかで聞いた気がするんだけど………」 「はあ、疲れたぁ……何なんだよ、あの女は?」 夜も随分と遅くなってから、ようやく家に帰り着いた龍司は、今日一日の出来事を思い出しながら深くため息をついた。 今でも、どこか夢でも見ていたような気分だ。 バイクに跨った自分の背中に、ぎゅっとしがみついていた少女の感触。 学校をサボろうとして、なかば無理やり小春に同行される事になった龍司は、彼女に言われるがまま色んな場所を巡る羽目になった。 龍司の運転するバイクのスピードにいちいち嬌声を上げ、ちょっとした事にもにこにこと笑う小春。 正直、楽しかった。 完全に小春に主導権を握られていたのは気に食わなかったが、それも今から考えれば些細な事に思えた。 ただおとなしくて行儀の良い事だけが取り柄だと思っていたあの少女に、こんなにも心を乱されようとは……。 「あんな身長もなければ、胸も無い、小学生まがいの女……」 そんな少女の、上目遣いの笑顔に思わず胸を高鳴らせた。 些細な言葉の一つ一つにどぎまぎして、それを表情に出さないようにするのに必死だった。 『なんで、ず〜っとそんな怖い顔をしてるの?』 バイクを停めて休憩していた時、小春はそんな事を聞いてきた。 『うるせえな、生まれつきだよ』 『そうかな、少なくとも今の佐倉君、あんまり楽しそうには見えないよ?』 その言葉に、龍司は少しカチンときた。 もしかして、小春が自分に近付いてきた目的は……。 『なるほど、クラスの中で浮いちまってる可哀そうなこの俺に、同情してくださってるってわけか!』 たっぷりと皮肉を込めて、龍司は言った。 だが、それに対する小春の反応は……。 『うんうん、それそれ。なんだか佐倉君、一人ぼっちでかわいそうだなって思って』 『んなっ!?』 あまりにストレートな返答に、一瞬、龍司は言葉を返せなかった。 『だって、教室でも誰とも話さずずうっと難しい顔して、気にするなって方が無理だよ』 『別に俺がどう学校で過ごしてようと関係ないだろ!!だいたい、同じクラスに居るだけでどいつもこいつもへらへら笑って、 仲良しをやんなきゃいけねえルールでもあるのかよ?そっちの方がおかしいだろうがっ!!!』 『そうだね。無理にでも仲良くしなきゃいけないとか、そんな風に考える必要は私もないと思うな……でもね』 そこで、小春はにっこりと笑った。 その花のような笑顔は、未だに龍司の瞼の裏に焼きついて消えない。 『佐倉君は、みんなと仲良くしたいって、そういう風に私には見えたんだけど……』 『あっ……?』 『みんなと仲良くしたい人が、仲良くできないのはちょっと辛いよね……』 何を馬鹿な事をと、その場で言い返すつもりだった。 だけど、龍司はそれ以上何もいう事が出来ず、結局、随分と遅くまで小春と一緒に遊びまわった。 小春を、彼女の家の近くの通りでバイクから降ろしてやった時も 『今日は楽しかったよ、ありがとね、佐倉君』 『お、おう……』 『それじゃあ、また明日、学校でね』 『ああ、また明日な……』 ついそんな風に答えてしまった。 (全く、たかが女一人で俺もたいがい現金な奴だよな……) それでも、ただ小春と言葉を交わすために学校に通うというのも悪くないんじゃないかと、今の龍司には思えていた。 一方、同じ頃、柳原祐樹は自分の部屋の窓辺に立って、夜空の月を見上げていた。 ここ三ヶ月ばかりで、彼も、彼の周囲の環境も大きく変わった。 きっかけとなったのは拭う事の出来ない罪の記憶と、それさえも乗り越えて立ち上がったあの少女、ジャスティアスの姿。 「そういえば、佐倉の奴、鈴野と何してたんだろ……?」 今日の放課後、祐樹はバイクに乗った佐倉龍司と鈴野小春の姿を見た。 イジメの首謀者だった龍司に未だ苦手意識のある祐樹だったが、二人の楽しげな表情が妙に目に焼きついて離れなかった。 今まで、学校の中で、あんな楽しそうな龍司の顔を見たことがなかった。 もしかしたら、最後にはいじめられていた側といじめていた側、そんな二人ですら和解できるのかもしれない。 それが良い事なのか悪い事なのか、今の祐樹にはまだ解らないけれど……。 (だけど、そうやってみんなが変わっていく事ができるのなら……) だが、その時、そんな祐樹の物思いを鋭い痛みが断ち切った。 「く…っ!?…な、なんだっ!?」 首の後ろが焼けるように熱い。 そこはかつて、アルベルとガンデルによって怪人の細胞を植え付けられた場所だった。 「何なんだよ、これ……っ!?」 実のところ、その場所に違和感を感じるのは、これが初めてではなかった。 あの戦いの後受けた検査でも見つけられなかった何かが、自分の体の一部となって残っているような感覚を祐樹はいつも感じていた。 それでも、あの怪人の力に負けない心の強さを持った今の祐樹にとって、それはさして恐れるような事ではなかったのだが……。 「何だこれ……いつもと違う……まるで、何かに怯えてるみたいな……!?」 今、祐樹が感じている痛みは、かつて怪人に成り果てた時の凶暴な感覚ではなかった。 それは、まるであわれな子羊が、唯一絶対の神を畏れ慄くような感覚。 「ぐあ…あ……うぁあっ!!?」 やがてゆっくりと痛みは引いていったが、体の奥底に焼き付けられたような恐怖は消える事がなかった。 息を切らしながら、祐樹は窓の外をもう一度見上げる。 先ほどまでは、穏やかに街を照らしているように見えた月の光が、今は何故かひどく禍々しいものに感じられる。 それは、ついさっきまで希望に満ちているように感じられていた未来を、不気味な色で照らし出す。 祐樹は感じていた。 とてつもない何かが、今この世界に迫ろうとしているのだと……。 「何が……一体、何が起きるっていうんだ…っ!?」 そして遥か次元の壁の向こう、グノーの中枢部。 薄闇の中、僅かな灯りに照らされた玉座の前にジャスティーダークがひざまずいていた。 「間もなく全ての準備が整います、グノー皇帝……」 「そうか。いよいよ始まるか。全てを我が供物へと変える、終末の時がついに……」 闇の奥で輝く、血の色より赤い二つの眼が、来るべき時を思って不気味に嗤った。 そして、その日からおよそ一ヶ月の間、グノーによる攻撃は完全に途絶えた。 まるでグノーの出現前に戻ったかのような平和な世界。 だが、誰もが薄々と感じていた。 グノーが今更この世界への侵略をやめる理由などあろう筈もなく、この平和は恐らくは嵐の前の静けさに過ぎないことを……。 グノーの攻撃が再び始まる前に、それを迎え撃つ態勢を整えなければならない。 各国軍隊は対グノー怪人戦で効果を上げているパワードスーツを急ピッチで量産し、その他の兵器も来るべき時に備えて整備が進められた。 航空自衛隊・アメリカ空軍は戦闘機部隊の武装をDウイングスの装備する対怪人用の光線兵器へと換装。 さらに、怪人戦のエキスパートであるDフォースの為、新型のパワードスーツが配備される事となった。 「へえ、これが新しいパワードスーツですか。前のに比べると随分スマートですね」 「つっても、まだまだ特撮物のロボットのきぐるみくらいにはゴツイと思うがな……」 新型パワードスーツを用いての訓練を行うDフォースを、ジャスティアスが訪ねたのは雲ひとつ無いある晴れた日の事だった。 「だが、変わったのは見てくれだけじゃねえ。パワーもスピードも以前と段違い。 オマケに各種生命維持システム完備と、泣けてきそうなくらいの豪華仕様だ」 「武器の方はどうなんですか?」 「レッドスクリーマーも新型に変わった。他の連中の装備も右に同じだ。特に凄いぞ、改良型のDジェノサイダーは……。 まさに暴力と殺戮の化身、正直R18でも足りないぐらいのとんでもない武器だぜ!」 「あ、残虐武器なのは変わらないんですね……」 上機嫌に新型パワードスーツを撫でる赤崎の横で、ジャスティアスは苦笑いする。 格納庫には30体以上のパワードスーツとそれぞれの専用装備、バイクが並び、戦いの始まりを静かに待っていた。 そのどれもが怪人達を一網打尽にする、一騎当千の戦力だ。 世界中の軍隊もグノーとの戦いに向けた準備を進めている。 人類は今現在可能な全ての手段を以って、グノーを迎え撃とうとしていた。 だが、それでも不安は消えない。 これまで、異世界から襲撃を繰り返すグノーに対して人類側は防戦一方だった。 果たしてグノーがどれほどの戦力を隠し持っているのか、未だに見当もつかない状況なのだ。 グノーがその全ての兵力を以って攻撃を仕掛けてきた場合、人類にそれを耐え凌ぐ力があるのか、誰にもわからなかった。 その不安は、ジャスティアスにしても赤崎にしても同じ事だったが、二人はあえてそれを口に出そうとはしなかった。 「しかし、これでグノーの攻撃が途絶えて三週間か……。延々、待機し続けてたのに全部空振りとはな。 どうせほとんど開店休業状態だったんだから、ちっとは休みでも取りゃあ良かったか……」 「仕方ないですよ、今は。グノーをやっつけたら、たくさんお休みを取ればいいじゃないですか」 「そうだな。グノーを全部片付けたら、のんびりどこかに旅行にでも行ってみるか……」 そこで赤崎はどことなく拭い切れなかった暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように、楽しそうに笑いながらジャスティアスにこんな事を言った。 「行くなら温泉、だろうな……。どうだい、そん時は嬢ちゃんもいっしょに……」 「へっ……?…えっ…た、隊長さん…何を…?」 顔を真っ赤にしてうろたえるジャスティアスに、赤崎はそんな彼女の頭をぺしぺしと優しく叩いてやりながら続ける。 「ばーか!Dフォース全員で行くときに、お前も来いって言ってるんだよ」 「そ、そうか…そうですよね…」 赤崎の言葉に、少しホッとしたような、それでいて残念そうな表情を見せるジャスティアス。 だが、次に赤崎が口にした言葉に、ジャスティアスは心臓が止まるかと思うほどの驚きを感じる事になる。 それは……。 「気心の知れた連中と行く旅ってのも、悪くはなさそうだろ?なあ、あすか……」 「えっ!?」 突然、本名で呼びかけられて、ジャスティアスは大きく目を見開く。 「た、隊長さん、ど、ど、どうして、名前……!?」 「そんなに驚くなよ。ほら、アルベルとガンデルの奴に一緒に捕まった事があっただろ。 奴らに幻覚を見せられてる時に嬢ちゃんが言ったんだよ」 「そっか、あの時に……」 ほんの数ヶ月前の事なのに、随分と月日が流れたような気がする。 あの時も、ピンチに陥ったジャスティアスを救ってくれたのは赤崎だった。 それだけではない。 グノーとの戦いが始まったばかりの頃から、赤崎をはじめとしたDフォースの面々にジャスティアスは助けられてきた。 その絆は、今の彼女にとって何にも代えられない大切な宝物だ。 だが、それはあくまでジャスティアスとしての彼女が築いた関係に過ぎない。 こんな風に素顔の自分、穂村あすかとしての自分に触れられるのは、なんだかこそばゆくて、照れくさくて……。 「グノーとの戦いが終わったら、ジャスティアスもお役御免だろ? そん時は、ありのままの嬢ちゃんで遊びに来てくれ。俺も、他の連中も歓迎してやるよ」 「はい……」 だから、頬を赤く染めた彼女は、小さな声でそう言って、肯くのが精一杯だった。 窓の外に覗く空は、どこまでも高く、青い。 赤崎と、Dフォースのみんなと、共に戦う全ての人々と、きっと平和を勝ち取ってみせる。 青空を見上げるジャスティアスの胸には、限りない希望とかつて無いほどの力が満ち溢れていた。 たとえ、その未来にどれほどの暗黒が待ち受けていようとも……。 SS一覧に戻る メインページに戻る |