シチュエーション
そして、一ヵ月後、ついにグノーの攻撃が再開された。 それは今までの戦いがほんの遊びであったかのような、あまりに壮絶すぎるものだった。 その日、龍司は学校を休んでいた。 別にサボっているわけではない、普通に風邪をひいただけである。 本当なら、無理をしてでも学校に行こうとしていたのだが……。 「クラスで浮いてる癖に、女目当てに登校する不良って何なんだよ……」 自分が学校へと向かう理由、それを思い出して、どうにも今更ながらに恥ずかしくなってしまった。 (それに、この体調で行ったら、鈴野もうるさいだろうしな……) いまやすっかり龍司の行動を左右するようになってしまったその少女の顔を思い出して、ため息をつく。 結局、そのまま布団の中で、怠惰な時間を過ごしていたのだが……。 「ん……なんだ……?」 奇妙な気配を感じて、窓の方を見た。 一見して何の変哲も無いいつもの景色。 だが、何かが致命的におかしい。 「………妙だな、今朝はもうちっと晴れてなかったか…?」 まだ午前中の、晴れ渡っていた筈の家の外が暗い。 しかも、空を覆う雲は、今にも振り出しそうなほどの暗雲だ。 天気予報が外れたのだとしても、この天候の急変は理解できなかった。 だが、もう少し細かく外の様子を見ようとして、この異変の正体に気が付いた龍司は咄嗟にカーテンを閉め、窓の影に隠れた。 「……な、何だよ?あれは一体、何なんだよ!!?」 彼は気が付いたのだ。 空を覆う黒雲と見えたもの、それが全て得体の知れない生物である事に……。 青空を埋め尽くしたその怪物たちの正体が、全てグノーの怪人であることに気付いてしまったのだ。 ガチガチとうるさいぐらいに歯の鳴る音が聞こえた。 全身の筋肉が強張って、その場から立ち上がる事さえままならない。 圧倒的な数の破壊の使者達は、そのまま人類にとっての絶望を意味していた。 昨日まで当たり前に続いていた世界がボロボロと崩れ落ちていく恐怖。 いかに腕が立つとはいえ、怪人達相手にはなんら抗う術を持たない、ただの人間である龍司は部屋の隅で震えている事しかできない。 だが、彼は思い出す。 「…そうだっ!…鈴野は…今、学校に……っ!!」 彼女もこのまま、あの怪人達の群れに飲み込まれて消えてしまうというのだろうか。 「ち…っくしょ…」 自然と浮かんでくる涙を拭い、笑いっぱなしの膝を殴って、無理やり立ち上がる。 自分が行ったところで、何ができるのかはわからない。 それどころか、無事に学校に辿り着けるという保障さえない。 「…そういえば、親父の奴、猟銃と日本刀を持ってたよな……」 壁にもたれかかりながら、一歩、また一歩と、龍司は進む。 「待ってろ。待ってろよ……鈴野ぉ…」 一方、授業の真っ最中だった学校も、突然起こったその異変にほとんどパニック状態に陥っていた。 うなじに走る激痛に顔をしかめながら、柳原祐樹は窓の外の黒雲を睨みつける。 まさか、かつての自分が予見したものが、これほどの大破滅だろうとは思いもしなかった。 幾度も避難訓練を重ねてきた生徒や教師達も完全に我を失い、学校の中で震えて縮こまるばかりだ。 シェルターに逃げ込むには一度学校の外に出なければならなかったが、今にも自分に降りかかってくるかもしれない暴力を前にして、 それを実行できる人間、ましてや他の人間を誘導できる者などいなかった。 (駄目だ……このままじゃ、本当にみんな殺される…) 祐樹をはじめとして、シェルターへの避難をうながそうと必死に叫ぶ人間もいたが、誰も彼らに耳を貸そうとしない。 無力感を噛み締めながらそれでも祐樹は叫び続ける。 「みんな、落ち着いてっ!!」 「お願い、早くシェルターに避難しないと……っ!!」 彼の横では、さきほどから小春も同じように呼びかけを続けていた。 また、怯え切って立ち上がれない人間を、何とか立ち上がらせようとする者もいた。 だが、それらもほとんど焼け石に水だった。 何とか落ち着いた行動を取ろうとしている彼らでさえ、圧倒的な恐怖に押しつぶされそうなのだから。 誰もが諦めに押し流されそうになったそんな時だった。 「うわっ!!…なんだ、あの光は……っ!!?」 誰かが叫んだ。 まばゆい閃光が幾度も窓の外で瞬く。 一瞬、グノーによる攻撃かと、祐樹は身構えたのだが……。 「あ、あれは……」 窓の外、光の軌跡を残しながら、怪人達の群れの中を飛んでいくその姿を、彼は誰よりも良く知っていた。 「ジャスティアスだっ!!!」 祐樹の声を聞いて、みんなが一斉に窓の外を見た。 ブースターを全開にして、学校の上空を真っ直ぐに突っ切るジャスティアス。 彼女が通り過ぎた後、怪人達は次々に爆発を起こしていく。 その姿にしばし呆然と見とれていた祐樹だったが、ハッと我に返り教室のみんなに向かって叫んだ。 「今だっ!!みんな、今なら学校の上の怪人達も手を出せないっ!!シェルターに逃げるんだっ!!!」 祐樹の叫び声を聞いて、今まで恐怖に震えていた人間たちもようやく立ち上がり、避難を始める。 学校上空の怪人が倒されたという事実と、悠然と空を飛ぶジャスティアスの勇姿が彼らを勇気付けたのだ。 「ありがとう……ジャスティアス…。どうか、無事でいてくれ…」 シェルターに向かう列の最後に立って、祐樹は教室の窓を振り返り、小さく呟いた。 今、ジャスティアスが挑もうとしている敵は、あまりに巨大で凶悪だった。 かつてない困難を前にして、祐樹の祈りがどれほどの効果を持つかはわからない。 それでも、今の彼は彼女の無事を、勝利を、祈らずにはいられなかった。 「バレット・ダイブッッッ!!!!!!」 全身にエネルギーを漲らせ、怪人達の群れを切り裂いて、ジャスティアスは飛ぶ。 (みんな、うまく逃げてくれてると良いけど……) 無数の敵に囲まれたこの状況で学校を離れるのは心苦しかったが、今のジャスティアスには一つの懸念材料があった。 ジャスティーダークの存在である。 怪人を遥かに凌駕するジャスティアスと同等の力を持った存在。 しかも、そのターゲットはジャスティアス自身であると考えてほぼ間違いない。 ジャスティアスがとどまり続ける事は、そのジャスティーダークを学校や周辺の住宅街に呼び寄せる事と同じなのだ。 学校を飛び立つ際、周りの敵をあらかた片付けておいたのが、今の彼女に出来る精一杯だった。 それ以上の対策をとるには、ジャスティアスにとっても、人類にとっても、この攻撃はあまりに唐突過ぎた。 「まさか、ここまでの大軍で攻めて来るなんて思わなかった……」 いくら蹴散らしても次々に溢れてくる怒涛の如き大攻勢。 既に遠くに見えるビル街はいくつもの爆発や炎に包まれていた。 「隊長さんやDフォースのみんなも無事だと良いけれど…」 可能であるならば、Dフォースをはじめとした自衛隊などの戦力と連携して戦いたかったが、事態はもはやそういったレベルを越えているのかもしれない。 焦る気持ちを必死で抑えて、ジャスティアスはひたすら前へ、怪人の群れの中枢を目指す。 だが、その時、ジャスティアスの鋭敏な感覚が、遥か上空から迫る凄まじい殺気を捉える。 「くぅ……っ!!」 咄嗟に右にかわす。 すると、青白い光の奔流が先ほどまでジャスティアスの居た場所を、周囲の怪人もろともまとめて焼き払った。 「来たっ!!」 制動をかけながら、腰に装着したジャスティーブレードを抜き放ち、振り返りざまに横なぎに切り払う。 それを受け止めたのは、先ほどのビームと同じ青白い色の光の刃。 「やあ。また会ったね、ジャスティアス」 「…ジャスティーダーク……っ!!」 そこにいたのは、巨大な鎌を携えた死神の如き漆黒の戦士。 「さあ、以前の約束を果たしてあげよう。ジャスティアス、君の命運は、今日ここで尽きるのさ…」 ジャスティーダークは凍りつくような笑みを浮かべて、そう言い放った。 ビル街を埋め尽くす、怪人、怪人、怪人の群れ。 今までで最大規模の攻撃ですら、この圧倒的物量の前には生温く思える。 「倒しても倒してもキリがないですね。今までのはほんの様子見だったって事でしょうね」 「なにせこっちからは敵の本拠地に手を出せなかったッスからね。ちくちく怪人を作って溜め込んでたんスね」 「馬鹿野郎っ!!無駄口叩いてる暇があったら、一匹でも多く奴らを倒すんだよっ!!」 Dフォースの第1〜第6チームは街中に陣を敷いて、迫り来る敵と戦っていた。 撃ち落し、切り裂き、怪人達を骸に変えていく。 だが、どれだけの攻撃を浴びせても、その数は一向に減る気配を見せない。 各地の自衛隊も応援を送っているようだったが、 どうやら日本中、いや世界中の主要な都市が同じ有様らしく、戦力の差はほとんど致命的なレベルに達していた。 「こういう時、映画では核ミサイルで街ごと吹っ飛ばすんだが……」 「たぶん、そこを真っ先に抑えられちゃったみたいですね。今まで散発的な攻撃を繰り返しながら、同時にそっちを調べてたのかも……」 「となりゃあ、いよいよ俺らが最後の頼みの綱ってわけだ。野郎ども、気張れよぉ〜っ!!」 軽口を叩きあいながら、ひたすらに怪人を倒す。 街中に補給施設をいくつも作っておいたおかげで、弾切れエネルギー切れの心配は当分無さそうだったが、 それも無尽蔵の怪人軍団を前にすると心もとなかった。 だが、彼らにはそんな不安に心を留めている余裕はない。 もし、手を止めて口をつぐんだら、その瞬間、怪人に殺されるより早く絶望に飲み込まれそうだった。 (嬢ちゃん……。嬢ちゃんも、どこかで戦っているのか?) 激しい戦いの最中、赤崎はジャスティアスの事を思い浮かべる。 果たして、自分はもう一度、あの笑顔を見る事ができるのだろうか? 胸の奥に湧き上がる不安。 赤崎はそれを強引に打ち消して、自分を鼓舞する。 「見られるか?じゃねえ。無理やりにでも見てやるさっ!!!」 叫び声を上げ、また一体、三連チェーンソーが敵を切り裂いた。 一方そのころ、市街地の上空遥か高く、ジャスティアスはジャスティーダークと対峙していた。 ほとんど互角の能力を持つ二人の戦いは、一進一退のまま延々と繰り広げられていた。 どちらか先に隙を見せた方が負ける。 一瞬たりとも気を抜く事の出来ない勝負は、それだけでジャスティアスの神経を消耗させていく。 「ジャスティー・ツインブレードッッ!!!」 「ダークネス・サイズッッ!!!」 連結状態のブレードで打ち込まれた斬撃を、ギリギリのところでジャスティーダークの巨大鎌が受け止める。 そのまま押し切ろうとしたジャスティーダークの力をジャスティアスは逆に受け流し、サイドに回って鋭い蹴りを繰り出す。 だが、ジャスティーダークはその攻撃をかわそうとせず、ダメージ覚悟で鎌の柄による打撃をジャスティアスに喰らわせる。 互いの攻撃で、二人のアーマーにヒビが入る。 ジャスティアスとジャスティーダークは後ろに飛び退き、息を切らしながら相手を睨みつける。 「くっ……なんて強いの…っ!!」 「ふふ……君こそ恐るべき力だ……だけど」 しかし、どちらが勝つのか先の見えない勝負の中で、ジャスティーダークの表情には余裕があった。 ジャスティーダークは口端を吊り上げ、不気味に笑い、宣言する。 「…そろそろ様子見はやめだ……見せてあげるよ、君がボクには絶対に勝てないと言った、その理由を……っ!!」 ついに来るべき時が来た。 散々ほのめかされた対ジャスティアスの秘策を敵は使おうとしている。 「やれるものなら……やってみなさいっ!!!」 ジャスティーダークの言葉を受けて、弾かれたようにジャスティアスは飛び出した。 右コブシに全身全霊の力を込めて放つ一撃。 敵の手の内が見えない以上、彼女の取り得る選択肢はその秘策を使われるより早く勝負を決める事だけだった。 当然、ジャスティーダークもそれを予想しているだろう。 ならば、その予想ごと全てを打ち貫くしかない。 「バレット・ダァ―――――イブッッッ!!!!!!!」 かつてジャスティーダークに受け止められた時とは比較にならないスピードとパワーで放たれた必殺の一撃。 弾かれるか、防がれるか、受け止められるか……。 全てを覚悟した捨て身の攻撃だった。 だが、しかし……。 「…えっ!?」 ジャスティーダークの対応はそのどれでもなかった。 正確に言うならば、何一つ対応を取ろうとしなかった。 防御も回避もカウンターもない。 ただ空中で棒立ちのままのジャスティーダークに拳がめり込もうとしたその瞬間…… 「無駄だよ……」 ジャスティアスの拳に集まっていたエネルギーが雲散霧消した。 ブースターは推力を無くし、それでも慣性に従ってぶつかってきたジャスティアスの体をジャスティーダークは軽々と受け止める。 「わかったかな?これが理由さ……」 「い、一体何が……っ!?」 ジャスティーダークの手の平がジャスティアスの首を無造作に掴む。 それを振り払おうと、ジャスティアスはブレードを手に取りそのまま切り上げるが…… 「だから無駄だって言っているじゃないか…」 光の刃はジャスティーダークに届く前に、先ほどのバレット・ダイブと同じくエネルギーを失う。 訳のわからぬまま脱出しようとするが、背部ブースターは彼女の意思に反して沈黙するばかり。 「どうして…こんな……っ!?」 体が重い。 胸のクリスタルは膨大な量のエネルギーを生み出しているのに、体を覆う強化服がそれを受け取ろうとしないのだ。 「ほら、これじゃあボクに勝つどころか、戦う事さえ出来ないだろ?……さっきまでの戦いは君の成長具合を見定めるために遊んでいただけさ」 「…あ……うぁ…あぁ…」 こんな事が有り得るのだろうか? ジャスティアスの力は、今目の前の少女によって完全に支配化に置かれていた。 戦うための手段を根こそぎ奪う。 確かにこれ以上のジャスティアス破りなどあろう筈もない。 だが、一体どうやって? 「訳がわからない、って感じの顔だね……」 完全に力を失い、呆然自失状態のジャスティアスにジャスティーダークは語りかける。 「不思議に思わなかったのかな?例えば、対ジャスティアス用の触手怪人をボク達がどうやって作り出したのか。 それがジャスティアスに有効である事をどうやって確認したのか……」 「何を…言って……?」 「答は簡単だ。実験台がいたのさ。言っただろ?ボクは君の同類だ。 ジャスティアスとほとんど変わらない力を持った手ごろな実験台……つまりはボクを使ってあの触手は作られたんだよ…」 そして、ジャスティアスの耳元でこんな事を囁いた。 「覚えていないのかい?ずっと前にもこうして二人で話したじゃないか……ねえ、穂村あすか?」 「あなたは……まさか…っ!?」 茫洋としていたジャスティアスの記憶が急速に像を結ぶ。 彼女は既に気が付いていた筈なのだ。 正体不明の敵、ジャスティーダークの声になぜか聞き覚えがある事に……。 そして、穂村あすかとジャスティアスが同一人物である事を知る者はただ一人しかいない。 『正しき心の力、生命の力をあなたに託します。どうか、この力でグノーを倒して……っ!』 その言葉を、その声を、ジャスティアスは今でもまざまざと思い出すことができる。 「気が付いたみたいだね。そう、それが正解だ……」 ジャスティーダークは最後にその答をハッキリと告げた。 「ボクはかつて君にその力を与えた存在。グノーに敗れ、その尖兵に成り果てた哀れな戦士さ……」 「そうだ。ボクは君と同じ存在。かつてそのクリスタルを胸にグノーと戦った人間だ……」 淡々とジャスティーダークは語り始めた。 「君たちは理解していないようだけど、グノーは侵略者じゃない。正確に言うのならば、そう……捕食者だ」 グノーの目的はその世界を制圧し、自分の物にする事ではない。 その世界を喰らい尽くす事。 「かつては無数の世界を股にかけた巨大な帝国を作り上げていたようだけど、それももう昔の事だ。 グノーとは一つの生命体だ。怪人もある程度の自我を与えられた幹部達も、リーダーである皇帝の細胞にすぎない。 グノーはただひたすら、そのエネルギー源である生命の力、心のエネルギーを食らうために無数の世界を渡り歩いているのさ」 グノーは人の心を喰らう。 そして、それが最大のエネルギーを発するのは、生命が圧倒的な絶望に晒された時、醜く断末魔を上げるその瞬間だ。 蝋燭の炎が消え去る寸前、最も激しく燃えるように、生と死の瀬戸際で発せられるそのエネルギーをグノーはひたすらに求めるのだ。 「だからこそ、グノーは獲物に対して十分な準備期間を与え、彼らが持てる力の全てを発揮できる状況を作り上げる。その絶望を、より深いものにするために……」 「そんな…それじゃあ……っ」 「そうだね、君たちの戦いはせいぜい、我が主のための料理の下ごしらえといったところだ」 そのようにしてグノーに食われた世界の一つが、かつてジャスティーダークの守っていた世界だった。 彼女は懸命に戦い続け、自分の暮らす世界を守ろうとした。 だが、その為に彼女に与えられた力、生命と心の力を増幅しエネルギーに変えるシステムを、グノーは手に入れようとし始めた。 このシステムを使えば、グノーは今までとは比較にならない巨大なエネルギーを手にする事ができる、そう考えたのだ。 「激しい戦いの果てにグノーに敗れ、ボクの体と力を皇帝は手に入れた。 彼はシステムもろともボクを取り込み、ボクに永遠の絶望を与え続ける事で、無尽蔵のエネルギーを引き出そうとしたんだ」 それは、彼女にとって最も避けるべき事態だった。 自らの故郷を滅ぼされただけでなく、グノーの更なるパワーアップの道具に成り果てる。 彼女は最悪の事態に対して、せめてもの抵抗を試みた。 だが、しかし………。 「ボクは、新たにグノーの攻撃を受ける事になった世界の人間に自分の力を託そうとした。 だけど、その目論見はギリギリのところで失敗したのさ。妨害を受けたボクの体にはエネルギー制御プログラムの一部が残されてしまった。 グノーはそんなボクを調教し、洗脳し、擬似クリスタルを与えて対ジャスティアスの兵器に仕立て上げた……」 対ジャスティアスの触手の実験台として嬲られ続け、朽ち果てた彼女の心にグノー皇帝は新たなる使命を焼き付けた。 ジャスティアスを捕らえ、その力をグノーのものとするべし。 「ボクは今でもその力に対する優先的なコントロール権を持っている。君は絶対にボクに逆らう事ができない…… 計り知れないポテンシャルを持つその力に対する最大最強のカウンター、それが今のボクだ……」 全ては馬鹿馬鹿しいほどの予定調和だったのだ。 どれほどジャスティアスがパワーアップしようと、ジャスティーダークが存在する限り無効化されてしまう。 抵抗すればするほど深まる無力感は、いずれは全てグノーの糧となってしまう。 しかし、それでもジャスティアスは諦めようとしなかった。 「このっ……はなせっ!…はなせぇ!!」 首を掴むジャスティーダークの手の平から逃れようと、ジャスティアスは必死でもがく。 だが、いまやただの少女の力しか持たない彼女の抵抗は、あまりにも弱弱しくむしろ哀れを誘うばかりだった。 苦し紛れのキックが側頭部を襲うが、ジャスティーダークは表情すら変えようとしない。 「君もたいがい諦めが悪いね……わからないのかい?どうせ、全部無駄なんだよっ!!」 いつまでも暴れ続けるジャスティアスの鳩尾に、ジャスティーダークの容赦ない貫手がめり込む。 ジャスティアスは一瞬呼吸停止の状態に陥った後、激しく咳き込んだ。 苦痛のあまりこぼれ出た涙で、視界が滲む。 それでも彼女は手を休める事無く、ジャスティーダークへの抵抗を続ける。 殴って、蹴って、そしてまた無造作に振るわれるジャスティーダークの力に打ちのめされる。 「まけ…ない……はぁはぁ…まけられないんだ……っ!!」 「だから、無駄なんだって何度言ったらわかるのかな?…どうせ負けるなら、さっさと諦めた方が君も楽だろう?」 そんなジャスティアスに痺れを切らしたのか、ジャスティーダークは手の平に力を込め、ジャスティアスの首をギリギリと圧迫する。 酸素の供給を絶たれて、ジャスティアスの体から力が抜けていく。 「…たいちょ…さん……みんな……」 「何が君をそこまで駆り立てるのかは知らないけど、君の敗北はすでに決定しているんだ。 諦めたって、誰も文句は言わないさ………それに、もうすぐこの世界の人間も知る事になる。…本当の絶望という物を……」 ようやく抵抗できなくなったジャスティアスに、ジャスティーダークは昔からの友人にするような親しげな調子で語りかける。 そして、無数の怪人が舞い飛ぶ空をその手の平で指し示して…… 「さあ、とくと見るがいい。あれこそが君たちの滅びそのものだ……っ!!!」 その時、空が裂けた。 まるで刃に切り裂かれたようなグロテスクな傷が、街の上空を真っ二つに引き裂いて伸びていく。 そして、そこに垣間見えた異次元の彼方から、その異形は姿を現した。 「何だよ……ありゃあ…!?」 地上の怪人達と戦いを繰り広げていた赤崎、そしてDフォースの面々は上空を覆い尽くすソレが何であるか、最初は認識できなかった。 怪人達の群れが作り出した影より、なお暗い闇がそこには存在した。 突然訪れた夜。 それが物理的な実体を持ったものである事に彼らが気付いたのは、 はじめは黒一色に見えたその表面がいくつもの曲面や角を持っている事を発見した時だった。 「た、隊長っ!!まさか、あれ……!?」 「ああ、たぶん、間違いねえだろうな………」 それは街そのものをその影で覆い尽くすほどの巨大な飛行物体だった。 はるか衛星軌道上からその出現を見守っていた軍事衛星のセンサーには、それはまるで六枚の翼を持つ黒い鳥のように写った。 無論、全長が軽く10キロメートルを越える鳥など、世界のどこを探しても存在するはずがないのだが……。 「グノーの移動要塞ってとこか?こりゃあ、核を持ってきても駄目かもしれねえな……」 戦い続けていた自衛隊や警察の戦意が、必死で安全な場所に避難しようとしていた住民達の生きる意志が、その威容を目にしただけで無残に削り取られていく。 未だ人々の胸に僅かながら残っていた希望が音を立てて崩れ、圧倒的な死の恐怖に取って代わられていく。 「上等じゃねえか……やってやる!!…やってやるよ!!!」 自分を奮い立たせるように、赤崎が叫んだ。 だが、その声は沸き上がる恐怖に耐えかねたように、惨めに震えているように赤崎には聞こえた。 「あれこそがボクたちグノーの本拠地にして、グノー皇帝そのもののお姿さ」 空間の裂け目から悠然と姿を現した、空を飛ぶ山脈と見まごうような超巨大質量。 その全体から迸る禍々しくも凄まじいエネルギーの量に、ジャスティアスはただただ圧倒される。 恐らく、このバケモノに人類の持つ現用兵器は一切通用しないだろう。 唯一、敵と真反対のベクトルの力を持つジャスティアスならば、何らかのチャンスを掴む事が出きたかもしれなかったが、 今の彼女は完全にジャスティーダークの支配化に置かれた、ただの人形に過ぎない。 (これじゃあ……本当に人類は滅ぼされてしまう……) ジャスティアスの心を覆うどうしようもないほどの絶望感。 おそらくはそれすらも、この最悪の敵のエネルギーに変えられてしまうのだ。 このまま、人類はグノーによって食い尽くされてしまうのだろうか? 「さあ、行こう……皇帝も君をお待ちかねだ…」 ジャスティーダークに捕まったまま、ジャスティアスは巨大な鳥の頭の部分に連れて行かれる。 このままでは、自分はどうなってしまうのだろうか? かつて決死の覚悟で自分にジャスティアスの力を託した少女さえ、今は彼らの傀儡と成り果ててしまっているのだ。 グノーはジャスティアスの力を、クリスタルが生命と心のエネルギーを増幅するその機能を、自らの中に取り込もうとしている。 もし、そんな事になってしまえば、もう誰にもグノーを止める事は出来なくなってしまう。 だが、今のジャスティアスにはほんの僅かの抵抗をする力も残されていないのだ。 (…逃げなきゃ……逃げなくちゃいけないのに……) やがて、巨鳥の頭部が、ジャスティアスとジャスティーダークを迎え入れるかのように、 縦に走る傷のような、深い谷間のようなゲートを開ける。 その暗黒の中に、囚われのジャスティアスの姿は吸い込まれるように消えていった。 「…あっ…うああっ!!」 グノーの巨大要塞の中をどれほど進んだだろうか。 暗闇に包み込まれた巨大な空間に辿り着いたところで、ジャスティアスは床の上にその身を投げ出された。 硬い、しかしどこか昆虫を思わせる、生物の感触を持った床。 どこに光源があるのか、真っ暗闇の中でジャスティアスのいる周囲だけがぼんやりとした明かりに照らされていた。 ここがどれほど巨大な空間で、入り口や出口がどこにいくつ存在するのかは、各種センサーの仕えない今のジャスティアスには知る由も無い。 「…私を…一体、どうするつもりなの……?」 「さっきも言った通りさ、君は我がグノー皇帝陛下の糧となり、無限のエネルギーを生み出すための器官となるんだ」 それは人類の僅かな勝利の可能性さえ摘み取る絶望の宣告だ。 今以上の力を手に入れたグノーを相手に、人類が生き残る可能性はほとんどないだろう。 だが、この最大最悪のピンチに抗う術を、今のジャスティアスは持っていないのだ。 力を奪われ、敵の中枢で孤立無援。 戦う事も、逃げ出す事もできない。 このままでは本当にグノーの一部として取り込まてしまう。 今のジャスティアスに出来るせめてもの抵抗は、恐怖と悔しさをこらえて、ジャスティーダークを睨みつける事だけだった。 「ふふふ、そんなに怖い顔をしないでくれよ。まだまだ、皇帝陛下の御前に君を差し出すには色々と準備があるんだ……」 「……準備?」 「そう、準備。君がつつがなくグノーの血肉となるための、言うなれば下ごしらえさ」 かつて穂村あすかの命を救い、ジャスティアスの力と使命を与えたのと同じ声が、グノーの傀儡としての歪んだ喜悦に染まっていた。 その残酷な現実から目を逸らし、耳を塞ごうとする心をジャスティアスは必死で押さえつける。 ジャスティーダークの言う準備とやらが何なのかはわからないが、 同じようにグノーに取り込まれようとしていた彼女がここまで変貌してしまった事を考えれば、およそマトモな事ではないだろう。 「なに、簡単な事だよ。君が素直にグノーの一部となってくれるように、その心の鎧を剥ぎ取り、屈服させようというだけだ」 「…そう簡単に、私があなた達の思い通りになると思ってるの?」 「まあ、普通は難しいだろうね。君の心は驚くほどに強い。だけど、忘れていないかな……?」 懸命に強がるジャスティアスをあざ笑いつつ、ジャスティーダークが言い放つ。 「君の力、君の生命と精神に直結したそのクリスタルはボクの支配下にあるんだ」 ジャスティーダークはその手の平を、ジャスティアスの胸元にかざす。 すると、クリスタルが一瞬不気味に明滅し…… 「…きゃっ……な、何っ!?」 ジャスティアスの腕部装甲が一旦分解し、彼女の腕を拘束する手枷に変形する。 脚部装甲はまるで節足動物のような足を展開させ、その爪で床に食いつき、ジャスティアスの股を無理やり開かせた状態で固定してしまう。 「君の力はもうボクの思うがまま、こんな事だって出来る……」 「くっ……」 ジャスティアスの戦いを支えてきた強化服が、彼女を縛り付ける拘束具と成り果ててしまった。 今のジャスティアスはもはや人類の守護者などではなく、いずれやって来る儀式の時を震えながら待つだけの、憐れな生贄にすぎない。 無様な姿に縛められたジャスティアスの姿に満足げな笑みを浮かべつつ、ジャスティーダークは冷酷に次の一手を進める。 「さあ、どうせその身は堕ち果てるんだ。無駄な抵抗などせず、君も存分に楽しむといい……」 ジャスティーダークはそう言うと、ジャスティアスにかざした手の平をぐっと握り込んだ。 その瞬間、ジャスティアスの全身に激しい電流の如き激感が駆け抜ける。 「…あっ……ひぅ…くっ……これは…っ!」 「言っただろう?対ジャスティアスの触手怪人、つまりは生命エネルギーに干渉して苦痛と快楽を操る術はボクを実験台に生み出された。 この身に何千、何万回と刻み込まれたんだ。嫌でもやり方ぐらい覚えてしまうさ……」 ジャスティアスを幾度となく苦しめてきた、触手の生み出す快感と苦痛の地獄絵図。 ジャスティーダークはそれを、ジャスティアスのエネルギーの源、胸のクリスタルに直接干渉する事で再現しようとしていた。 「安心していいよ。ボクは苦痛を与えて苛めるようなマネは嫌いだからね。溺れるほどの快楽を味わうといいっ!!」 「…ふああっ!!…あっ…か、からだがぁああああああっ!!!!」 体中が突然火のついたように熱くなる。 全ての神経が興奮状態に陥って、身悶えするような切ない感覚が全身を覆っていく。 クリスタルから延々と流れ出るエネルギーがジャスティアスの体をみるみる発情させていく。 「…ひゃっ…ぁくう…んんっ…ん…ひああっ!!」 乳首が、クリトリスが、アソコの奥までが、擦り切れそうなほどに勃起し、濡れそぼって、貪欲に刺激を求め始めていた。 ひとつの呼吸、一回の脈動、そんなほんの僅かな肉体の活動にすら痺れるほどの快感を感じてしまう。 触手による外部からの責めとは全くレベルの違う、肉体を内側から改造されていくおぞましい感覚。 全身の細胞が凄まじい熱を発し、とめどなく流れ出る汗が全身を濡らす。 ジャスティーダークによって換気排熱の機能を停止されたボディスーツの内側は、 膨大な量の汗と、そして大事な場所から溢れ出た甘い蜜によって、ぐちょぐちょにされていく。 「ふふふ、なかなかの乱れっぷりじゃないか。ボディスーツの上からでもアソコがひくひくしてるのがわかる……。可愛いよ、ジャスティアス」 「いやっ!…あぁ…いやあぁああっ!!…そんな…言わないでぇ……っ!!!!」 ジャスティーダークが自分の手の平から、ジャスティアスの体にエネルギーを送り込むたび、 彼女の体を壮絶な快感のパルスが走り抜け、我慢できずにはしたない声を上げてしまう。 痺れるような快感を、数秒後にはまた新しい快感で上塗りされて、快感だけに体を支配されていく。 だが、それ以上にジャスティアスを恐れさせたのは、彼女の体に起こり始めたある変化だった。 (…どうしよう…私のからだ………きもちいいのを、ほしがってる…!?) 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