賢者ソフィア
-1-
シチュエーション


墨を流したような夜空の真上で、巨大な満月が眼下の街を煌々と照らし出していた。
静かに降り注いでくるような月の光と対照的に、その街のビルを照らし出す人口の灯りはギラギラとしてどこか落ち着かない。
強烈過ぎる光は全てを照らす月の光をかすれさせて、街のあちこちに暗い影を作り出す。

その影の合間を縫って異形が飛んでいた。
一見して甲虫とわかる特徴を持ったソレは、しかし、あまりに巨大だった。
全長5メートルを軽く越える巨体の表面はてらてらと黒く輝いて周囲の光を反射している。
カブトムシやコガネムシを思わせるずんぐりとした体。
頭部には長く鋭い一本の角と、まるでカマキリの腕のような幾つもの関節を備えた大アゴを持つ。
さらに外殻のところどころに鋭いトゲを生やしたその姿の与える印象は、自然界の昆虫そのものよりも人の作り上げた武器・凶器の類に近い。

そう、この怪物は明らかな破壊の意思を持って生み出された存在なのだ。
怪物は低い羽音を立てながら、夜が更けてもなお行き交う人の絶えない大通りへゆっくりと降下していく。

「……なんだ、あれは!?」

通行人の一人がようやく怪物の存在に気付き、声を上げた。
だが、もう遅い。
大アゴを開いた怪物は、呆然と自分の姿を見上げる人々を最初の犠牲者に定める。
飛行速度を一気に上げ、怪物は獲物めがけて襲い掛かる。
しかし………

「お待ちなさい」

透き通るような女性の声がビルの谷間に響き渡った。
ふわり、怪物と人々の間に人影が舞い降りる。

月桂樹を象ったティアラと波打つ白いローブ、右手に携えた黄金の杖と、左手に抱えた分厚い本。
目前に迫る巨大昆虫以上に現実離れした雰囲気を身にまとった彼女の姿を見て、誰かが呟く。

「女神……?」

腰まで届く髪はエメラルドの色に輝き、その肌は白磁の如く透き通る。
理知の光に輝く瞳は異形を前にしても曇る事無く、薄桃色の唇には静かな微笑が浮かんでいる。
金の刺繍に彩られたローブの上からでもわかる豊かな乳房と折れそうに細い腰、柔らかなラインを描くヒップは
完全なバランスを保ち、どこか古代ギリシャの彫像のような美しさを見るものに感じさせる。
女神は右手の金の杖を怪物に向かってかざす。
すると、彼女の周囲の地面から湧き上がるように光の粒子が舞い上がり、怪物を包み込む。
そして、その光の中、彼女はくるくると踊り始める。
彼女のステップが、金の杖が宙に描く軌跡が光の粒子の流れを変え、キラキラと輝く金色のラインを描き出す。
怪物は、彼女の踊りと、その輝きに魅せられたかのように向きを変え、女神のダンスの後を追い縋るようについて行く。
怪物は巨大なアゴで、尖った前足で、なんとか女神を捕らえようとするが、女神は氷の上を滑るような優雅な動きでそれをかわす。
いつしか、女神の動きに翻弄されるばかりの怪物は一所に留まったまま、その周囲を華麗に舞う女神の姿を目で追いかけるので精一杯の状態となる。
そして、女神の踊りが残した金色のラインはドームを形作り、足を止めた怪物を光の帯で包み込んでいく。
やがて、怪物が完全に光のドームに包まれたところで、女神は足を止め黄金の杖の先端の、円形のかざりを怪物に向ける。

「さあ、真実の姿を顕しなさい」

かざりの中央、黄金の円盤の真ん中がスライドし、その下から透き通る水晶の板を磨き上げて作られた瞳のレリーフが現れる。
光の結界によって外界の影響から隔絶された怪物は、その瞳の前で自然の法則を捻じ曲げたその存在の根幹までを暴かれる。

「わかりました。これが貴方の……」

呟いた女神は杖を高く掲げる。
すると、それを合図に周囲から無骨な銃器を携えた兵士達が姿を現す。
兵士達はその銃口を怪物に向けて構え、女神を守るかのようにその周囲に集まる。
女神と同じ純白のプロテクターに身を固めたその姿は、さながら神の下で戦う勇者の一軍だ。

「エレメントライフル、構えっ!!!」

女神の杖によって見破られた怪物の本性は、兵士達のヘッドギアに装備されたスコープに映像に変換されて表示される。
それは、怪物の体のどの位置に、どんな種類の弾丸を、どれだけ撃ち込めば良いのかを的確に指示する。

「弾種選択、イグニスっ!総員、放てっ!!」

掛け声と共に一斉に火を噴くライフル。
しかし、これは怪物を殺すためのものではない。
自然の法則から外れて存在する怪物に、適切なエネルギーを撃ち込む事によって、
その存在そのものを書き換え消滅させる、いわば儀式のようなものなのだ。
火の元素のエネルギーを帯びた弾丸は怪物に次々と命中し、捻じ曲がった法則を修正していく。
そして、最後に強烈な閃光を放ち、怪物の巨体は消滅した。
後に残ったのは、それが怪物の正体とは信じられないほど、小さく弱弱しい名前も知れぬ甲虫だった。

「もう大丈夫ですよ……」

女神はその甲虫をそっと手の甲の上に乗せ、人差し指で優しくその背中を撫でてやる。
それから甲虫は女神の手の上から飛び立ち、恐ろしい呪縛に捕らわれた自分を救ってくれた彼女に感謝するかのように、
その頭上でくるりと一回転して、そのまま夜の空へと消えていった。

そして、それを見送った女神も、湧き上がる光の粒子に包まれて姿を変える。
神話から抜け出した知性の女神は光の中に掻き消えて、そこに残ったのは一人の少女。
未成熟ながらも健康的な肢体をタンクトップとカットジーンズに包み、黒髪を活動的な性格を感じさせるショートカットにした彼女にあの女神の面影はない。
左手に残された本と、勝気そうな瞳の奥に煌く理知の光を除いては……。

「さて、今日のお仕事もこれで終わり。お腹もすいたし疲れたし、早く帰らなくっちゃね!!」

使命を終えた達成感からか溌剌とした笑顔を浮かべる少女。
折口智華という名前の彼女こそが、この街を襲う怪異の闇を払う偉大なる賢者、輝ける知の女神ソフィアその人であった。

「あ、おじさん、おはよーっ!!」
「ん…ああ、おはよう、智華」

朝の7時すぎ、万年寝不足の重たいまぶたを擦りながらダイニングに顔をだした式野智英を、元気一杯の智華の声が出迎えた。

「待ってて、すぐに朝ごはんできるから」
「ん、待ってる」

50代も半ばの智英と、若さ溢れる10代の智華は一見すると祖父と孫のようにも見えるが、一応、これでも伯父と姪の関係である。
セーラー服の上からピンクのエプロンを身につけて、せっせと朝食の支度に励む智華の後姿を見ながら、智英はため息をつく。

(近頃、ますますアイツに、智子に似てきたよなぁ……)

智英が思い出すのは、今は亡き最愛の妹、智華の母親である折口智子の事である。
15も年の離れた妹を、智英は溺愛した。
幼い頃から勉強好きで、大学で学んだ考古学の分野で優れた才能を示した妹を、彼はいつも助け続けてきた。
彼女が研究者としての職を得た時には我が事のように喜び、同じ研究者仲間の才気溢れる青年との結婚に迷っていたときも、涙をこらえてその背中を押してやった。
決して順風満帆とはいかずとも、苦難を一つ一つ乗り越えて少しずつ幸せを掴み取っていく妹夫婦の事を、智英は温かく見守り続けていた。
姪の智華が生まれた時も、真っ先に病院に駆けつけてその喜びを分かち合った。
だが、それから僅か数年で、智子の幸せは断ち切られてしまった。

当時、ヨーロッパに文献収集の旅に、娘の智華を連れて出ていた妹夫婦が異形の怪物によって命を絶たれてしまったのだ。
知らせを聞いて駆けつけた智英が見たのは、古ぼけた一冊の本をぎゅっと抱きしめる一人ぼっちの智華の姿だった。
だが、智英の驚愕はそれに収まらなかった。
彼は妹夫婦が怪物に襲われた現場であるホテルの一室を訪ねて、信じ難い光景を目にする事となったのだ。
全てが水晶に覆われた空間。
部屋の家具も、無残に引き裂かれた妹夫婦の死体も、そして妹たちを襲った当の怪物すらも全てが透き通った水晶に変わり果てていた。
そして、唯一の事件の目撃者である智華は泣きじゃくりながらこう言ったのだ。

「ぜんぶ、わたしがやったの……」

それは、智華の意思と、妹夫婦が見つけたのだという一冊の本の力が引き起こしたというのだ。
判読不可能な未知の文字で記されたその本の中、唯一ラテン語で書かれた表題にはこう書かれていた。

『賢者の石』、と。

「はーい、おじさん、朝ごはん出来たよ」

と、そこで聞こえてきた智華の声が智英の回想を断ち切った。
ほかほかのご飯に焼鮭、味噌汁にお漬物に納豆、次々と運ばれてくる朝食の皿がテーブルの上を埋めていく。
最後に智英の向かいの席に智華が座って、朝食の時間が始まった。

「うん、相変わらず美味しい味噌汁だなぁ…」
「当然っ!!この私が研究に研究を重ねた逸品なんだから、美味しいのは当たり前だよ、おじさん」

朝から元気一杯で、食事をするのも心から楽しんでいる姪の様子に、智英も自然と笑顔を浮かべる。
目の前で両親を怪物に殺されたトラウマに苦しめられた時期もあったが、智華はこれ以上ないくらい元気に育ってくれた。
いつでも明るい笑顔を振り撒いてくれる姪の存在は、最愛の妹を亡くした智英の心の支えだった。
だが、ようやく幸せを取り戻したかに見えた二人に、再び不吉な影が忍び寄り始めた。
かつて妹夫婦を襲ったのと同様の怪物、そして、それを操る謎の錬金術師集団ジュスヘルの出現。
自衛官である智英は彼らによる攻撃の対処にあたる事となった。
しかし、通常の物理法則を外れた存在である怪物たちに、自衛隊の兵器は一切通用しなかった。
その時、窮地に陥った彼らを救ったのが、エメラルドの神をなびかせた知の女神・賢者ソフィアであった。
ソフィアの指示の下、怪物を撃退した自衛隊。
だが、安堵のため息をついた彼らの前で、変身を解いたソフィアの正体を見た時、智英は絶句した。
彼の最愛の姪が、まるで彼女が両親を亡くした時と同じように、古ぼけたあの本を抱えてそこに立っていたのだ。
そして、その日から、賢者ソフィア、折口智華の戦いが始まった。

怪物を作り上げた錬金術師達の技術、その根幹を成すのが彼らが第5元素と呼ぶ存在である。
彼らの考えでは、この世界は床の上にばら撒かれた無数のビーズ玉のようなものだ。
それらのビーズは火、水、土、風の四大元素として表現されるが、それだけでは世界は出来上がらない。
無作為に散らばった4色のビーズはそれだけでは意味を持たない。
その中で、夜空の星々から星座の姿を読み取るように、意味ある形を、世界の姿を導き出す『知覚』が必要となる。
この『知覚』こそが、この世界を作り上げる最も重要な要素であり、全てを可能にする万能の鍵、すなわち第五元素なのだ。
この世界に存在する無数の人間の『知覚』、それらが重なり合って強固な現実世界を作り上げている。
だが、錬金術師たちはその秩序に対して反逆する。
無数の人間の『知覚』で形作られた世界は、たった一人の個人がそれとは違う『知覚』を描こうと揺らぐ事はない。
しかし、もし逆に個人の『知覚』がその他の圧倒的多数の『知覚』に干渉し、変化させる事が出来れば、世界はその人間の思うままとなる。

錬金術師たちが目指しているのは、現実を構成する『知覚』の隙間に忍び寄り、それを変容させ得る『超知覚』なのだ。
それこそが、『賢者の石』と呼ばれる『超知覚』の奥義である。
彼らは『賢者の石』の力によって、現実世界ではあり得ない筈のさまざまな奇跡を可能とする。
だが、錬金術師たちは未だ、世界そのものを変容させるほどの完全な『賢者の石』を持たなかった。
しかし、ある時、年若い二人の日本人研究者がその奥義を手に入れてしまう。
古書店の片隅で埃をかぶっていたそれを、その二人、折口智子とその夫は錬金術に関する偽書の類だと思い込んで興味本位で購入してしまった。

その本に記されていたのは完全なる『超知覚』の技法そのものだった。
『賢者の石』というタイトルは、それが賢者の石について記述された本であるという事を表したものではない。
その本こそが、まさに『賢者の石』そのものであると示すものだった。
そして、本を狙うジュスヘルの刺客、錬金術が生み出した怪物によって智華の目の前で両親は命を落としてしまった。
だがその時、極限状況に追い込まれた智華の頭脳が、『賢者の石』の知識を自らのものとして取り込んでしまったのだ。
子供であるが故の純粋な知性は、『超知覚』のパワーを暴走させ、怪物をホテルの部屋もろとも巨大な水晶の塊に”読み換えた”。
智華は神にも等しいこの力、『賢者の石』の主となってしまったのだ。

それから日本にジュスヘルが出現するまで、彼女が平和な日々を送る事が可能だったのは、ひとえにジュスヘルがその力を恐れたためであった。
だが、その数年の間に超古代の記述を元に、智華の力ほどではないにせよ、ジュスヘルもまた『賢者の石』の力をより完全なものへと近づけた。
そして、彼らはその力を以って世界を我が物にせんと動き始めたのだ。
それに対抗する賢者ソフィア=智華には以前ほどのパワーはない。
その気になれば世界そのものを作り変える事の出来るその力の恐ろしさを自覚しているが故に、彼女は無意識に自分の力をセーブしているのだ。
今のソフィアに可能な事は、歪められた『知覚』の生み出した怪物の四大元素の構成を分析し、見破る事だけ。
そして、自衛隊の対ジュスヘル部隊はその情報を元にエレメントライフルから各種元素のエネルギーを帯びた弾丸を怪物に撃ち込む。
ジュスヘルの怪物はいわば強引に星と星を繋ぎ合わせて作られた人工の星座である。
エレメントライフルの弾丸はその星座の中に撃ち込まれる新たな星だ。
適切な場所に新しい点が加える事で描き出された星座の像を歪め、最終的には崩壊に追い込む。
これが、現在のソフィアと自衛隊が行っている怪物の撃退法である。
そして、この力が存在するが故に、智英は妹の忘れ形見を、愛しい姪を戦いの場に送り出さなければならなくなった。

「ごちそうさまっ!!」
「ごちそうさま」

兎にも角にも不安の絶えない毎日であったが、智華はいつでも元気だった。
智華の戦いを後ろで見ている事しかできない智英の苦悩を、当の智華自身の明るさが追い払ってくれた。

「それじゃあ、おじさんも遅刻しないようね!」
「ああ、わかっているよ」

朝食の後片付けをして、鞄を片手に智華は玄関に向かう。
ドアを開けた向こうには、同じ学校に通う彼女の幼馴染が待っていた。
牛乳瓶の底の様な分厚いレンズの眼鏡をかけた学生服の少年。
名飼拓士は智華が伯父の家に引き取られて以来の友達である。
うっとうしいくらいに長い前髪と眼鏡の奥から覗く眼差しはどことなく暗い雰囲気がある。
少し猫背で俯き気味な姿勢のせいもあって、どうにもとっつきにくい感じのする少年であるが、昔なじみの智華は全く気にしない。

「おはよー、拓士!!」
「おはよう、智華……って、うわぁ!?」

元気一杯の朝のあいさつと同時に衝突しそうなほどの勢いで拓士の所へ飛び出し、結局本当に衝突・転倒してしまう。

「智華…すごく痛いんだが……」
「あはは、ごめんごめん……」

朝一番から強烈過ぎるスキンシップを見舞われて、拓士はフラフラと立ち上がる。
智華と拓士はとても仲が良い。
特に、智華から拓士に向けられた好意は熱烈なものだ。
智華自身は

『拓士って、あれで眼鏡を外すと結構格好良いんだ。磨けば光るタイプなんだよね。だから、今のうちからキープしてるんだ』

なんて言っているが、彼女の態度はそんな言葉だけでは説明できない。
実は、智華がこの家に来たばかりのころ、両親を失い悲しみに暮れる彼女を元気付けたのが拓士少年だったのだ。
外見が与える陰気な印象とは裏腹に、彼は心優しく他人を思いやる事の出来る人間なのだ。
だからこそ、智英も幼馴染のままイマイチ進展のない二人の関係を微笑ましく見守っている。
出来るならばいつかは智華の婿に、なんて妄想をしながらも二人を見つめる智英の眼差しは優しい。

「それじゃあ、おじさん、いってきまーす!!」
「ああ、いってらっしゃい」

拓士の背中をぐいぐい押しながら学校へ走っていった智華。
その背中を見送ってから、智英も家の中に戻り出勤の身支度を始める。

「本当に、大きくなったなぁ……」

鏡の前でネクタイを結びながら、智英はしみじみと呟く。
両親と妹夫婦を亡くし、また仕事にかまけて独身のまま年を重ねてしまった彼にとって、智華はいまや唯一の家族だ。
最愛の妹、智子を亡くした悲しみも、どこかその面影を受け継いだ智華の存在があったからこそ、乗り越える事が出来た。
だからこそ、智英にとって今の状況は心苦しいものだった。
ジュスヘルの怪物との戦いは、智華自身の意思で決めた道である。
また、彼女の存在無くしては今の自分たちに怪物に抗う術はないことも承知している。
だが、もう一度かけがえのない家族を失う事になれば、今度こそ自分は壊れてしまうだろう。
それが大切な人を失う事に疲れ果てた自分の身勝手な思いである事を自覚しながらも、智英はその怯えを拭い去る事が出来ずにいた。
それから少し後、智英は車に乗って職場へと向かっていた。
街の闇に跋扈する怪物以外にも、錬金術師達の企みはあらゆる場所に蠢いている。
それに対応する智英には休む暇も与えられない。

「……だが、智華も頑張っているんだ。私がへこたれている場合じゃないな」

寝不足の目を擦りながら智英は道路を急ぐ。
と、その時である。

「な、なんだっ!!?」

前方の道路が凄まじい爆音と共に砕け散り、前方を走っていた自動車を踏み潰し、舞い上がる土煙の向こうから異形の巨体が姿を現した。

「まさか……ジュスフェルの…っ!!!」

智英が叫んだ時には、怪物は彼の乗る自動車めがけてその巨大な前足を振り下ろそうとしていた。

授業中、携帯電話に怪物出現の連絡を受けた智華は自衛隊が寄越した迎えの車に乗って現場に向かっていた。
後部座席に座る彼女の表情にはいつにない焦りの色が浮かんでいた。
怪物の出現と前後して、智英との連絡が取れなくなったというのだ。
両親を亡くした自分を引き取り、今日まで育ててくれた智華の唯一の家族。
生真面目で不器用な伯父の笑顔と優しさの下で、智華は今日まで大きくなってきた。
それが、奪い去られてしまうかもしれないのだ。
ちょうど、幼い智華の目の前で無残な肉塊に変わり果てた父と母のように……。

「………おじさん…」

懐に『賢者の石』の書をぎゅっと抱きしめて、智華はただひたすらに伯父の無事を祈る。
やがて、現場近くに到着した車は路肩に停車し、智華は小脇に書だけを抱えて後部座席から飛び出す。
周囲には引き裂かれ、ひっくり返され、ズタボロに大破した車が幾台も転がっている。
そして、道の遥か向こうには今も暴れまわる怪物の姿が小さく見えた。

「賢者の石よ―――火と水と風と土を通じて、力を顕せ!!!」

そう唱えた瞬間、周囲にあふれ出した光の粒子に少女の全身が包まれる。
その光の渦の中で、賢者の石のもたらす『超知覚』が智華の心と体を変換していく。
衣服は微細な元素に分解され、しなやかな少女の裸身が露になる。
ショートカットは碧に輝くロングヘアに変わり、まだ幼い胸の膨らみは豊満な果実の如き双丘へと成長を遂げる。
細く華奢だった体は全体がより柔らかで女性的なラインに変化し、それを純白のローブとして再構成された衣服が包み込む。
少女の姿から女神の姿へ、急激に変化・成長していく智華の意識は恍惚とした感覚に捕らわれる。

「…っあ…あぁ…うあああっ!!」

思わず漏れ出る切なげな声。
悩ましげに顔を歪ませながら、震える手の平を宙に伸ばす。
するとそこに智華の周りを飛び回っていた光の粒子が集まり、やがて一つの形を成す。
それは、全てを見通す水晶の瞳を持った黄金の杖だ。
その杖を握り締めた瞬間、智華の全身に溢れる賢者の力。
ついに変身は完了し、エメラルドの髪をなびかせて絶対の知性を司る女神が怪物の前に降り立つ。

賢者ソフィアは金の杖を怪物にかざし、おごそかに口を開く。

「お待ちなさい。これ以上の破壊と暴虐、許しはしません!!」

ソフィアの声に振り返った怪物の姿は、いつにもまして巨大で醜悪なものだった。
体長はゆうに10メートル近くあるだろうか。
圧倒的な巨体の表面はまるで臓物の如くてらてらとぬめり輝いている。
一応は四足獣と思しき形態をしており、長大な三本の角は太古の時代に生きた角竜を髣髴とさせる。
しかし、体全体が粘液を滴らせ絶えず蠢いているその様子は、むしろ歩き回る巨大な腐肉の塊と言った方が良いかもしれない。
動きはいたって鈍重、しかしそのパワーは滅茶苦茶に破壊された周囲の様子を見れば明らかだ。
あの角がわずかに掠りでもすれば、ソフィアの柔らかな肉体はいとも容易く抉られてしまう事だろう。
それでも、ソフィアは怯む事無く、黄金の杖を構え怪物の周囲を舞い踊り始める。
既に辺りには自衛隊の対ジュスヘル部隊も待機している。
伯父の安否は気になるが、少なくともこの怪物を相手に仕損じる事はない筈だ。
ソフィアはともすれば不安に飲み込まれそうになる心を必死で押さえつけ、怪物を光の結界の中に閉じ込めていく。

「さあ、これでお終いです。真実の姿を顕しなさいっ!!!!」

鈍重な動きの隙を突いて怪物を翻弄し続け、ついに結界が完成する。
かざした黄金の杖の先端、透き通る水晶の瞳が怪物の正体を暴き、それで戦いは終わる。
その筈だった。だが……

「何……これ!?まざってる?あの怪物の中に、賢者の石の力の影響を受けていない何かが……まさかっ!!?」

ソフィアは水晶の瞳を通して見た怪物の姿に違和感を覚えた。
怪物はソフィアの動揺を見て取ったかのように動きを止める。
そして、三本角を持った頭部をまるでつぼみが花開くように、ゆっくりと展開させていく。

「………そ、そんな…」

そこで知の女神が目にしたのは、あまりにも残酷な現実だった。

「…おじさん……智英…おじさん……?」

展開した頭部の中央で、腐肉の壁に半ば埋もれるようにして智英が取り込まれていた。
衣服は既になく、怪物の肉と接している部分はことごとく癒着して溶け掛かっている。
智華の伯父は怪物に喰われ、一体化してしまったのだ。
そして、ソフィアの聡明すぎる頭脳は事態が既に取り返しのつかないレベルに至っている事を理解してしまう。
伯父の体の、肉の壁に埋もれた部分は、おそらく完全に怪物と溶け合ってしまっている。
もし、怪物を消滅させてしまえば、怪物と命を共有している伯父は息絶えてしまう事だろう。
怪物による伯父の捕食、もしくは吸収は賢者の石の力によらないごく普通の物理的現象である以上、ソフィアにはそれを元に戻す術はない。

もはや伯父を、智英を助ける事はできないのだ。
にもかかわらず、伯父は今も怪物の中で呼吸し、生命活動を保っている。
ソフィアには智英の命を切り捨てる事は出来なかった。
彼女の最大の武器である絶対の知性はこの瞬間に凍り付き、ソフィアはただその場に立ち尽くすばかりとなってしまう。
その隙を怪物が見逃す筈がなかった。

ビュルルルルルッ!!!!

怪物から伸びた幾本もの触手が放心状態のソフィアの四肢を捕らえ、そのまま怪物の内部へと取り込んでしまう。

「…きゃっ…いやぁあああああああっ!!!!!」

再び閉じていく頭部、伯父同様に怪物に捕らわれたソフィアの悲鳴は分厚い肉の壁に閉じ込められ、かき消されていった。

触手の強烈な力に絡み取られ、一旦意識を失ったソフィアが目覚めたのは、怪物の体内、肉の壁に囲まれた狭苦しい空間だった。

「…うぅ…くぅ……お、おじさん……」

怪物の体内は仄かな明かりで照らされており、ほんの2、3メートル先には肉壁と一体化した伯父の姿が見えた。
だが、ソフィアの体はいたる所を触手に拘束され、身動きが取れない。
あくまで知性に特化した能力強化しか行っていないソフィアには、触手から逃れる手段はない。
それでも、なんとか触手を引き剥がそうとソフィアはもがくのだが、そうするほどに彼女を逃すまいと触手は締め付けを強めてくる。
そうこうしている内に彼女を囲む触手はその数を次第に増やしていき、ソフィアの体に次から次へと這い上がり、巻き付いてくる。

「……っあ…や…やめなさ……あああんっ!!」

ぬるぬると粘液を白い肌に塗りつけながら、ソフィアの足を上って、触手がローブの中に侵入する。
敏感な腋の下に触れられてビクンと体を震わせてしまう。
さらに触手は腋の下からローブの中に這い入り、乳房にぐるぐると巻きついて、前後運動を繰り返してその柔肉全体を愛撫し始める。
「…ひっ……うあぁ…あんっ…ひやぁああああっ!!…おっぱい…やめてぇ……っ!!!」

牡の臭いを濃厚に漂わせる汚液を塗りたくられながらの、双丘へねっとりとしたマッサージ攻撃が繰り返される。
乳房全体を揉みくちゃにされ、触手にびっしりと生えたブラシ状の繊毛に素肌を撫で回される。
触手から染み出す粘液に強烈な媚薬効果があるのだろうか。
生暖かい臓物で全身を擦られているようなおぞましい感触が、だんだんと頭の芯が痺れてしまうような疼きへと変わっていく。

(…くぅ…やっぱりだめ…逃げられない……)

触手による濃密な愛撫を受けながらも、ソフィアは脱出を試み続けるが、それが逆に媚薬成分をより早く体中に行き渡らせてしまう。
だんだん朦朧としてきた頭の片隅で、彼女はこの怪物が伯父を狙った理由に気付き始める。
おそらく、怪物の真のターゲットは伯父ではなく、『賢者の石』を持つソフィアなのではないだろうか?
伯父を半死半生の状態で怪物と一体化させ、人質にしてソフィアの動揺を誘う。
しかも、怪物と伯父が融合した事で、怪物の消滅が伯父の死と直結してしまった。
こちらからは絶対に手を出す事の出来ない完璧な人質だ。
そして、その上でソフィアを生け捕りにする。
今、彼女を拘束している触手も、媚薬粘液も、彼女を無力化させる為のものなのだろう。
この怪物はソフィアの捕獲のためにデザインされたと見ていいのではないか。

(たぶん、狙いは『賢者の石』ね……)

『賢者の石』の書は、ただ読んだだけでは意味不明の文字の羅列に過ぎない。
その能力を引き出すには、その内容を心の底から理解し、自分の中に取り込まなければならない。
現に、書に目を通している筈の父も母も、その能力に目覚める事はなかった。
ジュスヘルの錬金術師とて、それは容易な事ではないのだろう。
だから、書の内容を理解し、力を我が物としたソフィアごと捕獲しようと考えたに違いない。

(…私がハードで、書の方がソフトという事なのね………)

このまま、『賢者の石』の力が敵の手に渡れば、世界は大変な事になってしまう。
ソフィアに自力の脱出は不可能だ。
しかし、外にいる自衛隊も怪物には無力だ。
エレメントライフルもソフィアの分析能力がなければただの鉄砲に過ぎない。
だが、実は唯一つ、ソフィアがこの怪物を倒す方法が残されている。それは……

(『賢者の石』の力をもう一度解放させれば……でも、それじゃあ伯父さんが……)

彼女が無意識的に封印している『賢者の石』の力を解放させれば、こんな怪物ひとたまりもないだろう。
だが、彼女は決してその力を完全にコントロールできるわけではないのだ。
あの時、幼い智華を襲った怪物と共に両親の骸までが水晶に変えられてしまった。
力を解放すれば、十中八九、今目の前にいる伯父もあの時と同じ有様になってしまうだろう。

(…わかってる…もう、伯父さんを助ける事はできない……でも、だからって、私の手で伯父さんを殺すなんて出来ない……っ!!!)

そう、伯父は今も生きているのだ。
それがたとえ、怪物の一部としてしか永らえない命だとしても……

「…っくぅ…ああっ…やはぁ……あああっ!!…だめっ…そんなとこ…いやぁあああああっ!!!!!」

ソフィアが躊躇っている間にも、媚薬粘液はじわじわと彼女の神経を蝕み、触手の愛撫が生み出す快感が思考力を奪い去っていく。
快楽と苦悩の狭間で、知の女神、偉大なる賢者の眼はうつろな色に曇り始める。

「…っあああ…太もも……やぁ…じんじんして……だめ…おかしくなっちゃうぅ……っ!!!!」

ブラシ状触手が太ももの内側の、彼女の秘所にほど近い敏感な部分を何度も何度も微妙な力加減で撫で回す。
決してアソコ自体には触れる事無く、延々と執拗に繰り返される愛撫は、ソフィアを堪らないもどかしさで責め立てる。

「…んっ……くぅ…こんな…怪物なんかの思い通りに……っあああっ!!?」

じわり、純白のショーツに染みを作って、溢れ出す女神の甘い蜜。
おかしくなりそうな切なさを太ももを擦り合わせて耐えようとするが、それはさらに疼きを増大させる効果しか持たなかった。
いつの間にか随分と息が荒くなっている。
両脚の内側から這い登ってくる疼きは下腹部のあたりでぐるぐると渦巻いて、ソフィアの心と体をたまらなく熱い泥沼の中に引きずり込んでいく。

「…いや…気持ち悪いのに……どうして!?…伯父さんがいるのに…変な感じが…止まらない……っ!!」

自分の呼吸の音が頭の中でうるさいぐらいに鳴り響いて、思考がだんだんと揺らいでくる。
『超知覚』と明晰な頭脳、そしてほんの僅かばかり強化された身体能力を除けば、賢者ソフィアはただの人間・智華と変わりはない。
特に、唯一の家族を怪物に取り込まれた動揺が、彼女の心に隙を作り出していた。
その隙間を埋め尽くしていくのは、怪物が絶えず与える異形の快楽だ。
背中を這いずるブラシ触手の粘液の感触に全身がぶるりと震える。
そうしている間にもブラシ触手は首にまで到達し、うなじを、首筋をぷちぷちとした肉ブラシで愛撫しながら上っていく。








SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ