特装風紀シズカ2
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シチュエーション


天輪学園、20万を超える生徒・教職員を擁する巨大な都市型学園である。
日本最大にして最高と呼ばれるこの学校に足を踏み入れた者は、ほとんど例外なく『変わる』。
天輪学園OB、生徒保護者、そして多くの教育関係者が口を揃えてそう語る。

この学校に通う人間はさまざまである。
全生徒の学力を平均してみれば、この学校を超える学校などいくらも存在する。
生徒達の成績はちりぢりのバラバラ、だが、優れた生徒のみを有する事が教育機関の優劣を決めるものではない。
前述の通り、この学校に通うものは変わるのだ。
天輪学園自体の入学に対する条件はそう高いものではない。
だが、優れた教師陣、各種の施設、そして何よりもさまざまな個性を持つ学友と共に学ぶ内に彼らは変わる。
学力の向上、才能の発露、といった部分だけではない。
ある者は今までの自分が考えてもいなかった将来の進路を見つける。
ある者は今までになく所属する部活に打ち込むようになる。
あるいは友人との絆をより深くする事になるかもしれない。
天輪学園に所属する学生の能力、適正、その他諸々の各個人の素養はさまざまだ。
だが、全国模試の成績ランキング上位に属する者から、いわゆる不良と呼ばれる者たちまで、
彼らはそんな学園の空気の中で、それぞれに自分だけにしか為しえない何かを見つけ、前に進んでいく事となる。

一個の人間を育て上げる。
それこそが、天輪学園が最高の教育機関たる所以なのだ。

というわけで、そんな天輪学園での新しい生活が始まって、ちょうど一週間ほどが経過した頃。
八峰コウタは何とか迷わずに歩けるようになった学内の道を、彼のクラスのある高等部普通科第一学年用の校舎に向かって歩いていた。

「そろそろ僕も、この学校に慣れてきたって事かな……」

この巨大な学園を訪れた最初の日、コウタは恐るべき事件に遭遇した。
学園の闇に跋扈する不良獣、その謎の怪物に女の子が襲われている所に出くわしてしまったのだ。
そんなコウタの危機を救ったのは、強化服を身にまとった特装風紀を名乗る女子生徒、佐倉シズカだった。
一度はシズカが不良獣の体内に取り込まれ陵辱を受けるという危機に陥ったものの、
コウタ自身の協力もあり何とか事態は無事解決したのであるが……

「佐倉さん、だっけ………あの人は今もこの学校のどこかで戦ってるんだ………」

偶然にも垣間見てしまった学校の暗部、彼女はそれに果敢に立ち向かっていた。
あれだけ強力な装備を持っている事からも、決して彼女一人で戦っているわけではないのだろうが、それでもコウタはシズカの身を案じずにはいられない。
この平和な日常のすぐ近くにある悪夢、それを知りながら何をする事もできない自分が、今のコウタには何だか苛立たしかった。

一方そのころコウタの歩く道のすぐ脇、各種の特別教室を備えた校舎の屋上に一人の男が佇んでいた。
細面にすっと通った鼻梁、少しだけ長めの前髪の奥から覗く瞳の色は涼やかだ。
180センチは越えるであろう長身に、ブレザーが制服に指定されているこの学校ではまず見かけない白ランを身にまとっている。
男は眼下の通りを、そこを行く一人の少年の後姿をじっと見つめている。

「彼が八峰コウタ君か……」

呟き、口元に微かな笑みを浮かべる。
そして、次の瞬間にはまるで幻であったかのように、男の姿は屋上から掻き消えていた。

そして放課後。
今日一日の授業を終えて、コウタはぐっと伸びをする。
色々と変則的な天輪学園の授業にもそろそろ慣れてきた頃合である。
元々が成績優秀なコウタはクラスの中でもだんだんとその頭角を現し始めていた。

「おい、コウタ!この後つきあえよ!!」
「あ、うんっ!!待ってて、すぐに荷物をまとめるから!」

多少気弱で引っ込み思案なところが玉に瑕でもあったが、それでもこの一週間で友人もいくらかできた。
不良獣や特装風紀について悩む事はあったが、コウタの新生活はかなり順風満帆であった。

…………その男が現れるまでは……

「たぁあああああああああああああああっ!!!!!!!!」

ガシャアアアアアンッッッ!!!!!

窓ガラスを粉々に砕いて、叫び声と共にソレは教室に飛び込んできた。

突入の凄まじい勢いにも関わらず、ほとんど音もなくその場に着地したソイツは、ギラリ、鋭い双眸でコウタを睨む。

「お、おい……なんだか知らないけど、お前の事見てるぞ!!」
「いっ!?…ぼ、僕!?」

長身に白ラン、鋭い目つき、今朝方コウタを見つめていた謎の男である。
あまりに衝撃的な出来事に身動きを取れずにいるコウタの前で、男はどこからか一本の木刀を取り出して構える。
その先端は、まっすぐにコウタに向けられていた。

「やっぱりお前に用事があるみたいだぞ!!?」
「そ、そ、そう言われたって!?」

さらに危険度を増す事態に、ほとんどパニック状態のコウタと友人。
その会話を、朗々と響く男の声が遮った。

「八峰コウタ君だね……」
「は、は、は、はいぃいいいっ!!!?」

訳もわからず答えたコウタに、男はニヤリと微笑んで

「なるほど、突然の襲撃にも逃げ出さず、大した度胸だ……」

足がすくんで動けないだけだと言いたかったが、男の雰囲気を見ている限り、多分聞いてはくれないだろう。

「今日は君の実力を測りに来た。男ならば心は常在戦場、覚悟は出来ているだろう?」
「い、え、か、覚悟……?」
「いざ、尋常に……っ!!!」

木刀を振りかぶり、男は凄まじい勢いで突っ込んできた。
コウタのいる地点まで4,5メートルほどの距離があった筈であるが、それを一足で踏み込んできたのである。
圧倒されたコウタは後ずさり、足を滑らせてその場に尻餅をついてしまう。
その時、咄嗟に側にあった椅子を自分を庇うように構えたのだが……

「ぬうっ!?」

ガキィイインッッ!!!

金属と金属がぶつかり合うような音が響いた。
男の振り下ろした木刀がコウタの構えた椅子とぶつかったのである。

「まさか、この一撃を防がれるとは……」

驚愕している様子の男であったが、コウタはそれどころではない。
木刀で放たれた筈の男の一撃は、金属製の椅子の足の一本を断ち切り、二本目の足を歪めてようやく止まっていたのである。
ハッキリ言って、この男、普通ではない。
幸運に助けられて一撃目は凌いだが、これ以上は無理だ。
だが、当の白ラン男のテンションはさらに上がったようで……

「ならば、私も最高の一撃で応えよう。見るがいい、我が奥義……」

腰を低く落とし、まるで刀を鞘に納めるように腰の横の辺りに構える白ラン男……

(お、奥義って、さっきより凄いのがくるの……!!?)

もはや、逃れる術もなく、コウタは死を覚悟する。
だが、その時である。

「ばかぁあああああああああっっ!!!!!」

突然響いた女性の声と共に、高速の右ストレートが男の顔にめり込む。
端正な顔が悲惨に歪んで、男は無様に吹き飛ばされる。
コウタが恐る恐る振り返ると、そこには一人の女子生徒が怒り心頭といった様子で仁王立ちしていた。
ブレザーの胸ポケットのプリントを見るに、どうやら2年生らしいのだが……

「スカウト相手にいきなり襲い掛かるって、どういう了見だぁ!!!」
「わ、私は彼の実力を……」
「実力わかる前に死ぬだろうが、お前がやったら!!!」

女子生徒に怒鳴られて、白ランの男はシュンと縮こまる。
それから、女子生徒は今度はコウタの方に視線を向け、にっこりと微笑んで……

「いきなり迷惑をかけちゃったね、八峰コウタ君……」
「あの、あなた達は一体……?」

二転三転、めまぐるしく変わる状況にすっかり混乱していたコウタは、やっとの事でその質問を口にした。

「あはは、取り合えずウチのシズカを助けてもらった礼をしに……って思ってたんだけど、なんとも面目ないよ」

そこでコウタは気付く。
白ランの男と、謎の女子生徒、その左腕に付けられた揃いの腕章の存在に。
そして、そこに書かれた、堂々たる『風紀』の二文字に……。

「私達は天輪学園風紀委員会……君には、武装風紀の関係者と言った方が通りがいいかな?」

風紀委員の女子生徒に促されるまま、コウタがやって来たのは天輪学園中央駅から2,3キロほど離れた広葉樹が青々と生い茂る一角だった。
レンガを敷き詰めた道をしばらく歩くと、その奥に目指す建物が見えてくる。

「あれが…そうなんですか?」
「ああ、天輪学園風紀委員会本部、今は武装風紀の中枢としての役割も担っている……」

木立の合間から現れたのは、古めかしい造りの洋館だった。
細かな意匠の施された柵に囲まれて静かに佇むその姿に、コウタはしばし息を呑む。

「天輪学園が設立されるときに、とある剛毅なお金持ちさんが丸ごとここに移築したのさ。
中は色々と手が入れてあって、使い勝手も悪くない。なかなかの物だろ?」
「なかなかっていうか……凄すぎるというか……」

呆然とするコウタは、女子生徒に案内されて、風紀委員会の本部に足を踏み入れる。
玄関ホールから二階への階段を上り、廊下に立ち並ぶ部屋の中でも最も立派な両開きのドアを持つ部屋へと通される。
その部屋の一番奥、どっしりと構えたアンティークデスクの上で何やら書き物をしていた手を止めて、一人の女性が顔を上げた。

「ようこそ、風紀委員会へ……」

ふわり、開け放しの大きな窓から吹き込んだ風がきらきらと輝く柔らかなブロンドを舞い上がらせる。
少し垂れ気味で優しげな様子の瞳の色は青、口元に浮かんだ柔和な笑みにはつい誰しも微笑み返したくなるだろう。
第3学年である事を示すプリントがされたブレザーは他の女子と同じものの筈なのに、彼女が身につけているとまるで別物のような気品が漂ってくる。

「私が風紀委員長の冷泉カグヤです。八峰コウタさん、先日は私達の大切な仲間を救っていただき、ありがとうございました」

そう言って深々とお辞儀をする風紀委員長を前に、それが自分に向けられたものだとは思わなかったコウタはしばし硬直した後、慌ててお辞儀を返す。

「い、い、い、いえ、あのその、あの時あんな事になったのもシズカさんが僕たちを庇おうとしたからで……だから……」
「それは違いますよ、八峰さん。あの時、絶体絶命の状況下であなたが佐倉さんのために行動してくれた事、それこそが重要なのです」

ふと周囲を見渡すと、部屋の中にいたカグヤ以外の数人の人間も、コウタを案内してきた女子生徒も、
そして、あの白ランの男までもがコウタを感謝の眼差しで見つめていた。
コウタは何だかくすぐったいような気分になりながら

「あ、う……その…どういたしまして……」

そう言葉を返して、もう一度ぺこりとお辞儀をする。
そんなコウタに対して、誰からともなくパチパチと巻き起こる拍手。
コウタは頭を下げた姿勢のまま、顔を真っ赤にしてしばらくの間完全に固まってしまった。

「さて、それじゃあ、ウチの面子の紹介でもしとこうかね」

それからしばらくして、コウタを案内してきた女子生徒が場を仕切りなおすように明るい声でそう言った。

「んじゃ、まずは私だね。私は木崎ミドリ、特装風紀システム開発の責任者だ」

セミロングの黒髪を頭の後ろでひっつめて、銀縁の眼鏡をかけた彼女こそが、特装風紀シズカの装備していた強化服の生みの親なのだという。
本来は風紀の人間ではないそうだが、不良獣対策の為、彼女を筆頭とした技術科生徒のチームが今現在も強化服の開発・整備に当たっているという。

「で、君に木刀で襲い掛かったこの馬鹿が……」
「馬鹿ではない。侍だっ!!!」
「馬鹿侍の望月ユウマ、まあ頭の中身は見ての通りだけど剣の腕が立つのだけが取り得だね」

馬鹿の二文字をつけられても一応侍と呼ばれた事に納得したのか、それとも剣の腕を褒められたのが嬉しかったのか、ユウマは得意げにふんぞり返る。
校則無視の白ランを身につけているおかげでわからないが、彼もミドリと同じ2年生だそうだ。

「それから、お次は……」
「…九龍アヤナ、特装システム2号の装着者……」

次に紹介されたのは、ショートカットの小柄な少女。
折れそうなほどに華奢な体に制服をまとい、感情を感じさせない静かな瞳でコウタを見つめている。
男子としては背の低い方であるコウタと比べても小さな彼女だが、学年はコウタより上の2年生で、同じく2年のシズカとはクラスメイトであるらしい。

「馬鹿侍とアヤナもシズカと同じ特装システムの装着者でね、最終調整と武器の用意が出来次第、対不良獣戦に出てもらう事になってる」

ミドリ曰く、特装システムは全部で10体の開発が予定されており、装着候補者は20名が選ばれている。

さらに学内からの志願者200名による対不良獣部隊の発足も準備されており、彼等の為にカスタム仕様のパワードスーツも急ピッチで開発されているという。
また、特装システムの装着者から外れた候補者達も専用に強化されたパワードスーツが用意される事になっている。

「といっても、現在実働状態にあるのはシズカの一号スーツとパワードスーツが30体程度、技術科の連中も総出で頑張ってるけど、なんともね……」

突如、出現を始めた不良獣に対して、警察の対応は鈍かった。
そのため、学生自らの手による自衛手段として特装風紀が発足したのだが、急速に広がる不良獣による被害に追いついていないのが現状である。

「まあ、シズカのおかげで十分なデータは取れたから、残りの9体は一気に完成させられる筈だけどねえ……」

開発責任者としては思うところがあるのだろう、ミドリの表情は少し暗い。

「……って、ここで暗くなっても仕方ないな。今度は向こうに座ってる四人組、立花、犬崎、神城、藍川!!」
「まとめて、ですか……」
「ちゃんと紹介してくださいよ!!」
「ミドリさん、ひどい〜」
「……どうでもいいだろ……」

矢継ぎ早に紹介された四人は、武装風紀ではオペレーター役を務める事になっている電子科の生徒達だ。
最年長の男子、立花はこの場ではカグヤ以外唯一の三年生。
長髪の騒がしい男子は犬崎。
気弱そうな一年男子が神城。
二人に冷めた視線を送っている2年の藍川は四人組の中で唯一の女子生徒である。

「これが武装風紀チームのメインメンバー、まあ特装風紀システム装着者はこれから順次増えてくだろうけど……」

紹介が終わり、部屋の中に佇む8人の姿を見つめながら、コウタは何とも言い難い気持ちでぎゅっと拳を握り締めた。
彼らはあの不良獣と、あの凶悪な力と戦うためにここに集まったのだ。
コウタの脳裏に、シズカの勇姿がよぎる。
あんな戦いを見せられて、このまま黙っているなんて出来ない。
どんな事でも構わない、もし、自分が少しでも彼等の力になる事ができるなら……
と、その時である。
風紀委員長のカグヤがおもむろに口を開いた。

「八峰さん……」
「は、はい!」

慌てて返事をしてから、カグヤの表情が先ほどまでの穏やかな様子から、真剣な、それでいてどこか申し訳なさそうな表情に変わっている事に気付く。

「……木崎さんの説明したように、今現在、武装風紀の態勢は完全な状態ではありません……」

完成している強化服はシズカのものだけ。
パワードスーツ部隊も活動をし始めているが、強力な不良獣に対しては決め手に欠ける。
2号スーツは完成寸前だが、それでも矢面で戦う二人の武装風紀にかかる負担は大きいだろう。

「……今回、あなたをお招きしたのはお礼をする為だけではないのです。今の私達には…少しでも多くの力が必要なのです……」

デスクから立ち上がり、カグヤがゆっくりとコウタの方に歩いてくる。

「八峰さん、あなたの力を貸してください……」
「そ、それは……僕にも出来る事があるのならもちろん……」

真摯な眼差しでコウタの瞳を見つめるカグヤの言葉に、コウタはしばし困惑する。
カグヤの申し出は何となく予想出来ていたが、彼自身は成績は優秀ではあるものの肉体的には平凡な男子生徒にすぎないのだ。

「でも、僕は一体何をすれば……」

そんなコウタの肩に、ミドリがポンと手の平を置く。

「それについては、実際に目で見て判断してもらった方が早いな。協力してくれるか、してくれないか、その判断もまずはそれからだ」

木漏れ日の差し込む木々の合間のレンガの道を、カツコツと、子気味の良い足音が通り抜けていく。
ピンとのびた背筋、なびく黒髪に左腕に付けた『風紀』の腕章。

「強化服の調整、今日中に終わらせとかないとね」

そう言って、手首にはめたブレスレット状の装置に視線を落とす少女。
彼女こそが特装風紀システムの第一号装着者、佐倉シズカである。
彼女が辿っているのは、つい先ほどコウタ達が通り抜けた風紀委員会本部へと通じる道である。
一週間前の戦いで大きなダメージを受けた強化服にはいくつか調整を必要とする箇所が生じていた。
また、一号スーツの攻撃力不足を補うための新武装のテストも控えている。
不良獣との戦いのため、シズカのやるべき事は山ほどあるのだ。

やがて、本部建物の洋館の前にたどり着いたシズカは館には足を踏み入れず、前庭を右に曲がって
館から少し離れた所に作られたコンクリート建ての建物の中に入っていく。
そこは、特装風紀システムの開発やカスタム仕様のパワードスーツを製作する研究室兼工場だ。
シズカは技術科の有志生徒達がパワードスーツの改造作業を行っている様子を横目に見ながら廊下を奥へと進んでいく。
しばらく歩くいてエレベーターの扉の前に行き着いたシズカは下りのボタンを押して中に乗り込む。
向かうのは地下、武装風紀システム開発の中枢だ。
地下階にたどり着きエレベーターの扉が開くと、思いがけないほどに広大な空間が広がる。
各種の性能テストや武器の開発、さらには強化服を装着しての訓練・模擬戦までもがここである程度までこなせるようになっているのだ。
と、その時、まさにその模擬戦用の訓練場から金属同士がぶつかり合う激しい音が響いた。

「あれ、なんだろ?……そうか、そういえばアヤナの二号スーツは最終調整も終わって、後は武装の完成待ちなんだっけ…」

二号スーツはパワー重視の格闘タイプで、専用武器のクラッシャー・アックスも後は組み上げを待つばかりの状態であった。
おそらくは実戦配備に向けての訓練を行っているのだろう。

「それじゃあ、こっちのスーツの調整が終わったら、私も模擬戦に付き合わせてもらおうかな」

そう呟きながら、シズカは訓練場の隣のモニタリングルームのドアをくぐったのだが……

「えっ!?」

分厚い強化アクリルの窓の向こうに見えた光景。
どうやらパワードスーツ相手の模擬戦をやっていたようだが、つい先ほど決着がついたらしい。
問題は尻餅をついたそのパワードスーツから顔を出した人物にあった。

「どうして……彼が?」

呆然と呟くシズカの声を聞いて、ミドリが振り返った。

「ああ、シズカ、ちょうど良かった」
「ちょうど良かった、って……みんな、何をしてるのよ!?」
「見ての通りの模擬戦だ。惜しかったな、いい所が見られなくて…」
「そうじゃなくて!!どうして彼がっ!!八峰君があんな事をっ!?」

不良獣との戦いでコウタはシズカの絶体絶命のピンチを救ってくれた。
だが、彼自身は天輪学園に転校してきたばかりの、ごく普通の生徒である。
それがどうして、この武装風紀の中枢にいるのか?仲間達は彼を何に巻き込もうとしているのか?

「私がお願いした事です……」
「委員長……」

シズカの言葉に応えたのはカグヤだった。

「彼に、あなたをはじめとする武装風紀を現場で直接支援する、サポート役を依頼したのです」
「どうしてですか?だって、彼は他の志願者とは違って……」

と、そこでシズカは気が付く。
武装風紀の中枢メンバーが一同に会している筈のこの場が、異様な静けさに包まれている事に……。

「感嘆した……そうとしか言いようがないな…」

最初にその沈黙を破ったのは白ランの風紀委員・ユウヤだった。

「……うぅ、くやしい……」

小さな声でそう呟いたのは、二号スーツを着て訓練場に立つアヤナだ。

「どういう事……?」

一見した限り、コウタの装着するパワードスーツはアヤナに敗北し、それで決着が着いているようだ。
当のコウタも

「…あはは、やっぱり負けちゃいましたね……」

と苦笑して、頭をポリポリと掻いている。
だが、対戦相手であるアヤナを含めた全員が、コウタに対してほとんど驚愕したような眼差しを送っているのだ。

「……これを見てもらえば解ると思う」

疑問符を頭に浮かべるシズカに対して、ミドリが模擬戦の記録映像をモニターに映し出して見せる。
そこで展開されていた戦いの様子を見て、シズカもようやく理解する。

「こんな事って……!?」

早回しで再生される映像の中、コウタの装着したパワードスーツは訓練場内のさまざまな障害物に隠れながら、
時に距離を取り、時には力ずくで障害物をひっくり返して、アヤナの攻撃から逃れ続ける。

コウタ自身のパワードスーツ操作の腕前はせいぜいが中の上といった程度、下手ではないが飛びぬけて上手くもない。
しかし、コウタはアヤナの意識の裏をかき続け、間一髪の所で攻撃を回避する。
そもそも、コウタのパワードスーツは対不良獣部隊に配備される予定のもので、主に警備などの為に使用されそれなりの戦闘力を持ってはいる。
しかし、特装風紀システムに比べれば、その性能は雲泥の差、本来なら瞬殺されてもおかしくない戦力差なのである。
コウタがここまで粘り続けている事自体が驚異的だった。
だが、コウタの戦いぶりはそれだけに留まらない。

「一番の問題はここからだ……」

散々逃げ回るばかりのコウタに痺れを切らしたアヤナが障害物を強引に突破し、コウタに向かって突撃してくる。
しかし、コウタはこれまでもこのパターンに対して、煙幕や障害物を利用して確実に逃げ切ってきた。
今回も煙幕弾が発射され、コウタのパワードスーツはその中に紛れる。
それでも、アヤナはコウタを逃すまいとスピードを上げて煙の中に突っ込んだのだが……。

「えっ!?」

モニターを凝視するシズカの前で、コウタはアヤナとすれ違いざまに煙の中から飛び出す。
そして、そのままがら空きになったアヤナの背中に向かって、パワードスーツの右腕のインパクトキャノンを連射。
それを撃ち尽くすと、キャノンを切り離し、シールドを前面に構えて突撃する。
アヤナはコウタの動きを察知して、彼を迎え撃つ態勢を取るが……

「で、その結果があの有様という訳だ……」

ミドリが指差す訓練場の中、コウタのパワードスーツは機能を停止し、その場に尻餅をついている。
だが、コウタの最後の右アームによる一撃も、浅くではあるがアヤナの強化服の胸部装甲にヒットしていた。

「あの子は、いきなりやらされた模擬戦の中で、短い時間で作戦を立て、あまつさえ特装風紀相手に勝ちを狙いにいったんだ……」

肉体的、技術的な面に限れば、コウタの能力はそう高いものではない。
しかし、この模擬戦で彼は自身の恐るべき特性を見せた。

「あの肝の据わりよう、落ち着いた戦いぶり、なるほど、委員長が彼を必要としたのも合点がいく……」

しみじみと、ユウヤが呟く。
良くも悪くも自分の世界に浸り切った変人だが、戦いを前にしての彼の目は確かなものだ。

「一週間前の戦いで、彼がやった事、敵の体内に捕らわれたあなたを助け出す……。言葉にするのは簡単でも、誰にでも出来る事ではありません」

風紀委員長・カグヤは訥々とシズカに語りかける。

「現在、武装風紀計画は未だ不完全な状態にあります。ただ戦うだけなら不良獣を圧倒できる特装風紀システムも、
一週間前のように周囲の人間の安全を気遣いながらでは、十分に戦う事ができません。
また、10人の特装風紀が全員揃ったとしても、彼らの全員が必ずしも『敵との戦い』にいきなり順応していけるわけではありません」

だからこそ、カグヤはコウタの力を欲した。
戦闘能力云々以上に、戦いの中で己を見失わず、粘り強く勝利への道を模索し続ける事のできる、強い心の持ち主を……。

「彼が、八峰君による現場でのサポートが、必ずやあなた達を窮地から救ってくれると、私はそう考えているのです」
「委員長……」

シズカには返す言葉もない。
現状の戦力で不良獣と渡り合うのは非常に危険である事は、彼女自身が身を持って経験した事である。
しかし、その理屈を理解してもなお、シズカの心はきゅっと締め付けられる。

(彼を…八峰君を、巻き込んでしまった……)

不良獣との戦いは学園全体の問題であり、この学園に籍を置く以上、コウタにとっても他人事ではない。
それはわかっているのだ。
だが、それでも、彼女の心は本来なら平和な学園生活を送る筈の生徒達が、この戦いに巻き込まれていく現実を受け入れられない。
なぜならば、誰よりも彼女自身が、戦いの恐怖を、苦しさを知っているのだから……

「わかり…ました……」

拳をぎゅっと握り締め、小さな声でそう言って、シズカは肯いた。
その表情には、彼女にとってあまりに辛すぎる決断を迫られた事に対する苦い色が浮かんでいた。

「さて、それでは実際にコウタ君に何をしてもらうかという話になるのだけれど……」

その後、コウタはシズカ達と共に地下階の一室に通された。
そこにあったのは、全長2メートル近くある巨大な三輪バイクだった。

「コイツは技術科の自信作でね。見ててくれ」

ミドリがそう言って、バイクのハンドル部分にあったボタンを操作する。
すると、巨大なバイクの各部が駆動音を響かせながら起き上がり始める。
シート部分が持ち上がり、車体後部が展開して人の足のような形に変わる。
さらにフロントカウルと車体後部の部品の一部が箱型に組み上がり、左右にアームが展開される。
バイクの前輪とその周囲のパーツは変形して大型のインパクトキャノンとなり、右腕に装着。
完全に変形したその姿は、重厚なパワードスーツへと変わっていた。

「バイク状態、パワードスーツ状態、両方とも性能は保障済みだ。見た目以上に構造も頑強、馬力も十二分、左腕には簡易型だけどレイ・シューターもついてる」

と、ここでシズカが質問を挟む。

「だけど、八峰君にバイクなんて扱えるの?」
「彼、免許持ってるよ」
「へっ!?」

思いもかけなかった答えに、シズカは素っ頓狂な声を上げる。
何となく、そういった物には手を出さず、朴訥と生きてきた人間なのだろうと思っていたのだ。

「あ、はい、僕の育った少年院、あんまりお金がなくて……それで免許を取ってバイトをしてたんです」
「そういう事情があったの……って、さっき当然のようにパワードスーツを動かしてたけど、もしかしてアレも…?」
「はい。工事のお仕事なんかはいいお金になりました」

30年ほど前から、軍事目的で開発が一気に進んだパワードスーツは今では社会のあちこちで役立てられている。
パワードスーツ操作の技能じたいは珍しいものではないが、先ほどの模擬戦といい、こう何でも出来るとこの少年には殆ど出来ない事などないんじゃないかと思えてくる。
しかも、この準備の手際の良さ、カグヤは彼の能力をある程度承知でこの場に招いたのではなかろうか。
考えれば考えるほど、コウタが武装風紀の一員となるのは避けられない運命だったような気がして、シズカの表情は暗くなる。

「コウタ君には、コイツに乗ってシズカと行動を共にして、戦闘以外の諸々でも色々と手伝ってあげてほしい」
「はい」

コウタが力強く肯く。
この少年の意志の強さは、シズカも以前その一端を見ている。
少なくとも、今更彼に手を引くように言っても無駄だろう。

「それじゃあ、これからよろしくお願いします。佐倉先輩」
「うん、こちらこそ。……それから、何だかその呼び方照れくさいから、シズカさんって呼んでくれないかな、……コウタ君」
「あ、は、はい……その…シ、シズカさん…」

だから、シズカにはこうして、コウタに微笑んでやる事しかできない。
後は、なるべく早く戦闘を終わらせて、コウタが戦わないですむようシズカが努力するしかない。
と、その時である。

「あ、そう言えば、共に行動するって……具体的にはどうすれば…?僕だけバイクに乗ってたら、シズカさんが置いてけぼりです」

コウタがそんな質問をした。

「シズカさん、バイクとか持ってるんですか?」
「う、ううん……持ってないけど…」

シズカとコウタは、戸惑いながらもミドリの方に視線を向ける。
どうやら、ミドリもその辺りの事は考えていなかったらしく、少し気まずそうな表情だ。
それからしばらくの沈黙の後、ミドリが出した結論は……

「じゃあ、タンデムで」

軽快なエンジンの音を響かせながら、三輪バイクが学園内の道を走り抜けていく。
そのシートには、ハンドルを握るコウタと、その背中にしっかり掴まったシズカが座っている。
二人とも、心なしか頬が赤い。
まあ、仕方がないだろう。
ほとんど知り合ったばかりの若い男女が、バイクの二人乗りなんぞをする羽目になったのだから。

(さっきからずっと、シズカさん黙ってるなぁ……)

この沈黙は、恐らくはタンデムの気恥ずかしさだけが原因ではあるまい。

(僕が武装風紀に参加する事、気にしてたみたいだから……)

そこで、コウタは昨日、一通りの説明を受けた後、宿舎に代える直前にアヤナに呼び止められた事を思い出す。

『……ありがとう…』
『えっ?』
『……シズカを助けてくれて…ありがとう……』

そう言って、アヤナは少しだけ微笑んで見せた。
無口で人付き合いがあまり得手ではないアヤナには、昔からあまり友人がいなかった。
それでも、活発な性格の双子の妹を介して、いくらかの友人を作ることが出来ていたのだが、
天輪学園に入学後は、一緒に進学した妹が運動部での活動に集中し始めたために、だんだんと一人でいる時間が長くなっていった。
妹もその事を気にしてくれてはいたが、アヤナは自分の力でこの問題を解決しようとした。
しかし、何とか友人を作ろうと努力をしても、生来の口下手のためにそれが実を結ぶ事はなかった。
そんなアヤナが2年生への進級時、初めて訪れた教室で出会ったのがシズカだった。

『何見てるの?』

その時、新しいクラスでもやっぱり一人ぼっちのアヤナは、教室の隅の窓から外の風景を眺めていた。
誰からも気にされる事のない空気のような存在、そんな風に自分の事を考えていたアヤナは驚いて声のした方を振り返った。

『うあ…ごめん、邪魔しちゃった?』

そこにいた少女が佐倉シズカだった。

『そんな事…ないけど……』
『それじゃあ、隣、いいかな?』

そう言って、アヤナの隣に立って、アヤナと同じように窓の外を眺めて、シズカはまぶしそうに目を細めた。

『きれいだね……』
『うん……』

第2学年の校舎からは、広々とした森が見渡せた。
自然学習に使われるその森の木々は青々とした新芽を太陽の光の中でキラキラと輝かせていた。
その緑と、雲ひとつない空の青にシズカはただただ見入っていた。

『……私は…九龍アヤナ………あなたは……?』

そうして同じ景色に見入っている内に、アヤナはごく自然にその言葉を口にする事ができた。
すると、シズカは嬉しそうに笑って

『私は佐倉シズカ、九龍さん、友達になってくれるかな?』

言葉が出なかった。
ただ、夢中で肯いた事だけをアヤナは覚えている。
そして、二人は風紀委員会に所属する事となり、アヤナはさらに多くの友人達と出会う事となった。








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