シチュエーション
「ん…」 冷気を纏った空気が頬をなでる感触に顔を顰めつつ、美音は目を覚ます。 周囲は一面の暗闇。 上下左右全てが闇に包まれている空間。 「ここは……!?」 自分の状況を思い出した美音は目を見開くと慌てて周囲を見回した。 だが、目に映るのは相変わらずの暗闇だけ。 わかるのは、自分の身体が自由に動くようになっているということだけだった。 「っ手が…」 ギシリ、と美音の頭上から何かが軋むような音を発した。 両手は頭上でまとめられていたのだ。 足が地面につかないということは宙にに吊り下げられていることを示している。 ダークの力の束縛から物理的な束縛への変化。 手に食い込む手錠の感触に顔を歪めさせながらも、美音はそこに微かな光明を得た。 少なくとも今の自分は思ったように身体を動かせるのだ。 手は縛られていても足は動く。 見張りがいるのなら、近寄ってきた時にその者を蹴ることもできる。 「それにしても、ここは一体…」 「おや、ようやくお目覚めかな?」 「っ!塔亜夜暗!」 暗がりの中でも耳の良い美音にはその声音をハッキリと聞きとることができた。 怪盗少女は声の発生地を睨みつける。 「くく、本当に威勢のいいことだ…先程まで裸を見られて半泣きに、しまいには気絶までした女と同一人物とは思えんな」 「…っ、この、変態!」 カアッと頬を染めながら美音は怒鳴った。 反動でゆらゆらと吊り下げられた体が前後に揺れる。 「ここはどこ!?一体何をたくらんでいるの!?私を…どうするつもりなの…!?」 己の意思には関わらず強制的にストリップをさせられ、男の前に裸を晒された美音の精神は少しばかり追い込まれていた。 普段の冷静さを失い、か弱い乙女のように喚き散らす。 本人にそのつもりがなくても、怒号と共に美音の身体は震えた。 「やれやれ…」 (さあ、近づいてきなさい…!) だが美音も伊達に怪盗アクアメロディを名乗ってはいない。 恐怖と寒さに震えながらも、もう一方ではそれを利用して夜暗の気配が近づいてくるのをじっと待っていた。 しかし夜暗はもう少しで蹴りの射程範囲というところで立ち止まり、それ以上近寄ろうとはしない。 「くく…どうした?」 「……っ」 「お前の考えていることがわからないとでも思ったか?これ以上は近寄らんよ」 「くっ…」 「しかしまだ刃向かうだけの気力が残っているのか、大した精神力だ」 心底感心したかのような夜暗の台詞。 だが、勿論美音はそんな言葉が嬉しいはずがない。 身体が恐怖以外の感情、すなわち怒りによって震えた。 「さて、折角だ。先程の説明に答えてやろう……おい、外せ!」 夜暗が何がしかの合図を送ると共に布が擦れるような音が美音の耳に届く。 と同時に美音の視界に光が差し込んでくる。 ばさっ! そんな音と共に視界が一気に開けた。 「な、なに…!?」 パシャパシャパシャパシャ!!! 一斉に無数の閃光が美音を包んだ。 シャッター音がひっきりなしに鳴り続ける。 「こ、これは…?」 美音は狼狽した声を上げた。 周囲には数え切れないほどの人、人、人。 「どうだ?この趣向はお気に召したか?」 「これは…一体…!?」 「何、怪盗アクアメロディという世紀の大犯罪者を捕まえたんだ。折角なので派手に行こうと思ってね」 美音と夜暗がいるのはサクリファイスシティの中央通りだった。 歩道には無数の人間が詰め掛けている。 怪盗アクアメロディを一目見ようと夜半にも関わらず一般人が押し寄せてきたのだ。 (これじゃあ、晒し者じゃない…!) ギリ、と少女は口を噛む。 美音は今整備された道路のど真ん中で見世物のように吊り下げられていた。 怪盗少女を吊り下げているのはクレーン車だった。 おそらくは連行のために用意されたものだろうが、その巨体は場違いといえるほどの存在感を示し、沈黙を保っている。 クレーンの先は改造が施されていた。 手に負担をかけないよう手首を包み込むような手錠が先端に備え付けられ、それが美音の手を拘束している。 空中に吊り上げられた足と地面の間の距離は一メートルには達しないといったところだろうか。 「あっ!」 自分を包む光に美音は慌てて自分の格好を意識する。 気を失うまでは丸裸だったからだ。 だが、服はきちんと元に戻っていた。 勿論仮面もそのままである。 ほっと息を吐く。 全裸では護送に支障があると判断されたのか、それとも何かの仕掛けがあるのかはわからない。 しかし裸のままでなかったことは僅かではあるがこの状況においては救いであった。 「あれがアクアメロディか!」 「まだ高校生くらいじゃないか」 「くそっ、ここからじゃあ顔がよく見えねえ!」 「ついに捕まったのかー」 野次馬の声が美音の耳に次々と届く。 道路と歩道の間には警官隊が配備されているため、野次馬たちからは美音の姿はよく見えない。 我も我もとつめかけ、人ごみが形成されているのだからそれは当然だといえるのだが。 なお、野次馬の大半は男だった。 女性もいるにはいるのだが、やはりアクアメロディが女性ということもあり、前面に出ているのは男ばかりである。 「はーいどいてください。え、許可?ちゃんともらってますよ!ほら!」 と、喧騒の観衆から二人の男が警官隊の規制を潜ってクレーン車へと近づいていく。 夜暗はにこやかにその二人を迎える。 「ども、梶軽視!このたびは独占放送を許可いただきありがとうございます!」 「何、こちらとしてもアクアメロディの敗北を広く知らしめたかったので願ったり敵ったりですよ」 夜暗にぺこぺこと頭を下げている男に美音は見覚えがあった。 覗井照、シティ放送のリポーター。 その強引とも言える取材姿勢とセクハラまがいの言動で好感度ワーストワンの男である。 男からの人気は高いリポーターなのだが、女である美音は当然のことながら彼が嫌いだった。 「さて」 覗井の合図と共に後ろに控えていたもう一人の男―――カメラマンがTVカメラを構えた。 同時にシティ中の街頭テレビ、及びシティ上空を旋回する飛行船型巨大スクリーンに覗井の顔が映る。 「皆さんこんばんわ!さて、大ニュースです、なんとシティのアイドルアクアメロディがついに逮捕されてしまいました!」 非常に残念そうな表情で語る覗井。 内容はアクアメロディの擁護なのだが、夜暗は全く気にするそぶりを見せない。 「さて、こんなむさいおっさんの顔ばかり映していても仕方ないので早速ですが噂の怪盗少女にカメラを向けてみたいと思います!」 クルリ、とカメラが回りそのレンズが美音の顔をとらえる。 ぱっと映し出される仮面の少女。 「あ、あれがアクアメロディか!」 「すげー美人!」 「ビデオ予約しておけば良かったーっ!」 怒号のような歓声が野次馬の間から巻き起こる。 怪盗アクアメロディはその隠密性と報道規制により、一般市民で彼女の姿を知る者は少ない。 公開されている情報は、若い女性だということくらいで、姿形については精々が偶然カメラに収まったシルエットくらい。 つまり、シティの人々はたった今アクアメロディの実像を目にしたのである。 (うっ…) スクリーン越しとはいえ、多数の視線を集めることになった美音は僅かに顔を伏せた。 仮面をしているとはいえ、顔をジロジロ見られるのは好ましくなかったからだ。 無論、それは気休め程度の抵抗でしかなかったのだが。 「おお、これは噂以上の美少女ですね!ええと、二三質問させてもらってよろしいでしょうか?」 「……」 「ありゃ、顔を背けられちゃいました。まあとりあえずだめもとで続けさせてもらいます。 まずは…貴女のお名前は?」 「……」 「ひゃはっ、まあ答えられるはずがありませんよね、失敬失敬。えーとではそうですね…胸の大きさは?」 「っ!!」 「うわっ、怒らないでくださいよ。僕はただシティの男の気持ちを代弁しただけでしてね?」 野次馬からどっと笑いが起こる。 セクハラではあるが、ひょうきんな覗井のリポートは人気がある。 勿論、それは見ている分にはの話で、リポートされる側としてはたまったものではない。 現に美音は無礼な質問に顔を真っ赤にさせていた。 「しかし本当に大きいおっぱいですねぇ。そんなに発育がよくては盗みの邪魔になりません?」 セクハラなコメントに、再び場がわいた。 夜暗は笑いこそしていないが、表情は愉快そうに歪んでいる。 美音は屈辱に打ち震えた。 下衆な質問にもだが、何よりも自分の胸に集まりだした視線に耐えられなかったのだ。 「おや、まただんまりですか……ああそうか!僕としたことがとんだうっかりを!マイクがないのに喋れませんよね」 「……あ、ちょっ」 覗井は素早く美音に近づくとマイクを少女の口元に伸ばし始める。 美音は吊り下げられていて身長差が発生しているため背伸びをする格好だ。 ぽにゅん。 そんな擬音をマイクが拾う。 マイクは美音の胸に挟み込まれるような形で設置された。 「おお!手を離しても落ちない!すごい、すごいおっぱいですね!」 「こ、これを取りなさい!」 「おほっ、これはまた可愛らしいお声!いいですねいいですね、その調子で質問にも答えていただけると嬉しいのですが」 「バカなことを言っていないで…こんなの、セクハラじゃないっ」 「おっとこれは手厳しい。ですが私は一般人、貴女は犯罪者。特に問題はないと思われますが」 「…そ、そんなこと!」 関係ない。 そう美音は言いたかったのだが、口をつぐんだ。 覗井のやり口はこうやって相手を挑発して反応を引き出すというものだ。 ならば露骨な反応は相手を喜ばせるだけである。 「おや、またしてもだんまり…困りました、これではリポートになりません。ふむ、ここは一旦梶警視にお話を伺いましょう」 意外にもあっさりと引いた覗井をいぶかしむ美音。 が、次の瞬間彼の狙いがなんなのかを察し、慌てて口を開こうとし―――そしてそれは間に合わなかった。 「マイク返してくださいね、それっ!」 「あっ、きゃあっ!?」 ぶちぶちぶちっ!! 胸の谷間に埋まっていたマイクを勢いよく引きずり落とすように引っ張る覗井。 反動で衣装のボタンが弾け飛ぶ。 「おおっ、これは思わぬハプニング!」 自分でやっておいて何を、と全ての視聴者が思うほどわざとらしい仕草で覗井が喜ぶ。 美音の上着は首元からおへそのあたりまでのボタンが千切れ飛んでいた。 のこっているのは一番下段のボタンだけ。 当然、上着の前面は綻び、その中から真っ白な乙女の肌が露出する。 「きゃっ…」 反射的に手を動かそうとする美音だが、両手は手錠につながれ吊り下げられたまま。 彼女に露出した肌を隠す方法はなかった。 開かれた上着は首元からおへそまでを綺麗に露出させていた。 幸い、大きく開くことはなかったので胸は乳首を含めてまだ衣装の中にある。 だが、谷間はハッキリクッキリと闇夜に曝け出されてしまった。 しかも服は大きくたわんだままなので、今にも胸がこぼれ出てきそうな状態なのだ。 (し、下着が…なくなってる!?) 美音は焦った。 つけているはずのブラジャーがなかったのだ。 押さえを失った胸は本来の形と大きさを取り戻し、服の中で嬉しそうに揺れている。 夜暗はニヤニヤと美音を見つめていた。 (くっ…アイツの仕業…私を、辱めようと…!) 「カメラさん、もっと下から見上げるように!そうそう…」 美音が狼狽している間に覗井はカメラマンに指示を出していた。 カメラが美音の腰から上を下から見上げるようなアングルで映し出す。 「や、やめなさい!」 たまらず美音は叫んだ。 夜空に浮かぶ巨大スクリーンには美音の胸がデカデカと映し出されている。 その大きさたるや、胸に隠れて美音の顔が見えなくなるほどだ。 だがそれを不満に思う男は視聴者にはいない。 これほどのボリュームを誇る胸を画面越しとはいえじっくりと見物できるのだから。 「あ…う…!」 たまらず美音は顔を背けた。 まだ完全に露出していないとはいえ、自分の胸に注目されて恥ずかしくないわけがない。 しかもこれはシティ全域放送なのだ。 多数の男たちが今自分の胸を注視していると思うと、心臓の鼓動は張り裂けんばかりだった。 身じろぎした反動で三分の一ほど露出した胸がたぷんっと揺れる。 男はそんな映像に地鳴りのような歓声をあげるだけだった。 「さて、梶警視。こうしてアクアメロディを見事に捕らえたわけですが」 名残惜しそうにチラチラと目線を捕らわれの怪盗少女に向けながら覗井はマイクを夜暗に向けた。 つい先程まで美音の胸の谷間に埋まっていたマイクである。 視聴者の男たちは思わずそれを向けられている夜暗を羨ましがった。 「ええ、流石は噂の凄腕怪盗。苦労しましたよ」 「しかし今まで幾度となく取り逃がしてきた怪盗をこうして逮捕したのも事実。さぞ鼻が高いのでは?」 「私一人での功績ではありません。全ては部下達の協力と、不断の努力の結果です」 「またまた、ご謙遜を」 あからさまともいえるレベルで夜暗をヨイショする覗井。 実のところ、この二人には個人的な付き合いがある。 覗井は特ダネの提供者として、夜暗は便利なマスコミ関係者として。 そんなビジネスライクな関係だが少なくともお互いの人格を嫌ってはいない。 そもそも、塔亜邸にて夜暗が電話をかけた先が覗井なのだ。 「しかし噂の女怪盗がこのような年端も行かない少女だったことに関してはどう思われますか?まあ身体は大人のようですが」 「相変わらずジョークがお好きな人だ。そうですね…実に嘆かわしいことだと思っています」 「ほほう?」 「どういった理由で彼女が盗みを働いていたにせよ、犯罪は犯罪です。 彼女くらいの歳の少年少女の犯罪が増加傾向にある昨今、彼女の今まで起こしてきた事件は若年層に悪影響を及ぼすものでしかありません」 「ですが、被害にあっている富豪たちは皆悪徳な人ばかりで一般市民からはむしろ喝采が起こっているようですが」 「確かに、そこは私たち警察の怠慢であり、謝罪の念が耐えません。 ですが先程も言ったとおり犯罪は犯罪。こうして逮捕した以上は彼女には罰を受けてもらわなければなりません」 「なるほど、それではこの状況はいわば見せしめだと?」 「ははは、これは手厳しい。そこまでは言いませんよ。勿論そういった面もあることは否定しませんが」 「しかしそれにしてもこれは少々やりすぎの感があるのでは?未成年に…」 「未成年だからこそです。悪事にはそれに応じた罰を。これは当然のことでしょう?」 (何をぬけぬけと…!) 美音は悔しさに唇を噛んだ。 まるで初めから決まっていたかのようなやり取りにも反吐が出るし、自分が一方的に悪いように言われているのも腹が立つ。 女性である以上、覗井のセクハラ発言も嫌だ。 だが、何よりも許せないのは夜暗自体が犯罪者の類であるということだ。 法を遵守するべき警察官が平気で超常の力と犯罪に手を染め、行使するなど不届き千万。 思わず夜暗の正体をびちまけたくなる衝動に駆られる美音。 ひゅうぅ… 「っ!?」 だが、そんな彼女の激情を押さえ込んだのは一凪の風だった。 そよ風程度の夜風が美音の身体を優しく通り過ぎる。 瞬間、美音は下半身に妙な感触を覚えた。 何故か、普段よりも風通しがよいように思えたのだ。 (まっ、まさか…?) 恐る恐るといった風情で美音は内腿を微かにこすり合わせた。 そして途端に蒼白になる。 スカートの下に、あるべき布地の感触がなかったのだ。 (う、嘘…っ!?) 美音は慌ててスカートの前を股に挟み込むようにして内股になった。 そうすることによってスカートの後ろが僅かにめくりあがるが怪盗少女はそれには気がつかない。 (パ、パンティまでっ……!) 美音は俯いていた顔を僅かにあげ、それをした犯人であろう夜暗を睨みつける。 だが、次の瞬間少女の顔は怒りの表情を羞恥の表情へと変えた。 夜暗がカメラや覗井から見えない位置のポケットから深い青の布地。 すなわち美音がつい先程まで穿いていたパンティをチラリと覗かせたのだ。 (こ、こんな…こんなことって…!) 見せ付けられた布切れに美音は自分がノーパン状態であることを強く意識させられる。 しかもそれだけではない。 彼女は今、ブラジャーもつけていないのだ。 怪盗の衣装こそ身につけているが、水無月美音という少女が身につけている装飾品は二つとも彼女の身体から離れてしまったのである。 「ありがとうございました。では再びアクアメロディへとカメラを戻したいと思います」 (え…っ!?) 覗井の言葉に美音の心臓がドクンと跳ねた。 気丈な表情に微かな怯えの影が走る。 いつもは自分の身体を守る最後の砦の布二枚がないという事態は確かに彼女の心に弱気の二文字を刻んでいたのだ。 「おや…?」 そして覗井はそんな怪盗少女の様子を見逃すほど素人ではなかった。 彼はニヤリ、と小悪党な笑いを口元に浮かべると再度吊り下げられた美音へと歩を進めた。 「さて、今から護送ということになるわけですが、今のご心境は?」 「……」 ぷいっと顔を背ける美音。 覗井は全くそれを気にすることなく質問を繰り返す。 だが、彼の目線は素早く美音の身体全体を走っていた。 目の前の少女が何かを隠しているということに気がついたのだ。 「そういえば、こんなに短いスカートで寒くないですか?」 「っ」 その質問を出した瞬間、覗井は攻めどころを悟った。 他の者には見えないほどの僅かな挙動だったが、美音は確かにビクリと怯えたように震えたのだ。 合図を受けたカメラが怪盗少女の下半身をズームする。 すると、黒いニーソックスに包まれた張りのある健康的な生足がスクリーンに映った。 「あっ…」 「これは綺麗なおみ足!しかしやはり寒いものは寒いようですね。ここなんてこんなに震えてますし」 「ひゃぁんっ…!?」 するっと太ももをなで上げられて美音は思わず声を上げてしまう。 くすぐったさと快感の中間のような甘い声に男性陣は一様にして股間を押さえた。 「しかし本当に短いですねぇ。これじゃあちょっと動いただけでパンツが見えちゃいますよ?」 「そ、その手をはなしなさい!」 つままれたスカートの裾を見て美音は思わず上擦った声を上げてしまった。 少女の過敏ともいえる反応に覗井は確信を得て、手に力を込める。 「アクアメロディの下着の色は何色かな?」 「や、やめっ…」 ゴクリ、とスクリーン前の男衆が息を飲んだ。 短いスカートの下から徐々に隠されていた太ももが露出していく。 美音は前部分を股に挟み込んでいたため、サイドからの露出になっているのだが、それが逆に淫靡さをかもし出していた。 すすっ… 更に持ち上げられていくスカート。 もう下着が見えてもおかしくないところまで露出は進んでいる。 この時点で覗井は既に美音がノーパンであることを悟っていた。 数々のセクハラを行ってきた彼からすれば、女の反応一つであらかたのことは察することができるのだ。 (へへっ、大方梶のダンナの仕込だろうが…見せてもらうぜ、美少女怪盗のおま〇こをよ!) 足でスカートを挟み込んでいるといっても身体的な構造上それは完璧なものではない。 よって、男である覗井がぐっと力を込めれば挟み込まれたスカートもずるずると引きずりだされていく。 「ひっ…」 美音は思わず目を瞑った。 公衆の面前で下着のないスカートがめくられてしまう…! 最大級の恥辱を目前にして美音は目を開け続けることができなかった。 「流石にそれ以上はやりすぎですよ?」 だが、怪盗少女のスカートが完全に持ち上がりかけようとしていたその瞬間。 救いの手は意外なところからやってきた。 夜暗がガッシリと覗井の手を掴んで彼の暴挙を止めていたのだ。 「あ、あんた、なんで…」 「流石にやりすぎだ。このままでは風当たりが強くなる」 「くっ…」 「そんなに残念そうな顔をするな。俺は急くなといっているんだ。これからチャンスはいくらでもある」 「…本当か?」 「ああ。それに今から例のゲームを始める。打ち合わせをしただろう?」 「…!そうだったな。すまねえ、つい…」 見た目は過剰なセクハラをしようとしているリポーターを止めようとしている刑事。 だが実際は小声であからさまに怪しい密談がかわされていた。 勿論、それを聞いているのは至近距離にいた美音だけなので野次馬もテレビの前の視聴者もなんら疑問を持っていない。 (げ、ゲーム…?) 会話を聞き取っていた美音は危機の回避にほっとしつつも不穏な単語に戦慄を覚えていた。 話し合いが終わったのか、覗井がくるりとカメラの前に顔を見せた。 「いやはや、怒られちゃいました!そういうわけなので男性の視聴者の皆さん、ごめんなさい!」 「反省がたりないようですね、覗井さん?」 「いやいやいや!ちゃんと反省してますって!だから逮捕しないで!?」 滑稽なほど深々と謝罪の礼をする覗井にあちこちから笑いの声が起こる。 どんなに逸脱した行為をとっても彼はこうすることによって状況を誤魔化すことができるというスキルをもっているのだ。 「…しかし先程から思っていたのですが、一つ貴方は肝心な質問をしてきませんね?」 「肝心な質問?はてなんでしょう?」 わからなーい!とおどけてみせる覗井。 だが、美音にはそれが演技だとわかった。 何故なら、彼の目が夜暗とそろって自分を見つめていたからだ。 いぶかしむ美音。 しかし次の瞬間、少女は夜暗の口からでた言葉に背筋が凍えた。 「彼女の素顔……知りたいとは思わないのですか?」 (なっ……!?) 美音は大きく目を見開いた。 同時にスカートをめくられそうになったとき以上の衝撃が心臓を襲う。 (す、素顔……私の素顔!?) 美音は恐怖に蝕まれていた。 仮面の下には当たり前だが水無月美音という少女の顔が隠れている。 そして、美音は天涯孤独の身ではあるが、友人はいる。 学校の同級生、近所の人々、その他の知り合い達。 テレビの前か歩道にいるであろう彼らに素顔を見られればすぐさま素性はバレてしまうだろう。 そんなことになればもう二度と彼らの前には顔を出せない。 怪盗アクアメロディが水無月美音だと知られてしまう、これ以上の恐怖は美音にはなかった。 「そ、それは勿論知りたいとは思いますが…」 覗井の視線が美音へと向く。 カメラも怪盗少女の顔をズームする。 シティ中の目が仮面に隠された素顔へと集まる。 美音は、焼け付くような視線を感じぎゅっと目を閉じた。 「これから、ちょっとしたゲームをしたいと思います」 「ゲーム?」 「そう、ゲームです。チャンスは三回の公平なゲームをね」 パチン、と夜暗が指を鳴らした。 思わず身構えてしまう美音。 だが、身体にはなんの変化も起きない。 覗井もカメラマンも警官たちも、不審な動きを見せるものは誰もいない。 しかし―― うぃぃぃん… 機械の発する電子的な音が美音の耳へと届く。 その音はすぐ後ろから聞こえた。 美音は思わず振り向きかけるが。 「おっと、動かない方がいい」 夜暗の声に身体が固まった。 ダークの力が行使されたのである。 (な、何を…) 不気味な機械音に美音は怯える。 やがて、後頭部のすぐ傍に音は停止した。 「スクリーンにご注目を」 夜暗の声に美音もスクリーンへと目を向ける。 そこには、美音の後頭部で何かを掴んでいるマジックハンドの姿があった。 (ああっ…!?) クレーン車から伸びたマジックハンドが掴んでいるものに美音を含めた観衆は唸りをあげる。 機械の手は、アクアメロディの仮面の結び目をつまんでいたのだ。 「ルールを説明しましょう。今からクレーン車が進む間、警官隊は邪魔しません。 我こそはアクアメロディを救うものなり!という方はどうぞここまでいらっしゃってください。 ここに辿り着いた方がいらっしゃれば私はその時点で何もしません。ですが…」 夜暗はポケットからリモコンを取り出す。 そこには大きなボタンが一つだけついていた。 「誰もいらっしゃらなかった場合、このボタンを押します。このボタンはあのマジックハンドを動かすキーです。 つまりこれを押せばあの手は彼女の仮面の結び目をほどいていくわけです」 「なるほど、それで?」 「それを三回、ここから中央通を抜けるまでに三分の一ずつの距離で行います。 皆さんの誰かが彼女を助けようと思い、行動を起こせばアクアメロディの勝ち、仮面は剥がしません。 ですが、誰も行動を起こさないようなら…仮面の下の素顔は公開されることになります」 「…それは面白いゲームですが…その、いいのですか?このようなことを独断で?」 「ははは、勿論処罰は受けるでしょうね。ですがこれは必要なことだと思います」 「というと?」 「彼女を身を挺してでも助けたいという方がいるというのならば私も考えを改めなければなりませんから。 見ず知らずの一般人に庇われるほどの犯罪者を晒し者にはできませんしね」 「なるほど」 「では…一回目をはじめましょうか」 にっこりと宣言する夜暗に連動してクレーン車が動き出した。 ゆっくりと進みだした巨体の機械は怪盗少女を先にぶら下げて街中を闊歩する。 だが、そこに近づいてくるものは誰もいない。 当然だ。 夜暗の言うとおりにアクアメロディへと駆けつければちょっとしたヒーローだが、彼女はあくまで犯罪者。 ゲームとはいえ当然なんらかの罰則が与えられるのは間違いない。 いくらアクアメロディが美少女だからといって、人生を棒に振ってまで助けに入ろうなどという奇特な一般人はまずいないのだ。 …そして数分後。 「…到着ですね。まあ中央通の三分の一といっても数百メートルしかありませんが」 ぐるり、と野次馬を見回しながら夜暗が呟く。 勿論、彼に近づいてくるものはいない。 「では、一回目です」 カチッ 夜暗の手がスイッチを押す。 美音のすぐ後ろで操作されたマジックハンドが動いた。 「……!!」 しゅるるっ ほどけていく仮面の結び目。 布が発する衣擦れの音に美音の身体がビクリとこわばった。 既に硬直は解除されている。 だが、美音は身じろぎすらしなかった。 いや、正確にはできなかったといっていい。 何故なら、動くことによって自分の正体の発覚が早まりかねなかったのだから。 (早く脱出しないと…!) 焦燥に身を焦がされる美音。 実のところ、彼女にはこの状態からの脱出方法が一つだけあった。 武器として認識していなかったおかげで捨てられていない一本の針金がグローブの裏に隠してあるのだ。 しかし、それだけに事は慎重に進めなくてはならない。 今は自分に多数の注目が集まっている状態である。 そんな中で不審な動きをすればすぐにばれてしまう。 (なんとか、注意をそらさないと) 要は顔より下に注目を集めればいい。 だが、現在は正体暴きのゲームが行われている真っ最中。 人々の視線は美音の顔面に集まっている。 吊り下げられている手はスクリーンには映っていないが、場所が近いだけに無謀な賭けにであるわけにもいかなかった。 しゅる…ぴたっ ゆっくりとした作業は数秒ほどで終わった。 まだ一回目なのでこの段階で結び目がほどけきることはないし、仮面がずれるということもない。 だが、美音の肌には緩んだ仮面の感触が確かに伝わっていた。 「一回目はこれくらいにしておきましょう。あと二回……さて、助けは来ますかね?」 ニコリと微笑む夜暗の表情は心中が読めない。 だが、間違いなく彼は助けが来ないと思っているはずだ。 しかしそこに誤算がある。 美音は自力でこの状況を脱出する術があるのだから。 (そうやって笑っていればいい。今にその顔を歪ませてあげる…!) 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