お前が兄になって、俺が妹に
-1-
シチュエーション


「今日からお前が兄になって、俺が妹になることになったから」
「え?本当!?」

小学生の妹についた、エイプリルフールの他愛のない嘘。
そのはずだった。

まさか、両親もノリノリで、本当に俺が妹にさせられるとは。
家族内での力関係だけでなく、
名前も、部屋も、洋服も、髪型も、なにもかも交換。入れ替わり。
4月から俺が通うはずだった高校も妹・・・・・・いや、今は兄が行くことに。
ぬいぐるみやらファンシーグッズに囲まれた部屋の真ん中で、
俺は妹のお気に入りだった薄いピンクのワンピースに身を包み、
軽率な「嘘」を後悔しながらため息をついた。
いまや自分のものになった赤いランドセル。
新学期からはこれを背負って小学校に行かなくてはいけないなんて。
希望に満ち溢れている季節のはずなのに、これからいったいどうなってしまうのか。

エイプリルフールも終わり、「俺と妹の立場を交換」というのも終わり・・・・・・
かと思ったら、昨日限りの嘘でも冗談でもなく、本気の本当。
今後はずっと俺が妹の由希として生活しなくてはいけないらしい。

「4月1日付けの辞令が全部嘘ってわけじゃない」

とかなんとか言われても、こればっかりは納得できない。
しかし、わめいてもさけんでも、「立場の交換」は絶対。

風呂上り、洗濯籠に用意したかわいらしい女児用パジャマや
色気というには程遠い女児用下着を見て、また深くため息をつく。
最初はトランクスとTシャツ、ジャージを用意したのに、
家族に猛烈に怒られて着替えを変えられてしまった。
仕方なく、「こんなので下半身が包めるのか?」と思うような下着を身に着ける。
最初は手のひらに収まるほど小さかった布は、驚くほど伸びて俺の下半身を包みこんだ。
トランクスやブリーフと違う、独特の感触が俺のモノを撫で、
ピクピクと意に反して軽く勃ってしまった。
へそ部分に小さなリボンのついた女児用下着に浮かび上がる男のシンボル。
なんとも情けなく、かつ変態的な情景。
そんな情景を早く消し去ろうと、自分には少し小さいパジャマを急いで着込むのだった。

しかし、赤い水玉の柔らかなパジャマに袖を通すと、
余計みじめさが引き立ってしまった。
7分袖とかそういうレベルではないほど足りないパジャマの丈は、
「無理やり着てみました」という感じにしか見えない。
なんか芸人がコントで子供役をしているような、そんな感じ。
5歳も離れている妹の服を着ようというのが、そもそも間違いなのだろう。

「はやく着替えて、洗い物手伝って!」

キッチンから母の叫ぶ声が聞こえる。
洗い物を手伝うのは妹の役目。
つまり、いまの俺の役目ということになる。
いくら嫌がっても、手伝わないと間違いなく叱られてしまう。
深いため息をつきながらキッチンに向かうと、
リビングからテレビを見ながら笑っている妹の声が聞こえてくる。それは、昨日までの自分の姿。
腹立たしくもあるが、ある意味自業自得でもあるのだろう。

「あら、ずいぶんパジャマも小さくなっちゃったわね。
明日買いに行きましょうか」

洗い終わった食器を拭きながら、にこにこと母が話しかける。
それに対して、俺はうなずくしかできなかった。

翌日、俺は有無を言わさず妹が好きだった水色のスカートに
フリルのついた白いブラウス、そして薄手のカーディガンを着せられ
郊外にあるデパートへと連れて行かされた。
つんつるてんの洋服を着た、大柄の少女はものめずらしいのか、
みんな横目で眺めていく。
こっちを見るな。俺だって好きでやってるわけじゃない。
だけどデパートですらこれだけ好奇の目にさらされるのだから、
電車なんか乗ったらそれこそ大変だったに違いない。
そこだけは、自家用車で出かけることにした母に感謝すべきだったのかもしれない。

そしてデパートでは、次から次へと自分のために衣類が購入されていく。
ブラウス、スカート、ワンピース、パンツ・・・・・・。
どれもこれも最近の女の子にしてはちょっと「少女趣味」すぎる
かわいらしいものばかり。
それのどれもが「自分にちょうどいい大きさ」なのが、
またなんとも泣けてくる。
その中の1つ――まるで昔のヨーロッパの少女が着ているような
リボンに飾られた細かい花柄のワンピースは、
まさに妹がよそ行きに着ていく「とっておきのワンピース」そっくりで、
これに身を包むと本当に自分が妹になってしまったかのような
錯覚に陥ってしまう。

「さ、次は伸びた髪の毛を切っていきましょうね」

続いて無理やり美容室へと連れ込まれ、
母の注文どおり短いながらも小学生の女の子らしい髪型へと整えられてしまった。

「はい、できましたよ」

とにこやかに笑う美容師の横には髪の毛こそ短いが、
恥ずかしそうに少しうつむいている「妹」が映っていた。

髪型を整えたあとは、不思議と注目されないでデパートの中を歩くことができた。
たぶん、トータルで「女の子らしく」なったため、
違和感が少なくなったってことなんだろう。
ヘンに注目されなくなったぶんだけ気分が楽になったけど、
また一歩「妹」に近づいた気がしてなんとなく恐ろしくなってきた。
本当にこのまま一生「妹」として生きていかなきゃいけないのかな。

「美奈子、で、どれが欲しいって言ってたっけ?」

などと考え事をしながら歩いていると、
ファンシーショップの店頭で母が足を止めていた。
美奈子――妹の名前、つまり、今の俺の名前――と呼ばれるのに慣れていない俺は、
ついその呼びかけに気がつかず通り過ぎそうになっていた。

「え、ん?別になにも欲しくないけど……」

心からの、素直な意見。遠慮でも、なんでもなく。
そもそも欲しがってたのは本当の妹のほうなのだから。

「今日は特別。遠慮しなくていいから。
……えーと、これだっけ?」

やけに楽しそうな母はずらりと並ぶぬいぐるみの棚を眺め、
その中でもかなり大きい部類に入る白いうさぎのぬいぐるみを指差した。
確か、妹が大好きだったキャラクター。
本当の妹ならば飛び上がって喜んだはずだけど、
無理やり「妹」にされた俺がぬいぐるみを買ってもらったところで
うれしいはずがない。

「もう、照れちゃって、この子は」

なんて言いながら、母は店員にぬいぐるみを買うことを告げ、
レジでお金を払ってしまった。
こうして、全然欲しくないぬいぐるみは、晴れて俺のモノとなった。
ラッピングもされないで渡されたそれは俺にとっても大きなもので、
しっかり抱きしめていないと落としそうなほどだった。
ふかふかで、抱き心地のいいうさぎのぬいぐるみは、
逆に自分が抱きしめられているような錯覚を起こしてしまう。
帰りの自動車ではぎゅっと抱きしめたまま、
居眠りをしてしまったのはちょっと失敗だったかもしれない。

家に帰ると、ソファーでは見慣れない少年が携帯ゲームで遊んでいた。

「いい年してぬいぐるみだなんて、ミナは本当にお子様だな」

まるで俺が妹をからかうときのような、言葉遣い。
その声で、見慣れない少年が妹なんだとはじめて気がついた。
背中ぐらいまであった長い髪はバッサリ切られ、
ちょっとツンツンした感じの男子高校生っぽい髪型に。
そしてデニム地のシャツにジーパンと、
女の子っぽい服装が大好きだった妹と正反対の格好に、
俺は驚きを隠しきれなかった。

「あら、お兄ちゃんも床屋行ってきたのね」
「さっぱりしたろ?」
「うん、高校生らしくってかっこいいわよ」

そんな母と妹のやりとりを見てると、
本当にあいつが最初から「兄」だったのではないかと思えてきてしまう。

「そうそう、さっき制服が届いたよ」
「あら、じゃあちょっと着て見せてよ」

うれしそうに微笑む母親に返事をして、妹は二階に向かった。
数分後、濃紺のブレザーにスラックスを身に着けて戻ってきた妹は、
まだ制服に着られている感じのする「新高校生」そのもので、
希望と自信に満ち溢れていた。
その姿がまぶしすぎて直視できない俺は、
ぬいぐるみに顔をうずめることしかできなかった。

「そうだ、せっかくだから記念写真とりましょうか。
さ、美奈子も一緒に並んで」

母に促されるまま、妹と2人デジカメの前に立つ。
頭ひとつぶん背の高い俺がワンピースで着飾り、
まだ顔つきに幼さの残る妹が高校の制服で身を固める。
本来ならありえない組み合わせ。
あべこべの服装。
その状況がしっかりと写真に残されてしまった。
何枚も、何枚も。
続いてファッションショーのように、
ワンピースを着た俺の撮影に移る母親。
新しい服を買ったときの母と妹の儀式で、
まさかその儀式に付き合わされることになるとは夢にも思わなかった。
繰り返し、繰り返し何度も何度も座ったり、立ったり。
笑顔でポーズをつけたりするたび、
少しずつ「妹」経験値が上がっている感じがしてしまう。
そのうちレベルアップして本当の妹になってしまうのではないか。
そんな恐ろしい考えが頭の片隅によぎってしまった。

ようやくミニ撮影会から開放された俺は精根尽き果て、
今すぐベッドに倒れこみたい気持ちでいっぱいになっていた。
そして二階にある自分の部屋に戻ろうとドアを開けると、
扉の向こうは見慣れた部屋ではなかった。

「おいミナ!勝手にドア開けるなよ!」

ベッドに転がりながら、マンガを読んでた妹に怒鳴りつけられ、
そこがついこの間まで自分のものであった部屋だと気がついた。
使い慣れた机。壁にかかった制服。マンガが並んだ本棚。
グラビアアイドルのポスター。
薄い青っぽい壁紙。窓から見える景色。
部屋の中にあるものはすべて、前と同じ。
しかし、配置が違う。全然違う。
驚きのあまり、抱きかかえていたぬいぐるみを落としてしまうほど。

「あ、え?部屋の中……」
「ああ、模様替えしたんだよ」

あわてる俺に、さらりと返事する妹。
つまり完全に「自分の部屋」化するため、
内装を大きく変えたと、そういうことなんだろう。
さっさと出てけと怒る妹から、
そしてもはや自分のテリトリーではなくなった部屋から逃げるように、
俺はぬいぐるみとともに「自分の部屋」に飛び込んだ。
まだ慣れない、妹のにおいに満ちた女の子の部屋。
しかし、ここだけが「自分の部屋」なんだと思い知らされた。
15年間の人生が一瞬にして巻き戻り、自分と妹の立場が逆転してしまう。
数日前なら「ありえない」と笑えることも、今となっては、もう。
俺は買ってもらったぬいぐるみに顔をうずめ、少し泣いた。

「美奈子ー電話よー」

泣きながらいつのまにか寝てしまったらしく、母が軽く揺するようにして起こしにきた。
受話器を受け取りながら、「美奈子」と呼ばれて反応していた自分に気がつく。
こうやって少しずつ慣れていくのだろうか。怖い。

「はい、もしもし?」
「ミナちゃん?わたし、優子」

電話の向こうは、確か妹の親友の優子ちゃん。苗字はなんだったか。

「あ、うん。久しぶり……」

恐る恐る、バレないように、受け答えをしようとするけど

「久しぶりー……って、お兄さんでしょ、ホントは」

どきり!心臓が止まりそうになる。

「ミナちゃんから……ええと、今はお兄さんだっけ?
なんか名前とか全部交換したって聞いてるよ」

ばれてる。知れ渡ってる。
妹は友人にも俺と自分の立場交換を伝えているらしい。
どんどん逃げ場をふさがれていく、そんな恐怖感。

「あ、安心して。あたしはミナちゃんの味方だからさ」
「う、うん……」
「で、一度「新ミナちゃん」に会って遊びたいんだけど、
明日、大丈夫かな?」
「うん……」

本当は断りたいけれども、どうにも断れない雰囲気。
胃が痛い。

「じゃあ、明日、駅前のタキオンでね」

優子ちゃんは言いたいことを言うと、一方的に電話を切ってしまった。
これで明日、タキオンに出かけなくちゃいけなくなった。
女の子の格好をして、外に出る。
考えるだけで、恥ずかしくて顔が熱くなり、
またぬいぐるみに顔をうずめてしまう。

憂鬱な夜が明け、新しい朝がやってきた。
今日は優子ちゃんとタキオンへ行くことになっている。
またも女の子の格好で外に出かけなくちゃいけないのは、
本当に顔から火が出るほど恥ずかしい。
いったいいつまでこんなことを続けなくちゃいけないのか。

「ミナー、友達から電話だぞ」

朝起きてソファーでテレビを見ていると、同じく一緒にテレビを見ていた妹が電話の子機を投げてよこす。
電話の向こうは優子ちゃん。
待ち合わせ時間を決めてなかったのを思い出したらしい。
お昼を食べた後の1時に待ち合わせ。
本当は断ろうと思ったけれども押し切られてしまった。
しかし、自分の親友から電話がかかってきたのに、
なんの会話もせずに俺に投げてよこすとは。
もはや優子ちゃんは自分の親友ではなく俺の友達、そういう認識なのだろう。

お昼を食べて、気の重い外出。
最初はどれを着ればいいのか悩んだけれども、
母からキラキラ輝くキャラクターとロゴがプリントされたTシャツと、薄いピンク色のパーカー。
そして3段になったフリフリのスカートと、
星がたくさんちりばめられたひざ上まである靴下を押し付けられた。
服のサイズこそ違うが、妹が普段着ていたものとまったく同じ。
やはり薄いピンク色したスニーカーを履くと、
格好だけは数日前の妹と寸分違わない状態になった。

「いってきます」

と玄関のノブに手をかけようとしたそのとき、
手が固まって動かなくなる。
家族と一緒じゃないのに、外に出たらどうなるのだろう。
笑われるんじゃないか。ヘンタイと指をさされるのじゃないか。
いろんな心配が胸の中に渦巻いて、次の行動ができない。

「なにやってるの、待ち合わせに遅れるわよ!」

最後は母に追い出されるようにして出かけることになった。

最近は暖かくなったり寒くなったり忙しい天気だけれども、
今日は日差しが暖かいぽかぽかした陽気。
普段ならば気持ちよく散歩できそうな気温なのに、俺の足取りはとても重い。

「あら、美奈子……ちゃん?お出かけ?」

近所のおばさんが声をかけてくる。恥ずかしい。死にたい。
「美奈子」と「ちゃん」の間にちょっとした空白があったのは、
ほぼ見た目が妹なのに大きい俺を見て本当に妹なのかどうか
判断に困ったからだろう。

「……こんにちは」

軽く会釈をして、通り過ぎる俺。
途中、何人か近所の人に挨拶されたけれども、
誰一人として俺を「俺」として認識してくれる人はいなかった。
ほとんどが「美奈子ちゃん、大きくなったわね」とか、

「かわいい格好でどこかお出かけ?」とか、
「うちの娘と同じクラスになったらよろしくね」とか、完全に妹扱い。

もし俺の格好をした妹が通りがかったら、
あの人たちは妹を「俺」扱いするのだろうか。

いつものバス停でいつものようにバスを待つ。
程なくしてバスがやってきたので、ポーチの中から財布を出して料金を払う。210円。
いつもと違うのは、取り出したのが俺が愛用している茶色い革の財布ではなく、
妹が大好きなうさぎのキャラクターがプリントされた、
ピンク色のかわいらしい小銭入れ。
財布はいつもポケットの中に入れていた身としては、
いちいちポーチから出し入れしなくちゃいけないのが面倒くさい。
料金を支払って席に座ろうとすると、運転手さんが声をかけてきた。
どきり!
心臓が止まりそうになる。
恐る恐る振り返ると

「お嬢ちゃん、小学生?だったら料金多いよ」

運転手さんがわざわざ110円を返してくれた。
最初はなんか得した気分になったけれども、すぐにあることに気がついてしまう。
つまり、今の自分は「小学生の女の子にしか見えない」ってことの裏返しだと言うことに。
確かに身長的には大きなほうじゃないけれども、
それでも小学生に間違えられるほど小さくはないはず。
やっぱり、この格好が、見た目が小学生の女の子みたいだと、
世間はそのとおりに扱うようになるのだろうか。
きっとそうなのだろう。
そんなことを考えながら、バスに揺られて駅を目指した。

待ち合わせ場所のタキオン前には、まだ優子ちゃんの姿はなかった。
と、言っても、優子ちゃん自体は何回も見たことあるわけじゃなく、
誰が優子ちゃんかどうかすぐにわからないのだけど。
独り、待ち続ける。5分、10分、15分。
時折通り過ぎる人がちらちらとこちらを見ているような気がして、
穴に入って隠れたいぐらい恥ずかしい。
とくに、妹と同じぐらいの年齢の女の子が、自分を見ていくような感じで
きっとあの子たちも内心「男がこんな格好してキモい」とか思っているのだろう。
早く立ち去りたい。帰りたい。
涙さえ浮かびそうになったそのとき、

「ミナちゃん、おまたせ!」

ショートカットが似合うボーイッシュな女の子が声をかけてきた。
その後ろには、三つ編みにメガネ、キツい目つきと、
小学生のとき委員長とかを進んでやりたがったような子が立っている。

「あ、あの」
「遅くなってゴメンね、バスが遅れちゃった」
「久しぶり、美奈子」

まるで本当の美奈子に会ったときのように挨拶してくる2人。
突然ショートカットの子がふっと顔を寄せてくる。
小学生とはいえ、妹でもない女の子の顔がこんなに近くにあるなんて、
本当にドキドキする。

「本当にお兄さん?身長以外ミナといっしょじゃん」

電話口で聞いたあの声が、耳元でささやく。

どきり!

先ほどのドキドキとは違う鼓動が心臓を支配する。

「優子から聞いてたけど、本当とはね」

委員長ぽい女の子が、氷のような瞳を俺に向けながら微笑む。

「さ、ここにいても仕方ないし、遊びにいこ♪」
「さ、美奈子も」

優子ちゃんと委員長っぽい子――亜美ちゃんと言うらしい――に手を引かれるようにして、
俺はさらなる「女子小学生」の道を歩み始めるのだった。

優子ちゃん、亜美ちゃんと一緒に、タキオンの中を見て回ることに。
小学生とはいえ女の子、覗くのはもっぱら洋服の店ばかりだ。
男物にはない、カラフルで多様なデザインの洋服の洪水に目がくらむほど。
2人はかわいらしい服、ちょっと大人っぽい服を手にとっては
「これいいね」とか「ミナちゃんも着てみる?」とか話しかけてくるけど、
「うん」とか「まぁ」とか気のない言葉しか返せない。返しようがない。
無理やり「妹」にされてまだ3日程度。
さらに言えば「兄」に復帰しようと狙っている身。
女の子が好きなファッションなんてわかるはずがない。わかりたくもない。
でも。もしも。もしかしたら。
このままずっと「妹」のままだったら、こういうのも覚えていかなくちゃいけないんだろう。
嬉々としてファッション誌を眺め、お気に入りの洋服を着て、
友達と一緒にウインドウショッピングを楽しむ。
そんな自分の姿を想像して、身震いしてしまう。

「ミナちゃん、聞いてるの?」
「あ、うん、ゴメン」

優子ちゃんが顔を覗きこむようにして呼びかけてきた。
返事がないのを不思議がったのだろう。

「で、ミナちゃんはどんなのがいいの?」
「え?え?」
「こいつ、聞いてなかったな」

優子ちゃんに指でおでこをつつかれる。
身長差があるのに、懸命に手を伸ばしてつつく様はなんとなくほほえましい。

「もう水着が売り出されてるんだよ、早いね」

目の前には、カラフルな水着がずらりと並んでいる。
小学生にはまだ早いだろ、というデザインから、
いかにも小学生向けといったものまで幅広く。
まだ真冬みたいに寒い日すらあるのに、水着なんて売ってるなんて正気の沙汰とは思えないけど、
こういう先取りも商売の1つなんだろう。

「で、これなんかミナちゃんに似合うと思うんだけど、着てみる?」

優子ちゃんが1着の水着を突き出す。
腰辺りに巻く布(パレオとかいうらしい)がついた、ワンピースの水着。

「ちょっぴり大人っぽいデザインだけど、ミナちゃん大きいから似合うよね?」
「ミナちゃん、着てみてよ」

優子ちゃんが、亜美ちゃんが、まるで獲物をいたぶる猫のような
底意地の悪い笑顔を見せながら迫ってくる。
俺が「偽者の美奈子」だと知っての狼藉。
いや、偽者だと知ってるからこその行為。
逃げ出すわけにも行かず、かといって着るわけにもいかず。
何度か渋って勘弁してもらおうとしたけど叶わず、結局試着室の中に入ることに。

女性用水着を握って、更衣室の中で立ち尽くす。
たぶん更衣室の外では、着替えて出てくるのを待ち構えて2人がニヤニヤしてるはず。

1分。2分。3分……。

着替えるか着替えないか、悩みに悩んで悩み続けて、
結局着替えないで更衣室から出てしまう。

「あー、ミナちゃん着替えてないー!」
「ぶーぶー」
「……だって、恥ずかしいし……」

女の子の前で女性用水着を着るなんて、できるはずがない。

「じゃあ、私たちも着るから、ね?」
「え、ええっ!?」

突然の提案にうろたえてしまう。

「冗談よ」
「よかった……」

心から安心する俺。

「なんて言うと思った?」

まるで悪魔のようにかわいい笑顔で、亜美ちゃんが俺の手をつかむ。

「さ、着替えましょ」

2人に引きずり込まれるように、更衣室の中へと再び入る。
普通のよりも広めな更衣室だけれども、3人で入るとさすがに狭い。
よく見ると優子ちゃんも亜美ちゃんも手に水着を持っている。
どうやら彼女たちも試着するようだ。
まるで同級生と行ったプールで着替えるかのように、
自然に服を脱ぎ始める彼女たち。

「何してるのよ、さっさと着替え始めなよ」
「ここまできて恥ずかしいとか言わないよね?」
「だ、だって……」

もし着替えなければ大声を出すと言われ、しぶしぶ着替え始める。
横では優子ちゃんと亜美ちゃんも着替え始めている。

「あー、亜美ちゃんブラしてるんだー」
「お母さんがもうしたほうがいいって」
「わたしも買ってもらおうかな……ミナちゃんは?」

2人は下着姿になった俺に視線を移す。

「ミナちゃんかわいぃぃぃぃ」

母親に無理やり着させられたブラとパンツを見て、優子ちゃんが声をあげる。
確かにかわいいのかもしれないけれども、自分が着ているとなるとちょっと恥ずかしい。

「やっぱミナちゃんは大人っぽいからなぁ……うりうり」
「や、やめてよ優子ちゃん」

後ろから胸を揉んでくる優子ちゃん。
女子のスキンシップはみんなこんな感じなんだろうか。

「胸はちょっと小ぶりだけどね」

そりゃそうだ。男なんだから、大きかったら大問題。

「さ、遊んでないで試着しましょ」

亜美ちゃんは俺と優子ちゃんのやりとりを無視し、1人でちゃっちゃか着替えていく。そして優子ちゃんも。
恥ずかしいけれども、自分も着替えの続きに取り掛かる。
ブラジャーを取り、そしてパンツに手をかけて脱ぎ捨てようとしたとき

「ミナちゃん、こういう試着ではパンツは脱がないんだよー」
「そ、そうなんだ」

いらない恥をかいてしまった。
あわててパンツを履きなおす俺。

「……み、見た?」
「ミナちゃん、もう生えてるんだね」
「おっとなー」

あまり大きくないとはいえ、しっかり自己主張できるレベルの大きさはあると自負している自分自身。
確実に目に入ったであろうそれには一切コメントせず、
毛のことについてだけはやし立てる2人。
それが逆に恥ずかしさを増大させてつらい。
顔を真っ赤にしながら、初めて女性用水着を身につける。
水泳パンツとはぜんぜん違う、独特の締め付けがなんとなく息苦しい。
更衣室内にある鏡の向こうには、鮮やかな青い布地に南国の花が描かれた水着を着た
『大きくなった妹』が立っており、俺はどこにもいなかった。

「やっぱミナちゃん似合う〜」
「店員さんも呼んで見てもらおうよ」
「え、ちょっと待って……」

2人は勝手に話を進め、カーテンを開けて店員を呼んでしまった。
こんな『男が女子小学生と一緒に女物の水着を着ている』姿を見たら、
きっと警察を呼んだりするに違いない。
……とか思ってたら

「あなたたち小学生でしょ? 似合うわね」

と、全員女子小学生扱いされてしまった。
が、突然店員は俺をじーっと見ると、眉間にしわを寄せて全身をなめるように調べ始めた。

「……うーん、やっぱヘンね」

そうつぶやくと、店員はふとどこかへ行ってしまった。


バレてしまった!

きっと警察を呼びに行ったに違いない。
人生のエンドロールが目の前に流れ始めた……と思ったそのとき、
店員は手になにかを持って戻ってきた。

「あなたぐらいの身長なら、もうちょっと胸がないとね」

水着の隙間から手を入れられて、なんか硬くも柔らかい独特の感触を持つ物体をねじ込まれる。

「うん、やっぱりパッド入れたほうがいいわね」

ねじ込まれたのは胸パッド。
クラスの女子よりも大きなおっぱいがたわわに揺れる。

「わー、ミナちゃん大人っぽいー」
「かっこいいなー」

2人は目をキラキラさせて俺を見つめる。
さっきまであったからかい半分の感情は、今は伝わってこない。

「そ、そうかな……」

似合ってる。とか、かわいい!とか、賞賛の声を浴び続けると
本当にそうなんじゃないかと思えてきて、頭の中心がポーッとなってくる。
こんなにほめてくれるなら、ずっとミナのままでもいいか。
そんな感情すらわいてきてしまう。

「えと……これ、いくらですか?」

夜、ご飯を食べて洗い物を手伝って、寝る前のひと時をベッドの上で過ごす。
傍らには今日買った水着。
はじめて『美奈子』として、自分の意思で買ったもの。
『美奈子』が好んでいた子供っぽいものとはちょっと違う、
なんか一気に大人の階段を上ってしまったような、そんな感覚。
あの後、優子ちゃんも亜美ちゃんも俺をからかいつつも
『ちょっと大きくなった美奈子』として扱い続けてくれた。
母も「今日はずいぶん一生懸命お手伝いしてくれるのね」とほめてくれた。
周りはみんな『美奈子』として、大事に扱ってくれる。
だったら、俺もそれに答えないといけないんじゃないか?
一度そう思ったら、急に『俺』と言っているのが恥ずかしくなってきた。
やはり妹が言っていたように、自分のことを『ミナ』って呼ぶべきなんじゃないか。
ベッドの横に置いてある小さな鏡を手に取って、自分の顔を映す。

「み、ミナは高橋美奈子といいます。ミナは春から小学五年生です」

何度も何度も、小さな声で自分のことを『ミナ』と呼ぶ練習。
恥ずかしいけれども、練習するたびに少しずつ本当の美奈子になっていく。
そんな気がしてきた。

朝。まぶしいぐらいにキラキラした朝日が窓から差し込む。
ベッドの傍らには、母……違う、ママが買ってくれた新しいぬいぐるみ。

「おはよう」

ベッドから飛び起きて、白くてふわふわなうさぎさんの頭をなでる。
この子にも名前をつけてあげないと、と思いながら、
ほかのぬいぐるみたちにもおはようの挨拶。

……でも、どのぬいぐるみがなんていう名前か『忘れて』しまった。
お兄ちゃんなら知ってるかな?
そんなことを考えながら、昨日のうちに準備しておいたお洋服に着替え始める。
黒地に赤くキラキラしたロゴがプリントされた厚手のTシャツに、
太ももの上でカットされた半ズボンみたいなジーパン。
そして黒と赤の縞々が特徴的な太ももの半ばぐらいまであるソックス。
昨日までは着るのがいやだったこのお洋服たちも、
今朝は「とってもかわいくてステキなもの」に思えてきて、
着替えもとっても楽しくできた。
最後にヘアピンを留めて、鏡に向かって最高の笑顔。
鏡の向こうの自分もとびっきりのスマイルを返してくる。
やっぱり昨日の夜にやった『ミナになるための練習』が効いたのか、
昨日までの『いやいや妹にさせられた』自分はもういない。
今日からは、胸を張ってミナとして生きていける。
そんな気がしてきた。
リビングに降りると、ママと『お兄ちゃん』がテレビを見て笑っていた。

「おはよう、ママ」

ミナらしく。かわいく。
そんなことを心がけながら、挨拶。

「おはよう、美奈子」

ママはやさしく微笑んでいる。

「おはよう……えと、お……おにいちゃん……」

ありったけの勇気を振り絞って、でも最後のほうはかすれるような声で。
そんな照れくさそうに挨拶する自分を見た『お兄ちゃん』は、
本当の兄のような顔で

「おはよう、ミナ」

と、頭をなでてくれた。
手のひらから伝わる、じんわりとした暖かさとやさしさ。
なんだかうれしくなって、自然と笑みがこぼれてくる。

春休みも最後ということで、今日は一日お家のお手伝いをすることに。
まずは掃除。
『お兄ちゃん』時代は手伝ったことがなかったけれども、
今は『美奈子』なので一生懸命お手伝い。
階段を雑巾がけしたり、リビングに掃除機をかけたり。
もちろん、自分の部屋や『お兄ちゃん』の部屋の掃除も忘れない。
『お兄ちゃん』が模様替えしたせいか、
自分の部屋だったときとはぜんぜん雰囲気が違い、なんだか居心地が悪い。

そういえば!と、兄時代に隠し持っていたエロ本がどうなったか気になって探してみる。
机の一番下の引き出し。その底に仕舞いこんだ大事なお宝。
その数3冊。
懐かしくもまばゆい貴重品の数々。
が、なにかがおかしい。
最後に見て仕舞ったときと、順番が違っている。
はっとして本をペラペラとめくると、クセがついて開きやすくなっていたページ以外にも
折り目のようなものがついていた。
1冊だけじゃなく、すべての本に。
まるで所有権を主張するかのようにつけられた折り目に怖さを感じ、あわてて本を閉じて引き出しの奥へと仕舞いなおす。

そしてバレないように祈りつつ、掃除に戻るのだった。





SS一覧に戻る
メインページに戻る

各作品の著作権は執筆者に属します。
エロパロ&文章創作板まとめモバイル
花よりエロパロ