シチュエーション
![]() チャイムの音が鳴り響き、にわかに周囲が騒がしくなる。 眠い目をこすりながら布団からはいずりだし、時計を確認する。 午後3時半。 いつもどおりの時間だ。 これ以上布団の中でのんびりしていると、『あの時間』に間に合わなくなってしまう。 飲みかけのペットボトルや空のコンビニ弁当箱が散乱する部屋の中から、 的確に財布と携帯電話を探し出して出撃準備を整える。 ぶるり。 「少し肌寒くなったな」 ついこの間まで動くのすら億劫なほど暑かったくせに、 最近はめっきり冷え込んできてTシャツだけでいると寒くてたまらない。 せっかく買った『ばんどだ!』のあきにゃんTシャツを見せびらかせないのは残念だけど、 ここはジャージを羽織っていくのが正解だろう。 中学時代から愛用しているジャージを着込み、 やはり長年履き続けているスニーカーを履けば準備は万端。 「大悟、行きまーす!」 夢と希望に満ち溢れた約束の地へと歩を進めるため、俺は玄関を飛び出した。 あくまで、脳内で。 本当に勢いよく飛び出したら、夜勤明けで寝ている隣のタクシー運転手を起こしてしまう。 なにが楽しくて毎日奴隷のように働いているのかまったくわからんオッサンだけど、 怒るととにかく怖い。おっかない。 普通に歩くだけで足音が響き渡る鉄製の階段を、ゆっくり、そーっと降りていく。 ぎいぃぃぃぃ。 最後の最後になって、びっくりするほどの大きさで階段がうなりをあげた。 まさか。起きては。いないだろうな。 恐る恐る振り返ったけど、オッサンの部屋のドアは開く気配すら感じられない。 おびえて損した。 まったく、このボロアパートめ、脅かしやがって。 せっかくの大事な時間をロスしてしまった。 しかし、時間をロスしたからといって、決して慌てたりしない。 走ったところで息が切れるだけだし、全然早くつかないし、 それにひざが痛くなるし、まったくいいことはない。 紳士たるもの、焦っても走ったりしてはいけないのだ。 まぁ紳士と言っても変態紳士だけどな! 「ふひっ」 普段使い慣れている変態紳士というフレーズがなぜだかツボに入り、笑い声が漏れてしまう。 いけないいけない。 そうこうしているうちに、約束の地である偉大なる神の長椅子 ――世間では『公園のベンチ』と呼んでいる――にたどり着く。 そこにいつものように腰掛け、携帯電話をいじっている振りをして 通りがかる小学生を自然に眺める。 見るのはもちろん、小5から小6ぐらいの女の子。 女子小学生。 スイーツ(笑)な思考に支配されて糞ビッチ化したメスブタどもが、 天使のように輝いているわずかな時間。 中学生はスイーツ(笑)予備軍だし、小4だとクソガキすぎる。 この2年間あまりの神に与えられた奇跡の一瞬を目に焼き付けないのは、 それこそ犯罪に等しい行為といえる。 自然が生み出した芸術たる彼女たちを真剣な眼差しで見つめ続ける俺。 まるでピカソの絵を真剣に眺める芸術家のようだ。 「うわ、キモブタがまたいるよ」 「ニヤニヤ笑ってる」 「ゆかちゃん、あっちゃん、あっちから帰ろ?」 人のことを見るなり、キモいとか言う失礼なガキども。 それに、この真剣な顔のどこがにやけているというのか。 「お、おお、俺のどこがキモいんだ!?」 「全身全部」 リーダー格の女の子がずけずけと言い放ちやがる言葉遣いと、 ショートカットに絶対領域がまぶしいショートパンツとニーソックスの組み合わせから 脳内で気の強いボクっ娘だと認識をする。 黙っていればかわいいのに、まったくもったいない。 「クラスのみんな、あんたのこと『キモい』って言ってるよ」 白い上着に黒いスカート、小学生のクセにパーマをかけているような髪形の子が 続いて俺に詰め寄る。 こいつは絶対に将来スイーツ(笑)なヤリマンになるに違いない。 「しかも臭いし」 なんてこと言いやがる。 マナーってものがなってない。 「ねぇみかちゃん、あっちゃん、なにされるかわからないから、逃げよ?」 2人の後ろに隠れるようにして、俺を見つめている美少女が1人。 前髪ぱっつんの姫カットでワンピース、ちょっとおびえているような気の弱そうな顔。 お嬢様キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!と叫びたくなるような、 現代によみがえった天使が、そこにいた。 ぱしゃり。 思わず、反射的に携帯カメラのシャッターを切る。 「あー! なに撮ってるのよ!」 ショートカットの子が俺の携帯を奪い取ろうと飛びついてくる。 スイーツ(笑)予備軍はなぜか泣き出したお嬢様を必死に泣き止ませようとしている。 「あっちゃん、ゆかちゃん、先生呼んでくるね!」 ビッチ予備軍が、突然とんでもないことを言い出してきた。 先生を呼ぶだと!? いくら言い訳したとしても、あいつらはまったく話を聞いちゃくれない。 紳士だ何だと言っている場合じゃない、俺はその場から慌てて逃げ出した。 「はぁはぁはぁ……ち、ちくしょう……ふぅはぁふぅ」 なんとか公園から逃げ出したはいいが、疲労でその場にへたりこむ。 数年ぶりに走ったせいか、息が切れて仕方がない。 荒れる呼吸を整えながら必死に自販機まではいずり、コーラを購入する。 ごきゅごきゅ……ぷはぁ。げぇぇぇっぷ。 あまりの美味さに、一缶を一気に飲み干してしまった。 コーラの力を借りてようやく動けるようになるまで回復したので、 のっそりと立ち上がって歩き出す。 無理に走ったせいか、ひざが軋むように痛い。 「くそぅ、あのクソガキめ……。 なんで写真を撮るぐらいで犯罪者扱いしやがるんだ」 思い出しただけでも腹立たしい。 美しい少女を愛でるのは人類の義務だというのに、それを理解できないとは。 やはりスイーツ(笑)予備軍はスイーツ(笑)予備軍でしかないのか。 「くそ! くそ!……いてて」 苛立ちと痛みが、さらに怒りを加速させていく。 この怒りは良質のロリでしか癒せない。癒せるはずがない。 腐れガキの記憶を、天使のような少女たちで上書きしよう、そうしよう。 と、いう訳で、行きつけの本屋へと足を向ける。 自動ドアを通り、ビッチ共御用達のファッション雑誌コーナーを抜け、 誰が買うのかわからない専門書コーナーを越えると、 赤字で『R18』と書かれた黒い暖簾が見えてくる。 そう! ここは一見ただの本屋なのだが、 奥のほうにある18禁コーナーにはお宝書物が山のように置いてある、 現代のオアシスとも言うべきステキな店なのだ。 そこの棚1つを占拠するように陳列されている、様々なジュニアアイドル写真集や雑誌の数々は、 表紙を眺めているだけで股間が盛り上がってきてしまうぐらい素晴しい。 どれもこれも、少女の可憐で美しい一瞬を切り出していて、 どれを買おうか迷って決められないほどだ。 『高木みか写真集 みっかみかにしてやんよ』 『ジュニアアイドル専門誌 シュガー』 『ロリータ専門コミック誌 リータ』 1時間近く悩んで悩んで悩みぬいて、選びに選んだ3冊をレジへと持っていき、 紙袋を抱きしめるようにして家路へと急いだ。 家に着いた瞬間、下半身は既にキャストオフ状態。 股間もすでにピキピキといきり立っていて、これからはじまる快楽の宴を今か今かと待ちわびている。 まずは写真集を開いてステキなページを探しながら、チンコをいじりはじめる。 顔にクリームをつけて微笑んでいる写真とか、体操着姿でストレッチしている写真など、 表紙からフルスロットルで実用的な写真が満載で興奮もいきなりMAX。 さらにはスクール水着で水浴びしている写真や、水着を着替えている風のシーンの写真など 『これでヌけなきゃ男じゃない!』といったものまでバラエティに富んだ、まさに神の一冊。 「……ぅっ」 みかタンが水着を胸元までずらした、うっすら胸にピンク色の「なにか」が見えている写真で とうとうガマンしきれずに放出してしまう。 「ふぅ……」 放出した後は、まるで世界の真理を解明した賢者のような、悟りの境地にも似た心境になる。 いわゆる『賢者タイム』でこそわかるものもあるわけで、 この写真集で微笑んでいる天使が、 昼間公園で俺のことを「臭い」と言ったあの少女だということに気がついた。 あんなクソガキが……スイーツ(笑)ロリが……ビッチ予備軍が…… こんなステキな天使だったなんて……! 「ほふぅ! みかタン! みかタン! みか様ぁ! みか様ぁぁぁぁぅ!」 みかタン、いや、みか様の蔑んだ目が! 罵倒の言葉が! なにもかもが! ご褒美に思えてきて、出したばかりにもかかわらず激しい欲情に襲われて、 痛くなるぐらいに勃起してしまう。 触らずともイメージだけでビクンビクンと脈打つチンコの先からは、 噴水のように精液がびゅくびゅくと噴き出してしまっている。 「おほぅふぅるぅぅっ! 出る出る出ちゃうぅぅぅぅぅ!」 なにもかもがわからなくなるぐらいの快楽で頭の中が真っ白にはじけ、そして意識を失ってしまった。 気がついたときには辺り一面自らの精液で汚れ、イヤなにおいを立てていた。 「おふぅ……やってしまった……」 オナホをはじめて買ったときと同じだ。 あまりの気持ちよさに、我を忘れて猿のようにオナニーしまくってしまった。 「ああ……みか様の写真集もデロデロだ……」 旧スクを着て天使のように微笑むみか様に、まるで顔射したかのようにべっとりと精液がついてしまっている。 ところどころふやけ、またはカピカピに固まってしまっている写真集は、 いくら自分のものが原因とはいえ触りたくはない。 「仕方ない……もう1冊買おう」 泣く泣く写真集を捨てる予定の古雑誌の山に積み、部屋の汚れをティッシュで拭いていく。 「おっと、他の本は大丈夫かな」 そうだ。今日買ったのはみか様の写真集だけではない。 ジュニアアイドル専門の雑誌と、ロリコン漫画雑誌も買っていたのだ。 まだ読んですらいないものまで精液まみれだったらどうしよう。 そう思いながら見てみると……紙袋こそぐちょぐちょだったが、 中の2冊は奇跡的に無傷だった。 「ふひっ助かった」 破り捨てるように紙袋をひっぺがし、本を救出する。 と、その時、本の間から透明のビニール袋に入った紙が出てきた。 「なんだこりゃ?」 なにか台紙のようなものに、御札のようなものがくっついている。 台紙には『望んだ人になるためのおまじない』と書かれている。 なんでも御札になりたい人の写真を体液を使って貼りつけ、 それを自分の額に同じく体液を使って貼りつけたあと満月の光を浴びれば、 写真に写った人物になれるらしい。 なんともうさんくさい代物だ。 たぶん、オカルト雑誌だかなんかの付録が、間違えてまぎれてしまったのだろう。 「ゴミだな」 破いた紙袋と一緒にゴミ箱の中に放り投げ、部屋の片付けを再開する。 壁という壁、床という床、あらゆるところに欲望の残滓が飛び散っていて、 手当たりしだい拭いていっても一向に終わらない。 カーテンに飛び散ったものを拭いている時ふと窓の外を見ると、 まん丸の月が煌々と輝いていた。 「……今日は満月なのか」 あの御札の使用条件に適っているな。 ちらりとゴミ箱に視線を動かし、心の奥に湧き上がった『なにか』を否定するように頭を振る。 この科学万能時代に、こんな魔法だか呪いだかわからないようなものが効果を発揮するはずがない。 しかし。万が一。もし本当に。 「ま、試してみるだけ」 そう、試してみるだけ。効果がないのは当然だし。 ゴミ箱から御札を取り出し、パソコンデスクの上に置く。 「さて、写真はどうするかな……」 精液まみれになったみか様の写真集から、お顔だけを切り取って使ってみるか。 しかし、オナニーの対象としてはこれ以上ない女神のような存在のみか様だが、 違いのわかるロリコンとしては『みか様には心が震えない』のだ。 そう、少女とはもっと可憐で! 慎ましく! お淑やかでなければ! そんな写真があったかな……と、自慢のロリ画像フォルダを開こうと思った瞬間、脳裏に電流が奔る。 そうだ! 今日撮ったものがあったじゃないか! 携帯電話の保存フォルダを開き、写真を確認する。 そこには、まるで小動物のようにおびえる少女の姿が映っていた。 前髪ぱっつんロングヘアーでワンピースを着た、まるで人形のような顔をした天使ちゃん。 理想の少女を具現化したような彼女と比べたら、みか様だってクソブタほどの価値しかない。 そうだ。どうせ試すなら……と、急いで写真をPCに転送し、速攻でプリントアウトする。 インクジェットプリンタが唸りをあげ、程なくして妖精の姿を映し出した写真を吐き出す。 「で、これを御札に貼って……と」 体液ならば、そこらじゅうに文字通り腐臭を立ててる。 ちょっと汚いが、おまじないのため。まだ液状の精液を使って写真を貼りつける。 続いて、自分の額にも……。 さすがの変態紳士といえども、これは気持ち悪すぎる。 が、そうも言っていられない。 ねちょりと微かな音とともに、額に御札を貼りつけた。 「これで満月の光を浴びればいいんだったな」 窓を開き、憎たらしいほど輝く月を見上げる。 すると、額に貼った御札が突然青白い炎を上げて燃え、跡形もなく消え去ってしまった。 「おおほぅっ!? あつ……くない?」 あれだけ派手に燃えたはずなのに、熱いとすら感じないまま炎は消え、 後に残ったのはわずかな精液の臭いだけ。 「なんだったんだ一体……」 なんかとんでもないことをしてしまったんではないか。 一旦そう思ってしまったが最後、急に恐ろしくなってきてしまった。 「いいや、今日は寝てしまえ」 どうせ部屋の中が臭いのはいつものこと。 時間はちょっと早いが、俺はそのまま敷きっぱなしの布団にもぐりこみ眠ることに決めた。 昨晩早く寝たせいだろうか、今日はやけに早く目が覚めてしまった。 時計の針はまだ7時半。 こんな時間に起きるのはコミケとかそういうイベントのときだけだというのに! なんだか損してしまった気分になったが、起きてしまったものは仕方がない。 まずはパジャマから着替えて……。 いや、パジャマなんてここ10年以上着た覚えがない。 なにを考えているんだ。 とりあえず朝ごはんでも食べるか、と、お湯を沸かしてカップ麺の封を開ける。 もちろん食べるのは、いつものギガントカップ濃厚豚骨醤油味の超特盛。 お湯を注ぎ、3分間待ち、さぁ食べようと蓋を開ける。 むわりと立ち込めるラーメンのにおい。 普段だったらこれだけで腹が鳴るほど好きなにおいのはずなのだが、 今日はやけにこのラーメンのにおいが臭く感じて、どうにもガマンできなかった。 きっと昨日のオナニーで撒き散らした精液のせいだろうと思って、 箸を口に運ぼうとするが、体全体が拒否してしまい吐き気までしてきた。 「……もったいないけど、捨てるか」 カップ麺を流しに置き、他に食べるものがないか探す。 しかし、あるのは違う味のカップ麺か、あるいはカップ焼きそばだけ。 どれも食欲をそそらない。 「仕方ない、コンビニでなんか買ってくるか」 通勤や通学の人たちに混ざり、コンビニへと向かう。 コンビニで買う食い物といえば、カップ麺か弁当、もしくは質より量のスナックパンばかりだが、 今日はやけにジャムパンとヨーグルトが光り輝いて見えていた。 気がつくと既に家に帰っていて、自分の目の前にはジャムパンとりんごヨーグルトが置かれていた。 傍らには、これまた普段絶対飲まないパックのミルクティー。 なんでこんなものを買ってしまったんだろう。 しかも、朝食には全然足りない量。 しかし、いざ食べてみるとこれが意外とボリュームがあり、 ミルクティーを半分飲み終わる頃には腹いっぱいになってしまった。 ジャムパンとヨーグルトは結構腹に溜まるのだな、と思いながら、 流しのラーメンと食べ終わったばかりのりんごヨーグルトの容器を洗い、ゴミに捨てる。 「さて、早起きしちゃったから部屋の片付けでもするか」 ご飯を食べ終わると、今度は部屋の中の散らかり具合が気になってきて、 一念発起して掃除を始めることにした。 まず1年以上敷きっぱなしでじっとりと湿った布団を干し、 続いてテーブルとしてしか用を成していないコタツを一旦家の外にどかす。 そうして広くなったスペースを活用して、本やガラクタを整理したりゴミをまとめたり。 よくもまぁ、この狭いアパートにこれほどのゴミがあったのかと思うほど、 次から次へとゴミが出てくる。 ついでだからと、古雑誌もまとめて捨てる。 もちろん精液まみれのみか様も。 「おう、うるせぇぞ!」 突然怒鳴り声が聞こえたので振り返ったら、隣のタクシー運転手がドアの外に立っていた。 ホコリがこもるからと開けっ放しでやっていたのは失敗だったか。 「……って掃除してるのか。スマンな、がんばれよ」 いつもの剣幕はどこへやら、オッサンは「漫画喫茶で寝てくるかなぁ」 とつぶやきながらどこかへ行ってしまった。 なんか毒気が抜かれてしまったが、怒られなかったのはありがたい限りだ。 俺はさらに気合を入れて、部屋の掃除に全力を注ぐのだった。 ゴミやいらないものをまとめて、すっかり掃除し終えたら、もう夕方になっていた。 部屋の中はびっくりするぐらいすっきりしたが、 棚に並んでいる食玩やフィギュアが浮いて見えるほど殺風景になってしまった。 「うーん……なんか片付けすぎちゃったかな」 ちょっとやりすぎてしまった感じがするけど、そこはそれ。やってしまったものは仕方ない。 またいずれ、いろいろ買えばいいだろう。 「それにしても腹が減ったな」 考えてみれば、朝にジャムパンとヨーグルトを食ってから、何も食べていない。 ラーメン屋で何か食べるか、それとも竹屋で牛飯でも食うか。 いろいろ悩んだ結果、俺が選択したのはなんと『自炊』。 しかもお湯を注いで3分間とかそういう類ではなく、 ご飯に味噌汁、ちゃんとひき肉をこねて作ったハンバーグ。 それと自家製フレンチドレッシングをかけた野菜サラダ。 ちょっと手間はかかるけれども、この前家庭科でやったから作り方はばっちり覚えている。 いや、家庭科なんて学校を卒業してから1回もやってない。 なんで『この前』なんて勘違いしたのだろう。 とにかく、1時間以上かけて夕飯が完成した。 「いただきまーす」 普段だったら絶対言わない言葉も、なぜだか自然と湧き出てくる。 「こういうのもいいな」なんて思いながら、サラダやハンバーグに箸を伸ばす。 もぐもぐ。ぱくぱく。 よく噛んで食べたせいか、いつもの半分以下の米の量で腹がいっぱいになってしまった。 食べ終わった後は、もちろん洗い物。 面倒くさいけれども、すぐに洗い物をしたほうが手早く終わって楽だとママが言ってたし。 ママ? 母親のことはいつもババアって呼んでたはず。 そもそも、うちのババアは洗い物は嫌いだったから、 『食べたらすぐに洗い物』なんて習慣は存在しなかった。 一体、さっきからなにを勘違いしているのだろうか。 前に見たアニメやマンガの話と、記憶がこんがらがっているのだとしたら問題だ。 「……とりあえず、風呂でも入るか」 今日は一日中掃除してホコリまみれ汗まみれになったので、 いつもなら入るのが億劫な風呂もやけに楽しみでしかたがない。 まずは体を流し、頭からお湯を浴びる。 「ええと、シャンプー、シャンプー」 目をつぶりながら、シャンプーを探す。が、そもそもうちにはシャンプーなんて存在しない。 ない物を探しても見つかるはずがない。 「……明日買いに行ってくるか」 ない物は仕方ないので、今日のところは体を洗う石鹸で何とかすることにして、 明日スーパーでシャンプーとリンスを買いに行ってこよう。 「あー、気持ちよかった」 面倒くさくて5分ぐらいで上がってしまうことが多い風呂が、今日はやけに気持ちよかった。 風呂のあとは髪の毛を乾かしつつテレビのバラエティ番組を見て、 芸人のばかばかしさに笑ったり、アイドルのダンスを堪能したり。 「……眠いと思ったら、もう9時か」 壁にかかっている時計の針は、既に9時を回っていた。 『俺の弟がこんなに妹なはずがない』が見たいけど、今日はどうにも眠すぎる。 仕方なく布団を敷いて、部屋の電気を消す。 やけに太陽のにおいがする布団はふかふかと柔らかく、 いつもならオナニーしないと眠れないのに、今日はすぐに寝ついてしまった。 部屋の大掃除をしてから2週間。 あれからずっと朝7時に起きて9時に寝るような、健康的な生活をしている。 HDDにアニメは溜まりっぱなしだし、ゲームもしていない。 もちろんPCの電源もほとんど入れてないし、それどころかオナニーすらしていない。 「なんか、オタクとしてダメになってきちゃった気がする」 お昼ごはんを食べたあと、ふと自問してしまう。 真人間に近づいているのかもしれないが、どうにも落ち着かないのは確かだ。 「どうしようか、ジュリエッタ」 シャンプーとかクッションとか買って来たときにいっしょに買った、 うさぎのぬいぐるみに話しかける。 ロップイヤーのかわいらしいうさぎは、何も答えずつぶらな瞳で見つめ返してくるだけ。 「……髪の毛、伸びたな」 ボサボサに伸びきった髪の毛が視界に入り、やけにうっとうしい。 「そうだ、今日は髪の毛を切りに行こう」 やっぱり伸びすぎている髪の毛はかわいくないからね。 思い立ってすぐに駅前に出かけ、記憶を頼りに店を探す。 「あったあった」 看板には『ヘアサロン アッシュ』と書いてある。 完全アウェイなはずの美容室だけど、今日は気分もよかったのですんなり入ることができた。 「いらっしゃいませ」 美容師のお姉さんに案内されるまま椅子に座り、手早くシャンプーされる。 わしゃわしゃと洗われ、乾かされ、別の椅子に案内される。 「今日はどうする? いつもと同じようにする?」 初めて来た店だから、いつもも何もないはずだけど、お姉さんの言うままに髪の毛を切ってもらう。 「今日はワンピースじゃないなんて、珍しいね。どうしたの?」とか 「ホント、髪の毛がまっすぐで綺麗ね」とか さっきから自分のことを前から知っているかのように話すお姉さんに、適当に相槌を打つ。 もしかしたら、お姉さんは別の人と勘違いしているのかもしれないけど、 勘違いしているならばそのままにしておくのがいいだろう。 軽快なはさみのリズムと、髪の毛が切られる微かな音。 「はい、できあがり。こんな感じでいいかな?」 眉毛にかかるぐらいの長さでまっすぐに揃えられた前髪と、すらりと伸びる後ろ髪。 いつもと同じ、お気に入りの髪型だ。 「うん、ありがとう」 微笑むお姉さんに、会心の笑みで返事をする。 「そうだ、今日はちょっと髪型アレンジしてみる?」 お願いします、と返すと、お姉さんはヘアゴムを準備した。 くるり、するりと、瞬く間に髪の毛が頭の左右で結ばれて、いわゆる『ツインテール』へと変貌を遂げた。 「ちょっと幼くなっちゃったかな?」 「わぁ、お姉さんありがとう♪」 普段とは違う髪形に、なんだかうれしくなってきてしまう。 「じゃ、またね」 レジで料金を支払い、お姉さんとお別れする。 髪の毛を切ったことだし、せっかく駅前に来たのだからと、デパートで洋服を買うことにする。 せっかくこんなかわいい髪形にしてもらったんだから、似合う格好したいしね。 久しぶりに来る洋服売り場は、まるで宝物がずらりと並んだ陳列庫のように輝き、 いろいろ目移りしてしまう。 「あー、これかわいいなぁ」 その中でもひときわ目を引いたのが、ボレロがついた赤と黒のチェックのワンピース。 大きさもちょうどいいし、値段もそれほど高くない。 「……足りるかな」 財布の中にいくら入っていただろうと、中を覗いてみる。 大丈夫、この後に今日発売のロリータ雑誌を買っても十分余るほど入っている。 よし、買おう! レジに持っていって、包んでもらう。 洋服を買った後はもちろん本屋。 最近オタクとして枯れているけど、やはり毎月買っている雑誌は買わないと! 目的のものは決まっているので、悩む必要もない。 さっと買って店を出て、家路を急いだ。 「だいちゃんだー」 うしろから声をかけられたので振り返ると、そこにはみかちゃんとあっちゃんがいた。 「あ、みかちゃん、あっちゃん」 久しぶりに会った『友達』は、ニコニコと笑っている。 「だいちゃん、髪型変えたんだね」 「ど、どうかな……似合ってる?」 「うん、かわいいよ。とっても似合ってる」 「えへへ……」 おせじだってわかっていても、ほめられるとやっぱりうれしい。 「今日、なに買ったの?」 あっちゃんが、持っている紙袋を覗き込むように聞いてくる。 「うんとね、チェックのワンピース。ボレロもついててとってもかわいいんだ♪」 「今度、着てるとこ見せてね」 「うん、いいよ」 と、3人で仲良く話していると、寒気のする視線を感じた。 なんというか、舐めるような、じっとりとした気持ち悪い視線。 「あ、キモユカだ」 横目でにらむみかちゃんの視線の先には、ジャージを来た女の子が立っていた。 ボサボサで伸び放題の髪の毛にはフケが浮いているし、 着ているジャージはシミだらけで不潔この上ない。 「あいつ、最近キモいんだよね。体育の着替えのとき、ハァハァ言いながら見てるし」 「さっちゃんが笛の先っぽ舐められたって泣いてたよね、この前」 「あいつになんかされる前に、早く行こ?」 「うん、そうだね。早く帰ろ」 じゃあね! と、みかちゃんとさっちゃんは走り去っていく。 ぽつんと1人取り残されると、やけにキモユカが気持ち悪く思えてくる。 このまま一緒にいると、きっとなんかイタズラされちゃう。 一度そういう風に考えてしまうと、ここにいるのがとても怖くなってくる。 私もキモユカから逃げるように、この場から走り去った。 「ふぅ……」 家に帰り、コクコクと水を飲む。 本当に、あのキモユカは怖かった。 あれは絶対に性犯罪者をする人間の目だ。 みかちゃんとさっちゃん、あんなのがクラスメイトだなんてかわいそうだな。 今日買ってきたワンピースをハンガーにかけ、今日買ってきた本を袋から出す。 高学年の女子に人気のファッション誌『プチアップル』と、少女マンガ雑誌の『はろぉ』。 そして算数のドリル。 あれ? なんでこんなもの買ってきてるんだろう? 今日はジュニアアイドル雑誌の『バニラアイス』とロリコンマンガ雑誌の『幼精天国』を買う予定だったのに。 店員が間違えて渡しちゃったのかな? でも、これらの本が欲しくないわけじゃないし、別に交換しにいかなくてもいいか。 ペラペラとはろぉをめくり、毎回楽しみにしてる『キャンディマジック』や『ひみつの桜井くん』を読む。 「はぁ面白かった」 マンガを読んだ後は、もちろん勉強。 今日買ってきた算数のドリルを早速はじめる。 時計を見て、決められた時間内に問題を解く練習。 少数は大丈夫だけど、やっぱり分数の計算、特に割り算は難しくて、いくつか間違えてしまう。 「もっと勉強しないとダメだなぁ」 勉強を終えて時計を見ると、もう5時。 そろそろご飯の準備を始めないと……と、冷蔵庫の中を見ると、中はからっぽ。 なんか買いにいかないとダメだな。 なにを作るかは商店街に行きながら考えるとして、 せっかくなので今日買ったワンピースに着替えて買い物に出かけることにした。 家を出る前、洗面の鏡でワンピースを着た自分の姿を映してみる。 髪の毛を頭の左右に結わいたかわいい子が、チェックのワンピースを着て微笑んでいる。 うん、やっぱり私はかわいい! ワンピースに合う靴を買うのを忘れたけど、それは今度でいいだろう。 お財布を持って商店街へと出かけていった。 「あら大悟ちゃん、かわいいわね」 「あ、こんばんは」 商店街でなにを買おうか悩んでいると、お向かいの田中さんが声をかけてきた。 かわいいなんて……なんか照れちゃうな。 「お母さんのお手伝い?」 「はい!」 「ホント、大悟ちゃんは偉いわねぇ……それに比べてうちのは……」 おせじとはいえ、こうも褒められると心からうれしくなる。 それじゃあね、と田中さんと別れ、頼まれた牛乳とコーン缶を買って家に帰る。 ![]() ![]() ![]() ![]() |