緒志摩姫子
-2-
シチュエーション


「人前で脱がされるって、いうとちょっとおっかねぐ聞こえるけど、
そんな感じじゃあねえんだって……待ってて、今「秘密の物」見せてあげるさげ」
「秘密の物?」

千夏が首をかしげると、有希は本棚から何冊かの本をどけ、奥の方から二枚の紙を取りだした。

「見てみ」
「?……え!?これってもしかして……」
「そ、裸参りの写真」

暗がりで、写真自体の出来も決して良いのものではなかったが、それは一糸まとわぬ少女達の姿を確かに捉えていた。
写っているのは四人で、どうやらカメラを向けられて慌てているらしかった。四人中三人が完全に背を向けて、一人は片手でお尻を隠しているが
他の二人は丸見えになっている。正面を向いた一人は身体を丸めて、左手で顔、右手で下半身を覆っている。動いている最中を移されたので
下半身はブレてほとんど見えないが、胸や手で隠れた顔は比較的はっきり写っており、隠し切れていない口元はなんだか笑っているように見えた。

「え、でも裸参りって撮影禁止なんじゃ」
「うん、でもやっぱやることがやることださげ、誰かはこっそり写真撮ってるんだ」

話によるとこれは四年前の裸参りのもので、もちろん有希は参加していない。
撮影者は当時高校生だったOGで、後輩達のあられもない姿を狙っていたらしい。

「撮ったうちの何枚かが写された本人達に出回って、そのうち二枚が巡り巡ってオイのもとにあると。
そのもう一枚がコレ」

そう言って手渡された写真は千夏にはかなり衝撃的な代物だった。
先ほどとは異なって一人の少女が一枚大写しになっている。
問題は彼女の右手だ。左手は下半身を押さえているのだが、右手は顔の前でピースサインをつくっているのだ。
顔を隠す意味もあるのだろうが、もちろんそんなもので顔がしっかり隠れるはずもない。
指のあいだから覗く顔は真っ赤で、確かに恥ずかしがってはいるようだったが、なんだか目が笑っているようで、
そこからは陰鬱な羞恥心のようなものは感じられなかった。

「こ、こんな感じなの、裸参りって……」
「んーだ。皆ヤケクソになってるから、あんまり辛気臭い感じはしねぇんだよ。
写真もオイが持ってるやつはみんなチンチン隠してるけど、ほとんどは丸出しで写ってたんだって」

「へ、へぇ……でも、そんなのまわしてたら怒られない?」
「女の子同士でだけだから、そう簡単にはばれないよ。
あと、よくは知らないけど男子のあいだでは撮影したり写真を貰わないのが昔っから不文律になってるんだって」
「やっぱりあるんだ、そういうの」

やはり実際に裸を目にすると妙なテンションになるらしく、
有希は悪戯っ子のような笑みを浮かべて裸参りのことを話し、千夏はドキドキしながらそれに聞き入った。
参加年齢は厳格に規定されているわけではなく、本人が希望すれば小学六年生から参加出来て、年長者でも
高校一、二年までくらいなら出られること。裸参りの直前に、お清めや景気付けを兼ねてごく少量だがお酒を貰うこと。
そして千夏が一番驚いたのは、外部の人間でも参加できるということだった。

「大抵は他所に嫁いでいった人の娘さんとかだけんど、時々――ほんっとたまに――隣町の子なんかが参加するんだよね」
「ホ、ホントに?」
「うん、ほらこの子がそう」

と言って指差したのが先ほどの写真の、お尻が見えている子の一人だった。
なんでも彼女はこの村の子と親友で、その子が「今年は参加者が少ないから(個人が)目立って困る」と愚痴ったところ
あろうことか自分も出てあげると言い出したのだという。

「その時はオイも見てたんだけど、そのお姉ちゃん、最後まで必死にチンチン隠してたっけなぁ」

その話も随分興味深かったのだが、千夏としては少々違うことが気になった。

「ねぇ、参加するのは女の子でしょ?だったらなんで、その……そういう風に言うの?」
「“そういう風”って?」
「だからほら……ち、ちん……」
「ああ、チンチンが」
「そ、そんなストレートに言わないでよ」
「いいじゃねーが、他に聞く人もいねし」

有希曰く、女性器の呼称は特に明確に決まっているわけではないが、「チンチン」は
比較的ポピュラーな呼び方のひとつらしい。
ちなみに男性器については「チンポ」とか「チンコ」と言うそうだが
「チンチン」も普通に使われるので、どちらのことを指して言っているのかは文脈で読み取らねばならないらしい。

「じゃあ、東京のほうではなんて言うんだが?」
「そ、それは……アソコ、とか」
「アッハハ、そりゃオイ達だって普通はそう言うって」
「えっ、でもさっきち、ちん……って」
「十四の娘がそんな人前でおおっぴらに“チンチン”だなんていえるわけねぇがや。
友達同士でそういう話になった時のことだって」
「そ、そうなんだ」
「で、そっちではなんて言うの」
「その……マンコ……とか」
「キャー、“マンコ”だって!ヤラシー」

有希の反応に恥じ入った千夏だったが、有希の表情を見て気付いた。

「わ、わかってて言わせたでしょ!?」
「アハハ」
「んもうっ!」

そんな調子で会話は続いていき、就寝したのは日付が変わる頃だった。

翌朝となって、千夏はもとの客間に戻ってきた。
昨夜のうちに雨は止み、タライさえどかせば問題は無い。
テレビの天気予報によるとしばらくは晴天が続くらしく、水分補給を怠らないようにということだった。
朝食の後、父は取材へ繰り出して行った。一緒に来るかとも聞かれたが、自分の娘と同じくらいの
少女の裸についてあれこれ調べる父の姿は見たくなかった。
とはいえ、この六畳の和室で惰眠を貪る類は千夏の最も嫌うところだったので、必然的に外へ出ていくことになる。
そうなると案内人が必要になるわけで、相手それを読んでいたらしい。

「千夏ちゃん、村案内したげる。緒志摩池とか見ておきたいでしょ?」

かんかん照りの日差しの中、二人は女将から渡された麦わら帽をかぶって歩いて行った。
千夏はガサガサする麦わら帽子というのが昔から嫌いだったのだが、隣のワンピース姿の娘がそれを被ると非常に良い絵になっていたので
釣られるように自分も被ってきてしまった。やはり麦わら帽の感触は気に入らなかったが、道行く家の窓映った自分の姿を
写して見ると、これも意外と悪くないかと思ってそのままにしておいた。
まずスタート地点である緒志摩神社へ行こうということで神社のある村の中心へと向かっていた。
こんな猛暑であるにも関わらず、有希はずいぶん元気だ。

「有希ちゃん、なんか嬉しそうだけど」
「実際嬉しいの」

聞くには、宿の娘ということでお客に対応するため、村の様々な知識や案内のようなものを教えられてきたのだが
こうして実際に自分が村を案内するのは初めてなのだと言う。
案内と言うよりは友人を連れまわしているような感じだが、それでも有希は満足気だった。

「千夏ちゃんが有希の受け持ちのお客様第一号だね。誇りにしてけろ」
「どういう誇りよ」
「アハハ。あ、自販機はそこのやつしかないからだから今のうちに買っておこ」

猛暑なので互いに二本づつ購入し、飲みながら歩き続ける。

「……言っちゃ悪いけど、ホントに何もないね」
「その辺は諦めてる。買物も遊びも、みんな――市で済ませてるし……あ、でも別にオイはこの村のこと
嫌いじゃないよ」
「どのへんが」

少々意地悪な質問をしてしまったと千夏は思ったが、有希は変わらない様子で答えた。

「特別にどこっていうわけでもないけど、故郷ってよっぽど嫌な思いでもしない限り嫌いになんてならないじゃない?
生まれた時からいる場所なんだもの。そこが一番落ち着くんだよ」

なるほどと思っていると、有希は道路から離れた道を示した。
道路が枝分かれしているのかと思ったが、よく見るとアスファルトとよりも鈍い色をしている。
それは石畳だった。幅は一・五メートルほど。

「これってもしかして」
「うん、裸参りの道だよ」

有希が言うには、江戸時代、緒志摩神社が建立されたしばらくの後に舗装されたのだという。

「一応儀式だし、しっかりした参道を作る必要もあったんだろうけど、女の子が裸足で歩いても平気なように
舗装したんじゃにかなって気もする」
「あ、靴も履いちゃいけないんだ?」
「そうだよー、もうホントに文字通りスッポンポンにされるんだから」

てっきり草履くらいは履くものと思っていたので、その徹底具合になんだか感心する。
石畳は靴越しでもそのゴツゴツという感触を味わえたが、これを素足で踏んだらどうなるだろうと少し気になった。
歩き始めてものの数分で神社に到着した。
神社は周囲より少し高い場所に建っており、鳥居をくぐると四段の石段、そこを登ってから十メートルほど石畳をあるいた先に本堂がある。

「緒志摩神社でございます。建立は慶安二年。主祭神は天宇受賣命……」

立派、というような雰囲気ではないが、灰色にくすんだ木造建築はその歴史を物語っている。
周囲は高い針葉樹が立ち込め、蝉の声もかすかに遠くなったように感じる。
神社などどこにでもあるが、こうして自分の知らない土地の神社を訪ねてみると、そこが日常に埋没しながらも神聖な場所なのだと
認識が改まる気がした。
その本堂に誰かがいる。遠めに見ても自分達と同じくらいとわかる年齢の少女二人が、本堂の淵に腰掛けて足をぶらぶらさせていた。

「あ、里美達」

有希がそう言って少女達に手を振ると、二人も振り返し、本堂からピョンと飛び降りてこちらへ走ってきた。

「友達?」
「うん。二人とも私と同じ中二だよ」

「千夏おはよー、あれ、そっちの子、誰?」
「この子は飯島千夏ちゃんって言って、東京から来てウチに泊まってるお客さん」
「へぇー東京から?」

二人のうち、有希と同じくらいに日焼けした少女のほうはそう言って千夏をしげしげと眺めた。

「こ、こんにちは……」
「こんちは。しっかしオメも物好きだなぁ、こんな辺鄙な村さくるなんて」
「ちょっとあずさ、ウチのお客さんに失礼なこと言わないでよ」
「そうよあずさちゃん。そんなことだと「やっぱり田舎もんは下品だー」とか思われちゃうわよ」
「い、いえいえ!私全然そんなこと……」

もう一人の少女が「そう?ならいいけれど」と言ったところで有希は二人を紹介した。

「日焼けしてるのが中村あずさ。で、こっちが飯田里美。さっきも言ったけど私と同じ中二で――市の中学に通ってるの。
クラスは違うけど」

「よろしくな、千夏」
「はじめまして、飯島さん」

里美に名前でいいと断わってから(言っても聞かなそうだったのであずさの呼び捨ては無視した)
、千夏も二人を観察してみた。
あずさはパッと見の印象通り体育会系で、長身で体格のいい快活な少女らしい。
Tシャツに短パンという露出の多い服装からもその一端がうかがえる。
有希以上に訛りが強く、完全に方言しか喋らないようだった。
対照的に里美は非常におしとやかな少女で、言っては難だがこの集落のなかではかなり浮いた雰囲気を持っている。
決して太ってはいないが、ふくよかで抱きしめるに気持ちの良さそうな体つきで、ワンピースにパ―マが掛かった髪が魅力的だ。
彼女の言葉には全く訛りが無く、関東圏で会っても普通に通じるレベルの標準語だった。

「そういえば二人は何してたの?」
「ウチらは暇だから、ヒナとでも遊ぼうかと思って」
「雛?」
「ああ、小沢樋菜子。この神社の神主さんの娘で、その子も友達なんだ。
「それで、ヒナは?」
「今は境内の掃除してるから待ってたんだけど……」

里美がそう言ったところで、「みんなどうしたの」と遠くから呼ぶ声がする。
声の方を見ると、巫女服に竹箒を携えた女性がこちらへ小走りで歩いてくる。
それがに樋菜子だということはすぐ分かったが、それでも千夏は彼女を見て「少女」
ではなく「女性」という形容詞を思い浮かべずにはいられなかった。
巫女服という普段あまり見ない服装の印象が大きいのは確かだが、それでも彼女は
他の皆、里美のような落ち着きとはまた違う、大人びた雰囲気を持っていた。
くっきりとした目鼻立ちや、後ろで結んだ長い黒髪。同性から見ても惚れ惚れするようだ。

「あ、ヒナおはよ」
「おはよう有希……そっちの人は?」
「飯島千夏と言います。東京から旅行に」
「東京から?そりゃまぁ遠いところを」
「いえいえ」
「でもこんな村に何をしに?」
「えっ」
「あ、そうそう!ウチもそれ気になってたんだ。
千夏ちゃん、何しさきたんだ?」
「そ、それは、えっと……」

有希の方をチラと見るが、彼女も上手い言い訳を考えていなかったらしく
困ったような目を向けてくる。あずさと樋菜子が怪訝な顔をすると、里美が、あっ、と声をあげた。

「もしかして、裸参り見に来たの?」

よく考えれば行事の日はもう明日に控えているのであり、そのことに地元の人間が思い当たらない訳がない。
諦めて赤い顔を見られないよう深く頷くと、里美はいけないことを聞いてしまったとバツが悪そうにし、
あずさは「ええーっ!?」と悲鳴じみた声をあげた。

「ってことはウチらのハダカが見たいの!?ウワーッ千夏エロッ!」
「違うよバカッ!千夏ちゃんのお父さんはお祭りとか行事とか、そういうこと調べる人で――」

騒ぐあずさを前に困っていると、千夏は樋菜子が何か複雑そうな表情を浮かべているのを目にした。
どうしたんですか――千夏自身は尋ねることが出来なかったが、里美が代わりに聞いてくれた。

「ヒナちゃん、どうかした?気分でも悪い?」
「え?ううん、別に……ちょっと、考え事していただけ……」

考え事って何だろう。もしかして部外者が裸参りを見に行くとしって嫌な気持ちになっているんじゃ……
そんなことを思って千夏も青くなっていると、ようやくあずさを黙らせた有希が皆に向き直った。

「それで、私は千夏ちゃんに緒志摩池まで案内しようと思うんだけど……一緒に行く?」

「私達は特に何も相談してなかったから……いいよね、あずさちゃん?」
「ん、まぁええでんだ」

二人が同意して、皆の視線が樋菜子へ向かうが、彼女は申し訳なさそうな顔で
まだ掃除が残っていると神社の境内を竹箒で示した。

「そっか。なら仕方ねぇけんど」
「ごめんな」
「うん、気にしなくていいから」

千夏としては樋菜子のことが気になったが、今は聞きだすタイミングではないように思われた。
樋菜子との会話を諦めて本堂に背を向けると、今まではあまり気にしていなかった
共に平屋建ての社務所と公民館が目に入った。

「禊に行く時って、ここがスタートなんだよね?」
「うん、そこの公民館で支度して――」
「まぁ、フルチンさなるんだべ」
「それだけじゃないっ!で、さっきの参道を行くの」
「ひ、人ってどれくらい来るの……?」
「えっと、里美分かる?」
「うーん、三十人か……もっといるかな?」
「あれ、意外と少ないね?」
「神社だけ集まるわけじゃないし、真夜中だから」

そうして神社を後にして再び参道を進む。
そこを十分ほど歩いて行くと、民家のある辺りから外れて畑の広がる方面へと出た。
一気に草の匂いが濃くなり、昨日の雨のせいか蒸し暑さも尋常ではなくなっている。
参道の淵を通ると、道脇の草むらから何匹ものイナゴが飛び出して畑の中に飛んで行ったので、
千夏は出来るだけ真ん中の方を歩くようにした。

「あっちぇーにゃー」
「ホント。熱中症にならないかしら。心配」
「あ、里美よかったら私のジュースあげるよ。二本買ってあるから」
「わぁ、有希ちゃんありがとう」
「ああっ、ずるいぞ、ウチも欲しい!」
「もう飲みかけしかないよ」

あずさがぐったりと頭を垂れて力なく嘆いた。

「うへー、熱っちいよー。もう明日じゃなくて今脱ぎてーよぉ」
「それはマズイんじゃ……」
「大丈夫だって千夏、この辺は大して人もいねえがら」
「それでもやめなって」

有希が飲みかけのペットボトルであずさの頭を叩く。
後頭部を撫でながら、あずさが呟いた。

「思ったんだけんど、裸参りってさ、夜中じゃなくて日中にやったら、こう気持ち良さそうな感じしねぇが?」

他の二人がえー、と声をあげ、部外者の千夏もさすがに同調する。

「そんなことしたら丸見えじゃねえが。人も増えるし」
「そうそう、恥ずかしすぎるよ」
「んーでもぉ、暗い中でフルチンになるとなんかこう怖ぇ感じがすっけども、
日中だとこう解放感っていうか、涼しそうな感じがするだろ?」
「わからなくはないけどぉ……」

その話が途切れたところで千夏から話かけた。

「今さらな感じだけど、やっぱり二人も出るんだ」

だいたいそうだろうと思ってはいたが、あまりにも堂々と裸参りの話をするので少々面食らってしまったのだ。

「えぇ、まぁ……」
「そりゃ、当たり前だべ」

里美の方は有希同様に少し恥ずかしげだったが、あずさは何の臆面もなく言ってのける。

(やっぱり当たり前なんだ)

受け入れ難くはあるが、やはりそういうものなのかと思っているとあずさは何やら得意気に胸を張る。

「ウチの母さんは若い時に三年間きっちり禊に出たんだ――三年全部出る奴って少ないんだぞ?――
母さんそれが自慢だから、ウチはそれよりももっと多く参加して、母さんを越えてやるんだ。
小六から出て、なんとかお願いして高三まで出してもらうつもり。そうすれば、たぶん今までで一番
たくさん出た子になるはずだべ」
「……それって自慢になるの?」

千夏が聞くと有希と里美はうーん、と首を捻り、あずさは、なんでだ、尊敬しろと騒いだ。

「そう言えば今年って他に誰出るんだっけ」
「今年は、ヒナちゃんも入れて二年生四人に、三年の加藤先輩と、あとホラ、晴菜ちゃん。小六の」
「あーそうそう、今年はやべっけよなぁ。晴菜が出るって言わねがったら中止だったもん」
「その子はなんで参加するの?まだ中学になる前なのに」
「晴菜ちゃんには一っこ上のお姉ちゃんがいるんだけど、最近具合悪くて。
だから晴菜ちゃんがピンチヒッター」

ピンチヒッターという概念が通用するのかということも疑問だったが、
それ以上に、そうまでして行わなければならないことなのかと思ってしまう。

「それよりも情けねぇのは他の一年が誰も出ねぇってことだよ。
晴菜も可哀そうだず、しみったれな先輩の身代わりにされてよ」
「それはしょうがないんじゃないかしらねぇ」

畑の中に入ってから更に十分ほど。しだいに高い針葉樹が周りに立ち始め、
それまでの炎天下とは趣の違う風景が現れ始めた。蝉の鳴き声がぐっと近づき、
それまでのむせ返るような青臭さとはまた違った臭いがする。
少し歩くと木々の向こう側からさらさらという水流の音が聞こえ始め、籠った蒸し暑さの中で涼しげな雰囲気を醸し出す。

「ここを通りぬけたら、池が見えるよ」
「池ってどのくらいの大きさなの?」
「ん、まぁそんなに大きくはないけど、泳ぐには結構ひろびろしてるかな」
「あ、やっぱり池とかで泳ぐんだ?」
「いや、女子は泳がねぇよ。男子がパンツさなって時々泳いでるくらい」
「偏見じゃない?それ」
「えーっ」

そんな話も長くは続かなかった。
針葉樹林を思ったより早く抜け(時間にしておよそ五分ほどか)ると、
視界が一気に開け、緒志摩池が現れた。

強い日差しを受けた緒志摩池はまぶしいくらいに湖面を輝かせていた。

「うわーキレイ」
「千夏ちゃん、ほらもっと近くさ寄れっちゃ」

駆け出したあずさが手を振る。

山村の池、と聞くとつい神秘的な印象を与えるものを連想してしまいそうになるが、近くで見ると意外に動的な印象を受ける。
歪んだ円形なので正確な大きさは分からなかったが、二十五メートルプールより狭いくらいだろうか。
石畳の付近は雑草もそれほどではないが、少し離れればすぐに膝丈のが生い茂っている。
参道の終わりから湖面まではなだらかな斜面になっているが、全体的に地面との高低差はそれほど開けておらず、
他の場所からでも問題なく飛び込むことができそうだった。
参道の右側には先ほどまで姿を見せなかった川が流れており、湖面に流れる水がたてたが僅かに水面を揺らす。
それに呼応するかのように、川のそばで佇んでいる柳の木が風に揺れた。
反対に左側を見ると、小さな社が雑草に埋もれかけており、周囲には同様に小さな石碑のようなものが立ってる。
きっと父ならこういうものに興味を示すだろうと思ったことがきっかけで、千夏はふと気になることを思いついた。

「ねぇ有希ちゃん。裸参りってどういう由来があるの?」
「ああ、それはねぇ……あずさ、何してんなだ」
「いんや、泳ごうかと思って」

見ればあずさが斜面の近くでいそいそと靴を脱いでいる。
恐らくそのまま誰も何も言わなければその場で下着まで脱いでいたのだろうが、有希と里美が待ったをかけた。

「あずさちゃん、お客さんの前だし、さすがに少しは遠慮したほうがいいんじゃないかしら」
「んーだ。ていうかオメは恥じらいが無さ過ぎ」
「んだって暑いんだもん。いいじゃん女同士なんだしー」

あずさはぶつぶつと不満を言ったが、結局裸足で池に入ることで妥協した。
膝上の短パンを更にまくると、健康的な太ももが露出した。

「ひゃー気持ちいい。有希達も入れよ」
「まぁそんぐらいなら……千夏ちゃんも行こ」
「いや、私はちょっと……」
「千夏ちゃん、そこで足浸けるくらいならどう?」

里美が池の淵でも湖面に近い部分を指差した。
暑いのは確かだったので、そのくらいならと千夏も同意した。

一人でバシャバシャとやっているあずさを「一人で随分楽しそうだ」
などと言いながら、三人は裸足の足を池に浸した。
日差しで少し暖まっているためか、刺激の無いくらいの丁度いい冷たさになっている。
日焼けした足が、六つならんで池を掻きまわした。

「そういえば裸参りの由来だっけ」
「あぁ、そうそう。なんで……うん、禊するようになったの?」

危うく途中で「変な行事を始めたのか」と聞きそうになる。
有希は本領発揮とばかりに語りだした。

最初に「むかーしむかし、あったけんど」と切り出すと里美はケラケラと笑ったのだが
千夏にはどこが可笑しいのか分からないのでキョトンとしてしまう。
聞くには村の老翁が民話を語る際のものまねらしいのだが、そんなことは部外者に分かるはずもない。
むくれる有希をなだめて、話を続けてもらう。

「昔、江戸時代も半ばに入り始めた頃、この辺りの村々のあいだで何かの病気が流行ったんだと。
そんで、この村でも老若男女がみんなバタバタと倒れていったんだとや。
そんな中でも、長者の娘だけはピンピンしとってな――たぶん、他の百姓と違って良いもん食ってたからじゃないかって話なんだけんど――
周りの惨いことになってるのを見た長者の娘は毎晩、緒志摩池で禊をして、神様に村の人々の健康を祈ったそうなんだ。
すると、だんだん病気になる者が村から減って来て、しまいには誰もいなくなった。
こうして村の人々は娘に感謝して、その娘が亡くなると緒志摩神社を建てて祀った。
この頃から、その娘に倣って同じくらいの歳の女ん子が村の人の健康を祈って緒志摩池で禊をするようになったんだと」

「へぇー、じゃあ緒志摩神社って普通の人が祀られてるんだ」
「“普通”だったら祀られたりはしないと思うけんど」
「でも、その娘さんが禊をしたときって、今みたいにハダカで、しかも神社も無いのに村の中から走ったりしたのかな?」
「それは、んー、どうなんだろうな」
「前にこの辺りの民話をまとめた本の挿絵には、その娘は裸で描かれていたけど」
「まぁ、どんなものでも最初っから今の形になってたわけではねぇんだし、ちょこっとづつ変わっていったんだべ」

有希がそう言うと、千夏はふと父の言葉を思い出した。

「伝統にも生きているものと死んでいる――死んでるとまではいかないか――ものがある。わかるか?」
「全然」
「つまりだな、その伝統を受け継いでいる人達に合わせて変化していくものが生きているもので、特に意識されえることなく形式だけ
受け継がれているものが死んでいるものってことだ」
「変わっていくものが?でんとー、だったら変わらない方がいいんじゃないの」
「そうでもない。まず、伝統っつったって今ではあんまり――少なくとも実用的とかいう面で――
意味がないものに見えるが、昔は意味があるもの、つまり人々の暮らしに根付いていたわけだ。
ちょうどお父さん達が出かけるときに「行ってきます」と言ったりだとか」
「そんなの当たり前じゃん」
「そうそう、当たり前、な?それが時代が変化していくうちに風化したり続け辛くなったりして、
あるものは跡かたもなく消えて、そうでなくても形だけ残った、誰にも何も影響しない“当たり前”が死んだ伝統だ。
反対に、時代が代わっても残していけるよう変化したり、或いは普段は意識されなくくらい生活に根付いているもの……そういうのが生きている伝統ってやつだ。
「どっちがいいとかじゃなく、どっちも残していけるようにする、消えざるを得ないものはそれが存在したことを記録する。それも民俗学の仕事だな」

生きている伝統と死んでいる伝統……だとすれば裸参りは生きている方に分類されるのだろう。
そう思っていると、右手のあたりで何かがモゾモゾと動くのに気がついた。
目を凝らして手の埋もれた雑草の中を見て見ると……

「ムカデ!」
「ヤダッ!」

実際、払いのけるなり立ちあがるなり有効な選択肢はあったのだろうが、人間咄嗟に思った通りの行動が出来るとは限らない。
だから、里美と二人で池に落ちるという事態に陥ったのも致し方ないことだったのだろう。

「大丈夫ー?」
「最悪……」
「うわーびしょびしょ……」

水の浅い部分に落ちたため大事には至らなかったが、倒れこむような形になってしまったため、全身すっかり水浸しとなってしまった。
重くなった服を引きずりながら這い出たものの、これでは楽しむものも楽しめない。

「あいややや、ホントにすっかり濡れたなぁ」

あずさもこちらへ戻ってきた。

「けんど、涼しいがや?」
「そういう問題じゃないわよ……」
「里美……千夏ちゃんにも着替えはあるよね。私がとってこようか」
「いや、そんな悪いよ。自分で戻ればいいだけの話だし」
「そうそう、有希ちゃんにそこまで迷惑かけられないって」

そんな問答に、あずさがはいはい、と手を挙げた。

「千夏ちゃんも暇なんだろ?だったらここで服干して乾くまで待ってでもいいんでねぇが?」

えー、と抵抗する様を取り繕ってはみた――実際抵抗はある――ものの、
確かに濡れた服は気持ち悪くてさっさと脱いでしまいたかったし、今のところ人が来る様子もない。

「この日差しだし、ちょろっとでも干しとげばだいぶマシさなると思うよ」
「……里美ちゃんは、どうする?」
「んーと、まぁ、このままだと風引くかもしれないし、そうさせてもらおうかと思うけど」

そう言われてしまうと、抵抗するよりは言われた通りにする方が楽なのが日本人だ。
旅の恥はかき捨て、ということにして千夏も提案に従うことにした。
とは言ってもさぁ脱げと――しかも野外で――言われるとやはり抵抗が残る。
女同士なのでそれほど恥ずかしがることはないのだが、実際にTシャツに手をかけると次の行動がとれない。
そうやってモジモジする千夏を尻目に、里美はあっという間にワンピースを脱いで下着姿になった。
上下とも白である。色はともかくデザインが――千夏の主観からして――普通、というか今時なのは少し意外だった。
こういう田舎だから、もっと古臭いようなガラものか若干大きめの野暮ったいパンツを履いているようなイメージがあったので、
若干の驚きと同時に、勝手な偏見が申し訳なくなった。

いつまでも里美だけ下着姿にしておくわけにもいかないので、千夏も腹を決めてさっさとTシャツと半ズボンを脱いだ。
色は上が白で下はライトグレーだ。

「うわー、千夏ちゃん細くてうらやましいなぁ……」
「そ、そう?」
「まぁ里美と比べれば当然だべ」
「あずさちゃんひどいっ!」

さすがに里美も少し本気で不快を露にする。
実際、里美の体系がが痩せ型でないことは確かだが、前にも描写したように決して太ってはいないし、
ふくよかがせいぜいといった具合だ。

(それに胸とか私よりあるみたいだし……)

ブラジャー越しでははっきりとしたサイズは分からないが、おそらくCはあるのではないか。
それに対して千夏のは前回測った時は7……

「ね、どうせ濡れちゃってるんだし、水遊びでもしようよ」

里美が足で水面を蹴りとばしながら、千夏に言った。

「んだ。千夏も来いって。はっこくて気持いいべ」
「えっと、どうしよっかな……」
「いいんじゃない、このさい」

そう言って有希もいそいそと上着を脱ぎだした。
水色の水玉だった。顔や腕の日焼けと胴体の白いコントラストが健康的な色気を演出する。

「遠慮しとくんじゃないっけ」
「だってオイだけ見物ってのもつまらないし」

下は昨日同様にホットパンツだったので、有希はそのまま滑り降りるように池に飛び込んだ。
水しぶきが顔まで飛び、千夏も慌てて後を追いかけた。

緒志摩池は岸の辺りは脛のあたりまでの深さしかないが、中心近くまで進むと進むと膝丈ほどになる。
水の抵抗を感じながらザブザブと進んでいくと、あずさが里美に水をかけて弄んでいた。

「助けてー」
「ホラ千夏ちゃん、援護してあげなきゃ」

あずさは両手で他の三人に水をかけながら近づいてきたが、逆に今度は三人が蹴りあげた水しぶきに追われる。
馬鹿みたいな笑い声が周辺に響く。こんな風に遊んだのはいつぶりだろうと千夏は思った。
いや、それ以前にこんな笑い声をあげたことすら随分無かったように思えてくる。
学校で笑顔を見せることは常々だが、何と形容したものか、作り笑いを除いても、どこか理屈っぽい笑い声しか
たててこなかったような気がした。
ぼんやりそんなことを思っていると、脇に周りこんできたあずさが隙ありとばかりに水を浴びせてきた。

「ちょっとー」
「ボケラっとしてっさげそーなるんだ」

あずさが千夏の反撃から逃れていくうちに、有希と里美も標的になる。
もう敵も味方もあったものではない。
あずさは服のままずぶぬれになっていたが、もう慣れてしまったのか脱ぐつもりはないようだった。
濡れて肌に張り付いたTシャツからバストの形が浮かび上がる。――それほど大きくはなさそうだった――
あずさの健康的な太ももは水を掻きわけてグイグイと身体を引っぱる。
比較的日焼けの少ない里美の、ショーツから伸びた白い足を大きく広げてはしゃぎまわる様は、
どことなくお嬢様的な雰囲気とのギャップと相まってエロチックだ。びしょぬれになったショーツからはお尻のラインが
はっきりと見て取れる。

そういえば自分も同じ格好なんだな、と思い出したように考える。
思えば、野外で下着姿になっているというにも関わらず、脱いでしまって以降はほとんど羞恥心のようなものを
感じていないのに気付いた。

理由ならば思いつく。周囲には自分達以外には誰もいないし、周りのみんなは同世代だし、皆格好は似たり寄ったりで、
それに濡れた服を乾かしているという大義名分だってある。ただ、そんなことで羞恥心など消えてしまうものだろうか。
少し疲れたと言って岸辺に腰掛け、皆を見、もし彼女達が下着まで脱いだ全裸になっていたとしても、今の千夏には
それがエッチな光景だとは感じても、いやらしいとか恥ずかしいものだとは言えない気がした。
そのまま後ろに倒れて、草を背中に横になる。さっきのように虫がでるやもという気もしたが、今はさほど怖いとは思わなかった。
間近で立ち上る草いきれが全身を覆う。じっとりと暑いが、間をおいて身体の水滴をなぜる風が心地いい。
肌に触れる草が背中や太ももを擽るのもなんだか悪くない気持ちだ。唯一、水を吸って重くなった下着だけが不快だった。
あー失敗したな、などとぼんやり思ってみたが、今はそれをあれこれと悔やむ気にはならなかった。
ただ、これを脱いでしまえば確実にせいせいした気持ちになれるだろうということだけは確かだと感じた。








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