翼 〜Wing〜
-1-
シチュエーション


「ねぇねぇ」
「え?」
「ほら!今来た人。……でしょ?」

私たちの控え室は玄関のすぐ横。
玄関との間にガラスが一枚あって、入ってきたお客さんの姿がわかる。
でも当然だけど、それは向こうからは見えないマジックミラー。

おどおどしてる人、きょろきょろあたりを見回している人。
慣れてることを見せつけるように平然としてる人。
なぜだか男性従業員を見下すように態度が大きい人。
いろいろな人がいる。

はじめの頃は面白くて、来る人をずっと見ていたけど、
最近は、あまり注意を払うこともなくなっていた。

雑誌のネールアート特集の写真に見とれてた私は、
目を上げ、ヒカリさんの指差す方向を見た。

あ…あの人だ!また来てくれたんだ!

「へ〜やっぱりあの人なんだ」
「え?なにが?」
「とぼけたってだめヨ。君枝ちゃんウソがへたなんだから。
目の中、お星様輝いてるよ〜いっぱい」
「そんなこと…ない…けど…」

顔が赤くなるのがわかる。

「いいのよ、隠さなくても。そっか。あの人なのね〜フムフム」
「………」

この間、ヒカリさんに話しちゃったの、失敗だったかも…

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目の前にいるヒカリさんは、
最初の日から気さくに話しかけてくれた人。
この店では半年ぐらい先輩になる。

その前に1年ぐらい別な場所で働いてたらしい。
年齢は同い年。あとで聞いたら私の方が3か月年上だったけど。
この業界のことを何にも知らない私に、いろんなアドバイスをしてくれた。

最初の日。
教育係の人に何時間かでサービスについて教えてもらった。
とてもじゃないけど、急に覚えられるような量じゃなかった。

「じゃあとは、自分の好きなようにやっていいよ。
お風呂とマットさえやってくれれば、まず大丈夫。
ここ、お店もお客さんも、あんまりうるさくないから」

え?これだけ?一通り全部やっただけで、これで終わり?
私は控え室に戻ったとき途方に暮れていた。

いちおう経験はそこそこあるけど、プライベートだけだし。
男の人に積極的にサービスしたこともあまりなくて。
教わったことがちゃんとできるかどうか、とても不安だった。
だいたい、最初にどんな話をすればいいんだろ?

私のそんな様子を見かねて、ヒカリさんが助け舟を出してくれる。

「どちらからお見えですか?って、最初は聞くの」

そんなことから始まって、親身になっていろんな事を教えてもらった。

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最初の給料が出て、二人ともお休みのとき、
お礼にヒカリさんを食事に誘った。イタリアンのお店。
勤めてから3週間ぐらい経った頃。
で、結構ワイン飲んでいろんな話してるうちに、
私ポロッって言っちゃった。

「このあいだ来た…」
「?」
「お店に来た田中さんって言う人…」
「それって指名の人?」
「そう」

「もしかして…君枝ちゃん、なんか、されたの?その人に」
「ちがうちがう。そうじゃなくて」
「?」
「なんか…えっと…いいかな〜って」

言ってて、自分の顔が赤くなってゆくのがわかる。

「え?……ああ、そっか。そういうことね」
「ヘンかな?私って。相手はお客さんなのに」
「ううん、全然ヘンじゃない。好きになることってあるし…」

耳元に口を寄せてヒカリさんがささやく。

「それだけじゃなくてさ」
「………?」
「なんか…体が勝手に感じちゃう相手っていうのも…あるんだよね」

そう言われて、私は田中さんに抱かれた時のことを思い出してた。
そのときの興奮が、つかのま鮮明によみがえる。

「うん。それ…ある…かも」

「ふ〜ん。やっぱりそういうことか」
「え?あっ!」
「もう遅〜い!」
「………」
「いいんだよ。別に。
うちら、商売だけど、少しぐらい楽しみがあってもいいんだし」
「あ、あ、」
「そっか。君枝ちゃんのそういうところ見ると、

新人さんなのに、ご指名が多いの。なんか分る気がする」

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「いらっしゃいませ」

あいさつをし、頭を下げた。田中さんは照れるように頭を下げた。
ここは女の子たちが来て、お客さんを案内するための狭い場所。
私はごく普通のスーツ。特にセクシーなものを着てるわけでもない。
OLの通勤着にしか見えない、クリーム色の大人しいデザインのもの。

「どうぞ。こちらへ」

エレベーターで私の「部屋」に案内する。
田中さん、落ち着かない様子でフロア表示ランプを見つめてる。
私は私で、変に気持ちがはしゃいでいた。表情には出さなかったけど。

部屋に入って、キスをする。
「恋人気分で…」というのがここのお店の売り。
とはいっても、あまりに気分じゃない人とは、やっぱり形だけになる。
でも、今こうしてるのって、それとは違う。

田中さんは一番最初の日の、5人のお客さんの1人。
一番最後の人だった。
ぎらぎらした目をした他の人とはちがって、
落ち着いた雰囲気の40歳ぐらいの人。なにかが違ってた。

そんなことを思い出してるうちに、
ずっとキスしたままだったことに気づく。
あわてて唇を離す。

「ごめんなさい、気分…出しすぎちゃいましたね」
「あ、いや」
「そうだ、ちゃんと言わなくちゃ。本日はご指名有難うございます」
「ん、それは、まぁ…」

なんか…間がもてない。

あせって、ひざまずいてベルトに手を掛けた。
はずそうとする私の手が止められた。

「いや、自分で脱ぐからいい」

前の2回も、そう、そう言っていた。いけない。忘れてた。

こちらに背中を向けて服を脱いでる間に、
自分も手早く下着だけになって、鏡の前で髪を束ねる。
振り向いたら、バスタオルだけになって椅子に座っていた。

KENT Light をカゴの奥から出して、差し出す。火をつける。
ご指名のお客様の吸うタバコは、必ず用意することになっている。
でも、これは田中さん専用の入れ物。自分でデパートで買ってきたもの。
なんか他の人と一緒じゃ嫌だった。些細なことだけど、私はこだわってた。

「そこに座っててください。お湯、入れてきますから」

このときって、結構恥ずかしい。
あんまり出てるとこが出てない自分の体型を、
ヒョコヒョコ歩き回って、お客さんにお見せしちゃう瞬間だから。
もう1ヶ月近く経つのに、まだこれだけは慣れることが出来ない。

今のうちにマット出しておこうかな?
そう思って立てかけてある所に行って手を掛ける。

「今日は、それ、いい」
「?」
「いや、やらなくていい」
「え?」

おずおずとそばに行って、座った。

「……私、やっぱり、下手…ですか?」

正直、自分でもあまりうまくないのが分かっていて、恐る恐る聞いてみる。

「え?あ、ちがうちがう。そういう気分じゃないだけ」
「そうですか…」

「それに、あんな風にサービスしてもらうの、実は好きじゃないんだ」
「………?」
「変だよね。ここに来てこんな事言うやつ、いないだろ?」
「ええ、まぁ。あまり、いらしゃらないですね」
「う〜ん。やっぱり」

「お風呂は?」
「いや、それは入る」

よかった。じゃそっちで思いっきりサービスだ。二人とも裸になった。

「どうぞ」

でも、湯船に入っても、やっぱりなにもさせてくれない。
逆に、いつのまにか膝の上に載せられて首筋にキスされて。
最後には後ろから抱きしめられて。
恋人に抱かれてるみたいな、妙に落ち着いた気分になってた。
高いお金払ってもらって、こんな風にしてもらっていいのかな?

お風呂から出て、体を拭いてあげる。
あそこは、部屋に入ったときからずっとカチカチになってた。
座っててもバスタオルの真ん中が盛り上がってる。
あ、今日もこれで私は…って思ったら、
私の奥の方が熱くなって、潤みはじめていた。

いつもなら、見えないようにそっと入れてるものは、
使う必要もない。
あまりにも正直な自分の体の反応に、驚いていた。

二人のバスタオルをはずし、裸になった。
足の指をなめる。そして甲。足首。ふくらはぎ。膝。
順番に。
ちょっと乳首も。

「それは勘弁。くすぐったい」

やっぱりこれはダメみたい。
その間も私は片手で、硬くなったものをさすっている。
手の中から飛び出しそうに揺れ動いてた。

顔を下げる。
袋を口に含んで、手で固いのをさわって。
舌を動かすと、目の前で両ももが突っ張る。
「うっ」ってくぐもった声。
喜んでくれてる。嬉しい。

今度は逆に、口で固くなったものを含む。
上下に顔を動かしながら吸うように。
手が伸びて来て私の乳房をつかむ。乳首を探り当てる。
二本の指の腹で挟んで。これが好きみたい。
私もだけど。

両わきの下を両手がつかんでくる。口を離して、見上げた。
かまわず引っ張られる。

…この人、入れたいんだ、もう。

田中さんの腰にまたがって、片手を添えて導きいれる。
私が濡れてるの、ばれてるかも知れない。でも、かまわない。
逆に知って欲しい気もする。
私がどんな思いなのかということ。
私にとって、単なるお客さんじゃないってことを。

入り口の形だけの抵抗を潜り抜け、中へとおさまる瞬間は、
この人に会うまで知らなかった不思議な感覚。
そして奥まで入りきったときにも、
何の過不足も無く、すみずみまで満たされるように。
幸せ…なぜだかそう思う。

両方の胸がわしづかみにされる。
なんか、やっぱり私のって小さすぎるんだよな。
こうされるとしみじみと思っちゃう。
男の人はもっと大きい方がいいんだろうな、って。いつも。

ゆっくりと腰を上下する。私の中で動くものの形がわかる。
横に張り出した部分が、中の一部にひっかかって、
すぐプルンと開放されて。
そのたびに喘ぎ声が出てしまう。
快感を追い求めてしまう。

腰をつかまれ持ち上げられる。

「やっぱ、下になってくれる?」

困った、と思った。
前の2回は、私が上になってフィニッシュして、
だからこそ自分のペースでコントロールも出来たし。
でも、下になったら、なんか自分が押さえきれる自信がなかった。

うながされるまま位置を変える。

こうして下になって足を開いて、男が入れてくるのを待つのって、
何度経験しても、やっぱり恥ずかしい。
商売とプライベートの区別がつかないからなのか、
自分でもよくわからないけど。

改めて挿入される。
さっきより強い快感が押し寄せてきて、声が出そうになる、
あわてて手で押さえた。田中さんを見る。

気づいて…無いみたい…

そのまま、じわじわって奥に。
収まりきったとこで大きく息を吐く。
ふたりが同時に。おかしいぐらい一緒だった。

ゆっくり動き始める。
正直言って、もうそのときは、仕事だっていうの忘れてた。
次々と押し寄せる快感の波に飲み込まれるばっかりで。
往復するものの動きが速くなったときには、
もう頭半分真っ白になってて。

うわごとにみたいにいろんなことを言ってたと思う。
「ダメ」とか「イヤ」とか、多分………
そんな気がする。

そして最後に「いくよ」って言われて、
私の中のものが硬直して、律動と一緒に熱いものが奥に放たれた。
なんか熱さだけはわかる。その感覚と一緒に私もイっちゃってた。
これで3回目。いつもこうなっちゃう。この人とは。

服を着ながら思う。
さっきの私の姿を、この人は演技だと思ってるんだろうか?
商売女のサービスだと。

気づいて欲しい。でもそれはそれで恥ずかしい。
どっちつかずの自分の気持ちがまどろっこしかった。

1Fでお見送りする。

「また来てくださいね」
「あぁ、また来るよ」
「ありがとうございました」

控え室に戻ったら、ヒカリさんともう一人が待機中だった。

「あれぇ、疲れた顔してるよ。なんかしんどい事でもあったの?」
「いえ、別に」

ちょうどボーイさんがもう一人の人を呼びに来た。
部屋に残ったのは、ヒカリさんと私だけ。

「君枝ちゃん、またイかされちゃったの?田中さんに?」

突然ヒカリさんが聞いてきた。
そのあまりにも直接的な質問が、事実だっただけに恥ずかしくて、
うなずくのがやっとだった。

「ふ〜ん。よっぽど体の相性がいいんだね。
他のお客さんでも、そんなことあるの?」
「いえ、全然」
「じゃ、いいじゃない、気にしなくても。商売だけじゃつまんないし。
なにより普通の男捕まえるの難しいしね、ここにいると」

「でもそれだけじゃなくて」
「じゃなくて?」
「え〜っと…」
「はは〜ん。惚れちゃったんだ、君枝ちゃん」
「もしかして…そうかも…」
「ま、悪いことは言わない、やめときな」
「?」
「こういう商売やってると、ちょっと優しくされるとさ、
ホロッってなっちゃうんだよね。つい、ね。
で、付き合うとさ、とんでもない奴だったりしてさ」
「田中さんは、そんな人じゃないと思います!」
「そう、それが危ないんだよ。」

「考えてもみなよ。
金払ってここに来てるんだから、ま、正直なところ、体目当てだよね?
ある程度いやされたいと思ってるのも確かだけど、それはついで。
それに、私たちがお金で体を開く女だってのも事実。
惚れちゃいけないって言うことじゃなく、
まぁ、気をつけるんだよ、って言いたいだけ。わかる?」

ヒカリさんは私のことを心配してくれてる。
そのやさしい気持ちがじんわりと伝わってくる。

「……わかりました。気をつけます」
「うん、一応ね。男はいろいろだから。
そうは言っても、懲りずに引っかかってる女もいるけど」
「え?」
「ここに」

ヒカリさんは自分を指差し、笑った。

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その翌月、霧のように細かい雨の降る夕方、田中さんが来てくれた。
いつも予約無しなので、
他のお客さんについてたら、どうしようと思ったけど、
たまたま私が待機中だったので、お待たせすることはなかった。

いつものようにやることをやって、
当然お約束のように、私はいかされてしまって。

でも今日は少し違っていた。
二人が服を身につけてるときに、田中さんが言いにくそうに話し始めた。

「こ…んどさ」
「?」
「外で、デートしてくれない?」

突然の申し出に私はとまどう。

「あ、そんな深い意味じゃなくて。
デートって言い方がいけなかったかな?
こんな部屋の中じゃなくて、外で会ってみたいって思って。
どう、かな?」

それはとても嬉しかった。それだけじゃなく、
予想もしないデートの誘いに、私は言葉をなくしていた。

「やっぱり、ダメか」

え?今、なんて?
その言葉の意味に気づいて、あわてて言った。

「いえ、ちがうんです、ちがうんです!」
「?」
「さっきの、あの、デートの話」
「?」
「私も…行きたいんです!だから…あの…」

「なんだ。そうか。…よかった」

心の底からほっとしたようにため息をついてる。
私も、ひきこまれるように一緒に。

「メール、入れてください。
水曜と日曜はお休みだから、だいたい予定は空いてます」
「わかった。じゃ今度の日曜は?」
「あいてます」
「じゃ、待ち合わせ場所の方はメールでいいかな?」
「はい。それで」

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次の週の金曜。待ってたメールが来た。

半分あきらめてた。
やっぱり冗談なのかなって。
待合室に戻るたびにチェックしてて。
そんな私を見て、ヒカリさんは笑ってた。

でも、来た!

「よかったね。だよね?」

目を上げると、微笑んでるヒカリさんの顔があった。

「いいなぁ〜私も作ろうかな、いい人。
うらやましいぞ、ほんとに、このぉ!」

あるいは以前ヒカリさんが言ったように、
単なるセフレとしてしか、私は見られてないのかもしれない。
お金を掛けずに抱ける女。都合のいい女として。

それでもよかった。
お客様と風俗嬢としてではなく、普通の男と女として会ってみたかった。
そしてこころゆくまで抱かれたかった。
たとえベッドの上だけの関係になってしまったとしても、
ともに過ごす時間が少しでも多く手に入るなら、それでもいい。
そう思っていた。

ただの一人の女として、好きな人に抱かれていたかった。

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仕事を離れた形で二人の時間が過ごせるという期待で、
とっくに私は舞い上がっていた。
田中さんを待っている間も、まるで初恋にときめく少女のように、
自分でも驚くぐらい落ち着きを失っていた。

「お待たせ」
「あっ」

背後から声をかけられ振り向いた瞬間、
そこに居る人の表情を見て、うれしくなって、
あいさつすることさえ忘れていた。
来て…くれた…

「なんか、イメージ違っちゃったかな?こんな格好だと」
「あ、いえ。えっと。そうじゃなくて」

たしかに、いつもお店に来るときはダークスーツだったけど、
今日はブレザースタイル。

「いやぁ、あんまり仕事用のスーツ以外、服を持ってなくてね。
一番まともそうなの着てきた。
デートなんだから、ちゃんとしないといけないと思って、
奥のほうから引っ張り出してきたやつだから」

普通にデートって。そう言ってる。

近い身寄りもなくて、
とりあえず一人で暮らしていく糧を稼ぐ必要があって、あのお店に勤めた。
自分では十分に納得してたはずなのに、
こんなふうに普通に扱ってもらっただけで、
ふいに涙が出そうになった。

「あ。ごめん。つまんないこと言っちゃった?」
「そんなことないんです。うれしかった…だけです」
「ほんとに?」
「ええ。もうだいじょうぶ」
「よかった。でも女の子を嬉しがらせるようなこと、言ってないけどな。
だいたい得意じゃないしな、そんなの」

思ったとおりの人だった。
また胸の奥からこみあげそうだったので、無理して話を続けた。

「あの…きょうは、どこに連れて行ってくれるんですか?」
「ついてきて」

そう言って、田中さんはさっさと目の前の扉をくぐる。
おいでおいでをしてる。その後ろは華やかな照明とたくさんの人。
そう言えば、待ち合わせの場所はデパートの入り口だった。
導かれるように中に入る。

ずんずん歩いていく。なにか探してるみたいに。
振り返りもしない田中さんのあとを、あわててついていく。
たどりついたのはアクセサリー売り場だった。

え〜っと。

私の困惑に気づいてるのかどうか、
ぐるぐる回って、ショーケースを眺めてる。

「ちがうな〜」
「これも」

ときどき私の顔をじっと見てる。

「感じがちょっとな、う〜ん」

「何をお探しですか?」
「いや、いい。自分で探したいから」

店員が寄ってくるのを手で制止してる。

「お!これ!」

私の方をもう一度見る。なんか、恥ずかしい。
さらにもういちどそれを見て、うなづいてる。
店の人を呼び寄せてから、私に向かう。

「ほら、こっち」


鏡の中に私がいた。
耳には、さっきのイヤリングが、金色に光って揺れてた。
とまどいは隠せなかった。そしてうれしさも。

「どう?」
「え、あの、とっても‥きれい‥です」

何も考えられなくなって、ぼーっとしていた私は、
ただ感じたままを口にしていた。すごくきれいなイヤリングだった。

「こっち向いて」

言われるがまま向き直る。

「うんやっぱり似合うよ君枝ちゃんに。完璧だ」

「これ、もらうよ。カードで。
はずさなくていい、つけたままで。そっちを箱に入れておいて」
「あ、でも」
「これぐらいしか、思いつかなかったから」
「こんな高いもの」
「気にしないでいいよ。ぼくがそうしたいと思っただけだから」
「でも‥」

「じゃ、次だ。今日は結構忙しいんだよ。行くよ!」

窓の向こうに広がる真っ暗な夜の海は、
様々な色のきらめきで、美しくいろどられていた。
かすかな揺れとたまに感じる潮の香り。
広いダイニングルーム。目の前にいるのは田中さん。
二人でテーブルをはさんで、今、食事をしている。
ワインは赤。すこし私には辛口だけど、料理に合ってる。

「こういうところ、よくご存知なんですか?」
「いや」
「もしかしていつも…このコースで女性を口説いてたり?」

困った顔をしたのを見て、自分が思っていた以上に酔っていたことに気づく。

「ごめんなさい。つまんないこと、言いました」
「…いや。普通そう思うよな。
う〜ん。この際だ、正直に言っちゃおうか」

おもしろそうに笑ってる。なんだろ。

「実はね。今日のこのコースは僕のオリジナルじゃないんだ」
「‥‥‥?」
「だって、女性を口説いたことって一回もなくて」
「え?」
「このあいだ君とデートの約束はしたけど、あとで本当に困っちゃって。
若い女性が喜ぶデートスポットなんて、見当もつかないからさ。
で、ネットで探したんだよ。
そしたら、おすすめ半日プランってサイトがあって、
『絶対落としたい女性の場合』ってコースが、これなんだよ。
あ〜あ、言っちゃった」

緊張してたのか、あわててグラスのワインを流し込んで、
そしてむせて咳き込んでいる。

「怒った?」

一息ついたとこで心配そうにこちらをうかがう。おかしいぐらい真剣に。
いたずらを見つかった子供のようなその表情に、
思わず噴き出してしまいそうになる。

「ぜんぜん」
「ほんとに?」
「もちろんです。だって…こんなに…素敵なんですもの」
「ん〜よかった。肩の荷が下りた」

ゆっくりと食事が進み、コーヒーのおかわりも飲み終える。

「上にデッキがあるみたいだ。行こうか」

しかしあいにくの小雨でデッキには居られず、あわてて戻る。
カジノ室のようなデザインの談話室でくつろぐ。
人がたくさんいて椅子が空いてなかったので、
はめ込みの船窓のへこんだところに、二人で座った。
窓の外、流れる景色が美しかった。
今までつらく感じてたあれこれが、別世界のように思えた。
時間がゆっくりと過ぎる。

目の前に、同じように夜景に見とれてる田中さんの背中。
引き寄せられるようにもたれかかる。
ビクッと驚いたのがわかる。でもふりかえらない。
次の瞬間、私は両手で背中に抱きついていた。あたたかい。
なぜか、そのときは恥ずかしいとは思わなかった。
そのまま、ずっと同じ景色を見ていた。二人で。






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