シチュエーション
──身体の芯が、じんじんとむず痒くなっていく。抱いて欲しい。ひろちゃんを、 全身で感じたい。 けど、今日は駄目だ。 「ね、三つだけ、お願いしていい?」 気付けばそんな問いを口にしていた。 その三つは既に頭にあって、そんな馬鹿な事を言わなければならないことが恥ずかしい。 「なに?」 ひろちゃんの声は穏やかで、その内容を全く想像できていないようだ。 恥ずかしいけど言いたい。この疼きをきれいに消化したい。 「一週間後、お昼ご飯食べてから、私の家に来て」 顔が熱い。ひろちゃんの耳元で、私を抱いて欲しいと宣言したのだから当然だろう。 「……明日じゃ、駄目か?」 それも悪くはないけれど、どうせなら思いっきりしたいのだ。 一週間後も経てば冬休みに入る。そうなればお母さんに気を遣う必要もないし。 「うん、駄目。で、二つ目はね」 ひろちゃんの首に腕を巻きつけて引き寄せ、口付け。 「ん、っふ……ぅん、……っ」 とろとろの唾液と熱い舌を吸い合った。 思考が熱を持ち始めて、でも支配されないように気合を入れながら続ける。 くちゅくちゅと淫らな音。意識がはっきりしてる分、普段よりも強い快感。 「は、んん、みさ、……っ、は、むぅっ……」 息苦しいけれど、もっとしよう。 もっとして、ひろちゃんの心を私の感触で埋め尽くしてあげよう。 「…っ、……っ!ふはぁ……」 月明かりが伸びながら落ちる透明な糸を万色に彩る。 ぞくぞくと燃え盛る本能を力づくで抑えて、私は言った。 「こういう事、毎日しようね」 自分でも解るくらいに艶めいた声だった。おそらくは顔だって相応のものになっているのだろう。 ひろちゃんは苦笑いして答える。 「この先までってのは、駄目か?」 ひろちゃんは私よりも盛り上がってるらしい。私の身体に直に触れたいと言う。 けど、そこまでしてしまったら絶対に止められなくなってしまうだろう。 だから、ここまで。 「うん駄目……それで、三つ目、なんだけどさ……」 これを言うのが一番恥ずかしい。 ひろちゃんは僅かに笑っている。どんな言葉が出るのか楽しみにしている感じだ。 「えっとねぇ、その時まで、ひとりで慰めちゃ、駄目だよ」 我ながらひどい事を言うよなぁ…… 「美里、それは、……流石にきついぞ」 何だか今にも死にそうな顔になった。私は笑いを噛み殺して、止めを刺す。 「その、いっぱい、したいんだから、……頑張って溜めてね」 ……凄い恥ずかしい事言ってるな、私。 もうちょっとは遠まわしな言い方をしたかったけれど、そんな余裕がないくらいに 昂っているのは確かだ。 はしたないと思われそうだけれど、そういった欲情を溜めに溜めて、一気にぶつけ合いたい。 ふ、と何か諦めるような笑いでひろちゃんは承諾してくれた。 「ま、頑張るよ」 ひろちゃんの事だ、間違いなく守りきるだろう。 「うん、頑張って」 励ましの言葉を言うけれど、こんな使い方をする人なんて私くらいだろう。 「な、美里」 「なに?ひろちゃん」 「美里も我慢しろよ。僕だけじゃ、意味ないんだからな」 かぁ、と思考が白熱した。 言われると、その言葉の凄さが解る。その、本当に──我慢するのが難しいことなのだ。 しかし約束したのだから、私も守らなきゃいけないのだ。 「……解ってるよぉ……」 「よろしい」 ひろちゃんは笑いながら私の頭をガシガシと撫でた。 私を褒める手。いつもの手の感触。 ──って、簡単に立場が逆になってるけれど、まぁいいだろう。 私の表情の変化を見届けたひろちゃんは、腕を伸ばして部屋の明かりを点けた。 『ぱちり』 明るい部屋。本来の明るさ。いつものひろちゃんだ。 安心したのを知って欲しくて、その胸に頬擦りする。 これは私にとっての求愛行為の一歩手前だったりする。 両手でひろちゃんの腰を必要以上に突き出させて、そのまま胸から覗きあげれば 私がその気なのだとひろちゃんには伝わる。 ちなみにひろちゃんの求愛行為というのは私のそれよりも思いっきり直球で、 私を正面から抱きしめて、耳元で『お前を抱きたい』みたいな事を囁くのだ。 その仕草と言葉に凄く感じるものがあって、わざと言わせるように振舞った事もある。 私の中途半端な行為に、ひろちゃんはお返しとばかりに耳元で囁いた。 「じゃ、一週間後」 ふるふると私の大事なところが悦んでいる。予行練習のように収縮して、 顔に出ないようにするのがやっとだ。 待ち遠しい。これからの一週間は天国か地獄なのか、その判断が難しいところだ。 「ん、……一週間後ね」 同意と性的な喘ぎが混じった甘い鼻声が出た後に、確認の言葉。 お互いの言葉が届いたのを確かめ合って、私達は無言で部屋を出た。 ぱちん。ぱちん。 弾けるようなスイッチの音と共に明かりが戻る。廊下、居間、台所。 戻った。これで、元通りだ。 何の不安もない日常が蘇ったのだ。 「……よかった」 「──そうだな。……悪かったな、美里」 手を繋いでいたひろちゃんが謝罪の言葉を言う。 何も悪くなんかないのに。いつかは整理しなければいけない事なのに。 でも、この言葉で全てが終わるならば否定ではなく肯定すべきだろう。 「うん、許してあげる」 その後は久しぶりに送ってもらって、私は自分の家の前で振り返る。 「じゃ、また明日ね、ひろちゃん」 ひろちゃんはにっこりと笑って、 「──っ!」 無断で私に唇を重ねた。 軽くなんかない。舌を噛み合わせる深い口付けだ。 「は、ん……ふ、はふ……」 予期しない快感に、私はあっさりと陥落した。気が付けば ひろちゃんの胸に指を食い込ませて、より深く結合出来るように顎を差し出していた。 辺りは真っ暗だけど、誰かに見られるかもしれないという事実が余計に私の気分を 盛り立てる。 「ん、……ぁ、ぅん……」 寒い屋外は熱い吐息を白いかたちに変えた。 とすんと玄関に押し付けられながら、私はひろちゃんの胸で悶える。 私を抱く腕は力強くて、停止と続行の決定権はひろちゃんだけが持つ状態。 不快じゃない。求められ、与えることが出来ているのが素直に嬉しいと思う。 かちかちと歯が当たり、つるつると涎が行き来する。 口からの音響が全身に響いて、これ以上喘ぎが大きくならないように 自制しているのがつらい。 気持ち、いい。 「……、っ!、──、は、あぁ……」 快感の残滓を拾い上げるので精一杯。他の事に意識が向けられない。 鼻先が擦れるくらいの距離で、雄性を剥き出しにしたひろちゃんは言った。 「今日の分だよ、美里」 これが、一週間も続く。とっくに身体は加熱していて、ひとりの時でも冷ます事も許されないのだ。 やっぱり地獄だ。幸福の地獄だ。 とんでもない約束、しちゃったなぁ…… 「頑張れよ美里」 ひろちゃんの声でやっと現実に戻れた。 目の前の人だって同じ気持ちなんだ。その言葉の半分は自分を励ます つもりで言ったに違いない。 「うん、頑張ろうね、ひろちゃん」 私は目一杯力を入れて返事をした。 ひろちゃんは軽く頷くと、おやすみと言って帰っていった。 ……本当、約束しなければ、すぐにでも部屋にこもって自慰に耽っていただろうな。 ひろちゃんの指とか、唇とか、充血した性器を思い浮かべながら、……待った。 そこで終了だよ、私。 「ねぇ美里、なんか変だよ?」 「何でもないったら、大丈夫だってば」 「具合が悪いんなら、早退しなよ。終業式終わるまで、本当に持つの?」 「平気だって」 不審がる水原さんを必死に誤魔化す私。 明後日だ。 とっくにそういう欲は臨界まであがっていて、ちょっとした刺激、例を挙げるなら 着替えの時の下着の感触とか、お風呂上りのバスタオルが撫でる感覚とかに 私の身体は正直に反応してしまうのだ。 心だってそうだ。何かある度に、これがひろちゃんの手だったらなぁ、とか思ってしまう。 普段の何気ない会話や行動にも影響してしまい、こうして水原さんにも心配されてしまう。 ひろちゃんは何も変わらない雰囲気だけど、阿川君のイタズラが回数を増している 辺り、私には読み取れないような変化があるのだろう。 あの日以来、ひろちゃんは阿川君に話しかけることが多くなった。 阿川君も驚いていたようだったけれど、すぐにその理由を察したらしい。 時折私に視線を投げかけ、笑いながら頷いたものだ。 ひろちゃんが私との事を話すとは思えないけれど、それ以上に阿川君の 眼力が優れていたのだろう。阿川君にもそれなりの経験があったから、 それほどのものが身についたのだと思う。 私がこれから得る様々な経験は、どんなものをくれるだろうか。 弛緩した空気で終業式が終わり、HRも問題なく終了。 がやがやと教室が賑わい、波になって流れ出した。 私とひろちゃんは事前に申し合わせた通りに教室に残って、静かな廊下を ふたりっきりで歩く。 学校で指定している内履きの底は決して硬くはないけれど、廊下の硬さと 衝突すると小気味よい音を生み出す。 とつとつとつとつ。 こんな時が一番困る。ひろちゃんを意識せざるを得ない状況。 私の中の本能がむくむくと首をもたげる感覚。 少しでも抑えつけようと、考えなしのまま言葉を発した。 「今年は、色々あったね」 「全くだ。随分、変わったよな……」 それが誰のことを指しているのかは定かではないけれど、 この場で該当するのは二人だけだ。 ひろちゃんの顔を盗み見る。平時の、感情を抑えた表情。 この人とはちょっとしたきっかけで近づいて、ちゃんとした理由があって離れ、 それを乗り越えて元に戻る。 これからの人生から見れば些細な事だろう。 それでも今の私達にとっては重大な出来事だし、ずっと忘れないと思うのだ。 「………」 「………」 明後日の行為は今年最後の総決算みたいなもの、かな。 生徒玄関、校門を通り抜ける。 それでも私達は言葉を交わさなかった。伝え合う事なんてないし、話題も特に── あ、そうだ。 「ねぇ、ひろちゃん」 「ん、なに?」 「初詣、一緒に行こうね」 不思議そうな表情だ。私、変なこと言ったのかな。 「当たり前だろ。他に誰と行くんだよ」 ……どうやらひろちゃんの中では既に決まっていた事項らしい。 「だよね、うん」 嬉しい。どうって事ない約束だけど、きれいに積み重ねていけば絶対に崩れない絆に なりえるだろう。 どうせなら少しは驚かせてあげよう。数年ぶりに振袖姿でひろちゃんの家に迎えに行こう。 お母さんの実家がそういう事にうるさくて、私も少しだけ作法を習ったし、 ちゃんとした振袖も作って貰っているのだ。 振袖姿はクラスの友達には見せた事がない。ひろちゃんだけが知っている私の秘密。 子供じみたくすぐったい嬉しさが湧き上がる。 どんなに大人になっても、こういう気持ちをずっと持っていたいものだ。 「?」 「何でもないって」 そして、ひろちゃんの家の前。 いつものように私の手を放さずに、ひろちゃんは鍵を開ける。 私も無言で引かれる手に従うだけだ。変なことを言って、これから起こる欲情の津波に堤防を 作ってあげる気がないからだ。 『ぱたん』 まだ、しない。 私達は靴を脱いで、ひろちゃんは暖房の電源を入れて制服の上に着ていたコートを脱ぐ。 私は先に脱いで居間のソファに座り、ひろちゃんを待った。 鞄はテーブルに立てかけてある。私達がこれからそうするように、二つは寄り添っている。 きしり。ひろちゃんは落ち着いた感じで私の隣に座った。 私の中にある雌の部分に、厳重な檻で囲むイメージをした。 勝手に暴れても良いようにする。とりあえずは表に出ないだろう。 僅かな衣擦れの音に顔を向けると、ひろちゃんが私の頬に手を伸ばしてきている。 迷いはない。その表情からは抑えられた興奮を感じ取れた。 頬に添えられた手に、私も手を重ねる。離れないように。放さないように。 ゆっくりとひろちゃんの顔が近づいて、言葉もなく私達は口付け合った。 初めは軽い触れあい。唇の柔らかさとお互いの存在を確認する為の行為だ。 ひろちゃんのもう一方の腕が背中にまわって来て、私の自由を奪う。 本格的な交わりの為の布石。 「ん……、──っ」 私の閉じられた口内で生まれた喘ぎにひろちゃんはしっかりと反応する。 「は、ふん……ん、あん……」 開いた二つの唇の間で二枚の赤い舌が踊っている。 表面の唾液を奪い合って、擦り付け合う。 更に吸って吸われて。唾液の量はますます多くなって、だらしなく 口の端から垂れ下がって、落ちる。 「んぁあん……ん、んん」 くちゃり。ぬちゅ。 音がする度にどちらのものと言えない唾液が舌に乗って相手に渡る。 何度も往復する熱い液体。思考を吸い取る粘液。 「ん、ん、ん、……っ、ぷはぁ……」 一度だけ大きく空気を吸いたくて唇を離した。 「や、ぁあ…ぁ…っ!」 ひろちゃんの唇は離れない。私の首筋にくまなく吸い上げて、それでも 飽き足らずに耳まで愛撫し始めた。 「ん!く、う!ひ、ろ、……っ!」 耳の穴に吹き付けられる吐息が脳髄を痺れさせる。ぐらぐらと檻が揺れている。 ……止めよう。今日は、もう止めよう。 我慢出来なくなってしまう。ひろちゃんとの約束、守れないよ。 身を縮ませて必死に耐えるけれど、ひろちゃんの勢いは増すばかり。 つるりと耳を舐められた瞬間、檻が爆ぜた。 「ひろ、ちゃん!」 抑圧されていた雌性が躍り出た。 襲うようにひろちゃんをソファに押し倒して、お返しとばかりに耳を咥えていた私。 腕はがっちりと頭を抱きしめ、その上、恥じらいもなく囁いた。 「しよ。ひろちゃん、しようよ。我慢出来ないよぉ。 ひろちゃんだってしたいんでしょ?私だってしたいんだよ? 我慢するの、止めよ?私も我慢したくないんだよ? ほら、こんなにどきどきしてるし、……ここだって硬いんだよ? ひろちゃんはしたいんでしょ?私もしたいんだよ? ね、今しようよ。明後日なんて待てないよ。 ひろちゃん、私を、抱いてよ。抱いてよぉ」 その全身を撫でながら内側の猛りをぶつけた私は、ひろちゃんの顔を覗く。 驚きと羞恥と欲情と興奮と抑制と暴発。 どれを取ろうか迷っているひろちゃん。私は迷っていない。 迷いを捨てさせるには、──そうだよね、それがいいんだよね。 雌の教えに私は素早く従った。 身体を起こして上半身の制服を脱ぎ捨て、下に着ていたセーターのラインがはっきりと 見えるようにしてから、スカートをたくし上げた。 薄いセーターに手を入れて、あまり大きくない乳房を揉む。 形の変化が解りやすいように目一杯手を動かす。 開かれた両足。丸見えになっている下半身の下着にも指を当て、秘所の入り口を くりくりと擦った。 「くああ、ひろちゃん!ん、はぁん!ひろちゃぁぁぁん!」 ひろちゃんの前で、私は激しい自慰を始めた。 男の人にとって、大事な女の子が触れもせずに自分の意思に反して絶頂を迎える様を 見なければならないのは、多分、一番つらいことだ。 私の雌の部分が教えてくれた事。間違いじゃない。 今だにひろちゃんの奥にいる雄の部分は出てきていないけれど、 すぐにでも顔を出すに違いない。 「ん!くぅん!──っ、……っ!ひあぁぁああん!」 ひろちゃんだって我慢出来ない筈だ。私の痴態を黙って見届けるような人じゃない。 絶対に何かをしてくる筈なのだ。 「はぁー、はぁー、しよ、ひろちゃん……」 下着の透明な染みが表面に出たのだろう。指の動きに合わせてごしごしと 湿った衣擦れ音がするようになった。頬だって真っ赤、目尻も下がっているに違いない。 …まだ、駄目なのかな。もっと激しい媚態をさらすべきなんだろうか。 だったら、もっと解りやすいように、見えやすいように脱いでしまえ。 セーターに手をかける。指に力を入れて、 「待て、美里」 「──っ!」 大事なひろちゃんの言葉、あるいは最愛の雄の命令に私は停止した。 でも、停止したのは外側だけだった。中はこれ以上ないってくらいにぐるぐると 悦びが走り回っている。 ひろちゃんに抱いてもらえる。やっとしてもらえるんだ。 「待てってば……な、美里」 私を優しい笑顔で押し倒しながら、そっと言い出したひろちゃん。 「僕との約束、どうするの?」 でも、したいんだよ。 「僕は美里との約束、守りたい」 守らなくていい。したい。 「美里は僕との約束を破りたいの?」 守りたいけど、……。 うん、守ろう。破っちゃいけない事なんだ。 「……ごめん、ひろちゃん」 すう、と激情が冷める。……馬鹿みたい。一人で勝手に、何してたんだろ。 ひろちゃんに約束させたのは私だ。 私が守らなきゃ、ひろちゃんだって守らないだろう。 「よろしい」 「……うー」 がしがし。頭を撫でられる。 約束を取り付けたのは私なのに、何故守った事で褒められているんだろう。 世の中は不思議だらけだ。 「けど、なんだ、あれだよな」 ひろちゃんはあやふやな言葉を口にする。視線は中空を泳いでいて、 その顔もさっきとは全然違う年相応のものだ。 何を言いたいのだろう。 「すげー声だったよ、うん。びっくりした」 「……わ、忘れてよぉ!」 あの痴態を見せつけた事自体は納得してるけど、だからって言われてしまえば どうしようもなく恥ずかしい。 ひろちゃんのからかう口調はまだ続く。 「色っぽかったしなぁ。一生忘れられないだろうなぁ」 にやにやと意地悪な笑み。私が嫌がってるのを知ってて、続けようとしている。 「駄目!今すぐ忘れて!」 こんちくしょう。こうなったら力づくだ。 「だってさ──」 「このっ!」 その口を塞ごうと両手を突き出して、あっさりと抱きしめられた。 ぼそぼそと私だけに聞こえるようにひろちゃんは言う。 「あんな可愛い美里、初めてだったからさ」 「〜〜〜〜っ!」 ずるい。 そんな事を言われたら、抵抗出来なくなってしまう。 胸元に顔を埋めて、せめて羞恥の表情だけでも隠そうとする私。 ひろちゃんはそれを咎めることなんてしない。私の心を安心させるように 頬を頭髪に押し当て、私達が触れ合う面積は最大になった。 「………」 「………」 静かな時間。 さっきの自慰で多少は欲情を吐き出せたのだろう、昨日とは比べ物にならないくらいに 心身が落ち着いている。……そんなの、私だけだ。 ひろちゃんはそれなりにこみ上げるものを耐えているに違いない。 だから。 「ね、ひろちゃん」 「なに?美里」 「さっきは、ごめんね」 「いいんだって」 「ひろちゃんがしたいなら、もう少し先まで、してもいいよ」 「………」 「ちょっとだけ、楽にしてあげたいんだよ」 私だけが楽になるなんて許せない。この身体をちょっとだけ自由にさせて、 ひろちゃんにも楽になって欲しい。 もっとも、男の人が欲情を吐き出せる行動なんてひとつしかない訳で、 それをしてしまったら約束を破らせるだけなのではないだろうか。 「ごめん、……無理だよね、そんなの」 「あ、と……そうでもない、かな」 身体を離して向き合うと、ひろちゃんは恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻いている。 詳しい説明が始まらない。言葉を必死に選んでいる様子だ。 「ひろちゃん?」 「えっとな……」 待ってあげよう。そんなに難しい内容なのだろうか。 数秒して、意を決したらしいひろちゃんが言い出す。 「美里はさ、さっきので、……イったのか?」 興奮で赤い頬を隠そうともしないで、とんでもない事を口にしている。 「あ、あの、…その……」 私だって恥ずかしいし、その興奮もうつってしまう。 どんな意図があるのだろう。私をからかっている様子ではない。 ちゃんとした問いなんだから、ちゃんと答えないと。 「…イってない、と思う」 達するところまではしなかった、ような気がする。 ひどく盛り上がっていたから、あまり明確に覚えていないのだ。 「あの約束のひとつは『自慰するな』だよな。なら、その、 相手に慰めてもらうってのは、ありだよな?」 私にして欲しい、ということだろう。 でも、 「それ、だと、」 「解ってる。…ええと、出る寸前まで、して欲しいんだ。これなら約束を 破ったことにならないだろ。さっきの美里のは、半分くらいは僕がさせたことなんだから、 これでおあいこだよな」 必死に理屈を言葉にするひろちゃん。 この理屈がなければ一気に最後までしてしまうと感じているのだ。 大した自制心だと思う。 「う、ん、そうなる、かな」 「もし我慢出来なくて…出たら、この場で美里を抱くよ。……これで、いいか?」 断る理由なんてない。少しでもひろちゃんの為になるなら、なんでもしてあげたい。 さすがにこの提案は思いもしなかったけど、ひろちゃんが望むならしてあげたいと 思う。 「うん、いいよ」 なるべく真剣な表情で私は答えた。 ひろちゃんも戸惑いを隠しきれず、それでも頷いてくれた。 ズボンを足首まで下げたひろちゃんがソファに浅く座っている。 やや開かれた股間に、硬直したひろちゃんの性器が天井に向いている。何もしてないのに 先端が濡れていて、凄くいやらしい印象だ。 私は彼の両脚の間に身体を潜り込ませ、その熱棒をまじまじと見詰めていた。 最初はファスナーを下げて、ズボンの中から屹立した性器だけが飛び出していた状態だったけれど、 私は全部見たかった。お願いしてズボンを下げてもらったのだ。 こうして間近で見るのはこれが初めてだ。汗とは違う匂い。鼓動にあわせてゆらゆらと揺れている。 見ているだけなのに、体温が上昇していく。やっぱり、本能的なものだろうか。 その熱さを吐き出すようにため息を吐くと、ひろちゃんの性器がびくりと震えた。 「ひろちゃん?」 「…うん、そんなもんなんだよ。美里の大事なところと一緒だよ。 ……敏感、なんだ」 頬を赤らめて言うひろちゃん。息がかかっただけなのに、大きな反応だった。 その言葉は嘘じゃない。あんな事でも感じるんだ。 「………」 …見惚れてる場合じゃない。 ちゃんと、してあげなきゃ。 「いい?」 「うん」 私は決意して、指を数本だけ側面に触れさせる。 「っ!」 どちらかといえば色白のひろちゃんの身体で、唯一黒ずんだ所。 その反応。同じ身体なんだ。そう知ってしまえば、触れることへの抵抗感は格段に減った。 右手の指を全て使って、掴む。それだけで性器は僅かに太くなった。 これって、 「気持ちいいの?」 「…いいよ、うん」 なら、もっとしてあげよう。ゆっくりと手を上下させてみる。 じんわりと漏れ出す液体が増えた。裏の筋を伝って、動いていた私の手に絡み付いた。 じゅ、くちゅ、にちゅ。 「ん、……く、ぁ……っ」 粘っこい音だ。恐らくは相応の粘度なのだろう。私との性交を思わせるひろちゃんの表情。 眉毛が寄って、目は閉じられている。私の手の動きに集中しているのだろう。 ひろちゃんが私の行為に酔っている。加減も知らない愛撫なのに受け入れてくれている。 興奮、してきた。 手が往復する度に性器は熱くなる。太くなって、ふるふると悦んでいるようだ。 私もうれしい。ひろちゃんに快感を与えることが出来ているから。 「はぁ、はぁ、は…ぁ」 私の呼吸も荒い。あそこがじんじんと疼いて、手を伸ばしたくなる。 一緒にすれば、もっと気持ちいいんだろうな。──待った。今は、してあげるのが優先だ。 黙って自慰をしても気付かれないだろうけど、約束は守ろう。 万が一にも伸びないように両手でがっちりと掴んで、より力強く擦った。 「は、……ぁ、いいよ、美里……っ」 てらてらと光る性器が時折跳ね上がる。 足りない。もっと、直に感じたい。指よりも繊細な神経が通っているところ。 指よりも様々なものを感じる器官。膣内が一番だけど、それは駄目。 二番目は、やっぱりここなんだろうな。 「ひろちゃん、聞いてる?」 夢中になっていた彼を快感の渦から引き戻す。 何も言わないで始めてよかったのかも知れないけど、私は知って欲しい。 「ん、んん、なに?」 「口でしてあげるね、ひろちゃん」 「無理、しなくても、──っ!」 先端に口付けると、腰すらも跳ねた。 「は!……ああ!ぅ……っ!」 私の大事なところと同じだ。その形の頂点が、一番敏感なんだ。 ひろちゃんは喘ぎ、爪をソファに突き立てて狂っている。 私がもたらす快楽に狂っているのだ。 濡れた手を放して、ひろちゃんの手に重ねる。とたんに掴まれ、私は口だけに集中出来るようになった。 出来るだけ膣と同じ形にしよう。歯を立てたら駄目だ。顎を開いて、唇はすぼめる。 そして、挿入。 「ふ、……ん、んん!」 さらに太さを増したひろちゃんの性器が口の中で暴れている。 膣と間違えて蹂躙しようと動いているのかな。 どっちでもいい。もっと、悦ばせてあげよう。 奥深くまで含んで、裏筋を舌で撫でる。少しだけ口から引き抜いて、先端の割れ目に舌を押し付け、 頭を退かせながらずるずると唾液を塗りたくる。 「ふ、あ!美里、すご……っ!」 ゆで卵みたいな先端への口付けに戻って、もう一度。 「くぅぅぅぅ……っ!」 ひろちゃんの性器を口いっぱい頬張って、続いて匂いも鼻腔に充満。 昂られずにはいられない匂いと熱さだ。頭がぼおっとする。 脳にきめ細かく造形を写したくて、先端を中ほどに位置させてから、 頭の角度を変えながら舌に神経を集中させて、僅かな凹凸を確かめた。 皺ひとつない先端。その向こうには鋭角な角があって、私は納得する。 こんなので掻きまわされたら気持ちいいのは当然だ。 その角を一番上からなぞると、だんだんと先端に近づいて割れ目のすぐ下に到達。 びくんびくんとひろちゃんの腰が蠢く。ここが、一番いいらしい。 「ふっ、……く!そこ、待てって……!」 強すぎる刺激から逃れるように私の奥まで入ってきて、ひろちゃんは一息ついた。 「は、あ。美里、もう、いいよ。これ以上は、ちょっと…」 私は性器を口から抜いて、答えた。 「駄目ぇ。もっと、ぎりぎりまでしよ?」 そうなのだ。私はひろちゃんの追い詰められた顔が見たいのだ。 それを見届けたくて、竿の横腹に口付け。 「こら、美里、……うぅ!」 つるつるの先端とは全く違うごつごつとした感触。逞しいとさえ感じてしまう。 先端ののように敏感ではないらしいけれど、逆に鈍い快感がひろちゃんの心を煽るのだろう、 さっきよりもずっとつらそうな、いい顔だ。 「ん、んん、……はぁっ、は、ぁっ」 目は閉じられているけど、これは無意識なのだろうか。 ひろちゃんの腰が、僅かに前後している。性交の時のように、淫らにうねっている。 やっぱりしたいんだよね。私の所為で、一生懸命耐えてるんだよね。 ……出させてあげよう。今日は本番をしなくてもいい。 一回だけ射精させて、ひろちゃんを助けてあげよう。 私は鼻先を擦り付けて匂いをかいで気分を盛り上げ、本格的な擬似性交を始めた。 「ん、ふん!──ん!んん!」 最奥まで届かせ、じゅぷじゅぷと表面の唾液ごと性器を吸い上げ、射精を促した。 顎が疲れているけれど、気にしない。可能な限り、強く吸いついて、搾る。 滅茶苦茶に頭を動かして、私自身も口内からの強烈な快感に溺れ始めた。 「は、うう!美里ぉ!……う、ぁあ!」 ひろちゃんの顔を見上げると、本当に達する寸前らしい。 我慢しなくていい。出してもいいんだよ? 頑なに耐え続けるひろちゃん。突破口を開けたくて、性器の割れ目に舌をねじ入れた。 「うああ!やめ、出……っ!」 ぐちゃぐちゃの口内をひろちゃんの膨張しきった性器が踊っている。 こときれる寸前の舞。もうすぐ、陥落するんだ。 「美里、っ!うぅ、……っ!は、う!」 私の頭をひろちゃんの手が掴んで、ごつんと一気に貫かれた。 がくがくと振動する灼熱の性器ときりきりと収縮する私の膣。 そして── 「……っ!う、はぁ!は、はあ……」 出なかった。どくんどくんと脈動してるけど、射精しなかった。 最後の一手を私にさせない為の貫通だったのだ。 息も出来ない程、深くまで貫けば私は何も出来ない。それを知っての行為だ。 本当、残念だ。私の顎は長時間の奉仕で疲弊しきっていて、もう動かせない。 「ん、……は、くぅ、……ふう」 ひろちゃんは快感が収まるのを待ってから、私の口から性器を抜いた。 果てなかった性器は硬くて。まだ力を失っていないのに、私だけが続行不能。 何だか、悔しい。 「これで、おあいこだよな、美里」 ひろちゃんは全身から快感の余波を滲ませながら言った。射精寸前の快感で 少しは気持ちが晴れたのだろう、興奮が抜けきらないけどさっぱりした、という表情。 いきり立っていた性器が、今日は終わりとばかりに垂れ下がってしまう。 芯には硬さが残っているのか、完全には戻らない。 私の秘所も蜜を滲ませていて、じくじくと疼いている。 ……うん、これなら良し。 SS一覧に戻る 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