シチュエーション
「じゃ〜〜ん」 それは暦が文月から葉月へと変わり、ここ数日続いていた、うだるような暑さが少しだけマシになった、とある日のこと。 いつものごとく俺が扇風機の恩恵を受けながらハードカバーを開いていると、美由紀がそんな声と共に登場した。 また何か変なこと考えたんじゃないだろうなと思いつつ、チラリと目を向け――ページをめくる指が止まった。 まだ日も高い最中、彼女が着ていたのは青地に牡丹をあしらった、 「浴衣?」 「ぴんぽ〜ん。せいか〜いっ」 いや、誰だって見ればわかる。俺が聞きたいのはそういう事じゃない。 「しかしまた何で」 そこまで言ってから、俺は一度口の動きを止めざるを得なかった。何故なら―― 「じ〜〜〜〜〜〜〜〜」 彼女の視線を感じたからだ。それも、ものすごく期待のこもった眼差しだった。たとえるならば散歩に出かける前の犬のような。 もし尻尾があったなら、ぱたぱた左右に振れていたに違いない。 「わくわくどきどきそわそわ」 ええい、擬音を口に出すな。 俺はそっとため息を吐いてから、視線を微妙に逸らす。美由紀の望んでいるものが手に取るようにわかってしまった。 そういえばつい十日ほど前、同じようなことがあったなと思い出す。このまま何も言わなければ、あのときと同じ展開を辿るだろう。 仕方ない。俺は照れくささを強引に押さえつけながら、どうにか言葉を絞り出す。 「あー、うん、似合ってるんじゃないか」 「ありがと。えへへ〜」 彼女の顔にパッと花が咲き、後ろ姿までご覧あれとばかりにその場で一回転。 背中まで伸びた髪が、ふわりと揺れた。 しかし隣の部屋で何かごそごそやっていると思ったら、こんな物を用意していたのか。 今日の朝早く一旦自宅に帰ったのは、これを取りに行っていたんだな。 まぁ、そんな理由でもないと家には戻らないか。夏休みだからこっちに入り浸りだし。 というか普段から入り浸りなんだが。一週間まるまる泊まっていくときもあるし。いや、むしろそっちの方が多いな。 今まではこの現状を『ほぼ』同棲状態と認識していたが、『ほぼ』を除いてもいいような気がしてきた。 ……って、そんなことはどうでもいい。 俺はズレの生じた思考を振り払うと、中断していた素朴な疑問を再開する。 「しかし何でまた浴衣なんか着ているんだ?」 「たーくんやっぱり忘れてる〜」 彼女は昔から一向に直そうとしない愛称で俺を呼び、カレンダーを指し示した。 「今日は、何の日でしょう〜?」 つられるように、本日の日付を確認する。一ヶ月刻みのカレンダーはめくられたばかりで、予定を書き込まれていない。 先月は夏休みが始まったということもあって、結構遊びに出かけたんだけどな。海にも行ったし。 あれからもう十日以上経つのか。何だか一年以上前の出来事のような錯覚があるが。 「8月1日って何かあったか?」 頭を捻る。この時期、浴衣を着るような行事といえば……。 「……花火大会か」 「当たり〜」 美由紀がぱちぱちと拍手してくる。 「そうか、そう言えばそうだったな」 この日、少し離れた港町で、毎年花火大会が開かれる。この近辺では規模が一番大きく、なかなかの数が打ち上がる。 付き合いだしてからは二人で欠かさず見物に行っていた。 「で、行くのはいいとしても、どっちにする?」 俺達が花火大会に向かうとき、場所の選択肢が二つある。 直接会場に赴き間近で見物か、近所の高台に建てられている神社で楽しむか。 もちろん間近で見た方が迫力はあるが、その分人も多い。 今から家を出ないときちんと花火が観賞できるような場所は陣取れないだろう。 美由紀は少しの間考えて、 「う〜ん、去年は近くで見たから、今年は神社にしよ〜」 決断を下す。人混みが苦手な俺に異論があろうはずもなかった。 「そうだな。……それでだ、美由紀」 「なに〜?」 「時間までずっとその格好をしているつもりか?」 「大丈夫〜。出掛ける前にきちんと着付け直すから〜」 「…………」 ちなみに今は午後一時である。俺は黙って、クーラーのリモコンを手に取った。 日が傾き始めると、涼しい風が街に吹き込むようになった。 紅く染まる住宅地を、からんころんと下駄の音を響かせながら、ふたり肩を並べて歩く。 彼女は楽しげに鼻歌など歌いながら、手に持った巾着を前後に揺らしていた。 足を進めるたびにふわふわ動くその髪を見て、ふと尋ねる。 「そう言えばお前、ほとんど髪型は変えてないんだな」 時折すれ違う浴衣姿の女性達は、大半が髪を結い上げていた。それを見ての感想だったのだが、美由紀は不満そうに頬を膨らませる。 「ちゃんと浴衣に合わせて変えてるもん〜。たーくん全然気付いてくれてない〜」 「いや、浴衣用にしてたのは気付いてた。だから『ほとんど』って言ったろ?」 今の彼女は緩くウェーブがかかった髪を、左右一房ずつ三つ編みにして、前に垂らしている。 結び目は小さな花をあしらった髪留めでとめていた。 普段は何の細工もないロングヘアーなので、違いはすぐにわかっていた。 「ただ、アップにしている奴が多いからな。お前はやらないんだなと思っただけだ」 先程コンビニの前ですれ違った若い女性グループを脳裏に浮かべながら美由紀に目をやると、彼女は真剣な表情でこちらを見返してきていた。 思わず立ち止まると、呼応したかのように一歩踏み込んでくる。 いつもの緩んだ雰囲気が引き締まり、わずかだが圧されてしまう。美由紀は真摯な光を瞳に浮かべたまま、 「もしかしてたーくんってうなじフェチ?」 俺は脱力のあまり崩れ落ちそうになった。 「……何でそうなる」 「だってこの前見た雑誌に書いてあったもん〜。『浴衣姿のほつれ毛に意中のカレはドッキドキ』って」 ドッキドキ……。またえらく古い表現を使う雑誌だな。 美由紀はしばらく難しい顔で考え込んでいたが、やがて何か閃いたらしく手を打ち合わせると、くるりと後ろを向いてうなじを強調してくる。 「どう〜?」 「どうと言われても」 「ドッキドキ?」 「…………ああ、そうかもな」 自分達の会話が急に馬鹿らしくなってきて、取りあえず投げやりに答える。 「でも美由紀には長い方が似合ってると思うから。俺はアップにするよりそっちの方がいいかな」 何気ない――本当に何気ない言葉だったのだが、美由紀は嬉しそうに表情を輝かせた。 「えへへ〜」 足取りも弾むように軽快なものへとなり、第三者から見ても浮かれているのは丸わかりだった。 そんなに喜ぶようなことだったか、と尋ねた俺に、美由紀は締まりのない顔で返してくる。 「だってたーくん、昔と同じこと言ってる〜」 「そうだっけ?」 記憶にない。 「美由紀は髪が長い方がいいって。小さい頃、褒めてくれたよね〜」 彼女は指先で髪を梳きながら、微笑んだ。過去の言動を思い出し、唐突に顔面に血が上ってきた。 「あ、あれはだな……」 「嬉しかったよ」 からかいなど欠片も含まれていない、純粋な喜びだけを映した瞳。 そんなものを向けられると、誤魔化そうとする意志さえ霞のごとく消えていく。 そういえばあの時、俺が彼女の髪を褒めたときも、こんな風に笑ってくれた気がする。 「じゃあ、そろそろ神社にれっつご〜」 美由紀が俺の手をぎゅっと握りしめて、ぐいぐい引っ張っていく。 いつの間にかたどり着いていた神社へと続く長い階段を、急かされるように二人で上る。 手を握るなんていつもやっていることなのに、先程までの会話のせいかお互い照れくさい。 美由紀の肌も、夕日色でほんのり染められている。 これ以上赤くなっても困るので、見せてくれたうなじが結構色っぽかったことは、言わないでおくことにした。 感情を誤魔化すように早めたその足で、階段を上り、上り、ひたすら上り、境内へ辿り着く。 立ち止まった俺の全身からは、うっすらと汗が滲んでいた。 「ようやく、頂上か、はぁ……」 ここの神社は小さな山の上にあるので、上り切りさえすれば少々離れている街の花火も見られるのは利点だが、今は感謝する気にはなれなかった。 Tシャツとジーンズが肌に張り付いて、少々不快な感触になっている。 「たーくん、汗浮かんでるよ〜」 一方美由紀は俺が途中から引っ張る形になっていたためか、さして疲労していないらしい。 呑気な声と共にハンカチを握った手を伸ばしてくる。 不意を付かれたため制止も出来ず、俺は黙って額の滴を拭われることになった。 幼い子供が母親に甘えているみたいで恥ずかしいんだが。美由紀はというと、心なしか楽しげな様子。 こっちの心情をわかっててわざとやってるのか、珍しく俺がなされるままに身を任しているのが嬉しいのか。 こいつの性格を考えるに、多分後者だろう。 「たーくん照れてる〜。かわいい〜」 「ていっ」 デコピン攻撃炸裂。 「う〜。ひどい〜。暴力反対〜」 前言撤回。両方らしかった。 「馬鹿なことやってないで、さっさと場所取るぞ」 彼女にそう促して歩き出す。やっぱり手は握ったままで。 美由紀はすぐに表情を明るくして足並みを揃えた。 境内には俺達と同じ目的の家族連れやらカップルやらが、そこそこ集まっている。さすがに夜店までは出ていなかった。 もう腰を下ろした人々の間を縫うように、二人でめぼしい場所を探す。 そうしてさまよう俺達の足下を、男の子と女の子が笑い声を上げながら駆け抜けていった。 そんな子供の姿に、不意に昔の自分達を重ねてしまう。 子供の頃、この神社は俺達の遊び場だった。 美由紀や他の子供達と一緒に、鬼ごっこやかくれんぼを飽きることなく繰り返した。 そんな日々がいつまでも続くと信じながら。 「ね、たーくん。ここでいいんじゃないかな〜」 「あ、ああ。そうだな」 成長した彼女の声が、俺を記憶の海から引き戻す。 思いを巡らしていたのは一瞬のつもりだったが、予想以上に時間は過ぎていたらしい。 しっかりしろ、俺。ノスタルジーに浸るのはいつでも出来るが、花火大会は一年に一度しかないんだから。 軽く自分を叱咤して、準備に取りかかる。 持ってきていたビニールシートを地面に敷き、四隅を固定。そしてコンビニの袋から、飲み物を取り出した。 「言っておくが、アルコール類はそれひとつだけだからな。後買ってるのはは全部ジュースだぞ」 「わかってる〜」 本当にわかっているのか。というかお前は一本だけでも危険だがな。 まぁ酔っても他に迷惑を掛けるわけでもないので、良しとするか。 そんなやり取りをしていると、ピピピッと携帯電話のアラームが時刻を知らせた。 「そろそろだな」 二人一緒にカクテルの蓋を開け、缶を打ち合わせる。 「かんぱ〜い」 ドンという音と共に、空に大きな花が咲いた。 「ん〜〜。ん……たーく〜ん?」 「おはよう」 身じろぎして薄目を開いた美由紀に、起床の挨拶を贈る。ぼんやりとした顔と眠そうにとろんとした瞳は、寝起き特有のものだ。 まだ幸せの中に半分浸かっている彼女の表情は微笑ましくて、このまま鑑賞したい衝動に駆られるが、そういうわけにもいかない。 かわいそうだが、目を覚ましてもらわないと。 「ほら、そろそろ起きないと、本当にこのまま夜を明かすことになるぞ」 「わらし、寝てた〜?」 まだ口調は怪しいものの、自分の力で上体を起こす。だが、身体は左右にゆらゆら振り子のように揺れていた。 「ああ。二時間ほど」 俺の膝を占拠してな。 ちなみに彼女が眠ったのは、最後の花火が打ち上げられて少ししてからである。 よって、花火大会が終わってからずいぶんと時間が経っている。神社にも、もう俺達以外に人の姿はない。 美由紀が寝入ったのはアルコールが原因だろうが……計ったように効いてくれたもんだ。 「ほら、しゃんと目を覚ましてこい」 そう促し彼女を送り出す。この神社には手洗い場と水道が備え付けられている。 話によると二、三年前に作られたらしい。 子供の頃はなくても困らなかったが、大人になった今ではその存在はありがたかった。 ふらふらおぼつかない足取りでトイレへと向かう美由紀を尻目に、唯一片づけていなかったビニールシートをコンビニの袋に押し込め、立ち上がる。 みんなマナーを心得ているようで、辺りにゴミは落ちていなかった。 人がいなくなった途端に広々とした境内をゆっくりと歩きながら、空を見上げる。 黒のグラデーションと月の光に彩られた空には、花火の残映もない。 「夢のあと、か」 祭りは終わる。幸せだった時間は終わる。それは当然のことだ。 日常があるからこそ、イベントは楽しい。わかっている。けれど、寂しさを感じてしまう。 引きずられるように浮かぶのは、幼かった日々。 ここで毎日のように駆け回って、同じ時を過ごした友人達。みんな今はそれぞれの道を歩んでいて。 戻りたいわけじゃないけど、忘れられない。不意に思い出し、懐かしさが胸を占める 「感傷だよな……」 振り払うように首を振り、視線を戻す。そこへ、 「お待たせ〜」 顔を洗って眠気を飛ばした美由紀が駆け寄ってきた。 「じゃ、帰るか」 声を掛けるが、美由紀は動かない。じっと俺の顔をのぞき込んでいる。 「どうした?」 怪訝に感じ尋ねると、彼女は神妙な様子で、 「たーくん、何かあった?」 そう聞き返してくる。変なところで鋭いな、こいつは。 「いや、別に」 俺は何でもない風を装って答えた。 実際たいしたことではないのだから。悩みとも呼べない、ただの感傷。なのに、美由紀は―― 「でも、何か寂しそうな顔してたから〜」 それすら、見抜いた。 光源は月しか無く、この暗い場所で、些細な変化なのに、更に感情を隠しまでしたのに。 しばらく言葉が出なかった。それでも、見透かされたことを心のどこかが納得している。 付き合い長いもんなぁ。 俺は苦笑して、先程まで抱いていた感傷を、包み隠さず語る。 「昔、ここでよく遊んだなって思い出してた」 美由紀の手を引っ張って、みんなで集まって、日が暮れるまで、泥だらけになるまで、毎日毎日。 「あの頃が一番楽しかったってわけでもないんだけど、幸せな時間のひとつだったことは確かだから。 もうあいつらと会えないのは少し寂しいかな」 「そう、だね……」 呟いて、美由紀は境内へ瞳を向ける。彼女も俺と同じ気持ちなのだろう。 過ぎゆく時をなごり惜しみ、懐かしく感じてしまうのは、仕方のないことだ。 でも、と彼女は微笑んで、俺の手をきゅっと握る。 「思い出は残るから。 幸せな時間は、過ぎてもなくなるわけじゃないから。 寂しいって感じるのは、その時が幸せだった証拠だから。 そんな風に思える時間をこれからどんどん積み重ねていけば。 胸を張れるくらい今だって幸せなら――」 月の光に照らされた美由紀の顔は、これまで見たどんな表情より大人っぽくて、幻想的なくらい綺麗で、泣きたいくらい愛おしくて。 「――寂しくても、悲しくなんてならないよ」 その姿に、我知らず見とれていた。 「私はたーくんといるだけでいつも幸せだけどね〜」 そう言った美由紀はいつもと同じ緩んだ笑顔に戻ったけど、一旦溢れた愛しさは止まらなかった。 自分でも制御できない衝動に突き動かされるままに彼女を抱き寄せる。 「たーくん?」 「俺も」 残ったひと欠片の理性で、腕の力を彼女が痛がる寸前でセーブする。 「俺も、お前といるだけで、幸せだ」 平時なら赤面物の台詞が、今は素直に口に出来た。 彼女が応えるように、俺の背に腕を回す。 それだけで何かが決壊した。顔を上げた美由紀に、躊躇いなく唇を会わせる。 「美由紀っ」 「ん…………」 深く、長いキス。 夏を彩る虫の音もいつしか止んでいて、静寂が周囲を包む中、お互いに抱いた思いを交換するように、キスを交わし続ける。 でもそれだけじゃあすぐに足りなくなって、もっと美由紀を感じたくなって、小さく開いた唇から、彼女の口腔内に進入する。 「んっ……んふっ…………」 彼女は一瞬だけピクッと体を震わせたが、すぐに舌の動きを返してきた。 「はん……ん……ちゅ……」 遊ぶように左右に逃げたり、抱き合うように絡め合ったり。 くっついて離れなくなってしまったんじゃないか、そんなあり得ないことを考えてしまうくらい、深く深く口づけを交わす。 いつの間にか俺の手は美由紀の後頭部を支え、髪を優しく撫で付けていた。 「んんっ……ん…………はぁ……」 時折触れる、空気を求めた彼女の吐息がくすぐったくて、それがまた触れあっているという感覚を高めてくれる。 「んんん……ちゅ……」 唇を離さず、 「はぁ、ん、んん」 舌を絡ませ 「ちゅ……ちゅうっ………こくっ」 唾液を混ぜ合わせ、 「んんん…………はっ、ん〜」 お互いの存在を、確かめるように、 「はむっ……んむ……ん…………」 キスをする。 ずっとこのままいたい、そんな風に願うものの、 「ん…………はぁ、はぁ、はぁ…………」 それは叶わない。お互いの身体が空気を欲し、自然に離れる。 繋がっていた唾液が名残惜しそうに橋を作って、やがてぷつんと切れた。 「はぁ、は……」 しばらく、二人そのまま肩で息をする。伸縮を繰り返す肺が新鮮な空気を得て、荒くなっていた呼吸を徐々に鎮めていく。 しかし、心臓の高鳴りはいまだ休まることを知らない。 「はぁ……えへへ〜。たーくん」 息を整えた美由紀が、笑顔で俺を呼ぶ。 ただ俺の名を口にしたかったから、そんな意味もない言葉だったのに、それだけで情動がもう一段加速した。 「たーくん、あっ」 今度は彼女の後ろに回り、背後から強く抱きしめる。 戸惑う美由紀の首筋に鼻を埋めると、彼女と、彼女の髪の香りが漂ってくる。 「やっ、たーく、んっ」 身じろぎする美由紀を腕の力で押さえ込み、首筋に吸い付く。 唇とはまた違った味と感触を楽しみながら、何度もキスを繰り返す。 「たーくん吸血鬼みたいだよ〜」 「よりによって吸血鬼かよ」 彼女の間の抜けた言葉に苦笑しながら、首への愛撫を続ける。 その姿は、確かに吸血鬼にそっくりだったかもしれない。存在するはずもない彼らの気持ちが少しだけ分かった気がする。 目の前にこんな魅力的なご馳走があるのに味わわないなんていう選択肢はない。 興奮のせいか赤みを帯びている首筋を見ながら、ふとあの台詞を言ってやろうと思いつく。 今なら夕日みたいになられても、一向に構わない。 「そうだ、忘れてた。うなじ、色っぽいぞ」 「今、言うのは、恥ずかしいから、反則〜」 くすぐったそうな、それでいて微妙に感じている彼女の反応を堪能しながら、唇の進路を上へとずらす。 今度は無防備な耳に標的を定め、ふっと息を吹きかけた。 「あっ! みみ、だめぇ……。よわい、からっ」 美由紀の口から途切れ途切れの吐息が紡がれるが、構わず耳たぶを唇に軽く挟んだ。 「ひゃんっ!」 可愛らしい悲鳴と共に、美由紀がピクッと全身を震わせる。 そっと舐め上げると、彼女は小さく声を漏らしながら、腰に回した俺の腕をギュッギュッと掴んでくる。 もう上半身の力は抜けきっていて、ほとんど俺に体重を預けている状態だった。 光源としては不十分な月明かりの下でも、顔が上気して赤くなっているのがわかる。 しかし、俺は攻撃の手をゆるめない。美由紀が一息つく暇を与えず、今度は反対側の耳を攻める。 「んん……ふっ、あっ」 そして美由紀の意識が耳に集中している間に、そっと胸元へ手を忍び込ませた。 すっかり油断していたのか、進入は難なく成功する。 「あ、たーくん、だめ」 手のひらで触れた彼女の胸は、うっすらと汗をかいていた。 柔らかな心地よい感触はもう何度も体験したものだけれど、この魅力にはいつまでたっても抗えそうにない。 「ブラ、着けてないんだな」 「だって、浴衣、だもんっ」 彼女の言葉が終わるよりも早く、右腕を大きく動かし始めた。 浴衣によって窮屈に押さえ込まれていた二つの膨らみは、そんなことなど微塵も感じさせない弾力で、俺を楽しませてくれる。 「ん、あ、はぁ……」 力を入れれば乳房は沈み込み、力を抜けば元の形に戻る。 しっとりと潤った肌が吸い付くように指に馴染むのが嬉しくて、極上の料理を味わうように、ゆっくりとした動きで胸の感触を堪能する。 というかペースを落とし気味でいかないと、すぐに理性の扉を粉々に叩き壊して強引なだけの愛撫になってしまいそうだ。 「あ、んん、あ、たーく、だめ、んんっ!」 今まで疎かにしていた乳首を指の腹でこすってやると、美由紀は鼻にかかったような甘い声を上げる。美由紀が胸で一番感じる場所だ。 もう何度も肌を重ねているから、お互いの弱点は全て知り尽くしている。 「はぁ、はぁ……、たー、くん……」 軽い前戯でもそれなりに高まったのか、途切れ途切れの声で俺の名を呼ぶ美由紀の肩は、大きく上下していた。 甘えるようにこちらを見上げる瞳は少し潤んでいて、とても色っぽい。 その中に映る感情は、いきなりの行為に対する軽い非難と、外という場所から来る少しの不安、そして控えめな、期待。 そう、お互いの弱点は知り尽くしている。だから美由紀も、こんなもので終わりじゃないってわかっている。 俺は浴衣の胸元を大きく開いて、隠されていた双丘を月光に晒け出した。 解放された彼女の柔肌は汗で光を反射しているためか、うっすらと輝いて見えた。 「やぁ……またおっぱい、いじめるの?」 「当たり前だろ」 「あ、当たり前なんだ〜、んっ!」 俺は彼女の胸を今度は両の手で掴むと、指の間に桜色の蕾を挟み込み、搾るように刺激してやる。 「んっ、はぁ、や、あああっ、ちくび、こりこりって、しちゃ、やぁん!」 本格的に感じてきたのか、艶の出始めた美由紀の声を聞きながら、残りの指で乳房を揉み込んだ。 「はぁ、たーくん、つよい、よぉ……」 「痛いか?」 「痛くはないけど……あっ、ひっぱちゃやぁぁっ!」 美由紀がいやいやするように首を左右に振る。 その赤くなった首筋や耳にキスをしてやると、「あっ」と小さなあえぎ声を漏らしてピクリと体を震わせた。 追い打ちを掛けるように人差し指と親指で胸の先をつまみ、 「そんな、いっぺんに……あああんっ! やぁんっ! あ、あっ!」 きゅっと潰してやる。 「あ、やぁ! たーく、あ、みみ、もぉ、おっぱいもぉ、きもちいっ、ん!」 逃げ場のなくなった美由紀の身体からは力が抜け、もう上半身はほとんど俺に寄りかかっていた。 大きく肩を上下させながら、俺の腕からもたらされる快感を受け止めている。 そろそろ頃合いだろう。 左手の動きは止めぬまま、もう一方の腕で浴衣の裾をめくり、すっかり体温の上がった太股の内側に触れる。 「あっ! たーくんっ」 そこで俺がやろうとしていることにようやく気付いたのか、耐えるように閉じられていた彼女の瞼が開く。 見上げたその瞳は、不安げに揺れながらも熱っぽく、俺を求めているようにも見えた。 「……それ以上したら止まらなくなっちゃうよ?」 SS一覧に戻る メインページに戻る |