めいこと高坂(非エロ)
-1-
シチュエーション


天然でちょっとおっちょこちょい☆、しかも愛らしいロリ顔だったなら、モテない訳がないだろボケ。

「いたっ」
「え、南さん大丈夫?絆創膏いる?」
「だ、大丈夫…うぅ」

紙で指を切っただけだというのに、男はこうやってすぐ愚かにも愛くるしい私に関わりたがるし、私も涙目上目遣いなんかしちゃってそれ相応に答えてやってる。
こういう些細な事からコツコツやっていくのが、キャラ作りにおいて大事だからな。

「大丈夫?めいこちゃん、私絆創膏あるよ」

女友達Aが差し出してくれた絆創膏をありがとうっ!とアホの様な笑顔で受け取る。
そう私、南めいこはぶりっ子の域に入るにも関わらず、女にまで好印象を与えている。
徹底した裏表のないキャラ作りにより、『おばかでほっとけない子』という、女の集団の中では申し分ない地位を手に入れているのだ。
そう皆、私の手の内で踊らされている哀れな愚民共。支配者は私。
このカス共をいいように使ってモテまくり、贔屓されまくりの、人生の栄華を極める生活は、その頃の私には何不自由のない日々だった。

あの日の放課後、あの男と対面するまでは…。

――――――――

その日の放課後、日直だった私は一人、教室を掃除していた。もう一人の日直はゴミ出しに出ている。
いつもなら何やかんやと芸術的なまでの手八丁口八丁で男に全部やらせるが、今日ばかりは違った。
高坂という男がもう一人の日直だっが、どうも前々から何考えてるか分からないようなネクラな奴なのだ。
大きな瞳にふわふわのロングヘアな愛くるしい私を前にしても動じないし、何かとやりにくい印象があり、実際やりにくかった。
それだけで万死に値する。
あんな無表情な奴、きっと現実の女に興味がないに違いない。

…など、詮無いことを考えてる内に掃除が終わり、私は箒とチリトリを片づけようと、用具入れに向かった。
と。

ガッ!

不意に足をすくわれるような感覚に襲われ、バランスを崩す。

「あ?」

箒の柄が足に絡んだのだと理解したのは、盛大に転げた後だった。

ガラガシャン!

掃除したばかりの床を、埃が一面に舞った。

「………ッ!…いっ!」

自分で言おう、哀れだった。
前のめりに倒れて、とっさに側の机を掴んだ為に机は見事にひっくり返り、必死で手で体を支えた為に四つん這いのような体勢になり…
見なくても分かる、スカートはめくれあがっていた。

「………ッ」

痛みと共に言い知れようのない怒り、そして屈辱感が込み上げる。

「なん、でっ…」

何で私がこんな目に逢わなきゃならない?
いつもなら男にやらせる仕事を何で私が?
そう高坂、奴だ、あのネクラだ。
このまま叫び出したい欲望と必死で戦う。

ダメ、今ここで叫んで誰かに見られたらどうする?私の人生は終わりじゃないか、でも今は放課後、人気はもう無い……

「……………」

「全部てめーのせいだあのカスがぁああ!ぶっ殺すぞ高坂!」
「何が?」

これが私の人生の転換期。
高坂はいつもの無表情で私を見つめていた。

「…高坂君☆」
「あ、ゴミ捨てたよ。もう鍵閉めて帰ろうか」
「高坂君☆?」

まるで何も見なかったかのように高坂は淡々と言い放つ…と思いきや

「南さんパンツ見えてるよ」
「ぐわっ!ぎゃ!」

パンツを丸出しだった事に付け、まるでおっさんのような悲鳴を上げてしまい、一気に頭に血が上る。

「ほら、大丈夫?」

高坂は涼しい顔で私に歩み寄り、手を差し出した。

「…あり、…がとう」

高坂は…何考えてるんだろう。
何で、何も言わないんだろう。
もしかしてちゃんと聞こえてなかったのかな。

「…」

怖いけど、逃げるのは私じゃないだろ。
勇気を振り絞って尋ねてみる。

「高坂君…さっきの聞いてた…?」
「ああいう時もあるよね」

さらっと高坂はそう返した。
ああいう時って何だ?パンツ丸出しで絶叫してるのがか?只の変態だろ。

「いや、多分あまり無いと…」
「俺だってどうしようもなく嫌な事があって、誰かに八つ当たりしたくて、叫びたくなったりするよ」

…何か、凄く私の行動が美化されてる気がするんだけど。

「南さんもいつも元気に振る舞ってるけど、爆発して叫びたいって時だってあるってだけの事だろ?」

…まーそう思ってんなら好都合だけど。
むむ?何か勝手に勘違いしてんぞコイツ。いけんじゃね?
これはとりあえずパターンAで凌ごう。
顔を赤くしてグーにした手を口元にやり、高坂の目を見上げる。

「ははっ…何か高坂君に恥ずかしい所見せちゃったみたいだねっ///」
「いや、南さんにもそんな面白い部分があるんだなって新鮮だった」

ていうかどんだけポジティブ思考なんだよお前。

高坂は無表情のままだったけど、少しその表情が緩んでいる気がした。
無表情だけど、笑ってるようにみえた。

「もう遅いし、帰ろうか」

声を掛けられ、はっと我に返る。

「あ、うんっ」


それから、二人で日誌を出しに行って、正門まで一緒に歩いて、正反対方向に挨拶だけして、お互い何事もないように帰っていった。

意外だった。
高坂があーいう奴だなんて、思いもしなかった。
何かズレてて、でも多分良い奴で、感情が顔に出ないだけの典型的な損するタイプ。

…なかなか馬鹿で使えそうな奴じゃないか。
クラスの生徒リサーチに漏れがあった事を反省し、今後の対策を練りつつふと、高坂を少し羨ましく思った。
あいつは私なんかよりずっと、心が綺麗なんだな。
純粋に感心していた。

高坂誠一、4人家族の長男で成績良好。

「…めいこ何してるの?」
「あ、奈々子ちゃん」
「ノートで顔隠しながら…何覗いてんの?」
「の、覗いてないようっ!」

ヤベェ、何かと鋭い奈々子に捕まってしまった。
本当に余計な事ばっかり気付きやがってこのアマ。

私がしていたのは、勿論高坂誠一に関するリサーチだった。
今後あんな事態が起きないように予習復習、あいつに関する情報を集め傾向と対策を練り、完全攻略するのだ。
思った通り友達もそんなに居ないし、モテなさそーだし喋りなタイプでもない。
私の正体がバラされるということは無さそうだ。
しかし油断してはならない、初めて私の本性が暴かれる危機にあるのだからそれ相応の

「うーん、この視線の先は?」

奈々子は私の目の前に人差し指を置き、「てん、てん、てん…」と指をズラして行く。
その指の先には…。

「あ、高さ」「きゃあああああああああああああああああ!!!!」

お前何言ってんだボケ!愚民の癖に無駄に当てんなよ!!

…という本音こそ漏れなかったものの、クラス中の視線は今や私一人のものであった。

「…めいちゃん?」
「南さんどうしたの…?」

突如奇声を発しながら立ち上がった私に、遠慮がちに掛けられる声。

イタい。イタすぎる。

「はわっご、ごめんなさいっ!いっ今、虫っ!そう何かモスラみたいな形の虫が飛んで来て…怖くってつい☆」
「何だ虫かよー」
「モスラだなんて、めいちゃんたら可愛いー」

一気に弛緩する空気の中、私は恐る恐る奈々子を見やる。
奈々子は…凄い笑顔で私を見ていた。

授業が終わり、私と奈々子、そして共通の友達マユは、某ファーストフード店に居た。
席について早々、高めのポニーテールを揺らし、フライドポテトをかじるマユを尻目に奈々子はビシリと言い放った。

「めいこ、ずばりアンタ高坂の事が好きでしょ!」
「ち、違うもん!」

「……」
「……」
「じゃあ何で高坂見てたの」
「見てないもんっ」
「じゃあノート持って何してたの」
「べ、勉強…」
「マユ!めいこの鞄からノート出して!」
「ラジャー!」
「ああああちょっと何してるのこのクソア」
「くそあ?」
「あはははは」
「隊長!『高坂攻略ノート』とブツには書かれています!!」
「哀れな…クロだったようね」
「………」

会話文で顛末が終わる程あっさり、大いなる誤解は定着した。
ちょっと待て何だこいつら。
私があの高坂の事を好きだと?有り得ない、有り得ない上に失礼極まりない。

一刻も早くこの誤解を…!
…ん?解いた方がいいのか?

「しかしめいこが高坂をねー…まぁ分からないでもないか」
「高坂君モテますものね」

更に有り得ない情報が耳に飛び込んで来た。

「え、マユ、どういう事?高坂…君ってモテるの?」
「ええ〜っ恋する乙女がそんな事も知らないんですかぁ?」

丸メガネの奥の目を見張り、大袈裟にマユは反応する。
滅茶苦茶ウザい。が、ここは我慢だ。

「え、だって高坂君ってちょっと無愛想だし、あんま喋らないから…」
「そこが萌えポインツ!」

ビシイィ!

いきなり二人は身を乗り出して、私に指を突きつける。

「こんなフツーの一介の公立高校で真にモテるのは、ギャアギャア五月蝿いチャラ男でもモロ体育会系でも望み高な爽やか超イケメンでもない!」

「適度にイケメンでちょっと無愛想だけど話すと楽しい等身大な男!!」

ドーン!はい来た!

奈津子は妙なテンションで手を叩いた。
人事だと思って物凄く楽しそうだなこの野郎…。
で、なんだって?

「そ、そういうのがモテるんだ…ていうか、高坂君って話したら楽しい人なんだね」

楽しいというか、やたら見方が好意的というか、純粋な奴だなとは思ったけれど。

「ほら、高坂君って無表情は無表情だけど、ちょっと安心出来るようなオーラを出しているんですね」
「うんうん癒やし系ね」

何がオーラだ、お前は江原か。
マユの後に奈々子が続ける。

「それでちょっと話し掛けたら、本当に親切だし、ネガティブな話でもいい方向に視点を変えてくれたりするような子な訳」

あら紳士、とマユの合いの手。

さぁて、モテない訳がないわよね。

にやり。挑戦的に奈々子は私に笑いかけた。

「なっ何で私を見るのようぅ〜///」

手足をバタバタさせながら、口を尖らせる。

表向きはお決まりのパターンBで凌いだが、内心は何故か、変にぐっと詰まるものがあった。
今二人が話した内容は、私が昨日から高坂に抱き出していたイメージと一致するものがあった。
だからこそ、何だか変な…何故かがっかりした様な気持ちになった。

あの時見せた一面は、別に特別だった訳でも、私だけに見せたものでは無かったのだ。
何だか拍子抜けしてしまったが、すぐに憤りと警戒心が再燃する。
何が紳士だ私のパンツ見やがって。紳士と書いて変態と読むんだろうがお前の場合はよ。大体よく考えたらよくもまああの状態で涼しい顔なんかしてくれやがって私のパンツは売ったら5億は下らねえぞ見ただけで5000万だそれを「めいこ、決まりよ」「は?」
私が呪いの言葉を脳内に刻みつけている間に、当事者不在で何かが決まったらしい。
やたら目をキラキラさせる二人にウンザリしながら…それでも問い掛けてやる。

「何が?」
「緑会委員、一緒にやるのよ」

一気に目の前が暗くなった。
このボケ共。

よく見たらわりとイケメンかもしれない。

それ以上でも以下でもなく、高坂の顔に対する評価は定まった。
しかしこの程度の顔で真のモテ男だ持ち上げんのはどーかと思うぞ。

あの低脳達が私が高坂を好きだとか勘違いしたままなのは、もう放置する事にした。
否定するのも面倒だし、むしろ高坂完全攻略の為には交流を持たなきゃなのは必要不可欠なんだから、奴らのお節介が逆に関わる言い訳にもなる。
そしてその目論見は見事達成された。
達成された。
が。

「俺はアメリカン、南さんは」
「あ、私はロイヤルミルクティーでお願いします」
「かしこまりましたー」

なんで私はこんな駅前の喫茶店で高坂と向かい合ってるんだ?!


そう、そもそも「緑会」だった。
正式名称は「地球の緑が危ない!環境について考えよう!行動しよう!実行しよう!委員会」。
この高校が環境だエコだのと数年前から騒ぎ出した、お題目だけの厄介行事。
内容はいたってシンプルで、各クラス男女一名ずつ委員を選出し、クラス内で「環境を改善するには何をしたらいいか」だとか、いい加減議論尽くされた内容を掘り返して学校集会で代表者が発表して終わる。
ちなみに毎年その時期は、テスト期間中と被る。

だからそもそも「じゃあ一緒に緑会委員やって距離を縮めちゃいなよ☆」「それいい考えですよめいこさんー」
とか軽々しく言われて引き受けるには余りにも面倒なのだ。
毎年クラスで役の擦り付けあいになるような委員なのに。
しかし。

「はい、今年の緑会委員ですがなんと!南めいこさんと高坂誠一君が自ら!進んで立候補されました!」

飯島奈々子は学級委員長だった。
殺れるなら喉元からそのポニーテールで絞め殺している所だ。
オオオー!というどよめきから拍手まで聞こえ出す。こいつらそこまでやりたくないか。
案の定さすがの高坂も「は?」と言うような表情で脂汗をかいている。
やっっぱりノーアポかよアイツ!

「ちょ、飯島さ」「高坂君は言ってくれました…『俺はテスト余裕だから委員位やってやるよここは任せろ!』と」
「……」

再び上がる大歓声。
誰も高坂がそんな事言い出したとは思ってない。自分が役を免れた事への歓声だ。
いい加減自分の性格は最悪だと思っている私だが、…こいつらは悪魔じゃないのか。

「めいこは素晴らしい志を持って参加の意を表してくれました、南さんどうぞ!」
「へっ?」

それでいきなり私には丸投げかよ!
仕方なく涙目、切なげな表情等々を作り、か細い声で訴えてみる。

「え、えっと…地球さんはお花とか葉っぱが無くなったらすごく悲しいと思います…だから私達で少しでも助けてあげたいんですっっ!」
「素晴らしい!お花さんとか葉っぱさんは大切という共存共栄の心ですね!」
「めいこちゃん偉いなー」
「南さんは優しいな…まるで天使だよ」

緑なんか知るか死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

「さて二人は『皆の意見は聞かずとも私達は理解できる…よって話し合いは必要ない』と言ってますのでこれより後は自習時間とさせていただきます」
お前も死ね。

今日一番の歓声の中、高坂は既に諦めモードで天を仰いでいる。
そして奈々子は今回の作戦のキモであろう事項を付け加えた。

「二人は後日、早速フィールドワークに行ってくる予定だそうなので、次のHRで発表を期待しましょう!」

…後日?
フィールドワーク?
このクサレ[ピーーーー]

気が付けば高坂がこちらを向いていて、「同志よ…」というような沈痛な面持ちで頷いていた。
思わず私も頷いてウンザリした表情を作る。

「……」

いつもの私の顔はこんな表情してたっけ?

なんて思ったのは結局チャイムが鳴った頃で。
ひとまず話し合わなきゃならないだろと、私は高坂の下に向かった。

つまり、フィールドワークと言えば聞こえがいいが、要するに街中を二人で歩いて、身近な環境問題を見つけようという話である。
…つまりほぼ、デートである。

その事実を反復しながら、運ばれてきたロイヤルミルクティーを口に運ぶ。

「砂糖入れないの?」
「あ」

忘れてたあっなんて言いつつ砂糖をぶっかける。
マズいな。変に緊張しているせいで、キャラ作りにブレが出てきてる。
実を言うと甘いモノはそんなに好きじゃない。
外ではキャラの為に積極的に食べる様にしてるけど、本当はケーキなんて1個食べたら十分過ぎる程で、紅茶党だけど砂糖は滅多に入れない。
人工的な甘さにこっそり顔をしかめつつ、高坂に話を振る。

「…で、とりあえず集合してみたけど…どうしよっか?」
「いきなりだったもんな…今日になったのも強制的に飯島さんに指定されたからだし」
「えっと…一応この辺の地図、ネットで出してきたよ〜。見に行った方がいい場所にはチェックしてる。時間は結構掛かると思うけど、午前中から始めたらいい時間になると思うし」

高坂は珍しく表情を揺らし、私を見つめた。

「南さん凄いな。俺地元だからってそんなキッチリ調べてなんて来なかった」
「いやっ私もネットで見ただけだよっ、チェックしたとこも『河』とか『山』なの///」

生活排水が流れ込んでいる河、最近住宅建設で伐採が進んでいるこの辺で一番身近な山、区役所近くの市民会館では、市の環境問題について常設展示があった筈。
キャラの都合上表立って仕切る事は無いが、私はこういうのに意外と燃える。

「じゃあ南さんが調べてきた所を廻って、街中を歩いてる中で気付いた事や、掘り下げて調べた方が良いこととかをメモして行こうか」
「うん!頑張ろうねぇ〜♪」

事務的に話し合いをした為に気まずい空気を作らずに済んだが、実際の所、高坂と二人で長時間話すというのは非常に…何というかビビる。
あんなこの私と話すにも値しないようないかにも平民に対して、過剰反応もイイトコなのだが。
やはり「あの雄叫び」を聞かれただけに、またその話を振られまいかとドギマギする。
昨日はお陰で緊張し過ぎてロクに眠れなかったし、服だってなかなか決まらなかった。

「あ、店出る前にお手洗い良いかなっ?」
「うん、いってらっしゃい」

高坂は今日も殆ど無表情だけど、何だか良い感じだ。
…何が良いのかは分かんないけど…これがマユの言ってた「癒し」なのか?

「…………」

つらつら考えながら歩いていると、妙に見覚えのある尻尾を見つけた。
尻尾どころかメガネも見える。
それどころか…。

「奈々子ちゃん達ったら、そんなベッタリソファにくっ付いて何してるのかなあ?」

「頬ずりしてます!」
「メガネ拭いてます〜」
「…霊視?」

何故時間と場所指定が行われたのか…今になって理解出来た。
三人のクソアマ達は仲良く私達の後ろの席で聞き耳を立てていた。

「きょ、今日1日尾けるつもりでしょっ!!(泣)」
「正解ぴょ〜ん」
「しかも何で香織まで?!」
「…楽しそうだったから」

相田香織は、ちょっと無口で私の愛らしさには及ばないがなかなかの黒髪美少女だ。
奈々子とマユは高校で出来た友達だが、香織は小学校からの付き合いで、よくつるんではいるものの、こんな下世話な所まで付いてくるとは思わなかった。

「アイアイが行きたがってたんだからいーじゃ〜ん」
「めーちゃんが好きな人…興味ある…」
「あらあら相田さんたら、高坂君にヤキモチ焼いてますわ〜」

三人が何を言っているのか全く意味が分からなかったが、時間も無いことだし釘だけは刺さないと。

「とにかく!絶対表に出て来ちゃダメだよっ」
「「「は〜い!」」」

今日1日、高坂に付けてこいつらまで相手に過ごさなきゃならんのか…。
馬鹿なのか?こいつらは馬鹿なのか?
大いなる不安を抱え、緑会委員会活動は始まった…。

「高坂君メモとれた?」
「うん、そっちは?」
「さっき職員の人から話聞けたよ。河の浄化活動をしてる市民グループがあるらしくて、今度代表者の方を紹介してくれるって」
「じゃあやっぱり今回のテーマは河だな」
「来週の日曜日も空いてるよね?その日で聞いてみるねっ」

キャラを辛うじて保ちつつ、久しぶりに私は充実感を覚えていた。
引っ付いてきた野次馬共は物凄くつまらなさそうだが知ったこっちゃない。
目的の為に自分の頭で行動するっていうのはやっぱり面白い。
まあ元々私はそういう人間だけど。


市民会館を出る頃、とっくに日は傾き始めていた。

「しかし大分時間経ったな…もう4時か」
「ホントいっぱい廻ったね〜」

今日は本当に1日歩き通しだった。
二人でヘトヘトになった頃には、ショッピングモールの地下でソフトクリームを食べたりした。
高坂の食べるスピードが遅すぎて、コーンの先からボトボトクリームが溢れ出していて、それを無表情で必死に拭き続ける様子に何回も吹き出しそうになった。
歩く時は、いつもはネタで軽く1、2回つまづいてみせて「きゃぅっ!はう〜…(泣)」なんてサービスする所だが、そいいえば今日ばかりは、疲れ過ぎてガチコケしてしまった。
その時の声が前回から進歩なく「ぎゃわっ!うげ」だったんだから情けなさ過ぎる…。
でもあの時の高坂は、今にも笑い出しそうな顔で手を伸ばしてくれて、内心ガッツポーズを取ってしまった。
いつの間にか私の中で「高坂の笑った顔が見たい」という気持ちが膨らんでいた。

……まるでデート、みたいな内容だったのは確かだが、断じてデートじゃない。
これは奈々子の策略で、私は高坂攻略の為に一口乗ってやっただけなのだ。

「そうだ」

ふと歩みを止めた高坂は、時計を見やってから提案した。

「最後にもう一回、河川敷まで行ってみる?」
「あ、うん」

高坂に誘われて、私達はまた河川敷の方へ向かった。


「こーやって見ると綺麗なんだけどな〜」

夕日が乱反射して、キラキラと視界を彩る。
アスファルトの階段に座り込んで、私達はボンヤリと河を眺めていた。

「この河から自転車とか出て来た事あるらしいよ」
「タバコの吸い殻もよく見たら大分落ちてるしな」

あぶねぇなんて言いながら、高坂は吸い殻をゴミ箱に放り込んだ。
石が転げ落ちたのか水面が揺れて、小さな波紋を作った。

「……」
「…意外に真面目にやっちゃったねー」

高坂なんかとこんな場所で、こんな事してるなんてすごく変だ。
でも今の私は何故か、まだこうして居たいような気がしていた。
高坂は水面を見つめたまま答えた。

「でも俺は、南さんは最初からマジでやるつもりなんだと思ってた」
「あ、あの『地球が〜』って話かな?あれは奈々子ちゃんが…」

「南さんって、本当はもっと芯のあるハキハキした子な気がするな」
「え」

心が不意にザワつく。
危機感が頭をもたげる。
…何を言いだしてる?

「今日1日一緒にやってみて思ったんだ。今日の南さんは実行力があって元気でハキハキしてた。いつものふわふわしてるイメージもあるけど、やっぱりそういう所が目に付いたんだ」

高坂は、顔を向けて私の目を見ていた。

夕日が高坂の顔を照らして、睫毛や毛先がキラキラ光っている。
顔が強張っていくのを感じる。

止めて。
赤信号が頭の中で点滅する。

「この前も凄い大声で自分の思いを口にしてたし、いつもはそういうトコ、見せてないけど」

止めてってば。

「そういう面も南さんらしいと思った」

危機感が加速する。
信号が赤なのに渡ったら駄目。
死んじゃうから、

「だからさ」

止めろ。

「余計なこと言わないで」
「え」

口が止まらない、歯止めが聞かない。

「私は『コレ』でいい。『コレ』がいいの。アンタに指図されるいわれはない」

私は高坂を睨みつけていた。
強い拒絶感が体の中で爆発していた。

「でも」
「分かったら先帰って」

「南さん…ごめ」
「早く帰って!!」


「…ごめんな」

高坂は立ち上がって、歩き出した。
私は動かない。

足音が聞こえなくなった頃に、噛み殺していた嗚咽が押さえきれなくなって、変な声が出てきた。
奈々子達がどこで見ていたのか駆け寄ってきたけど、涙で何も見えなかった。

私は最低だ。

私以外の人間は皆、私より馬鹿だとしか思えない。
可愛い顔してちょっと優しくしてやれば、皆コロッと騙される。
キャアキャアいちいち騒ぐ女はアホにしか見えないし、男の視線はいつだって下世話だ。
それが自意識過剰であろうがなんであろうが、ぬくぬくとした立場の中、笑顔の下で毒づくのが私の生き方だ。
それは歪められてはいけない。
誰にも侵されてはいけない私の支えだ。

「おねえ」
「…」
「めいねえ」
「なによ」
「晩ご飯だってさ」

いい加減フテてないで、下降りてきなよ。
と、真以子は言いたい事だけ言って、リビングに向かった。

「………めんど」

ダルい体を無理やり起こし、階段を降りてゆく。
着過ぎて袖がだるだるになったダボダボのスウェットが、ますます歩みを鈍くする。

「あ、めいこ起きた?今日お父さん飲み会だからもう食べるわよ」
「……カボチャ」
「ほら、一個は絶対食べなさい。後は真以子にあげてもいいから」

母親はそれでも大きめの煮付けを私の皿に乗せていた。

「おっしゃいただきます!」

甘いモノに目が無い真以子は、早々とカボチャを口に放り込んでいる。
ぱくりと、嫌いなモノから片付けたい私もカボチャをかじってみる。
クソ甘かったけど、疲れているせいか妙に体に染み渡る感じがした。

「真以子箸どけて」
「あっ何で真以子のカボチャ取るの?!」
「あれ、珍しいわね」
「ていうか私のだし。たまにはいいじゃん」

些末でささやかな会話が流れる。
こんな風に食卓を囲むのも、今年で5年目になろうとしていた。

夕食を食べ終えて、ごろりと自分のベッドに体を投げ出す。まるで牛だ。
髪はクシャクシャで、スーパーで売ってそうなスウェットでゴロついてる私を皆が見たら、開いた口が塞がらないだろう。
お部屋は全部ピンク色とぬいぐるみさんで統一してるの☆とかいつも言ってるしな。

…想像したらキモすぎる部屋だな…。

「…ていうか明日のことだ」

どうしよう。
奈々子達はとにかく振り切って逃げたし、会話も殆ど聞こえてなかったみたいだからなんとかなるだろう。
問題は高坂だ。
気まずい所じゃない、どう考えても不条理で私の一方的な逆ギレだ。
あの時怒り出さなかった高坂を、改めて凄い奴だと思う。私なら…

「…」

今の私ならどうしてるんだろう。
いや、そんな事より明日だ。
今回は「南さんにもそういう部分が〜」とかで誤魔化せないような域の爆発をしてしまっている。
高坂が私の禁忌に触れたから。

…とにかく。
……。
………。

「あああああダメだ!」

高坂の出方なんか分かる訳がない。あんな純粋な奴が何考えてるかなんか分かるかボケ!
もう明日当たって砕けよう。正体なんかどうせ最初の方でバレてるようなもんなんだから実力行使で黙らせて縄とガムテープが要るな屋上でとりあえずフルボッコにして生殺与奪の権利を得てから吊して

「あああああもう!!」
「おねえうっさい!!」

こうして私の夜は悶々と更けてゆき、問題の朝を迎えたのであった…。

こんなに朝を、学校を、恐ろしいと思った事はないかもしれない。
扉を開ける瞬間、クラス内での南めいこ神話崩壊を覚悟したが、高坂が皆に話したような様子は無かった。
まあ、そもそも高坂はそういう事をやる奴じゃない。
ひきつる笑顔を必死で保ちつつ、「おはようっ皆おはよう!!」と愛想を景気対策並にバラまきながら席に着く。

着いた途端に案の定、奈々子達が飛ぶようにやって来た。

「めいこ昨日はどうしたの?!」
「大丈夫でした!?」
「高坂に犯られたなら…ちゃんと殺してくるよ」
「大丈夫だってばぁ〜っ、ていうか香織は怖い事言わない」
「…」
「な、何?本当に何もされてないよっ?」
「…」

香織はしばし私を見つめた後、無表情を崩さないままコクリと頷き…

「高坂君ちょっと」
「ちょ、香織?!」

「ちょっと来て」
「え?あ、ああ」

高坂は訝しげに僅かに眉をしかめながら立ち上がり、二人はあっという間に教室から消えてしまった。
予想外過ぎる展開に頭がショートして火花を散らす。

あ、あいつ…何やってんだ?

「あああ〜ついに香織さんの嫉妬の炎が…」
「よし尾けるぞ!ほらめいこ!」
「へっ?ふにぁあっ!何するのっ」

襟元をひっつかまれ強制連行が執行される中、疑問だけが渦巻く。
香織は何が目的なんだ?

相田さんに呼び出されたが、全く事情が分からない。
俺は彼女に何かしたんだろうか。

……いや、彼女じゃない。
きっと南さんの話だ。
相田さんは当然のように屋上の鍵を持っていて、開錠後「入って」と手まねきした。

一歩外に出た途端、空が視界一面に広がり、頭がぽかっと空いたような開放感がわく。
体を風が通り抜ける感覚が襲い、思わず目を細めた。

「相田さん、俺に何か?」

風に長い黒髪がバサバサとかき乱されるのと対照に、相田さんの表情は湖面のように静かだった。
口だけがそっと動いた。

「高坂君はめーちゃんの事が好きなの?」
「…………は?」


思いがけなさすぎる問い掛けに、思わず頭がパニックになりかける。

「答えて」

予断を許さず相田さんは追求してくる。

「早く、今すぐ、3・2・1」「好きだよ」

一拍置いて、相田さんは口を開く。

「それはlike?love?」
「そりゃ…後者だよ」
「どっちなの」
「…loveだよ」

相田さんはいとも簡単に、隠し続けていた俺の気持ちを吐き出させた。

…まるで犯罪者になったような気分だ。

俺は、南さんがずっと好きだ。

そんなのうちのクラスの半分以上の男がきっとそうだし、望みが無いなんて分かりきってる。
だから今回、一緒に緑会委員を出来たのは、凄くラッキーな事だったんだ。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、相田さんは「分かった」と頷いた。

「…相田さんは何が言いたいんだ?」

相田さんは急に、見るモノ全てを凍てつかせる様な冷たい視線を俺にぶつける。

「高坂君…めーちゃんを泣かせた、傷付けた」
「それは本当に申し訳ないと…」
「高坂君は本当に好き?どんなめーちゃんでも好き?」
「…えっと」
「すぐ答えられないようなら、覚悟がないなら、めーちゃんに関わらないで」

一気に切り捨てられた。

相田さんは俺に南さんは無理だと、迷惑だから消えろと、そう言いたいのだろうか。
それなら…最初から分かっていたのに。

「分かってるよ。…これ以上俺なんかが、彼女に立ち入っちゃいけないよな」
「…」
「本当にごめん」

自分が情けなくていたたまれず、とにかく謝って、その場から立ち去ろうとした時、相田さんの口がまた開いた。

「…高坂君は」

………。








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