由梨と上原先生
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シチュエーション


「…は?僕で4人目って…」
「あっ!シーっですよ上原先生」

現代文の中島先生は、ぽってりした唇に指を当て、僕に注意を促した。

「はあ…?」

授業前の廊下はザワザワと喧しく、時折生徒達がチラリチラリと僕に視線を向ける。
見ない顔で珍しいんだろうな。
まあ私立とは言えこんな片田舎に、僕みたいな若くて余所から来た人間が赴任して来るなんて事は、かなり珍しいんだろう。

びゅっ!と鋭い風が窓に叩き付けられ、窓ガラスがビリリリと震える。
寒そう…大分北に来ちゃったもんだな…。

「上原先生、聞いてるんですかっ」
「ああっハイ、ハイ。えっと、新任で来るのが僕で…」
「あなたで4人目です」

中島先生は、愛嬌のある可愛らしい顔に似合わない仏頂面で続けた。

「あんまり大きな声じゃ言えないんですけど。
ここ1年以上、新任で来てもらった男の先生皆、何故かすぐに辞められちゃうんですよ」

大きな声で言えないと言いつつも、元々喋り好きなのか、ぺらぺらと語りながら中島先生は歩を進める。

「私は2年目で、この学校の教師で一番若いんですけど…同じ時期に入った若い先生は最初の3ヶ月で辞めてしまわれて」
「さ、3ヶ月ですか」
「代わりに急遽来られた方々も次々と」
「……」

思わず絶句する。
確かにここは辺鄙な土地だ。子供だってかなり少ない方だろう。
正直地元でもない限り避けたくなる土地だし、今の若い先生が田舎暮らしに耐えられないのも…まあ分からないでもない。
が、にしても。

「そんな。何か辞めざるを得ないような理由でも……まさか」
「教師イジメなんて、この学校では有り得ませんよ」

ぴたりと中島先生は立ち止まり、チラリと僕をねめつけた。

「本当にここは田舎で、良い意味で何も知らない純粋な子達ばかりなんです。
規模も小さいから目も本当に行き届きますし、そんな事があればすぐに気付きます」
「でも、何も理由がなければ辞めるだなんて」
「今まで辞められた先生は、むしろとても生き生きしていました」

中島先生は当時を思い出すように、声音を変えた。
ふと、時間が気になった。
底冷えする廊下を、もう随分歩いている様な気がする。

「皆さん楽しそうで、生き生きしてらして…辞めるだなんて誰も思ってなかったのに。
ある日突然、『辞めます』って言い出すんです」

理由を質しても皆さん口を閉ざして、一向に話してはくれなかったし。と中島先生は寂しげに漏らす。
そんな中島先生の気持ちを軽くしてあげたくて、僕は出来る限り気持ちを込めて、先生に語りかける。

「僕は…僕は決して辞めたりなんてしませんよ」
「ええ、だから上原先生には本当に期待しているんです!」

少し表情を明るくして、中島先生はようやく足を1つの教室の前で止めた。
2−Aと表記されたその教室からは、ざわりざわりと、生徒達の喧騒が漏れ聞こえる。

「人手不足で、いきなり実質副担任なんてごめんなさいね」
「とんでもない!皆さんの足を引っ張らないように頑張りますよ」

そう、僕は一つの強い教育に対する志を持ってこの街へやってきた。
前任者がどうあれ僕のするべき事は、最初から決まっているんだ。

中島先生は魅力的な笑顔を浮かべ、ポニーテールを揺らして小首を傾げ、言った。

「ようこそ暁高校へ」

そしてガラリと扉が開かれ一瞬の静寂と共に、僕の異様な非日常の日々が始まった。

ガラリと扉を開くと、喧騒が一層喧しく耳をつんざいた。

「はーい皆、静かに!」
「先生その人が新しい先生ですかー?」
「えっマジで!」
「こらっあんたら少しは黙りなさいっ」

中島先生はずんずんと小柄な体で生徒を押しのけ、教壇に向かう。
そして「はい座る!」と、ぱちんと手を鳴らした。
すると潮が引くようにすんなりと教室は静まり、改めて一斉に生徒たちの視線が僕に集中した。

「……」

緊張しながらも、やはり様子が気になってそれとなく教室を見渡してみる。
田舎だけあって、今まで教えてきた都会の子よりか、少し純朴な感じの子が多い気がした。
髪も一様に真っ黒で、随分化粧っ気もない感じ。

「全校集会で話した通り、今日から新しく英語の先生が赴任されてきました」

中島先生は一通りの紹介をしてくれた後、僕に自己紹介を促した。

「あ、はじめまして!上原隆といいます。字は」

僕は後ろを向き、カツカツと白チョークで自身の名を書きつけ向き直る。

「こう書くんですが…」

あ。
そして向き直ったその瞬間、僕の視線は教室の窓際の席に釘付けになった。

何故教室に入ったときに気が付かなかったのか。
校庭側の窓際、後ろから三列目。
ぱたりぱたりと風にカーテンが揺られ、その布に隠れるようにして、その子は居た。

周りの生徒と同じように肩下で揃えられた黒髪と、黒いセーラー服。
明らかに周囲より白い肌が風景に浮き、その中で大きな瞳がぱちりと開かれている。
唇は赤く眉は優しげで、いかにも華奢そうな体つきで、何と言うかつまり。

こんな田舎には有り得ない、とんでもない美少女が居た。

「――」

一瞬目が合った気がしたが、その子は直ぐに伏目になってしまい、バサリと睫毛が降りていく。

「先生?」
「あ、は、はい!前は東京の方に居て、今回は…」

不審気な中島先生の視線から逃げるように慌てて言葉を重ねていくと、東京という言葉に反応した生徒の一人が不意に声を上げた。

「そんな都会に居たのに、何でわざわざ先生こんな所に来たの?」

思わず苦笑してしまう。何度も人から聞かれた質問だったからだ。

「いやちょっと照れるんだけど、やっぱり自然の多い場所で、君たちと伸び伸び共に学んでいけるような環境に憧れていてね…」

顔が赤らむのがわかる。
我ながら夢見がちで、ドラマや本だのの影響受けすぎているとは思うが、
本当にそんなものに憧れてこの職業を選んでしまったのだから、仕方がない。

「先生バカだな〜!絶対東京の方が楽しいのに」
「本当に遊ぶ場所も何もないんだよーこの辺」
「いやいや何もないなんて逆に良いじゃないか!」

僕が思わず力を込めて反論すると、それがおかしかったのか、教室が笑いに包まれる。
よく見れば中島先生までクスクスと笑っている。
何だかよく分からないが……僕のことは概ね好意的に受け入れられたようだった。
名前も知らないあの美少女をチラリと見やると、彼女もまたクスクスと微笑んでいた。


新任で来た初日に出会った美少女。
その素性は案外早く知れた。

「襟沢由梨ですか?そりゃ校内では有名ですよ」
「えりさわ…ゆり?」

学年主任の平塚先生は、メガネを拭きながら、事も無げに答えた。
随分白髪の混じった頭髪に、柔和な微笑みは、学校の重鎮といった風格を感じさせる。

「やはり色々と目立つ子ですからね。顔立ちはあの通りだし、頭もいい」
「ああ、なる程」
「しかも今時の子とは思えない程心根の優しい子でね。あの子の明るさには僕も元気を貰いましたよ」

孫にしたい位だね、と平塚先生は笑いながら言い添えた。

「あの子は確かクラス委員だから、そのうち話す機会もありますよ」
「はあ…」
「可愛いからって、変な気は起こさんで下さいよ」
「なっ何を言い出すんですか!!」

危うく口に含んだ緑茶を吹き出しそうになる。
そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、平塚先生は陽気に笑い、

「先生次、授業でしょう。頑張って下さいね」

と、僕の肩をぽんと叩いた。


授業自体は滞りなく進み、何も問題は起きなかった。
が、その間も、胸中にあるモヤモヤが消える事はなかった。
他にも気にかける生徒は沢山居る筈なのに、どうしても彼女の事が気になるのだ。
決して変な意味ででは無く、襟沢由梨の存在が妙に気にかかる。
それに平塚先生は「明るい子」と言っていたが…僕にはどうも、明るさよりも影の部分が感じられるような気がしてならなかった。

本日最後の授業、気だるさでどんよりした空気を打ち消す様に、僕は声を上げる。

「はい、じゃあ今日はここまで!書いてもらったプリントは、英語係の人が回収して下さい」

途端に教室は湧き上がり、またワイワイと喧騒が戻る。
そう言って、僕が帰り支度をしていると、不意に目の前に白い紙が突き出された。

「先生、集めましたよ」
「ああ、ありが……」

襟沢由梨だった。

「っ!」
「え?何ですか」

ぱちくりと瞳を開き、小首を傾げる襟沢。

…確かに愛らしい。
じゃなくて!

「いや、ありがとう。えっと君は確か襟沢…」
「はい!委員長と英語係をやってる襟沢由梨っていいます」

ニコーーっと襟沢は極上の弾けんばかりの笑顔を浮かべた。

うわ、意外だ。
影のあるミステリアスなイメージが先行していただけに、元気はつらつな様子にたじろいでしまう。

「そうか委員長もやってるなら、これから色々学校の事教えてもらわないとなあ」
「あ〜センセイ委員長の事雑用だと思ってるでしょ」
「そっそんな事ないよ!」
「ははっ!先生ってやっぱり真面目な方なんですね」

ころころと笑いながら、襟沢はプリントを持ち直す。

「折角だから、雑用係として職員室までご一緒しますね」
「あ、ああ悪いね」

先生荷物重そうですし。と襟沢。
ふわりと髪が揺れ、好意100%の微笑が輝く。
何という性格のよさ。何という気持ちの良さ。
完全無欠の美少女とは…正に彼女を言うのだと痛いほど痛感した一幕であった。

「先生は東京から来たんですよね」

職員室までの道すがら、興味津々と言ったように襟沢が僕に訊ねてきた。

「そうだよ」
「東京ってどんな所ですか?やっぱり芸能人とか見ますか?」

田舎の子らしい発想だ。
純朴さに頬を弛めながら答える。

「そりゃね、毎日住んでいたらたまに遭遇したりはするよ」
「すごーい!東京ってやっぱり最先端って感じですね」
「まあ…何でもある所だからね。でも何にもない所でもある」

僕はここぞとばかりに力説する。

「田舎だとか思わないで、よく見てみなよ。東京なんかよりずっと良い所があると思うけどな」
「そんな事ある訳ない」
「え」

一瞬、何処から発せられたのかわからない程、異質な声音が聞こえた。

「?何ですか?」

慌てて隣を見やるが、襟沢は変わらず微笑んでいるだけだった。

「あ、いや…」
「絶対東京の方がいいですよ!私109とか行ってみたいんです」
「あ、あー今時の子だなあ」

今の感覚は、気のせいだろうか。
…きっと気のせいだ。

この時の僕は違和感を感じながらも、目の前の無邪気な少女の姿にすっかり気を許してしまっていた。
襟沢由梨はそれ程までに、優しくて気だての良い、美しい子だったのだ。


そして数週間。
授業を重ねるうちに、彼女は生徒の中でもすっかり特別な存在となっていた。
英語係として僕をサポートしてくれて、また慣れぬ校内の事で分からない事があれば、委員長として支えてくれて。
いつの間にか彼女は、僕の教師生活の中で無くてはならない存在となっていたのだ。

襟沢が居てくれて本当に良かった。
彼女の事は1年間大切に、その成長を見守っていこう。

そんな風に思っていた矢先、その事件は起きた。

その日の昼休み、僕は職員室で自作の弁当をつついていた。
白米と野菜炒めを詰めた、素っ気ないものだが、男の料理なんてこんなもんだ。
味気ないキャベツを噛みしめていると、隣に座っていた中島先生が、ヒョイと覗き込んできた。

「隆先生、そのおかず昨日と全く同じじゃありませんか?」
「…中島先生よく見てますね」
「中島先生だなんて。歩美とかで良いですよ〜」
「いやそんな」

ころころ笑っていた中島先生だったが、不意に思い出したように真顔になった。

「それより先生」
「ハイ?」

中島先生は声を潜め、僕に問うた。

「最近襟沢さんと仲が良いって聞くんですが…」
「仲が良いってそんな、彼女はたまたま僕に関わる機会が多いだけで」
「先生はそのつもりでも、気を付けないと駄目ですよ。最近の子は大胆ですし、しかも襟沢さんですからね」

この発言には些か驚いた。
快活で可愛らしいイメージの強い中島先生の口から、そんな勘ぐるような発言が出るとは思わなかったのだ。

「中島先生!それは襟沢に酷いです。生徒の事を悪く言うのは許しませんよ」
「あらやだ、ごめんなさい」

中島先生は僕に謝罪し、慌てて付け足した。

「そうね。元々襟沢さんには藤本君が居るし…」
「ーー」

何故か、ギクリとした。

「藤本?藤本ってB組のサッカー部の奴ですか?」
「ええ、襟沢さんとは幼なじみで、付き合ってはいないけど…時間の問題じゃないかしら」

中島先生は様子を窺う様に、チロリとこちらを見つめた。

「へえ…あ、僕そろそろ準備したいんで、これで失礼しますね」
「あっあの、今度お昼ご一緒しませんか?」
「そうですね、では」

中島先生の言葉もロクに耳に入らないまま、僕は職員室を後にした。

襟沢の…幼なじみ?

その後の授業は全く身が入らなかった。
自分でも何故こんな心境に陥っているのか、訳が分からない。
藤本は結構なイケメンで、女子に人気が高いらしい。
成績だって問題ないし、明るくて快活な奴だ。

…襟沢にぴったりじゃないか。

僕が気にすることなんて、何も無い。
自分はただ、教育への夢や情熱だけでこの地へ来たのだから、そんな事を気にする必要がある筈が無いのに。

「では今日はこれで終わりです。質問のある人は個別に来て下さい」
「あ、先生」

ザワザワと耳をつくざわめきを、凛とした声切り裂く。

「…襟沢」
「はは」

襟沢由梨が照れ笑いをしながら、目の前に立っていた。

「なに、質問かな?」
「えっと、質問というか…相談ですっ」

もごもごと視線を微妙に外しながら、恥ずかしげに言葉を紡ぐ姿は、はっきり言って死ぬ程可愛い。
白い肌が赤く上気し、唇が軽く塗れている。
その唇を開き、彼女は僕に尋ねる。

「相談なんでちょっと時間掛かっちゃうんですが…先生今日のお仕事は」
「あー…実は平塚先生から頼まれてる仕事があってね。夜まで掛かるんだよ」
「あっでも、私待てますから!」
「ダメだよ、女の子が夜遅くとか危ないだろ?」

そう窘めると、襟沢は急にきっとした表情となり

「大丈夫です。私教室で待ってますから」

と言うやスカートを翻し、パッと教室を飛び出していってしまった。

「ちょっ、こら襟沢!」

慌てて後を追い掛けるが、何処へ消えたのかもう姿が見えなくなっていた。

「襟沢…」

一体いきなり何のつもりなんだ。
突然の事に混乱し頭を振る。

「ん?」

その時、妙に視線を感じ、周りを見渡してみる。
と。

「……」

見覚えのある、やけに背の高い男子生徒が、凄い眼力でこちらを睨みつけていた。
藤本だった。

「何なんだ…」

もう、本当に一体何なんだ……。
物事の不条理を感じつつ、僕はトボトボとその場を後にした。


数時間後。

「ふう…」

仕事に区切りがつき、漸く一息着く。
時刻は、夜の8時すぎを差していた。


結局学校が終わっても、仕事に追われて2−Aに向かう事は出来なかった。
行く事が出来ないと一度断った以上、流石の襟沢もとっくに帰っている筈だ。
気に掛かる反面、これで良かったのだとも思う。
こんな中途半端な自分のまま、襟沢の相談に乗ることなど出来ない。
純粋な生徒に対して、僕も誠実に答えるだけの気持ちを養っていかなければならないんだ。

「…帰ろう」

そしてくたびれた体に鞭打って身支度をして、職員室を出ようとした時、漸く僕はある事に気付く。
2−Aの鍵が返っていなかった。


慌てて2−Aに向かう。
おかしい、2−Aの鍵が返ってきているのを一度見た筈なのに(だから安心していたのに)。
また無くなっているのは何故だ?

「っと!」

階段を二段飛ばしで駆け上がり、そのすぐ右に位置する2−Aの教室に飛び込む。

ガラッ!!

「襟沢!?」

教室は、限りなく真っ暗だった。
僅かにグラウンドを照らす照明、そして月明かりだけが、その場を照らし出していた。
が、襟沢が帰っていない事は明白だった。

「襟沢…」

教卓の上に、彼女のものと思しき鞄が乗っていたのだ。

何でだ、何で帰らなかったんだ。

コツ、コツ…。

呆然と、いつもの習慣も合わさって教壇に上がり、教卓の前に立ちすくむ。

「一体何処に……」

その時ふと、目の端に黒の切れ端が見えた。

あれ?

強烈な違和感と、訳の分からない恐れのようなものが、唐突に頭を支配する。

あれ?

恐る恐る、そのまま視線を下ろしていく。
見慣れた教室の風景から、
ざらついた教卓の木目から、
ぽっかり穴の空いた暗がりに…

「先生、私の事好き?」

三角座りをした襟沢由梨が、教卓の下に潜り込んで笑顔を浮かべていた。

「っ」

瞬間、襟沢はジャンプするように僕を押し倒し、僕は勢いよく転倒した。


カチリと、どこからか機械音が聞こえたような気がした。

「うぁっ!えっえりさ」
「先生…」

辛うじて地面に後ろ手を付け、彼女を見上げる。
僕に馬乗りになった状態で彼女は、やはり微笑んでいた。
窓の光に照らされた白い肌は陶磁器の様に輝き、唇は艶やかに塗れている。
普段は整然と伸び揃った黒髪は乱れ、暗がりの中でも瞳だけは、爛々と輝き。
それは、ぞっとするような美しさだった。

「……」

「はっ」

何を停止しているんだ僕は!
暫しその姿に迂闊にも見入ってしまったが、
必死で現実に思考を引き戻し、襟沢をキッと睨み付け、ビシッと指を突きつける。

「とっとにかく降りなさい!話はそれむぅっ」

ちゅう。

一瞬何が起こったのか分からなかった。

ちゅぷ、にゅる

「んっ?!う」
「…んっ、ふ」

襟沢が僕にキスをしていた。
それも、舌を絡めて…。

「…っ!」

襟沢の舌は溶けてしまいそうな程柔らかく、僕の舌を絡め取っては吸い付き、口内をちくちくと刺激する。
キスなのに死ぬ程、気持ちいい…。

「セン、セ」

襟沢が途切れ途切れに、切なく呼び掛けてくる。
だけどそれはダメだと、決して応えてはいけないと。

「んんっ…ふっ!」

十分に分かっている筈なのに、僕はその手で彼女の頬を挟んで、舌を絡みつかせた。

くちゅくちゅ、と教室中に響いていた水濁音が漸く止み、つうっと唾液が彼女の唇から零れた。

「……」

顔が離れ、改めてお互いを見つめ合う。
襟沢の顔は上気し、潤んだ瞳は誘うように妖艶な光を放っていた。
襟沢は艶を含んだ声で、ポツリと僕に囁いた。

「先生、私…先生の事が好き」

「それは、ダメだよ襟沢」

君がいくら僕の事が好きでも、…僕がいくら君が好きでも。
僕の拒否に、襟沢は少し目を大きく開いたが、すぐに元の微笑を浮かべる。

「でも私先生の事が好きだから…何でも出来るよ」

何でも?
僕が尋ねようとするまでに、その『何でも』の内容は明らかになった。

「え!ちょっ!?うわっ」

ガチャガチャ!ジーッ。

「へへ」

あろうことか、襟沢は手早く僕のベルトを外し、ジッパーを開け、ズボンをずり降ろしてしまったのだ。
キスで興奮状態になってしまっていた僕のそこは当然…

「先生お元気ですね」
「げげげんきじゃない!!!」

元気いっぱいだった。

「嬉しい…」

襟沢はやはり動じた様子もなく、躊躇なく僕のモノを握り口を近付けていく。

「えっ襟沢!」

僕の情けない抵抗も虚しく、襟沢はペロリと真っ赤な舌でその先端を舐めまわした。

「ん…」

ビリリと快感が体を走る。

「うわっちょ、…っ」

ちゅるっぴちゃぴちゃ…

生々しい音を立てて、襟沢は僕のモノをアイスキャンディーかの如く舐めまわす。
ねとり、ねとりと舌が棒に絡みつき、ささいな舌先の動きが強烈な快感となって襲ってくる。
自分の顔が歪むのが分かる。
気持ち良すぎる。快楽地獄だ…。

「ふふ」

襟沢は僕が苦悶している様子を楽しそうに上目遣いで見やると、そのままカプリと僕のモノをくわえ、飲み込んでいった。

じゅぶ、じゅるっ

襟沢は…、ズブリズブリと、ゆっくりと僕のモノを口内へ収めていく。

「ん…先生の…おっきい」

襟沢は僕のモノを口に突っ込んでいるというのに器用にそう呟き、それから亀頭を喉元まで押し込んだ。

「うっ…!?」
「ふあ」

喉の収縮がまた一層先端を刺激する。

「んんっ…」

襟沢はそのまま小刻みに頭を振り、ズチュッズチュと下品な音を立てながら僕のモノを口を使ってしごいていく。

じゅる、じゅぶっ

締め付ける強さ、にゅるりと吸い付くように這い回る舌、絶妙な速さのストローク。
実際、そのテクニックは異常な巧さだった。
が、当の僕にそんな事を感心している余裕はなく、快感と衝撃で真っ白になった頭で呆然と襟沢の痴態を眺めるしかなかった。

そしてこんなにいやらしく乱れても、襟沢はひたすら、綺麗だった。
顎も大分疲れてきただろうに、一生懸命僕のモノをくわえ込み、口の端からは唾液がぽたりと僕のズボンを濡らしている。
頬を真っ赤に紅潮させながら汗をつう、と首筋に流している様子は、思わず魅入ってしまいそうな程、妖艶な様だった。

「…くっ!」

…ヤバい。

そんな風に、まるで一瞬他人ごとの様な目線で彼女を見るもつかの間、早くも限界がすぐそばまでに来ていた。
襟沢もそれを敏感にキャッチし、いよいよ頭を激しく振り出す。

「ダメだ…襟沢…!」

今まで流されて来てしまった自分に、漸くマトモな判断が頭に下る。
大切な生徒に、自分の精液を飲ませるなんて行為が許される筈がない!

ズッ!ジュルッ

「ふ!?ふっしぇんせ」

僕が突然腰を引き出し、襟沢は思わぬ僕の行動に目を白黒させる。

「ダメだよ襟沢!口を放しなさい!」
「んんんんっ」
「体はっ!大っ切っに!」
「ひゃっ!ふははひゃい!」

…何を言っているかは分からないが、放すつもりは毛頭ないようだ。
自分の最後の理性が腰をぐいぐいと引かせ、彼女の顔を両手で遠ざけさせる。
が、もう1人の僕の方は理性とは裏腹に、限界どころかあと一息で爆発する寸前まで来ていた。

「んーっんー!っ!」

彼女は…おちょぼ口で、先端に必死で吸い付いていたが観念したのか、とうとうスポンと口を放した。

「よしっ!襟さ」

しかし僕の方もこれで気が弛んでしまい。

ビュッ!ドプッ…!

「……」
「……」

襟沢は見事に正面から僕の出したモノを浴び、それは彼女の美しい顔や髪、果ては漆黒のセーラー服にまで飛び散ってしまった。

それは一言で言えば、最悪だった。
彼女は完全に硬直しており、僕もまた同じ様に固まっていた。
しかし固まっていただけではない。
僕の頭の中では、至極真っ当なある考えが同時に浮かんでいた。

何て事だ…。

耐えきれずに僕は、襟沢の手をそっと取る。

「先生…?」

襟沢は不思議そうに囁く。
僕は言った。

「襟沢さん」
「はい」
「ハンカチ持ってる?」
「…え?…あ、これでいいですか?」
「よし!」

襟沢が渡してくれたピンクのハンカチを握りしめ、僕は勢いよく立ち上がった。

「せんっ」
「早く拭かないとセーラー服に染みが出来てしまう!これ濡らして来るからちょっと待っててくれ!」
「…はぁああ?」

襟沢が何か不穏な擬音を発したような気もしたが、そんな事にかまう暇もなく、僕は教室を飛び出し一直線に洗面所へ向かった。

命より大切な生徒に何て事を…!
しかも学園生活の要であるセーラー服にまで被害を…僕は最低だ…!

ジャー…ジャブジャブ

猛烈な自責の念に駆られながら、何故か女子トイレの洗面台でハンカチを濡らし、猛ダッシュで教室に戻る。

「襟沢さ…!」

襟沢の姿は、とっくに消え失せていた。
この短時間で教室はもぬけの殻となっており、カーテンだけがバタリバタリと夜風に揺れている。

「なんで…」

それはちょうど新任初日、初めて襟沢を見つけたあの席だった。
まるで窓から飛び降りてしまったかのように、彼女は居なくなってしまった。

「…」

自分のその発想が怖くなり、そろりと窓に近付いて覗き込んでみる。
グラウンドの端は照明が届かないとはいえ、人が居ない事くらいは十分に分かった。
当たり前だ、きっと彼女は鞄を持って、顔と服を拭きながら帰っていったのだ。
悲しんでいるだろうか、怒っているだろうか。
僕は、そんな単純な事でさえも見当が付かなかった。
そもそもこれは現実なのか?
全て僕の妄想で、僕はただの変態で下半身裸になって、教室で1人寂しく自慰を……。

「……」

何だか自分の発想が薄ら寒くなって来たので、とにかく自分の中で一つ、結論付ける。

とにかく、明日だ。
明日襟沢が来るにしても、来ないにしても、あの子とはよく話し合わなくてはならない。
そしてとにかく、ズボンを履こう。

「僕って本当情けないな…」

情けなく思うと同時に、自分の感情に戸惑う。

僕は襟沢由梨という少女の得体の知れない内面に恐れさえ抱きつつも、
やはりどこか強く惹かれる自分が居ることを感じていた。

つい声を荒げてしまった中島先生には聞き辛く、他の先生とはまだそこまで仲が良い訳でもなく。

「襟沢由梨について?うーん」
「ちょっと指導に行き詰まってまして…」
「指導というと?」

結局次の日、僕は主任の平塚先生に相談していた。

花壇の手入れをする平塚先生を手伝い、水差しを持って僕は応える。
今日は珍しく寒さが和らいだ陽気で、背中に日差しがさんさんと当たって気持ちが良い。

「その、言いにくい話なのですが…」
「また彼女が問題でも?」
「問題といいますか、生活態度は申し分ないのですが」

少し言葉に詰まる。
昨夜の事は流石に言い出せない。

「…彼女は今、思春期特有の視野の狭い状態にあるようで…その、どうやら僕の事を」
「あーなる程!先生青春ですなあ!」

納得したように感嘆した平塚先生だが、そんな悠長な事を言ってられる事態ではない。
というか平塚先生軽すぎだろう。

「いや本当に困ってまして…僕は断ってるのですが、彼女もなかなか納得してくれなくて」
「まあー…僕もそういった経験は何度かありますがね、大概の生徒はその時はブツクサ言っても、卒業と共にすんなり思い出にしてくれるもんですよ」
「はあ…」
「彼女の事は、ちゃんとした言葉でお断りしましたか?」
「いや、それは」
「なら今日中にでも、ちゃんと向かい合って話をつけるのが一番だと思うよ」
「……」

素直になる程、と思った。
確かに僕は、自分の奥底の襟沢に惹かれる思いから、ちゃんと断る事をしてなかったように思う。

「進路指導室の鍵を貸すから、ちゃんと話し合いなさい?」

そう言って微笑む平塚先生は泰然自若として、感服の念を覚えた。

「ありがとうございます!」
「はは…しかし君も、厄介な事に巻き込まれたね」
「いや、厄介とは」
「いやいや、厄介事だ」

そう言って平塚先生は、サクリと土にスコップを突き刺した。

「何ですかー先生?」
「……!!…っ!」

英語の授業の後、教壇に襟沢を読んだのはよしとして。
余りに変化のない襟沢の様子に、僕は硬直してしまった。

授業中も、見かけも、襟沢に何一つ変わった様子はなかった。
こうして見ると、セーラー服には染み一つ付いておらず、襟沢の笑顔にも曇り一つ無い。

「…襟沢、あの」
「はいっ」
「昨日の事で話し合いたいから、放課後指導室に来てくれないかな?」
「あっはい!分かりました」
「……うん」

昨日、と言っても全くの無反応。
本当に自分の妄想じゃないのか?と半ば絶望的な気持ちになった時、ふと、襟沢が人差し指を唇に当て、こちらを見上げ。

「…昨日は染みにならなかったから、大丈夫ですよ?」

と、小首を傾げ、顔を赤らめて微笑んだ。

「そ、そうか」

…どうやら、やはり夢では無かったらしい。


「隆さん!」

そしてその日のお昼休み。
不意に聞き慣れなさすぎな呼び掛けを受け振り返ると、そこには中島先生が居た。

「中島先生」
「もう、だから歩美でいいですって」

いやいや、やはり只の同僚を下で呼ぶのは…。
僕の動揺もお構いなしに、中島先生は僕の隣に座ると。

「はい!」
「……」

突然、お弁当を差し出してきた。

えっと…。

「あの、僕お弁当持ってますよ?」
「私が昨日言ったこと忘れたんですか!?」

…何だっけ。

「今日お昼…ご一緒しましょう!私作ります!って……!」
「あっ…何か言っていたような」

僕の曖昧な発言に、中島先生は余程衝撃を受けたのか、青ざめてガコッとお弁当を落とした。

「そんな…酷い、酷い…隆さん…酷すぎるわ」
「あっ中島先生!そんな、本当にごめんなさい!」

一気に罪悪感が胸中で膨らむ。
僕は…何て愚かな事をしたんだ。中島先生の純粋な好意を裏切って…。
さっきから身に覚えのない呼び方や行動をされている気になっていたけど、
きっと全て僕がぼんやりしている間に了承してしまった事に違いない!

「ごめんなさい!なか…歩美先生。ご飯一緒に食べましょう?」

僕がそう言うと、先程までブツブツ机に向かって話しかけていた歩美先生は、グルンとこちらを振り向き。

「ほんとうですか」
と、ニコリと笑った。

今日何だか、本当に奇妙な日だ。

「……」

引きずられる様にして歩美先生に庭に連れ出され、
もの凄く凝ったお弁当を食べ、何故か生徒達にヒューヒュー言われ。
そんでもって襟沢の方は何も変わってなくて、でも何も変わってない事はとてつもなく奇異な事で。

「もうこれ以上おかしな事は起こらないでくれ…」

ただでさえ放課後に襟沢との第2ラウンドを控えている僕にとって、この謎の疲労感は命取りになりかねないものだった。

が、僕の切実な願いが叶ったのか、昼以降は特に変わった事も起こらずに、坦々と時間が流れた。
しかしそれはそれで、困った話で。

「せーんせ!行きましょ」
「………」

愛嬌いっぱいの笑顔で、ニコニコと僕を見上げる襟沢。
率直に可愛い、眩しすぎる。
僕にあんな酷い事をされたのに…何でそんなにニコニコしてられるんだろう。

「先生?早く行こうよ」
「あ、ああ」

つまらない思考も束の間。
襟沢の声に促され、僕は言われるがまま歩き出した。








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